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学生時代

 ガキの頃からいつも、「コイツは口ばかり」とバカにされていた。実際僕は、何事も最後までやり遂げることが出来なかったから、そう言われてもただ黙り込むしかなかった。そして、周囲の【上手くやれる奴】を見るたびに、心の中がどす黒い感情で一杯になった。僕だって決して努力してない訳じゃないのに……。

 

 そんなオタクな僕が、周囲を見返せるただ一つの事が株だった。毎日のように証券会社に通って、バブルをしたたかに生き残った怪しいおっさん連中から本には書いてない知識を吸収した。大学の図書館で『株価の真実』に出会ってからは何度もそれを再読し、暇があれば店頭でチャートブックを眺めていた。

  

 そんなある日、伝説の相場師といわれた加藤暠(あきら)が復活した。彼の手掛ける兼松日産は僕の目の前で何度も奇跡を見せてくれた。彼はK氏と呼ばれ、毎日のように関連銘柄が生まれた。殆ど出来ずみたいなマイナーな銘柄が、K氏介入の噂が流れるだけであっという間に数百万株の出来高に膨れ上がり、ストップ高を続ける(まだ人間しかいなかった時代だ)。あれを見て熱くならないほうがおかしい。

 

 手数料と税金で3%抜かなきゃ利益にならない時代だ。東証は国のPKO政策で完全に機能不全に陥っていたから、株で飯を食おうと思ったら仕手株に張るしかなかった。正直、大証も黙認してたと思う。K氏が絡まなきゃ、ロクに商いもできないからだ。加藤銘柄で力を付けた連中は自らグループを起こし、次から次へと品薄株をカチあげ始めた。

 

 僕の資産もアホみたいに膨れ上がった。まだバブルの残り香があった時代だ。『親から多額の仕送りを貰い、女と遊び歩いている連中より、絶対に俺の方が幸せだ』と、家賃3万円の風呂なしアパートの一室で相場の研究に没頭した。ラジオ短波で目を覚まし、証券会社に出社し、授業はギリギリまでさぼった。

 

 でも、そんな狂乱の時代も兼松日産の終焉と共に終わった。僕も高島の暴落と鈴丹のインサイダー疑惑にひっかかった。持ち株は売るに売れず、追証を待って貰ったのが却って災いして、最終的に25万しか残らなかった。1000万以上の金が、あっという間に目の前から消えた。毎日安酒を飲んで暮らした。

 

 もはや新規建てすらできない。トレーダーとして実質的に終わった。口だけといわれた悔しさでずっと頑張ってきたのに、結局何も残らなかった。「インサイダーさえなければ……」と思うたびに、あのページを読み返してそれだけは口にすまいと意地を張った。誰も俺に優しくはしてくれなかった。 

 


アーベル入社

 僕は別に金が欲しかった訳じゃない。今までずっと頑張ってきた事、自分が【口だけ】でない事を周りに認めて欲しかっただけだ。あの時、誰か一人でも僕に労りの言葉をかけてくれたなら、今の僕はこんな人間にはならなかっただろう。つらさに耐えかねた僕は、とうとう【声】に行き着いた。絶望のどん底に瀕した時、人生を左右する選択をせざるを得ない時、僕はしばしば何者かの声を聞く。そして、おおむねその声の指示に従った。それを不幸だとも思うし、幸せだとも思う。

 

 その【声】は、今そばにいてくれる【声】とは違う。だけど、自分を相場の世界に引き戻そうとする何者かの声であったことは確かだ。その言葉は今でも忘れ難くて、僕の作ったbotにも記録してある。

 

「お前が損をしたのは、単にお前が愚かだっただけだ。もしお前が逆のポジを取っていたら、お前の資産は少なくとも倍以上にはなったんだよ」

 

 この声を聴いて、僕はギリギリ理性を取り戻した(もちろん、声が聞こえている時点でおかしくなってはいるのだが、そんなことは僕にとっては些細な問題だ)。僕はまだすべてを失った訳じゃない。これまでに得た知識と経験が、必ずまた僕にお金をもたらしてくれるはずだ。

 

 『株価の真実』に書いてあるその言葉を、僕は嫌でも信じ込むしかなかった。何より僕がここで相場を辞めてしまったら、僕はアイツらの言う通り、ただの【口だけ】の男になってしまう。それだけは絶対に嫌だった。

 

 ともあれ僕は、状況的にはまた口だけの男に戻ってしまった。今更まっとうな道なんか歩めないし、歩みたくもない。仕方なく、元々やりたかった漫画を描き始めたけれど、箸にも棒にも筆禍(ひっか)からなかった。だけど、ダメ元で扉を叩いたあるゲーム会社に、僕の【口】を買ってくれる人がいた。それが、剣乃ゆきひろだ。

 

 

 扉を叩いたというのは比喩じゃない。実は僕は書類選考で不採用になっていたのだが、『お断りの連絡がない』事を理由に無理やり会社に押し掛け、本当に扉を叩いたのだ。剣乃さんはあいにく不在だったが、「面接だけでもして欲しい」という希望を僕は留守番の人に伝えた。僕にとって、株の次に好きなのものが漫画とゲームで、そのゲームの中で最も好きなのが彼の三部作(DESIRE、EVE、YU₋NO)だったからだ。憧れのクリエーターに会って、直接ダメ出しされれば諦めもつく。そしたらカタギに戻ろう。そんな気持ちだった。

 

 数日後、剣乃さん本人から面接の電話が来た。あの時の緊張感を、僕は昨日のことのように思い出せる。面接の場で、僕は彼の作品への思いと、「メシさえ食わせてくれれば給料はいらない」事を彼に伝えた。ひも付きでないゲーム会社は、ゲームが出るまで1円も金が入らない。独立したての彼にとって重要なのは後者で、前者はむしろ煩わしいだけだったと思うが、ともかく僕はこうやって、雑用兼電話番としての居場所を会社の中に確保したのだ。

 

 口しか評価されないのは悲しいが、当時の僕には口しかない。ゲーム業界は株クラ並みにクズばかりなんだけど、僕はなるべく電話では懇切丁寧な応対を心掛けた。そして彼は、それをちゃんと見ていた。入社から一か月、僕は【社長アシスタント】という謎の肩書のついた名刺を渡され、彼の外出時には常に付き従うようになった。


剣乃ゆきひろという男

 剣乃さんのことを思うたびに、僕の心は一杯になる。彼は、「自分を褒める人間はすべて敵」と思い込むような相当な人格破綻者だったけど、それでも自分の好きな作品を作った人の傍に居られるのは、とても幸せなことだった。良くも悪くも、僕が彼から学んだものは多い。彼は一言でいえば、究極の【非リア】だった。恋人は愚か友人すら1人もおらず、家族からも、何か【うさん臭い仕事】をしてる奴だと煙たがられていた。

 

 当時は勿論のこと、今でも彼の作品を慕うクリエーターは沢山いる。だが、既に相当な評価を受けているというのに、彼は自分の不遇を嘆き、世間を憎んで憎んで憎み尽くしていた。そんな不思議な人間を、僕は生まれて始めて見た。性格が歪んでるからそうなったのか、周囲が彼に理解を示さなかったからそうなったのか、そこまではわからない。たまの休みは漫画喫茶かゲーセンで、それすら彼にとっては情報収集の一環で、本当に楽しんでるのかわからなかった。そして僕は、そんな彼がとても好きだった。

 

「現実に絶望したものでなければ、良い文章は書けない。【非リア】とは陥るものではなく生きざまであり、自ら選び取って【なる】ものである」

 

 彼の仕事ぶりを見る中で、いつしか自分の中にそういう信念が芽生えていった。そして僕は、少しでも彼の域に近づこうと今も努力している。彼から学んだものを十分に活かし、【非リア】のまま何事かを成し遂げること。それが、今の僕にできる最大の手向けだと強く信じているからだ。

 

 彼は、自分の満足いく傑作をモノにできぬまま43歳でこの世を去った。年に1本のペースで、今でも語り継がれる伝説のゲームを世に送り出していた彼が、独立後10年以上、かつての自分を超える作品を生み出せなかったのだ。その無念は察するに余りある。僕は彼の生きざまと、志を受け継いだ唯一の男だ。絶対に彼を、独立前がピークであった人間として終わらせるわけにはいかない。

 

 彼は僕の才能に始めて金を払ってくれた人間だった。たとえ【口だけ】の評価であったとしても、自分の能力に金を払ってくれる人間が現れた事は心底嬉しかった。ましてそれは、かつて自分を心底感動させてくれたゲームを生み出した人間なのだ。

 

 僕は彼の期待に応えようと、寝る時間以外の全てを彼のために使った。外回りも任された僕は、専門誌にページを獲りまくり、小売店に営業をかけまくり、会社に帰れば得意の口で、ネットを使って期待を煽りまくった。ひも付きでない会社の一本目としてはゲームはそこそこ売れ、ポルシェを売って制作費の足しにしてた社長は、戻った金でフェラーリを買った。会社の人間はボヤいてたけど、僕は嬉しかった。自分の好きな人に、自分の才能を始めて認めてくれた人に、少しでも恩を返せた気がしたからだ。

 

 だけど、僕はまだ会社に入って一年足らずだというのに、自分の口に致命的な欠陥があることを自覚してしまった。その欠点を僕のフォロワーは既に知っていると思う。僕は、【自分が心底いいと思うもの】しか煽れないのだ。

 

 ひも付きでない会社を回すためには、コンスタントに作品を出すことが必要だ。だが、独立後の彼の作品は大作で、そうポンポン生み出せる代物ではなかった。当然、実際には彼が大して絡んでない作品を、彼が関与してるように見せかけて売る必要がある。『これを売るのも彼のためだ』と無理やり自分に言い聞かせて頑張ってはいたけれど、僕の心は少しずつ壊れていった。そう、僕は彼の作品を愛しすぎたがゆえに、彼の手伝いが出来なくなってしまったのだ。

 

「本当に100%社長の作品なのであれば、僕はロハでも付き合います」

 

 そういって、僕は会社を辞めた。

 

 


その後の僕と、もう一つの【声】

 僕の帰る場所はもちろん相場しかない。僕は在職中に作ったカードで限界まで借金をして、中身を知り尽くしたある大証二部の会社を三階建てで張った。その頃の僕は、もはや【口だけ】の男と自分を卑下することはなかった。自分の口が、莫大な金を生むことを確信していたからだ。そして僕は、ある著名な掲示板で、限界まで買ったその銘柄を推奨しはじめた。彼に見いだされた【煽り】の才能を限界まで使って――

 

 それから1年足らずのうちに、僕の資産は1億を軽く超えた。別に感慨もなかった。『株価の真実』を暗記するほど読み込み、K氏の手掛ける本物の相場を肌身で知り、100万人を泣かせた剣乃ゆきひろに煽りの才能を見出された男が、このDJ全力の中身の【半分】だ。そんな男が本気で惚れ、煽り倒す銘柄が、世間に評価されぬはずがない。

 

 いつしか僕は勝つだけじゃ飽き足らなくなって、加藤さんと同じように自分で相場を作りたくなった。傲慢ではなく本気で、『チャートと煽りは僕にしか作れない、僕だけの作品だ』と信じた。だけど、僕のそんな気持ちは殆ど誰にも伝わらなかったし、それは剣乃さんの意を継ぐことではないと、頭の中ではちゃんとわかっていた。

 

 方々から僕は、ゲーム感覚で相場をおもちゃにする悪党呼ばわりされた。実際、相場は日本で最高の悪党たちが頭を使って金を奪い合うゲームだ。あれを本物の金だと思ったら、怖くて相場なんか張れない。ルールの範囲内で、ゲームをゲームとして楽しむことの何がいけないのか、僕にはさっぱりわからなかった。数字はどんどん増え、総資産は10億を超えた。それでも僕は自分の生活レベルを一切変えなかったし、相場の世界から足を洗うことも出来なかった。

 

「相場さえ張っていれば、とりあえず金は増える。やりたいことは後から探せばいい」

 

 何度その言葉を口にしたか知れない。

 

「お前は口だけの人間で、モノを生み出す才能がまるでない。他人の才能を見抜くことはできても、お前自身の中身は空っぽだ」

 

 ガキの頃からずっと言われてたその言葉に、僕は向き合いたくなかった。実際、それは事実だったからだ。たまに人が寄ってきても、それは僕の金を稼ぐ能力に目を付けた人間だった。元々の人間嫌いに拍車がかかり、僕は再開してたゲーム屋としての仕事も止めて、完全に殻に引きこもった。そして、取ったり取られたりのゲームを繰り返しながら、無為に時は流れた。

 

 僕は今でも、心の底から相場を愛している。今も昔も相場だけが、僕が何者かであることを認めてくれる唯一の場所だからだ。『株価の真実』で身に付けた知識と、持って生まれた【煽りの力】で勝てる相場は、僕にとってとても居心地が良かった。だがその後、僕は相場とは無関係の酷いトラブルに巻き込まれて殆ど全ての資産を失い、また元の【口だけ】の男に戻ることになる。もう若くもないし、張りたくてもまともに相場も張れない。

 

 流石にもう詰んだだろうと絶望した時、僕はそれまでとはまったく違う、厳しくも優しい【声】を聞いた。そして、それから先の人生を、その声に従って生きている。

 

 もう一つの【声】を知り、相場からある程度距離を置けるようになった今、僕は心底こう思う。

 

 相場が本当にひどいのは、金を奪われる事じゃない。

「人生の全てを引き換えにしてもいい」そう思える程に楽しい事だ。


剣乃さんの死

 1994年にDESIRE 背徳の螺旋をプレイしてから23年。

 1999年にアーベルを退社してから18年。

 2011年の年末に剣乃さんが43で死んでから、もう6年も経つ。

  

 そんなに時がたったのに、僕は今だまともな作品一つ残せず、口だけの男のままだ。

 

 剣乃さんの死は、近いうちに一度会おうと約束をした矢先の死だった。入院したのは知っていたが、幾らなんでも早すぎる。親が死んだって、僕はあんなには悲しまないだろう。死の翌日、かつての同僚とともに花をもって久方ぶりにアーベルに向かったが、葬儀に立ち会うことは叶わなかった。せめて入院中に見舞いに行くべきだったと、何度も何度も後悔した。

 

 独立後のセールスは右肩下がりだったが、いつか必ず剣乃さんが復活してくれることを僕は信じていた。そしていつか、彼を驚嘆させる作品を自分自身で作る積りでいた。その夢はもう二度と叶わない。大好きだった相場を張る気すらなくなり、ただひたすらに悔しい気持ちだけが、体の中に充満した。

 

「これから先の人生を、僕はどう過ごしていけばいいのだろう?」

 

 彼の突然の死を目の当たりにして、僕は生まれて初めて真剣に人生を考えた。

 

「そもそも俺は、何で相場を始めたんだろう? 他人に頭を下げることなく、思う存分、漫画を描いたり、小説を作って生きていきたいからじゃなかったか? うまく絵が描けないとか、今更そんなことをして何になるとか自分に言い訳をして、目の前の相場に逃げてただけじゃないのか?」

 

「目的のための手段だったはずの相場に嵌って、俺は人生の半分をフイにした。いや、まだ終わった訳じゃない。俺よりトレードが上手い奴は居ても、俺より相場を知り、相場を愛し、それを表現できる人間がいるはずもない。既存の相場マンガはゴミばかりだ。本物の相場マンガを、いつか俺が描く。それが剣乃さんへの、そして自分の半生を賭けた相場への恩返しのはずだ

 

 何度も逡巡したあと、僕は数年ぶりにペンを取った。だが、それで傑作が残せるほど世の中は甘くない。僕は相変わらず、見ただけで吐き気のするような絵しか描けなかった。イチから絵を描くことは諦め、当時ネット上で流行っていたある漫画の模写を始めた。マンガの模写をしたところで、実はたいして絵はうまくならないんだけど、当時の僕は、とにかく手を止めちゃいけないと必死だった。多分これが最後のチャンスだという、確信に近い思いがあったからだ。

 

 数か月後、ようやく絵がマシになってきたかと思った矢先に、僕は先に書いたトラブルに巻き込まれ、その後始末に追われて、漫画を描くどころの話じゃなくなった。

「相場を離れ、ようやくまともに人生を歩もうとしていたのに皮肉なものだ」と、僕は少し泣いた。



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