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第1章 見えない三本の柱


5 命の償い


 この日の夜、一向に衰えることを知らない大雨のもと、巫女と勇者を乗せる一艘の船が、真っ黒な、まるで重油が渦巻いているような海を前にしていました。もちろん、サンゴの卵を採りにいくために用意された船です。

 

 さて、大火山も"見えない柱"も共に三つあるわけですが、巫女たちは、今回、柱のまわりに岩礁があると思われる、ラノ・カウ大火山の沖合にある"見えない柱"を目指すことに決めました 。

 

  岩礁自体は危険きわまりないものですが、しかし何らかの基点がないことには、サンゴの卵を採るさいに、船を固定することが出来ないのです。もっとも、危険を避けようというのであれば、こんな日に船を出航させるという、そのこと自体をこそ取りやめるべきでしょう。


 しかし、巫女と勇者は、あくまでも海に出ていくつもりでいます。


 二人が乗り込むのは、大時化の海に対応できるだけの重みを持った、島では割合に大きめの船でした。今は、その船尾にコースタニヤが立っています。彼はそこで、見送りの者たちと話しているセフィーネの後ろ姿を見つめていました。

 

 


「そのように不安そうな顔をすることはないのです」


 見送りにきた少年、つまり老勇者バッティーヤに連れてこられたアサジに、巫女セフィーネが笑って言いました。


「たしかに海は荒れています。ですが、私の夫であるコースタニヤは、生きて私を連れ帰ることを誓ってくれました。そして、これまで彼が誓いを破ったことは一度もありません。ですから、私は絶対に戻ってこられるのです。もちろん私が帰ってくれば、あなたのお母さんも助けてあげられる。つまり、この出航は、いわば幸せへの第一歩なのですよ。だからアサジさん、どうか私を笑顔で見送ってください」


 いくら胸に一杯の不安があったとしても、自分の願いをすべて受け入れてくれた巫女にこう言われたのでは、嘆願者のアサジとしては、どんな無理をしてでも最上の笑みを作らなければなりません。


「巫女さま、ご無事で帰ってきてください」


 そう言って、つとめて自然に、けれど実際にはきわめて不自然に笑うと、そんなアサジを見るセフィーネも、それこそ慈愛しか感じさせないような笑顔を浮かべました。そして彼女は、その笑顔のままに今度はバッティーヤのもとへ近づき、そうして父親の耳元でそっと囁きました。


「もしもの時は......どうぞチェリアのことをお願いします。寝顔を見てからここに来ましたが、本当に可愛いわが子です。私が死んだなら、お母さまと共に、どうかあの子を立派な巫女に育ててやってください」


「ばっ、馬鹿者が! 縁起でもない。セフィーネ、あまり下らんことを言うものではないぞ。チェリアを育てるのは海から帰ってきたお前たちじゃ!」


 老いた父に諌められると、セフィーネはそれに答えるでもなく、ただ、どこか諦めを匂わせるような笑顔を残して、夫コースタニヤが待っている船へと乗り込みました。


「いざ!」


 とコースタニヤの声を合図に、それまで船と船着場をつないでいた綱が解かれ、巫女と勇者を乗せた船は、ただちに黒い波頭に飲み込まれていきました。しばらくは船首に掲げられていた明かりが二人の所在を教えていましたが、それもすぐ暗闇に飲み込まれてしまいます。大雨が荒れた波を叩きつける音、それだけが不気味な闇夜にいつまでも響き続けていました。

 

 

 

 

 それっきりでした。


 セフィーネとコースタニヤの夫婦は、乗っていた船もろとも、二度と島に帰ってくることがなかったのです。砦での重苦しい沈黙とは裏腹に、激しい雨の音ばかりが、それこそ止むのを忘れたかのように、無情に島を賑わせていました。


 巫女と勇者が出立して五日が過ぎたころには、肝心のオロティアの容体は、もはやどうにもならないところまで行き着いていました。その日の夕方、そのまま体が浮いてしまうのではないか、と思われるほど激しい痙攣をしたのち、オロティアは息子に目を向け、渾身の力をふりしぼって、最後の言葉を伝えようとしました。


「アサジ、お前がいるから、私は恐れずに死ん、でいくことができる。ありが......とうアサジ、私の息子に生まれてきてくれ、て......」


「母さん? 母さん!」


 ここからオロティアは、何度かの激しい痙攣をくりかえし、その後わずかに小康を取り戻したかに見えました。しかし、その静けさのなか、ひとすじの涙で枕を濡らしたかと思うと、次の瞬間には、すでに息を引き取っていました。

 

 

 

 雨がやむ気配など、露ほどもありはしません。


 そんな雨のもと、老バッティーヤが濡れながら立ち尽くしている姿がありました。場所はオロティアたちの家の庭です。彼は窓を通して屋内をながめ、ずっとアサジの様子を見守っていたのです。


 そのアサジは、今しがた息を引きとった母の涙を拭いてやると、そのあと少しだけ目を瞑ってから家の外に出てきました。そして、窓の前で立っているバッティーヤのまえで崩れ落ち、


「僕の前で、三人もの人たちが死んでしまった!」

 

  と、世にも悲痛な声をあげて泣きだしました。そして、さらに大泣きに泣いて続けます。


「僕は本当に大切な人ばかりを失ってしまった。しかも、僕がいなければ、こんな事にはならなかったんだ。少なくとも、巫女さまと勇者は僕が殺したも同然なんだ。僕の言葉のせいで......僕は人殺しになってしまったんだ!」


 幼い心など一たまりもないほどの自責の念がアサジを襲い、捉え、そしてどこまでも苦しめずにはおきませんでした。アサジは狂ったように頭を掻きむしり、傍らの泥をつかんでは、再びその手で頭を掻きむしりました。

 

 

 

「僕が無理を言わなければ、死ぬのは母さんだけで済んだんです。なのに、僕の言葉は、島でいちばん大切な人たちの命まで奪ってしまいました......ごめんなさい、ごめんなさいバッティーヤさま、大切な巫女さまと勇者を......どうか僕を殺してください。このまま生きていく資格なんて、人殺しの僕には少しもないんです。だからどうか、どうか、今すぐその手で僕の命を断ち切ってしまってください」


 アサジは、そう言ってバッティーヤの前に土下座し、さらに何度も地に頭をすりつけて同じ言葉を繰り返しました。自分を殺してくださいと、どうか殺してください、と。


 そうした哀れなアサジを見下ろしながら、ついにバッティーヤが口を開きます。


「......アサジ、わしはお前に償ってもらう。なにしろ大事な娘を、その娘婿もろとも奪われたんじゃからな。少しぐらいの償いを求めるのは当然のことだろう」


「......はい、そうです。その償いはこの僕の命で」


「いらぬわ、そんなもの。死人がわしに対して何を償えるというのじゃ。のう、おい、何も出来んだろうが、馬鹿者め。じゃがな、殺しはせぬが、わしはお前の命を貰うぞ。お前の命を、お前の人生の一切をわしの自由にさせてもらう、そういうことだ。アサジ、それを納得するか」


 そのバッティーヤの言葉に、激しい怒気が込められていたため、アサジは、これ以上へりくだる事はできない、という、それほどの平身低頭ぶりで答えました。


「僕の命で償いができるなら、それこそ本望です。よろこんでバッティーヤさまの言うとおりに生きます。何であろうと言うことをききます」

 

 

 

「よし、ならば果たせよ、アサジ。島の勇者になることを!」


「え......ゆ、勇者に......?」


 呆気にとられるアサジをよそに、老人はしごく雄弁に語り出しました。


「わしの手に残されたチェリアは、まだ八つだというのに、今回のことで親を二人とも失ってしまった。ああ、まったく不憫な孫娘と言うほかないわい。じゃが、いくら不憫だと嘆いても、巫女の血統を受けついでおる以上、チェリアはいつかは島の巫女にならねばならない」


(チェリアさま......あの、セフィーネさまと遊んでいた小さな女の子のことだ。そうなんだ、あの子がいつか島の巫女になるんだ)


「こういう事態となった以上、とりあえずは、このバッティーヤが勇者の仕事を。そしてわしの妻が、セフィーネに代わって巫女の仕事を果たすだろう。ともに一度引退した身じゃし、いかにも老いぼれとるが仕方ない。わしらが巫女と勇者になる。たぶん名目上のものにしかなれんが、それでも巫女と勇者を不在にする訳にはいかんからの。


 じゃがなアサジ、じゃが、いつかは必ず、チェリアが、わしの妻に代わって巫女となる時がくる。島の巫女となって、あの子の母がそうしたように、ただ島人たちの幸せのために献身して生きていくのだ」


「はい......」


「ならばアサジ、その時おまえは島の勇者であれ。勇者となって、全身全霊をかけてチェリアを助けるのだ。巫女が苦境にあれば、その時お前は、自分の命を捨ててでも巫女を支えなければならない。そのとき、お前にお前のための命なく、お前は、ただ巫女のために生き、そして巫女のために死ぬのだ。わかるか」


「ただ巫女のためだけに生きる......」


「そうじゃ。アサジ、さきほどお前は自分を殺してくれと願った。安心するがいい。何年かの後、お前がもし島の勇者となれなかったら、そんな不甲斐ないお前を、このわしが絶対に殺してやる。また、よしんばお前が勇者になれたとしても、チェリアが苦しんでいるとき、お前がそれを黙って傍観していたら......分かるな、その時も同じように、わしはお前を許しはしないじゃろうよ。


 よってアサジよ、お前に命ずる。今日からわしと暮らし、わしの訓練を受けよ。そして、いつか行われる競技会を勝ちぬき、必ずや勇者となれ。そうして勇者となり、命あるかぎり巫女を守るのだ!」

 


福音書シリーズのご案内


福音書シリーズ


 旧約の預言者ダニエルによれば、再臨のキリストは2017年5月15日に現れるという。まさにその日からネット上に現れた「再臨のキリストによる福音書」シリーズ。


第一福音書 テロス第一  キリスト教の完成と終末について

完成と終末を意味するギリシア語である「テロス」。宗教の完成状態を提示し、キリスト教がその完成に達するか否かを論じる。


第二福音書 ヘルメスの杖、上 小錬金術

「神の人間化」の体現者であるイエスに対して、ヘルメスは「人間の神化」の象徴である。そしてヘルメスは錬金術の主催神だった。このヘルメス神がもつ杖をなぞりながら、私たちは神の高みへと昇っていく。


第三福音書 ヘルメスの杖、下 大錬金術

小錬金術のあとを受けて、ついに人は神の王座に辿りつく。それは「人間=神」という視座であり、これが達成したとき、人は「人の子となった神」となる。イエスは自分のことを「人の子」と呼んだが、これはまさに「人の子となった神(=キリスト)」のことである。


第四福音書 太陽をまとった女 自叙伝

私は一体どんな人生を歩くことで「人間の神化」を体現したのか。その答えがここにある。これはきわめて生々しい回想録である。


第五福音書 ヘイマルメネー 星辰的宿命と、神話の現実化

イエスは「人の子となった神」たるキリストであるが、彼は本当の意味では「人間になりきれていなかった」。だが、この書において、イエスは本当の人間となる。彼の影であるディオニュソスと一体化することによって。


第六福音書 テロス第二 再臨・審判・終末

第三福音書で「人の子となった神」になった私。それは現代にキリストが再臨したということである。再臨のキリストは、自らと教会とを裁き、その存続を否定する。


第七福音書 インターレグナム つなぎの王国

私によってキリスト教は、その終わりの時を迎えた。そして、それは多くの迷えるクリスチャンの発生を意味している。私はキリスト教に引導を与えた者として、キリスト教文明とは異なる、キリスト教以上の教えを提示しなければならない。その教えは「別のもの」が持っており、私の役割は、キリスト教と別のものをつなぎ合わせることである。

 


「再臨のキリストによる福音書」入門

 福音書シリーズ七巻を概説した入門書。まずこの書を読んでから、福音書シリーズに本編に入っていくのが、もっとも分かりやすいだろう。

 

キリストの再臨

 福音書シリーズを読むキッカケとなるべく編まれた、軽めのエッセイ。写真をふんだんに取り入れているので、楽しんで読むことが出来るだろう。

 

 


    
 
    


奥付



【2017-09-08】アトラスⅠ


http://p.booklog.jp/book/116882


著者 : 正道
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/seidou1717/profile


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