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府警本部本部長室のモニターで再生されたその映像は、同席した府警幹部全員の驚きを誘いました。

映像を持参した、京都テレビの女性担当課長が経緯を説明します。

「本日早朝、報道部に匿名でメールされてきました。映像ファイルの他にテキストファイルの手紙が添付されていて、要約しますと、“映像に関して会見したい、場所と時間は直前にメールする、同じものを関西の8社の報道機関にメールした、会見が終了後直ぐに投降するつもりだから、京都府警にも連絡してほしい。会見前に僅かでも本件に関する報道を確認したら、会見は中止する” という内容でした・・・。」

「―――どう思う、永山部長?」

府警本部長が刑事部長に意見を求めます。

「冒頭のシーンは、先日の納涼床の投石を、対岸のビルの屋上からLIVEで撮ったものだと思います、被疑者の黒人が3回投石するのを背後から撮影しています。それに続くシーンは、私より鑑識の奥寺君の方が詳しいかと思いますので・・・。」

いきなり指名された奥寺は、少々戸惑いながらも、「―――背景から推定すると、撮影地は疎木低木乾燥地帯、例えばオーストラリア東北部の乾燥盆地や、アフリカ東部のサバンナ高原、メキシコ北部の乾燥プレーリー、アルゼンチン南部パタゴニアのステップなどが考えられますが、映像中に複数のネグロイドが登場しますので、東アフリカと考えるのが自然かと思います。」そう言いながら、手元のノートパソコンを操作して、モニターに再び映像を再生します。

「部落の住民を広場に集めて、黒人の兵士が次々処刑しているようです。土手に身を隠した撮影者が急に銃を構えて、黒人兵士と銃撃戦になります、撮影者の周りの人間も兵士装備なんですが、東洋人のようにも見えます・・・。」

「自衛隊だよ!自衛隊PKOだ。この装備に見覚えがある!」

警備部長が大声を上げます。

「ウェアラブルカメラの映像ですねこれは・・・ヘルメットやアサルトライフルに固定した小型カメラの映像を編集しています。」

「同じシーンが何度も出てくるのは、複数の隊員の視線で撮影した映像を、寄せ集めたのか?」

「―――だとしたら大変ですよ本部長!映像は黒人の兵士(部隊)を殲滅したところで終わっています。もし、自衛隊が正当防衛も成立しない、先制攻撃で敵の部隊を銃撃殲滅したとしたら・・・。」

警備部長が再び色めき立ちます。

「自衛隊とは決まっていないだろ・・・だいいち今度の投石犯と自衛隊とどういう関係があるんだ!」

玲子が口を挿みます。

「京都駅の事件で被疑者は、ロープを使い約20mを懸垂降下しています、ロープの固定方法などから、自衛隊レンジャー出身の可能性があります。」

「 “自首” とせず “投降” と書いたのも、自衛隊員かも知れません・・・。」

永山が、沈痛な声で玲子の意見を補強します。

本部長の耳元で、「ここはやはり、会見前に被疑者を逮捕して、この映像は当面秘匿すべきではないでしょうか・・・国民投票も真近ですので。」

「それは無理だ警備部長、既に8社のマスメディアに映像が公開されている。被疑者の要求に従い、会見終了後に逮捕するしかない。」

その後、府警本部には8社の報道機関から、確認のための問い合わせがあり、事の信憑性が担保されました。

送られてきた映像に関しては、各社其々の解釈があるようですが、自衛隊に関わる最大級のリークであるという点は、一致しているようです。 

 


早朝に永山刑事部長からTELが入ります。

「京都テレビから知らせがあった、びわ湖大津プリンスホテルのレセプションルームで会見する、一時間後だ。君たちの処から近いから、先に行ってスタンバイしててくれ。」

ホテルに着くと、既に何組かのメディア関係者が、機材の準備を始めていました。

大型の中継車も駐車場に入って、メディアの関心の高さが窺われます。

やがて府警のパトカーと共に、護送車の白いワゴンが到着します。

「えらい人数だなこりゃ、何かあったときゃ、収拾がつかんぞ!」

警備スタッフを、ホテルの要所に配置しながら、永山が呟きます。

レセプションルームは、ホテルの低層棟3階にありました。

普段はウエディングホールの附室に使われているようで、それらしい飾り付けが随所に設えてあります。

窓から双眼鏡で外を見ていた笑子が玲子の袖を引っ張って、「何でしょうあのジープ?」

見ると、迷彩色の軍用車両が10数台、敷地外の歩道に沿って並んでいます。

ホテルの駐車場にも所々カーキ色の車両が見当たります。

「何らかのデモンストレーション(威圧)かも知れないわね・・・。」

部屋が報道陣で一杯になって、機材の調整も一通り終わったところで、ホテルのスタッフが演壇の奥のドアを開けます。

一斉に焚かれるフラッシュの中から、長身で半裸の黒人と、がっしりとした体形の東洋人が現れました。

「思った通り、まだ少年ね・・・。」

玲子が笑子に囁きます。

「ビルの管理人が、蜘蛛のようだと云ったのがよく分かります。肘から先と膝から先が異常に長い・・・。」

「細くて華奢だけど、要所の筋肉がよく鍛えられてる。全身を鞭のように撓らせて石を投げれば、想像もつかない剛速球になるわねきっと・・・。」

マイクとイヤホンがセットされ、演壇の席に腰を下ろすと、スタッフに促されて東洋人が口を開きます。

「―――本日は、私共の身勝手な要望にお集まり頂き、感謝いたします。

まず、自己紹介をします。私は富樫憲次といいます、昨年退職した元自衛官です。そして、隣は・・・。」

黒人の肩に手を添えながら、「アフリカの戦友、ジョン・カイリング・クアリです。現在私が、日本での後見人となっています。」

「―――我々は5年前、アフリカの南スーダンで知り合いました。ジュバの宿営地の直ぐ近くに彼の一族が住んでいました、親戚・縁者30人余りの集落が、歩いて20分ほどの場所に存在したのです。最初はギスギスと余所々しかった付き合いが、野球がもとで大変親しい関係になりました。」

「隊員の余暇に、野球用具一式を持参していたのですが、ルールを知らない住民に教えてみたい衝動に駆られます。一族の若者は、直ぐに興味を示し上達も早く、やがてチームを組んで我施設隊と試合をするまでになりました。」

優しい視線を、黒人に投げかけます。

「―――特にこのジョン・クアリは、投球の才能に長け、並外れた剛速球を精密無比なコントロールで投げてきます。半年ほどで我々のチームは、彼の投球を全く打てなくなりました。その後、混成チームを2つ作り1年ほど試合を続け、交流を深めました。」

「―――或る日、宿営地の周辺を巡回中の警備隊から、集落の方角から砲撃音と煙が上がっている旨、連絡を受けました。」

「任務外の行動でしたが、居ても立ってもいられず、我々は集落に大急ぎで駆けつけました。丁度、集落の住民が広場に集められ、次々と射殺されていくところでした。処刑を実行している集団の素性は、全く分かりません。ジョン・クアリが広場の中央に引き出されるに及んで、我々は自動小銃の火蓋を切りました。」

 


「―――皆さんにお配りした映像は、その時のものです。緊急の対応で装備は不充分でしたが、約15分の交戦でなんとか敵を殲滅することが出来ました。」

水差しの水を、ひと口含みます。

 当然相応の処分があるものと覚悟はしていましたが、施設隊本部の判断は我々にとって驚くべきものでした。戦闘に関わった隊員全員に、直ちに帰国命令が言い渡されたのは当然ですが、ジョン・クアリを含めた集落の生き残り10名も、難民として日本に移送されたのです。南スーダンでの政治的な交渉は施設隊本部が行い、日本での準備は陸上自衛隊統合幕僚幹部が中心となって、防衛省大臣官房と協力し、ビザの発行・難民認定申請を含め、帰国時には既に完了していました。集落の生き残りは全員未成年で、私たちは帰国するなり本件に関する緘口令と、彼らの当面の後見人としての任務を言い渡されたのです。」

ジョン・クアリが心配そうな眼で、元自衛官を見つめます。

「後に知った事実ですが、集落を襲撃した一団は、南スーダン政府軍のいち部隊だったようです。政府軍がその後、当該部隊の存在を認めようとしないことからも、当地の現状の悲惨さが窺えます。」

「命令を受けて帰国する直前に、我々は施設隊本部司令に、本件が今後どのように処理されるのか質問しました。司令の回答は―――本件は、東ティモールPKOの事案に準じて処理される、東ティモールはカンボジアPKOの事案に基づいて処理された、諸君は何も心配することは無い、問題は無い―――。」

水差しの水を飲み干します。

「私見ですが、恐らく防衛省は憲法改正が実現し、自分たちの存在が憲法の条文として認証された暁には、過去のPKOで発生した事案を、全て公表する準備を整えているのではないかと思います。と云うのは、緘口令の有効期間が、憲法改正確定当日までと聞かされているからです。」

「私は、このような自衛隊の現状と、憲法第9条の形骸化を国民に伏せたまま、国民投票が行われることに我慢がなりません。戦後一貫して第9条が維持・遵守されてきたというのは幻想に過ぎず、平和主義は虚構に違いないのです。」

「どうか国民の皆様には、本日のこの会見の内容を踏まえ、その上で憲法改正の可否をご判断頂きたい。改憲前ですので、我々は殺人罪に問われる可能性もあります。そういった個々の危険を冒してまで、真実を暴露する欲求に抗しきれなかった元自衛官の心情を、御酌み取り下さい。」

記者のひとりが手を挙げて質問します。

「映像の抹消は求められなかったんでしょうか?」

「求められました。しかしこれは我々の行動の正当性を担保するための映像でもあります。隠し持って帰国しましたし、防衛省も何処かで保存している筈です。」

「どうして、演説会に投石する必要があったのでしょう?」

「ひとえに、本日のこの会見を開くためです。元より、演説者や主催団体に恨みがある訳ではありません、標的も人間から一番遠い位置にあるスピーカーを選びました。人を傷つける意識は一切ありませんでしたが、不幸にも鴨川では、二次的とはいえそのような事になってしまいました。怪我をされた方々に心からお詫び申し上げます。」

「会見を開く直前になって、場所と時間を開示されたのはなぜでしょうか?」

「自衛官の多くが、私の行動に賛同してくれるものと思います。実際に現職・退職を問わず、多くの自衛官から支援を頂いています。ただし、それを快く思わない外部の一団が存在するのも、事実です―――。」 

 


奥付



苔の揺らぎに身を任せ、肌も溶け合う通し舟(中)


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著者 : 南海部 覚悟
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