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うなぎ 前川

その日、隆一と別れて事務所に戻った峰子は明日が締め切りの雑誌の撮影に追われて帰宅したのは12時を回っていた。
当然、子供たちは寝ていた。
翌日の土曜日の朝、峰子はマコちゃんに
「今日はママも半ドンなの。だからお昼は三人でこの間、話していたレストラン行こうと思うの」
「マコは賛成!」とマコちゃん。
「はい、はい」とツトムくん。
 
午後1時過ぎに戻った峰子を学校から戻り、よそ行きに着替えた二人が出迎えた。
「ツトムの洋服もマコちゃんが選んでくれたの?」
「そうよ。おかしい?」
「ううん、とっても素敵よ。マコちゃんはセンスがあるわ」
 
3人はアコードに乗り込むと窓を全開にした。
車中は初夏の太陽のおかげでひどい暑さだからだ。
走り始めるとツトムくんが大声で歌いはじめた。
♪まいにち、まいにち ぼくらは テッパンの♪
それに峰子も続く。
♪うえで やかれて やんなっちゃうよ♪
 
天王洲アイルに新しくホテルが出来て、そのそばに川に面したテラスレストランがオープンしていた。
そこへ行ってみようと言っていたのだが途中でツトムくんが
「ウナギが食べたい」と言いだした。
「ウナギ・・・」と運転しながら峰子が言葉に詰まる。
そんなに頻繁ではないもののツトムくんのこれが出るともうダメだ。
ツトムくんの頭の中はぐるぐるとウナギが駆け巡り他のことは耳に入らなくなる。
それを食べるまでは一切、別のものを食べようとはしない。
「ウナギだってさ。マコもいいよ、ウナギでも」
「よーし、ウナギにしよう!レッツラゴー」と峰子もハンドルを浅草方面に切った。
 
車を浅草方面に走らせて向かった先は駒形の前川だ。
昨年亡くなったパパが贔屓にしていた店だ。
通された座敷に座ると3人前のかば焼きと肝吸いを頼んだ。
峰子はマコちゃんに話し始めた。
「いたずらの話ね。してもいい?」
「いいよ、別に」
「ママはこの間、小学校の時のクラス会があったのね」
「うん」
「その時にサチコさんという同級生から言われたの」
「何だって?」
「あなたたち3人組にはよくいじめらたわって」
「ママはいじめっこだったの?」
「そんな覚えは全くないのよ。そのうえ、佐々木さんには一番いじめられたっていうのよ」
「やっぱりそうだ」
「まあ、聞いてよ」
「うん」
「驚いた私は聞いたのよ。どんないじめをしたのって」
「うん」
「そうしたら、私のおにいちゃんのこと覚えているって聞かれたの」
「はい」
「記憶を手繰れば何となく覚えているようなないようなと答えたの」
「うん」
「兄は知恵遅れでいつも、おーと言いながら出歩いていた。あなたがおーちゃんというあだ名をつけてみんなでからかっていたのと言うの」
マコちゃんは返事をせずに聞いていた。
「私はフーラと言うあだ名をあなたにつけられてみんなからフーラと呼ばれてたのは覚えている?と聞かれたの」
マコは黙ったままだ。
「ああ、覚えているわと答えたの。そしたら何でフーラになったのかはわかるわよねと聞かれたのだけど、そこまでは覚えていないわ、と言ったの」
マコちゃんはじっと峰子を見つめたまままばたきもしない。
「うちはガラス屋で家の玄関の横に金魚を飼っていた甕があったのね。金魚が死んでそのままになっていたらボウフラがわいてきたの。それをあなたが見て、わー、ボウフラだと言って私のあだ名はボウフラになったのよ。それで下だけ取ってフーラ。男の子はボウフラって言ってたけどね、と言うじゃない。もう、びっくりしちゃって大変だったのよ」
「やっぱりママはいじめっこだったんだ」
「う、うん、そうね・・・」
そこに仲居さんが鰻を持って入ってきた。
それぞれの前に置くとお茶を注ぎ足してくれた。
ツトムくんは満足そうに重箱のふたを開けてアツアツのうな重をハフハフ言いながらほおばる。
峰子も山椒をふりかけて一口、口に入れた。
「おいしーい。・・・それでね、謝ったのよ。当然よね。それで思ったのは子供は分別が無くひどいことを言ったりしたりするけれど、やっている本人はそれほど大それた気持ちでやっていないということ」
下を向いて鰻を食べながら聞いていたマコちゃんが急に顔を上げて
「それはいじめっこの論理!」
「ロンリ・・・。その先があるのよ。聞いてちょうだい」
マコちゃんは再び下を向いて鰻を食べ始めた。
「サチコさんは心に深い傷を負ったの。私のせいでね。さほどの悪気もない私のせいでね。だからマコちゃんも友達のいたずらで心に傷を負ってほしくないの」
再びマコちゃんは顔を上げてかすかに微笑みながら
「大丈夫だよ。子供の遊びにつきあってあげているんだよ」
「マコちゃんは大人だからそう言うけれどママは心配。その子供の遊びも止めるように担任の野中先生にお話ししようと思うのだけど、どうかしら?」
「大丈夫って言っているじゃない。しつこい!」
と今度は口調が少しきつくなった。
「わかった。わかったわ。・・・今日は江戸川の花火だから家に帰って夕方から出かけましょう」

 

それを聞いてツトムくんはパチパチと拍手をした。

この本の内容は以上です。


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