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オープニング

 オータム、最後の日の夜。

 街にはジャック・オ・ランタンの灯りが揺らめき、仮装した子どもたちの列が、影を踊らせています。

 

「トリック・オア・トリート!」

 

 お菓子のかごと、無邪気な声。甘い香りが、街のあちらこちらから漂ってきます。

 そう、今夜はハロウィーン。

 

 少年ジャックもまた、お菓子をもらおうと家々のドアを叩いて回っていました。

 頭にはかぼちゃの被り物。肩から黒いマントを羽織って、白い手袋をはめています。

 ズボンのポケットには、お菓子がたくさん詰まっていました。

 

 街の中心では、大きな火がたかれ、男女が手をとってダンスをしています。

 どこからともなく、くすくすと楽しげな笑い声が聞こえてきます。魔女に、狼男、ドラキュラ、シーツを被った幽霊まで、さまざまなコスチュームに身を包んだ子どもたち。

 

 すれ違うたびに、にっこり笑って挨拶を交わすけれど――今夜は、なんだか……。

 お互いによく知っているはずなのに、格好がちがうだけで、ぜんぜん知らない人になったみたい。

 

 ハロウィーンのお祭りは、まだまだ続いています。

 ですが、ジャックはふいに足を止めました。

 

「あれ? なんだろう……?」

 

 どこからか、誰かが自分を呼ぶ声がした気がしたのです。

 

“おいで、おいで。ジャック・オ・ランタン。照らして、闇夜を。”

“こちらへおいで。ぼうや、おねがい。ぼくたちをたすけて。”

 

 耳をすますと、歌うように、呼ぶ声が聞こえます。

 

「だれ? だれがぼくを呼んでいるの?」

 

 声に誘われるように、ジャックは街のはずれに向かって歩きました。

 やがて、森の入り口が、見えてきます。夜に紛れて、ぶきみな闇がぽっかりと口を開いていました。

 

「ねえ、どこにいるの?」

 

 ジャックがランタンの灯りを掲げ、街と森の境界を見渡していると、また声がしました。

 

“ここだよ、ぼうや。どうか、ぼくたちをたすけて。”

“イラクサのとげに捕まって、逃げられないんだ。”

 

 声の方をみると、イラクサの茂みに洗濯物が絡まっています。

 白いシャツ、水色のマフラー、茶色の手袋、灰色の靴下、花柄のワンピース。

 

“おねがい、ぼうや。ぼくたちをたすけて。”

“洗濯物にばけて、おばさんを驚かそうとしたら、風にとばされ、こんな目に。”

 

 洗濯物は、口を開くと情けない声を出して言いました。

 それを聞いて、ジャックは思わず、あきれ顔。

 

「なんだ、いたずら者の変わり身オバケたちじゃないか」


1
最終更新日 : 2017-11-10 20:44:05

変わり身オバケ

 

“どうか、おねがい”

“風が吹くたび、イラクサのとげが体に食いこんで痛いんだ。”

 

 変わり身オバケたちは、うめいたり、もがいたり、すすり泣いたりして訴えます。

 

「しょうがないなぁ……」

 

 可哀想に思えてきたジャックは、洗濯物たちを慎重にイラクサのとげから外してやりました。

 

「そんなに泣いちゃあ、洗濯物が湿気ちゃうよ」

 

 ジャックと変わり身オバケたちが、こんなやりとりをしていると突然、一陣の強い風が吹きました。

 かと思うと、辺りに生臭い嫌な匂いが漂い始めます。

 古びたかびと、腐った魚、錆びた鉄の臭いを混ぜたような、なんとも言えない臭いです。

 

 ジャックが顔をしかめていると、

 

「こんばんは、ぼうや」

 

 首筋がぞっとするような、冷たい声がしました。

 いつのまにか、小柄な女性が森の入り口に立っています。

 

 月明かりに照らされた、その顔はたいへん美しいものでした。

 肌は透けるように白く、唇は熟れた苺をかじったように赤く色づいています。

 目はらんらんと輝き、まるで火が瞳の中で燃えているようでした。

 

「こんな夜に、森へ出るなんて、いけない子ねぇ」

 

 ざらついた猫なで声は、耳に張りつくように残ります。 

 女性からは、邪悪な気配が立ち上っています。

 

「ふふ、悪い子はシチューにして食べちゃいましょうね」

 

 ジャックは、じりじりとイラクサの茂みの方へ後ずさりしました。

 

“人食い悪魔だ……。”

“子どもを食べちゃう性悪で残酷な人食い悪魔だ……。”

 

 変わり身オバケたちが震える声で、囁き合っています。

 ジャックが意を決して、逃げだそうと踵を返した途端、目の前が急に暗くなりました。

 

「ねぇ、どこへいくというの? おいしそうな食材さん」

 

 ひやりとした冷たい手が、ジャックの目を覆っています。

 強烈な臭気がジャックの鼻をつき、耳元で生臭い吐息が吐かれたのを感じました。

 人食い悪魔は、ジャックを掴むと袋へ押しこみ、あっという間に住みかへ駆けて行きました。


2
最終更新日 : 2017-11-10 20:28:13

水色のマフラー

 

「だせ! だしてよ!!」

 

 ジャックが大声を出しても、人食い悪魔はお構いなしで、走り続けています。

 袋には、むっとするような臭気が染みついていました。血なまぐさい、埃と、かびがまじったような臭いです。

 

 その臭いは、ジャックの頭におぞましい想像を描かせるには充分でした。

 このまま、人食い悪魔の住みかに連れて行かれてしまっては、生きて帰ってこられないでしょう。

 

「いやだ……」

 

 ジャックは手足を突っ張り、必死になって、もがきました。

 

「あ……!」

 

 すると袋の口が、やっと、こぶし一つ分くらい開きました。

 わずかな隙間からびゅんびゅん飛び去る森の木々と、追いかけてくる月が見えます。

 

 けれども、こんな小さな穴からどうやって逃げ出せるというのでしょう。

 ジャックの心にじわりと絶望が広がっていきます。

 恐怖で口の中が干上がり、吐き気で頭がくらくらしました。

 目には涙が滲んできます。喉から「ヒッ」と、ひきつった嗚咽がもれました。

 

“ジャック、ジャック。” 

 

 と、抱えていた洗濯物に化けた変わり身オバケのうち、水色のマフラーがジャックに囁きました。

 

“ジャック、ぼくをその隙間から外に差し出せるかい?”

 

「なんだって?」

 

“しぃっ。”

 

 声高になったジャックを叱るように言うと、

 

“人食い悪魔に気づかれないように、ぼくの端っこを外に出すんだ。そっとだよ。もう片方はしっかり握っておいて。”

 

 今度は言い聞かせるように、水色のマフラーは言いました。

 

“ぼくが木の枝を掴んだら、きっとキミは放り出されるだろうから、そうしたら、街に向かって、ひたすらに走るんだよ。できる?”

 

 ジャックはぐっと口を引き結ぶと、こくりとうなずきました。

 人食い悪魔に気づかれないよう、そっと水色のマフラーの端を外へたなびかせました。

 もう片方を絶対に手放さないように、強く握ります。

 

“そおれっ!”

 

 外に出た水色のマフラーが、一瞬のうちに木の枝を掴みました。

 それと同時に、ジャック腕がぐんと引かれました。

 

「うわあっ」

 

 そのあまりの反動に、腕が抜けそうになります。

 ジャックと人食い悪魔は、それぞれ投げ出され、ごろごろと地面を転がりました。

 

「あらあら……いったい、何事なの?」

 

 ゆらりと立ち上がった人食い悪魔は、膝の土を払うとジャックを射るような視線で見つめます。

 ジャックは、その視線の鋭さに背骨が凍りつくかと思いました。

 カタカタと鳴り出す奥歯を、噛みしめていると、

 

“ジャック、ジャック。ぼくを投げるんだ、はやく!”

 

 手にした水色のマフラーが言いました。

 

“はやく!”

 

 声に押し出されるようにして、ジャックは言われた通りに水色のマフラーを投げました。

 すると、なんということでしょう。

 水色のマフラーは、どうどうと飛沫をあげて水が流れる大きな川になりました。

 ジャックと人食い悪魔の間には、一本の川が横たわっています。

 

「小癪なことをするものね……」

 

“ジャック、ジャック、はやくお逃げ!”

 

 変わり身オバケたちが一斉に言いました。

 ジャックは震える足で立ち上がると、もつれるように駆け出しました。

 

「これしきの川、なんてことないのよ。そう簡単に獲物を逃すものですか」

 

 人食い悪魔は憎々しげに呟くと、ざぶんと川に飛びこみ向こう岸へ向かって泳いでいきます。


3
最終更新日 : 2017-11-10 20:30:04

呼びかけ

 

 ジャックが駆け出して、しばらくすると、

 

“ジャック、うしろを見て。なにが見える?”

 

 変わり身オバケたちが言いました。

 

「口が真っ赤に裂けた人食い悪魔が、恐ろしい速さで追いかけてくるよ」

 

 ジャックが答えると、

 

“何か手を打たないと、ぼくらはおしまいだ。ジャック、ぼくらの誰かを、うしろに投げてごらん。”

“もしかしたら、キミを助けてあげられるかもしれない。”

 

 と、変わり身オバケたちが囁きました。

 

 ジャックが茶色の手袋をうしろに投げると、なんということでしょう。

 森の木々が行く手をくらます、くねくねと曲がりくねった五本の分かれ道が現れました。

 

「ええい、腹立たしい!」

 

 おかげで人食い悪魔は、ジャックの進んだ道を見失いました。

 あっちの道へ、こっちの道へ、行ったり戻ったり。

 

「捕まえたら、ただじゃおかないわよ……」

 

 しまいには、地を這うような、低いうなり声をあげ始めました。

 その声を背に聞きながら、ジャックは必死に街へ向かって走っていきました。 

 

 走って、走って、吐きだす息は荒くなり、喉の奥から血の味が滲んできます。

 それでも夢中で森の中を駆けていると、

 

“ジャック、うしろを見て。なにが見える?”

 

 変わり身オバケたちが言いました。

 

「ああ、なんていうことだろう。口が真っ赤に裂けた人食い悪魔が、恐ろしい速さで追いかけてくるよ」

 

 ジャックが答えると、

 

“何か手を打たないと、ぼくらはおしまいだ。ジャック、ぼくらの誰かを、うしろに投げてごらん。”

“もしかしたら、キミを助けてあげられるかもしれない。”

 

 と、変わり身オバケたちが囁きました。

 

 そこで、ジャックが灰色の靴下をうしろに投げると、なんということでしょう。

 ごつごつとした大きな岩が、ごろごろ転がる岩山が現れました。

 まるで、ジャックと人食い悪魔の間に立ちはだかる大きな壁です。

 

「ええい、いまいましい!」

 

 おかげで人食い悪魔は、ジャックの小さな背中を見失いました。

 岩山に手をかけては掴んだ場所が崩れ、足を踏ん張ったところは崩れ、なかなか登ることができません。

 

「逃げられると思ったら、大間違いよ……!」

 

 やがて、甲高いヒステリックな怒鳴り声を上げ始めました。

 その声を背に聞きながら、ジャックは転がるように街へ向かって走っていきました。

 

 走って、走って、一歩繰り出すたびに鋭い痛みが足の裏から這い上ります。

 それでも無我夢中で、月夜が照らす木々の隙間を駆けていると、

 

“ジャック、うしろを見て。なにが見える?”

 

 変わり身オバケたちが言いました。

 

「ああ、どうしよう。口が真っ赤に裂けた人食い悪魔が、恐ろしい速さで追いかけてくるよ」

 

 ジャックが答えると、

 

“何か手を打たないと、ぼくらはおしまいだ。ジャック、ぼくらの誰かを、うしろに投げてごらん。”

“もしかしたら、キミを助けてあげられるかもしれない。”

 

 と、変わり身オバケたちが囁きました。


4
最終更新日 : 2017-11-10 20:31:45

花柄のワンピース

 ジャックが花柄のワンピースをうしろに投げると、なんということでしょう。

 

 辺り一面、色とりどりの花が咲く花畑になりました。

 吹き抜ける風に茎は揺れ、はがれ落ちた花びらが、ひとつ、またひとつと、ふわりふわり舞い上がります。

 月明かりの下、そこだけが実に幻想的な雰囲気に包まれていました。

 夜の森に、香しい花の香りが、静かに広がっていきます。

 

「あら……」

 

 追ってきていた人食い悪魔は呟くと、花畑を前に足を止めました。

 そして、膝をつくと、やさしい手つきで花を一輪、摘みとりました。

 

「なあんて、綺麗な花なのかしら」

 

くるくると、手にとった花を回して手遊びしていたかと思うと、クスッと微笑みます。

 

「心が和むわぁ……」

 

 人食い悪魔は、今にも歌い出しそうな様子です。

 

「いい香り……」

 

 ジャックは、もしかしたら逃げきれるかもしれないぞ、と思いました。

 このまま、人食い悪魔が花畑に気をとられていれば、街までなんとか走っていけそうです。

 

 ですが――「なんて、言うと思ったかしら?」

 人食い悪魔は手に持っていた花を握りつぶしました。

 

「女は花を愛するかもしれないけれど、悪魔は花なんて愛さないのよ」

 

 花の残骸を投げ捨てると、足下の花々を蹴散らしながら、ジャックを猛然と追ってきます。

 その勢いたるや、人食い悪魔が駆け抜けたあとに、花びらの柱が立ったほどです。

 

“ジャック! 早くボクを投げて!!”

 

 目を見開くジャックに、白色のシャツが叫びました。

 

“早く!!”

 

 ジャックが白いシャツを投げると、なんということでしょう。 

 白色のシャツは、みるみるうちに広がって、月明かりに白く輝く、ミルクの池になりました。

 ジャックは、そのミルクの池の中心に浮かぶ小さな小舟に乗っています。

 

“悪魔はミルクの池では、おぼれてしまうんだ。だから、ぜったいに池の真ん中から動いてはいけないよ。”

 

 白色のシャツが、ジャックに忠告を与えます。

 

 ですが、ジャックは「でも……このまま逃げ続けていたら、アイツは街までやってきてしまうんじゃないの?」と、言いました。

 

 もうずいぶん長いこと、夜の森を走ってきました。

 森と街の境界に植えられたイラクサの茂みも、もうじき見えることでしょう。

 街の灯りがもうすぐそこに、ちらちらと輝いています。

 

「アイツが街のそばまでやってきたら、またぼくみたいな子どもをさらっていくんじゃ……」

 

 街には、何も知らない人々がハロウィーンのお祭りを楽しんでいるのです。

 怖いもの知らずの少年少女が、森の入り口に出ているとも限りません。

 ジャックの頭には、お父さん、お母さん、そして友だちや隣人、市場ですれ違う人、いろいろな人の顔が走馬燈のように浮かんできました。

 

「なんとか、アイツをここでやっつけられないかな。みんなを、こんな恐ろしい目に遭わせたくないよ……」

 

 ジャックがそう言うと、変わり身オバケは、少しの間、黙っていましたが、

 

“うまくいくかどうかは、わからないけど、やってみよう。”

 

 決心したように言いました。

 

“いいかい? 人食い悪魔は、きっとキミにあれこれ言葉をかけてくるだろう。だけど、ぜったいに答えてはいけないよ。何を言われても、じっとしているんだ。”

 

 ジャックと白いシャツは声を潜めて、秘密の相談を始めました。

 

「うん。それで?」

 

“すると、ヤツはじれて、ボクを吹き飛ばすか、吸いこむかしようとするだろう。なんせ、ミルクの池に足を入れたら、おぼれてしまうんだからね。隙を見て、ボクはヤツの口からお腹へ飛びこんで、体のなかから沸騰させてあげる。これはたいへんなことだけど、できないことではない。”

 

「そうしたら、どうなるの?」

 

“ミルクが腹のなかで、ぐつぐついってるんだもの。人食い悪魔を、しばらく動けなくできると思う。そのあいだに、キミは街の境界に植えてあるイラクサを摘んで帰っておいで。”

 

「イラクサを?」

 

“そう。そして、イラクサで人食い悪魔の手足縛って、口をふさぐんだ。そうすれば、人食い悪魔は、イラクサのとげで封じられて動けない。イラクサは魔除けの草でもあるけど、魔の者を養分にする怖い草なんだ。きっと、アイツをやっつけることができる。”

 

「…………」

 

“どう? やってみる?”

 

「わかった、やってみるよ」

 

 森をずっと走ってきたので、靴はボロボロ、体はくたくたでした。

 ですが、ここで敵に立ち向かわなくては、また犠牲者が出るかもしれません。

 ジャックを心を決めると、力強く頷きました。


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最終更新日 : 2017-11-10 20:33:54


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