閉じる


<<最初から読む

36 / 48ページ

ミッキーちゃん人形

新潟の母「けい」(95歳)に無性に会いたくなる時がある。
会っても私のことは霧の中だということは分かっていても、ほっぺとほっぺをくっ付けて温かさを感じるだけでいい。
 
病院で手厚い看護をして貰い、個室で静かに過ごしている最近の母。
ここへ辿り着くまでの心の彷徨は、老いるという事の切なさを私達にしっかりと学ばせてくれた。

けれど、昔口ずさんだ百人一首や歌は心の奥底にずっと忍ばせていて、不思議に思い出してくれる。
先日会いに行った折、妹が手を取りながら耳元で好きな歌【旅愁」を歌うと、ところどころ小さな声で付いて来るのを発見!
ーーーーーーーーーーーー
更け行く   秋の夜  旅の空の
寂しき思いに  一人悩む
恋しやふるさと  なつかしちちはは
夢路にたどるは 故郷の家路
ーーーーーーーーーーーーー
この「旅愁」の歌詞は、子供還りした母の意識の中で一番胸にくるものだったようだ。
女・・・。嫁いで姓が変わっても、老いた心が行き着く先は「ちちはは」のふところの温もりなのだろうか。

「おっかさまぁ」「あねさまぁ」とベッドの中から呼び続けた一年半程前のこと、母が何回かショートステイをしたことがあって、そういう施設をはじめて見る機会があった。
いろんな状態の方がショートステイやデイサービスを受けていて、食事時になると全員が車椅子で食堂に集合する。
母の前に座った方の胸が不自然にぽっこり膨れているのを見ていると、付き添っていた姉がそっと教えてくれた。
「あの方、セーターの中に、いつもミッキーちゃん人形を入れているの。」

穏やかな笑顔を浮かべた静かな物腰のその女性は、その後見かけた時もぷっくり胸で座っていらした。
今もその光景を思い出す度に胸があつくなる。
それぞれの人生を精一杯生きてきた方々・・・。とても考えさせられた一日だった。

今ではそんな時期が懐かしい加齢進行状況の母。
それでも「旅愁」を口ずさんでくれたことで、胸の中に灯火を貰ったような気分で千葉に帰ったことだった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


かけそば

この度の神戸の「MEMEと語ろう」の会で、問われるままに答えた私と主人の越し方。
東京の本店から新潟支店に転勤してきた主人と、若い連中でグループを作り、あちこち楽しく遊びに行ったりして2年半、再び東京の本店に帰った彼と職場友達結婚(恋愛結婚ではないような・・・)した私達。
苦学で大学を出たという彼の、何事に対しても「一生懸命に取り組む」姿勢に心惹かれた私だったが、6人兄弟の長男という大家族の中に突入する暴挙(?)に出た私に周囲の皆の驚きは大きかった。

彼と結婚した私は、東京の下町、寅さんで有名な葛飾区で、総勢10名という大家族の一員として出発した。

新婚間もなくのある日、用があって二人で出掛けたついでに立ち寄った古い小さな間口のお蕎麦やさん。
主人がとった「かけそば」を、私も・・・と同じものに。
つるつると食べていると、ぽつりと主人が言った。
「毎日のように大学へ行く前に、ここのかけそばをすすってから行ったけど、当時は何より美味しかったんだよなぁ・・」
「えっ・・・」
そうか・・。職場から大学に行く時に立ち寄ったお店だったのか・・・。
毎日家に帰るのが11時頃では、お腹が持たなかっただろう。

いつしか私の目から涙がこぼれていた。
紅顔の小柄な青年が、ここで毎日一人かけそばをすすっていたのか・・・。
向学心に燃えて、寝る間も惜しんで学んだ「学歴」も、所属する職場では「入行時以降」は全く反映されないシステムだったが、それでも学ぼうという意欲は本当に素晴らしいことだ。

「あの頃とちっとも変わってないな・・・」と古びた小さな店内を見回す彼。
茶色にくすんだ壁紙や、幾つかのテーブル。
それらが毎日あの頃の彼を見ていたのだと思うと、私の知らないセピア色した彼の歴史を垣間見た気がした。
いとしさと尊敬の心が入り混じり、私の知らなかった彼の若き日に思いを馳せていた。

経済的事情があって苦学した彼。
ちっともそれを語ることが無かった彼。
人何倍もの頑張りやの彼。

彼と結婚して良かった!絶対幸せにしてあげる!
そんな熱い思いですすった「かけそば」。

久しぶりにあの時の事を思い出したことだった。

(などと・・・。(^_^;) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「MEMEと語ろう」会

神戸のシルバーカレッジOBの方々からお声を掛けていただき、私MEMEとしては一世一代・前代未聞の事件が起こったのが

「MEMEさんと語ろう」という会の企画施行。

人の後ろに居ることで安心しているような私の生き方に、大革命が起こった!
今までの私なら「そ・そんな・・・」と後ずさりするお話だったが、何故か「はいはいはい」と引き受けてしまったのが不思議。
それだけ「ホームページ」について皆様とお話がしたかったのだと思う。
最初は10名から20名位でテーブルを囲んで「シルバー時代のパソコン利用の楽しさ」を皆で熱く語れたら・・と気楽に思っていたのも事実。
それが!なんと100名近い方々の前で・・・!という事態になり、あたふた・・・。

その日が来るのをどんなにどきどきして過ごすかと思いきや、良くしたもので、コンサートを控えた急ぎのドレス作成を抱え、ばたばたして過ごしていたのが幸いし(?)、何とかその日を迎えてしまった!


その間、一応原稿らしきものは何とか打ってはおいたが、はたしてお話出来るだろうか・・・。


この「心臓」は、何処から身についたものやら。
体格が「どすこい」になったのに連動して、心まで「どすこい」になっている自分に驚ろきながら新幹線の客に。
心配した主人も同行してくれたのがなんとも心強い!

さて、肝心の会の模様は・・・。
生憎の雨の中を沢山の方がお集まり下さり、もう、それだけで感激してしまった。


折角早起きして厚化粧をし、髪を巻いて出かけて来たのに、雨と汗でどちらもオジャン!


もう、何が何だか分からない内に壇上の人に・・・。
取敢えず頼りの原稿を片手にしっかと握り締めて・・・。
ところが!ここから悲劇が始まったのです!


なんと!設置されたスクリーンにMEMEのホームページを写しながらお話する為、室内の照明を暗くしてしまって、頼みの原稿が見えない!
(事前にスクリーンを使います・・との連絡があったので、そういう事態を察知すべきだったのに、アバウトに受け止めていた私の失敗!)
さぁ!それからの私の話は、思いつくまま迷走ダッチロール。


思いも寄らない事を口走ったり、自分で何を話したかも思い出せないような舞い上がりかた。


でも、「けいの部屋」の母子像に付けていた「母こそは・・・」の歌をY様の先導で皆で斉唱したり、夢中で話をしている内に、「2時間が経ちましたので、この辺で質問コーナーを設けます」との主催者のお言葉。


え~っ!まだ始まったばかりのような気分なのに・・・。もう2時間?
そう言えば、声もがらがらになっているってことは、しゃべり捲くった証拠・・。(^_^;)

そんなこんなで、生まれて始めての(私にとっての)大イベントは終了したのでした!

今思い返すと、恥かしいことを口走ったり、誤解されるだろうなあ・・・と思える出来事を披露したり、と、反省する事が沢山あったが、それらは次回の「ことども」でじっくりと書いてみようと思う。

今度の神戸でのいろいろは、私の人生の中で特記すべき経験だった。


神戸の皆様の温かいおもてなしと思いやりに包まれて、未熟で(精神的)臆病で内気な「どすこいMEME」の勇気と冒険の一日が終わったのでした!
ご企画下さった方々に、心からお礼と感謝の言葉を述べたいと思います! 多謝!!

これで又人間が一回り大きくなった気がします!(精神的にです!)どすこい!



ーーーーーーーーーーーーーーーーー
風薫る5月13日
 主催 【パソコン110番友の会・自然と文化の探検団】
 場所 : クリスタルタワー6階(総合研修室)にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


最近私の洋服の色の好みが変わってきたのに気付いた。


見渡せば、グレィとかベージュとか、落ち着いた色ばかり。
赤に目が行っていた40台~50台が嘘みたい。


今の自分の顔に映えないのが良く分かってきたのだろう。
自然と静かな落ち着いた色に落ち着く自分。


ちょっと前までは「年令と共に華やかな色を着るようにしよう」などと思っていたのに、これは不思議な現象だ。


振り返って見ると、赤などに目が行っていた時代は、女としての「焦り」が有ったように思う。


達観した60台、自分の現在を受け止めざるを得ない状態になった時に選んだ色たちが「落ち着いた色」だったのだなぁ・・と。

ある電車の中の風景。
私の前に座った、60台と思しき女性。
黒いセーターに、全てのものを「赤」に統一している女性だった。


本来なら統一性もあり、素敵に見える筈のそのファッション。だが、見ていて辛くなってきた。
靴まで赤。ふと見れば、やはり年は争えない皮膚の状態・・・。
その時からかもしれない。「赤」は着ないことにしよう」と思い出したのは。

女性は何時までたっても女性。
でも、どんなに頑張っても皮膚はそれなりのお付き合いをしてくれる。
化粧品のコマーシャルで「町野ゆみえ・52才」などと隠した顔を「バァ」して堂々と言えるのは特殊な人だから。


あんな「薄皮饅頭」のようなつるつるぴかぴかしたピンクの肌をした「52歳」が稀有な存在だから、ニッコリ登場するのであって、52歳のみんながあんなに美味しそうな顔をしていたら、お化粧品などいらない。


私もほっぺの皮を広げて「町野ゆみえ・52才」といいたいところだけれど、食パンの耳のようなものはしようがない・・・。


いいの・いいの。
ちゃんと年齢に沿ってそれ相応に生きていけば・・・。

そこで「グレー」「ベージュ」の世界が出現したのです・・・。(-_-;)

あぁ・・・。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
追記
化粧品のCMの新バージョンで、「牧野ゆみえ」とテロップが付いているのを発見!
「まちの・・・」 私の耳が訛っていましたぁ・・・。

追追記
今度神戸で「MEMEさんとホームページを語ろう」という会が催されることになり、主催者に自己紹介の為お送りした2年前のMEMEの写真。
まさかパンフレットに使われるとは・・・。
それが、赤いベレーに赤いマフラー姿だったのです。(最近は「ガマの油」状態で、自分の写真を撮っていなかったので・・・)
それをWebで見つけた方から書き込み。「あれ?MEMEさん、赤は着ないんじゃなかった?」
古い写真だということがバレバレ。  (^_^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ひとことで・・

今日は6ヶ月に一回の病院通い。
がんセンターで手術をしてからもう9年余。
去年までは3ヶ月毎の予約通院があり、いつものことながらあの病院へ行く日は憂鬱な気分。


当日はせめて落ち込まないように、ちょっとおしゃれをしてエイヤッと気合を入れて出掛ける。


今日もそんな気分で車中の人に・・・。

乗り込む時、電車の入り口近くに車椅子の人が乗っているのが見えた。
混んでいる時間帯での止むを得無いお出かけはさぞ大変だろうなぁ・・と思いながら電車の奥の方へ移動。


乗り換え駅に着き、ざわざわと大勢が降りていく。
私も皆の後ろからついて降りようとしたら、前の女性が入り口近くで立ちふさがって降りる様子がない。


「降りますぅ」と小さな声かけをしたとたん!
「ちょっと!待ってくださいよぉ!」とつんけんした返事が返ってきた。


えっ?


つと見ると、先ほどの車椅子の方がホームに降りて道をふさいでいて、降りられないでいたらしい。

とはいえ、孫といってもおかしくないような女性からの叱責めいた口調を浴びせられた悔しさは胸に残る。


どんなに年をとっても、人間としての感情は同じ、いや、ますます強く感じるのではないだろうか。


実にやっかいなことだが、今日一日「ちょっとぉ!待ってくださいよぉぉ!」のあの口調が耳から離れない。


私って器が小さいなぁ・・・。
今日のような日は、早くベッドにもぐりこもう・・・。
明日になればこの口惜しさを忘れるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



読者登録

MEMEさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について