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第2章 継ぐ者たちの時代


8 失格者

(分からない。私はチェリアさまが大切だから卵を得ようとしているのか。それとも自分可愛さから卵を得ようとしているのか)

 


 そうやって自分の考えに没入するうち、しだいに現実から遊離しはじめていたアサジの目を覚ますかのように、「ギェーッ!」と、一羽の海燕の鳴き声が、鋭利な刃物のように鬼気せまって響きました。


(バカな考えだ。ふふ、まるで自分が簡単に卵を手に入れられるような口ぶりじゃないか。私が偽善者で卑しい者であれば、周りをとり囲んでいるこの鳥たちは、じきに私に向かって攻撃してくるだろうに。

 

  ふっ、見るからに狂暴そうだな。彼らに襲われたら命すら落としかねないぞ。命がけとあらば、私のような卑しい者には、今からでも引き返すのが一番の良策なのかもしれない)


 アサジがそうやって自分の弱さを全面的に認めようとした時、彼の心の奥のほうで「しかし」という言葉が響きました、


(しかし、私が生きたところで何になろう)と。


(私の命は、バッティーヤさまから預けられたものに過ぎない。今の今までそう思って生きてきたのだ。意味なきものが本島に戻っても仕方ないし、ここで失われる命ならば、それこそ私の身の程を示しているではないか。鳥たちの高貴さによって奪われる卑しい命、それは何と、人殺しである私の最後に相応しいことだろう)


 そう思った瞬間、彼の体からすべての"力み"が抜けていきました。


「高貴であるか、卑劣であるか、鳥たちよ、その答えはお前たちが出してくれるだろう。チェリアさまのために生きられぬ私など、どうなっても構いはしない。さあ、お前たちが思うとおりにするがいい」

 

 そう言ってアサジはモツ・ヌイ中央部へと歩いていきました。

 

 


 歩いていくうちに周りが静かになっていき、自分をつつむ空気からは、先だてほどの敵意がなくなっているのが分かります。ふと気づいた時には、アサジは、すでに海燕の巣の面前に達していました。


「ごめん、大切な卵をもらうよ」


 アサジの指先に、硬く温かな卵の感触が伝わります。親鳥は怒りの声を上げましたが、その怒気が周りに伝播し、それによって、あたり一面がアサジに害意を燃やすような事にはなりません。アサジは、間違いなく我が手に握られている卵を見つめながら、


「何とか君たちの敵にならなくて済んだんだね、ありがとう」


 そう感謝の意を表すことを忘れませんでした。一息ついてから周りを見渡し、深々と一礼したあと、アサジは来たときと同じように、ただ静かな足取りをもって海燕たちの王国から遠のいていきました。

 

 ところが、海までの道のりを、その半分ほどまで歩いていくと、


(変だな、鳥たちが急に騒がしくなってきた)


 と、アサジは周囲の常ならざる様子に気づきます。そして、怪訝そうに横を向いた瞬間、突如として、その頬に抉られるような痛みが走り抜けました。岩陰から誰かが飛び出してきて、そいつがアサジを下から襲撃したのです。


 襲撃者の腕力はなまじのものではなく、突然のことでもあり、アサジは危うく気を失いそうになりました。ですが、ぐらついた意識のなかでも卵を守ることは忘れず、また、閉じかけの目は、それでも相手の姿を正確にとらえました。


(イドだ!)


 そのイドは、動きの鈍ったアサジを、なおも二、三度殴ると、なかば泣きそうになりながら、彼の手に握られていた卵を奪おうとしました。


「出すぎた真似をするんじゃねえよ。勇者になるのは、この俺なんだから!」


「なっ、なにを馬鹿な! 私よりも誠心優れた者ならばまだしも、自分が勝つために他人を傷つけるような者に、大切なチェリアさまを任せられるものか」


 しかし、意識が朦朧としていることもあって、抵抗もむなしく、海燕の卵は、たやすくイドに奪われてしまいます。


「大切なチェリアさまだと。まるで自分のもののように、あの人を呼びやがって!」


「ちがう......私の命が、あの方のものなのだ」


「ふっ、ふざけるな!」


 そう叫んでイドが、とどめの一発となるであろう拳を振り上げた瞬間、ふたりの周囲で騒いでいた海鳥たちが、まるで統制されているかのように、一斉にイドの体をめがけて飛んできました。

 

 

 鳥たちの高貴なる心は、イドの不正をして、それを卑しいものと判断したのでしょう。そのためイドは鳥たちの敵となり、その攻撃の標的となったのでした。少年の巨体には、何十羽ともしれない鳥たちがまとわりつき、その鋭い嘴によって、イドの皮膚を無残なまでに傷つけていきました。


「何だよ、どうなってるんだ!」


 バッティーヤの事前説明を聞き流していたイドにしてみれば、自分の身に何が起こっているのか、いかなる原因で起こっているのか分かるはずもありません。


「痛い! 痛い! 痛い! 痛い!」


 肝心の卵は、イドの手から落ちてきたのをアサジが受けとめました。そしてイドの動きが鈍くなるにつれて、彼の体に群がっていた鳥たちも、一羽また一羽と離れていきます。


イドは血だらけで、しばらく声を上げることも出来ませんでしたが、狼狽しているアサジの顔を見ると、今までの痛みも忘れて、というより、今までの痛みも手伝って、その心に的外れな憤怒を燃え上がらせました。


「この、鳥たち......お前の、せいか?」


 黙っているアサジの前で、迷うことなくイドの拳は振り上げられました。おそらく再び鳥たちの襲撃を受けたとしても、それでもなお彼は拳を振りきることでしょう。殺人的な、決定打となる拳を。そして、アサジには、それに抵抗するだけの余裕がまだ戻っておりません。しかし、この時、二人の後方から声が響き、その声が、


「失格!」と、高らかにそう告げました。

 

 

 

 イドとアサジが振り返ると、そこにはタンガナに参加した最年長選手の姿がありました。


「カラマ......」


 状況をはっきりとは掴めなくとも、イドにとって、カラマの落ち着いた様子は、何か恐ろしい事態を予感させるに十分なものがありました。イドは、アサジに向かって振り上げた拳を今さらながらに隠そうとし、震える声でカラマに尋ねました。


「どういう事だよ、何であんたが失格だなんて言うんだよ」


「言いたくはなかったがね......つまり私は、勇者になりたくてタンガナに参加したのではないということさ。毎回恒例になっていることでね、遠目からでは分からない不正を確かめるために、選手のなかに一人だけ審判員が混ざるんだ。もちろん、選手たちには分からないようにね。それが、今回はこの私だってことさ」


 イドの驚愕といったら、まったく一様のものではありえません。


「まさか、嘘だ。そんな馬鹿な話があるもんか」


「イド、残念だが、君の名を選手名簿から削らなければならない」


「削られる? じゃあ俺は......もう勇者にはなれないんですか」


「当然そうなる。名簿から名前を削られた君は、形式上、このタンガナには参加していなかったことになる」


 イドは、顔を真っ青にすると、まるで崩れ落ちるようにして地に膝をつけました。目には、いかにも子供っぽい大粒の涙が浮かんでいます。そんなイドの肩をつかんで、カラマが意外なことを話しはじめました。


「実はね、私はタンガナを開催する委員会の一員なんだ。そして、参加年齢に達していない君が、タンガナにどうしても参加したいと言ったとき、それを許そうと初めに言い出した者でもある。幼い君の熱心さに打たれたんだよ。


 でも不安は付きまとった。いくら体が大きいといっても、君の心は子供のままだろうからね。それで審判員に名乗りをあげて君を見守っていたんだが......結局はこんな風になってしまった。本当に残念だし、僕としても責任を痛感しているよ」

 

 

 

 しかし、イドはカラマの話を聞いている風もなく泣きじゃくるばかりです。


「今さらタンガナに、参加してないなんって扱いをされたら、ほかの選手たち、が僕を不審に思うよ。そして、僕がアサジのっことを殴ったのが、バレて、そうして僕は卑怯者あつかいされる、んだ。そんなのは耐えられないよ......」


「......」


 甘さなのか、それとも優しさであるのか、それが本当にイドのためになるのか分かりませんでしたが、カラマは、この吹けば飛んでいきそうなイドに、これ以上の心の痛みを与えることが出来ませんでした。


「アサジくん......イドが君を殴ったことは、私は誰にも言わずにおこうと思う。イドを失格者としないために。虫のいい願いだが、それを許してくれないだろうか」


「私は、あなたの言葉に逆らうつもりは毛頭ありません」


 アサジがそう言っている間もイドは泣いていました。カラマの思いを理解したわけでも、アサジの厚情に感謝している訳でもないでしょう。イドはただ泣いているだけでした。幼い子供が泣くように、ただ泣かずにはいられなくて。

 

 

 

「二人とも、海に戻りなさい......」


 カラマがくぐもった声でこう言ったとき、折あしく、後続の選手がこの場に通りかかりました。


「おや?」と、その選手が戸惑ったような声を上げます。


 三人が三人とも虚をつかれましたが、さらに具合の悪いことには、実はこの選手、たった今この場に通りかかったという訳ではないのです。彼は近くの岩場からイドとアサジ、そしてイドとカラマの悶着を全て見ておきながら「そんなこと知らない、見てもいない」といった態度を装って姿を現わした者であったのです。

 


 この選手は、名をタントリといいました。


 タントリは抜け目なく、いま初めてイドを見たようなふりをし、


「うわ、悪くすれば、こんなにも傷だらけになるんですね。あれでしょう、心を高貴なものにしないと、鳥に襲われるかもしれないっていう。これじゃ僕は引き返すしかないな。イド君のような子供よりも純真である自信はないし、こんな傷を負うのは嫌だから」


 と、妙にしおらしい感じで言いました。


 そして、何も知らないカラマは、まさに「我が意を得たり」とばかりに膝をたたき、イドとアサジに目配せしながら言いました。


「そうだな、私もタントリと同じ気持ちだ。アサジ、君は走って海岸を目指したまえ。勝利を諦めた私たちは、君の一位を願いながら、ゆっくりと帰路を進むから」


 と、審判という立場を隠し、カラマはこのように言うことで、イドを、不正を働いた失格者ではなく、単に優勝をあきらめた者、という恰好で本島に帰そうとしたのです。イドの傷のことがありますから、帰りはおそらく船を使うことになるでしょうが。


 こうしたカラマの言葉を理解したイドは、


(優勝できなかったのは、もう仕方ない......とにかく、アサジから卵を奪おうとした卑怯者としての、失格者としての烙印を押されることだけは避けられるんだ)


 と、わずかばかりの安堵を胸に抱きましたが、タントリに感づかれてはまずいので、なるべく感情を顔に出さぬよう、深く顔を俯かせてカラマの後ろを歩いていきました。

 

 

 


福音書シリーズのご案内

福音書シリーズ


 旧約の預言者ダニエルによれば、再臨のキリストは2017年5月15日に現れるという。まさにその日からネット上に現れた「再臨のキリストによる福音書」シリーズ。


第一福音書 テロス第一  キリスト教の完成と終末について

完成と終末を意味するギリシア語である「テロス」。宗教の完成状態を提示し、キリスト教がその完成に達するか否かを論じる。


第二福音書 ヘルメスの杖、上 小錬金術

「神の人間化」の体現者であるイエスに対して、ヘルメスは「人間の神化」の象徴である。そしてヘルメスは錬金術の主催神だった。このヘルメス神がもつ杖をなぞりながら、私たちは神の高みへと昇っていく。


第三福音書 ヘルメスの杖、下 大錬金術

小錬金術のあとを受けて、ついに人は神の王座に辿りつく。それは「人間=神」という視座であり、これが達成したとき、人は「人の子となった神」となる。イエスは自分のことを「人の子」と呼んだが、これはまさに「人の子となった神(=キリスト)」のことである。


第四福音書 太陽をまとった女 自叙伝

私は一体どんな人生を歩くことで「人間の神化」を体現したのか。その答えがここにある。これはきわめて生々しい回想録である。


第五福音書 ヘイマルメネー 星辰的宿命と、神話の現実化

イエスは「人の子となった神」たるキリストであるが、彼は本当の意味では「人間になりきれていなかった」。だが、この書において、イエスは本当の人間となる。彼の影であるディオニュソスと一体化することによって。

 

第六福音書 テロス第二 再臨・審判・終末

第三福音書で「人の子となった神」になった私。それは現代にキリストが再臨したということである。再臨のキリストは、自らと教会とを裁き、その存続を否定する。


第七福音書 インターレグナム つなぎの王国

私によってキリスト教は、その終わりの時を迎えた。そして、それは多くの迷えるクリスチャンの発生を意味している。私はキリスト教に引導を与えた者として、キリスト教文明とは異なる、キリスト教以上の教えを提示しなければならない。その教えは「別のもの」が持っており、私の役割は、キリスト教と別のものをつなぎ合わせることである。

 


「再臨のキリストによる福音書」入門

 福音書シリーズ七巻を概説した入門書。まずこの書を読んでから、福音書シリーズに本編に入っていくのが、もっとも分かりやすいだろう。

 

キリストの再臨

 福音書シリーズを読むキッカケとなるべく編まれた、軽めのエッセイ。写真をふんだんに取り入れているので、楽しんで読むことが出来るだろう。

 

 


    
 
    


奥付



【2017-09-14】アトラスⅠ


http://p.booklog.jp/book/117068


著者 : 正道
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/seidou1717/profile


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