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京都府北西部、福知山と舞鶴の中間、国道から長い取り付け道路を登り切った山上に、その広大な施設はありました。

管理棟応接室の巨大な嵌め殺し硝子の眼下に、丹波山系の峰々が、蒼々と折り重なって拡がります。

華やかな紅葉も既に色を落し、寒々としたモノクロームの世界が、間もなく全山を覆い尽くす季節です。

 

「それで、京都府警の刑事さんが、私共にどの様なご用件でしょうか?」

冬の低い陽光に、暗いシュルエットになった肉付きのいい長身を、窮屈そうに折り曲げながら、施設の代表と称す男が、目の前のソファーに腰を下ろします。

【代表理事 佐藤圭一】と書かれた、ガラステーブル上の名刺に一瞬視線を落とし、黒木玲子が自分のバックから、透明なビニル袋に入った黄色い物体を取り出します。

「これに見覚えは?」

「―――モデルガンですか?」

回転弾倉(リボルバー)式拳銃の形態ですが、色が派手なオレンジイエローで、外装の素材もひと目で樹脂製と見て取れ、確かに玩具然とした代物です。

「一見、おもちゃに見えますが、耐熱・耐衝撃樹脂で成形されていて、

加工精度もそれなりに高いものがあります。ドイツの9mmパラベラム弾が使用可能で、つまり殺傷能力を持つ武器です。3日前に銃器不法所持で執行猶予中の蒐集狂の男から押収しました。」

「―――それが?」

「男はプログラム通販サイトから、3Dプリントデータをダウンロードしたと云っています。」

「私共の通販サイトからということですか?」

「仰る通りです・・・。」

「確かに、モデルガンのプリントデータを何種類か頒布してはいますが、あくまでディスプレイ用のモデルです。推奨の樹脂マテリアル以外は想定していませんし、耐衝撃樹脂や金属を扱えるプリンターにも対応しておりません。私共としましては、実弾を発射できるモデルを供給するつもりは一切ありません。」

「購入したプリントデーターに、多少手を加えて耐熱・耐衝撃樹脂プリンターに対応させたようです。」

「私共が、責任を問われることになるのでしょうか?」

「現在のところ、プログラム通販の業者さんに責任を問える法律はありません、今日は京都府警としての要望をお願いしに来たのです。」

「当該、モデルガンのプログラムデーターの販売を中止して頂きたいのです・・・。」

厳しい顔で、白河笑子が続けます。

「今のところ、このプログラムデーターでプリントアウトされたモデルガンが、犯罪に使用された事案は把握しておりません。ただ、もしそのような事案が発生した場合・・・。」

「分かりました、直ちにモデルガンプログラムの頒布は中止いたします。ダウンロード先が分かる範囲で、出力済の製品を回収させても頂きます。元より、世間の皆様にご迷惑をかける意図は全くないのです。私共としましては、巨大な工場や複雑な製造技術を備えたメーカーでなくとも、遜色のない工業製品を自宅で製造できる事実を、世間に啓蒙していきたいだけなのです。」

「啓蒙?と仰いますと・・・。」

「口で説明するより、見ていただいた方が早いと思います。もし宜しければ、施設内をご案内いたします。」

 

管理棟を出て、旧店舗棟へ進みます。

随所に店舗用の恒久デコレーションが残され、屋内の要所々に配置された植え込みや水面も、きめ細やかに手入れされた華やかで広大な建築物です。

遥か頭上のトップライトから、穏やかな冬の陽光が注ぎ込んできます。

所々に(クラドニ作動中)と書かれた黄色いパネルが下がっています。

それについて訊こうとするのを遮るように、「施設の土地は、私が先祖代々相続してきた山林原野です。戦前に行われたボーリング調査によって、豊富な温泉が湧出することが分かっていました。昭和最後の年に、父が30年間の定期借地権契約を東京の大手流通グループと締結しました。売り場面積約5万平米、この手の商業施設(ショッピングモール)とすれば、中規模のものです。商圏は福知山市・綾部市・舞鶴市・・・温泉施設を併設したことが幸いして、一部京都市の買い物客も取り込めたようです。」

フロアが微妙にうねって拡がります。

笑子が怪訝な顔で代表理事を見やると、「この店舗の、他にない特徴は非常階段等を除いて、建物に段差がないことです。3階建てなんですが、フロアが緩やかにうねって全ての階が連続しています。設計した建築士の拘りなんだそうです。」

「定期借地権の期限がきた今から5年前に、全ての建物・設備を私が買い取りました。他の手持ちの不動産を全て売り払い、多少の借金もしました・・・今ここには、50家族、約160人ほどが生活しています。何れも私の親族・友人家族です。そしてそれ以外の仲間もここにはいます。ご紹介しましょう!」 


云い終らないうちに、フロアの奥から無数の犬、猫、小鳥、人間が出てきました・・・その数とても百や二百では効きません、遠目に見るとどうもそれらしい形態ではありますが、何かおかしい・・・動きがぎこちない、電動モーターの駆動音のような音もします。

どうやら外装が樹脂や金属でできた、機械のようです―――

 

「これが先ほど話しました、私共の世間に対する啓蒙の主たるツールです。」

 「―――ロボットですか?」

「現在ここには、160人の人間に対して、12,800(人)のロボットが稼働しています。人ひとりにロボット80(人)です、私共はロボットに親しみと敬意を籠めて、何台や何基ではなく(何人)と数えるようにしています。」

「プログラム通販による私共の売上の過半は、これらロボットの3Dプリントデータです。大量生産品の大手メーカー製愛玩ロボットの、1/10の価格で頒布しています。窓の外の駐車場をご覧ください・・・。」

理事長に促されて眼下の広大な駐車場を見渡すと、一面に無数の小型作業車が動き回っています、よく見ると表面のアスファルトをカットして剥がしているようです。

「あの作業車も全てロボットです、舗装を剥がした後、同じロボットが土壌改良を行い、作物を植え付けていきます。」

「ロボットに農作業をさせているんですか!」

「ここに居るロボット全てに、役割があります。与えられたプログラムに従って、稼働しているのです。店舗棟に5箇所ある旧バックヤードスペースを作業工房として、人とロボットが協力し、構成パーツの3Dプリントアウト、組み立てを行っています。ロボットがロボットを創っているのです。ほんの数年前まで、個人では一本のスプーン、一本のフォークさえ製造することが出来ませんでした。今や3Dメタルプリンターを使えば、子供たちでさえ幾らでも製造できるのです。」

 

明るい吹き抜けや瀟洒にデザインされた植え込みを巡りながら、うねるフロアを上に昇ると、細かく区切られたパーテーションブースの奥に、大きな円筒形のカプセルが横たわって並んでいます。

笑子が不思議そうな眼でブースを覗き込むと、「ここの住人の、寝床です。耐震シェルターの機能を備えていて、重量物の落下にも耐えられます。ベッド下部にサバイバルキット一式が装備されている筈です。」

隣のブースには一人用のワンタッチ・テント、その隣には大型のキャンプ・テントの中に、寝袋が三つ並んでいました。

「寝床の趣味は人様々ですね、家具売り場のベッドで寝起きしている住人もいます。頑丈な建物の中で24時間全館空調、トイレや洗面もフロアごとに幾つもあります、温泉施設も稼働していますから何時でも入浴できる、ランドリーや厨房もプロ仕様のものが備わっていますから、通常の生活に不自由することはありません。」

「カットサロンやクリニックも稼働しているようですね!」電飾サインを指差しながら驚いた様子で、笑子が振り返ります。

「住人の中に医師や美容師・理容師がいましてね、助かってます。」

「食料の供給はどうされているんですか?」

「最初は、近在の農家から野菜や穀物、米を購入していました。駐車場の農地整備が拡がってきまして、相応の収穫を上げられる様になっています。昨年からバックヤード工房の一部を水耕栽培場に改装しまして、そこからも野菜が収穫できるようになりました。」

「肉や魚は?」

「敷地内のため池や川から、淡水魚は漁獲できます。肉は当初家畜の放牧を考えたのですが、なかなか難しくて・・・乳製品も含めて、まだ市場から購入しているのが現状で、今後の検討課題です。」

「施設を稼働させているインフラは?周りに電柱や電線が見当たりませんけど?」

「ショッピングモールの時代から、電力会社やガス会社との契約は一切しておりません。ここの温泉はとにかく高温でしてね、全て水蒸気で噴出してきます。まず高圧水蒸気で発電タービンを回し、様々な熱交換器をへて、空調の熱源となり、液体の湯となったところで、温泉施設に供給しています、生活用水や飲料水も同様の方法で取得されます。また、広大な屋根の殆どにソーラーパネルが設置されていますので、その電力も使用します。」

「じゃ、ここに住んでる限り全くお金が要らない?」

「労務は全てボランティアで、物品の売買もありませんしね・・・ただし、外部から仕入れないといけない物資もあります。固定資産税等の税金も払わないとね・・・本当は、全てを断ち切って、この施設だけで自前でやっていきたいんですが、なかなか難しくて・・・。」

ロボットの猫とじゃれ合っていた玲子が立ち上がって、「じゃ、理事長さんの子供の頃の愛読書は?」

ジュール・ベルヌと、アイザック・アシモフです・・・。」

「【海底2万マイル】と【はだかの太陽】ですわね!」 

 


「施設内の物品は、生理的に共有し辛いもの以外、全て住人の共有なんだって・・・個人で必要なものは自分でデザインして創るか、アーカイブプログラムから選んで、ロボットに創って貰うんだそうよ。施設の住人は、誰も権利を主張しないから、物やサービスの価値を表示する貨幣を流通させる必要がないのよね・・・。」

「価値の貯蔵と更新は、3Dプリントアウトした物品を、リサイクルしながら再生産を繰り返すことで維持する訳ですか・・・何だか危ういなあ。」

京都府警の刑事部屋(捜査一課)で、SRI(科捜研)の奥寺がいつもの様に油を売っています。

「住人ひとりに、80台のロボットだから、その分のサービス価値が希薄になって、貨幣による表記が出来ないだけじゃないんですか、温泉の熱に頼ってるエネルギーの価値も同様ですよ。」

「ロボットは(台)じゃなくって、(人)って数えるの!」

苛々しながら笑子が語気を強めます。

「施設内でやり取りされる価値の単位が微小過ぎて、貨幣が必要ないってこと?奥寺君。」パソコンキーボードの手を休めながら、玲子が尋ねます。

「―――その通り。米10粒くらいの遣り取りに、お金が必要ですか?製材所で薪材貰ってきても、金よこせとは言わないでしょ、中東の産油国で、ポリ缶一杯原油を酌んでも、タダですよ。物品やサービスの流通単位は、貨幣の最小単位に連動します、微細な価値はそれ自体意味が無いんです。生活するのにお金が全く掛からないと云うと、まるでユートピアのようだけど、原価が極端に微細だから、実現できてるだけじゃないんですか?」

「違うわよ!ボランティアの労務で、価値はちゃんと産み出してるの、外部から物を仕入れてるし、税金も払ってる、廻りの社会とはきっちり結びついてるのよ。その上でお金のいらないシステムを構築してるの!」

見てきた事実に感化されやすい笑子が、意固地になって訴えます。

 

「―――何だ朝から大声で!刑事部屋の半分の騒音担ってるな、白河。」

刑事部長の永山が、刑事部屋に入ってきました。

「それより黒木、昨日の報告書だが・・・何か他に無いのか?」

「―――と云いますと?」

「上から喧しく云ってきてるんだ、何か理由をつけてガサ入れしたいらしい。」

「上と云いますと?」

「―――東京の本庁だ、警察庁の役人から、本部長に連絡があったらしい。府警がやらんなら、警備局が直接指揮を執るって云ってるそうだ。」

玲子が難しい顔をして、「その更に上が云ってるのかも、知れませんわね・・・。」

「更に上と云うと?」

笑子が丸い目をして首を傾げます。

国家公安委員会・・・。」

「おい!馬鹿、よせ!また左遷は堪らんぞ!あの施設にまた、退職自衛官とネグロイドが潜伏してるとでも云うのか?」

「既に憲法も改正されたことですから、その線は無いと思います。考えられるのは・・・。」

その時、玲子の机の内線が点滅して、「部長、本部長がお呼びです。SRIの担当者がいるなら、一緒に同席してくれって・・・。」

 

一時間ほどで、永山と奥寺が刑事部屋に帰ってきました。二人とも疲れ切った蒼白い顔をしています。

「一大事だ黒木!明日、府警警備部と一緒にガサ入れする、先方には事前に通知しない、抜き打ちだ!」

「―――家宅捜査の根拠は?」

「通常の捜索・差押え許可じゃないんですよ、黒木さん―――。国際原子力機関(IAEA)の特別査察ってことになっています。」

奥寺が永山を補足します。

内閣危機管理センターの指揮のもと、国家公安委員会が主導して、IAEAの査察官が立ち会います。京都府警は、それらの人員的なサポートといった立場のようです。」

「憲法改正に伴って、国際機関からの要請があれば、内閣は裁判所の許可を得ずに個人・団体の捜索・差し押さえが出来る国内法が成立した。同法施行後、最初の実施案件だ―――。」

「でも、IAEAだって何も煙の立たないところに、いきなり査察ってことにならないでしょう?」

「IAEAは、逆に国家公安委員会からの要請を受けたみたいです。」 

「なんですって!国際原子力機関の特別査察ってのは口実なの?」

 


府警本部に漂う空気が俄かに慌ただしくなります。

警備部のフロアから、荒々しい怒号が聞えてきました。

管轄の全警察署に、緊急動員をかけているようです。

「特別査察に、全く根拠が無いっていうことでもないようです。気になる施設だから、以前から折々に調べていたんですが・・・。」

奥寺が自分のタブレットを起動しながら、話し始めます。

「これが、当該施設の昨夜の赤外線衛星映像です。」

iPadの画面に、ボンヤリとカラフルな縞模様が表示されます。

「この映像から、単位時間のエネルギー放出量が計算できます。温泉掘削時の古い資料から湧出熱量を計算し、ソーラーパネル総面積から日中の発電量を積算すると、この施設の現在のエネルギー収支が、概算で分かります。」

「で、どうなんだ?」

「温泉とソーラーパネルから取得できる最大エネルギー量の、約2倍のエネルギーを常時放出しています。温泉とソーラーパネル以外に、有力なエネルギー源が存在する筈です。」

「温泉の湧出量が掘削時の2倍になったかも知れないじゃない?」

笑子がドヤ顔を突き出します。

「湧出量と泉質は毎年京都府に報告されている、70年以上殆ど変化のない湧出量が、ここ5年ほどで倍になるのは考えにくい・・・。」

「考えられる、エネルギー源は?」

「黒木さんと笑さんは、大分の密造原爆、あの大事件の当事者だったんですよね・・・プルトニュウム239の生成プラントは?」

「―――黒鉛炉よ。ウラン238からプルトニュウム239を生成してたわ。」

思い返しながら、笑子が答えます。

「農地を整備するために、駐車場のアスファルトをカットして剥がしていたんですよね・・・。」

「黒鉛炉の減速材に使うって云うの?でも、肝心の酸化ウラン(イエローケーキ)は?大分の事件の密輸ルートは、被疑者が逮捕されて消滅した筈よ。」

奥寺の顔を見つめながら、玲子が囁きます。

「施設のある丹波山地一帯は、今は既に閉山していますが、かつては良質なマンガンを採掘する鉱山がありました。施設の温泉掘削も、マンガン鉱床の地質調査の為のボーリングだったと思います。古い記録の中に、マンガンの他、ウラン鉱床も存在したというのがありましてね、有名な岡山の人形峠より良質で有望だったと記述されています。戦後、採掘の為の調査に入ったらしいんですが、直ぐに中止されました。京都の北西で放射能汚染の危険が拭いきれなかったようです、直前に起こった第五福竜丸事件も影響しているようです。」

「施設で、ウランを採掘しているというのか?」

永山が低い声で呟きます。

「―――可能性はあります。3年前にあの施設で排水浄化設備の事故がありました。フィルターの一部が目詰まりを起こし、BODの高い排水がオーバーフローして、下流の水域を汚染したんです。保健所の立ち入り調査で、かなりの数の排水サンプルを採取したんですが、その中から、極微量の放射性物質が検出されていたのが、ずっと後になって分かったんです。その頃には既に下流住民との補償交渉も終わり、自然放射線量より僅かに高い程度でしたから、事を荒立てたくない各方面の意向もあって、うやむやで終わったようです。」

「警備局の危機管理室辺りから、国家公安委員会に具申したんだろうか・・・?」

「―――外事情報部かも知れません、大分のときは同部が表に出てきましたから。」

「黒木さんのいう通りかもしれません、大分の事件以来、外事情報部は海外の違法武器取引に異常に神経を尖らせていますから・・・。」

 

その時です!刑事部屋のドアを開け放って、秘書室の若いスタッフが飛び込んできました。

「刑事部長!問題の施設から、本部長宛てにメールが届きました、本部長室に集まってください!」 


京都府警察 本部長殿

拝啓

明日、IAEA特別査察の名のもとに、理不尽な家宅捜査を強要されようとしている施設の代表です。

代表理事といたしまして、当該施設に対する一切の査察・捜査の拒否を、宣言いたします。

 

私共はこの施設に入居以来5年間、只管にある理想を追い求めてきました。

それは、他人を頼らないこと、企業に頼らないこと、社会に頼らないこと、国をあてにしないこと。

少なくとも、自分の生命を維持するに必須なものは、自ら生産できること。

要するに、貨幣経済を介して目的を実現しようとしないこと。

ものを取得するために就労し、あるいは借り入れて、購入資金を準備するのではなく、自ら直接そのもの自体を生産し、目的を実現する方法を目指してきたのです。

その為に、身の周りの有形・無形のものの価値(貨幣経済上の)を、より微細に減縮する努力を重ねてまいりました。

個人の所有権を放棄し、リサイクル再生産を徹底させ、数多の知的財産をアーカイブしてきました。

そして5年前、尽きることのないエネルギーを生じせしめるこの場所を、幸いにも取得することが出来たのです。

私共は必要なものを、必要な量、必要な品質で創ります。

それにより、過剰生産になり得ない、過剰品質になり得ない、使命を終えた生産物は悉く分別リサイクルを行い、素材(マテリアル)の総量を常に維持することが可能になります。

不覚にも3年前に排水事故を起こし、下流の住民に多大な被害を与えた浄化排水も、現在ではリサイクル水源として再利用され、一切の排水放流が不要となりました。

今日まで、流通市場から購入していました肉や魚(動物性蛋白質)も、植物のそれを素材としたバイオプリンターの応用で、遜色のない生産の目途がついています。

懸案であった高度医療の分野も、ロボット技術の発展で、自前のオペ等施術が可能となりました。

もはや、私共を既存の社会に繋ぎ止める、一切の根拠が無くなりました。

今ここに、私共の踏ん切りがつきました。

本日24時を持ちまして、私共は彼岸の人的往来を当面の間、遮断いたします。

施設を囲うように、結界を張ります。

元より、私共もこの国に属し、この社会の一員であります。

ネットを介した情報の遣り取り、プログラム通販の決済、税金の支払い等は継続して行います。選挙権も行使いたします。

人的往来を遮断しても、私共が日本人であることに変わりは無いのです。

その上で、この度の憲法改正に伴って施行された、理不尽な国内法の順守を一部拒否いたします。

 

特別査察の嫌疑が何であるのか、私共には知る由もありません。

仮に、私共施設の、エネルギー収支に関する嫌疑であったとしても、基本的に私共が関与する処ではなく、また説明する義務もありません。

少なくともこの施設では、価値が価値を産む貨幣経済の様に、資源が資源を産み、エネルギーがエネルギーを産むような、都合のいい収支環境ではないことを、ご理解頂きたいのです。

                              敬具

                        代表理事  佐藤圭一

「―――何なんだこりゃ!」

部屋の主が大声を挙げます。

「こら、査察を拒否しはる意思表示でっしゃろなあ。」

京訛りの警務部長が、本部長の大声に反応します。

「―――当たり前だろ、そう書いてるじゃないか!」

「ウランの採掘を、認めたちゅうことどすか?」

今度は総務部長が、反応します。

「―――そんなこと、何処に書いている!ちゃんと読んだのか!―――俺が言いたいのは、誰が情報を、先方に流したのかってことだ!」

本部長席を取り囲む、京都公安委員会の5人の委員たちがざわつき始めます。

「そうどす!なんで施設ん理事長が、あしたんガサ入れを知っとるんや?どなたか流したんおすか!」

きょろきょろとした目が、刑事部長の永山の方に集まります。

「ちょっと待ってください!私はつい先ほど皆さんの口から・・・。」

「そうだ、俺たちも刑事部長や警備部長に話す直前に、本庁からの電話で初めて知ったんだ・・・つい小一時間前だぞ!」

「―――本部長はん、そんならあしたんガサ入れに立ち会う、本庁んスタッフが信用でけへんちゅう事では、おまへんか?」

「よし!この件は本庁に対して秘匿する、全員緘口令だ!」

ノンキャリアの現本部長の、何時もの口癖です。

やれやれと云った表情で、永山が話を現実に戻します。

「兎も角、抜き打ちのガサ入れは実現できなくなりました、具体的な捜査手法を警備部とも打合せて、一部変更いたします。」

壁際で訊いていた玲子が、うんざりとした表情で本部長室から出てきます、廊下に控えていた笑子と奥寺を見つけると、両肘を脇に当て、掌を天井に向けて、あきれ返ったように首を傾げました。 



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