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門前仲町駅前自転車置場奇譚

 この広い駐輪場で起きている怪奇現象は、実にささやかなものである。

 停めたはずの場所から自転車がなくなってしまうのだ。といっても、完全になくなるのではない。違う番号に入っているのである。

 報告によれば、この現象は週に一度程度の割合で起きているらしい。すぐ近くの番号に入っていることもあれば、遠く離れた番号のこともある。

 いずれにしろ、移動は駐輪場内に限られているのだが、それでも盗まれたのだと勘違いして諦めてしまう者もいる。

 監視カメラの映像も調査したが、何者かが自転車を動かしている様子はなかった。まして常駐の監視員による悪戯などではない。誰が手を触れるわけでもないのに、いつの間にか別の番号に移動してしまっているのだ。

 たいしたことではないが、これはけっこう苛々する。

 急いでいるときのことを考えてみるといい。改札を駆け抜けて駐輪場に来たものの、入れたはずの番号に自転車がないのである。他のどこかに入っていると分かっていても探している暇などない。仕方なくタクシーを使う。無駄な出費である。自転車は後日探さなければいけないし、当然駐輪代も四時間ごとに百円ずつじわじわと上がっていく。

 ある日、近所の子供が大きな蝉を捕まえたといって監視員に見せに来た。

 蝉にしては大きすぎた。子供によれば、女子高生の自転車のサドルに頬ずりしていたところを虫取り網で捕まえたという。隙だらけだったらしい。

 監視員は直感した。こいつは駐輪場を専門に悪さを働く妖怪ではないか。通報で駆けつけた警官によって尋問がなされた。

 警官が迷惑千万な妖怪めといって往復ビンタを食らわせると、そいつは「妖怪と違う。わしは自転車の神様や」と言った。

 警官が口答えするなといってもう一度往復ビンタを食らわせると、そいつは足元がふらふらになりながらも「おばあちゃんにわしのことを教わらんかったのか」と非難交じりに問うた。

 落ち着いて事情聴取してみると、どうやら本物であるらしいと分かった。警官は面白くなさそうな顔になって、うちの祖母は自転車に乗れないからなと誰にともなく言った。

 話し合いの結果、自転車の神様にはこの駐輪場から出て行ってもらうことになった。去っていくその後姿はどこか淋しそうだった。

 

 

 

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この本の内容は以上です。


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