目次

閉じる


<<最初から読む

1 / 2ページ

試し読みできます

(1)

 三年前に別れて以来、道で会えば互いに視線をそらして無視を決め込む程度の付き合いを続けていた清春から、突然ラインでメッセージが入った。

『緊急自体/助けてくれ』

 うわあ、と思う。

 別に、助けたくない。

 でも、誤字脱字嫌いの彼が、たった二行の短い文で変換ミスをするなんて、一刻を争う事態なのかもしれない。

 仕方なく電話をかけると、話すこともままならないのかカタコトみたいな日本語が聞こえてきた。

「ハガヤバイ。タノムキテクレ」

 ハガヤバイ? ドバイの近隣国か? それとも、羽賀ヤバイ? 羽賀って誰だ、羽賀研二? 

 ていうか、ヤバイのはあんたの頭じゃないの。

  辛うじて「頼む来てくれ」だけは聞き取れたので、とりあえず様子を見に行ってみることにした。別れた男の家に行くなんてわたしの中では御法度だけど、万が一このまま死なれてしまったら後味が悪いもの。

 外は快晴だった。均一に染まった青空に、絵に描いたように立体感のある白い雲が浮かんでいる。

 絶好のお出かけ日和なのに、向かう先が元カレの病床だなんて虚しすぎる。

 憂うつ感をふり払うために、自転車を勢いよく漕ぎながらさっきの暗号について考える。

 ハガヤバイ、ハガヤバイ……わかった、歯がヤバイ、だ。でも、歯がヤバイってどういう状況だろう。とんでもない期間虫歯を放置して、菌が脳にまで回ってしまったとか? もしそうだとしたら、命に関わるんじゃなかったっけ。

 イマイチしっくり来ないのは、彼が無類の歯磨き狂いであることを知っているから。大・中・小、かため・やわらかめ・極やわ、イオン分解・電動・携帯用と、多種多様の歯ブラシを使い分け、時間さえあれば歯の手入れをしているような人だ。

 そもそも、彼の歯磨きにかける情熱が大きすぎることが破局の原因だったのだ。お互い社会人になって仕事で忙しくなり、一緒に過ごせる時間が減ったというのに、それでも歯磨きにかける時間だけは一秒も削ろうとしない彼の熱狂っぷりに、百年の恋も冷めてしまった。

 まあ、単純に寂しかったのもあるけど。

 その彼が、虫歯で生死の境をさまよっているなんてことが本当にあり得るだろうか。たしかに、磨き過ぎはよくないというけれど。

 ……もしや、磨きすぎて歯がなくなってしまったとか?


試し読みはここまでです。続きは購入後にお読みいただけます。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格10円(税込)

読者登録

水流苑まちさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について