閉じる


  • 近目同心
  • 近目同心
  • 幼い頃から近目で眼鏡が離せない真之介は、小身の旗本の次男坊である。 近目のため婿入り話もなかなか来なかったが、縁あって、急逝した定町廻り同心の一人娘百合の婿に入ることに…。 少女時代の百合を見て以来、心ひそかに百合を慕っていた真之介は、両親の杞憂を押して縁談を承諾する。しかし、百合はある秘め事を抱えていて、祝言の後も、真之介に心を許すことはなかった。 煩悶しながら慣れない定町廻りの仕事に励む真之介は、ある事件に遭遇する。
  • 連載 江戸時代 同心 人情

  • 無料
  • 1回配信 ( 配信日を確認 » )
  • 購読者0
  • oleaolea

玄衛門の死

 一月前、定町廻り同心の笠原玄衛門が、急逝した。表向きは急な病ということになっているが、深夜、奉行所からの帰り道で何者かに襲われ、命を落としたのだった。月のない晩に暗闇で待ち伏せしての一太刀とはいえ、若い頃は八丁堀の道場でならした玄衛門に刀を抜く間を与えない腕は、相当のものであろうと推測された。

 

 その夜、玄衛門を見つけたのは、玄衛門に付いている中元の佐吉だった。奉行所からなかなか帰って来ない父に夜食を届けたいという娘のゆりに頼まれて、八丁堀から奉行所へ向かう途中で、刀の柄を掴んだまま倒れている下衛門の亡骸に行き合った。

 

 「だ、旦那…」

 

 この時の瞬間を、佐吉はこの後いつまでも、血が凍るようなここちまで、まざまざと思い出すのだった。

 

 知らせを受けた玄衛門の上司の与力や、近しい同僚は、探索事の遺恨で襲われたのではと推測した。しかし翌朝、新たに発見された物乞いの死体に同じ太刀筋を見つかり、奉行所内部での見方が変わってしまった。刀の試し切りの餌食になったという節が上役たちの間で囁かれ、それでは奉行所の威信に係るということになった。そしてあろうことか、その死の真相は隠ぺいされ、下手人の探索も公には行われなかった。

 

 栄三郎は、先代の後を継いだ時から、玄衛門に手札を与えられていた。彼の清廉潔白、謹厳実直でありながら、人情も心得た仕事ぶりに、心から信頼を寄せてきた。それだけに、玄衛門の頓死は衝撃であり、表だっては行えない下手人捜しに歯噛みをした。

 

 八丁堀の人間は、総じて口が堅い。しかし、それは外に対してであり、八丁堀内では玄衛門の死因についても、試し切りにあったという噂が口から口へ密やかに伝わっていた。

 

 そういう事情を受けて、玄衛門の通夜、葬式は、身内とごく近しい者だけで、ひっそりと行われた。

 

 通夜の夜、栄三郎は一人、通夜の行われた玄衛門の家の台所で、玄衛門を偲びながら通夜の席で出される燗の番をしていた。そこへ、早くに亡くなった玄衛門の妻の兄、庄司文太郎の妻、瀬名が飲み干されたとっくりを盆に載せて現れた。

 

 「奥様、申し訳ありません。女中は何を…。」

 

 栄三郎は、慌てて盆を受け取った。

 

 「良いのですよ、台所に来るついでですから。栄三郎、おまえに聞きたいことがあってね。」

 「へぇ、何でございましょう。」

 「ゆりのことなのですが…おまえは、玄衛門殿からゆりの婿について何か…候補があるようなことを聞いていませんか。」

 「申し訳ありません。あっしは何も…。」

 「そうですか…。うちの旦那様は、笠原の家のことは、ゆりの望むようにすれば良いとおっしゃるのですが、私は、できればゆりに婿養子を迎えて笠原の家を継がせたいのです。笠原の家が絶えれば、玄衛門殿を殺めた下手人のことも忘れ去られてしまうようで…。」

 

 いつもは万事おっとりとやさしい風情の瀬名が、八丁堀育ちの女らしい気の強さを見せた言葉は、栄三郎とって嬉しいものであった。

 

 「奥様、あっしは絶対あきらめません。必ず、下手人を捜します。」

 

 とっくりの入った鉄瓶をにらみながら、栄三郎は静かに決意を口にした。その耳に、おえいのしのび泣く声が聞こえた。

 

 早急に、ゆりに婿を迎え、笠原の家を継がせて、いずれ玄衛門の死の真相を明らかにする。おえいの知らないところで、そのためにすぐに動き出そうとしている人間がいた。かつて吟味方与力として辣腕をふるった宗井陣一郎であった。

 

 宗井は、既に隠居の身ながらまだ奉行所内につても多く、笠原家の存続については、すぐに人事を担当する年番方与力に話を通していた。実は、婿の候補も、前々から宗井の頭にはあった。それなのに、急ぐ話ではあるまいと、玄衛門に伝えないままこのようなことになって、ひどく後悔していた。だからこそ、この話をまとめて笠原の家を継がせることを、玄衛門の霊前で誓っていた。


奥付



【2017-09-12】近目同心


http://p.booklog.jp/book/117208


著者 : olea
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/olea/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/117208



電子書籍プラットフォーム : パブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社トゥ・ディファクト




この本の内容は以上です。


読者登録

oleaさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について