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剣乃さんの死

 1994年にDESIRE 背徳の螺旋をプレイしてから23年。

 1999年にアーベルを退社してから18年。

 2011年の年末に剣乃さんが43で死んでから、もう6年も経つ。

  

 そんなに時がたったのに、僕は今だまともな作品一つ残せず、口だけの男のままだ。

 

 剣乃さんの死は、近いうちに一度会おうと約束をした矢先の死だった。入院したのは知っていたが、幾らなんでも早すぎる。親が死んだって、僕はあんなには悲しまないだろう。死の翌日、かつての同僚とともに花をもって久方ぶりにアーベルに向かったが、葬儀に立ち会うことは叶わなかった。せめて入院中に見舞いに行くべきだったと、何度も何度も後悔した。

 

 独立後のセールスは右肩下がりだったが、いつか必ず剣乃さんが復活してくれることを僕は信じていた。そしていつか、彼を驚嘆させる作品を自分自身で作る積りでいた。その夢はもう二度と叶わない。大好きだった相場を張る気すらなくなり、ただひたすらに悔しい気持ちだけが、体の中に充満した。

 

「これから先の人生を、僕はどう過ごしていけばいいのだろう?」

 

 彼の突然の死を目の当たりにして、僕は生まれて初めて真剣に人生を考えた。

 

「そもそも俺は、何で相場を始めたんだろう? 他人に頭を下げることなく、思う存分、漫画を描いたり、小説を作って生きていきたいからじゃなかったか? うまく絵が描けないとか、今更そんなことをして何になるとか自分に言い訳をして、目の前の相場に逃げてただけじゃないのか?」

 

「目的のための手段だったはずの相場に嵌って、俺は人生の半分をフイにした。いや、まだ終わった訳じゃない。俺よりトレードが上手い奴は居ても、俺より相場を知り、相場を愛し、それを表現できる人間がいるはずもない。既存の相場マンガはゴミばかりだ。本物の相場マンガを、いつか俺が描く。それが剣乃さんへの、そして自分の半生を賭けた相場への恩返しのはずだ

 

 何度も逡巡したあと、僕は数年ぶりにペンを取った。だが、それで傑作が残せるほど世の中は甘くない。僕は相変わらず、見ただけで吐き気のするような絵しか描けなかった。イチから絵を描くことは諦め、当時ネット上で流行っていたある漫画の模写を始めた。マンガの模写をしたところで、実はたいして絵はうまくならないんだけど、当時の僕は、とにかく手を止めちゃいけないと必死だった。多分これが最後のチャンスだという、確信に近い思いがあったからだ。

 

 数か月後、ようやく絵がマシになってきたかと思った矢先に、僕は先に書いたトラブルに巻き込まれ、その後始末に追われて、漫画を描くどころの話じゃなくなった。

「相場を離れ、ようやくまともに人生を歩もうとしていたのに皮肉なものだ」と、僕は少し泣いた。


最高傑作

 そこから僕がどうやってもう一つの【声】に出会い、どういう人生を歩んできたのかは、また別の機会に語ろうと思う。ともかく僕はそのトラブルを何とか切り抜け、その渦中でも僕の事を見放さなかった唯一の友人と共に、相場の世界に舞い戻った。原資はほぼ借金だから、絶対に負ける訳にはいかない。僕は僕の唯一の武器である【口】を、もう一度使おうと考えた。

 

 だが、単に昔の名前で復活するだけじゃ、昔の仲間に気づかれてしまう。完全に過去を捨てた上で勝たなきゃ意味がないし、面白くない。僕らは真剣にネタを考え、『信用全力で勝負する煽り屋の猫』という設定の【全力三階建て】というキャラを作りあげた。そして、戦う場所を掲示板からTwitterに変えて、株クラに颯爽とデビューした。昔取った杵柄だ。この世界なら絶対に勝てる。

 

 最初に煽ったのは、プロフにも書いた【そーせい】という銘柄だ。この会社の子会社には、将来有望な認知症のパイプラインがある上に、StaR®技術という革新的な解析技術を持っていた。僕はこの銘柄を煽って煽って煽り倒して、再び億の金を掴んだ。その後、僕らは【DJ全力】と名を変え、狂暴だった全力さんのキャラを少しばかりやわらげた。

 

 DJとはディスクジョッキーの略だ。【非リア】を売りにしたキャラと、深夜番組風に投稿を紹介していく銘柄当てクイズと、突然語りだすリリカルなポエムで、僕らは1万を超えるフォロワーと、少し不思議な煽り屋としての評価を得た。DJとしてやった様々な企画はどれも面白かったが、僕の本当の目的は、剣乃ゆきひろの後継者として彼の名に恥じない作品を残すことだ。だから僕は、ずっと引退のタイミングを見計らっていた。

 

 2016年の年末、剣乃さんに勝るとも劣らないくらいに僕に影響を与えた加藤さんが、裁判の途中に死んだ。お上に殺されたようなものだ。剣乃さんの死には悲しみしかなかったが、加藤さんの死には怒りしかなかった。加藤さんは既に過去の人で、その死を悼むものが殆どいなかったからだ。

 

「誰も加藤さんの死を悼まないなら、俺だけでも悼んでやる。俺が俺の持てる力の全てを使って、加藤暠の名を株クラに知らしめてやる」

 

 そう思った。

 

 【加藤暠・追悼】を旗印に、僕は【メガネスーパー】の相場を成功させた。そして、あっさりと引退を決めた。相場師としても煽り屋としてもこれ以上の相場は作れないと思ったから、まったく未練はなかった。相方はまだいけるこの商売から手を引くことに難色を示していたが、【DJ全力】として作品を作っていくことを条件に引退に同意してくれた。

 

 メガネの相場を通して、【DJ全力】というキャラは、僕らが生み出した煽りキャラの範疇を超えて、沢山の人に愛されていた。その愛着は、もちろん僕にもある。相方の提案は、僕にとっては渡りに船だった。その後、引退を惜しむ人の声にこたえて、【はんにゃんの会】という勉強会を起こしたり、友人の企画を盛り上げるために一時的に相場に復活したりもしたけど、相場師としては引退という気持ちに変わりはなかった。そして僕はマンガを描いたり、過去に投稿した文章を整理したりしながら、運命の日を待つことになる。

 

  2017年6月1日、僕はVALUの存在を知った。サービス開始早々、一部の人たちのあいだでVALUは強烈な盛り上がりを見せていた。その概要を知った時の感動は今も忘れられない。ここなら、僕らの相場に対する知見を存分に生かせる。作品発表の場としても、これを超える場所はないと思った。すぐに相方に連絡した。相方は、場所は違えどDJ全力として相場に復帰しようとする僕の気持ちを心から喜んでくれた。

 

 僕らは勿論、世間的にはまったく無名の存在だ。だが当時、上にいた連中の誰よりも、僕らの言葉は強いと思った。そして僕らには、相場の事を良く知る沢山の【DJ全力】のファンがいる。審査という最大の難関さえ突破すれば、僕らは絶対に日本一になれる。いつか下からくる本物に抜かれるとしても、1位は1位だ。

 

「相場を人の手に取り戻し、現実世界で虐げられるだけの【非リア】が勝ち組を伸す」という僕らの夢を、VALUを使えば一瞬で叶えることが出来る。僕らは審査が無事に終わる日を、一日千秋の思いで待った。

 

 二週間後、僕らはVALUの片隅にひっそりとデビューし、ひと月足らずのうちに時価総額1位を獲得した。その額、実に60億。100円そこそこだった株価が16万を超えた計算だ。だが、僕らの野望はそれだけにとどまらない。相場の世界でずっと生きて来た人間の端くれとして、【目利き】の能力も証明しなければ意味がない。

 

 僕らは先のありそうな人たちのVAを片っ端から買いまくり、保有VAの評価額でも1億円を超えた。勿論、ダントツの1位だ。とはいえ、僕らが最初に入金したBTCは100万にも満たない。その後、自分たちのVAの売却で得たBTCも再投資しているが、含み益の大半はこの100万で作った。この自己資金からこれだけの偉業を達成するのは、ノウハウが知れ渡ってしまった現在ではおそらく不可能だろう。

 

 VALUは勝ち組が更に富むためにあるものじゃない。無名の新人が勝ち組を伸すためにあるものだ。僕らはそれを事実で証明した。いずれ時価総額で抜かれても、僕らの偉業は全国の【非リア】に希望をもたらすものとして、永遠に残るはずだ。

 

 勿論、僕らはこれで満足したわけじゃない。いろんな企画を考えているし、居座れる限りは1位に居座って、非リアに希望を与え続けるつもりだ。今の価格は、僕らの生み出した【DJ全力】というキャラに対する期待が込められたものだと考え、決して慢心せず、これからも精進していく。

 

 では最後に、ずっと書きたかった言葉で締めよう。

 僕はこの言葉を心から言いたくて、この6年間ずっと苦しんできたといっても過言じゃないのだ。

 

「天国の剣乃さん、見てくれてますか? 貴方が才能を見出した僕は、ようやく【口だけ】じゃない男になりつつありますよ。貴方の遺志を継ぎ、無念の思いを抱えたまま死んだ貴方の最高傑作が僕である事を、いつか必ず世間に知らしめて見せます」


この本の内容は以上です。


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