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主な登場人物

逢題 旋(ほうだいせん)=古密綸人(ふるみつりんと)~この物語の主人公。
                 ある日突然、竜巻に襲撃された高校二年の古密綸人は、
                 宇球世界の玄陣旋に魂がワープしてしまった。あげくのはて宇球世界
    の「統霊警察機構」という組織に「仙能者」としてスカウトされ、その一員となってしまう。

式富にん(しきとみにん)~「統霊警察機構」のメンバー。
                  驚愕の「鏡術」の使い手。旋と同い年の女子高生。

鑰元寿貫(かぎもとじゅかん)~「統霊警察機構」のスカウトマン。齢80を過ぎた老人。

柵列一誠(さくれついっせい)~「統霊警察機構」大陽本帝国支部の参謀・ナンバー2。39歳。

法任格 凱(ほうどうがい)~「統霊警察機構」大陽本帝国支部の司令官。45歳。

 
霧條圧摩(むじょうあつま)~裏社会に君臨する野望を抱く。高校二年。

直田級風(なおったきゅうふう)~気功闘法家。長髪が似合う精悍な美青年。33才。

多部壮洲(たべそうしゅう)~謎の老人。

直集覧安静(じきしゅうらんあんせい)~噂の救世王?

剣本弦円(つるもとげんえん)~九天門会(きゅうてんもんかい)・会長。直形安静と同一人物なのか。。年齢不詳。

教主ヌタン~宇球世界の暗黒支配をたくらむ「宇宙崇魔団」の教主。年齢不詳。

大魔王ゴッタン・マシューンダル~神に対抗する存在。

 


甲の巻

1.日本

 

20XX年夏。8月15日―― 終戦記念日がまた日本に訪れようとしていた。街には失業者が 溢れ、日本経済はデフレスパイラルの真只中にあった。相変わらず国家予算の半分は借金で 穴埋めし、財政赤字は減るどころか増加の一途をたどり、税金の使い方を知らぬ政治家官僚の 無神経ぶりは将来の国民生活の不安を煽り立てているようであった。庶民は不幸だ。かわいそう この上なしだ。 日本という国家、日本人という民族。何の意味があるのか。ただ我々にとって、「未成熟」が救いであった。人々は未成熟のままに行動し、興奮し、わけのわからぬままに完結した。その完結は失望的な屈辱的な負けではあった。だが、なんとか日本はいまだに存続している。凄まじい代償を払ったというのだろうか。この国に対して日本国民はすっかり惰性的になってしまったというほかはあるまい。 経済大国などともてはやされているが、実態はむなしいものだ。いったいどこへ向かっているというのだろうか、日本と日本人は――。 世界の破滅を覚悟しているのか、待ち望んでいるのか。今はただ、行けるとこまで行くしかないというのか。全く痛み止めの注射も限界に近づいているというほかはないのだ。そうとわかっていても誰も手がつけられない。あきらめるしかないのか。結局、人々は何をか待つしかないのだろう。「待てば海路の日和あり」――か。

「とにかくものすご~いサバイバルの時代になったもんだな」

今年の夏は例年になく猛暑だ。首都・東京はヒートアイランド現象により焦げ付きそうである。大都会に明日はない。何が起こっても不思議はないだろう。  地球は、その温暖化により大規模な気候変動が顕著になっていた。実に北極南極の氷が解け始め、大海に浮かぶ小島が次々と消えかかっているのである。一気に氷解すれば東京あたりは海の底だろう。そうとわかっていても人類は、文明の破壊的側面に抗し難く屈指ざるを得ないように思える。 人間誰しも死にたくはない。なのに他人事のように神経が麻痺し、誰かなんとかしてくれるだろう、するだろう。という気持ちが強いのかもしれない。 「生への執着」それが人間の本質。 人類の「生」に対する執着は人間社会の「皮肉」を助長し、かくして私利滅裂な状況を生じ、自分の首を自分で絞めていたことに気づくことになるのである。  わが世を謳歌するアメリカは世界が取り組む二酸化炭素削減計画に同調するのをやめやがった。せっかく地球のことを考えてこのおれがアメリカに代わってリーダーシップをとろうと思ったのにだ……? まずは先のことより今が優先だ。現状の経済産業運営に支障をきたすのは承服し難い。作為的にひびを入れるようなもので、それですべてぶち壊しになったら元も子もないだろう。二酸化炭素なんぞ、その時になったらその時なんとかしたら良いのだ。そのうちこのアメリカ様が救世の科学策を編み出してやるともよ。例えば、二酸化炭素を一気に解消してしまうミサイルなんかどうだ。―― とかなんとか考えているんじゃないだろうな。人類は自然を保護することに積極的であるべきであろう。まちがって核戦争でもおっ始めるものなら大気汚染も甚だしく、取り返しがつかないことになるというものだ。哀しいかな、先がわからないから現在に固執するしかないのだろう。今こうすれば明日は必ず好くなるという保証はないのだ。博打なんぞできるもんじゃない。 果たして地球と人類の運命はいかに――。                              

 

2.古密綸人(ふるみつりんと)

 

8月9日、この物語の主人公である高校二年の古密綸人は(玄陣 旋)は、今日も三度のメシより大好きな、部活・剣道の練習に励んでいた。古密綸人の通う高校は、都下でも有数の剣道強豪校である。歴史ある伝統校ではなく新興の私立高校であるが、ここ十年間の活躍は目を見張るものがあった。その剣道に対する集中力たるや、他の追随を許さぬものがあり、創立して二十年もなっていないというのにいつのまにかその名を全東京に轟かせているのには驚異としかいいようがないのである。  その名を「栄龍高校」という。きくところによればこの高校の創立者は、明治時代謎の人物より「仙手剣」なる剣法を授かったのだといわれている。宮本武蔵の二天一流など比較にならない、とてもおよびじゃない、究極の剣法であると関係者は自負しているのだ。明治の気骨者である創立者は教育に「仙手剣」の精神を施す責務を痛感し、日暮れて道遠く99才にしてようやく学校創立にこぎつけることができたのであった。それだけに昭和の戦後に「栄龍高校」が凛として存在しているのは、一輪の華麗な花が咲いたようでもあり、美しい輝きを放っているが如くである。 古密綸人は、遅まきながら中学の頃より剣道を始め、本人も意外なほどにみるみるうちに上達しあっというまに都内でもその実力は五本の指に入るといわれるようになっていた。確かに古密綸人は人並み以上に練習努力したが、その天稟の才も光り輝いていた。努力・才能・強運の三拍子が揃った傑出した存在には違いない。こういう贅沢な者がいるからにして、人々の「嫉妬」はいつまでたってもなくなりそうにはないというものだろう。古密綸人は「おれは、人様から天才と誉められるほどのもんじゃないよ。」となんぼ言い訳しても、世間は決して古密綸人を凡人以下の愚者と見ることはなかったのである。また古密綸人がたとえぶざまな、みじめったらしい人間に変わりはてても決して世間は古密綸人を見下すことはなく、それどころか未だ「天才」と信じて疑うことはないのであった。 綸人は子どもの頃からチャンバラごっこヤ弓矢遊びが好きで、たとえおもちゃの刀でも天下一品の宝物のように大事に扱った。それはまさしく自分自身の分身でもあったのだ。「刀」を持つと強くなっような気持ちになれる。刀を振り回したい。相手を威嚇したい。とりとめもない征服欲にかられるのであった。 敵はこれで征服するのだ。綸人は子ども心にも壮大な意識の持ち主であるといえた。 ―― おれが世界のナンバーワン……だ。まちがいない――  中学生時代の綸人は剣道では確かにトップレベルの腕前ではあったが、おつむの方、学業成績はトッブレベルとはいかなかった。授業を行使する教師の方々と相性もよろしくなく、綸人にとっては教室というものはなんともつまらない空間でしかなかったのである。世間は、立法・司法・行政の社会権力に関わる者を第一とするゆえに、秀才諸君は尊敬の眼差しで重んじられるのだが、もとより綸人はそんなエリートには興味などあろうはずもなく、ただ自分が良けりゃ、それでいいんだ。社会は俺のために貢献、奉仕すべきものなのだ。と、極めて自己中心主義の王道を行くような男だったのである。とにかく幸か不幸か綸人は勉学を放棄するがごとく、一流大学を目指さない方向に向かうことができたのは綸人自身にとっては納得のいくことであったにちがいない。 これも全てはふだんの行いの良い賜物? だったのかもしれない。人間、何が幸いするか本当にわからないものである。高校進学にあたって綸人は、当然ながら剣道は続けるつもりだったわけで剣道の弱い高校は全く話にならず、論外だった。 弱いヤツとは練習にもなりゃしない。そんなとこに強いヤツがいるわけがない。秀才高校でも剣道の弱い高校はハナからバカにしていた。それが古密綸人という希代のわけのわからぬ天才剣士であったのだが、かといって強すぎる高校でなくてもよかった。だいたいそういうのは勝負にあまりにもこだわり、「ずるいこと」をしかねないところがある。学校の名誉のために闘うのはまっぴら御免蒙る。おれは、おれの理想に向かって、明日に向かって走るのだ―― そう綸人は明るい未来を夢見ていた。

古密綸人は、明らかにマイペース主義で自分なりの剣道を確立するつもりであった。他人から懇切丁寧に指導されるのが嫌いな性分ではあったが定石はさすがに尊重せざるを得なかった。個性的で生来の負けず嫌いの性格が綸人の独創的剣道を誕生させたのだともいえるかもしれない。 現代剣道は、青眼の構えの「一刀流」の影響が強いのだが、古密綸人流は、その影響を排除したかのような微妙にユニークなスタイルだったのである。ちょっとずれている人間にはふさわしいと言われればそれまでだが、いちいち気にしている場合ではなかった。 そんな変わり者の綸人にとって丁度良かった? 高校が、私立栄龍高校(普通科だけ)だったというのも不思議である。綸人にとってそう高いレベルでもなくても良かったのだが、たまたま栄龍高校は、レベルが高かったのであった。したがって練習相手にも事欠かず条件的に恵まれることになってしまった。ここは、東京だから選択肢が多い。どこかの勘違い野郎が多い田舎とは訳が違う? 地元主義はけっこうだが融通がきかず窮屈この上なく閉鎖的というものだ。 古密綸人にとっては、学校の戦績(とりわけ団体戦)などは、二の次で、自分自身が思い描く剣道を目指していたのはいうまでもない。なにしろ、元より自分が一番だと決まっているのだから、負けようがどうしようが、そんな試合形式の勝敗は、どうでもよかったのである。そんなもので揺らぐ一番では、一番とはいえないだろう。実際、人々は、古密綸人がたとえ負けても、嘘だと思い信じようとしないのである。それほど古密綸人神話は人々を虜にしていたのである。 発見!  「不磨の王者」ここにあり。とりあえず剣道は、面白い。好きだ。綸人は、きょうも剣道一直線の男であった。

「メーン!!」 怒声とともに綸人は、メンを打ち込まれた。 「どうした、綸人。珍しくスキを見せたな」 いきなり頭にきた。 綸人は、不覚の思いとその痛さ(脳挫傷クラス?)に、やられた! と地団駄を踏んだ。 古密綸人に一発かませたのは、栄龍高校剣道部・前主将の鷹本直気であった。インタハイを終え、引退したのだが、後輩の綸人を気にしていて、も少し典人のヤツを鍛えておこうと思っていたのである。こういう熱心な先輩がいてこそ伝統は築かれるというものだ。 鷹本直気にしてみれば、典人は自分勝手なヤツだ。も少し我が栄龍高校の名誉のことも考えろ、と言わんばかりだったのである。 気合が入っていた。 古密綸人は、貧乏な農家に生を受けた。両親は学歴とは無縁の農民である。 綸人は、父親とはそりが合わなかった。生まれつきの事情によるものなのかー、その辺は、神のみぞ知るところである。 綸人が学校に通う頃から家庭的におかしくなってきた。綸人が凡庸な子どもであったら平穏なものであったろう。事は単純ではなかったのである。確かに人間の可能性は無限大ではあるけれども、そのためか殻を破ろうとする者は少ないのだが、家を継ぐべく従順にして家業、一般生活に溶け込むのも義務的人生である。人は生まれるべくしてふさわしい境遇に生まれるとしても、後天的自由も許されているのだろうが、結局のところ、何をしようが選択権は自分自身にあり自己責任を追及されることになるのである。それにしても世の中、素直でない人間が少なくないというのだからホントに助かる?

「源家」は骨肉相争う家くせがあるという説がある。 源頼朝・義経兄弟。武田信虎・信玄父子。などがその典型であろう。 また政権に源平交代説というものがある。 平清盛-源頼朝-北条時政-足利尊氏-織田信長-徳川家康とくれば、今は源氏ということにはならないようだ。それにしても現政権の源氏アレルギーはそうとう根深いものがあるようだ。 上忍ともいわれる(上忍とは上級の忍者)、素性のよくわからぬ家康が源氏を標榜したのは、その源平交代説を意識したためだともされている。家康が磐石の体制を築きあげることができたのは「源氏」のブランドが大きな要素を占めているが、ちなみに源氏をもって認んずる徳川氏の紋所というのは、源家とはえんもゆかりもない葵の紋なのである。源氏の神様からすれば、こいつはけしからん奴だということになりはしないか? かたや典人の家紋は「笹竜胆」である。 「異端と正統の意味がわからん」 そんなわけのわからぬ徳川氏の時代があまりにも長かったがゆえに、その反動も凄まじい様相を見せたように思える。当の家康はさぞかしご満悦といったところだろうが、本地垂迹説によって薬師如来の権現として崇められているのだからたいへんな傑物であったことは確かかもしれない。平清盛以来の武家政治に終わりを告げる明治維新の動乱は、大きな後遺症をもたらしたというべきであろう。文明開化、近代化は良くも悪くも世界の実相を見せつけられ、その後の日本の行く末を決定付け、先に何が待っていたか――、今生きている我々はそれを知ることが出来ているのである。

さて、一代の天才・古密綸人が、私立栄龍高校に進学するや、対抗的立場にあった私立・狐坊高校(こぼうこうこう)が古密綸人を物凄くとんでもなく意識するようになった。勉学、スポーツで栄龍高校が目覚しい躍進を遂げたからである。その躍進ぶりに異状性を感じ取った世間は、これはどうも古密綸人のせいだと、見抜くことになったのだが、以来、その対策としてその両親に対して執拗なけん制を謀り、うまくコントロールしようとした。とりわけ父親には、機関紙の新聞を読ませてマインドコントロールすることに成功したのであるが、霊的にも父親はなにかにとりつかれているかのように綸人を忌み嫌うようになっていったのであるが、とりついていたものは、それは、極端にいえば「サタン」であった。戦後の日本はサタン・ネットワークに支えられているといっても過言ではないだろう。そんな恐ろしい世の中とも知らずに人々は平和な生活を送っているのだ。奇妙としかいいようがないが、しょせんは悲しい人間のサガで時の流れのままに生きていくしかないのかもしれない。たとえそうでなくとも、広い世間を見れば、親子関係、兄弟関係、夫婦関係、親戚関係とさまざまな問題を抱えて生きている人が圧倒的に多いのだ。 耐え切れず、越えてはならぬ一線を越えてしまう者がいるのはまさに悲劇であろう。 つくづく「忍耐」といことばの偉大さを思い知らされるような気がするのである。

確かに古密綸人はタダ者ではなかった。古密綸人が言わなければ、人は、世間は、日本は何もできないような、そんなところがあった。例えば「憲法改正」にしても古密綸人が「やろう」と言ったから、その機運が高まりその一歩を踏み出すことができたのである。これは何よりも古密綸人が明らかに「戦犯系」でないことを意味しているといえる。戦争で負けた者が、世界を動かす道理がないのである。 明治維新は関が原の敗残兵・薩長が「尊皇攘夷」に乗じ倒幕を成し遂げた、エポックメーキングであった。徳川幕府に貧困? をよぎなくされていた朝廷も倒幕に意欲的で薩長を利用しない手はなかった。また薩長も朝廷を利用せざるを得なかったし、お互い利用する立場で、また利用される立場であった。惜しむらくは西郷隆盛が明治政府に追放されたことであろう。西郷隆盛なくして「明治維新」はありえなかったはず。 西郷隆盛は明治天皇に信任が篤かったといわれているだけに大きな損失といわざるを得ないのだが、いっしょに種まきから始め育ててきて、肝心の収穫の時にまんまと掠め取られるようなものである。すぐ隣に泥棒がいたことを知っても後の祭りというものではないか。 人は「利害・権益」を意識し「変節」していくものなのだろうか。 また明治官僚の国家神道政策も評判が良くないのである。官僚が「神道」というものを知らないことに原因があったとされているし、一元的短絡的な思想に侵されていたというほかはない。明治維新というと、それまで幕府によって手厚く保護されてきた仏教にかわって、神道がふたたび台頭してきた時代である、と考えがちだが、実はそれは明治ヒトケタ時代で早くも挫折してしまったのである。神道には国家神道=天皇教と古代の民衆神道の甦りとしての教派神道がある。国家神道は宗教性を除去した国家統治のイデオロギーとして表に立たされ、教派神道は埋没していくことになるのであるが、当時の天皇の側近者たちは、口先では神祇崇拝者であったかもしれないが、その内実は神を恐れぬ無心論者の集まりだったのである。全くめちゃくちゃな話である。 とにもかくにも薩長中心の明治政府は多難な船出であったことはまちがいない。そして彼らにはとてつもない試練が待ち受けていたとは誰が知ろうぞや。「大東亜共栄圏」を目指した侵略戦争からその後の日米対決の太平洋戦争は悲しいかな、失望の結末に終わってしまったわけだが、ついぞや奇跡を喚び起こすことはなかった。考えてもみれば、アメリカ黒船のおかげで、徳川幕府を倒すことができたようなものでもあるし、対米戦争で勝てる確率は低いといってもいいだろう。あげくのはて維新以来の実権勢力はアメリカに乗っ取られ、その走狗となりはててしまったような気がしてならんのである。そのアメリカにとって真に勝ちたかったのは神の私ではなかったのか。残念ながら私は政権担当当事者でなかったためアメリカは贋物? 二軍? を相手にするしかなかったのだが、日本国全体的に「敗戦」は刻印されているから一定の成果は獲得することはできたといえるだろう。不道徳な日本人が増え、「恩愛」に生きる日本人の美徳が薄れつつある現状では諸外国に笑われてもしかたあるまい。しかし、この私の小説を知ったサタンの悔しがりようが、目に浮かぶようである。時間空間を支配する「神」はすべてをお見通しである。神には神の策戦というものがあるにちがいない。 さて、実権勢力は今やアメリカとの混血がすすみ、私に対する抵抗感で、その屈辱恥辱を私になすりつけようとしているとしか思えない。例えば、M氏を国会議員に取り込んでいかにも私に主導権があるように見せかけたのだ。情けないのはそっちの方だろ。なによりも私にしてみれば問題は日本人の精神復興なのだ。

はたして「大和魂」は死んだか――。どうなっているのか?

戦前、大不況に喘ぎ、「座して死を待つ」より行動に出るしかなかったのだろうか? 国民を救うためであったといわれればそれまでだが、それは国民の望むところでもあったのだろうか? それにしても中国侵略には疑問符がつくといわざるを得ないのである。 「国破れて山河あり――」 戦後、日本は国家神道はマッカーサーによってその国家神道体制のくびきが外されたが、政権・官僚は、革ったのか? これからの時代は関が原と明治維新を超え、明確な民族の精神を打ち立て神道国家日本として融合政治を目指すべきであることが望まれる。それこそは真に日本の始まりといえるだろう。

さて、古密綸人は生来より特異な存在であった。古密綸人が関心を持ったものに人々もまた関心を持ち、それを権威あるものとして受け止めた。例えば、古密綸人がスポーツベスト10を発表すると、その順番に素直に従おうとする者がいれば、また対照的にその順番を故意に捻じ曲げて歯向かう者も少なくなかった。それに、気に入ったタレントなどがいると知るや、人々はたかっていくのであった。これからして古密綸人は「権威」を産み出す稀有な存在だと知られるのである。 たとえば古密綸人が世間に発表した「スポーツベスト10」は母校・高校スポーツを根本に考えてランク付けしたものであった。 カリスマ的存在である古密綸人が編み出したこの「スポーツベスト10」は大いなる反響があった。ベスト10は特に他校に気を使っているわけではない。 だいたいそうする必要があろうか? 他校は他校で選定すれば良い話である。栄龍高校強化作戦であることは、いうまでもないのであるが、本質的に宿敵狐坊高校をギャフンといわせしめ、狐坊高校を勝たせないことを主眼としていたのである。そんなこととはツユとも知らず、自陣営の高校からも不平不満の声があがったのは残念至極なことであった。協力よろしく「五望必勝!」。 「うちの得意とするサッカーが入っていないぞ。ひでえヤツだ。」などと、不快感をアラワにする者もいたが、それはとりもなおさず、古密綸人を世界の中心に据えて物事を処理しようとしているからであって、別にサッカーがはずされたからといってなんら悲しむに値しないのである。 それはまさにヒガミ根性であり、他人のせいにしないと気がすまない連中に思えてならんのである。 実際、古密綸人が編み出した「スポーツベスト10」は栄龍高校を強くした。 強い栄龍高校を嫉む輩は星の数ほどいる。そういう徒輩が、サッカー命の高校を挑発し、煽動し、打倒!栄龍高校に心血を注いできたのは、むしろ自然な流れといっても良いだろう。 だが、世間にはまだまだ「浸透」しているとは思えない。それは、古密綸人の「王者の力」は目の見えないものであり、世間が認識するには、チョット無理かもしれんのだ。 ただ素直な気持ちになって、あまり他人のせいにするのはやめたまえ、と忠告しておこう。 だいたいそのサッカー高校が嫌いではずしたわけじゃなかとよね。 さて、それぐらい人々は古密綸人が選定した「スポーツベスト10」にこだわり、意識過剰になり、少々頭がおかしくなってしまった者が増えてきたという傾向が強くなってきた。人は皆、稀代の天才である古密綸人に注目した。マスコミ(新聞・テレビ)は古密綸人が発することばを重視した。 それは別に尊敬心とか、好き、とかの良心的感情に因るものではないようだ。そのためか、古密綸人は、自身の存在と人々の精神的対応のギャップにいささか閉口する以外になかった。 「……」

――まともな人間はおらんのか。

 古密綸人はみずから選定策定した「私が選んだスポーツベスト10」がおもわしくない方向へずれたため、第二次の「私が選んだスポーツベスト10」を決めた。1位に指名した「弓道」が禿目高校にまるでハゲタカに標的にされてしまったかのように横取りされてしまったため、この際ベスト10から「弓道」をはずしたのであった。それは禿目高校の裏切り的行為に近く宿敵狐坊高校に後押しされての弓道奪取作戦であることは明白であった。禿目は榮龍のツキを食らおうとする実にやっかいな存在に成り代わってしまっていたのである。本家本元の榮龍弓道はベスト10になくとも無関係にツキはあるが、その他の高校はツキが落ちてしまったため容易ならざるハメに陥ってしまったのであった。 そもそも高校体育連盟を基軸とする高校分類はなんの意味もない。スポーツは戦いである以上骨肉の争いになりやすく、そこから平和的強調社会を築くのは容易ではない。主権者(ここでは妖霊邪霊の首魁)の都合でいいようにあしらわれているにすぎず、ただそこの高校の人間はそっちの方、という具合にその者がたとえ「魂の抜け殻」であろうが、十把一絡げにされてしまっているのが現状であろう。「共有理念」とか「仲間意識」のない、心の繋がりのない関係は高校が同じだけでは「魂の抜け殻」というものだ。これを悪用するケースが多いのが芸能界、スポーツ界、政界、である。いかにこの私が迷惑を被っているか、わからないものなのだろうか。今や暴力団化しつつある高校体育連盟だが、民間景気とかもろもろに悪影響を及ぼしては何もかもぶち壊してしまっている感がなきにしもあらずだ。ぜひともやめてもらいたい。古密綸人を敵視する「首魁」は決して親古密派を安逸にのさぼらせることはしない。古蜜の親派とみられた者は裏切ることをしむけられ、結局古密からもののしられる結果に終わるのがオチである。こういうと首魁勢力側が有利だと考える者がいるだろうが、首魁勢力がまともなことができるのかとなると甚だ疑問だ。 できないから古密の存在を無視しえないのであろう。連中が古密綸人につき従う「影」であるかのようにである。 古密綸人の存在がなければ、影は消えてしまいコントロールを失うのである。

古密綸人が属する栄龍高校には宿命のライバルともいえる高校が存在した。それは同じ慶稲区(けいとうく)にある私立狐坊高校(こぼう高校)であった。創立は狐坊高校が20年ほど早いのだが、栄龍高校の旭日昇天の勢いの前にあっというまに肩を並べられてしまったのである。とはいっても何で肩を並べられたのかというと「名前」だけ、というのが実際のところであろう。それでもここまで栄龍が躍進したのは、古密綸人、個人の力があまりにもずば抜けていたためである。古密綸人の個性が栄龍高校そのものまで押し上げてしまったわけである。慶稲区を牛耳る「こうかつ新聞」は狐坊高校の機関紙のごとく幅をきかせていたし、慶稲区は狐坊派勢力が枢要権力を握り、政治、経済、教育、産業ことごとく他勢力を圧倒していたのであるが、そんな我が世を謳歌する狐坊高校派に対抗すべく台頭してきたのが、栄龍高校派であった。まさに狐坊の独走を阻止するがごとく、強烈な対抗勢力として社会に浸透しつつあったのである。そんなおり、栄龍高校出身の国会議員が登場した。だが、これは決して古密綸人にとって喜ばしいことではなかったのである。むしろ不吉な存在であった。その国会議員は土建政治屋であり、「利権」を貪るやっかいな不利益なものであった。しかも、その国会議員は狐坊派色の強い「こうかつ新聞」より後押しされているような非常に不可解な態度、行動を示し、結局その様子を悟った司条典人に「正体」を見破られていたのであった。慶稲区民は高校単位で人物を見る癖がしみついてしまっているため、その国会議員のイメージを栄龍高校のイメージにすり替え、かつ同一化を図り、支配するという、狐坊高校派にとって都合のよい区民、条件であった。その国会議員が嫌いな栄龍高校派の人々にとっては、迷惑千万な話なのだが、その国会議員の傘下に取り込まれた栄龍高校関係者は、古密綸人の指摘、主張に耳を貸すまでもなく、政治権力の虜になっていったのである。これぞまさに狐坊派の思う壷であるのは言うまでもないのだ。さらにはアコギなことに何事も古密綸人のせいにすることを謀略としていたともいえなくもなかった。学校とはいったい何のために、誰のためにあるのか? 学校とは人脈であり、協調性を重んじる人間社会に人材を送り出す教育機関としての役割がある。が、その性質を逆手にとられ邪悪な連中に手玉に取られることのないように抗う勇気も必要であろうかと思うのである。救いは、妖魅のオモチャにされていることを知ることだ。

3.宇球へ 前主将の鷹本直気のメンに古密綸人は心なしか目が覚めたようであった。他の三年生はインタハイを終え引退したのだが、鷹本は国体選手に選ばれていた。かたや綸人は体調を崩していたため大会に出なかったのだが、出場していれば選ばれていたのはまちがいなかった、なにしろ総体都予選・個人戦で並み居る強豪を破り二年生で準優勝を果たしているのである。決勝で敗れた相手は本由高校・三年の多田寿誠(ただじゅせい)であった。その多田寿額、インターハイで見事全国優勝を成し遂げている。中学時代から始めて、中学高校全国大会6連覇の前人未到の偉業、金字塔を打ち立てたのであった。多田寿額は実は野球が嫌いで全くといっていいほど関心がなかった。すべては剣道一筋が成せる業だといってもいいだろう。一方の古密綸人はプロ野球中継はよく見るが、地元東京の球団のファンではなかった。 鷹本直気は綸人以上に練習の虫でもあった。インタハイでやり残したことを国体でかたづけたいと思っていただけに熱が入っていた。今季、宿敵狐坊高校を決勝で見事に破り2年連続10度目の全国切符を手にした栄龍高校だが、レギュラーで2年の綸人を除いてほかは3年生であった。並み居るツワモノ揃いの先輩剣士を押しのけて、典人は1年生から正選手として活躍することができた。都の大会では典人はいいとこで勝った。生まれながらの勝負強さが光り、綸人の勝負強さが宿敵狐坊高校を栄龍高校の軍門に降らせしめたといえるかもしれない。インタハイはベスト4どまりだったが、なんといっても都予選の決勝で宿命のライバル狐坊高校に勝ったことが、学校関係者、地元ファンにとって溜飲が下がる思いだったのである。栄龍高校剣道に貢献した古密綸人に鷹本直気も一目置いてしたのはいうまでもない。ほかの者とは全く雰囲気が違うのを感じ取っていた。

「鷹本さんの切れ味にはかないませんよ。今のは痛いなあー」  綸人はいつもより気合が入っている鷹本に圧倒された。 「綸人、来年は3連覇がかかっているからな。狐坊高校の巻き返しに要注意だ。それに全国制覇も念頭においておけ。俺の剣を忘れるなよ、綸人。ハッハハハー」 3年の鷹本直気は、卒業をまぢかにして、時の流れの速さに驚きの念を禁じ得なかった。わが青春の剣道に何ひとつ悔いはなかったが、もうこの高校を去るのかと思うと一抹の寂しさが横切るのであった。   古密綸人は練習を終えた後は、いつも学校の近くの公園で憩いの時間を過ごすことにしていた。公園は丘陵にあり、先日、陸上部の男子部員が軽く走っていたところ、背後から何者かに抱きつかれたということがあり、同級生たちの大笑いを誘ったものである。その陸上部員は髪を女のように長くしていたためまちがえられたのである。痴漢は良く見なかったのか。もしかして男でもかまわなかったというのだろうか? そんな変態、痴漢が出没する公園でもあった。また、桜木が多く春は花見客で大いに賑わうところでもある。  綸人は、ベンチに腰掛け眼下に広がる市街を眺めながら、ゆったりとした気分にひたった。 青く澄んだ空には雲ひとつない。ときおりさわやかな風が頬をなでていく。 激しい運動の後に飲む缶ジュースのうまさは格別の感があった。 ―― うまい!俺はこのために剣道をやっているのかもしれんなー  灼熱の太陽が午後四時をすぎても燦燦と輝いている。公園は思いのほか広く、桜木以外の大きな木で目だっているのがあった。木陰に涼んで、何をか思いにふける。綸人はそんな夏が好きだった。綸人はロマンチストなのだろうか。  そんな綸人にとんだ災難が待ち受けていたとは誰が知ろうか。 ―― なっ、なっ、なんだ!あれはー!―  綸人の眼に入ったのは、場違いの竜巻であった。つむじ風なんてもんじゃない。高さは4、5メートルぐらいの小型ではあったが、物凄い勢い、パワフルに土煙を舞いあげ猛然と綸人めがけて突進してきた。竜巻は情け容赦なく典人を襲撃した。綸人もとっさに不意打ち志向の竜巻を避けるべく逃げようとした。ところが、その甲斐もなく一瞬にしてあっというのに竜巻の餌食になってしまったのである。 ―― ゲッ、この俺が!不覚!―  綸人は突如現れた竜巻をなめていた。竜巻は想像を絶する怪物だったのだ。綸人は、竜巻に巻き上げられ、5、6回転宙を振り回されるや、あげくのはて公園の大樹に物凄い勢いで叩きつけられた。そのあとそれがウソにように竜巻は不思議にあとかたもなく消えうせてしまっていた。竜巻は去ったが、綸人は、起き上がろうとしなかった。完膚なきまでに痛みつけられたかのように横たわっている。はたして綸人は、死んでしまったのか? いや、綸人は死んでいなかった。脈はあった。呼吸もしていた。実はその時、 古密綸人の魂は時空の渦を彷徨っていたのである。何者かに引っ張られるように、めくるめく渦巻き状のトンネルを突き抜けたかと思うと、そこは、白く塗りたてられた壁が虚無的な閉塞的な空間、病院のベッドの上であった。 「おっ、目が覚めたか旋。軽乗用車にはねられたぐらいでお前がくたばるわけないからな。意識不明だと聞いた時は、もうあの世に行くのかとは思ったがな。どうだ、体の具合はー?」 そう馴れ馴れしく話しかけてきたのは、旋の親友の膝下俊一(ひざしたしゅんいち)であった。黒ぶちの眼鏡が印象的な、かつ男っぽいところもある旋の親友である。 「旋? 旋って誰のことだ? 天策。俺は綸人じゃないか」 「おいおい、何を言っているんだ。変だぞお前、記憶喪失にでもなったのか? 俺が天策だって?俺は俊一にきまっているじゃないか。まさか、事故の衝撃で頭がおかしくなったわけじゃないだろうな」俊一は怪訝そうに旋の青ざめた顔に見入った。 ―― そうなのか、俺は事故に遭ったのか……。思い出せない。うっ、頭がズキズキしやがる。だがこいつは確かに天策、鳩宮天策(はとみやてんさく)だ。それに俺は旋ときた。全く、どうなっていやがるんだ……。  信じがたい事態に古密綸人は、放心したように表情が暗くなった。そこへ、あわてふためいて旋の両親がかけつけてきた。両親の表情はこころなしかひきつっている。 「おいっ、旋、大丈夫か? 見たところなんともなさそうじゃないか。父さんびっくりしたぞ」 「意識が戻ったのね。お母さん、俊一さんから知らされた時は、心臓が止まるかと思ったわ。この子ったらー」  母親の幸代が涙ぐんでいる。父親の将平はへなへなになってイスに腰かけた。確かにふたりは、綸人の両親に違いなかった。だが違和感がある。父親はスーツ姿で公務員のような雰囲気だ。 母親は上品な化粧顔である。綸人は改めて親の名前を訊くきにはなれなかった。それは恐怖感がつきまとうものであったのである。 「おやっ、意識が戻ったようですね。運が良かったとしかいいようがないですね、旋君。当たりどころが良くて大事にはいたらなかったのです。まっ、念のため2、3日泊まってもらい、精密検査をしてみましょう。それにしても、軽い打撲で済んだのは華国拳法(かこくけんぽう)で日頃鍛えているからでしょうね。俊一君から聞きましたよ」  医者の水沢智久(みずさわちきゅう)である。その口調は 明晰で歯切れが良かった。患者には愛想が良く世間からも名医という評判の60才のベテラン医師であった。 「ありがとうございます。事故のことは覚えていないんですよ。それに名前が一致しなくて……」 綸人は、とまどいながらつぶやくように言った。 「ほうっ、名前がどうかしましたか? 旋君。なかなかいい名前だと思いますがね。まっ、この病院で、ゆっくりすれば、気分も回復するでしょう。明日の11時に検査しますから、忘れないできてください」  そう告げて水沢医師は病室から出て行った。それから、両親と親友の俊一も、旋が大丈夫だということがわかって、病院を後にした。午後6時頃であった。

古密綸人は、ベッドの上で奇妙な思いをめぐらしていた。 ―― あの医者、おれが華国拳法をやっていると言っていたな。何のことだ? 俺は、栄龍高校剣道部だろうがー。なぜだ……、まてよ、だいたい華国拳法なんてあったか? 中国拳法なら知っているがー、まさか中国が華国なのか。変だ、明らかに変だ。どうなってしまったんだ……  典人は、ベッドの傍にあるテレビをつけてみることにした。テレビは別に変わったところはない。 カチッ、テレビをつけると7時のニュースの画面が目に入った。 「今晩は。8月11日、7時のNTKニュースです。西郷首相は、15日の中平洋(ちゅうへいよう)戦争戦勝記念日に我が陽本(ひっぽん)と同盟国であった華国・南朝鮮・韓北国の各国首脳を迎え、明治神宮において盛大に式典を催すことを発表いたしました。一方野党側は、戦後60年敗戦国のヌメリカを刺激し、両国関係に再び緊張を生じるおそれがあると、野党は強く反発しています-」  ―― なひっ、日本は負けたっつうの。全くどうなっているんだ。なんだ、なんだ、国の名前も変じゃないかー。アメリカがヌメリカ? こ、ここはどこなんだ!俺は夢を見ているのか? 典人は、脂汗がふきだし、唇は乾いてかさかさになっている。 「あっ、あのーお爺さん、今のニュースは本物ですか?バラエティ番組かなんかでしょ?」隣のベッドに右足を骨折した80才ぐらいの面妖な顔つきの老人がいた。 「若けえもん、何を寝ぼけたことを言っとるか。天下のNTZニュースじゃろうが。どこがバラエティなんじゃ、毎日ニュースぐらいは見ろや、若けえもん」  おかしな事を訊くもんだと、爺さん不機嫌そうに典人をたしなめた。 「今、ニッポンをヒッポンと言いませんでしたか? ここはヒッポンなんですか?」  いよいよ綸人はあせってきた。確かにこれは現実だ。夢の世界ではない。それだけはわかった。 別世界に迷いこんだというしかないようだ。とても信じる気になれない。こんな事があっていいのか。典人はしばらく回りを観察してみるしかないと悟った。まだ断定する気にはなれない。これが真実本当だとしたら、俺はこれからどうすればいいのか、どうなるというのだろうか。恐怖感が、脳裏を横切った。 「ここは、ヒッポン(陽本)に決まっているじゃないか。若けえもんは、陽本人じゃないのかい? 華国人なのかい。そういえばさっき、お医者さんが、華国拳法がどうのこうのと言っていたからのうー」 隣の爺さん、こいつはどうも外人のようだとひとりごちした。頑固で偏屈そうな落ちくぼんだ眼で、意地悪げに喉の奥でふくみ笑った。  典人は無愛想な爺さんにこれ以上いろいろと尋いてみたところで、まともに相手にされないだろうとカンネンした。隣の爺さんにもう話しかけるのも顔を見るのもやめた。典人は陰鬱に病院の天井を見つめ孤独をかみしめた。悲痛な思いが虚しく突き上げてくるようであった。 そのうち、綸人の感情にふっと湧いてくるものがあった。神妙なおもつきで顔に思いつめたような気配がこもっている。綸人はベッドから起き上がり、病院内を歩いて回ってみることにした。ズキッ、と首の付け根あたりが痛む。それに右肘、右足膝を打撲しているようだ。痛みがある。立ち上がって歩くにはなんら支障はなかった。松葉杖もいらない。綸人は病院内をぶらぶらと見て回ることにした。病院内をうろうろしながら、憂鬱そうな表情で綸人は一条の光を見出そうとしていた。 ふと立ち止まって綸人は、窓の外を見た。外には大きな太い木がそびえたっている。しばらく綸人は、呆然としてその大木を眺めていた。引きつけられるかのように眼は釘づけになっている。そこには、惹きつけてやまない霊気があった。混沌としたカオスの深みに融けこんでいくようであった。 ―― あの木は……、うっ、まてよーそう思った瞬間、綸人の頭の中を獰猛な竜巻がよぎった。そして宇宙空間を貫く螺旋状のトンネルー。綸人を光の渦がほとばしった。 ―― そうだ、あの時公園に竜巻が暴れ出たのだ。そして俺はいともたやすく公園の木にたたきつけられたー。そのまま俺は気を失ったー。うむっ、思い出したぞ。まさか、宇宙空間を移動してしまったというわけじゃないだろうな。タイムトンネル、ワープ、異次元、亜空間、多元宇宙……。この星は地球そのもののように思える。だがこの星は多分地球とは呼ばないだろう。俺は地球であって地球でない星に来てしまったのだ。そうとしか考えられないではないか。「不思議」とはこのことだ。得たいの知れない戦慄が走った。この世界は、地球世界と全く違うわけではないようだ。実際地球と同じ名前のものもあった。病院は病院というし、明治神宮は明治神宮だ。ことば自体は日本語だが、ここでは陽本語ということなのだろう。面白いのは国の名前が微妙に違っていることだ。中国が華国、アメリカがヌメリカかよ。クックククー。だが、さっきのテレビニュースの中平海戦勝記念日にいたっては歴史が逆転してしまっている。何が起こったんだ。うーむ興味津々だぞ、こりゃ。ときどき東京、軽自動車、高校などと聞くと、地球世界と同じでホッとするが、やっぱり全体的に違和感がある。この世界はゆがんでしまった地球なのか? 全く馬鹿げている。綸人は頭に手をやりながら当惑の表情をつくり思案げに腕を組んだ。俺は帰りたい。元の世界に帰りたい。こんな奇矯な世界に耐えられるのか? これではUFOにさらわれて、別の星に行った方がまだましじゃないのか。夢であって欲しい。悪夢よ醒めろ! タチの悪い冗談はやめてくれよ。なんでこの俺がこんな目にあわなきゃならないんだ。古密綸人は時間が経つにつれ深い絶望感に捉われた。こんな世界でまともにやれるんだろうか。地球にいた頃の記憶は鮮明に残っている。それだけに地球が日本が恋しかった。ゴチャゴチャして頭がおかしくなりそうなのだ。綸人は暗澹たる思いにかられた。   気がつくと窓の外は暗くなっていて明るい廊下にひとりたたずんている自分がいた。窓ガラスが室内を写しだし外の木が見えなくなった。この恐るべき事態の発覚に綸人は休憩室で、コーヒーて゛も飲んで気分を落ち着かせることにした。休憩室には、綸人以外にも生気のない病人たちがまどろっこしい病室をぬけて、束の間のひと時を過ごしているかのようであった。 ―― まてよ。俺がここにいるってことは……、地球の俺は死んでしまったんだろうか? 俺の魂は健在だ。魂だけがとんできたんだ。考えてみるとこの体の持ち主の旋の魂はどこへ行ったのか? この俺と一緒にはいない。まさか地球の俺と入れ替わってしまったというのか。ありえることだ。旋は、車にひかれた、はねられたことになっていた。おそらくその事故は俺が竜巻に木に叩きつけられたのと同時だったのだ。そうとしか考えられないではないか…… 俺はもう、もう元には戻れないのか。帰れないのか。もはや司条典人としてではなく、玄陣旋として生きていかねばならない宿命を背負わされてしまったというのかー  綸人の表情には切迫した色がこもっていた。

綸人はどうにでもなれと腹をきめた。綸人はやけぎみに缶コーヒーを口にした。  だが考えれば考えるほど綸人は混乱してきた。この世界でやっていくとしても記憶喪失したふがいない無能な人間のように思えてしまい、何もできないような気がしてならなかった。綸人は再び愕然としたのであった。  ふと、あたりを見渡すと、雑誌、マンガ本などが置いてある棚があることに気がついた。綸人は、とりあえず本でも読んでこの世界の情報知識を吸収しようと思いついた。手にしたものは、月刊誌であった。綸人は無作為にページを開いてみた。そのページにはこんな事が記されてあった。 ―― < 宇球(うきゅう)環境>われわれ宇球人は、「宇球環境保全」という道徳を広く共有することが重要である。温暖化防止の国際体制は、国際社会の複雑な利害関係を調整する重層的なシステムである。このままだと温暖化による大規模な気候変動が深刻化するのである。その代表的なものが、水害、旱魃の増加。南極北極地区の氷の融解による、水没や生態系の変化などである。とにかく二酸化炭素に代表される温室効果ガスが引き起こす宇球温暖化を防止すべく国際協力が必要なのである-  この星はやはり地球ではなかった。「宇球」という名の地球とうりふたつの星だった。この宇球でも地球と同じく温暖化が問題になっているようであった。 ―― 宇球か……、なるほど……この宇球も温暖化が進んでいるのか。こうしてみると、全くなじめないこともないぞ。慣れるにつれてなんとかなるかもしれんな。お先真っ暗、絶望的というほどでもないな、クッククククー郷に入らずんば郷に従えの精神で行くとするか。こうなったら成るがままだ。面白いじゃないか、何でも来い、ってんだ! 糞ったれがー  綸人はすべての猜疑心も警戒心も投げ捨てて、酔ったように潤んだ表情になった。どうにでもなれ。綸人は、この宇球世界で思う存分生きて行くことに腹を決めた。地球の自分である古密綸人は今捨てた。俺は玄陣旋だ。

 その夜、病院ベッドでなかなか綸人は寝付かれなかった。いろいろと地球にいた頃の思い出が、鮮明に浮かび上がってくる。記憶があるのは救いなのだろうか? 記憶のおかげでアイデンティティーは認識できる。なかったらタダの記憶喪失者に違いない。だが、そのうち俺は気が狂ってしまうのではないかー。綸人は先行きどうなってしまうのか、不安でならなかった。そう思えばきりがないのはわかっていた。地球の古密綸人は死んだのだ。典人は自分に何度もいいきかせた。生きてここにいる自分をラッキーと前向きに考えるしかあるまい。これからは完全に玄陣旋になりきる。この世界に融けこむ。―― 古密綸人は再び玄陣旋となった。  深夜の病院は、暗く静まり返り、何もかも停止したかのようであった。ようやく旋は、静寂の時に抱かれ眠りについた。  強い朝陽が旋のまぶたに射し込んできた。外では小鳥の啼く声がする。朝になっていた。病人の中には、早起きの者がいて、本を読んでいる者がいた。散歩にでも行ったのかいない者もいた。  しばらくすれば朝食の時間である。旋は起きて顔を洗い、朝食までテレビを見ることにした。 旋はおなかがすいてきた。食事かー。ここでは何が食べられるというのだろうか。何がでてくるのか、心配であった。病院の朝食は玉子焼き、海苔、ごはん、味噌汁、サラダであった。味もなんの変哲もないので旋はひとまず安堵した。ヘビの蒲焼、ゴキブリの天ぷらでも食わされるのかと気が気じゃなかった。旋は好き嫌いが激しいタチだった。 「おい、最近テロが多くないか? この前東京の高層ビルの爆弾テロから三ヶ月もたたないうちに東京の企業ビルがやられたんだからなー、物騒になってきたな」 「ヌメリカのテロ組織の仕業らしいぜ。ヘビのように執念深い奴らだからな。わが陽本帝国とまた一戦交えようなんておこがましいことを考えているのやらなー、クックククク」 隣の4、50代らしきふたりの男の会話が耳に入ってきた。 ―― こっちは東京がやられたのか……。あの戦争に勝ったというのだから、世界の主導権を握っているのだろう。そのうちこっちの世界の実態を知るのは時間の問題だが、旋は興味深かった。  朝食をすませ旋は、11時に精密検査があるのを思い出した。脳に異常がみつからなければ、すぐにでも退院できるだろう。精密検査の結果は翌日わかるというので、もう一泊するということになった。そして、結果は案の定異常なしであった。  退院する旋を両親が迎えにきてくれた。自分ひとりでさっさと病院を出てしまおうと思っていた矢先、両親がタイミングよく現れてしまったのである。 父親の車に乗って帰ることになった。車中で話しをきいていると父親は、会社を経営しているということを知った。コンピューター関係の仕事らしい。母親は専業主婦である。地球の方では、両親は貧しい農家だったのにこっちの方は、なかなかの金持ちといったところだ。旋は幾分、気持ちが明るくなってきたようであった。そうとなれば、何か欲しい物を買ってもらえるといことじゃないか―。 けっこうこっちの世界が住みやすいかも――。

 病院から20分ほどで着いた家は見るからに豪邸であった。三百坪はあるらしかった。閑静な住宅街に悠然と居を構えている感じで、旋はすっかり圧倒されてしまった。時刻は5時をすぎている。  玄関に小学5年生の妹と猫が迎えに出てきた。 「兄さん、お帰り! お見舞いに行かなくて御免。学校の行事があって……」 妹は楽天的な性格なのだろう。兄が死ぬなどはありえないことであった。兄は不死身のヒーローであって欲しかった。両親は妹にはかなり遅く事故を伝えたらしかった。 「絵美、元気だったか? 病院じゃ絵美のことばかり兄さんは心配していたんだぜ。兄さんがいなくなったら寂しくなるだろうな、ってな。ハッハハハ―」  旋は屈託のない笑い声を立てた。 「ハッ? 絵美って誰のこと、兄さん。私は美奈子じゃない。私の名前、忘れちゃったの? 変な兄さん」 ―― そうか、地球の妹じゃなかったな。やはり名前が違っていたか……。 旋は気を取り直して、茶目っぽい表情をつくり妹の頭をなでてやった。どこか侘しさが漂う。 「おっと、美奈子、美奈子。今、絵美って言ったか? 誰だろう。事故のせいかもな、美奈子。ハッハハハ」  小学生の妹は、ホッとしたように嬉しそうに瞳をきらきらさせた。  その晩は久しぶりの家族団欒の幸福なひとときであった。こちらの家族は裕福にだけあって気持ちにもゆとりがあるようで、安心感がある。地球の家族には悪いがこっちの親、環境の方がなんかありがたい感じだと旋は思った。もっとも、親父の会社が倒産することにでもなったら、とんでもない苦境に立たされるのは目に見えているが、そんな最悪の事態は訪れないよう旋は祈るしかなかった。順調に行けば、旋が親父の後を継いで会社を経営することになる。人間というものはお金がないと生きてはいけない不具合な生き物なのだ。経済生活は最大のネックというほかはなかった。一夜で天国から地獄に転落する者は珍しくない。自分の将来に何が待っているのか旋は気になった。  旋はこんな豪邸で暮らせるとは夢にも思っていなかった。これからそんな暮らしができるのである。これぞ夢心地である。こっちで事故に遭った玄陣旋は、おそらく自分と入れ替わって地球の古密綸人ととなっているはずである。貧乏人に降臨した? 彼には気の毒だが、今頃ひどく失望しているだろうと思うと旋は、こころなしか愉快なところがあった。無論、帰れるものなら帰る気は十分ある。だがそれは再び奇跡でも起こらないかぎり不可能なことなのであろう。自分は得をしたのだろうか? 今は自分を責める気にはなれなかった。   初めて入る自分の部屋は、15畳もありゆったりとくつろげる空間となっている。床は鮮やかなブルーの色彩が映えるカーペットがしきつめられている。青いソファに座り部屋を眺める。壁には風格のある男の肖像画が掛けられている。本棚を見ると華国拳法に関する書物がずらりと並んでいる。これからしてその肖像画は華国拳法の達人かなんかなのだろう。なるほどこの部屋の前の主は「狂」がつくくらい華国拳法に力を入れていたのがわかった。一枚の特殊な畳が敷かれてあって、それはひどく傷んでいた。閑さえあれば練習に励んでいたのかもしれない。旋にはそれがなんともおぞましいものに見えてならなかった。部屋の空気が圧縮されるようで、その傷んだ畳は一刻も早くどけたい気持ちにかられた。  窓際には、勉強机と椅子がある。青のソファから立ち上がり椅子に腰掛け、また部屋の隅々に目をやりながら思いにふけった。 ―― これでいいんだろうか……。地球の家は忘れそうだな。 この部屋の前の主の華国拳法の残影は消させてもらうしかない。俺は彼の拳法まで引き継ぐ気はない。親にはやめたと言うことにしよう。とりあえず部屋を剣道一色に染めてみようと考えた。地球の自分を棄てきれないのがもどかしくもあったが、この宇球世界で強引にでも通用させるのも悪くはないだろうと旋は、開き直ったともいえる。自信が植え付けられた剣道に自分を救って欲しかった。剣道を頼りにする以外にないかもしれなかった。  この世界の実態は、時と共に明らかになるだろうから、とりあえず身の回りの基礎的な事柄を順序立てて覚えていかなければならないだろう。  何よりも人名、地名に慣れることだ。 ―― そうだ、天策、いや俊一に会っていろいろ話をしてみよう。そうするのが手っ取り早い。夏休みが終わってこのまま学校に行ってもわけがわからぬことばかりで戸惑うだけだろう。よし、俊一だ。  旋は雲を払ったようなすがすがしい表情になって、さっそく旋は俊一に電話してみることにした。きょうは16日・火曜日だな。夜の9時だが俊一は家にいるだろう。案の定、俊一が電話に出た。 「おう、旋か。どうだ体の調子は?」  俊一の心配げな声が伝わってきた。 「今日退院してきた。今家にいる。俊一、今日は何していた? 暇だったろ?」 「今日は部活も休みだったし、芙由子と公園を散策してたよ。芙由子にはオマエのことは大丈夫だって話しておいたよ。で、用件はなんだい?」  芙由子とは俊一が付き合っている彼女である。ふたりとも同じ大学を目指しているのである。 「あした、ちょっと話があるんだ。別にたいした話じゃないけどね。芙由子もいっしょでいいぞ。俺のうちへ来ないか?」 「そうだな、あしたは特に用事もないしな。いいだろ、あしたの昼からでいいか?」 「ああ、いいとも。じゃ来てくれよ、待っている」 そう言うと電話が切れた。翌日、約束どおり俊一はやってきた。 「俊一にいろいろ聞きたいことがあるんだ。あの事故で部分的に記憶がおかしくなってしまったんじゃないかと思っているんだ。病院でおまえを天策と呼んだだろ。俺自身、どっからそんな名前が出てきたのかと思ってね」  旋は物憂く声を出した。 「そうか……、あの時天策といわれたときは、唖然としたよ。オマエがそう認識できているなら、そう心配はいらんかもな。まっ、事故の後遺症がなければいいけどね」 俊一は端麗な少年である。うつむき加減に眉のあたりをくもらせた。 「俺は華国拳法をやっているわけだが、高校の部活にあるのか?わからないんだ。事故にせいかもしれん。一部の記憶が戻らないというか消失したみたいなんだよ」  旋は、自分が地球世界の者でこの宇球世界にひょんなことで紛れ込んでしまったことを、冗談でも言うわけにはいかないと思いつつ、記憶の異常にかこつけて現状を探ることにするしかなかった。 「ハッハハハ、旋、そりゃひどい記憶喪失だな。マジ? 君は華国拳法同好会じゃないか。会員は5人の物好きの集まりだろ。もっともあの全国的に有名な陳宝薫(ちんほうくん)氏に指導を仰いでいるというのだから、5人しかいないのにすごいもんだなと、みんな感心しているよ。もっとも顧問の田波先生は陳氏の弟子だからね。たいして驚くことでもないけどね。拳法の腕前では、5人のなかでも旋はかなり評価が高いという話だぜ。そのうち部に昇格するんじゃないのかい? こう言ったら思い出したろ旋?」  表情をなごませて俊一は云った。 瞬間、旋はその情報を脳にインプットした。 「天策―、俊一は弓道部だよな。オマエの彼女あゆみ、いや芙由子もそうだよな(芙由子は地球の方では、あゆみという名前なのである)」  旋はどぎまぎしつつ俊一に訊いた。 「何を言ってるんだい旋。僕と芙由子は生物部じゃないか……。まいったな、旋かなりずれてしまったんじゃないか? それにしてもこっちまでおかしくなりそうだぞ。へんな冗談はやめてくんない?」  地球世界では鳩宮天策(膝下俊一)と藤沢あゆみ(新岳 芙由子)はいっしょの弓道部であったのである。 ―― なるほどな。俺はあっちでは剣道部だったし……、なんでこっちの俺は拳法をやっているんだ。これは困ったことになったな。開き直るしかないのか。 「なあ俊一よ、俺さ、華国拳法をやめて剣道部に入ろうと思うんだ。どう思う?」 「ハッー? 剣道部に入りたいって? あといいとこ部活は一年しかできないぞ。そりゃ無理だろ。選手にもなれんだろうし、我が聖虎高校剣道は全国にその名を馳せているし、部員も88人もいる大所帯だぜ。いまさら剣道やってどうするんだよ。だいたい華国拳法をなんでやめるんだい? 君の技能はトップレベルなんだぜ、もったいないじゃないか」  俊一はいよいよ不機嫌になってきたらしい。旋の言うことはいくらなんでも常軌を逸しているといおうか、それとも自分はおちょくられているのか、皆目検討がつかなくなってきていた。だが、これは交通事故に原因があるのだと旋に理解を示してやりたいとも思った。俊一は気分転換に音楽でも聴かないかと旋に言った。そこで旋はドボルザークの「新世界より」をCDプレーヤーにかけることにした。青いソファにゆったりとしている俊一は音楽を聴きながら心を落ち着かせようとしているようであった。コーヒーを何度も口に運んでは味を確かめているようでもある。  夏休みはまだ2週間残っている。高校に行くのが今から億劫であるが、旋は場当たり主義的に事態に臨まなければならないのかと思うともどかしかった。それに高校生活はもう半分もあるのだ。なんとか凌ぐしかない。とにかく頭が変になったと思われないように全力を注ぐしかないだろう。  旋は、いかなる試練が待ち受けようとも、これからの高校生活にチャレンジャー精神で立ち向かう覚悟であった。 ―― なんとかなるだろう……。

「ところで芙由子はどうしている? 同じ大学にいくのかい?」  俊一も芙由子も仲良く同じ大学にいくのだから、いずれふたりは結婚するつもりなのだと旋はうすうす感じていた。 「芙由子は相変わらず健康そのもの、元気さ。だが、世の中油断できんよな。君みたいに突発的災難にあわないとも限らんしな。ホントに一寸先は闇ってのがわかったよ」  俊一は自然とため息が出た。 「大学か……、芙由子の方が成績いいからな。大学も芙由子のレベルに合わせなきゃならないんで僕はここ最近勉学に力を入れているんだ。芙由子に合わせりゃ自分もレベルアップできる気がして、けっこういい大学が狙えるかもしれない。いっしょに合格できるにこしたことはないよね。僕も芙由子も文学部志望だから気が合うって感じで幸せな気分だよ。クックククー。ところで、君は第一志望はどこなんだ? そういえばそんなことも知らなかったなあ。ハッハハハー」  そそのかすような眼をして俊一は言った。 「俺かー、俺の学力じゃたかが知れているからな。五つぐらい受けて合格させてくれたところでいいんだ。学部は一応法学部だけとな」  旋は大学などどうでもいいことだった。別に無理していくほどのものでもないと思っている。将来設計もできていない。将来、何になりたいのか、どういう仕事がしたいのかも地球にいた頃から自分自身のことながら関心がなかったのである。 「まだ、ほかに話すことあるかい? そろそろ……、そうだ、チョットした用事を思いだしたよ。読みたい本があったんだ。これから本屋に寄っていくことにしたよ。じゃ、僕はこれで帰るよ」  旋の顔色を窺いながら俊一は疲れたように云った。 「そうかー、今日は呼び出して悪かったな。芙由子によろしくな。交通事故の件ではいろいろ心配かけてしまったしー。じゃまたな」  俊一に来てもらって正解だった。やはり持つべきものは親友だなとつくづく思いつつ、旋は俊一を見送った。午後3時の外はまだ夏の日差しが強く肌に突き刺さってくるようだ。うだるような暑さが身を焦がすようでもある。俊一は旋にしっかりしろよと励ましのことばをかけ自転車に乗って帰っていった。


乙の巻

4.老紳士現る  

 

 俊一が帰ったあと旋はひとりぽつんと部屋にこごもりテレビでも見ることにした。テレビのスイッチを入れるとラーメンの特集をやっている。レポーターがいかにも美味そうにしてラーメンを食べている。ホントにうまそうなラーメンに見える。丁度旋はおなかがすいてきた。昼は何も食べていなかったことを思い出すと、さっそく近くの行き着けのラーメン屋で腹ごしらえをすることに決めた。  店には、3、4人の客がいた。若いカップルとひとり白髪頭の80才ぐらいに見える背広姿の老紳士が眼に映った。旋が席に着くと店員が水コップを持ってきた。 「いつものミソバターコーンね」  店員の若い女の子がつまらなそうな顔をして注文を受け付ける。旋が気にいらないのだろうか。どうも愛想が良くない。店内の若いカップルがいきなり笑いだした。饒舌で賑やかなカップルで周りをはばかる様子はないようである。あのラーメン番組を見たせいか、心なしミソバターコーンが異常に美味く感じられた。確かにいつもより倍はうまい。食い物がうまいってのは至福の時にはちがいない。素直に神さんに感謝しておかなくてはいけないだろう。人間、だいたい食べるために苦労しているというものだ。これが根本原則ということか。  旋はそのいつもよりはるかに美味く感じられたミソバターコーンを食べ終えると、勘定を払いに席を立った。すると目的の場所に老紳士が立っている。老紳士も勘定を済ませ店を出るところのようである。  老紳士に続いて旋も店をあとにした。ゆったりした足取りで老紳士が歩いていく。その後をなにげなしに旋は少し離れて老紳士と同じくらいのテンポで歩いている。食後の運動には丁度いいくらいかもしれない。 午後の6時を過ぎたところだが、まだ外は明るい。それに今日は晴天でもある。ラーメン屋の付近は商店が立ち並んで人通りも多い。今の時間帯は車の往来がひきもきらない。しばらくして前を歩いている老紳士が何か落としたのを旋は気づいた。老紳士は気づいていない。旋はそれを急いで拾い上げ前の老紳士に手渡そうとした。 「あの、お爺さん!」  旋は老紳士まで走りよりその老紳士に落し物を差し出すやいなや、老紳士は一瞬にして消え見ると5、6メートル先をさりげなく歩いているではないか。 ―― なぬ?! 錯覚かー。確かに追いついて落し物をあの爺さんの眼前に差し出したはず……。爺さん、まちがいなく見た。とぼけやがって。どういうつもりなんだ。  気を取り直して旋はふたたびさっきより勢いよく走り出して老紳士の傍までたどり着いた。 「爺さん、落し物だよ!」  ハーハー、息を荒げながら旋は怒ったように言った。だが、老紳士は無視を装い、旋を見向きもせず冷然としている。気がつけばまた、5、6メートル先に老紳士がいるのである。 ―― おかしいな。よし、今度はとっつかまえてやるか。  旋はさっきにも増して猛然と爺さん目がけてダッシュした。旋は50メートルを5秒台で走り抜ける俊足の持ち主なのである。追いつき うわぜのある老紳士の肩に手をかけようとすると、肩がひゅるりとすり抜けてしまい、触れることさえもできなかった。そして例のごとく老紳士は5、6メートル先にいるのである。この距離が縮まりそうでなかなか縮まらない。奇怪な爺さんである。旋は大声を発して爺さんを足止めしようとした。 「止まれ! そこの爺さん。さっきから落し物だと言っているだろうが。逃げるんじない。ひとが親切に渡そうとしているのに、態度が悪いぞ」  周囲の商店住宅、通行人になんらはばかることなく旋は老紳士を怒鳴りつけた。すると、老紳士は思案げに眉根を寄せ、チラッと後ろを、旋の方を振り向いたかと思うと、突然走り出した。それは老人とは思えない脚力であった。その老紳士を見失うわけにもいかず、旋もまた後を追って駆け出した。 ―― なんて逃げ足が速いんだ。これはすごい。老人とは思えん。  なかなか爺さんに追いつくことができない。俊足を誇る旋がである。だが徐々にその差は縮まっているし、しかと老紳士を捉えている。見失うことはないだろう。老紳士が左に角を曲がった。どうやら公園に向かっているようだ。公園に入った。旋も公園にたどり着いたとたん、こともあろうか老紳士の姿を見失ってしまった。 ―― ゲッ、なんてこった。ここまで追い詰めて見失ってしまうとはな……。爺さんどこへ消えやがった。  石段をたどり公園の上にあたりを詮索してみることにした。すっかり日が暮れ薄暗くなっている。公園にところどころある電灯がその明るさを増してきている。人気のない公園で旋は物さびしくなってきた。 「お~い、こっちだ」 頭上から誰かが呼ぶ声がした。その声の方を見ると、追いかけて見失ってしまったあの爺さんがいるではないか。公園の一番高い処に悠然として旋を見下ろしている。 ―― いつのまにあそこまで行ったんだ。爺さん、タダ者じゃないな……。  常識の通用しない老紳士の登場に旋は不可解な思いにかられた。その謎はこれから明かされるかもしれない。どうやらあの爺さん、自分に用があるのは確かなようだと旋は思った。老紳士が待っている処まで旋は息を切らせてたどり着いた。老紳士は街を眺めるには絶好に位置のベンチに腰掛けている。夜風が誘うように吹いている。そして老紳士は身体中から惹きつけてやまない霊気を発散させているようでもあった。その霊気が風をよんでいるかのようにも思える。老人の顔は血色が良く峻厳な気配がこもっている。ラーメン屋で見た爺さんはいささか生気の失せた老人でしかなかったのだがー。 「やれやれ、やっと捕まえたぞ。どういうつもりなんだよ、爺さん。ひとが親切に落し物を拾って渡そうとしているのに逃げることはないだろう?」  不快な気分で旋は問いただした。 「落し物だって? はて? もしかして君の言っている落し物ってのは、これかい?」  老紳士は背広の内ポケットから財布らしき物を取り出して旋に見せた。 「うっ、それだ! ゲッ、ない! 確かにこの右手に……」  右手に強く握り締めていたものが今はなくなっている。感触もなにも爺さんを追いかけることで夢中になっていたから、財布が消えるなどとは全く考えもつかなかった。 ―― まるでマジックだな。 「爺さん、どうしてそれを……。さっきまで俺の手元にあったもの。それが、俺が拾ったものだってのがなぜわかった? もしかして爺さん、魔法使いかなんかじゃないのかい?」  そうとしか考えられなかった。 「ワッハハハ、愉快、愉快。まっ、ここに、ワシの隣に座れ。話がある。ワシの名は時山三麗(ときやまさんれい)という。君の名はなんと申されるかな?」  時山という老人はその話し振りからして意外とひょうきんなところがあるようだ。ひとをくったような笑みをにじませて旋にきいてきた。旋は老人の横に座り、走り疲れたかのようにゲンナリして言った。 「ふん、俺の名前が知りたいってか、時山の爺さん。俺の名前なんぞ知ってどうすんの? まさか誘拐身代金目当てとかそういうのじゃないだろうね。」 「プッ。ほう、なかなか用心深い少年だな。まっ、いいだろう。教えたくなければそれでけっこうだ。別に君を悪用するとかの問題じゃないんでね。」  時山は愉快げに口元をほころばした。 「見たところそう悪い事をする年寄りには見えんな。うーん、しようがねえな、俺の名は司条―、いや玄陣旋という。で、話があるって言ったよな。どういう話なんだい?」  ぶっきらぼうに応対する。老人には丁寧な言葉遣いが望ましいが、ひとの親切を素直に受け入れないこの時山という老紳士には気を遣うきはなかった。

 夜空に宝石のように星星が散りばめられている。もう暗い夜があたりを覆っていた。時刻はすでに8時を過ぎようとしている。ふと、旋は家の者が心配しているだろうと思い、持っていた携帯電話で少し帰宅が遅くなると告げた。 「玄陣旋というのか……。実はな、ワシはある組織のスカウトマンなのじゃ。有能な人材を探し求めてこの陽本国中を歩き回っているのだがー」  ふたりが腰掛ているベンチを照らしている電灯に虫が集まってきてにぎやかである。 「これがまた大変な仕事なわけだ。だいたい、いるかいないかわからぬような「仙能者」を見つけ出さなければならないというのだから、ワシ自信気が遠くなるような仕事だった。それだけにワシは一生かかっても無理だろうとあきらめていたんだよ。ところがじゃー」  よく見ると知的な感じのする時山老人の双眸が一瞬光を放ち、表情に真剣味を帯びていた。 「それで、その「仙能者」とやらは見つかったんですか?」  言葉遣いが丁寧になっている。時山という老人が切り出した話があまりにも突拍子もないもので、妙なことになってきたなと旋はすっかり引いてしまっている。が、興味のようなものが湧いてきていることも事実であった。 「この仕事をワシが何年やっていると思う、旋君よ」 「う~ん、そうですねー。俺の勘からして若い時からやっているわけじゃないですよね。だいたい20年ぐらいでは?」 「スカウト歴30年になる。ワシは今85才になるのだが、現役は55才で退いた。あの総司令官に頼まれるとことわりきれなくてな。現役時代がなつかしいわい。ワッハハハハ」 時山老人の深い響きのある低音にはなかなか凄みのある威圧がこもっている。過去の現役時代が自慢のようでもあった。 「実はな、見つけたんだよ。奇跡的にワシは「仙能者」を発見したんだよ。まさに血眼になって探し続けた甲斐があったってもんだ。30年で2人、これは決して少なくはない数字だ。ワシは組織から表彰されることになるだろうよ。ウッフフフフフ、われながらたいしたものだと自分を褒めてやりたいくらいなのさ。この陽本国でスカウトが何人いると思うかね、旋君。ワシひとりしかおらんのだよ。それだけ「仙能者」を見分ける能力も限られていることなのさ。巷に埋もれた「仙能者」は意外と多く存在しているといわれている。自分自身が「仙能者」であることに気づかない者がほとんどなのだ。能力はひょんなきっかけで表れる場合がほとんどだけに不確実で頼りないものだ。埋もれているものを発掘するにこしたことはない。それに例え見つけてもわれわれの組織に引き込むという難事業も考慮しなければならないというのだから、どれだけ大変な仕事かは旋君にも見当がつくんじゃないかい?」  時山老人はむずかしげな顔をして言った。 「そうなんですか……、俺には関係ないことのように思えて、どうでもいい感じー。でも、爺さんが見つけた2人が 気になりますね」 こういう話は嫌いではない、むしろ好きな方かもしれないと旋は思った。この宇球世界はなかなか面白いところではないかー。 「そうか、2人が気になるかー。実はな、その2人を見つけたのはごく最近、今年に入ってからなのだよ。過去29年間、何をやっていたんだろうな。だがその空しい29年間の努力も報われる時が来るべくして来たんだ。そう思うとまことに感慨深い。まさに土壇場、崖っぷちで最高の獲物を得たトラかライオンのようだったぞ、ワシは」  時山老人の眼が奥深く光った。そして嬉しそうに目尻を下げた。

 

6.超能力の少女

「ついにこの時が来たと思った。その者はなんと女だったのじゃ。しかも未成年の女子高生だった。偶然というにはあまりにももったいない廻り合わせというほかはない。その娘は、友達の家に寄ったため帰りが遅くなってしまったらしい。ひとり夜の10時頃、人通りのない暗い路地を歩いていくことになった。途中によく痴漢が出没するとされていた危険な区域があり、彼女はそこを通っていかなければならなかった。そこを、街灯の光が届かない暗がりを彼女が歩いているのを、たまたま自転車で近くを通ることになったワシが見かけることになった。こんな夜遅く女子高生がー、としばらく観察していると、突然、闇から何者かが現れ女子高生をいきなり羽交い絞めにし乱暴しようとし草むらに押し倒そうとした。それは巨漢であった。でかいわりに動作がすばやくあっという間にその女子高生は手篭めにされるかと思い、ワシはすぐさま助けに行こうとした。ところがその必要はなかった。女子高生の方が巨漢よりも上手だった。あの娘が、あの術を使うとはワシ自身驚きの念を隠しきれなかった。その時、ついにワシの前に「仙能者」が現れたのだと直感したのじゃ」  時山老人はそう思い起こしはにかむように笑い、秘密めかした眼つきになった。 「娘は、身長はゆうに180はあるだろう体重も90キロはくだるまい、その自分よりもはるかに大きい男をいともたやすく宙に投げ飛ばしたのをワシは目撃した。一本背負いだったか、空気投げだったかよくわからなかったがとにかく大男は地面に叩きつけられたのはわかった。そして娘は小さな丸い手鏡を取り出し地面で仰向けになっている男にその手鏡を向けた。真っ暗な闇で光らしい光はなく鏡に反射する光など考えられるものではない。だが、ほとばしる閃光が鏡から放出された。眩いばかりの光景だった。それはこの世のものとは思えぬ美しく神々しいものであった。ワシはホントにうっとりしてしまったよ。彼女がまるで女神に思えてならなかった。光を浴びた暴漢は不動金縛りにされたが如く微動だにせず、まさに全身ビダッと時間が止まったように動きを封じられてしまっていた。娘は電話で警察を呼び出し、男を突き出した。警察は、その男は手配中のレイプ常習犯で大変なお手柄だと驚いていた。こんな小娘が凶悪犯をひっとらえるとは警察も信じ難い様子だったが、それも当然、誰も信じられんだろうよ。目撃したワシ以外はね。フッフフフー。さっそくスカウトマンであるワシは、その娘の素性を調べ上げ、彼女に会ってみることにしたのはいうまでもない」  時山老人の双眸が猟犬のような光をおびてきらめいている。 「なるほど、その女子高生は鏡をつかって暴漢にとどめをさしたわけですか……。それにしても巨漢を投げ飛ばしたというくらいだから体術の方も相当なもんじゃないですか」  旋は素直に女子高生の凄さを認めた。そして時山老人の話にいつのまにか夢中になっている自分に気がついた。 「娘はワシが思っていた通り「仙能者」であった。けっして魔物の類などではない、われわれの仲間になりうる逸材というほかはなかった。ワシのたいして説得力があるとは思えない話を聞いて、彼女は快く承諾してくれたよ、われわれの組織の一員となることをね。女の子なのに戦いの道を選んでくれたことにワシはこれほど感激したことはなかったよ」  ふうと野太いため息をついて時山老人は目許をなごませた。一瞬夜空に目立って光をまたたかせた星があったのを旋の双眼が捉えた。 「確かふたりと言いましたよね。ひとりはわかりました。もう一人の方はどんな人なんですか時山さんー、興味ありますね」  時山老人の顔色を窺いながら言った。 「そうか、知りたいかー。実はなもうひとりは君なんだよ。玄陣旋君。驚いたろ、信じられんだろ。ワッハハハハー」  茶目っぽい表情になって時山老人は愉快げに笑った。ラーメン屋で見たこの老紳士は一見学校の先生、教育者ように近づき難い雰囲気があったのだが、こうして近くで観察するとどこか愛嬌のある顔立ちである。いまではすっかり親近感を覚えるようになっている。無論話しを聞いたりしてタダ者ではないことを知ったせいもあるかもしれない。 「えっ、俺? まさか……。それは本当ですか、冗談でしょ」  呆気にとられてしまった。 「瞳を見ればわかるのだよ。もっとも選別できる能力を持つ者はワシを数えて世界で何人いるかなー。それが「仙能者」を判定する最も正確な方法だ。「仙能者」はその瞳に特有の霊光を宿しているものなのだよ。その光が認識できる者もまれだが、天のさだめかワシにはその能力を付与されている。ワシの識別判定に狂いはないと自分では自信があるが、確かめるにこしたことはないだろう。あのラーメン屋で君をひと目見て、グググイと大物の魚が釣れた感覚だった。そもそも君の全身から発している霊気は普通じゃなかったからな。もしやー、と思ったのじゃ。ここで君の瞳を拝見させてもらって確信するに至ったというわけだ。その瞳、まさしく「仙能者」のものであるぞよ。ハッハハハハー」  旋は戸惑いを隠せなかった。 ―― この爺さん、正気かよ。この俺が「仙能者」とは恐れ入ったな。それでこの俺をどうしようっていうんだ。なんだかとんでもないことになりそうだな……。この宇球世界では全く何が起こるのかわからんな。  旋はどうしようもない気分に充たされた。 「実は、その話というのはだな……、君にわれわれの組織「統霊警察機構」のメンバーになってもらいたいということなのだ。「統霊警察機構」というのは、簡単にいうなら勧善懲悪、正義の味方といったところだ。世の中、魑魅魍魎が跋扈しておるからそれを取り締まる者も必要とされておるんじゃよ。けっこう需要が多いと思ってくれたまえ。まっ、細かい事は入ってからのお楽しみということで、よろしくピースじゃ。ハッハハハハー」  陽気な時山老人の豪快な笑いが夜闇の公園を包み覆った。眼下には街の家々の灯りがイルミネーションとなって目に映る。この一見平和な街並みも水面下では悪霊との死闘が繰り広げられているというのであろうか。「統霊警察機構」という組織の存在を知った今、旋はその深層構造に触れる機会を得たのかと思った。 「なに、別にふだんは人並みの生活を送っておれば良いんだよ。決められた勤務時間があるわけじゃない。無論、タダ働きというわけじゃない。それなりの報酬はある。ワシは君を男と見込んでいるんだ、どうかな旋君よ」  髭剃りあとの顎をなでながら時山老人は、旋の答えを待った。 「ハッー、いきなりそう言われてもね……。たとえ俺がその「仙能者」だとしても、俺にはそんな悪魔どもを退治できる力があるとは信じがたいです。せいぜい剣道なら自信ありますけどー」 「なるほど、そうだろう。確かに今の君は、あの早熟の女子高生と違ってまだ覚醒してはおらん。だがわれわれが君に適当な覚醒トレーニングを施して潜在能力を引き出すことが可能だ。剣道に自信があるというのなら事は容易かもしれん。「力」については心配はいらんぞ。要は君がわれわれに協力する気があるかないかだけにすぎんのだよ。さて、ワシの話はここまでだ。詳細はここに来てくれたまえ。君の上司となる「統霊警察機構陽本支部司令官」が待っている。じゃ、機会があったらまた会おう旋君!」  そう言って時山老人は、ベンチから立ち上がり旋に名刺を手渡した。旋がその名刺に気をとられているうスキに、時山老人は姿をくらましていた。 ―― あの爺さん、幽霊かよ……。

家に着いたのは10時前であった。旋はベッドに横たわり時山老人から渡された名刺を見ながら考えをめぐらした。 ―― なにが「統霊警察機構」だ。そんなマンガみたいなことがあるのか。だが、あの爺さんの女子高生の話を聞いて、なんか引っかかってしようがない。どうも女子高生が気にかかる。その娘、そんな超能力の少女が実際に本当にいるんだろうか? 爺さんの話ではもうすでに組織の一員となっているという。「仙能者」である少女と俺は同類ということなのかー。してみると、この俺の「力」というものはどんなものなのだろうか。それを知るには覚醒トレーニングをやる必要があるということか。俺は目覚めるのか、目覚める時がきたというのか……。なんじゃそりゃ……。面白い! よし、ものは試しだ。とりあえずこの名刺にある株式会社「陽本広告社(ひっぽんこうこくしゃ)」に行ってみるとするか。そこを組織は本拠としているというわけか、秘密っぽいのは当然といえば当然か。 旋はさっそく明日にでも訪ねてみようかと思ったが宇球世界に来たばかりで心身の疲れを感じてもいた。そう急ぐ用件でもないだろうし今しばらく時間を置いてからでも遅くはあるまい。まずは精神的にゆとりを持つことにしたほうが良いだろうと考えた。  気ままにぶらぶら家の近くを散歩したり、時山老人と話をした公園のあたりも散策したりした。家では飼っている猫を相手に遊んだりしてだいぶ癒されてきたようでもあった。気がつけば夏休みも残り少なくなっている。あの時山の爺さんと会ってから一週間も経ったであろうか、旋はあれが夢のように思われ次第に記憶が薄れ忘れかけようとしていたともいえる。心の底では忘れてしまいたかったのだろう。この平和な日々にわざわざ自分からすすんで波風を立てることもないなと消極的になっているところであった。 旋は青いソファに座りテレビを見ることにした。スイッチを入れると川が映っている。するとテレビのレポーターの声がした。 「ここ、東京の七緒川(ななおがわ)にアザラシが現れました。突然の来訪者にごらんの通り、どっとたくさんの人がアザラシ見たさに押し寄せています。あっ、アザラシが水面に頭が見えました。 「ナナちゃ~ん!」 子どもたちがいっせいに大声でアザラシの名前を呼んでいます。七緒川なので、ナナちゃんということなのでしょう。子どもたちも大喜びしています。歓声が沸き立ちアザラシもそれにこたえるようなカオをしています。おっと、私の近くのお爺さんが子どもたちといっしょになってアザラシに向かって叫んでいます。お爺さんにインタビューしてみましょう。あの、おじいちゃん。わざわざアザラシを見に来られたのでしょうか?  「そうそう、アザラシのナナちゃん、最高! イエ~イ」出ましたね、Vサイン。楽しそうなお爺ちゃんでした。以上、七緒川からでしたー」 ―― ハテッ? あの爺さん……、どこかで見たことがあると思ったら時山三麗の爺さんじゃないかー。すっかり忘れかけていたな。「統霊警察機構」かー。俺は行く運命なのか……。旋は机にしまっておいた名刺を取り出ししげしげと見やり溜め息をついた。そしてさっきのアザラシに向かって叫んでいた時山の爺さんを思い出すと滑稽な感じがして笑みがこみ上げてくるようであった。ここはひとつ時山さんの顔を立てて訪ねてみることにしよう。挨拶だけしておくのでも十分だろう。別に組織の一員となることを決めたわけじゃないからな。  旋は覚悟を決めた。拉致されるわけでもないだろうし、一応の決着をみるにこしたことはない。残り少なくなってきた夏休みのうちに行くしかない。そうとなれば明日にでもこの名刺の住所を訪ねるほうがいいだろう。 旋は、地図でその場所を調べてみると自分の家から20キロぐらいあった。バスを使うか迷ったが体力には自信があったので自転車で行くことにした。それに明日は雨は降る予定はないようだ。 翌日、陽本広告社の電話番号は名刺にあってわかっていたが、約束をとるまでもなく電話せずぶっつけ本番で出かけることにした。留守ということはないだろう。きっと誰かいるだろうし、たとえいなければいないで縁がなかったとさっさと帰ってくるまでである。別段気にもとめていない。時山の爺さんの話し振りからしていつでもいいような感じだったではないかー。 いないはずはない。

 

7. 陽本広告社

 自転車をふつうにこぎながら車に注意しながら旋は強烈な夏の日差しをあび「陽本広告社」を目指した。昼の2時を過ぎたであろうか、目的地が近くなって「陽本広告社」の看板を探し始めた。どうやら手元のポケット地図で確認すると射程距離に入っている。例の看板が見えてもおかしくはない。そして、あたり一帯をうろうろしているうちに旋はなんとか「陽本広告社」を探し当てることができた。旋は自分はスカウトされたわけだから、あちらから積極的に現れてもおかしくないのだが、けっこう見つけるのに手こずるとは意外だと思った。 陽本広告社の看板は大通りからはずれた二階建てのビルにかかっていた。看板自体かなり小さいので注意しないと見逃してしまうような看板である。ビルの一階はコンビニエンスストアになっていて、けっこう客の出入りが多い。二階を見ると窓にはブラインドがさがって中の様子を窺うことはできない。そのビルの出入り口はコンビニにあるものだけのようだ。二階に行くにはどうやらコンビニ経由ということなのだろう。旋がコンビニに入ると左にレジと店員、そのうしろに階段が見えた。二階に上がるには店員に一言ことわっていかなければならないということなのか、勝手に上がることはできないようであった。旋は店員に上に用があって来たことを告げると店員はあっさり、どうぞと通行許可をくれた。若い女の子であった。階段をのぼって陽本広告社の入り口のドアに辿り着くまではあっというまであった。ある程度の緊張感が旋の全身を包んだ。 ―― 来てしまったな……。 ドアには「陽本広告社」のロゴがはいっている。 ―― 確かにここだ。 旋は二度ノックした。するとひとりでにドアのノブが回り外側にゆっくりドアが開いた。瞬間旋はびびってしまった。中にいる人が開けたのではなかった。ドアの向こうは部屋の中は真っ暗闇ではないか、はたして人はいるのか、中はし~んと 静まりかえっている。 「すみません、誰かいませんか。入っていいですか」 そうことわりつつ旋はおそるおそる室内に足を踏み入れた。その瞬間、室内がパッと天井の電灯がついて明るくなった。 「ようこそ、玄陣旋君。やっと来てくれましたか、待っていたんですよ」 そう声をかけてきたのは30才代に見える一見して大学教授のような知的風貌の男であった。目元をゆるませ茶目っぽい表情になっている。意表をつかれた旋は立ちすくんだ。すぐに冷静を取り戻し室内を見渡してみる。部屋は高校の教室ぐらいの広さがあり、ブラインド付きの窓は黒幕に覆われている。その窓際にデスクがあり、その横にいかにも一番偉い人物用の堅牢なデスクが悠然と構えているのがわかった。声を発した男のほかにふたりいるのが認識できた。ソファに座っているセーラー服姿が眩しく映る少女。そして、大きな堅牢なデスクの向こうに、回転椅子に腰掛け背を向けている男の姿がある。 「おや、時山さんはいないのですか?」 どこかがっかりしたような複雑な面持ちで旋は大学教授風の男に尋ねた。 「あー、時山さんね。時山さんは来ていません。その必要もないでしょう。君は十分時山さんとはお話したでしょうしー、なにか時山さんに用事でもあるのでしょうか? それならこの私から言伝しておきますがー。」 「そうですか。特に用はありません」 「いやー、時山さんから君を発見したという知らせがあった時は、われわれ一同大いに喜び時山さんに感謝しました。なにしろこの「統霊警察機構」は、略して「統警」または「TKK」といいますが、人材不足でメンバーがなかなか集まらず仕事量は増えるばかりでありましててんてこまいなんですよ。猫の手も借りたいとはこのことなんでしょうね。タダ頭数をそろえればいいというもんじゃないですからね。君も承知の通り「仙能者」という天分の資格がないことにはどうしようもない。天界に直接尋ねるというわけにもいかないわけで、なかなか難しいところがありましてね。時山さんはいつも、ワシが生きているうちに見つけられたらのう。と嘆くことしきりでした。そんな時山さんについに天が味方したのでしょうか、なんとこの一年でふたりも発見できたのですからね。われわれも信じられんのですよ」 口調は明晰で歯切れが良かった。その大学教授風の男の表情には、時山老人に対する畏敬の念が感じ取れるようでもあった。 「おっと、申しおくれましたが、私は山郷一誠(やまごういっせい)といいます。この二階建てのビルのオーナーでまた一階のコンビニエンスストアを経営している者です。旋君が思っているような大学教授じゃなくてすみません」 山郷一誠と名乗った男は旋の心を読み取れるようである。身長は173ある旋と同じぐらいで、スーツ姿がインテリくさいところがある。動作によどみがなく洗練された都会人の印象を植え付ける。 「それから、こちらの女性は式富にん君です。現在は女子高の2年生でー、旋君も確か高校2年生でしたね。それじゃ同い年で気が合うでしょう。彼女のことは時山さんから聞いていると思いますから、私からとりたてて彼女についてお話しするにはおよばないでしょう」 そう、山郷がソファで静かに座っている女子高生を紹介すると、少女は立ち上がって、 「よろしくね」 と軽く会釈をした。 「どうもー、こちらこそ」 照れたようにして旋は会釈を返した。この少女が時山の爺さんが称賛していた鏡使いの少女かと思うと妙に気後れする感じがした。今の俺では彼女には太刀打ちできないのだ。旋にはその少女は人間には見えなかった。内実は女の子の形をとっている怪物なのである。また一方で眼をあわせた少女は、愛くるしい瞳が印象的であった。どこか気品も漂い、まるで高貴な女神でも宿っているかのような雰囲気もあるのである。式富にんー、旋は不思議な少女と邂逅した。 「それから、あちらにおられるお方が、わが「統霊警察機構」陽本支部の司令官であらせられる法道凱(ほうどうがい)さんです。若いおふたりが組織に加入される前はこの私と司令官のふたりで現場の仕事をこなしていたわけでありましてー、おふたりのおかげで法道さんは、やっと司令官らしくなれるかなとご満悦のご様子であります」 山郷は、デスクの向こうにいる人物が組織の指導者、司令官であることを明かした。その人物はようやく旋にその全貌を顕わした。回転椅子がゆっくり回り旋の方に向く。男はサングラスをかけている。頭髪は銀行マン風にビシッときめ精悍な顔立ちであることがわかる。肩幅がひろくがっちりして長身のようだ。男は白いスーツ、青いシャツ、金色のネクタイで身を包んでハードボイルドな雰囲気を漂わせて威圧感が伝わってくるようでもあった。その男が口を開いた。 「よく来たな玄陣旋。だいぶ緊張しているようだな、ハッハハハハ。私が統警陽本支部の司令官を任せられている法道凱だ。司令官といっても名ばかりだがな。実働部隊の一兵卒となんら変わりない。式富にん君と君が加入してくれたおかげで組織らしくなってきたことは確かかもしれん。ふたりに心から感謝したい。それから私はここにはめったに居ることはない。私の参謀格である山郷君がここの事務所の実質的責任者、司令官代行と思ってくれたまえ。私に訊きたいことなどはすべて山郷参謀を通して解決してくれたまえ。べつに私は任務をさぼっているわけではないのでそこのところ誤解のないようによろしく」 低音の声の司令官は惹き付けてやまない霊気を持ち合わせている。 「山郷参謀は旋君の直接の上司となる。式富にん君とはいっしょに行動するか、またはそれぞれ単独行動とするかは時と場合によりけりで、諸君の上司の判断指示に従ってもらうということにする。そこのところ良くわきまえてくれたまえ」 威厳がある。さすが司令官の貫禄、風格といったものが伝わってきた。 「ハッー、そう言われましてもこの組織に入るかどうかはまだ決めていないんですが……」 眉のあたりを曇らせて旋はことばをにごらせて言った。入ることを決めつけられていることに抵抗があった。 「ほう、君は少女である式富にん君が任務遂行のために快く引き受けてくれたことを時山さんから聞かなかったのかな? 男であり彼女以上の「力」を持つ君が引き受けないということはどういうことなんだろうかね?」 山郷が牽制してきた。山郷の顔色を窺ってみる。ソファにおとなしく座っている少女をチラッと見る。山郷にそう言われると旋は逃れられない状況に追い込まれている自分に気がついた。ふと、法道凱の方角に眼を向ける。 ―― いつのまに……。

法道の姿はなかった。回転椅子に誰も座ってはいない。出入り口は自分が背にしているところだけのようだが、いったいどこから出て行ったというのか? 「おやっ、司令官がおりませんがー、どちらへ行かれたのですか? それにどこから出ていったのですか、山郷さん」 ポカンとしたような表情になって旋は尋ねた。 「法道さんは用事を済ませるとさっさといなくなってしまう方なんですよ。めったに会える機会はないと思ってください、旋君」 「そうですかー、わかりました。俺も男です。たった今決めましたよ。みなさんの期待にそえられるか自信はありませんが、統警のメンバーとしてやるだれのことはやりましょう。ところで山郷さん、時山の爺さんの話によれば「統警」は魑魅魍魎を相手にしなければならないということでしたが、もっと詳しい説明が欲しいですね。俺は何をやればいいというのですか?」 その瞳は凍ったように光り、旋の精悍な顔には悲壮感が漂っているようでもあった。 「そうでしたね。時山さんから詳しいことはここに来てからと言われているはずですからね。端的に申すなら、「統霊警察機構」とは、「宇宙崇魔団」の宇球侵攻侵略に対処すべく組織されたものでありまして本部は天界にありこの地界には陽本・華国・デイツなど10の支部が編成されております。とはいってもだいたい一支部にメンバーがふたりいれば良い方で、ヌメリカやアプリカなどの4支部は支部司令官ひとりのみなのです。なんとも心細いといほかはありません」 室内はエアコンがきいて涼しいくらいだが、山郷の顔は汗ばんでいるように見えた。 「この陽本支部が、最近まで司令官、私と時山さんと三人ながら最も多いという陣容でした。一気にふたり増員されて他支部に対してなんか申し訳ないような気さえしますよ。もっとも、この陽本国が宇球の中心であり防衛力を強化しなければならない事情からして当然のことではありましょうが……」 「宇宙崇魔団ってなんですか? そんなのってあり?」 そのおどろおどろしい名前からしてだいたい見当がつく。旋の顔が次第に蒼白にひきつっていくような感じになった。自分の意思では抑えきれない圧迫感であった。 「これがまたやっかいな連中でしてね。魔星から遣わされて来たといいましょうか、癌細胞のようにこの宇球にこびりついてしまった宗教団体なのでしてね。全宇宙に蔓延する「暴力的神霊団」の一角を占めているもので、そいつらは、大魔王ゴッタン・マシューンダルを崇拝盲従し人間を思いのままにコントロールすることをたくらんでいるわけなんですよ。正統なる神々の妨害するのが奴等の得意とするところであり宇球世界の秩序を破壊せしめんとしているのです。教主ヌタンという者が指揮をとっているということがわかっています」 参謀・山郷一誠の顔に峻厳な気配がこもった。 「なるほどー、つまりは早い話、それと戦えということですか。こりゃ大変な任務ですね。ですが、俺はこれからどうすればいいんですか? まだ自分の「力」に目覚めていないわけだし、時山さんの話では特別なトレーニングをすれば良いということでしたが……」 「そうでしたね。君の場合は 正式な一員、即戦力となるまでは時間がかかることになっていました。しばらくは見習い期間ということになります。頑張ってみてください。必ず覚醒しますよ。そちらの式富にん君の場合は極めて早熟なタイプでわれわれが発見する前にすでに覚醒していたというのですから大変なものです」 どうってことないようなクールな表情でいる少女へ山郷は目をやった。 「ちょっとしたきっかけで人生は変わるもんなんですね。……私の場合、実は小さい頃から超能力というものに興味があったんです。テレビでスプーン曲げとかやっていたでしょう。それがあとでイカサマというのがわかってホントにショックでしたけど。夢を壊さないでって感じですよね。超能力関係の小説や資料を読んだりして自分にもそんな「力」があったらいいなあって憧れが日々強まっていくのを覚えました。ひょんなことがきっかけで私の隠れていた能力が引き出されてしまったんです。うちでイスに座り机に向かって勉強していた時、机から鉛筆が落ちるのを見たんです。それはスローモーションビデオを見ているようでもありました。その鉛筆が落ちる瞬間、私は落ちていこうとした鉛筆に知らずうちに念力をかけてしまったようだったんですね。世にも不思議な光景でした。鉛筆は床に落ちず宙に浮いて止まっていたのです。まるで時間が止まってしまったような世界がストップしたようなそんな感覚でした。私は信じられませんでした、ホントにこんなことがあっていいんでしょうか? しばらく私は茫然自失に陥り、一週間程ふだんの生活もままならない状態でした。そんんことがあって私は何度か試してみたんですか、うまくいきませんでした。あきらめかけましたが懲りずに繰り返しました。何度もやってみるのですが、途中で落ちる速度が遅くなって止まるのかと思うのですが止まることはありませんでした。もう二度とできないような気がしたんですが意外と根気がある私には訓練次第では必ず可能、夢はかなうものであることを信じ、できるまであきらめずに特訓を積むことにしたのです。その甲斐あってかついに奇跡的に「鉛筆宙止め」が思いのままにできるようになったというわけなんです。このことは今初めてお話しました」 式富にんは、知的な感じのする薄い唇のあいだからわずかにのぞく白い歯が印象的である。今まで秘密にしていたことを山郷と旋に明かしどことなく開放感に浸っているようでもある。 「さすがに式湘君は根性があります」 山郷が感心したように微笑んだ。 「時山さんの話では鏡を使って暴漢を撃退したそうじゃないですか。暴漢に対して直接、念力を使わなかったのはなぜなんです? 知りたいですね」 式富にんが念力の使い手であることがよくわかったが、信じがたい様子で旋は尋ねた。 「そうですね。直接念力を使うのは露骨かなって感じたんです。それに体力的にも精神的にもエネルギーの消耗が激しくどっと疲れが出るのです。それで道具などを仲介して応用することはできないものかと思いついたというわけです。そこでいつも持ち歩いている手鏡はどうかなと考え試したところ、運良く成功しました。これだなと素直に喜びました。べつに鏡は特別なものでもなんでもありません。どこにでもある普通の鏡ですし手馴れたものならそれにこしたことはないわけで、なにより自分の体の一部と思うことが秘訣かもしれませんね」 「なるほどね。そんなことができるなんて……」 「でも、私の力はまだまだ未熟なんです。人間相手では確かに通用するかもしれませんが、この前、妖魔の下っ端らしきものに、痛い目にあわされたんですよ。その時は司令官が現れ助けていただいたのですが、そんなひ弱な私がこんなだいそれた組織の一員になれるとは未だ信じられませんし、これからも務まるのか不安なんです」 式富にんは、自信なげに戸惑いの表情を見せた。その反面、この少女がいかにしたたかな少女であるかは、この時点では旋は知る由もなかった。 「式富君の場合は稀にみる早熟の天才といったところでしょう。確かに今は若葉マークでもあるし、ベテランのわれわれが手助けすることもあるでしょうし、なにより経験を積むしかないでしょう。期待しています。玄陣旋君も彼女に負けないように頑張ってください。それからトレーニングの件ですが、明日、自宅に覚醒トレーニングである「仙能力覚醒法」が文書で届くでしょう。とにかくそれを良く読んで実行してください。一ヶ月もすればそれなりの成果が顕れると思います。それじゃあ、皆さんー。今日はこれにて解散ということにしましょう。また何かあれば私から連絡しますので、おふたりともきょうはわざわざご苦労様」 統警の参謀・山郷一誠は解散を告げた。

 

8.喚醒トレーニング

 玄陣旋と式富にんは事務所をいっしよに出てコンビニの前でお互い軽くことばを交わし別れた。もう6時になろうとしていた。外は灰色の雲がおおってきている。旋は自転車にまたがり急いで家路についた。少女は旋が来た方向とは反対から来たのだろうか。旋とは正反対の方角に向かって歩いていった。 旋が自宅についたのは、夜の7時ごろである。玄関近くに着き自転車を降り、ふと上を見上げると夜空に満月が照り映えていた。そして、ビロードのような漆黒の天空にちりばめられた無数の星星は信じられないような高貴な煌きを発して音楽が聴こえてくるようであった。 ―― 俺は、おそらく上に遠くで美しく輝いている地球からここまでやってきたというのか……。 無限の天空を眺め、旋は感傷的になった。家に入ると食事は後回しに風呂につかり硬直した精神をほごさなければならなかった。自分でも思っている以上に緊張していたことがわかる。どっと疲れが押し寄せてきているのだ。この先、何が待っているというのかー。 夕食を終えると旋はベッドに横たわり、再び思いをめぐらした。 ――式富にん、会ってみたかった少女。彼女はみかけよりもずっと大人であった。自分とは「格」が違うような気がしてならない。精神レベルにおいてははっきりわかるのである。山郷さんに、この俺に「力」は彼女以上のものを持っているとおだてられたが、はたして本当にそうだろうか? 彼女に対するコンプレックスのようなものが俺に取り付いてしまっているというほかはない。明らかに自分にとって式富にんはとてつもないライバルなのだ。 そう思うと旋は汗ばんできた。 ――「宇宙崇魔団」―大魔王ゴッタン・マシューンダル―相手は幽体の悪魔なのか……。クッククククククー。 旋は可笑しくなってきた。まじめに考えれば考えるほど正気の沙汰じゃない。いったい何が待ち受けているというのだろうか。旋はいくら彼らの話を聞いたところで統警の一員となった自覚などあるわけがなく、その使命感すらない。今となっては後の祭りだが、やるといった以上は引くに引けなくなってしまった。とりあえず明日届くという文書を待って、これからの成り行きに任せる以外に方法はないと悟った。いまさらながら覚悟が決まったのか、急にどっと疲れが溢れ出しそのまま深い眠りに吸い込まれていった。 翌日、確かに郵便で「文書」が旋のもとに届いた。じつに軽い。封書にA4サイズの紙が一枚入っているだけであった。絵なのか図なのか、直線と曲線が何本か組み合わさって「符」のようになっている。その下に小さく解説が書かれてある。その要旨はこの「符」を脳裏に焼きつけ正座して観想するのが主なトレーニングのことのようであった。紙に「符紋観想行(ふもんかんそうぎょう)」とある。 ――なんだ、こんなのでいいのか……。俺はとんでもなくハードな肉体運動かと思ったぜ。 それは一日15分、一ヶ月休まずに続けなければならないものであった。 ふと、カレンダーに目を向けると明日で夏休みが終わりだということに気がついた。あさってから、いよいよ高校に行かなければならない。とうとう懼れていた宇球世界の学校生活が始まるのである。旋はこの日が来ることを覚悟はしていたが旋には時間を止める力などないのである。ついに夏休みが終わったかと思うと、どっと疲れが襲ってきた。「仙能」どころではないではないかー。あっというまに夜がきて旋は深い眠りに陥った。二度と目が覚めなければ良いと思いつつー。 ついに難関の日がやってきた。来るなといってもひとりでにやってくるのだから始末が悪い。通学の朝、なにげなく家を出るとあっというまに高校に着いていた。あの地球にいた頃の見慣れた光景ではある。校門の校名は栄龍ではなく聖龍高校となっている。教室はあの教室と全く同じである。クラスメートの顔ぶれもおなじで違和感はない。ただ、予想通り名前が違っていた。旋はとりあえずクラスメートの名前を覚えるために名簿を手に入れることにした。それに教師の名簿も必要であった。簡単に入手できひとまず胸をなでおろした。それを必死になって暗記することに努めた。これさえ覚えればたいしたことはない。勉強の方は、夏休み期間に教科書を徹底的に読み込んで、今や宇球世界の知識構造は把握しつつあったので徐々に不安材料が少なくなってきていた。その甲斐あって、旋は地球世界にいた頃のように自然にふるまうことができていた。違うところは適当にはぐらかす、けっこう役者の素質があるのかもしれない。そのせいかクラスメートたちには変に思われてはいないようであった。一週間ぐらいでかなり学校生活に慣れ親しんでしまい、今後の高校生活に自信を持つことができている。一気に旋は息を吹き返したかのように、全身に活気がみなぎるのを覚え、なんでもやってやるの気概が芽生えていた。 ―― よし、これで俺は宇球人だ。よっしゃー! 古密綸人が玄陣旋に生まれ変わるに至ったのであった。

 

9. 夢の巫女

 学校生活のメドがついたからには、旋はこころおぎなく例のトレーニングに取り組むことができた。不安が解消されたその反動作用が大きいのか、次なる目標、「仙能者」として目覚めるべく、その集中力は爆発的なものを思わせた。もはや旋にはなんでもなんとかなるものだということが、自信として身についたかのようであった。 さて、旋はその指示書通りに毎日欠かさずやった。2、3週間たっても特に精神的にも肉体的にもなんの兆候らしいものは現れなかった。トレーニングが終わってから成果が出るのであろうか。 ところが、一ヶ月が迫った3日前であったろうか、旋は「夢告」を受けたのである。夢に現れたのは上は白、下は赤の巫女であった。巫女は、 「神奈川の某神社の裏山に丸い石がある。あなたが行けばその石は光るのですぐわかる。その石を家に持ってくるように」 夢の中ではあったが、巫女の言ったことは目が覚めても忘れず、しかと記憶していた。 ―― 光る丸い石か……、その石がどうも鍵になりそうだな。もしかして、あの少女の鏡のような感じで武器として使えるものなのかもしれない。石の使い手ということなのか? そして その石で俺の力が開放されるのだ。 きっとそんなもんだろう。 旋は武者震いした。ついにこの日が来たというのか、クッククク、「仙能者」としての俺が誕生する時がー。だが、これは心から喜んでいいものなのか? おそらくその先には凄まじい戦いが待っているに違いないのである。仙能力が強ければ強いほど、魔物をひきつけ、呼び込んでしまうに違いない。まさに命がけの戦いに巻き込まれつつある自分自身を旋は思いやった。

夢告で告げられた某神社の場所は意外と容易に確認することができた。巫女ははっきりとその神社の名前を教えてくれたのである。神奈川にある某神社は旋の自宅からはかなり遠い距離にあるため電車で行かなければならない。とにかく告げられた通り行ってみるしかなかった。 9月の中旬の日曜日、朝はやく自宅を出、一目散に神社を目指した。旋の頭の中にはその神社のことしかない。そしてなんとか旋は昼を過ぎた3時頃目的の神社に辿り着くことができたのであった。巫女の言った神社は厳然と存在していた。無論、地図にあることを確かめたが、じっさいこの眼で確認するまでは信じるわけにはいかなかった。地図を自分の目が錯覚したのかもしれなかったからである。 うっそうと生いしげった杉の木に囲まれて、あたりは静寂につつまれている。人はひとりも見当たらない。300段以上もあるらしい石段を上らねばならず、体力を使わされる。社殿につくとすぐさま裏山に向かい、光る石の探索を開始した。どこを探せばいいのか皆目見当がつかない。あたりは木木がそびえたち日光をさえぎって雑草が生い茂り、石が光ってもわかるほどの暗さはないような感じがした。旋はザワザワと草叢をかきわけおそるおそる踏みしめて歩いた。 俺が近づけば光る石である。なにか光らしいものに気をくばっていくしかない。だいぶ歩き回り2時間は費やしたかもしれない。徐々にあたりが薄暗くなっているのが実感できた。カラスの鳴き声がする。不気味さが襲ってくる。 ―― このぶんだと、今日は家には帰れないかもしれないな。せっかくここまで来たんだ、見つけ出さずに帰ってもしようがないしな ……。 覚悟を決め旋は血眼になって石を捜し求めた。

「オーイ、オーイ」 ―― むっ、誰だ! 誰かいるのか。声がしたと思ったがー。いまのは気のせいなのか。こんなところに人がいるのか?  旋は自分の耳を疑った。するとまた、 「オーイ、オーイ」 と、誰かが呼ぶ声がする。まちがいない。声を聴いたのは確かであった。 「誰だ!」 思い切って、大声を出してみた。 「そなた、何か、探しておられるようだな」 声の主はすぐそばに来ていた。さっきまで遠くに聴こえていたものがー。声がした方向、うしろを振り向くと見たこともないような鳥―、鳥が木の枝にとまっているのがわかった。その鳥は表情があるように旋を興味深げに眺めている。鳥と旋の距離は5メートルもないだろう。 「今、しゃべったのはおまえか? どう見ても鳥にしか見えないが、おまえが口をきいたというのか?」 鳥が「自分の意思」で人間のことばを話すなど考えにくいことである。だとしたら鳥ではないだろう。妖怪かなんかに違いない。 「いかにも、さようでござる― 、むっ?」 その鳥の声は、人間なら10代男子のものであった。だが、若々しい声とはうらはらに老成した口調なのである。 「ホッホホー、そなたにはボクの姿が見えるのか。そなた、只者ではないな。ボクの姿は人間の肉眼では捉えられないのだ。そのボクが見えるとはたいしたもの、誉めてやるよ。パパパー。ところで、そなたはここで何をしている。探し物か?」 鳥は鳩ぐらいの大きさでその嘴は金色に輝いている。それがどことなく品格があるのである。体全体は桃色といっもよい。その鳥の目は愛嬌があるが、随分派手な鳥であることが旋には認識できた。 「うむ、察しがいいな、鳥さん。実はな俺は夢の中で巫女さんにこの神社の裏に光る石があるから持って来いといわれたのだ。素直な俺はそのいいつけに従い、こうして血眼に石を探し回っているということなのさ。わかったかい」 「パッパパパー」 鳥が面白い笑い方をした。 「やはりそうであったか。ボクはその光る石を見つけたよ。と同時にそなたがいることにも気がついたのじゃ。この辺にはいくら探してもない。ここから20メートルほど離れた処にある。ボクが案内いたそう」 鳥はそう言うと飛んでチョコンと旋の左肩にのった。馴れ馴れしく肩にのった鳥の重量を感じなかったのが不思議であった。まるで縫いぐるみのようである。むしろ軽い感じさえした。なにしろ鳥が石を見つけしかも案内までしてくれるというのだから、ありがたい話である。いままでの苦労が実ったようで心も晴れ晴れとしてきたのはいうまでもないだろう。 旋は鳥の案内のままに歩き始めた。 ―― 夢の巫女さんはこの鳥のことは確か言ってなかったよな。言い忘れたのだろうか? 「鳥さんよ、あんた、さっき、あんたの姿は人間には見えないと言ってたよね。俺、一応人間なんだけど……」 「ボクにもそなたはどこにでもいる人間にしか見えないけどね。人間は、ボクの声ぐらいは錯覚的に耳にすることができるが、ボクのこの高貴な姿までは目にすることはできないはずなんだ。実は、ここだけの話なんだが、ボクの正体は「超霊鳥(ちょうれいちょう)といって天界にしかいない鳥なんだ。その天界にしかいない鳥がなぜこの人間界にいるのかは、秘密。言うわけにはいかんのじゃ。ボクにしてみれば今日やっと話ができる者が現れたという感じで、今最高に嬉しいんだ。これから仲良くしようじゃん!」 鳥は意外と現代日本社会になじんでいる様子が窺えた。なにが仲良くしようじゃん、だ。神出鬼没で広く見聞しているのかもしれない。ユニークきわまりない、悪気のある鳥ではないように思われた。 「ほんとかよ。まっ、人のことばを話すぐらいだからそう思えないこともないな。こんなのが世の中にいるのかと思うと妙な気分だ。それで鳥さん、名前はあるのかい? 俺の名前は玄陣旋だ」 「名前はあるが、そなたに明かすことはできない。何分、天界の鳥だからな。そなたが気に入った名前をつけてくれれば良い。そなたが呼びやすい名前でいいだろう。それでまにあうじゃろうて、パッパ゛パパー」 さすがに天界の鳥とあって秘密めいた鳥であった。 「ふ~ん、そういうことか……。じゃ、なんという名前にしようかな……、体が桃色で天の鳥だから「モモテン」でいいだろう。これで決まりだな、どうだモモテン、不服はないだろ?」 旋は即席にしてはいい名前が思いついたものだと我ながら感心した。場当たり的に適当であることは否めないが。 「モモテン? まっ、いいじゃろ。そなたは旋君といったな。ではこれからはお互いの名で呼びあおうぞよ。パッパパパー」

モモテンと旋。ベストパートナーが誕生したかのようである。旋の足取りは重い。20メートルがこれほど遠いとは初めての体験である。日はすでに落ち、あたりは真っ暗になり、持ってきた懐中電灯の灯りだけが頼りとなっている。目的の場所はもうすぐだとモモテンが指摘した。すると、 「旋、あれだ! 見えるだろ。あそこに光っているものがー」 モモテンが光を感知したようだ。天界の鳥なのだから目はいいだろう。旋もモモテンが言った方向を眼を凝らして集中すると、確かに微かだが何かが光っているような感じである。急いでそれに近づくとそれが目的物であることが確信できた。笹の下に白光色を放つ丸い石があった。直径10センチぐらいであろうか、触れば火傷するのではないかと思うくらい石は熱を帯びているようである。そして、だんだんと石は輝きを増してかなり周囲を明るく照らし始めた。 「こ、これか!」 旋は歓喜の声をあげた。はたしてこれに素手で触ってもだいじょうぶなのだろうか。すると旋の思惑を察したのか、丸い石が徐々に光を弱めていき、ついにはひかりを失せてしまっていた。いつのまにか懐中電灯の明かりが主役に返り咲いている。旋は丸い石を大事に両手で抱え上げ、リュックサックに丁重に収めいれて持ち帰ることにしたのはいうまでもない。夢に出てきた巫女はウソをついてはいなかった。ひとまず安堵した。巫女を信じて正解だった。 「モモテン、サンキュー。モモテンが現れなかったら今頃どうなっていただろうな。なんと感謝したら良いのやらー」 巫女はこの鳥、モモヤンのことは言っていなかった。石よりもこのモモテンの方がよっぽど奇特ではないかー。旋は、光る石よりもモモテンという役に立つパートナーを得たのが何よりも素晴らしい運命を感じたともいえる。 懐中電灯で腕時計を照らすともう10時になっているではないか。神社の社殿で夜を明かす以外に手立てはないようだ。こくな草むらに寝転がっていたら蛇などに害されるであろう。旋は石がリュックの底を破って落っこちないよう、子どもでもおんぶするように後ろに腕を回しリュクを支えながら慎重に歩を進めた。 なんとか迷わずに神社に着いたときには、ぐったり疲労困憊、そのまま旋は眠りに落ちていった。夢を見ることもなく、目が覚めた。あっといまに朝が来ている。野鳥の鳴き声に起こされたのである。そばのリュックにはきのう苦労して手に入れた丸い石が消えることなく厳然として存在している。リュックを開け覘いてみると、石は光ることはないがそれは美しい光沢の、磨かれた青い石であった。きのうは暗いせいか、黒っぽい石にしか見えなかったが、今初めてその全容を知ったという感じである。旋にしてみれば、とにかく巫女の言った石を見つけたということでなんともいえぬ達成感に心を充たしているのである。自然に笑みがこぼれて爽快であった。 あとは、これから無事に言えまで持ち帰ることしか念頭にない。ここまでくれば、暴漢かなにか怪しい者に襲われない限り、大丈夫だろう。旋の顔に生気がみなぎった。 ―― あれ! あの鳥―、モモテンがいない。そういえば石を背にして戻ってくる時、モモテンと話をした覚えがないな。とにかく俺はこの石を得た満足感でモモテンのことはすっかり忘れていたからな。俺に黙って消えちまったっていうのかよ。 「オーイ、モモテン!」「モモテーン!」 きのう、オーイとモモテンに呼ばれた旋が、きょうは逆にオーイとモモテンを呼んでいる。皮肉であった。だが、モモテンからの応答はなかった。 ―― 礼儀をわきまえんやっちゃなあ。ひとこと言ってくれよ。モモテンは俺のベストパートナーとなりうると、期待していたのだが……。もう終わりなのかー。 旋は未練がある様子である。あんな珍しい鳥はめったにおめにかかれないだろう。貴重な体験ではあった。今日は月曜日、学校は午前中は休みを届けなければなるまい。もしやのことは考えていたが目的は達成したのだからなんのことはなかった。 朝陽が勢いを増してきて、蝉がやかましくなきたてて旋は帰路を急がされた。今は石を見つけ、石のある場所を教えてくれたモモテンにとりあえず感謝しつつ、運命の神社をあとにした。

自宅まであと100メートル近くのところであったろうか、旋は歩みを止められた。 「旋、もうすぐだね」 その声はモモテンであった。右手を伸ばせば届くようなところをパタパタ飛んでいる。 ―― こいつ、出やがったな! モモテンを良く見ると体型は鳩だが、特徴的な眼はきわめて愛嬌があり、マンガのキャラクターと遜色ない。 「モモテン、俺について来たのかよ。モモテン、もう二度と会うことはないと思っていたぞ!」 「ボクは神出鬼没なんだ。ボクの姿が見える旋は特殊な人間のようだからね。ほおっておくわけにはいかんじゃろ。旋はいい友達になれそうだなと思っているのじゃ。パッパパパー」 モモテンと旋はお互い再会を喜んだ。 「ボクはあの神社に住み着いておるんじゃがー、まっ、かれこれ2年になるかな、自分の意思でそこから移動引越しすることはできんのじゃよ。旋といつもいっしょというわけにはいかんということじゃ」 「いつもいっしょじゃこまるよ。俺にもプライバシーってものがある。風呂とかトイレについてこられてもこまるぜ。俺の都合の良い時に現れてくれればそれにこしたことはないよ。気を遣ってくれよ、なあモモテン!」 「ハイ、ハイ。旋のケツの穴見たってしょうがないじゃろ、パッパパー」 家に着いたのは朝の9時前である。家族は仕事学校で誰もいない。きのう、友達の家に泊まるから心配するなとは伝言しておいたから、そのまま友達の家から学校に行ったと思っているはずである。自分の部屋に入るとさっそくリュックから石を取り出し、机の上には前もって石を固定する台を用意してあったので、その台に石をそっと恭しく置いた。青く光沢のある石は普段は光を発しないとみえる。が、その鮮やかな光沢についみとれてしまうようでもある。とりあえず旋は石に向かって拝礼することにした。モモテンも付き合って拝んでいる。 ―― はて? この石をこれからどう扱えばいいというのか? このまま置いておくだけでいいのだろうか? 巫女にはただ石を持って来いとだけ言われただけで、それからのことは聞いてなかった。困惑する以外にない。 「旋、この石をなんのために探していたんじゃ。この石はなんなのじゃ?」 モモテンが尋ねてきた。 「これか……、実はなー」 事の顛末をモモテンに旋ははなしてきかせた。自分が「仙能者」で、「統霊警察機構」という組織にスカウトされたことなど一気にまくしたてた。 「なるほど、なるほど、そういう事情であったか。そうなると、旋が思っている通りこの石は旋の力を引き出すためのものかもしれん。この石は明らかに「霊石」というべき尊く、粗末に扱ってはならん。 この石の霊力が旋の潜在能力に火をつけるという意味だろう。試しに両手で触ってなじませてみたらどうじゃ、旋」 旋はモモテンの言うとおりに石を手にし感触を覚えることにした。気のせいだろうか、石の霊気が伝わってきているのか、身体がやわらかいあたたかさに包まれてしまっているような感覚に陥った。しばらくこんな感じで続けてみることにした。一日2、3分もやればいいかもしれない。モモテンはまた一言もなく旋の前からいなくなっていた。


丙の巻

10.教主ヌタン

 

 そこは、宇球世界の東京・小笠原諸島をさらに南下した中平洋(ちゅうへいよう)海底の内部であった。地上世界となんら変わりないとでも言おうか、地中なのになんと空があり、太陽も輝いている。だが、地上世界と決定的に違うところは太陽の居場所はすぐなくなり、あっといまに闇の世界が訪れてしまうということである。昼は夜の1/8ほどの時間的長さなのである。この空と太陽は地上に見るものとは異質のものである。広い空の向こうには何があるというのだろうか。信じがたい不可思議な空間が厳然と存在しているのである。だが、地上世界と違うところは、人間が生活しているような住居、集落、はなく、ただ漠然たる荒野、平原、砂漠、湖沼、密林があるだけの、地球の原初の姿でもないどこか人工的な匂いのする自然世界のようの見えるのであった。生き物はいるのか、ここには何が棲息しているのか、冒険心をそそられる異世界というには甘いといわねばならないであろう。なぜならここは何人もよせつけない「魔の要塞」と呼ぶべきところだからである。  秘境アマゾンの奥地よりも深いような密林地帯の一空間に現代の宇球世界にも見当たらないような未来的建造物が悠然と構えていた。まるでUFOがいくつも重なりあってそれなりの造形美をかもし出したつもりのようでもあるが、美しい、という表現はあてはまらない。奇態であるというほかはなかった。見たところ六階建てのビルの高さぐらいで、横は50メートルほどあるようである。入り口らしいものは見当たらない。おそらく中から操作するのであろう。あるいは訪れる者は下からではなく屋上から出入りするのかもしれない。周囲の樹木は地上には存在しないような見るからに毒々しさを有し、高く伸び建造物を覆い隠す役目を担っているのがわかる。建造物は暗黒の森と同化していた。  この奇怪な建物の中には誰が、何者がいるというのであろうか。その一室に人間の形らしきものが二体、空間を妖気で充たしていた。室内は壁はプラチナで塗り固められ、照明は月明かりほどで薄暗い。広さは和室にすれば12畳、1メートルほどの高さのステージが部屋の1/3を占め階が6段ついている。そこにすえつけられている椅子に実に奇妙な、その表情は空疎でしかも無気味な「仮面」らしきものをつけた黒衣の者が座していた。下には面妖で粗暴な男がひざま付いて主の命を受けようとしている様子である。「仮面」が音声を放った。  「ワシンザ! 陽本帝国が、中平洋戦争の戦勝記念とやらで、同盟国を招き盛大に式典を催したというではないか。やつらの狙いはなんだ。わがヌメリカを陵辱し、結束を強めようというのか。あの屈辱を世界的に掘り返しヌメリカを封じ込めようというのだろう」仮面の濁声でワシンザと呼ばれた男が長い顔をゆがませ声を発した。 「そのようでございます、ヌタン様。わがヌメリカとしても黙っているわけではありませぬ。捲土重来、再びやつらとの戦いに備え軍事力は着実に強化してまいりましたが、防衛能力程度で外的攻撃力はほとんどありませぬ。いかんせん、ヌメリカは実質的に陽本国・華国の監視下におかれているわけでありまして―、マスコミ・マスメディアによって縛り上げられている状態でありまして、なかなか思うようにいかないのが現状であります。しかも優秀な人材は両国に流出してしまう有様では将来の発展は期待できないというものでしょう。やつらの「骨抜き戦略」は敵ながら見事としかありませぬ。さぞかしヌタン様もはがゆい思いをされているかと思うとこのワシンザなにがなんでも打開の道を見出すべく日夜死に物狂いになっているのでありまして、お察しいただきとう存じます」  おぞましいばかりの執念のこもった暗い眼が浮き立っている。機械のような無機的な声が空間に流れた。髪は赤く長く、白く長い容貌、ねずみ色のシャツ、スーツ、橙色のネクタイのこの者は暗黒教団「宇宙崇魔団」ヌメリカ本部長・ワシンザである。ワシンザはさらにことばを続けた。 「こちらの連合軍、ハゲレスとホランスもヌメリカ同様、経済的にはよい事この上なく、国民の生活水準も飛躍的に上がり、そのせいか現状に満足な者が多く、陽本国に対してのかつての怨讐もなきに等しい世の中になっております。戦争に負けたことなどすっかり忘れ去られてしまっているのです。なんと戦争したことも知らない者も多いのです。そして最悪なことにルシアは陽本・華国にベッタリの協調政策をとっており、ヌメリカだけがいまだに敵愾心を燃やし続け臥薪嘗胆、雪辱のチャンスをうかがっているというのが本当のところであります。このままずるずると行くにはいかないでありましょう」  上目づかいに壇上のヌタンを睨みつけるようにワシンザは訴えた。 「わが救国教はその宣伝効果もあって、年々信者が増加の一途をたどっている。キリスト教信者を取り込むことに成功しているのだ。クックククク、われらの正体も知らずになー。いずれはがっぽりこっちに移してしまうのが目標だが、キリスト教にものたりない者たちは、この救国教の功徳に魅入られて矢継ぎ早に入信するのだ。それにヌメリカ民衆は確かに生活上は欲求不満に乏しいが、やはり陽本と華国に対しては潜在的に心から親しめるものではないのだ。だいたいヌメリカに戦後陽本人と 華国人が移住してきてデカイツラをしているのも少なくないからな。 それだけでもわが救国教に傾いてくれる要因になっている。この流れは誰も変えられはしないだろう。実情を知らないのか、陽本もまだ対策らしいことも考えていないようだ。われらにとっては付け入るスキだが、ただ、「時」が至っていない。再び陽本と華国と相まみえ、今度こそ宇球世界の覇権を奪取し、大魔王様の宿願をかなえなければならない。わが救国教をヌメリカのみならず世界に根付かせよ」  教主ヌタンの仮面が刹那的に狂気のひらめきを発した。凶暴な憤怒と殺気がワシンザに襲いかかかる。ワシンザは全身に無気味なぬめりを帯び、冷え切った双眼をぎらつかせてこたえた。

 宇宙崇魔団・救国教は世界人類50億人中、2億7千万人の信者を抱えているが、第二次世界大戦後の新興宗教ブームでその勢力を飛躍的に拡大しつつあった。戦前はほとんど世に知られない団体であった。陽本・華国との大戦でどうかかわったのかも謎であるが、影で糸をひいていたのはまちがいないとされているのである。すさまじい巻き返しを図ったのは容易に知られよう。宗団の財力は図抜けていて、政界・財界の指導層を取り込み、ヌメリカ社会においては強い影響力をいまだに維持している。敗戦国に貶められたヌメリカにかつての栄光を取り戻す時が来ることを信じて、今はただ時機を待つ身であった。  第二次世界大戦は、ヌメリカが陽本の北方領土を侵略したことが発端となった。無謀にも極東戦略の軍事基地の建設を目指したのである。しかもその周辺海域には膨大な石油資源が埋蔵していることを当の陽本より先に秘密裏に調査察知し、自国の石油不足と大不況ににっちもさっちもいかなくなってしまったヌメリカは、ついに北方領土を奪い取るという愚挙に出たのであった。もとよりヌメリカと陽本はハライ諸島の領土問題、貿易交渉などでイザコザが絶えず、いずれは両国は戦争になるであろうというのが、各国の見方であった。その予期された戦争がおきてしまったのだから、世界各国、他の国々を巻き込んでの戦争は避けてほしいと願いも届かず、世界大戦へと拡大してしまったのには後の祭りであった。  当時、軍事理力に優るヌメリカに対し、北方領土奪還を期す陽本は空海軍を総動員し、数ではヌメリカを上回り侵略者ヌメリカの基地にいまだかつてない凄まじいまでの爆撃を展開した。一方のヌメリカも高性能戦闘機で応戦、空中戦で爆撃を阻止しようとする。陽本の大型空母の50%にあたる36隻を、また軍艦60隻を海に沈め、戦闘機の60%にあたる740機を撃墜した。それに対し陽本はヌメリカ大型空母20隻のうち10隻、軍艦50隻のうち40隻を撃沈。空中戦でも敵戦闘機900機を落とした。北海道の半分が戦火にまみれたが、互いに譲らず一進一退の攻防が続いたのであった。  すると、ヌメリカと陽本の開戦に刺激されたのか、ハゲレスが華国の香港島に侵攻し、さらにはホランスが朝鮮半島に攻撃をしかけるという思いもよらぬ事態が生じた。これはヌメリカとハゲレス、ホランスの密約によるものであったことが後に判明する。この三国は連合軍として世界大戦の扉を開くことになるのである。陽本は以前よりハゲレスとホランスがヌメリカよりであることを察していた。隣国の華国と手を組めれば相手が三国でも十分戦えるとふんでいた。それに朝鮮国が加われば優位は動かないだろうという見通しを立てていた。朝鮮国に働きかける前にホランスが朝鮮にしかけたため、引き入れることができたのである。朝鮮国はあくまでも中立の立場をとっていたが、ホランスが攻めたために激怒し陽本につくことにしたのであった。これが大戦の明暗を分けたのであろうか、結果は連合軍の敗退となったのである。香港島に侵攻を受けた華国も強く憤慨し、その戦闘心に火がついた。ここに陽本と華国、朝鮮が同盟を結ぶことになり、世界大戦の激戦に誘われることとなる。大規模な戦争が展開され、朝鮮半島全体が戦火につつまれ、また華国も香港島から華国本土に飛び火していた。陽本は九州の1/3ほどがハゲレスとホランスに攻撃されたため、空海軍の増強をはかり、戦地拡大を食い止めるのに必死になった。北方領土はヌメリカに反撃を受け劣勢に立たされていたがなんとかもちこたえ、逆転の好機を狙いあきらめるわけにはいかない。連合軍と同盟軍の死闘激戦は3年に及んだ。そして粘りに粘りまくる陽本はついにヌメリカのスキをつき形勢逆転に持ち込み、ヌメリカを北方領土から追放寸前まで追い込む。追い込まれたヌメリカは、切り札「原爆」をG28爆撃機に搭載し、陽本本土に向かわせた。しかし、ヌメリカの希望を載せたG28は陽本国本土上空に到達することができなかったのである。なんと中平洋上空で何者かに撃墜されてしまったのである。G28を撃墜できるほどの科学技術力は陽本・華国・朝鮮同盟軍には持ち合わせていない。いったい何者の仕業だったのだろうか? それは戦後50年をすぎても解明されていないのである。  ヌメリカにとってその衝撃ダメージは立ち直れないほど大きかった。それに加え追い討ちをかけるようにヌメリカ本土を凄まじい天災が襲った。国土の半分が大地震、大洪水、ハリケーン等、大自然が猛威をふるい、その被害は言語を絶した。ヌメリカはとうとう戦意喪失し、撃墜された6日後、なすすべなく放棄降参することになる。国家一丸となった陽本帝国がヌメリカに勝った瞬間であった。  その頃、G28爆撃機が撃墜されたことを知らされた同盟軍兵士の士気は最高潮になり、朝鮮半島てはホランスがあっというまに劣勢に転じ、また華国でもエゲレス軍が壊滅状態に追い込まれた。勢いに乗った同盟軍はヌメリカ本土の西海岸を占領することに成功し、この時点で大戦の決着がついたよう思われた。戦況おもわしくないハゲレスとホランスはついに戦場から軍隊をひきあげ、ヌメリカ同様降伏を同盟軍に告げた。ここに激烈を極めた世界大戦は終止符を打たれることになったのであった。 戦後、敗戦国であるヌメリカ、ハゲレス、ホランス各国大統領には、陽本・華国・朝鮮の同盟軍の意向に副う者が就任することになる。反陽本帝国主義を唱える政治活動家も健在だが、同盟軍の情報機関の厳しい監視でヘタな行動はできないのである。陽本・華国は強力な管理体制を誇っていた。そのためか宗教団体組織を隠れ蓑として、ひそかに機を狙っている者も少なくない。たびたびテロが起きるのもそんな連中の仕業だと思われていた。  しかし、時おとずれ人類の破滅を企む宇宙崇魔団・救国教――悪魔教団が甦る時がきた。

 

11.霧條圧摩(むじょうあつま)

 

「今年も国立陽本大学(こくりつひっぽんだいがく)の合格発表の日がやってまいりました。毎年の恒例のリポートとなりますが、毎度のこと緊迫感がただよっております。あっ、丁度今、門が開いて待ち構えていた受験生がどっとなだれこんでいきました。合格者掲示板を真剣な表情で見入っている若者の姿はいつ見ても新鮮で、合格不合格の悲喜こもごものドラマがここにあるかと思うと感慨深いものがあるというものではないでしょうか」  テレビの30代とおぼしき女性リポーターが陽本国の最難関大学とされている国立陽本大学のキャンパスで興奮ぎみに伝えている。いつもの見慣れた光景である。春の陽射しを受けたキャンパスの木立の若葉がういういしい。 「今、合格とわかって、どんなお気持ちでしょうか?」 「いやぁー、やりましたよ。合格できるなんて信じられないです。これって、まちがいじゃないんですよね、やった、やった!」  詰襟姿の男子が喜びを満面に浮かべ今にも天にも昇るような気持ちだということがわかる。その一方で陰鬱そうな眼が宙の一点を見据え、思いつめたような気配がこもった受験生も見受けられた。「試験」はたとえペーパー試験であろうが、人生の行く手にたちはだかる壁であり、誰もが乗り越えていかなければならない試練というべきものであった。  番組は大学進学特集で春に中継したものを再編成して流していた。今は高校も夏休みの8月である。 「おまえはこの天蒼大学の法学部をめざしているそうだな。別に大学などどこでもいいぞ、圧摩(あつま)。私の後継者である以上、私の会社を心配すればそれで十分だ」  落ち窪んだ眼が頑固で偏屈そうな男の表情には粗野な波動があった。父親の霧條秀郎(むじょうひでろう)は新参の某家電メーカーの創業者現社長で、今では国内第6位の売り上げがあるまでに成長させた。その経営手腕は強引、ワンマンで社員には恐れられていた。秀郎は二流大学出身の技術屋である。若い頃は斬新なアイデアとあふれる情熱で他を圧倒し、眠る時間も惜しんで仕事に励んだ。生家が貧しく、大学も仕送りなしに自力で卒業し、目標は当時より財産を築くことに定められていたのである。秀郎の執念と願望は実ったという現実があった。まだ54歳である。 「まっ、お父さんたら―。欲のないことを言うわね。圧摩は高校では、常に1番を争っているし、その気になれば医学部だって入れる実力はあるのよ。全国模試は最近はベスト10なんですからね。国立陽本大学は当然ですわ。もしかしてお父さん、落ちるかと思って心配なのかしら?」  知的の感じのする顔立ちの母親の亜希子(あきこ)は一流私立大学の西京大学(さいきょうだいがく)の出身で、大学のこととなると、秀郎の学歴に対し優越感がないとはいえなかったが、けっして秀郎の人格までは及ばなかった。実際、秀郎を陰で支えてきた賢夫人で夫婦仲も良いのである。 「心配すんなよ、父さん。会社のことは僕にまかせてくれよ。僕は一人っ子だし後を継ぐに決まってるだろ。大学在学中にでも社長になってやってもいいんだぜ。まっ、いつだってその準備はできていると思ってくれていいよ。まさか、父さん、愛人でもいて僕のほかに子どもがいるんじゃないだろうな?」 秀麗といってもよい顔立ちだが、両眼に活気が満ち、どこか白人混血を思わせるような雰囲気がある圧摩が秀郎に疑惑の光を差し向けた。圧摩は父親にも母親にも似ていなかった。 「何を言っているんだ圧摩。私が母さんを裏切るようなことをするとでも思っているのか。冗談でもそんなくだらぬことを口にするな」 ふだんのストレスもあってか秀郎は語気を強めて言った。 「まあ、お父さんたら、そうムキにならなくとも―、ホッホホホホ」 「それもそうだな、圧摩に一本やられたようだな、アッハハハハハ」  秀郎は、バツが悪そうにしてソファから立ち上がり、リビングから自分の部屋に入っていった。   霧條圧摩は都下の進学名門校・星輪高校(せいりん高校)2年生である。星輪高校は、ここ数年、国立陽本大学合格者数で京宿高校(けいしゅくこうこう)とトップ争いを続けているが、10前まではベスト10は入るかは入らないかのレベルだった。100年の伝統を誇る京宿高校に対し、星輪は今年でちょうど創立50周年の節目の年を迎えていた。 圧摩は、親の前では、ごくふつうに素直な良い子を演じる少年であった。だが、圧摩には親の知らないもうひとつの恐るべき顔があった。身長は179あるが、痩せ型で、繊細な目鼻立ちが、くっきりとした線を形づくっている。ふだんの圧摩は全体的に柔らかい印象である。この美少年が、誰も想像もつかない全く別人格に変貌するのは、まさに悪魔の仕業、化身でなくして説明がつかないであろう。 「今日は文坂のマンションに泊まるから、晩御飯はいらないよ」 自宅を出たのは午後3時過ぎである。 自宅はマンションのある文坂区の隣の山足区にある。圧摩は高校には徒歩で通えるよう、親にマンションを頼んだのである。高校までは自宅からでも地下鉄やバスを使えばたいして時間はかからない距離なのだが、あえてマンションを借りて通いたいという圧摩の意向が強く働き、親も特に反対するわけでもなくあっさり許可をもらうことができた。条件として、最低3日は自宅にもどって、自宅から通うことであった。マンションは自転車で40分ぐらいである。圧摩は自分用の自転車に乗り向かった。 10階建ての賃貸マンションの6階の2LDKまで脚を進める。ドアは鍵はかかっていない。リビングに入る。リビングは、20畳、オレンジ色のソファが3、ブライドに降りた窓際にスチール製のデスクと重厚なイスがある。それに向かう少年の全身に瘴気がたちこめ、陰惨で獰猛な眼つきに変わり、悪意と威嚇に満ちた暗灰色の静寂が部屋を充たした。 「閣下、皆の者には集合は午後7時と告げました」 ソファから立ち上がり、ダークグレーのTシャツと紺色のズボンの兇暴な眼光をたたえた筋骨たくましい男が圧摩に一瞥して恭しく云った。 「それでいい」  危険な笑いを口許にひらめかせて、圧摩は頷いた。その眼つき、眼光は鋭く爬虫類のような薄気味悪い顔が浮き出てきた。年齢に似合わないしわがれた声がさらに迫力を増す。  閣下、と呼んだ男は「圧摩会四家陣(あつまかいしかじん)」のひとり、鷲村将冶(わしむらしょうじ)である。がっちりした体格で髪は短く切り、粗野な表情に陰惨さを加えて、いかにも近づく者は張り飛ばされそうな雰囲気だ。こう見えてもまだ高校2年、私立橋石(はしいし)体育大学付属高校である。  実は、「圧摩会四家陣」の四人はいずれも高校2年で、同い年ではあるが、圧摩に対しては絶対服従する手下の身分でしかない。高校は違うため、日常においては接する機会もないが、圧摩の前では、完璧な上下関係が成り立ってしまうのであった。  いったいなぜ霧條圧摩は絶対的支配者として君臨できているのだろうか? それは圧摩自身の「闇の力」によるものであることはいうまでもない。圧摩の闇の力は中学生の時に目覚めた。自身に与えられた能力を悟った圧摩は、「神」になった心地であった。 ―― マインドコントロール。対人操作能力を活用することを覚えた圧摩は、人々を自分の思うように動かしていった。学校の教師も圧摩に反感を持つ者はいなくなり、周りには、逆らう輩などありえない環境を作り上げていた。  もとより圧摩は、頭脳優秀成績抜群ですでに一目置かれる存在ではあったが、その反面敵も多く何かと陰口をたたかれるところがあった。他者に対して自分からは悪口など言わないし、控えめで穏やかな自分がなぜこうも疎まれるのかわからなかった。成績が良いだけでこうなのか、女の子に人気があるからなのか、そうだとすれば連中が卑屈な人種に思え、相手にする価値もないと自分にいいきかせたものである。  目覚めた能力は、人を支配した。  そのマインドコントロールの力と同時に肉体的戦闘能力も開花した。突然変異的に肉体が、 鋼鉄の肉体と化し、弾丸を跳ね返してしまうようなロボット人間といってもよかった。  街で圧摩は、試しにケンカを売ってみた。相手は獰猛な眼つきをしたヤクザ4人で、少年ひとりには絶対的に不利のはずだったのだが、圧摩はいとも簡単に4人を瞬時に倒していた。その場に居合わせた通行人には何が起こったのかさえわからない、警官に通報させる余裕すらもたせなかった。どう見ても人間離れしていた。  さらに霧條圧摩の魔力は人材を引き寄せた。いつのまにか、幹部クラスの4人が固まり、それは偶然にも圧摩と同学年ではあったが、「圧摩会四家陣」と圧摩より命名され、4人は忠実な部下として野望達成の使命を負わされことになるのである。

 そして今夜、マンションには他に16人が来るが、この16人は他の高校の者で、また1年生、3年生もいる。今の段階で中学生、大学生は入っていない。これらを集めたのは、圧摩会四家陣だが、どれも精鋭の猛者どもで、四家陣ひとりに4人がその配下として従っている。さらにその4人に数は決まっていないが、手下がいるのである。総勢何百人になる組織を形成していた。

 

12.救世王(きゅうせいおう) 

 

 夜7時、外も暗くなりリビングの明るさがデスクの圧摩を浮き立たせる。すると、ドカドカと十数人部屋に入ってきた。圧摩四家陣の骨原筮(ほねはらぜい)、佐備島理一(さびじまりいち)、車雀遼(しゃじゃくりょう)が顔を見せ、圧摩会四家陣が揃う。ほか16人全員が集まった。女が2、3人いる。  四家陣がソファを占め、ほかの者は長いすに整然と無表情に並び座った。 「閣下、さっそくですが始めてもよろしいでしょうか? 」  髪は長めにして一見女性的に見えるが、薄い眉の下の細い顔が酷烈さをはらんでけんかいそうに底光りしている車雀が圧摩に訊ねる。 「いいだろ」  車雀がこの会議の進行役らしい。折りたたみイスをもってきて、圧摩のデスク隣に位置をしめ、皆の前で口を開いた。 「ついに我々が探し続けていた宗教団体が見つかった。教祖の名は剣本弦円(つるもとげんえん)、37歳、信者数は約1500人、本部は加奈山県(かなやまけん)だ」 ―― オッオオー! その時、場がどよめいた。探し当てたのは、車雀である。車雀は忍者の末裔で忍術を伝承している。諜報力は超能力そのものといってよく、加えて恐るべき情報網を築いていた。社会権力に携わる者たちにも深くくいこんでいて、裏工作には欠かせない存在であった。車雀遼は、共学の旺邦高校(おうほうこうこう)2年だ。 「とうとう来たかー、この日を待っていたぞ、でかしたぞ車雀」  削げた頬に陰湿な笑みをのぼらせ、骨原が車雀に視線を向ける。骨原筮は、仏教系の新興宗教団体の教祖を父親に持つ霊能者である。若くしてあらゆる妖術に精通し、自らもその術者である。不覚にも探していた福矢の宗教団体を見つけることができず、車雀に先をこされてしまい、いささかバツが悪いところがあった。有名私立大学・偕城大学(かいじょうだいがく)付属高校男子部2年である。  佐備島理一はハイテク頭脳で特にコンピューター、インターネットに強く、ハッカーをいともたやすくこなすことができる。ことこまかく情報収集に躍起になったが、佐備島もまた車雀に遅れをとってしまった。  鷲村将治は、その体格からして暴力専門家であり、空手、ボクシング、柔道に通じ、独自のケンカ殺法を編み出し、その配下の猛者どもは特殊部隊として警護にあたる役目を担っているのであった。鷲村も鷲村なりの人脈を駆使して探したが、及ばなかった。

「剣本弦円という者が救世王(きゅうせいおう)だと?」  佐備島が確かめようとする。 「いや、剣本が救世王と断定するのはまだ早い。世の中で、救世王とみなされている者が今のところ数名いる。自称救世王を含めてその真贋は我々にとって手こずるものがあったが、ようやくたどりついたといってもいいだろう。これは確かなてがかりであり、我々はその気になって行動することができるといえる。皆の者、安心しろ」  興奮のあまりか、車雀はかすれた声を押し出し、皆の者を奮い立たせる殺気をみなぎらせている。 「その剣本弦円について説明してくれ。オレは初めて聞く名だ。世間で高名な直形安静が救世王だとにらんでいたがね」  秀才顔をした佐備島理一が、細めた眼の奥から疑念の光を投げかけた。 「我々が信奉する預言書には、救世王は宗教団体を率いている者だとある。確かに直形は、名の知られた実力者ではあるが、一匹狼ゆえにはじめから本命視していない。そのうち信者を集め組織構成する可能性もなきにしもあらずだが、すでに歳は45で、預言書には30代で組織の頂点に君臨しているとされているのだ。直形の線はないと思ってくれ」  車雀が挑戦的な眼つきになり、薄く笑う。 「剣本弦円は表立った活動はしていないだけに、我々もその存在すら把握するのに手間取ってしまった。これからしてもいかに剣本が超絶的な霊覚者であるがうかがい知れようというもの。秘密結社といってもいいだろうが、オレはその信者のひとりに接触することに成功した。催眠術を使ってその者にはかせた。なんでも剣本の幹部たちは、剣本が発明開発したという、 「波動点現レーダー」という怪人物発見装置を操ることによって教団の純粋性を保っているということだ。つまり、本当に剣本弦円を信じる者しか入会できず、スパイとしてもぐりこむことは不可能だということだ。しかも退団も自由であるにかかわらず、退団者には「記憶消去装置」によって教団にいたこと、教団で知ったことが全く白紙にされてしまうので、決して外部に反分子がさまようことはないようになっている驚愕の組織体制が確立されているということがわかった」 「ほう、なるほどね。そんなのってあり? ほんとだとしたら近づけないよね。たとえ信者を生け捕りにしたところで、役にたつかどうか」  すました顔になり、佐備島が言った。 「ところで、軍資金の方はどうなっている、車雀よ」  圧摩の深いひびきのある低音には、凄みのある威圧がこもっていた。 「はっ、蜜全会から9億、妙台宗から7億ほど稼がせてもらいました。ありがたき幸せかと」  実は、圧摩会四家陣とその手下の者どもは、宗教団体、大企業を主に金のあるところからあらゆる手段をつかい、それらから金を盗みまくっているのである。いまだかつてばれてお縄になったことはない、というより捕まりそうになった時は無関係な他人を身代わりにすり替え、窃盗犯罪者としてしたてたこともある。圧摩会が世に知られることは、「死」よりも罪なことであった。  盗んだ金は、政治家やマスコミ、暴力団関係につぎこんでいる。いつのまにか霧條圧摩は、陽本の裏社会に強大な影響を及ぼすまでに力をつけつつあった。しかし、真に闇社会を支配している者が霧條圧摩も知らない世界に埋没していたのである。いずれ両者の闇の覇権争いが訪れるのは遠い日のことではないように思われた。 「浜泉(はまいずみ)労厚相に、2億円ほど渡しておきました。荷貝(にかい)経済産業相には1億円を―。今国会に成立する法案はあの直形安静の首を絞めるすばらしいものばかりであります。今、闇勢力にとっての目の上のタンコブ的存在である直形をつぶしておけば後が楽でありましょう。閣下、お楽しみあれ」  車雀の双眸は、何を考え何をしでかすかわからない狂気の眸であった。  浜泉労厚相は、車雀の親戚関係にある者で、政界の大物で黒幕的な力も誇示していた。内閣総理大臣にも一目置かれる存在であり、その影響力ははかりしれなかった。  車雀は、高校2年の圧摩の存在は隠し、裏社会の長老に依頼されたように装って浜泉を通して政界裏工作を謀った。フィクサーが高校生などとありえないことであり、またそ圧摩の怪物性を説明したところで理解できるとは考えにくかった。また、圧摩の存在を知らしめるのもなにかと不都合が生じると懸念したのである。 「直形はかつてより闇の勢力がマークしていた存在だ。暗黒教団のその家族、親戚に対する取り込み策戦はいまのところ功を奏しているようだ。妙沈会(みょうちんかい)は、直形の故祖母を入信させ(直形の実家は神道)、損価学会(そんかがっかい)は直形の母親(直形の母親の実家は曹洞宗)の弟夫婦を引き入れ、地域支部の幹部にあて、直形の「運」を吸い取ってきたのだからな。政治的にも直形は窮屈なことになろうよ、カッハハハハハ」  呪いがましい粗野で精力的な顔の骨原に陰惨さが加わった。 「そのうえ、エホヤ系陽本人が直形がまだ幼い頃、当時まだ十八、九であった叔母を家政婦として家に引き入れ、歳頃になったら嫁に出すという約束も反故にし、ずるずると雇い続け、ついには、その叔母は60歳にしては見掛けより老けた妖婆のようになり、お払い箱にされてしまい、行くところもなく結局実家の世話にならなければならなくなってしまったというのだが、その前に直形の母親が生家に居るため、同居するのも何かとスムーズにいかないのではないかと考え、うまく妖婆をひきとらせるために小城根家が、人脈を駆使し、母親を病院送りにし殺害したというのがまことしやかに世間の噂になっている。とにかく家庭的に悲惨だった。直形家にまとわりついた小城根(おぎね)一族は妖術師の家系だったらしく、身内の者が奇病にとり付かれた如く皮膚、骨が変わりはて妖怪のような姿と化して最期を遂げたことが語り継がれているという話だ」  骨原が直形の家庭の事情を説明した。   直形安静は神がかり的な稀有な人物と目され、その言動が世界を動かすと信じられていた。 ―― ことばは神なり  政治家にも信奉者が多く、現首相の西郷拳四郎(さいごうけんしろう)もそのひとりと思われていた。しかし、浜泉労厚相が画策した法案が直形潰しのものであるなどとは首相は全く予想もしていなかったのである。さらには、直形が生活苦に陥っていることも、知ってはいたが気にかけていなかった。それだけの人物なのだから自分でなんとかするだろうと信じていたともいえるが、も少し気を遣っても良さそうなものであろう。 「直形はただの霊能者ではないことは確かだ。噂にきいた話だが、この陽本国の中心というか、柱そのもの的存在ということらしい。直形は、高校は、天蒼大学に毎年ひとりしか合格しない御宝高校(おたからこうこう)の出身だが、実は御宝高校は直形のためにある高校といってもよく、この国の屋台骨で最高の大学である天蒼大学と密接な繋がりがあるらしい。直形は20代の頃、国立陽本大学を嫌ったことがあり、大学も嫌われたことで御宝高校から合格者が出さないようになってしまい、この事情を知った政治家、官僚、教育家などは国立大学から私立大学に軸が移ったと考え、権力の座、内閣総理大臣はそれまで天蒼大学出身者が主力だったのが、私立大学出身者が就くようになってしまったといわれている。直形自身は、国立大学、私立大学、を意識したわけではなく、天蒼大学がたまたま国立大学であったにすぎず、全体的国立大学を嫌ったわけではないことは明白だったのだが、私立大学出身者の政治家どもが、なんとか主導権を奪いたくて乗じた事態といえるものだった。以来、陽本の政治は、奇矯な人間が台頭してくることになったということだ」  そう言った佐備島の秀才顔が微妙に翳った。佐備島は身長こそ172と高くはないが、ふつうの世間の活動においてはどちらかというと男前の部類で、名門の共学高校・慶蹊学園(けいけいがくえん)では女生徒にはもてる方であった。さらに佐備島は続けた。 「プロ野球の安売ジェイアンツこそは、呪いの成果ということがわかったよ。オレは直形のホームページを探し当てたが、そこに直形は日記欄にいろいろとメッセージを記述している。直形によれば安売ジェイアンツは自分を意識したもので社会体制の根幹に関わる問題だと忌み嫌っている。維新政権による江戸派の封じ込め作戦の一環として野球が利用され、まつろわぬ人々をいいように操ってしまう巧妙なシステムなのだ。体制側にとって犠牲的人物を祭上げ、自分たちは影であろうがなんであろうが決して損な役回りにはならない、意外と崩しにくい強固なしくみを築き上げたといってもいいだろう。オレは感心したね」  佐備島の表情にはどこか畏敬の念が表れている。 「オレはある者より聞いたことだが、剣本と違って世に知られている直形安静だが、自身に向けられた殺気や邪念、呪いの想念を感知し、それを発信元である相手にそのままそっくり返ししまう装置を直形は発明開発し、応用化しているということだ。「念の粒子」を捉えることができる恐るべき能力といわねばならないだろう。また、その名前しかわかっていないが<全九門法>という神術によってこの陽本社会を支えているということだ。それは、強力な霊波動を発することができる者だけが可能な法術で、これからしてもいかに直形安静の力は恐れるに足りるものであるか知ることができる」  車雀は情報力においては四家陣随一といってもいい。次に佐備島がつけ加えるように言った。 「直形安静は、質素な暮らしで社会的地位、名誉、財産など皆無にもかかわらず、なぜか、この陽本国社会にいまだ根強い影響力を行使している。一般人は肩書き(身分)が生活秩序の根本を成している。あらかじめ敷かれたレールの上を走るのが安全でもあり、快適なリズムゆえに皆これに従う。上下、尊卑があった方がわかりやすく、目標も定まりやすいというわけだ。俗世間の智恵というべきか。だがこれに反してこれに頼らず、「威光」を発揮するのが直形という男だ。世人は、直形が右に行くか左にいくか、右を使うか左を使うか、右を選ぶか左を選ぶか、それで大きく舵取りが変わってくることをわきまえている。このことをよく知っておくことだ皆の衆」  賛同の合図のオッー、が皆の衆から発せられた。

「諸君もなかなか直形安静について研究しているようだ。ハッハハハハ、直形安静、どうなるものやら……、ハッハハハハ」  圧摩の不敵な笑いが部屋中を震撼させた。 「ところで閣下、剣本弦円の九天門会(きゅうてんもんかい)でありますが、いかような戦略がよろしいでありましょうか?」  車雀が訊ねる。 「さっ、諸君どうする。どう料理したいかね?」 「とりあえず教団から剣本自身を追い出し、教団を乗っ取って剣本になりすます者を送り出すという手もあろうかと思います。後は信者に気づかれぬようだんだんと洗脳していくのであります」  骨原が面妖な眼つきで提案する。 「九天門会に容易に近づくこともできないのであれば、正面衝突も辞さず殲滅狙いで直接攻撃を仕掛けるのがいいだろう。オレは負けることなど考えていない。うずうずしてくるぜ」  鷲村は肉弾戦に自信があるだけに強行策にかける。 「剣本弦円と九天門会の力は未知数だ。いずれ相まみえる相手にはちがいないが、即席ラーメンのようにはいかない。情報収集し研究しよく策を練ってからでも遅くはないだろう。逆にこっちがやられる恐れがないという保証はまったくないわけだからな」  車雀の慎重論に頷く者がおおかった。意見、議論をかわすのは四家陣の四人で、ほかその手下の16人には発言権はなく、ただ論議を頭に良くたたきこんでおくのが努めであった。  一瞬部屋が静まり返った。

「おれは支配する。この陽本のすべてを」  霧條圧摩の激情を抑えた静かな宣言は、その場にいた者たちの脳裏に刻み込まれた。

 携帯電話の着信音が喫茶店の片隅に流れた。時計は9時を過ぎていた。 「はい、もしもし―」  霧條圧摩のマンションに隣接する六階建て雑居ビルの喫茶店に刑事の天田虎朗(あまだとらろう)はいた。 「おっ、松塚(まつづか)か。どうした?」 キャビンを口にあて、一服する。 「なに、きのう、金山銀行の金庫から4億円が消えただと?! わかった今行く」  天田は、油ののりきった51歳の警視庁泥棒捜査課の敏腕刑事である。泥棒専門に取り締まっている。ここ2、3年なかなか解決しない窃盗事件が多発し、頭をなやませていた。  隣のマンションに大泥棒の霧條会一味が隠れ潜んでいるとは知る由もなかった。

東京旧宿駅に降り立ったふたりの男がとおり行く人々の目をさらっていた。老人も独特のオーラを放っていたが、それにもまして美青年の光彩が女性たちの視線を集めた。ふたりは駅の近くの喫茶店に席を借り一休みすることにした。 「直形安静に会えますかね。多部さんは最近やたらめったらその願望が募っておられる ご様子でしたが、こうして行動に出るとは意外でしたね」  直田はこの広い東京に直形がいることはわかっていたが、はっきりとした居場所は 皆目見当がつくものではなかった。 「むふふふふふ、せっかく来たんだ、必ず会えるだろうよ。まっ、楽しみにしているがよい行風君、こころあたりはあるんだ」  老人は白髪で髭はきれいに剃って一見普通の会社役員風に見えなくもない。背広姿がさまになっている。ふたりはある共通の知人を通して面識を持った。 年齢はだいぶ離れているが友人同士の関係にちかかった。 「その直形安静という人は何者なんですかね?」 「稀有な男だ。なんというか世界に夢を与えてくれる、この世にただいるだけで世界が勝手に動く、そんな影響力が直形にはある」 多部泰雲はにやけた表情になり行風にこたえた。 「直形が関心を持ったもの、注目したもの、あるいは人物でも、それは直形に息を吹きかけられた如く、スポットライトをあてられた如く世間の重要素材と化すと されている。実際それらは真に不思議な光彩を放ち、この世で躍動することになるのだ。 信じられるかね行風君」 行風は、なるほどと言ってコーヒーを口にした。 「直形安静の登場は、例えば明治時代に種を蒔いた者がいて、昭和に芽を出し生長した天の華なのだ。この天の華が蒔かれたことを知った者たちがいたため、国家、社会が暗策を張り巡らされ、突き動かされてきたといえなくもないのだ。わかるだろ、行風君」 「実は、多部さんから直形氏の存在を知らされて、ちょっと知人に調べてもらったんですよ。直形氏は【ツキの栄光級】という霊力の持ち主と知人からきかされました。ツキに人々は翻弄されるがため、直形氏の動静には注視する必要があるのだと知人は言っていました」 「直形が【超霊力・直系分承者】であることを物語っている」 多部老人は背広の内側のポケットからおもむろに老人向けの携帯電話を取り出した。 「もひもひ、名図美ちゃんかい。旧宿駅近くのラッキーワンという喫茶店にいるから車でよろしく頼むよ。あーあ、忘れておったが、もうひとり美男子を連れてきたから――、じゃよろしくな」 と言って電話をきった。

 

 13.青い石の力

 

 喚醒トレーニングに励む玄陣旋は、始めて一ヶ月を過ぎようとしていた。まだ特別な具体的能力は発現していないが、体力・気力が充実してきているような気がしている。旋は、自分にいったいどんな力、才能があるのか愉しみでしようがなかった。あせっているわけではないが、彼女、式富にんのことを思うと彼女には負けられない、負けたくないというライバル心がふつふつと湧き起こってくるのである。女に対して男のような闘争心が芽生えるというのは式富にんの実力に圧倒されているからだと旋は思った。  机の上の丸い石は、ソフトボールぐらいの大きさで鮮やかな青色をしている。重さは石なのにソフトボールより軽く扱いやすい。ヒマさえあれば旋はこの石をさわって手になじませているのだが、霊玉ならその霊力が伝わってくるにちがいないと考えているのだ。実は夜の暗がりでは両手からかすかな発光が生じるようになり、そろそろ何か来るかなと予感めいたものが頭から離れないでいる。そして旋は直感した。 ―― まてよ、この青石……、ひょっとして武器として使えるものじゃないのか……。おれは武器があった方がなにかと便利だろうし、素手ではたかが知れているような気がしてならん。拳銃など飛び道具全盛時代だしな。強力な念力で瞬間的に敵を倒すことができるなら、それにこしたことはないだろうが、それでもエネルギー、霊力を消耗してリスクが大きいというものだろう。そう思いをめぐらしながら青石を手で弄んでいる。旋の視線がテレビに送られた。 「むっ、こっちの、宇球のプロ野球はどうなっているんだろう? まだおれ新聞もテレビも落ち着いて見ていなかったな。今は夜の8時かー、ブロ野球でも見てみるか」  と、テレビのリモコンスイッチを手にしようとした瞬間、右手左手で弄んでいた石がなんと、野球のボールにその姿を変えてしまったではないか。旋の瞳が好奇心の光を放っていた。 「ゲッ、いつのまにおれは野球ボールを手にしているんだ。まさか、これは青石か……」  確かに石はさっきまで手に持っていた。机に置いた覚えはない。机には石はない。それに野球のボールなど部屋にころがってもいなかった。 ―― まさかあの石がボールに変わったのか、そうとしか考えられない。ひょっとしておれが野球を想念したため石が感応して変化してみせたのだ。この石は確かに霊玉なのだ。おれの意思が通じるのだ。ならば試してみるしかない。石さん石さん、テニスボールになってみてちょうだい!   旋は青石が想像以上にただならぬ石であることを察した。そして旋の勘は当たった。旋が念しだ通り野球ボールはテニスボールになった。ありえないことをまのあたりにした現場に立ちあった旋はつきあがってくる驚きの念と自然に体が震えるなんともいえぬ感動の渦に引き込まれてしまった。天にも昇るような気持ちとはこのことなのだろうか。本当に嬉しそうに瞳をキラキラさせ、口許をほころばせた。 ―― ハッハハハー、こりゃすごい。最高に面白い。本当にこんなのって有りかよ。よし今度は卓球ボールだ。 するとテニスボールは卓球ボールに変じた。 ―― 次はバッスケットボールでどうだ。 期待を裏切らずテニスボールはバスケットボールになってみせた。あのちっちゃなピンポン玉が思いバスケットボールにー。物理的にありえない話だ。まさに魔法としかいいようがなかった。その時旋はひらめいた。 ―― はて? 変身できるのはボールのような球体だけなのだろうか? 刀や銃などの本格的な武器にはならないのか。実戦に役に立つものでなければ意味がなく無用ではないか。  一転、放心したように吐息を洩らした。すると石は旋の心境を悟ったのか、剣の姿を現した。さっきまでなんの変哲もないバスケットボールが、見事に旋の期待に応えたのである。 「こ、こ、こ、これだ!」 歓喜の悲鳴をあげた。今度は剣がピストルになる。槍になる。ライフルになる。マシンガンなる。なろうと思えばなんでもなれるとばかりである。今やすっかり神妙なおもつきになってしまっている旋はこれ以上のない宝物を天から授かったという認識を強めたのであった。そしてまたこうも思った。 ―― この石はまるで生きているかの如くだが、ことばは使えないのだろうか。ことばの使える物には変身できないのか、人間なら直截的でいうことはないが、たとえばモモヤンみたいにことばを話す鳥などでもいいだろう。石の反応はなかった。どうやらことばを発することはできないらしい。少し残念に思いつつ、石の処遇を思いついた。いざという時に武器として活躍してもらうからには、普段から身つけておく必要がある。ポケットにピンポン玉として入れておくのも一案だが、それよりももっと実用的に時刻などわかる「腕時計」の方がずっといいにちがいないのだ。石に話しかけた。すると石は旋の望み通り腕時計に変じた。 ―― すばらしい。なんといっていいのかわからない。おれにとってはこの石が神様以上に思えてならない。こんなことがあっていいのか? この宇球世界にきてからおれは次から次へと奇矯な事柄に遭遇し自分というものを見失っていまいそうだ。幾多の試練を乗り越えたつもりだが、最後は挫折してしまうのだろうかー。……疲れた。とにかく疲れた、疲労困憊とはこのことだな。  旋はベットに横たわった。青石の正体を知り、自分自身、「統霊警察機構」の一員としてやっていくメドがついたような気がしてどこか嬉しいようでもあった。ホッとしたというべきか。この石があればもはや怖いものなしだ。なにしろ天から授かり物ではないか。もっと自信を持っていいばずだ。あとはこの石の戦闘能力はどれほどのものなのか、実際の闘いでの適した武器の選択だが、敵が人間であれば殺傷するわけにはいかないだろう。麻酔銃・麻酔弾のようなものがいいにちがいない。不死身の化け物だとしたらそれ相応の通用する武器でなければならないが、いったいどんなものがいいというのだろうか。今のおれには皆目見当がつかない、これから研究しなければならないことだ。ひっかかるのは、どうもこの石は自らの意志で変身できるわけでないようだ。おそらくおれの想念の力がこの青石に伝わって物質化しているような気がしてならない。だから、おれが確かな物をイメージ想定しなければ現出することはないのである。頭の中をあらゆる武器が交錯する。ベッドから起き上がり、三人がけのソファに座り目を閉じ静かに想像をめぐらした。

「旋、どうじゃトレーニングは。もう疲れきって眠ってしまったのか?」  モモテンであった。神出鬼没のモモテンが旋の部屋の天井の片隅でパタパタと現れた。 「モモテンか、まさかさっからこの部屋にいておれを観察していたわけじゃないだろうな」  きつい目つきになって旋は問いただした。 「ポポポ、残念ながらボクは透明人間みたいなマネはできんよ。テレポテーションに決まっているじゃないか。まだまだだな旋よ、たとえボクがいたとしてもボクの気配を感じ取れないというのかな? 仙能者なら容易だと思うがね」 「それもそうか、でもまだおれは駆け出しだからな、モモヤンの気配なんてわからんだろうよ」曖昧な笑みを浮かべていった。 「旋以外はボクの姿は見えないわけだからな。旋にボクの姿が見えない時はその場にはボクはいないということだからその点は信用して安心してくれたまえよポポポー」  モモテンはイスの背もたれにとまった。 「ところで今までどこで何をしていたんだい、モモテン? それに笑い方がパッパパパパからポッポポポにかわってるぞ、そんなのってあり?」 旋がひがみっぽく言った。それに笑い方が変わっていたのが気になった。 「ふだんはあの神社の森にいなければならないんでね。こうみえてもたいして自由がきく身でもないんだよ。神社の森にいたところで特にすることもないのだが、なにせ天界の命令だからな。君が「統霊警察機構」のメンバーになったことを知らされて、天界にいるボクの物知りの友人に尋ねてみたんだ。いやあ、旋君はやはり大物であったな。タダ者ではないと見込んではおったが、ボクの予想をはるかに超える者だったとは誠に恐れ入った。この宇球世界の人間の魂を喰いあさろうとする魔族「宇宙崇魔団」から宇球人類を守ろうとする「統霊警察機構(TKK)」の一員になったのは本当に偉大である。君はすでに「栄光の戦士」の称号を得たも同然の身である。「栄光の戦士」とこうしていっしょにいられるのは、ボクにとって実に光栄のいたりというほかはないのである。協力できることは協力するつもりである。天界からも指示を承った。だから用があったら遠慮せずになんなりといいつけてくれたまえ」 恐縮した眼つきになってモモテンは旋に敬礼のような態度を見せた。 「笑い方は自分でも気がつかなかったよ。多分旋に名前をつけてもらったせいかもしれん。なるべく笑い声はたてないようにしておくよ」 どうでもいいことにはちがいなかった。 「まっ、このおれが栄光の戦士にふさわしいかどうかは今後の課題とは思うが、とにかくモモテンという参謀と霊器の青石を得たことで幾分おれとしても心強くなったのは確かだ。なんとか光が見えてきたって感じだよモモテン!」  旋はソファから身をおこし、左手首につけていた腕時計をはずした。すると腕時計は手品のごとく一瞬にして自動小銃に変じた。 「おっ! 魔法か」 モモテンの丸い眼が見開いてさらに丸くなったように見えた。 「モモテン、知って驚くなよ。これはな、あの青い石なのさ」  そうきいてモモテンがいつも青石が置かれてある机上に眼を向ける。石はなかった。  「ホッホー、あの青い石がそんな芸当ができるとはね……。旋の武器ということか―― なんかボクより役に立ちそうだな、とにかくいい物を手に入れたな 旋」 戸惑ったような表情はすぐに晴れやか笑みに変わっている。 「ところで覚醒トレーニングの成果はあったのか? はじめてからだいぶなるだろ。旋自身の能力だが、身体的変化はあるのか?」 覚醒トレーニングというからには、旋自身の潜在能力が 具体的に開花するはずなのである。青石の正体を知るためのものではないのである。 「それなんだが、今のところ別段変わったことはない。素手で自動車を持ち上げられるほどの怪力を発揮するわけでもないし、自動車より速く走れるわけでもないのだが、こころなしか、精神的に体力的に充実感があるのが不思議だ。そのうち何かが飛び出てきそうな予感がするよ」  詳しいことはTKKに訊いてみるしかないだろう。あれ以来TKK事務所には行っていないが、呼び出しもかからないし、旋自身、用もない。何かあれば電話をすればいいことだし、今のところ深刻な事態に遭遇していないのだから事務所を気にする必要はないのだが、気にしているのは彼女、式富にんのことなのだと旋は自覚しているのであった。とにかく今は与えられた業務、覚醒トレーニングに専念するしかないと旋は無心をこころがけ、いずれ訪れる新たなる自分自身との邂逅に思いをはせた。 「ところでモモテンは特技はないのかい? モモテンのことよく知らないし、どんな能力があるのか教えて欲しいもんだな」  モモテンは天界の霊鳥である。天界からこの人界にやってきた理由はまだ知らされていないが、どうやら他言は許されない秘密事項のようである。モモテンが天界で何か悪い事、罪な事をしでかしたからだとは考えにくかったが、旋は詮索する気はなかった。 「ボクかー、ボクは無能なほうなんだよ。せいぜいテレポテーションぐらいのもんさ。それとて自分の身を守る程度のもんだし、攻撃能力なんてないのさ。強いては口先だけしかないけどね、ポポポー」 「そうだったのか、期待はしてなかったけどね。クックククー。おれはこの青い石同様いろんなものに変身できるんじゃないかと思ったんだ。ならばモモテンは神出鬼没だから偵察として活躍してもらえるだろう。よろしくな」 「ボクも変身術が使えたら人間なんかになりたいね。わかりました、偵察でもなんでもボクのできることならなんでもやりましょ。TKKの有能メンバーである旋のお役に立てるかは自信はないけど、旋の足を引っ張るようなマネは死んでもやらんからその点は安心してくれたまえよ、ポポポー」 茶目っぽい笑いがモモヤンに浮かんでいる。モモテンの笑い声はどこかしら旋をなごませてくれる。そんなモモテン、旋にとって精神安定剤のようなものかもしれなかった。癒しのペットというには失礼ではある。  ふと、壁の時計に眼をやるともう6時を回っている。すると妹の美奈子が夕飯を告げにきた。食卓にモモテンもついてきた。モモテンは旋以外にはその姿は見えないはず、案の定、妹も両親も気づいていない。モモテンは腹がへっているのかさっそく旋の皿の肉団子をつついている。なんと五つあるうちの三つをあっというまに食べてしまった。満足げな眼つきで大型テレビの上にちょこんとのっかっている。まさかコイツ、毎晩食事をいっしょにする気じゃないだろうな、神社の森には食い物なんてろくにないんだろう。ふだん何を食べて生きているのか知りたくなってきた。とにかくあつかましいことになりはしないかと旋はモモテンを疑った。  夕食を終え部屋に戻ると、いきなり机に置いてあった携帯電話が鳴った。非通知になっているが、俊一だと思いつつ応対した。19時前である。 「も~しもしー」 「あー、玄陣旋君だね。この前はどうも。TKKの山郷です。どうです、覚醒トレーニングはー。順調ですか?」  意表をつかれた。TKKからだ。いったい何の用なのか、頬がひきつるような緊張感に充たされた。 「はい、覚醒トレーニングですか、指示通りに取り組んでいますが、まだ覚醒には到っておりません。時間がかかるものなんでしょうか? いったいどんな能力なんでしょうね山郷さん」 さっきまで疑問に思っていたことだ。訊くには丁度いいタイミングには違いなかった。 「うーむ、確かにまだ一ヶ月ほどだし、時間的に不十分なのでしょうかね。旋君なら一週間で兆候は表れるかなと予想はしていましたが、実際のところ私にも時間がどれくらいかかるのかわかりません。まあ、そうあせることのものでもありません。必ず能力は引き出しますから。空を飛べるぐらいはできるようになるでしょう」 「えっ、空が飛べるようになるんですか!」 「失礼、冗談です。そうですね。身体的には並の拳銃の弾ははじき返すくらいに頑強になります。ジャンプ力も二階建ての住宅は軽く超えるくらいになります。私自身、そうなんですよ。こう見えてもね、信じられないでしょう? ウッフフフフ」  一瞬、空が飛べると言われ旋はびっくりしたが、あっさり冗談だと撤回されたのには、拍子抜けしてしまった。山郷という人物は見かけによらず人をおちょくるのが趣味らしい。本当のところは銃弾を跳ね返すほどの体になるという。そうならば実際、試しに銃弾を体にあててもらうしかないが、今の段階で試すのは無謀だ。そんな鋼の体にはできていないというのは明察している。が、そう言われてみると、すこし筋肉が違ってきたかなと思えてくる。妙である。山郷自身はすでにそういう超人なのである。旋は信じたくなかった。 「用件はなんなのでしょう?」 「ああ、そうそう用件ね。うーむ、どうしましょうかね。まっ、式富にん君もいることだし、とりあえず明日、土曜日午後二時までTKK事務所まで来てください。式富にん君も呼んでありますし、じゃよろしく」  そう告げて電話が切れた。TKK事務所に明日来いとは、急な話である。せめて一週間前に予告することができなかったものなのか。いったい何が起ころうとしているのだろうか。おれはまだこの通り覚醒などしていないし、見習いまでもいっていない。今の時点でTKKの戦力にはなりえない。いや、まてよ、この青い石がある。変幻自在の武器と化す青い石がある。戦闘能力はこの青い石にかかっているが、やってやれないことはない。問題はこれをいかに使いこなせるかなのだ。そう思うとやる気がわいてきて力がみなぎってくるようであった。モモヤンにTKKから呼び出しがあったとモモヤンに云うといっしょに連れていってくれとモモヤンが頼むようにせがむ。とりあえず連れていくことにした。その晩、モモヤンはテレポで帰れるば帰れるのだが旋の部屋に泊まることにした。明日は学校は休みだし、旋自身予定はなくTKKにことわる理由も見つからなかったのである。華国拳法同好会はとっくに退会し、もはや用はない。剣道部に入るつもりだったが、TKKに導かれたため断念した。部活どころではない。剣道は戦闘に生かせるものだしまた生かさなければならない。青い石を竹刀に変えて独り稽古に励むのも悪くはない。これから仙能者としての剣を磨くということであろう。となればかなりのレベルアップを強いられるというもの。子どもの剣道とはおさらば、決別しより実戦的力量を身につけなければならないということなのだ。旋の双眸の光が強さを増してきているかのようであった。  


丁の巻

14.時空瞬間移動装置

 

 翌日、自転車でTKKに向かうことにした。頭上付近をモモテンが飛んでついてくる。山郷さんにこのモモテンが見えるだろうか、それに式富にん君にもー。どこか愉しみなところがあった。再び、あのコンビニの前にやってきた。その二階を見上げればこの前同様窓にはブラインドが下がっている。空は青く、白い雲が動かずに気持ちよさそうに浮かんでいる。  旋はレジの店員に挨拶し、二階の事務所を目指した。ドアをノックする。それに応じドアノブが回りドアが開く。この前と同じである。ドアをたたけば自動的に開く仕組みなのか。中に入る。デスクは司令官と参謀のものがあるだけだが、司令官のデスクには法道司令官の姿はなかった。山郷参謀が自分の机上の両肘をついて顎に手をやりながら、旋に視線を向けているのがわかった。山郷が口を開いた。 「やあ、ごくろうさん。約束に忠実な人のようですね。早くもなく遅くもなく一時きっかり到着じゃないですか。時間には忠実なんでしょうかね。見事です。式富君は少し遅れると云っていました。今日は法道司令官は来ません。司令官に会いたかったのでしょうかね、顔に出てますよ旋君」   柔らかい物腰で話す山郷は目許をなごませた。旋にしてみれば山郷は大学教授のような感じでどちらかというと苦手なタイプの人種であった。どうも畏まってしまうのだ。知的コンプレックスというものなのかもしれない。 「その通りです、山郷さん。法道司令官に会いたかったです。あの人カッコイイですからね。あんなカッコイイ人いませんよ。ホントに残念――」  つまらなさそうな表情になっている。 「まっ、そう残念がらずに。実はそう簡単に会える人じゃないんですよ。今度いつ会えるか、あまり期待しない方がいいかもしれませんね。もうすぐ式富にん君が来ますから、男よりは女の子の方がいいでしょう旋君、ハッハハハハ」  控えめにからかうように山郷は笑った。こころなしか旋の顔が紅潮しているように見えた。 「おや、旋君、後ろにいる鳥は何ですか? さっきまで気がつきませんでしたが、まさかこの部屋に鳥が入ってくるとは思いもしませんからね」  さすがに山郷である。モモテンが見えても不思議はなかったが、反面、モモテンはおれにしか見えない存在であって欲しかったという悔しい気持ちにかられた。 「やはり山郷さんにも見えますか。実はこの鳥は天界の霊鳥でしかも人間のことばを話すことができるのです。ですが、普通の人間にはその姿は見えないらしいのです。このおれにその姿が見えることを悟ったモモテン―― モモテンというのはおれがつけてやった名前なんですが、モモテンびっくり仰天したもんです」 「やあ、どうもどうもご紹介にあずかりましたモモテンというものです。あなたもボクが見えますか、TKKなら当然といえば当然ですがね。驚くほどのことでもなんでもないですね。ポポポ――」  うかれたようにモモテンは山郷に挨拶の一声を発した。ついでに部屋中をパタパタ飛びまわった。 「なるほど確かにことばを話すんですね。これは愉快だ、ハッハハハ。いい相棒ができたようですね、旋君。けっこうけっこう」 「そうなんです。モモテンは良い友だちなんですよ。山郷さんに認めてもらったってことかなあ、なあモモテン」 「そうみたいだな旋、ボクもTKKに命がけで協力せにぁいかんな。頑張るぞ~ ポポポー」 もうごきげん最高潮のモモテンである。その時、美少女、式富にんが現れた。 「あら、鳥が……。変な鳥がいる。ピンク色の鳥なんて珍しいわ」  式富はモモテンの存在にすぐ気がついたようである。物珍しそうな眼つきになっているが、イヤミな感じはしない、可愛いらしくもある。モモテンは旋の右肩にのっかってことばを発した。 「これはどうもお嬢さん、お初におめにかかります。ボクは名前はモモテンと申します。旋君のお友達です。以後おみしりおきをー」 「へえ! ことばがしゃべれるの。九官鳥の類じゃないわよね。ちょっとすごくない?  ……、と言う事はタダの鳥じゃないってことだから……、まさか天界とかの異界から来たんじゃないでしょうね、モモテンさん」 「ピンポーン! 正解。そうなんですよ。ボクは天界の霊鳥でしてね。あなたに逢いたくてわざわざここまでやってきたんですよ、ポポポー」  モモテンがらにもなく式富にんを一目見て惚れてしまったらしい。すっかり舞い上がってしまった様子である。式湘もTKKのマスコット? に楽しげに微笑んで見せた。 「さて、式富君も来たことだし、これから用件をお話しましょう。ふたりとも席についてください」  旋とにんはそれぞれ向かい合ってソファに座る。一人がけのイスに山郷が腰掛ける。ちゃっかりもののモモテンは法道司令官のデスクの上にいてくつろぐかのように三人を見やっている。緊張感が全くない。ガラスのテーブルにはあらかじめ用意されていたポットで山郷が三人それぞれのコーヒーカップにコーヒーを注いでいく。 「まっ、何もありませんがコーヒーでもどうぞ。にん君、遅れるといいつつ、意外と早かったじゃないですか。彼氏とデートでもしていたんですかね」  山郷が旋にちらっと横目をやりながら尋ねた。 「うふ、そんなところですね」  式富がそっけなく応える。旋はそしらぬふりでコーヒーを飲んでいる。山郷は少しコーヒーを口にしてから、立ち上がって自分のデスクから封書を持ってきて座りなおす。眼鏡の奥の双眼が光を放った。 「その用件なんですが、ふたりはこの人物を知っていますかね」  袋から六つ切り大の写真を二枚取り出し、それぞれふたりに手渡して見せた。写真の人物は面妖な眼つきをしていて粗野な風貌である。頭は坊主刈りでほとんど白い。歳は60代か。 「この年配の男性ですか……、全く知りません。テレビでも見た覚えはないですね」  旋はこころあたりがなかった。 「私も知りませんが、なんか人相悪いんですけどヤクザではないでしょう。でも社会的地位の高い方のようですね。かなり威圧感があります」  式富は勘はいい。直感である程度推察できたという表情になっている。 「ふたりとも知らないのも無理はないです。実は彼は「検事総長」なんですよ。検察権力のトップに君臨する人物です。名前は車谷駄目蔵(くるまだにだめぞう)といいます」 「プッ」  式富にんが名前をきいて思わず吹き出してしまった。 「ホントにダメゾーっていうんですか? それっておかしすぎます。改名したらいいのに――、よくそんなふざけた名前の人がお堅い検察のトップになれるもんだわ。信じられない」 「名前はともかく、社会権力の検事総長におれたちが関わることになるとしたら、レベル高くないですか?」  戸惑った顔つきになって自信なげにまた歯切れが悪かった。 「弱気ですね旋君、TKKに社会的身分は関係ありませんよ。TKKを信じて、またもっと自分自身に自信を持ってください。大丈夫、私が旋君の能力は保証します。ささいなきっかけで埋もれていた才能が爆発することがあるのです。君は「仙能者」ということになってしまっているんですよ、ハッハハハー。それに身分にこだわるのは旋君らしくないでしょ、違いますか?」 「それもそうかな、ハッハハハー」 照れ笑いが出た。山郷の叱咤激励ともいえる強い口調に圧倒され素直に感情を表した。山郷はふところの深い男である。旋にとって頼りになる心強い男には違いなかった。 「実は、この検事総長・車谷駄目蔵という男、本物とすりかわった 偽者の疑いがあるのです。本物は殺害されたかもしれません。国家機密を握る枢要職だけに国家の命運がかかっている。検察内部から崩されて社会的悪影響を生じてきます。いまのところ目立って不穏なところはありませんが、ただ我々がわからないだけかもしれません。もし本当にこの人物が偽者だとしたら、早いうちに「退治」しなければならないのです。「退治」といったのは妖魔が入れ替わっているという意味です」  インテリ然とした容貌が精悍な輝きを発し、口調に力がこもっている。 「車谷駄目蔵をマークして尻尾をつかまえろということですか」  旋もシャープな顔つきになって標的が定まったスナイパーの如く迫力を増している。 「ふたりとも学校がありますからね。ふだんは普通に学校生活をおくってください。君たちが学校に行っている間は我々がマークします。決着をつける時がきたら、その時は学校は休んでもらいますのでそのつもりでいてください。それがあなたたちの仕事です」  山郷が我々といったのが気になったが、山郷以外はスカウトでぶらぶらしている時山の爺さんと司令官のふたりしかいないはずだが、このふたりが車谷の様子見するとは思えなかったが、あえて旋は訊かなかった。 「車谷駄目蔵は、旋君の住んでいる笹本市(ささもとし)に近い針並区の高層マンションに居を構えています。にん君の港福区(こうふくく)からもそう遠くはない。車谷の行動範囲はわれわれの包囲網の中にあるといってもいいでしょう。決して車谷を見失ってはなりません」  今にも臨戦態勢、急戦にのぞむように山郷は語気を強めた。コーヒーを飲み終えた式富にんは妖魔ときいてべつに動じる様子もない。沈着冷静、女は度胸というものなのか。その式富が神色自若として入った。 「最近、この陽本に救世主と目される人物がいるということを私は耳にしました。名前は苗字、直形ということしか知りません。そしてこの直形という人は影でかなりの影響力を行使しているそうなんです。山郷さん、直形という人がその反勢力を活気づかせているということなのでしょうか? 彼は私達の味方と思っていいのですね?」  式富のいったことは旋にとって衝撃的であった。救世主、それは夢のような存在である。まさか実際そのようなものがいるとは信じがたい。興味津々となってきた。 「ほう、いったいどこでそのことを知りました? 直形安静その人の名前や噂を知る者は多くはないし、ましてや、彼の正体を知る者はほとんどいないはずです。我々からすれば救世主と断定するには早計ですが、神の如き存在であることは確かです。救世主以上かもしれません。生きて存在するだけで国家の危急災難を寄せ付けないようなところがあるのです。直形安静は、闇の勢力にも当然ながら伝わり、牽制の対象になっています。闇の勢力の本家本元である「宇宙崇魔団」、とりわけヌメリカを本拠地とする宇球世界の通称「救国教」が活動を盛んにしてきています。陽本国の検事総長は奴等の魔の手にかかってしまったということなのです」  むずかしげな表情をつくった。 「それから、式富君が気にしている直形安静とTKKはまだ接触していませんが、その日は近いでしょう。ふたりとも彼と会うのを愉しみにしていてください。きっと期待は裏切らないでしょう、ハッハハハハー」  山郷が何がおかしくて笑ったのか旋とにんにはわからなかった。 「なんか、あこがれますね。逢ってみたいという気持ちは強いです。私、どこでその噂をきいたのかなあ安静さんの……。名前は安静、直形安静ですか……」 フルネームを知ったというだけで、式富にんは、幸福そうに瞳を輝かせた。その時、山郷のデスクの電話が鳴った。さっと急いでデスクに向かいすばやく受話器を取る。山郷は黙して語らない。2分程して、「よしわかった」と言って受話器を置いた。 「諸君 、急展開だ。さっそく明日日曜日君たちに動いてもらうことになった。車谷駄目蔵が明日ある人物と会うらしい。秘密裏の面会のようだ。これは何かある。ふたりには車谷を尾行してもらうことになります。運が良ければその場で尻尾を捕まえることができるかもしれません。諸君、特に異存はないですね」  念をおすように反論を拒む強制的口調であった。 「はっ!?  明日ですか。いきなり大仕事を押し付けらたような気がしないでもないですが、おれはどうせヒマだし、別にいいですけどー」 「私もいいですよ。待ってました~、ってところかな。お国のために頑張ります」  ふたりはあっさり了解した。旋などはもうどうでも良かったのである。開き直る度胸だけは自信があった。 「そうこなくっちゃーね、ふたりともさすがですね。TKKは安泰というものでしょう。私としても頼もしい限りですよ」  山郷は誇らしげに微笑した。 「さて、――と……。ふたりともまだ車の免許はないわけだし、移動手段が問題だが……」  山郷は自分のデスクの引き出しからベルトのようなものを2本取り出した。 「今回はかなりの大物です。若いふたりにはいきなりの大仕事かもしれませんが、きっとやってくれるでしよう。私は全く心配しておりません。ふたりに強力なアイテムを私から授けましょう。この革ベルトはズボンのバンドだが、無論タダのバンドではありません。諸君聞いて驚くなかれ、私が発明開発した時空瞬間移動装置です」 「ハッー?! ホントですか?」  旋がいかにも信じられないような顔でいる。 「ここにスイッチがあります。このスイッチをONにして「念」を送れば望む処にテレポテーションできることになっています。変な処をイメージしないかぎり大丈夫安全性は高いです。東京タワーのてっぺんを念じればそのままテレポしてしまうので危険です。月までは行けません。酸素がないので死んでしまいます。距離的にも不可能。どうです、信じられないでしょう? ハッハハハハー」 「モモテンのテレポにもびっくりしたけど、こっちの方がすごいですよ。はやく使ってみたいなあ、それ」 「山郷さん、ってとんでもない天才なんですね。このことを知ったら世界の科学者は腰をぬかします。私も時空移動体験してみたいです」  式富にんが恋人でもみるようなまなざしでうっとりしている。 「そう言われて、忘れていました。じつは私が独力で開発したわけじゃないんです。天界の技術知識を参考にしたんですよ。いろいろ天界にきいたりしてもみました。それでも完成まで10年かかりましたよ。苦労しただけに愛着も強いんですよ。ふたりともなくさないように大事に使ってください。使い方は簡単、このベルトを腰に巻きつけ右人差し指と中指でここを押さえつけて「念」を送ってください。移動する住所か、または行きたい場所の映像を思い浮かべれば良いでしょう。世間に知られたら悪用されかねませんからね、とにかくこれは世にも稀なものなので、内密にお願いします。よろしいでしょうか?」 「わかりました」 旋とにんは承諾した。さっそく山郷は旋とにんにそれぞれ男性用、女性用のベルトを手渡した。 「半径100キロ以内ならどこでもOKです。地球ならどこでも行けると思ったかもしれませんが、これが限界です。またこれぐらいで十分用は足せるでしょうしね。どうです――、私がわざわざ車で送り迎えする必要もないですから、とにかくすばらしいでしょう、ハッハハハハ」  山郷は自慢げに相好をくずした。 「このベルトがねー、夢のベルトということですか。万が一故障などしたらどうなるんでしょうね」 「心配になりましたか旋君。まあ、故障したらすぐさま私の一報ください。すぐ駆けつけますので、よろしく。それにはGPS機能もついているんですよ。なんとかなるでしょう」 なんとかなるとはいささか無責任な感は否めないが、まな板の鯉とやらでTKKに身を任せるしかないのだろうと旋は痛感した。 「にん君は何かありますか?」 「いい物いただいて嬉しいです」  にんは、どうでもいいとカンネンしているのかあっさりとした返答である。それとも山郷を信用しているのであろうか。瞬間移動装置ぐらいでジタバタするような女でもないのだろう。山郷が大型のスクリーンを現し、都内の地図を映して見せた。 「それではさっそくですが、明日諸君が向かう所はここです。閑静な街で高層マンションが1棟、人通りも多くないところです。そこまで、今渡した時空移動装置で行ってもいいし、使いたくなければ自転車でもバスでもいいでしよう。要は、その場にいることですからね」  そう言うと、自分の名刺の裏にその住所を書いてそれぞれ一枚ずつ手渡した。 「で、行って何をすればいいんですか? 車谷をヒッツかまえればいいんでしょうか?」 「そうですね、見かけたらすぐ捕まえるというわけにはいきません。理由がありませんし、現行犯でお願いします。ある人物と会うわけですから、つけていって白状させてやっつける。うまく誘導しなければなりません。そういうパターンになるでしょう。とにかくふたりには、ぶっつけ本番で申し訳ないと思いますがなんとか頑張ってみてください。式富君は今回が初めての仕事でもないですから、式富君が旋君をうまくリードする形でお願いします。期待していますよ」  旋にしてみれば式富にんは先輩にあたる。彼女の仕事ぶりを拝見できる機会ともいえるが、自分が彼女の足を引っ張りはしないかと不安な感じがした。確かに全く経験のない自分は彼女の指示を仰いで、今回は脇役でしかない任務を遂行するしかないのだと思うと旋はしょぼくれそうになった。どうみても今の彼女は普通の可愛い女の子にしか見えないのだ。 「それでは、今日はこれで解散といたします」  山郷にうながされ、旋とにんは時空瞬間移動装置をおみやげにTKKをあとにした。コンビニの前で旋とにんは明日の到着時間を申し合わせ、それからこの前のようにお互い反対方向へ別れた。

 

15.大魔王直属階位の悪魔

「旋よ、彼女なかなかナイスバディやったな。ボク好みだよ。いっしょに行動を共にすることができるなんて最高じゃないか」  モモテンが羨ましそうな眼つきになって旋をひやかした。 「モモテンよ、知って驚くなよ。ああ見えても彼女は怖いんだぜ。いっしょに行動するったって仕事なんだぜ、遊びじゃないんだ。おれはそう思うとむしろ息苦しいってもんだよ」  本音であろう。いささか式富にんのような強い女と共にするということは臆するところがあるのである。実力は男なのだ、というか仙能者なのだから人間ばなれしている存在だという認識を植え付ける必要があるのである。式富は女じゃない、旋は自分にいいきかせた。 「それもそうだな、ポッポポポー。旋の手に負える女じゃないということは、わかってるよ。男の子の旋が恥をかかないようにボクは祈るしかないかもな、ポッポポポ」  あまりにもモモテンが皮肉まじりに愉快げに笑うので旋は不機嫌な気持ちになったが、気を取り直して会話を続けた。 「ところで、明日モモテンもついて来るだろ? どうせヒマなんだしな」 「そうだな、気になるから行ってみるとするか。彼女も来ることだし、行く行く――」  その晩、旋はなかなか寝付かれなかった。翌朝4時になってようやく眠った。7時頃目覚めたのだから3時間程度の睡眠しかとれなかった。いつも7、8時間は寝る旋にしてみれば寝不足は否めない。今日は大丈夫か、不安であった。予定目的の場所へは午前10時がタイムリミットである。どうやって行くか、テレポのベルトを使うしかない。面白そうだし、本当にテレポできるのか実際試してみるしかなかった。もしせっかくの移動装置を使わなかったら、TKK山郷を信用していなかったと思われてしまうだろう。それに彼女式富にんは絶対に移動装置でやってくるにちがいない。  壁の時計は9時を回っている。旋は行く準備にとりかかった。玄関から靴をもってきて部屋で履く。起きてからすぐに薄い白のポロシャツと青のズボンに着替えている。ベルトを腰に巻き深呼吸した。 「よし、モモテン行くぞ!」  モモテンはしっかりと旋の左肩につかまっている。旋は静かに目を閉じ、別に目を閉じる必要性もないのだが、精神を集中させやすいと思ったが恐くもあったからである。右人差し指と右中指を伸ばし薬指と小指で親指を押さえ、ベルトのスイッチをONにし住所を低い声で唱えた。その瞬間、体全体がスッーと心地よい感覚になり部屋の光景があっというまに外の高層マンションと住宅街に変わった。気がつけばそこがまちがいなく目的の場所であり、旋は呆然と立ちすくんでしまった。その表情には生気が抜け落ちていた。 「す、すごい…… こんなことがあっていいのか……。とても信じられない」  地球からこの宇球へ移動したことを知った時以来の衝撃であった。恐るべき体験を二度もしてしまった。現実とは夢の世界そのものではないか、旋はとてつもない真理を垣間見た思いがした。  3、4人――、人がまばらに歩いているのを見る。確かに閑静なところである。空のさわやかな青がよく似合う街だ。旋が立っているいるところは街の憩いの場らしく、低い木が何本かあり腰掛けて休むイス、ベンチのようなものがおかれてある。敷地は家一件くらいの広さである。9月下旬まだまだ陽射しも強く残暑がきびしい一日になりそうだ。旋はとりあえず式富が来るのを待って木陰で涼しいベンチに座った。なにげなく左側50メートルほど離れたマンションの入り口に眼が向く。60階高層マンションだ。高層マンションはこれしか見当たらない。 「これかー、車谷駄目蔵が住んでいるマンションというのは」 突然歓声が旋の耳を貫いた。 「ワォー! これがテレポテーションなの、感動!」 右横傍に式富にんが姿を現した。今ご到着のようだ。彼女もセーラー服ではなくTシャツと薄いジーンズの普段着のラフな格好である。どちらかというとセーラー服姿の方が魅力的ではあるが、強い瞳の輝きと全身をおおうオーラに旋は圧倒されてしまうのであった。 「おっはよう、玄陣君。それにしても私たち、山郷さんからいい物もらったわよねえ。なんてったって、交通費がタダっていうのが最高だわ。大切にしないとバチが当たるかもよ。でもこれって仕事以外に使ってもいいのかしら?」 にんが茶目っぽく表情をつくった。 「確かにそうだな。まっ、あちらとしては交通費は出さなくてもいいからな。経済的なシロモノにはちがいないね。―― そういえば仕事以外に使ってもいいのか訊いてなかったなあ。あとで山郷さんに訊いてみるよ」  お互いベルトに感謝感激の気持ちでいっぱいであった。 「あっ、ふたりとも見て! あの男じゃないかい、車谷駄目蔵」  モモテンがマンションからひとり出てきた初老の男に眼をつけ旋とにんに告げた。 「おっ、あれだな、写真の男だ、まちがいない」  旋はスボンのポケットからきのう山郷から渡された六つ切りの写真を取り出し、写真はポケットに入るように小さくおりたたんでいたが、その男が車谷駄目蔵であることを確認した。初老の男は丸刈りのほとんど白髪である。眼光鋭く妖気を発しているかのように見えるほど陰惨な雰囲気を漂わせている。とても正義感あふれる検察のトップには見えない。顔は丸いが換骨が出ていて髭剃りあとが黒い。身長は170前後である。車谷が旋たちの方へ向かって歩いてくる。旋とにんは気づかれないようにそ知らぬふりをして適当な会話をつむぎ出す。車谷は先を急いでいるのかふたりには全く気にもかけず無関心な表情でふたりの前を通り過ぎて行った。車谷が遠ざかると繁みに隠れていたモモンヤンが、念のため車谷に姿が見えたらまずいので隠れていたのだが、口走った。 「あれは、悪魔ギンガルテイキュスだ!」  一瞬、車谷が後ろをふりむきかけた。ヤツにもモモテンの声が聞こえたのか? 「何、今なんていったモモテン」 「ヤツがこの前を通って行った時、ボクにはかすかに見えた、あの男に巣食っている物の正体が。まちがいない、西洋系の悪魔・ギンガルテイキュスだ。大魔王ゴッタン・マシューンダルの直属階位22位とされている、けっこう知られている悪魔だよ。コイツがこの陽本国にいるとは……」  あわてて旋は青石の化けた腕時計を「霊線眼鏡」に変えて車谷の姿を捉えた。 「ムムムムッ、なんだありゃあ、頭に黒い角が―、悪魔だ……」 「玄陣君、私にも見させて!」  急いで「霊線眼鏡」を式富にかけさせる。 「あら、ホントだわ黒い角。それにお尻にシッポがついているじゃない。悪魔が眼前に現れたってこと? こんなのってあり」  車谷駄目蔵の正体をたった今知った以上、玄陣旋と式富にんのふたりの仙能者は、ここに悪魔退治を遂行することを誓ったのであった。

 車谷は10時30分頃、ようやくタクシーを拾うことができ乗り込んで走り去った。自家用車ではまずいのだろう。一体誰と会うというのであろうか。旋とにんもタクシーをつかまえ、運良く車谷が去ったあと丁度タイミング良くタクシーが来たのである。行き先がわからないので移動装置は使えない。 乗るやいなやタクシーの運転手に車谷が乗っているタクシーを追ってくれと頼む。運転手は「ガッテン、承知之介」と張り切って答えた。運転手はまだ2、30代の若い男であった。車谷のタクシーは新宿の方へ向かっているように見える。30分ほど経過した。新宿区内の邸宅まできて停まり、車谷は人目をはばかるようにそこで降りた。その邸宅は二階建てで高級な造りになっている。一応社長クラスが住むような家には見える。門扉の鍵はかかっておらず呼び鈴を鳴らすわけでもなく車谷は周囲を見渡しながら急ぎ足で家の中に入ってしまった。近づいてきた旋とにんのタクシーには見向きもしなかった。  旋とにんはタクシーに料金を支払い、門の表札を見に歩み寄って行った。標札には「間動純一郎」とあるが、ふたりともその名を知らない。 「アイツ、ギンガルテイキュスといったか、この家の主である間動に呼びだされて来たのだろうか。間動の方が車谷より格上なのかもしれない。たぶん間動も悪魔なんだろう」  旋は付近を見渡した。人通りの少ない住宅街である。銀杏の木にカラスが数羽とまっているのが見える。目の前を自転車に乗った小学生の子どもが通り過ぎて行った。 「どうする? このまま待っているというのも芸がないわよね」  にんが間動の邸宅の屋根を眺めながら言った。屋根は不快なねずみ色をしていた。 「むん、そうだモモテンがいるな。おまえ、中の様子を見てきてくれないか。スパイとして役に立つ時がきたぞ」 とっさに思いついたのはモモテンのことであった。 「ボ、ボクか――、悪魔どもにボクの姿はみえないとは思うが、もし見られたら……、チョットアブナイかも」 「何を言っているんだモモテン、見つかったらテレポテーションすりゃいいじゃないか。なんとかなるって」  そう旋に口説かれてモモテンカンネンしたか、家の中へ侵入を試みた。すると、10分もたたないうちにモモテンはあわてふためいて戻ってきた。 「ヒェ~! アブネエアブネエ。応接室で車谷と間動がなにやら話していたが、ボクが天井の隅にいたところを間動に見つかってしまった。間動は80才ぐらいの老人だが、その正体はやはり車谷と同じく悪魔だ。その名は「エンドライズン」大魔王ゴッタン・マシューンダルの直属階位20位のツワモノだ。見つかった瞬間ボクはエンドライズンから念力波動眼線アイビームをおみまいしてしまったよ。幸いかすった程度にとどまったが冷や汗冷や汗、まともにヤツのアイビームをくらえばさすがのボクもどうなっていたかわからんよ。こんな恐ろしいめにあったのは生まれて初めてだ。もうヤツの顔を見るのは願い下げだ」  なみだ目で悲痛に訴えるモモテンが痛々しかった。かすった程度だと我慢しているが左翼の付け根が火傷したように傷ついている。 「そうか、間動純一郎もやはり悪魔か。間動にモモテンが見えたのか、となるとモモテンはもう使えないないな。偵察ごくろうモモテン、あとはゆっくり休め。ところで車谷にはモモテンがわかったのか?」 「車谷は間動に指摘されて眼力が鋭敏になり、ボクの姿が認識できるようになっていった。エンドライズンほどの力はない証拠だろう。とにかくエンドライズンのアイビーム攻撃に動転してしまい、10秒ぐらい部屋の中を逃げ回っていたからね。完全にボクはバレバレだよ。ボクから悪魔どもに対抗する攻撃手段がないからデレポでここまで戻るしかなかった。あとは旋、ボクの仇を討ってくれよ頼んだよ」 「よしわかった。だが、奴等をいかにして本性をむき出しにさせるかだが、人間なりすましに徹して悪魔ではないとシラをきられればやっつける大義名分がない。この世で人間生活をおくっている以上はいくらこちらが奴等の正体を知っているとしても人間として消すわけにはいかないだろう。奴等の了解を得る必要がある。おれはそう思うんだが、式富君はどう思う?」 「そうよね、私もその通りだと思うわ。なんとか悪魔の姿に変えさせて私たちにバレバレだっていうことをわからせてとっちめるしかないでしょう。問題はこっちからケンカを売って相手にされるかしら? いきなり悪魔ども覚悟しろ! では通用しないと思うわ」  思案げに式富はアゴに手をやった。すると、式湘が何かひらめいたらしく旋とモモヤンに耳打ちした。 「そういきますか、さすが度胸ありますね式湘君」  いかにも感服したように旋は言った。 「じゃ、この場は先輩の式富君からお願いします」 「なにそれ……」  旋のふがいなさに式富はがっかりするところがあったが、言いだしっぺは自分でもあるし、いまさら後には引けない。こんな時にレディーファーストってずるいんじゃないの、と抗議したかったが旋のたいして頼りがいのあるような顔でもないのを見ると、仕方のないことにも思えてくるのである。

 

16.実戦来たる

 にんは、はらを決め玄関の呼び鈴のスイッチを押した。1分たっても誰も出てくる様子がない。もう一度鳴らす。30秒すると玄関ドアが開いた。眼前に80才ぐらいの頭は薄くハゲかかっている陰湿な目つきの老人の姿があった。モモヤンがやられた間動だということがすぐわかった。モモヤンは見つからないよう隠れている。老人は体中に酷薄な殺気を漂わせ苦々しげに口を開いた。 「な、なんだね君たちは――、ここは子どもの来るところじゃないぞ!」  不快感を露骨にあらわした。 「お忙しいところ恐縮です。実は私達こういうものなんですけど……」 眼鏡をかけている式富にんが、眼鏡は魔物が見えるという眼鏡である。間動の顔に赤い革手帳を突き出した。手帳には「統霊警察機構」と紙に書かれたものがセロハンテープで貼ってある。さっき急いでつくったのだ。TKKに警察手帳のようなものはない。手帳は生徒手帳である。 「統霊警察機構だと? なんだそれは」  意外であった。とぼけているようには見えない。間動は実際知らないらしい。奴等の仲間を統霊警察機構は退治してきているのに知らないというのか。考えられるのは統霊警察機構が闇にもその存在を隠して活動しているということだけだが、奴等に知られずいるというのは凄いことである。この時式富にんと玄陣旋は司令官・法道凱の顔が浮かんだ。  「統霊警察機構」を知らない間動の反応には拍子抜けした。この手帳に驚きあわてふためきヤツから勝手に攻撃を仕掛けてくると計算していたのである。アテがはずれた。二の矢を放つ。 「えっ、知らないんですか? そんなはずはないと思うんですけど、悪魔エンドライズンともあろうお方が」  式富は思い切って挑発に出た。 「あ、悪魔だと、この小娘がふざけたことをぬかしやがって! このわしを誰だと思っている、間動建設会長のわしに対してなんたる言い草だ」  間動が顔を赤らめ怒り心頭ににんを罵倒した。 「ふーん、ではその後ろのお尻の黒いシッポはなんなのでしょう? 私にははっきりと見えるんですよ、あなたの正体が―― 素直になっていたたければありがたいです」  不適な笑みを浮かべ式富は徹底抗戦の構えを見せている。かたや今回初出動の旋はドアが開きっぱなしの玄関入り口でその様子を黙って窺っている。すると間動の怒鳴り声に気になったのか応接室にいた車谷が姿を見せた。 「どうしたんだ間動さん」  間動が車谷に耳打ちをする。車谷が頷いたように見えた。 「ほほーっ、わしらがお前らのいう悪魔だという証拠がどこにあるんだ。悪魔に見える? ボケ!頭がおかしいぞ、そんなことが通用すると思っているのか。血迷ったことをぬかしやがってタダではすまんぞこのガキは!」  手負いの野獣のような凄みを漂わせ車谷は両目をひんむいて威嚇した。ひるまず、式富は冷静さを失わない。一応挑発にのってくれたので次がやりやすいと思っている。旋は玄関のドアに背をもたれて傍観の態である。余裕なのかどうか知らないが、式富ひとりにまかせてもなんら不安を感じていないようである。自分がやることは何もないようにさえ思えてくる。それほど式富は勇猛果敢なヒロインになりきっていたのであった。これから奴等の挑発にどう出るのか旋は興味津々であった。 「そうですか、ふたりとも素直じゃないですね。私達に正体を見破られてしまっていることはわかったでしょうし、私達を無視するわけにはいかないでしょうね。あとで処理してしまおうなんて考えているのかしら? それでは遅いかもよ」  咄嗟に目も止まらぬ速さで手鏡を取り出し、車谷と間動に向けて手鏡をかざした。手鏡から何かが放射されたのか、ふたりはあっというまに白い煙に包まれ、3秒もするとケムリは消え去り現出したのは異形の姿に変じていた車谷と間動であった。ふたりとも全身黒ずくめ、まるでサルのような肢体、禍々しい眼光を躍らせ裂けた口には野獣のような鋭利な牙をさらけ出しているではないか。ギンガルテイキュスとエンドライズンは少しは車谷と間動の個性は残している。区別がつくのである。ふたりの違いが鮮明にわかるのが眼の色であった。車谷ギンガルテイキュスは灰色、間動エンドライズンは緋色、そのふたりの両目が屈辱感で燃えていた。間動エンドライズンが緋色の双眼に狂気の光を発してはき捨てた。 「グググッググ――、やりおるわ。このワシがこんな小娘に素っ裸にされるとは……、チョー恥ずかしい! 小娘、もはやこのまま帰すわけにはいかなくなったぞ、死ね!」  エンドライズンの緋色の双眼からモモヤンを狙い撃って負傷させた念魔波動眼線アイビームが式湘にんに向けて放たれた。だが命中することはかなわない。式湘は反射神経抜群であり簡単には当たらない。アイビームは後ろの旋の傍らを抜け通った。 「式富君、はやくおれにメガネを! 」  旋は青石のメガネを超威光線銃(ちょういこうせんじゅう)に切り替え、ギンガルテイキュスとエンドライズンに超威光線を撃ち放った。それはレーザー光線にように見えるが全く異質のものである。間髪入れぬその速さにギンガルテイキュスとエンドライズンは避けることができなかった。両者もろに顔面にその超威光線を受け、顔が焼けただれ目がつぶれ鼻がなくなっていた。だが、さすがに不死身の悪魔らしく貌はすぐ元どおりになりギンガルテイキュスが両腕を振り上げ襲い掛かってきたが、エンドライズンは狭い玄関ではおもしろくないと思ったのか居間の方へ下がった。そのエンドライズンを追い式富が家の奥に入り込んで行く。ギンガルテイキュスは旋の相手をするらしくその場で激しい掴み合い、殴り合いになっている。接近戦になりときどきレーザー銃で思いっきりギンガルテイキュスの頭をぶん殴るが、利いている様子がない。逆に旋はギンガルテイキュスの強烈なカウンターパンチをみまいぶっ飛んでしまった。口と鼻から出血してしまっている。旋は超威光線を撃つ、が今度は見事によけられた。ひらめいて超威光線銃を剣に切り換えた。剣で応戦、ギンガルテイキュスを斬る。しかし、ギンガルテイキュスは痛さもなにも感じないのか、斬られるままに平然としているのである。旋の動きが止まり、廊下で両者うごかずに対峙している。 「グッヒヒヒ、どうしたもう疲れたのか。おまえのその武器はなんだ。通用せんだろ、ワシらには。ムダな抵抗とはこのことだな。そんなもんで悪魔退治ができるとでも思っているのかお前は、愚かな話だ、グッヒヒヒヒ」  嘲笑とともにギンガルテイキュスの両腕がどくろ首のようにひゅるひゅるりと伸びてきて旋の首を両手で捉え首を絞めにかかった。旋はわかっていたが金縛りにでもあったかのように逃れることができなかったのである。凄まじい力で締め上げられ息ができない。力を振り絞って右手に握っている剣で長く伸びてきている両腕を思いっきりたたっ切った。スパッといともたやすく切断できた。意外であった。ゴムのように切れにくいものだと思っていたからである。切れなければ、あるいは力を殺ぐことができなかったら絶体絶命のピンチであった。とにかく旋はなんとか絞め殺される窮地から脱したのであった。クビに絡まっていたギンガルテイキュスの両手は無力と化し下に落ちた。その切断面からは血もなにも出てない。まるでハムである。仁王立ちとなっているギンガルテイキュスはしばらくすると切断面が手がはえてきて元にもどり再生してしまった。ギンガルテイキュスの顔が地獄の淫鬼のようにおぞましくなったかと思うと絶叫を響かせ口から猛烈な火を噴いた。旋はその火の勢いに跳ね飛ばされてしまった。不思議に火傷は負っていない。危うく全身火達磨になりかねなかった。玄関の外まで叩きつけられ、ダメージもかなりのものであったが、気力で起き上がり持って離さなかった剣を再び超威光線銃に切り換え、ギンガルテイキュスを狙い撃った。放たれた帯状の黄色の超威光線はギンガルテイキュスの全身をくまなく照射した。徹底してやすまず超威光線を放ち続ける。的をはずさないようにまさに超威光線銃に祈るように渾身の力をこめている。次第に超威光線銃の前に仁王立ちになりなんの抵抗もできないでいるギンガルテイキュスがその姿を変形し徐々に萎縮していくのが容認できた。ギンガルテイキュスがたまらず咆哮をあげ旋に呪いがましくはき捨てた。 「ウォー、やめろやめろ、きさまムダなことはやめろ! 」  不死身のギンガルテイキュス、いかに喘ぎもがこうとも超威光線の前になす術がない。旋の攻撃はやまなかった。そしてついに5分して、なんとギンガルテイキュスは驚くべきことに黒い丸いゴム風船にその姿を変えられてしまっていた。旋はギンガルテイキュスが極まったことを悟り、最後の仕上げ、とどめをさすべく超威光線銃から弾丸を発射する拳銃に切り替えそれに金色の弾丸をつめた。ギンガルテイキュス、今や無残にもコ゜ム風船になりはてた、それに狙いを定め金色の弾丸を奔らせた。

「悪魔よ去れ!」   金色の弾丸は黒風船に当たった刹那、みずからも爆発しバーンという音と共にあとかたもなく消失した。ギンガルテイキュスはこの世から抹殺された。「魔界送り還しの術」に敗れ去った瞬間であった。

 さて、リビングで戦っているはずのエンドライズンと式富にンはどうなっているのか。エンドライズンは執拗に緋色のアイビームを発射する。さすがの式富もまともにくらってはどえらいことになるのはわかっている。必死の応戦である。式富はジーンズの右ポケットから赤い手袋を取り出し両手にはめる。この手袋によってなんでも飛ばすことができる、というか補助的なものなのだが素手でやるよりは極めて効率が良いからである。手袋をしてやる方が手を保護しかつエネルギーの浪費も少なく、スタミナはどこまでも続くかに思えるほど有効だったのである。  式富は、リビングにある花瓶やイス、テレビからなにまで念動力で宙に浮かせて、エンドライズンめがけ物を飛ばしまくった。エンドライズンもこれにはびっくりしたらしくよけそこないまともに花瓶を顔面にくらってしまった。 「小娘が、このワシを本気にさせるとはな。小癪な小癪な」  煮えたぎる緋色の双眼が貌からいまにも飛び出そうである。唸りをあげ、エンドライズンは式富に狂ったようにアイビームを撒き散らした。部屋の壁はズタズタに破壊され大きな穴があいてしまっているところもある。めくらめっぽう放つがなかなか標的を捉えることができない。下手な鉄砲数打ちゃ当たるってもんだが、下手でもないエンドライズンの攻撃を見事にかわしている式富の方が上なのである。敏捷な動きはまさに人間離れしている。さらにはあの移動装置をうまく活用しているのだから応用力も天才的だ。瞬時に物飛ばしをやめ、式富は手袋をはずし今度はジーンズの左ポケットからピストルに見える物を取り出した。それは前回の闘いでTKKから授かった武器であった。薄く軽い13センチほどの大きさで折りたたみ式で材質も特殊金属でできている。組み換えができふだんは携帯電話として使用できる優れものである。式湘は来る前に自宅でピストル仕様に組み立てていたもので式富はエンドライズンの眼を狙った。放たれたのは細く赤い光線であった。エンドライズンは不覚にもよけきれず赤い光線を右目に受けてしまう。さらに左目も負傷し、うめき声をあげ両手で貌を覆い両眼を復元すべくエネルギーを集中させた。復元力があるゆえなのか、攻撃から逃げるという動作は緩慢な性質なのだろう。ギンガルテイキュスもそうであった。そうはさせじと式富は赤い光線を放ち続けるがエンドライズンの全身が焼け焦げてしまったかのようにボロボロになってしまっている。容赦なく攻撃する。苦し紛れにエンドライズンが最後の力を振り絞って牙をむき口から火を噴いた。火がソファを燃やし勢いあたりに飛び火する。火を消しているヒマなどない。あいかわらず式富は赤い光線を集中的に間断なく浴びせるが、5分するとさすがの悪魔エンドライズンもギンガルテイキュス同様あわれな姿になりはてていた。黒い直径1メートルぐらいの風船が宙に浮かんで動かないでいる。周りはいよいよ火の海となりつつある。式富はエンドライズンが極まったことを悟りピストルの切り替えスイッチをレッドからゴールドに押した。そしていよいよとどめをさすべく、その異様な物体に金色の光線が撃たれた。命中しバンと弾ける音とともにエンドライズンはあとかたもなく消えうせてしまった。これまた「魔界送り還しの術」であった。  部屋はすでに炎の海と化している。そこへ旋が駆けつけてきた。 「大丈夫か、富み湘君。こっちはなんとか片付けた」 「ええ、私もなんとかね」 「ふたりともこの火事で近所が騒がしくなるから、この場から早く引き上げよう」 火の勢いが凄まじくなってきた。モモテンがかすれた声を押し出した。 「そうだな、テレポ・ベルトだ。とりあえずあの高層マンションのところへ移動しよう」 「そうね、じゃ行くわよ」  ベルトに指をあてふたりと一羽はテレポテーションを実行した。

 間動純一郎の邸宅はあっというに炎が燃え盛り全焼は免れないように思われた。火の勢いは圧倒的で人の心も焼いてしまうようだ。まるで劫火のような炎につつまれた家の周りにはどっと野次馬がおしよせている。隣近所への被害が心配されたが風もなく消防が必死の消化作業で隣家へ飛び火は最小限に食い止め、隣家は大事には到らなかった。  翌日、家の主である大手ゼネコンの会長である間動純一郎が行方不明のニュースが伝えられる。焼死体も発見されず、住んでいたのは間純一郎ひとりだったという。そして同じ頃、最高検察庁の検事総長の消息がしれないという発表があった。奴等はもうこの世にはいない。魔界に還されたのだから。なんのてがかりも得ることはできないだろう。世間はミステリーとして扱うことになるのだ。車谷駄目蔵と間動純一郎は永久に行方不明者リストに載ることになった。

 

17.この空は――

 危難を脱した式富にんと玄陣旋は再びあの車谷の住んでいた高層マンションの前のベンチのところにいた。時刻は午後3時を過ぎている。旋は複雑な面持ちで腕を組んで座っている。その隣には真珠のような煌めきを身にまとい式富にんが何事もなかったかのように落ち着いた様子でいる。  青く澄んだ空に白い雲がひろがっていく。小鳥がさえずり風は清麗でいきいきとして、心地よい空気感があたりを包む。闘いを終えた戦士のささやかな祝勝セレモニーなのであろう。やったね。凄いもんだね。そんな声が聞こえてくるようである。後に、旋と式湘はTKK山郷から車谷と間動が国家転覆の謀略を画策するために密会していたのだということをきかされることになる。クーデターを行使するつもりだったらしい。

「まったく、悪魔なんていてもいいのか。実際この目で見てゾッとしたよ。こんな奴等をやっつけることができるのかと思ったが、結果的に退治できたのは奇跡としか考えられんな。式富君のことはおれは全然心配してなかったよ。実績もあるし、無難にやりとげると信じていたんだ。さすが先輩だね、自信あったんだろ?」  畏敬の念がこもっていた。 「自信? そうねえ、単なるハッタリかもね。もうイチかバチかよね。前回の仕事の際にTKKから伝授された「退魔銃」さまさまだわ。これがなかったらどうしようもなかったわ。それからその先輩っていうのやめてくれない、私もまだまだ駆け出しなんだしー」 感謝の表情で安堵して式富にんが言った。あえて旋の闘いの評価はしなかった。エンドライズンのアイビームをおみまいし負傷したモモテンだが気落ちしたところはない。旋と式富の闘いぶりに感動したのか自分のことはすっかり忘れているのかもしれない。 「とにかくふたりは凄かったよ。あの名うてのギンガルテイキュスとエンドライズンをいとも簡単にやっつけてしまったんだからな、恐れ入ったよ。本当に頼もしいデビルハンターだ、ポッポポポー」  時間が経つにつれモモテンのケガも徐々に治りつつあるようである。左翼の付け根が痛々しかったのだがだいぶ回復してきている。特に治療を施さなくともモモテンの治癒能力で十分といえそうだ。

 旋は自分でも無意識のうちに「魔界送り還しの術」を使っていた。なんでこうなったのかさっぱり見当がつかない。誰かに操られているのか。もしやこれが「覚醒」ということなのだろうか。突然潜在能力が発揮されたのである。これはやはり覚醒トレーニングの成果の表れに違いないと旋は確信するにいたった。実際あの「超威光線銃」を使いこなすには普通の人間には不可能なのである。ましてや切り札の金色の弾丸銃なら尚更である。霊能体脳、スバ抜けた資質を必要する。それはまさに「仙能者」にしかできないことになっているのだ。旋は超人体と化していたから発射することができたわけである。それは自己のエネルギーとの一体化を意味しているといえるだろう。一方の式富にんはすでに覚醒した「仙能者」である。しかも今回の仕事の前に一度山郷と戦闘を共にしたという経験が糧になっている。その分式富は余裕らしきものがあったかもしれない。

 高層マンションの近辺は人通りもまばらで閑静で、旋と式湘の悪魔との凄絶な闘いがウソのように現実感がない。あれは夢だったのだろうか。  陽は西に傾きはじめ秋色の風がそよぐ。残暑を後押しした太陽の光もやわらぎ一日が静けさに没しようとしている。仰ぎ見る空は地球の空となんら変わり無い。

―― この空はいつも見ていた空なのだ……。   玄陣旋、いや本当の彼の名は古密綸人。綸人は、いまだ自分が地球世界の者であることを誰にも語ろうとしていない。綸人はこの事実を自分の中にしまっておき、おそらく永遠に話すことはないと思っている。先のことはわからない。「統霊警察機構」に真実を明かすべきなのか、またその機会はやってくるのか。綸人は時の流れに身を委ねるのも悪くはないだろうと考えた。  デビルハンター、TKKの一員になるためにこの宇球世界に来たというのか、これも宿命なのかもしれなかった。おそらく二度と帰ることはない地球からこのうりふたつの宇球へ司条典人は招かれたのだ。

 60階の高層マンションを見上げながら司条典人はためらいがちにそっとつぶやいた。

―― 宇宙は……、どうなっているんだ……。   式富にんは、その横で途方にくれているような表情になっている古密綸人、玄陣旋の横顔をただ見つめるだけであった。

 ◆ ― 終 ― ◆


この本の内容は以上です。


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