3.美麗天地の物語
3.美麗天地の物語
3-0.《先史文明》遺跡
そも美麗天地には先人の都市遺跡あり。居住者なく、後人たちの到着時には、既に滅びていた、と言われる。
3-0-1.《ユヴァの猿族》
後人らより《ユヴァの猿族》と呼ばれる者ら惑星上にあり。言葉を持たず、文字を持たず、文化も持たぬと誤解され、当初は「類人猿なり。」と記録さる。
両性具有の群体として《思念共有》(ニワンサー)の力を有していたことが後に知られる。
遺跡都市の内紛滅亡時に争いを嫌って都を離れ野生に帰った人々の後裔、と理解された頃には後人たちとの交わりは断たれ、隠れた、または、滅びた、とされた。混血児の子孫らのみが遺され、後、その特殊能力を存続させるため少数民族として集められ、保護政策がとられた。
3-1.《星船》墜落。
美麗天地の後人らは《恒星間を渡る船》から墜ちた人々の子孫である。
一説には先人らはその落船の衝撃時に滅びた、とも言われる。
落船の子孫らは広く平坦な大陸部と多島海《ラクシャ・インストラ》に分散して墜ち、それぞれに0から文化文明を築きなおして再発展した。
ために初期文明は多文化多民族多言語空間の様相を呈し、「海峡を渡る」は「異文明世界に分け入る」と同義の危険をはらんだ。
3-2.初期《帝国》の成立。
大陸部に強国が建ち、いくつかの衝突と戦乱を経て《ラクシャ・インストラ》地域が併呑され、惑星全土が《ひとつの帝国》として緩やかに統合された。
3-2-1.《ナシルの谷》
帝国の有力者階級の子弟らと、平民階級から選抜された優秀な者らの最高等教育の場として「学都」(スレルナン)が制定された。
その中で一部の変わり者らが、与えられた官位を捨て、身分も性差もない「和合の暮らし」の理想を説いて、隠遁生活の村を創った。生涯不婚を許された別格公主アリンシ・エランの所領を恒久割譲され、《ナシルの谷》(エラン・ナシル)と名乗った。
後に惑星の正式名称となる《リスタルラーナ》は、この時、《ナシルの谷》を指して不婚公主の非公式な伴侶が詠った「リ・イス・スタル・アァルラーナ」(我らが麗しの天地よ!)が元であったと言われる。
理想と安寧の数代を経て、内乱時代に野盗に火を放たれ、土地としては滅びたが、その思想は残った。
3-3.後期《帝国》時代。
数百年にわたる内乱時代を経て再び統一帝国が建ち、平和政府の下、惑星全土がゆるやかに栄えた。
この時期、絶滅危惧種となった両性具有種《ユーヴェリー》らの末裔の「保護政策」が採られ、種の保存と普遍的人権の擁護を巡って、長らく論争が持たれた。
文化が普及し、科学技術が発展し、人々は生活に余裕を持ち、そして歴史に興味が向いた。
先人遺跡の探検と、合わせて《星船》伝説の検証が行なわれ、史実であったことがつきとめられ、ついに実物が発掘され、解析と研究が始まった。
3-4.《大崩壊》
それは突然だったと言われる。
惑星上のほぼ全ての生態系と文化文明とが、一瞬にして滅びた。
発掘責任者は直後に悲嘆にくれて自死したため詳細はつまびらかでないが、後世に往時の入力記録が確認された。
発掘隊は《星船》深部の「開かずの扉」をようやくこじ開けることに成功し、そこで提示された「光る文字」の、読めるようで意味の判然としない問いかけに対して、豪胆で知られた発掘隊長は、ただひたすらすべて「諾」の印を押し続けてみたらしい。と推測されている。
《星船》を統括する人工脳は問いかけていた。
「現住惑星を設定初期値の居住可能型惑星に再改造しますか?」
「現住惑星上に存在している全生命の保全は必要ないですか?」
「この選択を押すと警告なしに惑星改造が始まります。諾か?」
専門の高等教育を受けた少数の発掘技術者といささか知見の怪しい多数の自称考古学者とその昼食を手配していた家族の者らと天気の良い日にわざわざ地底の穴倉の遺跡探検と洒落こんだ物見遊山の好事家たち、わずか数千人のみを船内に保護して…
星船は埋まっていた地底の上の都市を瞬時に破壊して惑星重力圏外まで離脱し、即刻に「惑星改造」を開始した…
地表面は全て破砕され、微細粉末は分子原子のレベルで組み替えられ、「設定値ゼロ」の惑星表層改造が完了するまでの間、《星船》内でその報告映像を観続けることを強いられ人々は…
多くが嘆きのあまり狂死し、暴動が起き、荒れ狂い…
《星船》が再び地表に降り立った時、生き残っていたのは、数百人足らずであった…。
4.《 リスタルラーナ星間連盟 》の設立。
4-6.再起と開発。
「再改造」され尽した地表より奥深く、たまたま地底の《先人遺跡》の都市内にいた人々も原子分解の難を免れ、降りてきた人々と合流し、事実を知り、嘆き、そして再起の試みが始まった。
人々は「惑星起源伝説の再来だ…」と泣き笑いしながらよく働き、《星船》の自動機能を駆使して人工的な人口増大を図り、《星船》の提案に導かれるままに恒星間惑星開発に乗り出し、急激に増やされ過ぎた人口は更なる新天地を求め、近隣の小型惑星と大型衛星は、次々に「居住可能型」に改造されていった。
4-7.好奇と衝動。
人々は次々と与えられる「新しいもの」を喜び、「古いものを調べる」ことに極端な忌避を示した。
人種としての無意識集合体のトラウマが形成されたのである。
知的好奇心を満たすための学術教育は歓迎されたが、歴史や来歴を知る・学ぶなどの必要性はことごとく無視され、回避された。
記録は残されず、交渉もその場限りで、不足による争いが生じれば《船》に命じて、即座に新しい代替物が提供された。
4-8.忘却と忘失。
数代を待たず、人々は餓えも乾きも病も恐怖も死も忘れ…(加齢により死に近づいた人々は巧妙に隔離され、若い人々の眼からは消えた)。
その数5000と概算される惑星と衛星と人工基地とに分かれ住んだ人々は、共通言語と軽佻浮薄な好事家、という文化的心理的特徴のみを共有し、常に新しい刺激を欲し、わずかでも人生に倦み退屈すれば、簡単に世界を拒絶し、しばしば(軽率にも)衝動的な自死を選んだ。
4-9.疑問と停滞。
「…なにかが、おかしいのではないか…??」
そう呟いて立ち止る人々が現われ、この時に至って初めて「統一機構」が再結成され、有志による行政府が組織され、「リスタルラーナ星間連盟」と名乗った。
「行政」に関わる人々は、禁忌と忌み嫌われる「記録」と「計数」をしばしばとりたがるため、一般の人々からは「変人」と忌避され、「過去をほじくりかえして《大崩壊》の愚を再発したがりかねない、危険思想な人々」という認識すらなされる場合があった。
4-10.退屈と退廃
やがて多くの人々は、請えば次々と与えられる「新しいもの」が実は「いつか観たものの焼き直し」に過ぎない繰り返しだということに気づいてしまった。ひたすら新奇を求めることにすら飽き、無気力無関心の心の病が拡がった。
うわついた恋愛や結婚や家族という幻想が激減し、子どもや子育てという行為が魅力を持たなくなった。
自然人口は激減の一途をたどった。
みずから「行政」に関わろうとする生存欲の強い少数派の有志がこれを憂い、個人の希望ではなく「行政の意志」として、星船の自動機能から「人工繁殖機関」を独立させ、養育施設を工夫し、減り続ける自然人口に対して穴埋めの「育成人材」を増やし続けた。
4-X。《テラザニア》発見。
そんななか、最初期型の「育成人材」の一人であり、星間科学者マリア,オードら夫妻の養子でもあったマリア,ソレル女史が、辺境星域探査中、星腕影の暗黒の彼方に別文明《テラザニア》を発見、調査を開始した。
この情報は極秘裏のうちに上部会議にかけられ、「文化衰退抑止のための人心起爆剤」と認識され、大規模な「開国促進キャンペーン」が始まった。
5-1.《 地球 》 再統一。
5-1.《地球》再生。
杉谷好一と《滅びの狼》らによって一旦は無生命の場と化した惑星《地球》であったが、ごく浅い急造地下シェルターの耐用限界を迎えて数十年後には地表に戻り適応せざるを得なかった人々を端緒に、同じく戦乱で破損し老朽化した移住衛星から降下する人々も増え始め、過酷な環境に耐え、より生存に適した土地を求めて争いあう戦乱の世が始まった。
5-2.統一の試み。
生き残った人類らが愚かにも同じ歴史を繰り返そうするを憂い、地表の統一と平定を試みた者がいくたりかある。
教化と技術文化の統制により《北方国》をまとめたリースヒェンソルトと、南西諸国を停戦講和に導いたマリーアン・ド=リームの功績が特に大きい。
しかし時いまだ至らず、再び世は乱れ、人心は荒廃した。
5-3.《救い手》リースマリアル。
《迎夢者たち》を率いて、少女リースマリアルが世界統一に立った。
「戦わない、殺さない」を掲げて彼らは歌舞音曲と防護技術のみをもって各国軍を幻惑し篭絡した。
5-4.《草莽の民》併合。
リースマリアルの没後も《迎夢者たち》によって倦まず続けられた進化論的積極平和主義のもと、地表西方諸国がおおむね束ねられた後も、宗旨と世界観の異なる東方諸族は「言語や文化をも含む統一の強制」を硬く拒んだ。
強硬派による「武装国境線」封鎖論をなだめるために派遣された全権大使ヨセフィア・アークタスに対する、巫女王サエム・ランの降嫁、という劇的な形で、その分裂は回避された。
5-5.《テラザニア》成立。
数十年の時をかけて無力化され尽した各国と諸族は講和の席につかざるを得ず、紛糾の末、その会議は《地球系星間(全居住可能圏)統一連邦》と定められ、略称を《テラザニア》と決めた。
普遍的人権の絶対護持のみを唯一の統一点とし、その他あらゆる文化と価値観の多様性共存を、第二の旨とした。
5-6.第一種接近遭遇。
細則について常に会議が紛糾を続け、幾度も破断分裂再抗争と危ぶまれるなか、突如、「第一種接近遭遇」の報が辺境星域からもたらされた。
《リスタルラーナ星間連盟》からの、一方的かつ強引な開国要求である。
短時間のうちに開国友好派と猜疑心に満ち溢れた撃退派の大論争となり、人心は千々に乱れ、巷に暴動があふれた。
リースマリアル亡き後の「統一の象徴」の一人と崇められていたサエム・ランが運悪く暴動に巻き込まれて危篤。胎内の第2子も危ぶまれる…との速報で暴動は一気に沈静化し、悲嘆と祈りの時に変わった。
この時リスタルラーナ全権大使ケティア,サークの機転と同行者ソレル女史の技術力により一命を救い、母子ともに無事生還。世論の爆発的な歓迎を得て、開国と友好通商が決定した。
これを記念して《地球圏統一暦》は《星暦》と改められた。