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手錠を施され、玲子と笑子のカップルと共に護送車に乗り込んだ二人は、車窓越しのカメラとフラッシュに晒されます。

府警本部に向けて、走り始めた車列の後を追って、複数の併走カメラマン(パパラッチ)のバイクが続きます。

 

琵琶湖の南岸を西に進むその途中でした―――。

右車線を高速で走り抜ける3台の黒塗りワゴンから、追い抜きざま車列に向けて何かが投じられます。

その瞬間!強烈な閃光と爆発音に、護送ワゴンがコントロールを失って左の街路樹に激突、ガードするパトカーも植え込みや歩道に乗り上げ、視力を失った刑事が右往左往する中、何処からかパリパリと乾いた破裂音がします。

パパラッチの悲鳴に被さるように、「黒木!被疑者を連れて逃げろ!」

「刑事部長!」

「俺たちはここで応戦する、早く逃げろ!」

視力が回復するのを待って見渡すと、刑事たちが先ほどの黒いワゴンに向けて拳銃を発射しています。ワゴンからは黒いスーツを着た十数人が、マシンガンを掃射しながら左右に展開します。

「その先の橋の下まで走れ!」

手錠をされたまま元自衛官が叫びます、4人は護送ワゴンから飛び出し、川の土手を転がり落ちるように橋脚の根元にたどり着きました。

「奴ら、私たち二人を狙っているんです!これお願いします!」

突き出された手錠を玲子が開錠すると、笑子が首から下げていた双眼鏡を奪うようにして、「―――ちょっと借ります!」

イングラムM11!なんとクラシカルな―――。」

 

琵琶湖疏水の取水口です、目の前の大津閘門の先に舟が一隻繋留されていました。

「ジョン・クアリが援護します!あの舟まで全力で―――!」

「マシンガンでガンガン撃ってきてるんですよ!当たったらどうするんですか!」

笑子が泣きそうな顔で訴えます。

「大丈夫!あのマシンガンは当たりません、弾幕を張って敵を威圧するのが精々で、遠距離から狙って命中させるような代物じゃないんです―――。」

「―――でも、近距離なら当たるかも知れないでしょ、ほら、対岸の土手の上に走ってきた!」

ジョン・クアリが大きく振りかぶって手元の石を投げます、ウォーンという低い音を残して一直線に襲撃者の頭に命中しました、赤黒い霧のような血飛沫が舞って、黒スーツの男が倒れます。

別の方向から掃射音がして、足元の叢が弾け飛びます、振り向きざま上空に投げた石が、大きくカーブして敵の頭頂を捉えます。

疏水の水面にジャンプさせた石が、土手の叢を這うようにして男の顎を砕きます。

背後の石垣で跳ねた石が、立木の根元に伏せた敵の後頭部を砕きます。

全力で走りながら、次から次へと襲撃者を血祭りに上げます。

命からがら繋留された舟にたどり着いた時には、土手の上に十名近い黒スーツが倒れていました。

舫いを解いて舟を出します、船尾に船外機が附いていますが、燃料が無いので水の流れに任せるしかありません。

目の前に第一トンネルの暗い入口 (呑み口) が近づいてきました。

 

「―――もう追ってこないでしょ?」

暗闇の中で笑子が囁きます。

「いや、また何か考えてくるはずです。」

「あの、目眩ましのような爆発は、何だったんですか?」

玲子が尋ねます。

スタングレネードフラッシュバンともいいます、強烈な閃光で周りの人間の視力を一時的に奪います、過去にバスジャック事件で機動隊が使用した事案があります。」

暗闇に目が慣れて、ねじりまんぽのレンガ壁が何処までも続くのが見えてきました。

銃撃戦の轟音と打って変って、完全な静寂が辺りを蔽います。

「―――ひとつ訊きたいんですけど。」

玲子が唐突に向き直って、ぼんやりと確認できる元自衛官の眼を見ます。

「戦場で、人を支配するのは何ですか・・・?」

「―――感情です!」

即答が返ってきました。―――そのときです!

シュルシュルと鋭い風切り音がトンネル内を駆け抜け、一瞬のフラッシュと共に、右舷側の水面が大きく持ち上がって、水飛沫と熱風が襲ってきました。 

 


「くそ!グレネードランチャーだ、全員身を低くして、舟にしっかり掴まって―――!」

そう云う間にも次々と着弾し、水中に沈んだ後、大音響で爆発します。

ねじりまんぽのレンガが弾けて、周囲に跳ね飛びます。

水飛沫で全身既にびしょ濡れです。

「いやだ―――撃沈されちゃう!」

笑子の悲鳴がトンネルを往復します。

流れの先が明るくなり、山科のトンネル出口(吐き口)が近づいてきます。

薄明かりに目を凝らすと、敵はグレーのゴムボートをオールで漕いで徐々に接近しつつあります。

「―――だめだ!トンネルを出たら狙い撃ちされる!」

ついに頭上のねじりまんぽが、葉桜の並木に替わって、二隻の舟は白日の下に晒されます。

ゴムボートから鈍い破裂音と蒼白い煙が上がり、黒い小さな擲弾が大きな弧を描いて飛翔してきます、船尾の頭上まで近づいたところで、ジョン・クアリが突然立ち上がって、素手で掴んで振りかぶって投げ返します。

一直線の剛速球、ゴムボートに大穴を開けその場で大爆発、水飛沫とともに全てを吹き飛ばしてしまいました―――。

 

「ホテルの周辺にいた自衛隊が、制圧してくれたんだ。」

3日後、山科区の病院の一室です。

刑事部長の永山と鑑識の奥寺が、カップルの二人を見舞っています。

「部長、御怪我は?」

玲子が気遣います。

「大丈夫だ、うちのスタッフ全員軽傷で済んだ。それにしてもあれだけの銃撃戦で、相手も含め死者が一人も出なかったのは驚異に値する。」

「土手の上で、10人近く倒したんですよ、ジョン・クアリ君の投石で・・・。」

笑子がウットリとした眼で呟きます。

「8人だ、頭がい骨折の重傷が3人、顎骨折が1人いたが何れも重体じゃない、生命に問題は無い。ゴムボートで吹き飛ばされた3人も、入院は長くなるが一命は取り留めそうだ、爆発する直前に疏水に飛び込んだようだ。」

「ただ、そのジョン・クアリが掌に火傷を負った、擲弾(グレネード)を掴んだ時だ、酷くはないが念のため入院させている。」

「本当に大丈夫なんですか?後遺症が残るなんてことは?」

心配そうな顔で、笑子が確認します。

「大丈夫だ―――。」

「被疑者の富樫憲次は、黒木君の云ったように、PKOに参加する前は陸上自衛隊のレンジャーに所属していた。災害派遣が主な任務だったらしい。」

「襲撃グループの素性は分かったんですか?」

「総員20名だが、ずっと黙秘を貫いている。経歴は元サラリーマン、公務員、サービス業、商店主、様々だ・・・面白いことに、全員60歳以上の高齢者で、何れも自衛隊入隊の経験がある。」

「高齢者!?」

奥寺が話を引き継ぎます。

「20丁のマシンガン(イングラムM11)も70年代に製造された骨董品で、他の事件で使用された履歴が全くないから、その時代に購入して、何処にも出さず後生大事に持っていたんでしょうねえ・・・手入れは行き届いてたようで、コンディションは良好でした。」

「憲法9条が有名無実だったことを、認めたくなかったのねきっと。」

「世間一般に自衛隊の過去を暴露されるのが、我慢できなかったのかも知れない。」

「憲法改正によって、70年もの間、穏やかに過ごしてきた平和な時代が破綻しかかっている、この時とばかりに、重い腰を上げたんじゃないのか・・・。本当は会見前に襲撃したかったんだろうが、朝早の銃撃戦は老体にはしんどかろう、自衛隊も出てきてたしな。」

「どうしてホテルに自衛隊が “展開” していたんですか?」

笑子が被疑者から習いたての軍用語を使います。

「こんなこともあろうかと、富樫が知り合いの自衛隊幹部に会見の情報を漏らしていたようだ。」

「―――自衛隊内に反対派はいないと?」

「自信があったようだな。今度の件を受けて、防衛省は国民投票前に過去のPKOで生じた事案を全て開示する方針らしい。富樫の思った通りになった。」

「ジョン・クアリ君の罪は結局どうなるんですか?」

心配そうな顔で笑子が尋ねます。

「マシンガンやグレネードランチャーで殺されかけたんだ、急迫不正の侵害正当防衛が成立する、スピーカーの器物損壊罪だけだ!」

「―――良かった!」 

 


再び山科疏水沿いのマンション、例によって玲子の傍らに全裸の笑子が寝ています。

家猫がよくやるように、両手を前に伸ばし、お尻を突き上げて大きく伸びをします。

健康的な艶のある若々しい臀部に向けて、竹製の “孫の手” で、ペシッ!

「痛い!玲子さん、ひどい!」

「エアコンもう直ったのよ、昼間からスッポンポンでゴロゴロするの、やめなさいって云ったでしょ。」

「玲子さん、最近冷たい・・・。」

小麦色の二つの丘に後ろ向きの自分の手を添えて、中央の溝を左右に押し広げます。

あっかんべ~

「なあに?何かぶっ込んでほしいの?」

玲子が左腕を笑子の腰に廻して、右手の中指を可愛い蕾に挿入すると、女と女の営みが白昼唐突に始まります。

 

加熱された大気を充填する一斉の蝉しぐれが収まり、疏水の並木に木陰が現れて、夕日と共に冷涼な空気が爽やかさを運んできます。

マンションの出窓からはそんな事とは関係の無い、気怠い空気が漏れ出てきます。

玲子の腿の間から、クリスタルブルーのそれを引っ張ると、「いや・・・そのままにしといて。」

吸い付きそうな肌触りの白い臀部を、優しく摩りながら笑子が囁きます。

「ねえ、玲子さん。今度の事件で一番重要なことは?」

「・・・元自衛官が、戦場で人間を支配するのは “感情” だって即答したことよ。」

俯せのまま、全裸の玲子が大儀そうに答えます。

「―――どうしてですか?」

「唯一人間だけが、感情で相手を殺せる・・・逆に云えば、感情だけが人を殺せる・・・だから、戦争は駄目だってこと、哲学的ね。」

「哲学的ですね・・・・。」

机の上に置かれていた、玉子程の丸い石に手を伸ばし、愛おしそうに頬に押し当てます。

「何それ?」

玲子が腰を起します。

「ジョン・クアリ君に貰った玉石ですよ、すべすべして冷やっこくて、気持ちいい・・・。」

「どうすんのそれ?」

「記念に取っておくんですよ、なにせ私の憧れですから・・・。」

「お守りにでもするの、高いところの神棚にでも揚げておく?」

「あら?玲子さん妬いてるんですか、かわいい・・・。」

「妬いちゃいません!あんただってこの前、福岡で穴見女医にえらく妬いてたじゃない・・・。」

「―――あの女医さんと、どうにかなっちゃおかな~。」

ニヤニヤしながらクリスタルブルーのリモコンを掴むと、ダイヤルをMAXにスライドさせます。

「―――やめて、笑ちゃん!」

ベッドの上で膝を抱えて座っていた玲子が、突然大股拡げて仰け反ります。

のら犬も喰わない、婦々喧嘩です。

 

その日の夜、部屋のインターホンが鳴って玲子がモニターを見ると、「あら!穴見先生、噂をすれば・・・・。」

笑子が嫌な顔をして、指でばってんを作ります。

玄関に出ると、「お久し振り~元気だった?」

「どうしたんですか?先生。」

「―――引っ越してきたのよ今日、明日から着任だから。」

「府警本部に寄って訊いてみたら、あなたたちのマンションがすぐ近くだって云うじゃない・・・。」

「何処なんですか?」

「―――駅の向こう、歩いて5分。」

部屋の奥に気配を感じると、「まだ一緒にいるのね、早く別れちゃいなさいよあんな浅黒いの・・・。」

「―――そんな。」

「これ、挨拶代わりのお土産、今度一緒に “お薄” 飲みましょ、甘いものもね。もう遅いからこれで帰るわ、近所だから何かあったら声かけて、相方さんにも宜しくね。」

土産を持って部屋に入ると、笑子が泣きそうな顔で、「引っ越す!京都の端に引っ越す!明日引っ越す!いや、今晩引っ越す!」

夜の静寂に、虫の鳴き声が加わり、やがて物悲しい季節の黄昏が忍び寄る、晩夏(夏の終わり)でした。

―――おわり。

 

以上、すべてフィックションであり、実在の人物・団体等とは一切関係がありません。悪しからず、ご了承ください。

添付写真の一部は、Photock から転載しています。  

 


奥付



苔の揺らぎに身を任せ、肌も溶け合う通し舟(下)


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著者 : 南海部 覚悟
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