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【試し読み版】 死への目撃者 (14/16)

 203号とは広域重要指定事件の指定番号だ。1年前から関東地方で発生している若い女性ばかりを狙った連続殺人事件のことである。犯行の手口と目撃者情報から、同一犯が4件の殺人を犯したものとして捜査が続けられているが、いまだ犯人は逮捕されていない。

「可能性もなくは、ない。なくはないが、4人殺しといて、ほとんど犯人に結びつく手がかりがない上に、東京うちが2つに神奈川と埼玉だからな。今回も、もしそうだとして、さて、どこが手綱たづなを握るのか、最初に発生した神奈川県警もそうだが、連続殺人事件と断定した埼玉県警にも意地とプライドがあるからな。その上、よせばいいのに、警察庁が自分で仕切りたいと言い出してきやがったからな。犯人探しよりも、お偉いさんの主導権争いの方が大変そうだ」

 二見がため息混じりの紫煙を吐き出した。

「今はとにかく、事件当日の目撃証言と、被害者の前夜からの足取り確認、怨恨と金銭トラブルの線などから地道に犯人を絞り込むしかないと思っている」

「王道ですね」

「まあね。王道捜査こそ、一番の近道ってヤツだ」二見は少し冷めたコーヒーをぐいっと飲んだ。

「あの……まだ捜査資料をざっとひと通り読み込んだ段階なんですが、アレはなんなんですかねえ?」

 既に空っぽになった紙製のコーヒーカップを手持ち無沙汰ぶさたにいじりながら、和伊は、念のために聞いておきたかった質問を二見にぶつけることにした。

「アレ?」

「記憶喪失の少女が被害者のデッサン画を描いたっていう、田無署からのあの報告書です」

「ああ。あのアレね」二見がクスっと失笑した。「報告書の通りだろう。要するに、被害者女性と記憶喪失少女は生前に交流があった。少女が、なんとか記憶を取り戻すべく、おぼろげながら記憶を辿たどり、頭の中に思い浮かべた人物の顔を描いたところ、それが被害者女性だった……それ以上でもないしそれ以下でもない情報だと思うが」


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最終更新日 : 2017-11-07 16:22:00

【試し読み版】 死への目撃者 (15/16)

「今回の事件との関係性は?」

「全くないな。それは既に証明されている。そもそも、記憶喪失少女がデッサン画を描いたのが、9月7日の17時過ぎだ。これは複数の養護施設関係者も立ち会っているし、ご丁寧にも少女自らが描いたその日時をデッサン画に明記している。この9月7日の夕方の時点で、被害者女性は間違いなく生きている。彼女はその時間、会社のデスクにいた。つまりトラブルらしいトラブルにもぶつかっていないわけだ。そして殺人が起きたのが、2日後の9月9日早朝6時過ぎ。この時、記憶喪失少女は養護施設で、ちょうど起床時間だったようで、ベッドで寝ているところを職員に起こされ、その後、朝の支度をしている。これも複数の施設関係者がしっかり目撃している。ちなみに、養護施設がある西東京にしとうきょう市と八王子の殺人事件現場とは、電車でも車でも1時間以上かかる。ついでに言えば、少女が記憶をなくしたのは、もう3週間も前の話だって言うじゃないか。つまりは、記憶喪失少女は、被害者女性とは間違いなく過去に接触はあっただろうが、事件とは何ら関わりがないということだ」

「なるほど」和伊は二見の説明に納得した。しかし、フと、「でも、失われた少女の記憶を取り戻すことができたら、事件捜査に何かしらのプラスになるんじゃないでしょうか?」と付け足した。

「どうして?」二見が目を丸くして尋ね返した。

「いや……なんとなく、ですけど」

「お前、バカじゃないの?」

 二見が鼻で笑った。笑うと鼻から煙が漏れ出た。

「被害者女性は死んじゃってるし、記憶喪失少女は記憶を失ってて、被害者女性の顔写真や人となりを教えても、全然覚えていないって証言しているんだぞ。この2人が過去につながっていたことは少女のデッサン画で証明されているからして、それほど難しい調べにはならないだろうが、果たして、少女の記憶を取り戻したところで、事件捜査に役立つかどうか……」

「ええ。分かってはいます。分かってはいるんですけど……」和伊は引き下がらなかった。

 3班の連中と同じ捜査をしていても、彼らを出し抜き、一人で手柄を取ることは難しい。ならば、彼らが目を向けていない別の切り口から捜査するのが、殺人強行班に戻れる近道だと心の中で無意識に判断したのかもしれない。


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最終更新日 : 2017-11-07 16:22:11

【試し読み版】 死への目撃者 (16/16)

「事件とは関係ないと思うがな……だけど、和伊らしいっちゃあ和伊らしい着眼点だな。まあ、好きにすればいい。どうせお前は、今はオレの部下じゃない。遊軍っていうぐらいなんだから、好きに飛び回って捜査してくれればそれでいい」

「ありがとうございます」和伊は頭を下げた。

「報告だけはマメに出しておけ。3班の連中も、ああ見えて、お前のことはずいぶん気にはしているんだ」

「分かってます」

「コーヒーご馳走ちそうになった。またおごってくれ」

 二見は、カラになったコーヒー容器を、コンビニ入口横のゴミ入れに投げ込んだ。タバコの吸い殻は持参の携帯用吸殻入れに収納し、ポケットに仕舞い込む。

「いつでもどうぞ」

 和伊は一礼して二見を見送った。

 コーヒー一杯でこれだけの情報を入手できるなら、何十杯だってご馳走したい気分だった。

「3班の先輩方によろしくお伝えください」と二見の背中に言い伝えるのを忘れなかった。

 

 

「刑事さんが? でも、殺人事件とミナちゃんとは無関係だって、前に言われたんでしたよね?」

 糸川百子は受話器を手に首を傾げていた。電話の相手は、光の友ホームの桑原院長である。今、いきなり警視庁捜査一課の刑事がミナを訪ねてホームに来ているのだという。

 ミナがデッサンした人物画が殺人事件の被害者だったことを知った日の翌日、つまり今から1週間前に、ミナと桑原は、田無警察署に出向き、デッサン画の件を応対した警官に説明していた。その後、殺人事件の捜査本部がある八王子警察署からも担当刑事がホームに出向き、彼らに対しても詳細を話したのだった。ところがその際、担当刑事は、ミナがデッサンした日時が殺人事件の2日前だったことから、事件とミナの関係性はゼロと判断し、帰っていったのだと桑原から聞かされていた。

 それなのに、また来るなんてどういうことなの?


製品版につづく


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最終更新日 : 2017-11-07 16:22:21

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最終更新日 : 2017-11-15 23:24:09

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