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パスキン

 あと一ヶ月で退院しなければならない。

病状はといえばあまり芳しい成果と言えるものはない、ように思う。

車イスを卒業し自走式の立ち形の押し車になったぐらいの変化である。

これがなくて一人で歩けと言われたら今だに不可能だ。

これはどういうものかというと赤ちゃんの歩行器のようなもので、それを高くしたようなものだ。

おしりの支えはなくコの字形になっている形のもので自分の体重をその什器に預け車輪によって動いてくれるというものだ。
少しは自立歩行に近づいたとも言えるが本人にとっては足はグラグラのままだし相変わらずいろいろなところにぶつかりながら進む。であるから当人にとっては非常にしんどい。
疲れる。
ここに二ヶ月いて分かったことは三ヶ月を過ぎたら歩くことができるようにならなくても退院しなければならないこと。

症状は個人個人まったく違い、重い人は回復への道が遠いこと。

働き盛りの40代の人も結構多いこと。

マヒした手とかは動いてくれるようになることもあるがまったく動かないままの場合も多いということ。

これに関してはダメージを受けた脳の部分がその近くに新しい代替ポートを作り、その新しい代替神経細胞によって機能が回復してくれるという説に立脚したものだが、それにも限度がありそうだと雄司は感じていた。
例えば同室の入院患者を見てもそうだ。

黒島は左半身がまったく動かないままだし、岡本さんはマヒもあるがその上に漢字をすべて忘れてしまっている。

おしめをしている人もいれば物の飲み込みに障害がある人もいる。

冷静になって周りを見渡すとその症状の多さに驚かされる。

それだけ脳というものは全身を司っており非常にデリケートなものなのだ。
ここにいると色々な事を考えてしまう。

ポジティブなことなど考えられる訳がないから全部ネガティブな事だ。

昨日の夜は中国でのことを思い出していた。

深センの日本居酒屋で雇われ店長をしていた沢山と偶然に再会したのも驚いたなあ。

あの人はパスキンのアルバイトをしていた時のチームリーダーをしていて半分社員みたいだったな。

あれは19の頃だから23年ぶりくらいの再会だった。 

それから雄司はつらつらとパスキンのことを思い出していた。

アルバイトでやった仕事なのにその成績が日本一になってしまったのだ。

その時はちょうどコンテストの期間であってシンガポール旅行が賞品となっていた。
そして初めての海外旅行と相成ったわけだ。
雄司はバイトの当初は玄関マットの飛び込みセールスをやっていた。
5、6人でキャラバンに乗って出発し地域を決めてから車を停めて付近の家にセールスする。

リーダーの沢山が地図を開き君は何丁目、君は何丁目という風にエリアを割り振っていく。

雄司たちはサンプルの玄関マットを小脇に抱えて決められた地域をセールスして歩き回る。

確か一週間に一度の交換で千円がレンタル料だった。
そういえばあれも大変だったなあ。
程なくしてキャビネットのセールスに移った。
これはどういうものかというとロール式のタオルである。
キャビネット内にセットされた巾30センチくらいのロール式のタオルは一度で出てくる長さが決まっている。

そこで手を拭く。

両手で両はしを引っぱり次の部分を引き出すと手を拭いた部分は自然に後ろ側に巻き取られていく。
この白いブリキのキャビネットを設置してもらうのだがなかなか成約には結びつかない。
確か設置時に二千円札だったっけな。
その時に一巻き500円のロールを4つサービスするのだから設置はタダみたいなものだった。
このセールスは成約率が悪かったので事業所に担当は一人だった。

その担当が長期欠勤することになり以前に数回取り付けの補助に行ったことがある雄司が担当することになったのである。

成約が無くても時給の500円はもらえるからイイか、と思って始めたところ小岩の商店街で一件の中華料理店の成約がとれた。

そこの主人曰く明日の3時頃にもう一度きてくれないか?だ。

その時にこの商店街の店主を集めておくからもう一度皆に説明してくれということだった。

その人は商店街の町会長さんだった。
次の日に店にいくとすでに10人くらいの人たちが集まっていた。

一通りの説明をし終わるか終わらないうちに我れ先という感じで雄司の周りに人だかりができて皆が注文していった。

今日、これから付けてくれ、とも言われてその日のうちに3軒もつけた。
結局、この日は9件の受注をもらうことになった。

そのうちの一軒のラーメン屋の奥さんから聞いた話によると保健所からの指導があり便所にペラっと一枚のタオルをおいておくのは不衛生であると注意勧告が出た。

さらに洗面には石鹸も常備しなさい、とのことらしい。 次の日から雄司は商店街に狙いを定めた。

ポツンと一軒だけの店は無視した。

まずその商店街の会長さんの店を聞き、そこに訪れる。
「保健所からの指導があったと思いますが、このキャビネットを設置してもらえば何の問題もありません。衛生的でさらにランニングコストは驚くほど安いです。衛生的な店が多いとお客も増えます。是非、商店街のみなさんに説明する機会を設けて頂けないでしょうか?」
大体はこれで注文に結びついた。

保健所という響きがこんなに彼らに効くとは思いもしなかった。

さらに「お客が増える」だ。
これには弱くない人がいるわけがない。
そうやって雄司はダントツのセールスをし日本一の成績をあげてしまったのだ。
でも今、ここでこうやって思い出すとオレの商売人生のスタートからインチキくさかったな。

 

そうだ、あの成功体験でオレのインチキは加速してしまった、と何を思い出しても後悔につながってしまう雄司だった。

この本の内容は以上です。


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