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【試し読み版】 死への目撃者 (12/16)

《 第2章 》

 こいつは事件発生当初に考えていたより解決に時間がかかりそうだな、と和伊わい零士れいじはため息をつきながら警察署を出た。署の玄関を出て、大きく伸びをした。

 八王子市内で起きたOL絞殺こうさつ事件の捜査は、八王子警察署に警視庁捜査一課との合同捜査本部が設けられて早一週間が経過していたにもかかわらず、目ぼしい犯人像を特定できずにいた。

 八王子警察署から歩いてすぐのところにあるコンビニでドリップコーヒーを買い、駐車場でそれをすすっていると、背後から「和伊」と呼ぶ声がした。振り返ると、警視庁捜査一課3班の二見ふたみ班長がいかつい顔をさらにいかつかせるかのように眉間にシワを寄せたまま近寄ってきた。

「二見班長……」

 和伊は軽く目で会釈をした。

「なんだ、こんなところでコーヒーブレークか。コーヒーなら捜査本部でタダで飲めるじゃないか。タバコ吸いに逃げ出したのなら分かるが、お前は吸わなかったよな?」

 二見は胸のポケットからマルボロライトの箱を取り出し、一本を口にくわえた。

「二見さんこそ、喫煙ブース、署内にあるじゃないですか」

「バカヤロウ。あんな狭いガラス張りの中でのんびり吸えるかってんだ」

 二見はそう言いながらタバコに火をつけると、美味うまそうに煙を吸い込んだ。「悪い。オレもコーヒー飲みたいんだが」

「買ってきますよ」

 和伊はコンビニの店内に入り、慣れた手つきで入口付近に設置してあるセルフ式のドリップコーヒーマシンを操作し、自分のスマホをかざして料金精算をした。

 れたてのコーヒーを渡された二見は、「サンキュ」と礼を言いながら、「ハイテクだね。オレにはさっぱりついていけない」と感心したように後輩刑事を見た。駐車場から、和伊の一連の行動を観察していたのだろう。

「今時、スマホで買い物ができたり電車に乗れたりするのは常識ですよ。そういうのを毛嫌いしてたら、年々増加しているサイバー犯罪とかにも対応できなくなりますよ」

「バカにするな」と二見は毒づきながらコーヒーをすすった。

「空が青いねえ」二見が言った。「ですね」和伊が答えた。二人共、空なんか見てはいなかった。

「やっぱり、捜査本部は居心地悪いか?」

 視線を合わせないまま二見は言った。

「オレはそんなに気にはしてないんですが、他の連中が、どうしても、ね」和伊は苦笑いを浮かべる。

「ヤツラも悪気があるわけじゃねえ。お前に対して、どう話しかけたらいいか戸惑っているだけなんだ。それだけは分かってやってくれ」

「分かってますよ。オレだって2ヶ月前までは二見班の一員だったんですから」


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最終更新日 : 2017-11-07 16:21:39

【試し読み版】 死への目撃者 (13/16)

 今回の八王子OL絞殺事件の捜査は、八王子警察署刑事課と警視庁捜査一課3班との合同捜査である。

 警視庁管内、つまり東京23区および周辺都下で、殺人事件等の重大事件が発生した場合、事件直後に犯人が自首したケースや既に犯人が特定されている状況などを除き、所轄警察署の刑事課と警視庁捜査一課強行犯との合同捜査本部が設置され、捜査一課の刑事たちが陣頭指揮を取り、所轄刑事とタッグを組んで事件捜査に当たる。

 警視庁捜査一課には、主に殺人捜査を専門とする殺人強行犯捜査班が9班、強盗犯捜査を専門とする強盗犯捜査班が6班、レイプ犯罪捜査を専門とする性犯罪捜査班が2班、放火犯罪捜査を専門とする火災犯捜査班が2班あり、それぞれに5名から6名の班員が振り分けられている。

 二見警部は、その中の殺人強行犯捜査の3班のリーダーであり、和伊も2ヶ月前までその部下の一人だった。

 しかし和伊は、二ヶ月ほど前のある事件捜査の中でとった行動が問題視され、3班から遊軍班へと格下げされてしまっていた。

 遊軍班員は、捜査一課の課員ではあるものの、特定の班に属さず、重大事件が起きた際に人手不足の班に合流し、サポートする人員のことである。簡単に言えば補欠である。

 大丈夫。このヤマで手柄を上げて、すぐに殺人強行班に戻ってやる。

 和伊は声には出さないが、ずっとそのことばかり念じていた。

「それで、どうなんですか、二見班長の見立てでは、やっぱりこのヤマ、難航しそうですか?」和伊は元上司に直球をぶつけてみた。

 実は和伊がこの八王子OL絞殺事件の合同捜査本部に助っ人として駆り出されたのは昨日からであり、捜査員が共有しなければならない最低限の情報をいまだ完全には共有しきれていなかったのだ。

「ああ。若くてキレイで交友関係も派手な女性ということもあり、当初は、色恋絡みの怨恨えんこんの線で動いていたが、どうにも見込み違いだったようだな。交友関係でいろいろと怪しいヤツは浮かんでいるが、どいつもこいつも決め手にかけるし、アリバイもあるようだ」

「地元の不審者の線は?」

「そっちはどうかな。まあ、東京都内に限らず、このご時世じせい、どこもかしこも不審者だらけだからな。ただ」

「ただ?」

「殺害現場となった中央公園では、以前から若い女性を付け狙う不審者情報がかなり頻繁に寄せられていたらしい。公園近くの地元商店街や自治会の費用負担で来月早々から、街灯と防犯カメラを設置する段取りになっていたぐらいだ」

 二見は2本目のタバコに火をつけた。

「例の、連続殺人犯の可能性はないんでしょうか?」

「例の? ああ、203号のことか?」

 二見が、眉間のシワを更に深く刻みこむ。


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最終更新日 : 2017-11-07 16:21:49

【試し読み版】 死への目撃者 (14/16)

 203号とは広域重要指定事件の指定番号だ。1年前から関東地方で発生している若い女性ばかりを狙った連続殺人事件のことである。犯行の手口と目撃者情報から、同一犯が4件の殺人を犯したものとして捜査が続けられているが、いまだ犯人は逮捕されていない。

「可能性もなくは、ない。なくはないが、4人殺しといて、ほとんど犯人に結びつく手がかりがない上に、東京うちが2つに神奈川と埼玉だからな。今回も、もしそうだとして、さて、どこが手綱たづなを握るのか、最初に発生した神奈川県警もそうだが、連続殺人事件と断定した埼玉県警にも意地とプライドがあるからな。その上、よせばいいのに、警察庁が自分で仕切りたいと言い出してきやがったからな。犯人探しよりも、お偉いさんの主導権争いの方が大変そうだ」

 二見がため息混じりの紫煙を吐き出した。

「今はとにかく、事件当日の目撃証言と、被害者の前夜からの足取り確認、怨恨と金銭トラブルの線などから地道に犯人を絞り込むしかないと思っている」

「王道ですね」

「まあね。王道捜査こそ、一番の近道ってヤツだ」二見は少し冷めたコーヒーをぐいっと飲んだ。

「あの……まだ捜査資料をざっとひと通り読み込んだ段階なんですが、アレはなんなんですかねえ?」

 既に空っぽになった紙製のコーヒーカップを手持ち無沙汰ぶさたにいじりながら、和伊は、念のために聞いておきたかった質問を二見にぶつけることにした。

「アレ?」

「記憶喪失の少女が被害者のデッサン画を描いたっていう、田無署からのあの報告書です」

「ああ。あのアレね」二見がクスっと失笑した。「報告書の通りだろう。要するに、被害者女性と記憶喪失少女は生前に交流があった。少女が、なんとか記憶を取り戻すべく、おぼろげながら記憶を辿たどり、頭の中に思い浮かべた人物の顔を描いたところ、それが被害者女性だった……それ以上でもないしそれ以下でもない情報だと思うが」


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最終更新日 : 2017-11-07 16:22:00

【試し読み版】 死への目撃者 (15/16)

「今回の事件との関係性は?」

「全くないな。それは既に証明されている。そもそも、記憶喪失少女がデッサン画を描いたのが、9月7日の17時過ぎだ。これは複数の養護施設関係者も立ち会っているし、ご丁寧にも少女自らが描いたその日時をデッサン画に明記している。この9月7日の夕方の時点で、被害者女性は間違いなく生きている。彼女はその時間、会社のデスクにいた。つまりトラブルらしいトラブルにもぶつかっていないわけだ。そして殺人が起きたのが、2日後の9月9日早朝6時過ぎ。この時、記憶喪失少女は養護施設で、ちょうど起床時間だったようで、ベッドで寝ているところを職員に起こされ、その後、朝の支度をしている。これも複数の施設関係者がしっかり目撃している。ちなみに、養護施設がある西東京にしとうきょう市と八王子の殺人事件現場とは、電車でも車でも1時間以上かかる。ついでに言えば、少女が記憶をなくしたのは、もう3週間も前の話だって言うじゃないか。つまりは、記憶喪失少女は、被害者女性とは間違いなく過去に接触はあっただろうが、事件とは何ら関わりがないということだ」

「なるほど」和伊は二見の説明に納得した。しかし、フと、「でも、失われた少女の記憶を取り戻すことができたら、事件捜査に何かしらのプラスになるんじゃないでしょうか?」と付け足した。

「どうして?」二見が目を丸くして尋ね返した。

「いや……なんとなく、ですけど」

「お前、バカじゃないの?」

 二見が鼻で笑った。笑うと鼻から煙が漏れ出た。

「被害者女性は死んじゃってるし、記憶喪失少女は記憶を失ってて、被害者女性の顔写真や人となりを教えても、全然覚えていないって証言しているんだぞ。この2人が過去につながっていたことは少女のデッサン画で証明されているからして、それほど難しい調べにはならないだろうが、果たして、少女の記憶を取り戻したところで、事件捜査に役立つかどうか……」

「ええ。分かってはいます。分かってはいるんですけど……」和伊は引き下がらなかった。

 3班の連中と同じ捜査をしていても、彼らを出し抜き、一人で手柄を取ることは難しい。ならば、彼らが目を向けていない別の切り口から捜査するのが、殺人強行班に戻れる近道だと心の中で無意識に判断したのかもしれない。


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最終更新日 : 2017-11-07 16:22:11

【試し読み版】 死への目撃者 (16/16)

「事件とは関係ないと思うがな……だけど、和伊らしいっちゃあ和伊らしい着眼点だな。まあ、好きにすればいい。どうせお前は、今はオレの部下じゃない。遊軍っていうぐらいなんだから、好きに飛び回って捜査してくれればそれでいい」

「ありがとうございます」和伊は頭を下げた。

「報告だけはマメに出しておけ。3班の連中も、ああ見えて、お前のことはずいぶん気にはしているんだ」

「分かってます」

「コーヒーご馳走ちそうになった。またおごってくれ」

 二見は、カラになったコーヒー容器を、コンビニ入口横のゴミ入れに投げ込んだ。タバコの吸い殻は持参の携帯用吸殻入れに収納し、ポケットに仕舞い込む。

「いつでもどうぞ」

 和伊は一礼して二見を見送った。

 コーヒー一杯でこれだけの情報を入手できるなら、何十杯だってご馳走したい気分だった。

「3班の先輩方によろしくお伝えください」と二見の背中に言い伝えるのを忘れなかった。

 

 

「刑事さんが? でも、殺人事件とミナちゃんとは無関係だって、前に言われたんでしたよね?」

 糸川百子は受話器を手に首を傾げていた。電話の相手は、光の友ホームの桑原院長である。今、いきなり警視庁捜査一課の刑事がミナを訪ねてホームに来ているのだという。

 ミナがデッサンした人物画が殺人事件の被害者だったことを知った日の翌日、つまり今から1週間前に、ミナと桑原は、田無警察署に出向き、デッサン画の件を応対した警官に説明していた。その後、殺人事件の捜査本部がある八王子警察署からも担当刑事がホームに出向き、彼らに対しても詳細を話したのだった。ところがその際、担当刑事は、ミナがデッサンした日時が殺人事件の2日前だったことから、事件とミナの関係性はゼロと判断し、帰っていったのだと桑原から聞かされていた。

 それなのに、また来るなんてどういうことなの?


製品版につづく


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最終更新日 : 2017-11-07 16:22:21


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