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8 父親参観へ出発

いよいよ養護学校の父親参観なるものが明日にせまってきた。
隆一はたまり場になっているパブ、クルーゾーに出向いた。
明日のことはどうにも想像が全くつかない。
何かアドバイスの類いが欲しかったのだ。
入り口のドアを開けて地下の店に続くスロープを下りようとすると
先に着いてカウンターに座っていた雄司が振り返り隆一を見上げて
「よお」と言う。
開店前だから当然、他には誰もいない。
「おお」と言いながらスロープを下りると雄司の隣に腰掛けた。
 
ことの流れは話してあったのだが、彼らとて何を何と言っていいのやら、さっぱり見当がつかない。
「なんだな。何て言うか、その養護学級というものが、どういうものかという知識もまるで無いのだからコメントをしようがないな」
そう泰三がカウンターの中でコップを拭きながら言うと、雄司が
「でも養護だぜ。体が不自由だったり精神の調子が悪かったりする子供たちが勉強しているのだろう」と言う。
「俺はめちゃくちゃ緊張してきたあ」と隆一が叫ぶと入り口から女の子がスロープを下りてきながら
「外の掃除終わりましたあ。雑草も全部抜きましたあ」と言う。
雄司と隆一は顔を見合わせて
「誰?」
「あ、るりちゃん。今日から店を手伝ってもらうことになった」
「平日にほとんど客の来ない店に新しいアルバイトなんて要らないだろう」
「そうだ」
隆一と雄司が口々に言う。
スロープを下りてきたるりちゃんは二人の前に立つとぺこりと頭を下げた。
 
いよいよ当日の朝、早めにツトムくんの家に着いた泰三は何度もトイレを借りた。
緊張のせいでおなかが痛くなってしまったのだ。
「りゅうちゃん、本当にありがとう」
「いえ、お安い御用です」
本当は全然お安くない。
ツトムくんはハイテンションだ。
仮面ライダーのライダーベルトを腰に巻き柱に向かってトウッとかキーックなどと叫びながら飛び跳ねている。
玄関でツトムくんが靴を履き終えると峰子がしゃがんで目線をツトムくんと同じにして
「学校にはベルトはしていけません」と 言うとツトムくんも
「学校にはベルトはしていけません」とオウム返しに答えるものの行動には移らない。
「ベルトは置いていきます」と峰子が言う。
「ベルトは置いていきます」とオウム返しに答えるがそのままだ。
すると峰子は籐で出来たかごを手に取って
「ベルトをここにいれます」と言ってツトムくんの目の前に差し出した。
「ベルトをここにいれます」とツトムくんも言うとベルトを外してかごの中に入れた。
 
隣の前島さんの奥さんが学校まで連れて行ってくれるというのでツトムくんの手を引いて玄関の門を出た。
前島さんの家のガレージの門は開いており、中をのぞくとまだ誰もいないようだった。
玄関の前に立ち呼び鈴を押すと、今行きますという奥さんの声。
程なく、奥さんを先頭にご主人は子供の手を引いて出て来た。
「おはようございます。今日は宜しくお願いします。わたしはいとこの佐々木隆一と言います」
隆一は笑顔もなく緊張の面持ちで挨拶をすると奥さんが無表情のまま
「先日、お会いしましたね。これは主人と息子の正一です」
「おはようございます。前島です」とご主人が挨拶すると息子の正一君も
「おはようございます」と普通に言うではないか。
「あ、あ、おはようございます」と言って隆一は正一君を正面から見るとどこかで見た顔だなあと思った。
どこかで見た顔なわけではなくダウン症特有の顔があるのだ。
くっきりした二重瞼、目じりが上がっている目、低い鼻など。
奥さんが運転席、ご主人が助手席、後部座席に子供二人と隆一が乗り込み車は走り出した。
「今日も暑くなりそうですね」と隆一が後部座席から声をかけるも、助手席のご主人は
「そうですね」としか返さない。
「いつも奥さんが二人を送迎しているのですよね」
そんなことは決まり切っている事なのだが話のネタが思いつかない。すると奥さんが
「そうです」とだけ答える。
会話が続かない。
「正一君はテレビでは何を見るのが好きなのかなあ、ドリフかなあ」
「・・・」
答えない。
隆一はきゅるきゅるとお腹が差し込んで来た。
「学校まではどれくらいかかるのですか?」
「もう着きますよ」奥さんが答える。
車は大通りから細い道へ入り10分も走ると学校の正門に着いた。
奥さんにお礼を言って車から下りた。

 

奥さんはご主人に迎えに来る時刻を伝えると後方をバックミラーで確認しながら注意深く車を発進させた。

この本の内容は以上です。


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