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『 未 来 伝 承 』 (エスパッションシリーズ番外)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 未 来 伝 承 』

 

(エスパッションシリーズ・番外)


(1)

 

 それは、正体不明の一隻の航宙船が地球系連邦(テラザニア)の辺境星域へと出現(ワープアウト)した、その日…

 まだこの高地平原では浅い春の、やわらかい陽射しを浴びるサンルームで、彼女は表へ出ることもかなわず揺り椅子に縛りつけられていた。

 手には祈り像。しかし何を未来視(さきみ)したいというのでもない。

 ただ、書を読むことすら医療師に禁じられた生活にあっては、漠然ともの想い、信仰する自然の諸神に一族と、そして他の民をもの平安を祈願して暮らす以外、毎日を費(つか)い潰すすべが無いのであった。

 ガラス越しに見上げる空は、わずかにかすんで、青い…

 かつて二万の民をたばねて神事を司さどった、あの抜けるような蒼天は再び戻りはしないのだ。

 周辺諸族の尊崇をも一身に集める斎姫にして族長。

 彼女も、いまは病(やまい)おもく文明の庇護の下におかれる、力弱い一人の女性に過ぎなかった。

 窓の外で風が鳴る。

 澄んで冷たい、黄金色の草原の風が。

 揺り椅子のなかでわずかに上体をかしげる。


 二人目の子を身籠った。けれどその体は驚くほど肉が落ちて、細い。

 元来が長女を産んだ時にも無理だと言われた。一族特有の頑固な不妊傾向は繰り返されてきた親族婚のため。その族長をも、むしろ純血種であるが故にこそ、見逃す筈がない。

 その、閉鎖性、排他性に民族としての先細りの将来を見越したからこそ、彼女は長(おさ)として部族の解散を宣言したのである。

 もはや掠奪の手から神殿を護るべき、暗黒時代ではなくなった…と。

 予言と、彼女自身の意志の力により。

 最終戦争と呼ばれる前文明の崩壊からようやく一千年の月日が流れ。世界は再び、星々へ向かってさえその束ねられた一本の腕を伸ばそうとしていた。



 表向き、彼女の部族、彼女の王国は解散し、広大な草原は民族区として地球連邦のなかに組み入れられた。

 族長としての職務はすでにない。

 人々も、徐々に流入してくる新しい教育や医療システムに慣れはじめたようである。

 親族婚を避け、異部族との混血を認める風潮も少しずつ一般化してきた。

 彼女自身、夫としたのは民の規範となるためもあって、その昔いまだ族長であり少女であった彼女のもとに連邦への投降を推めに来た、調停役のその青年だった。

 けれど…

 暗黒時代が去り世界全体の政(まつりごと)が整って、他部族の侵略の手から護る必要はなくなった、とは云え、神殿そのものが存続を止めたわけではない。

 それは、実は、前文明の記録を多く遺した書庫であったのだが、だからこそこれからの時代のためにも役立てなければならなかった。

 かつて人々がどのように暮らし、また滅びたものか…

 現代(いま)の世にあってそれを伝説以外に正しく知る者はいない。

 " 神殿 "と名付けてまで後の世に正しく伝えようとした、先人の意向を葬ることはできない。

 斎姫としての後を継ぐべき、直系の娘が必要だった。




 暗黒時代が去り世界全体の政(まつりごと)が整って、" 神殿を護る民 "(アイン・ヌウマ)の必要存在理由が無くなったからと言って、神殿そのものが消えたわけではない。

 古(いにしえ)の予言はまだまだ終わらない。

 斎姫としての後を継ぐべき、直系の娘が必要だった。

 だからこそ彼女は周囲中の反対を押し切ってまで古来のしきたりにのっとって長女をこの世に出し…

 しかしその赤児を目にすると一言つぶやいた。

「…違うわ、この子ではない。」

 それは、異民族である父親の血の方を濃く受け継いだ、茶色い髪、茶色い瞳の、おだやかな大人しい、優しい娘…。

 斎姫の後裔たるもの、彼女と同じ部族特有の色素能力を、持っていなければならない。

 そして彼女は医者の言いつけを故意に破り、いま、二人目の娘が、胎内にあって六ヶ月の半ばになる。



「…また、お祈りかい、冴夢(サエム)。」

 彼女の長い長い淡灰色の髪に、男の指がからまる。

 いつの間にか、静かに彼女の夫が入ってきていたようだ。

「あまり根をつめるのは良くない。…薬の時間だよ。」

 言われてみればすでに陽は傾き、みごとな残照とともに西の地平の彼方、草原の果てのかすかな山並みへと没し去ろうとしていた。

 部屋にはまた夜気を防ぐための電熱が自動で入ったのだろう。

 照明の光量も明るく…

 草原と谷間の民は気温と太陽の輝きで時刻を体感する。

 気づけなかったのも無理はない。

 礼を言って彼女は錠剤を受け取った。

 心臓の負担を軽くするための薬。

 ………静かだった。

 と、その時、 




 彼女は無論、知らない筈のことだったが、医師はもってあと一月、と、すでにもう宣告していた。

 神事だ古えからの伝統だとか偽って民族区の奥深くへ姿を隠してしまったその前に、彼女の夫たる彼は気がつくべきだったのだ。

 戻って来た時には定期健診の眼を逃れた母体は4ヶ月に入っており、彼女は絶対に堕ろさない、と、強い瞳で言い切って見せたが…

 あくまでもその気迫に敗けたふりを通した医師達は統一者(リースマリアル)賞ものの演技力と言うべきだろう。

 その実、その時点でさえ彼女の体は、もはや中絶手術に耐え得るだけの 体力 抵抗力すら残してはいなかったのだ。

 先天奇型の心臓は再び母体となる負担にこたえられる筈がない。

 五ヶ月を越えてまだ起きていられる程に元気に見えるのは、ただ単に束の間の奇蹟に過ぎないのだと…

 気高い眼差しの異国の妻に笑顔で薬を届けに来た、年上の夫は、しかし甘い夢など視てはいなかった。


(2)

 

 連邦統合政府の奥まった一画では辺境星域~まさに世界の最外縁~からひんぴんに送られてくる報告に、秘かに、だが決して穏やかなどではなく、それこそ煮えるような騒ぎの様相を呈していた。


 …彼女のサンルームでいくらかの時間を過ごすうち、彼の手首で身分証が静かに音と光を発して持ち主の注意をうながす。

 滅多に使われる事のない行政会議の緊急呼集だった。

 極東民族区の民生総局長である彼は速やかに応えなければならない。

「なんだろう?」

 ちょっと行ってくるよ、と、いつものように笑顔で、彼女の淡灰色の髪に唇づけして去る夫の姿に…

 彼女は突然、言いようのない恐怖を感じて、竦んだ。

「…待っ………。」

 けれどもそれは彼に関わる未来視(さきみ)ではない。

 正体をつかまぬうちに夫はドアの向うに消え、彼女はただひとり不安のなかに残された。

 刻々と、得体の知れない焦燥は胸に増すばかりである。

 やがて彼女は畏怖や苛立ちが外部から訪れたもの…

 何十キロもの草原をへだてた街や、さらには地球を覆う人々のネットワーク全体から発せられた動揺がそのまま心に忍び入ってきたのだったと気付く。

 顕著な感情同調の脳力は部族民の特質のひとつに数えられていた。

 制(おさえ)ようのない不安。

 どうしたと言うのだろう。

 …病んだ、退位した、とは云え彼女の心は生まれながら人の上に立つ者のそれであり、見捨てられた赤児のような身の置き所のなさを、民心のなかに放置しておくわけにはいかなかった。

「………いったい………」

 病室には彼女の神経の負担になり得るものは何一つ置いてはなく、外のニュースを得ることは不可能だった。

 苦手な屋内回線をまわしてみても今日に限って、同居の両親も看護婦すらも在室していないらしく、何の反応もない。

 彼達が彼女を一人にするなど普段なら考えられない事だった。

 種々の 探知機器 検知器や電脳が壁に埋めこまれて常時監視の体制をとっていることぐらい、機械嫌いの彼女でも知っている。

 ………それだけ、起こりつつある事態は異常だ、ということだった。

 外の人々同様の熱的な恐怖と、また、ともに冷徹な統制者としての意志力とを抱きながら、完全に二つに割れてしまった心の叫びのなかで斎姫はのろのろと立ちあがる。

 長いながい、身の丈ほどもある淡灰の雲の色の髪が椅子の腕にからみつくのを振りほどいて。

 …

 彼女は、滅菌された病室(サンルーム)(牢獄)のドアを後にした。


  

(3)

 

 星々の群れのなかに居て、それは確かに肉眼にすらくっきりと映っていた。

 皆、街路に出て、口々に騒ぎ、叫び、怒号し、…悲鳴をあげ。

 怯えていた。

 動揺はパニックを呼んだ。



「な、んですって。そんなばかな」

 突如として辺境星域最外縁に未確認飛行物体(U.F.O)が現われたとの第一報が入ってからわずか16時間。

 地球連邦の稚拙な跳躍技術では事故の危険をおかしてでも丸2年以上、亜光速で飛べばそれこそ13年近くはかかるというその 辺りから 距離を、わずか数躍の転跳で宇宙船は地球そのものの周回軌道にのってしまった、との、報告が届いた時刻すら宙空の光点の出現からたっぷり30分は経過した後だった。

 圧倒的な技術の差。

 たしかに、平和以外の意図があるのなら、とっくに攻撃を終えているであろうし、所詮、逆らってみても無駄な相手と言うべきだろう。

 男女二人からなる地球連邦首人は眼を見交わして窓辺を離れ、召集された行政議会の到着を待った。



 そして三日………

 各所での暴動めいた集団逃亡(スタピード)はすでに慰撫された。

 けれど相変わらず金緑色の巨大な輝きは宙天をゆるやかに横切り続け…

 人々はみな不安と緊張に疲れていた。

 それは無論、議場にあって結論を直接に下さねばならない立場の者達にとっては一層に重いものであった。

 口にのぼるのは疑問符と仮定仮説ばかり。

 若い首人ふたりは議会をよくまとめた。それは亡くなった連邦統一者の血縁としての権威と信頼とに十分応えるものであり、その存在が無ければ行政委員の主だった中にさえ重圧に耐え切れず、叫び出す者がいただろう。

 後アーマゲドン期千年のみならず長い人類史上でもおそらくは初めてであろう決断を下すという責任を、誰が背負い得るのだ?

 辺境の植民星の人間という意味ではない、真性の宇宙人との国交を樹立するか、否か…

 歴史や百年計画の全てを書き変えかねない事態を目の前に、広大な議場はむなしく湧き、また沈黙にとざされて、更に幾日もの時間を無駄に費い潰すほかは何もできないようだった。

 そして、そんな彼らをさらに圧迫しているのは、自己弁護のために許可を得て地球に降下してきた宇宙人の代表使節団。

 彼らの存在それ自体…。

 演壇にたって リスタルラーナ 自分達の世界とはの説明をなかなか達者な地球汎語でこなした後にも 彼ら一行は厳重な監視のもとに 議場内の宿泊施設に留まり続けた彼ら一行6人は、微妙な心理的負担の源となっているのである。

 示威行動など一切しない。ひたすらに礼儀正しく控え目な振る舞いが、かえって緊迫した 心理的な 重苦しさを引き立ててしまっていた。


(4)

 

 リサーク,ケティア、対地球 全権大使はそんな有り様をけして忍耐強いとは言えない性格を圧さえてひたすら傍観していた。

 母星の利益代表として星間連盟(リスタルラーナ)政界では早くから切れ者で通していた女性である。

 燃えるような特徴的な緑の髪を首筋でふっつり切り揃えて、いつでもその群青の瞳で真っ向から相手を見据える。

 齢は、二十六という若さだったが、優秀な人材の早期の教育完了と就業を旨としているリスタルラーナにあっては、もはやベテランと呼ばれる辣腕家なのであった。

 事態は、ほぼ膠着している。

 母界を出る時の徹底的な調査によるコンピューターの勝率は75パーセント。

 百ではない。

 常に失敗の可能性は有り得るのだ。

 彼らリスタルラーノが把握した地球人の精神特性というものは多様性に富み、喧嘩ぱやくて情熱的、進取の気風と…同時に、思想的な仲間や血縁との結束が固く、内へ内へと集まる風潮がある。

 まったくの異族である彼らを受け容れるだろうか?

 せめて… もう少し派手に宣伝行為のできる機会があればよいのだが。

 彼らが提供し得るのは進んだ技術と知識。

 そして、彼rらはこの星の人々が未だ知らないエネルギー鉱の、採掘権が欲しい。

 どうしても必要なのだ。

 ……我慢、し切れず、とうとう彼女は与えられた個室のなかで立ち上がった。

 行動は自重するように、と連邦首人から言い渡されてはいる。

 おそらく行政議会の議場と宿泊施設のあるこの建物からは出させて貰えないだろう。

 しかし…

 この、中でなら。

 勝率を上げる、チャンスは自分で作るものだ。

 彼女は部屋の出入を監視する装置を豆粒ほどの機械1個であっさり殺し、緊張した微笑みを浮かべて、大芝居の舞台を探しにと、秘かに廊下へ滑り出た。

 まだ、会議は続いている筈である。



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