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5.魂の底から歌う小学生

 これは東インドのカルカッタでのことですが、ラーマクリシュナ・ミッションが小学校も中学校も高校も大学もあるような学校を経営しているんです。我々はその小学校へ生徒たちが劇をする前日に行ったんです。子供たちは皆で稽古をしていたんですが、私たちはちょうど子供たちが歌を歌っているところへ入っていきました。そこで私はその歌を聞いてもう震い上がってしまったんです。ずーっと震ってくるんです。その子供の歌う歌、その声の中に魂の底からの真実なバイブレーションがあるんですね。小学校の劇で歌う歌、そんな歌を歌っているのにね、その子供のバイブレーションが私たちの魂を揺さぶってしまうんです。上手とかきれいな声とか、そんなものと違うんですね。美しいとかきれいという世界と違うんです。もう魂が震っているんです。それを聞いたらまたこちらもね、魂が震ってくるんです。その時、私の両手がピーンとなってしまってね、もう突っ立っているみたいになりました。そして自分を忘れたみたいな状態になり、ずーっともう震ってしまいました。信仰厚い信仰厚い信仰厚い人が歌っている歌と違って、ただの小さな子供でしょう。十歳程の小学生なのに、魂の震うような震わせるような声が出せるんですね、すごいですねぇ。それはやはりその親からまたその親からまたその親からまたその親から、ずーっと伝わってきたバイブレーションでしょうね。そうすると今親の立場にある我々は、いいバイブレーションを持っていなかったらいけないわけですね。


6.本当のインド

 今日のお話をまとめてみますと、インドの教えの中心は響ということで、立派な教えとかお説教とか経典の良いお話とかいうことが中心ではないということです。大昔から大昔から大昔から地の底に、あるいは空気の底に染み込んでいるバイブレーション、真実なバイブレーションがインドという国をこしらえているんだと思いますね。どんな雄弁なお説教よりも、その地の奥に空気の奥に流れている、あるいは一般民衆の声のバイブレーションの中に流れている真実なるもの、それをつかむことがインドに行くに当たって一番大切なことだと思います。また同時にインド人そのものが、それを知っていないといけないと思いますね。インドのお坊さんといったら、口がものすごく達者です。ペラペラペラーッと喋って人を感動させてね、そんなお坊さんが偉いお坊さんになっているんです。インド人はもう記憶力がよくてね、何年何月何日何分、どこどこであなたと会いましたね、こう言います。そんなことばっかり一生懸命に覚えるんですね。頭の中に詰め込むんです。で、お説教をする時でも、あの本読んでこの本読んであの本読んでこの本・・・それを皆集めてお説教をブワーッとしている。あの本にはこういうことが書いてあった、どういう人の書いたこういう本にはこういうことが書いてあったと言って、ベラベラベラーッと三時間でも四時間でも喋ります。そんなお坊さんが偉いお坊さんだといわれていますが、そんな人は偉いお坊さんと全然違いますね。お説教がいいということがいいのと違って、本当にわけのわからない、空気の中にあるインドの大昔からの真実な響、これこそ本当のインドですね。我々がそれを知っていないといけないように、インドの人々もそれを知っていないといけないと思いますね。そうしないと、インドというのは立ち上がることができないと思います。立ち上がるどころか、それを忘れたらインドはもう今の経済の波にあおられてブワーッとインド人全体が経済界の荒い渦に飲み込まれていくと思いますね。

 

 当ソサイティの三十周年記念ツアーで、芝川君というのが十人程の人を引っぱってインドへ行きました。彼は何度もインドへ行っているんですが、今度インドへ行ってもうゲッソリしたと言うんです。どうしてかというと、カルカッタ駅に行ったらカラーテレビがあって、ディズニーランドが映っていたというんですね。それでもう嫌になってきたというんです。インドはインドでいいんですねぇ。それがインドの駅にカラーテレビがあった、カラーテレビがあることは悪くはないですけれどね。アメリカでもディズニーランドのことがビャーッと映っていた、そのようにインドも段々段々段々変わってくるんですね。町では一年おきに、村でも五年おきに変わっていく。五年経ったら村がビャーッとひっくりかえってしまっている。町は一年経ったらもう変わっている。インドの中が段々賑やかになってきて、日本みたいになってきていますね。新しくなっていって、そのたんびに今言っている真実なる響がどこかへいっているんだと思いますね。なくなっていっているんだと思います。

 

 そこで、我々は今人類全体が失っていっている真実なる響を見つけたのだから、これをもう一遍自分のものとしなければいけないし、また人類のものともしないと、人類全体が滅びますね。人類全体が悲しみの中に入ってしまいます。派手やかな宗教、お説教ばかりの宗教、経典ばかりの宗教をするような人間、または本ばかりを読むような頭でっかちな人間になってしまいますね。人間全体がもう違う人間になってしまいます。だから、我々は真実なる響というものを人々に教えていかないといけないですね。


ナーラーヤン内垣

http://www.vedanta.or.jp/ナーラーヤン内垣公式サイト

 

 ナーラーヤン内垣は哲学・宗教・神話学の研究者であり詩人である。大阪高槻市に本拠を置き、アメリカのカリフォルア州に2ヶ所の拠点を持つ。インドにおいては、6ヵ所の文化交流センターを設置.医療活動と職業訓練活動を行う。バングラデッシュでは、戦災孤児と戦災未亡人のための母子寮を設立.教育,衣食住を与える。アメリカでは哲学者の記念式典などを行う。哲学・神話学を通し、文化・人種・宗教を超えて社会秩序の維持の必要性を説く。

 

Award

1995年 日本文化振興会より、社会文化功労賞を受賞

1997年 ケンジントン大学より哲学博士号を授与される

1998年 国際アカデミー教育よりFellowのタイトルを授与される

1998年 国連ユニセフとユネスコより世界平和賞を受賞

2007年 アメリカ大統領より大統領最優秀賞 金賞を受賞

 

プロフィール

 1924年、和歌山市の金光教の教会で生まれる。28歳のころ、ラーマクリシュナのヒンズー思想に出会う。その時生まれた詩情あふれる名著「仏陀再誕」の出版をきっかけに、日本における実践ヴェーダンタ運動の創始者としての活動が始まる。
 1957年、ラーマクリシュナ・ヴィーヴェーカーナンダ学園(日本ヴェーダンタソサイティの前身)を創立し終身会長となる。生涯を「人類はどうしたら救われるか」の探求と実践に捧げ、世界を舞台に活躍する。
 バングラデッシュでは、戦災孤児と戦災未亡人のための約百人収容できる母子寮を設立し衣食住と教育を与える。インドにおいては、7年間に渡り6箇所の文化交流センターを設置し、賎民部落において、奉仕による医療活動と、職業訓練活動を行う。
 インド滞在中の1974年、宇宙的存在との合一を体験する。この時編み出された光速瞑想は、宇宙合一の方法として大変ユニークなものである。その後思想の展開は「神話実現」に向けて、人間の真実への比類のない迫りを見せている。
 アメリカでは、広い荒地を少数の弟子とともに、自らがつるはしをふって開墾し、美しい日本庭園を創りながら、著作活動、その他文化交流に励んでいる。アメリカカリフォルニア在。

 

2012年8月逝去。

著書17冊(英訳本も有)

 


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最終更新日 : 2017-09-11 21:46:49

奥付

 

カルパタル No.120 「真実な響」(1988年1月17日)


http://p.booklog.jp/book/116675


著者 : ナーラーヤン内垣
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/nvedantas/profile


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