閉じる


<<最初から読む

3 / 6ページ

剣乃ゆきひろという男

 剣乃さんのことを思うたびに、僕の心は一杯になる。彼は、「自分を褒める人間はすべて敵」と思い込むような相当な人格破綻者だったけど、それでも自分の好きな作品を作った人の傍に居られるのは、とても幸せなことだった。良くも悪くも、僕が彼から学んだものは多い。彼は一言でいえば、究極の【非リア】だった。恋人は愚か友人すら1人もおらず、家族からも、何か【うさん臭い仕事】をしてる奴だと煙たがられていた。

 

 当時は勿論のこと、今でも彼の作品を慕うクリエーターは沢山いる。だが、既に相当な評価を受けているというのに、彼は自分の不遇を嘆き、世間を憎んで憎んで憎み尽くしていた。そんな不思議な人間を、僕は生まれて始めて見た。性格が歪んでるからそうなったのか、周囲が彼に理解を示さなかったからそうなったのか、そこまではわからない。たまの休みは漫画喫茶かゲーセンで、それすら彼にとっては情報収集の一環で、本当に楽しんでるのかわからなかった。そして僕は、そんな彼がとても好きだった。

 

「現実に絶望したものでなければ、良い文章は書けない。【非リア】とは陥るものではなく生きざまであり、自ら選び取って【なる】ものである」

 

 彼の仕事ぶりを見る中で、いつしか自分の中にそういう信念が芽生えていった。そして僕は、少しでも彼の域に近づこうと今も努力している。彼から学んだものを十分に活かし、【非リア】のまま何事かを成し遂げること。それが、今の僕にできる最大の手向けだと強く信じているからだ。

 

 彼は、自分の満足いく傑作をモノにできぬまま43歳でこの世を去った。年に1本のペースで、今でも語り継がれる伝説のゲームを世に送り出していた彼が、独立後10年以上、かつての自分を超える作品を生み出せなかったのだ。その無念は察するに余りある。僕は彼の生きざまと、志を受け継いだ唯一の男だ。絶対に彼を、独立前がピークであった人間として終わらせるわけにはいかない。

 

 彼は僕の才能に始めて金を払ってくれた人間だった。たとえ【口だけ】の評価であったとしても、自分の能力に金を払ってくれる人間が現れた事は心底嬉しかった。ましてそれは、かつて自分を心底感動させてくれたゲームを生み出した人間なのだ。

 

 僕は彼の期待に応えようと、寝る時間以外の全てを彼のために使った。外回りも任された僕は、専門誌にページを獲りまくり、小売店に営業をかけまくり、会社に帰れば得意の口で、ネットを使って期待を煽りまくった。ひも付きでない会社の一本目としてはゲームはそこそこ売れ、ポルシェを売って制作費の足しにしてた社長は、戻った金でフェラーリを買った。会社の人間はボヤいてたけど、僕は嬉しかった。自分の好きな人に、自分の才能を始めて認めてくれた人に、少しでも恩を返せた気がしたからだ。

 

 だけど、僕はまだ会社に入って一年足らずだというのに、自分の口に致命的な欠陥があることを自覚してしまった。その欠点を僕のフォロワーは既に知っていると思う。僕は、【自分が心底いいと思うもの】しか煽れないのだ。

 

 ひも付きでない会社を回すためには、コンスタントに作品を出すことが必要だ。だが、独立後の彼の作品は大作で、そうポンポン生み出せる代物ではなかった。当然、実際には彼が大して絡んでない作品を、彼が関与してるように見せかけて売る必要がある。『これを売るのも彼のためだ』と無理やり自分に言い聞かせて頑張ってはいたけれど、僕の心は少しずつ壊れていった。そう、僕は彼の作品を愛しすぎたがゆえに、彼の手伝いが出来なくなってしまったのだ。

 

「本当に100%社長の作品なのであれば、僕はロハでも付き合います」

 

 そういって、僕は会社を辞めた。

 

 


その後の僕と、もう一つの【声】

 僕の帰る場所はもちろん相場しかない。僕は在職中に作ったカードで限界まで借金をして、中身を知り尽くしたある大証二部の会社を三階建てで張った。その頃の僕は、もはや【口だけ】の男と自分を卑下することはなかった。自分の口が、莫大な金を生むことを確信していたからだ。そして僕は、ある著名な掲示板で、限界まで買ったその銘柄を推奨しはじめた。彼に見いだされた【煽り】の才能を限界まで使って――

 

 それから1年足らずのうちに、僕の資産は1億を軽く超えた。別に感慨もなかった。『株価の真実』を暗記するほど読み込み、K氏の手掛ける本物の相場を肌身で知り、100万人を泣かせた剣乃ゆきひろに煽りの才能を見出された男が、このDJ全力の中身の【半分】だ。そんな男が本気で惚れ、煽り倒す銘柄が、世間に評価されぬはずがない。

 

 いつしか僕は勝つだけじゃ飽き足らなくなって、加藤さんと同じように自分で相場を作りたくなった。傲慢ではなく本気で、『チャートと煽りは僕にしか作れない、僕だけの作品だ』と信じた。だけど、僕のそんな気持ちは殆ど誰にも伝わらなかったし、それは剣乃さんの意を継ぐことではないと、頭の中ではちゃんとわかっていた。

 

 方々から僕は、ゲーム感覚で相場をおもちゃにする悪党呼ばわりされた。実際、相場は日本で最高の悪党たちが頭を使って金を奪い合うゲームだ。あれを本物の金だと思ったら、怖くて相場なんか張れない。ルールの範囲内で、ゲームをゲームとして楽しむことの何がいけないのか、僕にはさっぱりわからなかった。数字はどんどん増え、総資産は10億を超えた。それでも僕は自分の生活レベルを一切変えなかったし、相場の世界から足を洗うことも出来なかった。

 

「相場さえ張っていれば、とりあえず金は増える。やりたいことは後から探せばいい」

 

 何度その言葉を口にしたか知れない。

 

「お前は口だけの人間で、モノを生み出す才能がまるでない。他人の才能を見抜くことはできても、お前自身の中身は空っぽだ」

 

 ガキの頃からずっと言われてたその言葉に、僕は向き合いたくなかった。実際、それは事実だったからだ。たまに人が寄ってきても、それは僕の金を稼ぐ能力に目を付けた人間だった。元々の人間嫌いに拍車がかかり、僕は再開してたゲーム屋としての仕事も止めて、完全に殻に引きこもった。そして、取ったり取られたりのゲームを繰り返しながら、無為に時は流れた。

 

 僕は今でも、心の底から相場を愛している。今も昔も相場だけが、僕が何者かであることを認めてくれる唯一の場所だからだ。『株価の真実』で身に付けた知識と、持って生まれた【煽りの力】で勝てる相場は、僕にとってとても居心地が良かった。だがその後、僕は相場とは無関係の酷いトラブルに巻き込まれて殆ど全ての資産を失い、また元の【口だけ】の男に戻ることになる。もう若くもないし、張りたくてもまともに相場も張れない。

 

 流石にもう詰んだだろうと絶望した時、僕はそれまでとはまったく違う、厳しくも優しい【声】を聞いた。そして、それから先の人生を、その声に従って生きている。

 

 もう一つの【声】を知り、相場からある程度距離を置けるようになった今、僕は心底こう思う。

 

 相場が本当にひどいのは、金を奪われる事じゃない。

「人生の全てを引き換えにしてもいい」そう思える程に楽しい事だ。


剣乃さんの死

 1994年にDESIRE 背徳の螺旋をプレイしてから23年。

 1999年にアーベルを退社してから18年。

 2011年の年末に剣乃さんが43で死んでから、もう6年も経つ。

  

 そんなに時がたったのに、僕は今だまともな作品一つ残せず、口だけの男のままだ。

 

 剣乃さんの死は、近いうちに一度会おうと約束をした矢先の死だった。入院したのは知っていたが、幾らなんでも早すぎる。親が死んだって、僕はあんなには悲しまないだろう。死の翌日、かつての同僚とともに花をもって久方ぶりにアーベルに向かったが、葬儀に立ち会うことは叶わなかった。せめて入院中に見舞いに行くべきだったと、何度も何度も後悔した。

 

 独立後のセールスは右肩下がりだったが、いつか必ず剣乃さんが復活してくれることを僕は信じていた。そしていつか、彼を驚嘆させる作品を自分自身で作る積りでいた。その夢はもう二度と叶わない。大好きだった相場を張る気すらなくなり、ただひたすらに悔しい気持ちだけが、体の中に充満した。

 

「これから先の人生を、僕はどう過ごしていけばいいのだろう?」

 

 彼の突然の死を目の当たりにして、僕は生まれて初めて真剣に人生を考えた。

 

「そもそも俺は、何で相場を始めたんだろう? 他人に頭を下げることなく、思う存分、漫画を描いたり、小説を作って生きていきたいからじゃなかったか? うまく絵が描けないとか、今更そんなことをして何になるとか自分に言い訳をして、目の前の相場に逃げてただけじゃないのか?」

 

「目的のための手段だったはずの相場に嵌って、俺は人生の半分をフイにした。いや、まだ終わった訳じゃない。俺よりトレードが上手い奴は居ても、俺より相場を知り、相場を愛し、それを表現できる人間がいるはずもない。既存の相場マンガはゴミばかりだ。本物の相場マンガを、いつか俺が描く。それが剣乃さんへの、そして自分の半生を賭けた相場への恩返しのはずだ

 

 何度も逡巡したあと、僕は数年ぶりにペンを取った。だが、それで傑作が残せるほど世の中は甘くない。僕は相変わらず、見ただけで吐き気のするような絵しか描けなかった。イチから絵を描くことは諦め、当時ネット上で流行っていたある漫画の模写を始めた。マンガの模写をしたところで、実はたいして絵はうまくならないんだけど、当時の僕は、とにかく手を止めちゃいけないと必死だった。多分これが最後のチャンスだという、確信に近い思いがあったからだ。

 

 数か月後、ようやく絵がマシになってきたかと思った矢先に、僕は先に書いたトラブルに巻き込まれ、その後始末に追われて、漫画を描くどころの話じゃなくなった。

「相場を離れ、ようやくまともに人生を歩もうとしていたのに皮肉なものだ」と、僕は少し泣いた。


最高傑作

 そこから僕がどうやってもう一つの【声】に出会い、どういう人生を歩んできたのかは、また別の機会に語ろうと思う。ともかく僕はそのトラブルを何とか切り抜け、その渦中でも僕の事を見放さなかった唯一の友人と共に、相場の世界に舞い戻った。原資はほぼ借金だから、絶対に負ける訳にはいかない。僕は僕の唯一の武器である【口】を、もう一度使おうと考えた。

 

 だが、単に昔の名前で復活するだけじゃ、昔の仲間に気づかれてしまう。完全に過去を捨てた上で勝たなきゃ意味がないし、面白くない。僕らは真剣にネタを考え、『信用全力で勝負する煽り屋の猫』という設定の【全力三階建て】というキャラを作りあげた。そして、戦う場所を掲示板からTwitterに変えて、株クラに颯爽とデビューした。昔取った杵柄だ。この世界なら絶対に勝てる。

 

 最初に煽ったのは、プロフにも書いた【そーせい】という銘柄だ。この会社の子会社には、将来有望な認知症のパイプラインがある上に、StaR®技術という革新的な解析技術を持っていた。僕はこの銘柄を煽って煽って煽り倒して、再び億の金を掴んだ。その後、僕らは【DJ全力】と名を変え、狂暴だった全力さんのキャラを少しばかりやわらげた。

 

 DJとはディスクジョッキーの略だ。【非リア】を売りにしたキャラと、深夜番組風に投稿を紹介していく銘柄当てクイズと、突然語りだすリリカルなポエムで、僕らは1万を超えるフォロワーと、少し不思議な煽り屋としての評価を得た。DJとしてやった様々な企画はどれも面白かったが、僕の本当の目的は、剣乃ゆきひろの後継者として彼の名に恥じない作品を残すことだ。だから僕は、ずっと引退のタイミングを見計らっていた。

 

 2016年の年末、剣乃さんに勝るとも劣らないくらいに僕に影響を与えた加藤さんが、裁判の途中に死んだ。お上に殺されたようなものだ。剣乃さんの死には悲しみしかなかったが、加藤さんの死には怒りしかなかった。加藤さんは既に過去の人で、その死を悼むものが殆どいなかったからだ。

 

「誰も加藤さんの死を悼まないなら、俺だけでも悼んでやる。俺が俺の持てる力の全てを使って、加藤暠の名を株クラに知らしめてやる」

 

 そう思った。

 

 【加藤暠・追悼】を旗印に、僕は【メガネスーパー】の相場を成功させた。そして、あっさりと引退を決めた。相場師としても煽り屋としてもこれ以上の相場は作れないと思ったから、まったく未練はなかった。相方はまだいけるこの商売から手を引くことに難色を示していたが、【DJ全力】として作品を作っていくことを条件に引退に同意してくれた。

 

 メガネの相場を通して、【DJ全力】というキャラは、僕らが生み出した煽りキャラの範疇を超えて、沢山の人に愛されていた。その愛着は、もちろん僕にもある。相方の提案は、僕にとっては渡りに船だった。その後、引退を惜しむ人の声にこたえて、【はんにゃんの会】という勉強会を起こしたり、友人の企画を盛り上げるために一時的に相場に復活したりもしたけど、相場師としては引退という気持ちに変わりはなかった。そして僕はマンガを描いたり、過去に投稿した文章を整理したりしながら、運命の日を待つことになる。

 

  2017年6月1日、僕はVALUの存在を知った。サービス開始早々、一部の人たちのあいだでVALUは強烈な盛り上がりを見せていた。その概要を知った時の感動は今も忘れられない。ここなら、僕らの相場に対する知見を存分に生かせる。作品発表の場としても、これを超える場所はないと思った。すぐに相方に連絡した。相方は、場所は違えどDJ全力として相場に復帰しようとする僕の気持ちを心から喜んでくれた。

 

 僕らは勿論、世間的にはまったく無名の存在だ。だが当時、上にいた連中の誰よりも、僕らの言葉は強いと思った。そして僕らには、相場の事を良く知る沢山の【DJ全力】のファンがいる。審査という最大の難関さえ突破すれば、僕らは絶対に日本一になれる。いつか下からくる本物に抜かれるとしても、1位は1位だ。

 

「相場を人の手に取り戻し、現実世界で虐げられるだけの【非リア】が勝ち組を伸す」という僕らの夢を、VALUを使えば一瞬で叶えることが出来る。僕らは審査が無事に終わる日を、一日千秋の思いで待った。

 

 二週間後、僕らはVALUの片隅にひっそりとデビューし、ひと月足らずのうちに時価総額1位を獲得した。その額、実に60億。100円そこそこだった株価が16万を超えた計算だ。だが、僕らの野望はそれだけにとどまらない。相場の世界でずっと生きて来た人間の端くれとして、【目利き】の能力も証明しなければ意味がない。

 

 僕らは先のありそうな人たちのVAを片っ端から買いまくり、保有VAの評価額でも1億円を超えた。勿論、ダントツの1位だ。とはいえ、僕らが最初に入金したBTCは100万にも満たない。その後、自分たちのVAの売却で得たBTCも再投資しているが、含み益の大半はこの100万で作った。この自己資金からこれだけの偉業を達成するのは、ノウハウが知れ渡ってしまった現在ではおそらく不可能だろう。

 

 VALUは勝ち組が更に富むためにあるものじゃない。無名の新人が勝ち組を伸すためにあるものだ。僕らはそれを事実で証明した。いずれ時価総額で抜かれても、僕らの偉業は全国の【非リア】に希望をもたらすものとして、永遠に残るはずだ。

 

 勿論、僕らはこれで満足したわけじゃない。いろんな企画を考えているし、居座れる限りは1位に居座って、非リアに希望を与え続けるつもりだ。今の価格は、僕らの生み出した【DJ全力】というキャラに対する期待が込められたものだと考え、決して慢心せず、これからも精進していく。

 

 では最後に、ずっと書きたかった言葉で締めよう。

 僕はこの言葉を心から言いたくて、この6年間ずっと苦しんできたといっても過言じゃないのだ。

 

「天国の剣乃さん、見てくれてますか? 貴方が才能を見出した僕は、ようやく【口だけ】じゃない男になりつつありますよ。貴方の遺志を継ぎ、無念の思いを抱えたまま死んだ貴方の最高傑作が僕である事を、いつか必ず世間に知らしめて見せます」


この本の内容は以上です。


読者登録

kennoyukihiroさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について