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「三毛猫次郎の短い一日」 5巻

母上も既に他界して、ペルシャも他界してしもうた。

一日が長く感じる様になってしもうていたわい。そんな時、わしらは年一回開かれる猫の集会の情報を掴んでの、気分転換の為に行ってみることにしたんじゃ。

目印は飼い猫の首に付いとる様な馬鹿でかい鈴じゃという話じゃった。      

この集会は安全を確保する為に場所はハッキリとは教えられなかったんじゃ。

つまり、その目印を知らん者は参加出来んということじゃよ。じゃがわしは母上を捜索する為にだいぶ町中を歩き回っておったからすぐにその場所の目星が付いたわい。

小次郎にはわしが目印を聞いておいたから付いて来るだけで良いと言って、猫の集会に参加することだけを伝えておった。

 

当日。

 

お主にも詳しい日時は言えぬ。毎年同じ日に開催されるんでの。

わしらは日の出前に出発してその場所へ辿り着いたんじゃ。既に何匹か猫が集まっておった。

定刻の時間が来て猫の集会が開催されたんじゃ。集会と言うと少し言い過ぎかも知れんな。

要は、お喋り会じゃよ。

 

まずはこの近辺一帯の一番の長老、玉ノ助様から御挨拶を頂いたんじゃ。

この度は年一回の猫集会にお集まり頂き、誠に感謝しておる、この会も今年で十九回目を迎え、どうのこうのという長いお話じゃったと記憶しておる。

  

二十分程して玉ノ助様の挨拶が終わり、さて初めは誰から話すんじゃと促され、まだ若い白黒猫が前へ進み出たんじゃ。

この白黒猫、名はオセロと名乗った。

珍しい名前じゃと思ったわ。

しかも話によるとこのオセロ、飼い猫でもあり野良猫でもあると言う。

日中は町を散策して、夜になると人間の家の中にある自分の家で寝るそうじゃ。

家の中に家があるとは、ちと理解に苦しんだんじゃが本当らしいんじゃよ。

オセロが言うにはその家は人間が準備してくれたそうじゃ。

そのオセロの家は何と猫の顔の形をしておって、しかも耳までちゃんと付いておると言う。

更に寝床はふかふか、とても自然界には無い心地良さじゃと付け加えておった。

 

家の中に家があり、猫の顔の形をしとってふかふか、わしは益々分からんくなってしもうたわ。


さて、このオセロ、飼い猫でもあり野良猫でもあると言うておったが、この生き方が次世代猫の生き方じゃと解き始めたんじゃ。

つまり野良猫の様に自由でありながらにして、飼い猫の様に食事と寝床には困らない、

まさにそれが、我々の理想の生き方じゃと言うたんじゃ。

この考え方には何匹かの猫から反発があっての、その猫どもが言うには、それでは世の道理に反すると言うんじゃ。何の道理か良く分からぬが、要は、その若造の価値観を嫌っている様じゃったな。

猫にとってはこの世は生き易くなったのか生き難くなったのか良く分からぬ。

確かに人間社会と生活することで命を落とす者もおるが、それによってわしらが与っさんから魚を貰っている様に、恩恵を受けておる猫も沢山おるんじゃ。

わしはそれが、人間との共存というものじゃと思うとる。

 

オセロが続けて言うたことには、今こそ古い考え方を捨て方法を変え、生存競争に真向から勝負せねばならぬと言うんじゃ。じゃがまだ賛同する者よりも反発する者の方が多かった様じゃな。

この若造オセロはこれを無視して喋り続けておった。

もはや演説じゃった。

余りにも白熱してきおったんで、玉ノ助様がピシャッと一言言ってその場を治めたんじゃ。

オセロはまだ話し足らん様な顔をしとったわい。

わしにはこの若造オセロの言っていたことも理解できたんじゃ。

じゃがこの様な若造は、玉ノ助様に言われてしもうたら黙るしかないんじゃよ。

やはりこれが不満の種となって、世代世代の間に誤解が生まれている様に思うんじゃがのう。

 

その後、三分程してざわつきも治まり、次の者が前へ出て来て話し始めた。

次の者、黒縞で名は蛸助。悪口を言うとる訳では無い。本人が蛸助と名乗ったんじゃ。

この蛸助、名前に似合わず博識じゃった。

蛸助の話では、「車」よりも恐ろしい物があると言う。

名前は「電車」と言うて、それが「車」より全然長くて大きく恐ろしいらしいんじゃ。

じゃが「電車」が近付いて来ることはすぐに分かるそうじゃ。

何でも赤く光る眼玉がパチクリし出して、カンカンカンと大きな音がし始めるらしい。

続けて大きな棍棒が上から下りて来て、人間もそれに従って止まるらしいんじゃ。そうして次の瞬間にビューと「電車」が通り過ぎて行くらしい。

通り過ぎて行く間は人間も殆ど喋らず、棍棒に従って待っとるという話じゃ。

通り過ぎた後は光る眼玉はパチクリ止めて音も止まり、棍棒も再び上がって元の位置に戻ると言っておった。人間は何ごとも無かった様に再び歩き出すそうじゃ。

 

わしらは誰一人として話さず黙って聞いておった。みな息を飲んでおった。想像しておる「電車」はそれぞれ違うかも知れんかったがな。

蛸助が言うには、「電車」の弱点は決まった場所しか通れないということじゃった。

「車」と違って自由には動き回れんらしいんじゃ。何でも、鉄の敷かれた線の上しか走れないらしい。

「電車」はこの隣町におるそうじゃ。じゃから少し遠出して隣町に行く時は、十二分に気を付けてほしいと言っておった。

 これで命を落としておる者も少なく無いと言う話じゃ。


蛸助は続けて次に、話題をガラリと変えて来て、山に住む仙人の話をしてきおった。

どうやら知識を自慢したかっただけらしい。

蛸助が言うにはわしらの様な猫で、山籠りして仙人の域に達した者がおると言う話じゃった。

実は蛸助自身も移り住んで来た猫に聞いただけと言うたが、その話、どうやら本当じゃそうだ。

何と言ってもその猫の目が嘘を付いておらんかったそうじゃよ。

 

蛸助が言うたことには、わしらの様な者を「野良猫」、ペルシャの様な者を「飼い猫」、山籠りしている様な者を「山猫」と言うそうじゃよ。

その仙人山猫、名を「西表山猫」言うて、生き神様みたいな者らしいんじゃ。

世俗を離れて修行を積んで、遂に仙人の域に達したらしいわい。

話の途中で何匹か感化されてわしも今晩から裏山に籠ると言った者がおったが、裏山で仙人になった者がおるなど今でも聞いたことが無いわ。

わしはと言うと、世俗を離れる気は毛頭無い。

わしは世俗で生まれ世俗の中で育っておる。母上も同じじゃった。

じゃから好き好んで裏山に閉じ籠ろうなど、これっぽっちも思わんかったわい。

 

蛸助の知識自慢の話が終わり、次の者が出て来たんじゃ。赤毛で、名を蜜柑と申した。

この蜜柑の話にわしらは一番熱狂したんじゃ。

蜜柑は元飼い猫。蜜柑が余りにも悪戯が過ぎた為、人間に捨てられてしもうたらしい。  

この蜜柑、昔は「海」と言う所に住んでおったらしいんじゃ。

この「海」、何処までも水で覆われておるらしい。

しかも常に波が立っており、その波の砕ける音がザブゥーンと心地良いらしいんじゃわ。

更に手前は全て砂で、これがまた大層な広さに開けとると言う。

開放感が堪らんらしいんじゃ。

蜜柑はずっと「海」の近くに住んでおったが、捨てられてしもうたことをきっかけに、内陸に移り住んだらしい。じゃが、内陸の慌ただしい生活にはほとほと疲れてしもうて、また「海」の方へ戻りたいと言っておった。

きっと前に見た「池」よりも大きいんじゃろうなあと、わしらはこの時ワクワクしとったわい。

同じく興味を示した若手の猫が蜜柑に場所を聞くと、ここから二日程歩いた所じゃと言うた。

先程の博識蛸助は自分の話よりも聴衆が盛り上がったから、詰まらなそうにしておったが耳だけはピクピクと動いとったわい。

 

わしらはこの「海」に行ってみることにしたんじゃ。             

その後も何匹か話をしたんじゃが詰まらんかったから良く覚えとらん。

それよりも早く「海」に行ってみたくて仕方なかったんじゃよ。

しかし参加したからには最後まで話を聞いてから帰るのが筋ってもんじゃろ。

 

最後に玉ノ助様が再び登場して、今年一年間で死んで逝った者達の名前を一匹一匹申し上げて言ったんじゃ。


わしが驚いたのはその多さじゃ。

わしらの地区だけでこれだけの多くの猫が命を落としておるということは、日本全地区で見たら相当の数じゃろう。

勿論、寿命で亡くなる者も多いが、その他は病気、事故、自然災害、喧嘩、餓死、冒険者、世間知らず、人間による虐待、住む場所を奪われ食料を失った者、生まれた時から飼い猫じゃった為に野良としての生き方を知らん者、様々じゃた。

そっちの方が寿命で死ぬよりも、圧倒的に数が多かったんじゃ。

 

唯一の救いは自殺者がおらんことだけじゃったの。

病気で死ぬことはわしら野良猫の宿命かも知れん。

事故や自然災害は避けられん時は避けられぬ。

喧嘩や餓死で死ぬことは馬鹿らしい。

冒険者は止めても行くから仕方無し。

世間知らずで命を落とす者がおることはわしらの責任じゃ。

人間による虐待で命を落とす者は一定量おって、そんなことをする人間がおることが悔しくて堪らん。

住む場所を奪われ死んで逝った者はこのご時世、致し方無いのかも知れぬ。

飼い猫じゃったのに捨てられて、野良の生き方を知らんが為に死んだ者は、まさに悲劇じゃよ。

 

わしには理想の死に方みたいなものは無いんじゃが、それにしてもこのような死に方が多いことはとても悲しかろう。

 

みな肩を落として俯いておった。

最後にペルシャの名前が出なかったことにわしらは気が付いた。

どうやらペルシャの死についてはわしと小次郎しか知らん様じゃった。

わしはこう付け加えて述べさせて貰ったんじゃ。

 

白猫ペルシャ、元飼い主邸にて死す。

飼い猫としての自覚を最後まで誇りとしており、飼い主の御嬢様のことを、死ぬ寸前まで忘れんでおりました。

その生き様は見事、猫ながらにして天晴れであり、ここに亡きペルシャのことを悼み、褒め称えると共に紹介させて頂きます。

 

そう言うと玉ノ助様は左様かと言うて、ペルシャの名誉ある行動を称え、みなで亡くなった者達へ一分間黙祷を捧げたんじゃ。

わしはペルシャのことを一匹でも多くの仲間に知らせることができて、良かったと思うとる。

これで少しでもペルシャが報われるというものじゃ。

 

これで年一回開催される猫の集会はお開きとなった。

 


「三毛猫次郎の短い一日(5巻)」

おしまい


この本の内容は以上です。


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