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第1章 見えない三本の柱


4 勇者コースタニヤ


 アサジの切迫した様子に驚いた巫女は、とりあえず泣いている少年を砦の居住区に連れていきました。つまりセフィーネたちの住まいへです。そこで少年に訴えの詳細を語ってもらうことにしたのでした。


「どうぞ、その辛い胸の内にあるものを教えてください」


 どちらかというと訥弁のアサジは、そこで一言一言を噛みしめるように、また何度も涙を流しながら母の病気について説明しました。


「......それで、今は、その震えが一日中止まらないぐらいなんです」


「それは紛れもなく地魔の症状。地の毒が、あなたのお母さんの中に忍び入ったのですね。たしかに村医者にどうこう出来ることではありません」


 セフィーネはそう嘆息しながら言いましたが、アサジは畳みかけるように、必死の形相で嘆願を続けます。


「母さんは、もう明日死んでもおかしくないような有り様なんです。どうか助けてください。巫女さまに出来なければ誰にも出来ないことです。お願いします!」

 


 巫女セフィーネは、印象的な瞳と整った顔立ち、そして夢のような白桃色の肌を持った女性です。しかし、アサジの嘆願を前にして、いまは、その白い肌が、鈍い青色に変わるほどの苦悩に苛まれていました。


「私も出来るならあなたのお母さんを助けてあげたい。いえ、島の人間であるなら、どんな者の悲しみも癒してやりたいのです。しかし、私はその手段を持ち合わせていません」


「そんな......」


「私は万能の女神ではないのです。巫女である以上、たしかに天上の意思を感じ取ることは出来ます。ですが、そのことを通して私が皆さんに伝えられるのは、人が生きる指針であって、人の命そのものではないのです。私は死に対しては無力です。アサジさん、どうか無力な私を許してください」


「そんな事はありません。お願いです、どうか母さんの命を助けてください。そのためなら何でもします。一生をかけてもご恩に報います。ですから、どうか今は母さんを助けてあげてください。お願いです、お願いします!」


 巫女には、アサジの母親を助ける手段など、本当にありはしませんでした。しかし、まだ幼い子供の口から、こうも切実な嘆願を聞かされては、何もしてやれないのが分かっていても、彼女の心は大きく揺り動かされない訳にはいきません。


「分かりました。出来うる限りのことはやってみましょう。


 ですが、その結果として、やはり何も出来なかったと、そう言わなければならなくなるかもしれません。いえ、その可能性のほうがずっと高いのです。どうか、そのことだけは心に留めておいてください」


 そう前置きすると、セフィーネは遠い砦の奥へと消えていきました。


「どうか......どうかお願いします」


 アサジは、そう言って床に頭を擦りつけると、砦に住む人たちの邪魔にならぬよう、建物の隅のほうに身を置いて、そこで母が回復することを必死で仰ぎ祈りました。

 

 

 

 さて、アサジの面前を去ったセフィーネの進む先には、砦内に設えてある、少々不気味な感じのする、薄暗い書物置き場がありました。そこには、歴代の巫女たちが書きつづってきた何百冊もの書物が残されており、この書物群こそが、もっぱら巫女たる者の豊かな知恵の源泉となっていたのです。

 

  セフィーネは、この書庫に籠ることで、どうにか問題解決の糸口を見つけようとしていたのでした。


「歴代の巫女たちの知恵よ、どうかこの頼りなき身を支えてください」


 そう言ってから書物を開きはじめ、ここにセフィーネの静かな戦いが始まりました。とにかく多くの書物を征服しようというのです。しらみ潰しに書物を手に取り、読み、読み、読み、そして少しの休憩を、と思ったときには、すでに二時間ほども過ぎていました。そして、その休憩もそこそこに、書物との戦いはまたさらに続けられたのです。


 しかし、そうしているうちに、彼女はとうとうある文章に目を止めました。アサジの母親を助けるのに役立ちそうな、そうした薬の説明らしいものを見つけたのです。


「これならば、もしかしたら何とかできるかもしれない」


 その薬は、どのような病気に対しても効能がある、一種のサンゴだと書かれてありました。このサンゴは雨季になると海のなかで産卵するのですが、この卵こそが、求めるべき薬になるというのです。


 ただし、それだけの話だったら良かったのですが、厄介なことに、このサンゴは"見えない三本の柱"の中に生息していると付記されていました。見えない三本の柱、その柱の中でのみ、このサンゴは生を保てるというのです。

 

 

 

 説明しましょう。


 テピト・テアナは、物語の冒頭で記しましたとおり三角形をした火山島です。そして、その三角形の各頂点にあたる場所には、奇しくも同じように大火山が聳えていました。つまり三つの大きな火山があるわけです。


 これら三つの大火山が聳えていることは。まったく見たままの事実であり、当然のことながら、島人でこれを知らない者はおりません。


 しかし、その三つの大火山がある場所の沖合に柱が、しかも大人十人でも抱えきれないほどの太い柱が立っていることは、一般の島人にはほとんど知られていませんでした。その柱も大火山と同じように三つあるのですが、このことを知っている島人は、ほとんど皆無に近いのです。
 
 
 
 その理由は、この柱というのが、普通の人間には見ることも触ることも出来ない代物であるためで、この奇妙な柱を見ることが出来るのは、巫女の血統をつぐ者だけに限られていたのです。セフィーネが知るかぎり、この柱が見えるのは、母と自分、そして幼い娘チェリア以外にはいませんでした。


「それゆえの"見えない三本の柱"なのだけれど、サンゴはこの柱の中でのみ生息しているという。だとしたら、それを採るためには、巫女である自分が船に乗らなければならない。船に乗って島を離れなくてはならない。だって柱が見えなくては、求めるサンゴの場所自体が分からないのだから。でも......私には、巫女の第一律がある」


 巫女の第一律、それは巫女にとって一番大切な戒律、掟のことです。そして、その掟の内容というのが「巫女は島を離れてはならない」ということでした。なぜなら、巫女が島から離れると、かならず不幸が訪れると言われているからです。

 

 

 

「サンゴの卵を採りに行くというならば、巫女である自分が行かなければ......あるいは、誰かが行くとしても、私が伴わなければならない。


 けれど、私が島から離れることは掟が許していない。


 しかも外は今日も雨。かなり激しく降っているし、しばらくは弱まる気配がない。この分では海も荒れているだろうし、だとすれば、船に乗った私自身が、生きて帰って来られるかどうか分からない」


 こうして頭を抱えずにいられなくなった巫女の耳に、早歩きの足音と一緒になって、しわがれた老人の声が聞こえてきました。


「セフィーネ、話は侍従から聞いたぞ。まったく厄介なことになったの。どうじゃ、何か目ぼしいものは見つかったか」


 声の主は、セフィーネの父である、先代の勇者バッティーヤです。


 勇者とは、ある競技会で優勝した"島でもっとも優秀な男性"のことで、この勇者に選ばれた男性は、自動的に巫女と結婚することになります。つまり、セフィーネは、先代の巫女と勇者の間にできた子供であり、それゆえバッティーヤはセフィーネの父にあたる訳です。


「お父さま、いらしてたんですか」


 バッティーヤが書庫に入りながら答えます。


「ああ、雨でびしょ濡れじゃがな。ついさっき外から戻ってきたんじゃ。今のところチェリアの相手をしておるが、コースタニヤもおるぞ。一緒におったんじゃが、砦の入り口でチェリアにつかまってしもうた。遊ぼうと言われてな。まあ、日が暮れてからしばらく経つ。チェリアが眠ってしまえば、あいつもすぐにここに来るじゃろうて」


 すでに老勇者と言っていい歳のバッティーヤは、数十年にわたって務めてきた"勇者"の座を、妻である巫女とともに一昨年前に引退していました。現在の巫女と勇者は、むろんセフィーネと、その夫であるコースタニヤです。

 

「おお、どうやら来たようじゃ」


 老人が廊下に目をやって言うと、セフィーネの耳にも力強い足音が聞こえてき、やがて二人は、書庫の入り口に勇者コースタニヤの姿を見ることになりました。

 


 そのコースタニヤは、すぐさま、


「いかがですか、セフィーネさま」


 と、その人柄がそのまま表れたような、優しく人を気づかうのが板についた声で尋ねました。また、その「いかがですか」という問いかけには、そのまま「私は巫女のために何ができますか」という気持ちが含まれていたと言えるでしょう。

 

 

 

「お父さま、コースタニヤ、とりあえず、このページを読んでみてください」


 セフィーネは、少し辛そうな表情をして、あのサンゴのことが書かれている書物を見せました。もちろん二人とも"見えない三本の柱"のことは聞き知っています。そのため、差し出されたページを読めば、巫女の気持ちはすぐに察することが出来ました。


「問題は二つ。まず巫女の第一律のことじゃな」


「ええ、巫女は絶対に島の土から足を離してはならない。もし離したならば、その時には巫女に、そうでなければ巫女不在の島に、かならずや大きな災厄が降りかかるだろう。そして、この災いは決して克服できないだろう......これが昔から権威をもって伝えられている、巫女の第一律です」


 セフィーネは拳を握りしめて言いました。


「でも、サンゴの卵を採りに行かなかったとしたら、たとえ巫女としての私が満足しても、人間としてのセフィーネが後悔することも分かります。


 そして、その後悔は、きっと私のこれからの人生に、ずっと嫌な影を落とすことでしょう。あんなにも必死な子供の願いから逃げ出すなんて、とてもそんな自分は許せません。


 ですから私は、掟を破って島を離れたとしても、後でそれを後悔したりすることは決して致しません。それは絶対に誓うことができます」


「じゃが......」


「そうです。本当に恐ろしいのは、この時化の海に船出した私が、命運尽きることによって、二度と島に帰れなくなることです。実際、外はひどい雨ですし、もしそうなれば、テピト・テアナには巫女がいなくなってしまうのですから」


 そう言うと、セフィーネはさも無念そうに再び拳を握りなおしました。

 

 

 

「セフィーネさま......」


 コースタニヤが妻に何かを言いかけましたが、それも巫女の激しい訴えのなかにかき消されてしまいます。


「サンゴを採りに行くとしたら、私以上の、いえ、私以外の適任者はいません。ですが、私はその後悔のなかで死んでしまうかもしれないし、そうなればテピト・テアナには、実質上の巫女はいなくなってしまうのです。あのアサジという子の嘆きを止めてあげられるなら、この命など惜しいとは思いません。けれど、あの子ひとりのために、島の人々すべてを路頭に迷わすことは出来ないのです」


 セフィーネは声を震わせて悲憤しましたが、そうして震える彼女の肩にコースタニヤが柔らかく手をのせ、そしてごく落ちついた声色で言いました。


「セフィーネさま、どうしてご自分が死んでしまうかのように語るのです?


 あなたには、いつも傍にいる私のことが信じられませんか。私のあなたへの愛情が、あなたを海上でむざむざと死なせてしまうほど、それほどにも弱いものだと思うのですか」


「コースタニヤ......あなた......」


「確かに、あなたには巫女の第一律がありましょう。ですが、それを破らなければ島民を助けられないという今、民を助けるために海に出ていくあなたを、はたして天の意思が罰したりするでしょうか。私には、そんな事があるとは思えないのです。それに......」


「それに?」


「それに私には、天意よりもあなた自身の後悔のほうが怖いのです。私もアサジに会いました。その上で言うのですが、あの純真な子の訴えから逃げることは、確実にあなたを、しかも長いあいだ苦しめるでしょう。


 セフィーネさま、あなたが苦しみに落ちこもうとしている前で、私が何もせずにいるなど、まずもって不可能です。たとえ、その何かすることが、まるまる天意に反することであっても」


 それでもセフィーネは不安そうに夫を見つめました。


「では、あなたは私を船に乗せてくださると言うのですね。けれど、島でも屈指の船乗りであるあなたにとって、この雨の勢いはどのように感じられるのですか。私はテピト・テアナの民たちのために、もう一度この島に戻って来られるのでしょうか」


 コースタニヤは、妻の目をしっかりと見かえして言います。


「ならば誓いましょう。私は、あなたを心から愛する者として、あなたが望むことを全て叶えると。この命にかえてサンゴの卵を手に入れ、そうして絶対にあなたを、雨で荒れる海から連れて帰りましょう、と」

 

 

 

 


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第三福音書 ヘルメスの杖、下 大錬金術

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私によってキリスト教は、その終わりの時を迎えた。そして、それは多くの迷えるクリスチャンの発生を意味している。私はキリスト教に引導を与えた者として、キリスト教文明とは異なる、キリスト教以上の教えを提示しなければならない。その教えは「別のもの」が持っており、私の役割は、キリスト教と別のものをつなぎ合わせることである。

 


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キリストの再臨

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奥付



【2017-09-06】アトラスⅠ


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著者 : 正道
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