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お父さん、炎華に訴える。

「この頃、便秘なんだよ。」

 

いきなりの父からの訴えがあった。

いつになく真剣な顔。

 

「んー?いつから?」

「もう、2~3ヶ月くらい前から。野菜食ってないからかなぁ?」

「えー?食物繊維が足りてないのはわかるけど、何日くらいでないとかある?」

「3日出なかったり、2日出なかったり。色々だけど。

出ても、こー 下痢っぽかったり、すごく柔らかかったり。

で、ちょっとだったり。」

 

うーむ。

便秘を甘く見てはいけないということを炎華はよく知っている。

 

ずっと前に、知り合いの奥さんが、

「便秘なのよ。」

と言い出して、

あまりにひどかったのか、健康診断があったのかは忘れてしまったが、

病院に行ったら、結腸癌と診断され、即入院。

だが、一ヶ月で亡くなってしまったという話を聞いている。

 

 

「まだ続くようだったら、先生に話した方がいいよ。」

「うんー。」

 

歯切れの悪い返事だな。

 

 

この10年の間、両親は長年住んでいた所から、

娘である炎華の家の近くに引っ越してきていた。

父はつい最近まで、前の家の、近くの医院に通っていたのだが、

母がこちらの医院に通うことになったため、

どうせ母についていくのだからと、転院したばかりだった。

 

おまけに、

母の通う医院は、内科ではなく脳神経科である。

 

母は脳に梗塞があるためか、血圧が非常に高くなっていたためか、

認知症が始まっているのかはわからないが、

一瞬街並みが真っ黒になって見えなくなり、家がわからなくなったと訴えたため、

慌てて脳神経科へ連れて行ったのが、通う発端であった。

 

 

まぁ、しょうがないか。

言いにくいんだろうなぁ。

 

「先生に言いにくいんだったら、あの中にでっかい胃腸科の病院あるじゃん?

あそこに行ってみなよ。」

 

両親が通っている脳神経科の医院は、医院村とでもいうのだろうか。

一カ所に色々な科の医院がごちゃっとある所なのだ。

そこには一際大きな胃腸科専門の病院もあった。

 

「うん・・

いや、もうすぐ癌研に検査に行くから。

そのときに診てもらうよ。」

「そう?」

 

父は、非ホジキン性悪性リンパ腫、腎癌、前立腺癌を患ったため、

『癌研 有明病院』に半年に一度、検査を受けるため通っている。

もう、完全に治ったからこなくても大丈夫だよ、と言われても、

ひたすら再発が怖いらしく、通っている。

 

普通、『来なくていいよ』と言われたら、喜んで行かないものだろうに。

 

「まぁ、癌研だったら専門だしね。」

 

と、言ったのが4ヶ月前のことだった。

 


お父さん、ようやく主治医に訴える。

その後も、気持ち悪いとか、お腹が痛いとか、下痢だとか便秘だとか暗い顔で言うわりに、

医者に一切行こうともしないので、

さすがにこの温厚な炎華さんもいらっときて、一言申し上げる事にいたしました。

 

「ずっとその状態で、すごく気になるんだったら、癌研に行く前でも、S先生に言った方がいいよ。

脳神経科とはいえ、内科もやってるんだから、検査もしてくれるだろうし。

それが嫌なら、同じ敷地の、あのでっかい胃腸科の病院へ行って・・」

「やだ。」

「なんで?もし、大腸癌だったらどうするの?知り合いの奥さんの話、したでしょう?

お父さん、死にたいの?」

「死にたいの。」

 

その言葉を聞いて、炎華のこめかみにでっかい青筋が。

 

「だったら!ほおっておけばいいよ!

本当に癌で手遅れになっても知らないからね!

それが嫌だったら先生に言うんだね!」

 

温厚な炎華さん、怒り方を知らないので、心を鬼にしてそれだけ言うのが精一杯。

(・・『温厚』ってどういう意味だっけ?)

 

 

3つの癌を乗り越えてきた人が、「死にたい」だなんて。

あんなに辛くて、苦しくて、悲しくて、痛い思いを乗り越えてきた人が、

そんな簡単に「死にたい」なんて言うな!

お祖母ちゃんがお迎えに来てたのを、そのまま帰らせたくらいこの世に未練があるくせに。

お祖母ちゃんだけじゃなくて、初日は亡くなった親戚中の人々(たぶん)が沢山きてたのに。

それを全部帰しちゃったくせに。

(『お父さん』参照。)

それくらい生きていたいくせに。

簡単に「死にたい」なんて言わないでよ。

 

炎華は

お父さんのその言葉を聞いて、本当はとても悲しかった。

とても、悲しかった。

 

 

 

この後少しの間、一切タッチしていないので、

父から聞いた話を元にお話を進めていきます。

会話も、勝手に想像して脚色してます。

実際はもっと真面目で、S先生も敬語なはずです。

 

 

7月の検査の前に、父はいつも行っている脳神経科のS先生に便秘のことを話したそうだ。

 

「先生、ずっと気持ち悪くて、おまけに、出ないんですけど。」

「出ないって、どんな感じ?」

「これこれ、こういう感じ(1ページ目『お父さん、炎華に訴える。』参照。」

「じゃあ、下剤出しとくけど、用心のため、大腸癌の検査もしとく?」

「いや、うーん。」

「しといた方がいいよ。何もなければ、それはそれでいいじゃない。」

「そうですか、じゃあ。」

 

本人はただ下剤を処方してもらいたいだけだったそうだ。

 

癌研で検査してもらうから・・

 

お父さんは心の中でそう思ったが、

それでも、大腸癌検査キットは受け取って帰ってきた。

しかし・・ 

 

大腸癌検査キットは、1日1本2日間、便の表面をまんべんなくこすりとって採便するのだが、

あろうことか、お父さん、1日分採便して、冷蔵庫にしまっておいたそうだ。

 

臨床関係従事者の主人曰く、

「わりと変質しやすいから、

時間をおくと(もし潜血があっても)でなくなっちゃったりもするんだよ。」

 

いっ?

今から考えると、それは非常に危機的なことだったのでは。

 

いや、それより、

う〇ちを何ヶ月も冷蔵庫に食料と一緒にしまっておくというのは、どうかと。

血の繋がった我が両親とはいえ、神経を疑う・・・

 

 

7月になって、癌研の定期検査の日がやってきた。

父は大腸の超音波検査をお願いしてやってもらったそうだが、

異常なしと診断され、帰ってくるなり、ひかえていた晩酌を始めたそうだ。

 

「異常なしだって。

お父さん、嬉しくてお酒飲んじゃったよ。 」

 

炎華に満面の笑顔で言うお父さん。

専門の病院で、そう言われたなら大丈夫だろう。

よかった、ほっとした。

・・だけど

 

「それで?

気持ち悪いのとか、治った?」

急に笑顔が消える。

「いや。でも、少し良くなったような気がする。」

「そかぁ。なら、大丈夫かなぁ。」 

安心していいのか、なんとなく一抹の不安が。

 

 

しばらくは安心していた父だったのだが、

気持ちが悪いのと便秘は一向に改善されなかったそうだ。

 

 

そんなとき、 

脳神経科の受診日がきた。

大腸癌検査キットの提出を求められたが、1本だけ採って、冷蔵庫にいれっぱなし状態。

「じゃあ、次持ってきて-」

 

そう言われたらしょうがない。

何も出るはずがないさ、と、安心しきって提出する。

 

だが、

便潜血が出ていたと告げられる。

 

「全然わからなかったよ。

ちゃんと(便を)見たけど、血がついてるなんてわからなかった。」

と、お父さん。

 

たぶん、6月の終わりか7月の始め頃受け取って、

8月の終わりくらいに提出したらしいので、

よく便潜血の反応がでたもんだと思う。

2回目の便に出てたのだろうか。

 

それより、

2ヶ月も冷蔵庫にいれっぱなしって。

炎華の両親って・・・ 

 

S先生に、同じ敷地内の胃腸科病院へ、今!すぐ!行くように言われ、

紹介状も書いていただいて、その足で受診したという。

 

病院はいっぱいで、かなりな時間待たされた後、

胃カメラと大腸の内視鏡検査をやることになったそうだ。

 

 

ここで、

便潜血が出た時点で、諸々のことは覚悟していましたが、

そこは、さすが炎華のお父さん、大ボケをかましてくれまして、

その後、胃腸科の主治医の先生直々に、

炎華の携帯に連絡が入るという緊急事態を引き起こしてくれました。

 

次ページに続く・・・


この本の内容は以上です。


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