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十四 春が来た?

 「さあ。新入部員を勧誘に行きましょう」京子ちゃんが部室の椅子から立ちあがった。 

「直人君がチラシを配ってね。あたしが勧誘するから。はい」 

直人は机の上のチラシを掴んだ。「君も風になる!」のピンク色のキャッチフレーズが目に飛び込んでくる。キャッチフレーズから始まり、勧誘の文章まで、全て、京子ちゃんが作成した。直人はその原稿をコピーしただけだった。

 校門の前に立つ。今日は入学式だ。新一年生が母親や父親と一緒に校門から入ってくるのを待つ。野球部やサッカー部などの運動部や演劇部や書道部などの文化部なども既に集まっていて、校門から近い順に並んでいる。 

「ここにしよう」場所まで京子ちゃんが決めた。列の最後だが全体が見渡せる位置だ。 

「さあ、勧誘するわよ」京子ちゃんは張り切っている。 

「もっと、笑顔で。直人君。そんな顔じゃ、誰も近寄って来ないわ」 

「ああ」直人は努めて笑おうとするが、無理に笑顔を作ろうとすればするほど、顔が引きつってしまう。 

「ランニングも笑顔も練習よ」京子ちゃんの白い歯がまぶしい。新入生が次々と校門から入ってきた。勧誘のビラが合格のお祝いの桜の花びらのように舞う。 

「あなたも風になりませんか」京子ちゃんの声に合わせて、直人はチラシを配る。だが、なかなか手に取ってもらえない。チラシだけが宙に浮き、風になびく。中途半端に浮いた手の行き場はない。 

「おっ、やってるな」低音の響きとともに、目の前に大きな影が現れた。荒木先輩だ。 

「俺も手伝おうか」荒木先輩が直人からチラシを受け取ろうとする。 

「やめなさい。あんたが配ったら、入りたい子も逃げてしまうわよ」 

また後ろから声がした。中山先輩だ。 

「相変わらず、手厳しいなあ。それでも、俺がチラシを配ったから、直人が入って来たんだぞ」荒木先輩が口を尖らしている。 

「違うわよ。直人君がベンチで暇そうに座っていたので、あたしが勧誘したのよ。ねえ、直人君」中山先輩が目配せしてきた。「いやいやいやいや・・・」と、答えにならない声を発する直人。 

「なんだ。直人。お前は中山の色気に惑わされて、うちの部に入ってきたのか。俺と一緒に天狗になりたいんじゃなかったのか」 

「そんなことないですよ」直人は頭と手を同時に振りながら、慌てて否定する。 

「図星だな。お前は正直だから、すぐに顔が赤くなるぞ。顔だけは天狗だな」荒木先輩がひやかす。横目で京子ちゃんの顔を伺う。いつもの笑顔がない。冷たい顔だ。これはまずい。 

「さあ、そんな昔のことはどうでもいでしょう。みんなで新入生を勧誘しましょう」中山先輩がチラシを手に取った。 

「あなたも風になりませんか」 

「入部を待っています」荒木先輩も中山先輩に負けずに声を裏返してチラシを渡している。 

「やめてよ。その変な声。新入生が気味悪がっているじゃないの」 

中山先輩の額に参考書がはさめるくらいの皺が入る。 

「じゃあどうすればいいんだ」 

「黙って、チラシを配ればいいのよ」 

「おお、わかったよ」 

 中山先輩と荒木先輩の夫婦漫才のボケとツッコミのようなやり取りを聞いていた京子ちゃんが笑う。 

「さあ、あたしたちも頑張らなくちゃ」京子ちゃんが直人の方を見つめる。機嫌が直ったみたいだ。ほっとする直人。 

「先輩たちには負けられないもの」ひまわりの笑顔だ。ひまわりの笑顔は中山先輩から京子ちゃんにきちんと引き継がれた。 

「もちろん」直人も宙に浮いたチラシを新入生の目の前に差しだして、押しつける。この強引さは荒木先輩から引き継いだ。 

「一緒に、風になりませんか」京子と直人の声が偶然にもハモった。 

「おっ。息がピッタシじゃないか。俺と中山と一緒だな。これでこの部活も安泰だ」 

荒木先輩が感慨深そうに頷く。 

「そうね。二人は大丈夫よ。でも、あたしと荒木君は一緒じゃないわ。それは余計よ。それより、問題は荒木君の学力よ。このままじゃあ、どこの大学にも受からないわよ」 

中山先輩が荒木先輩の顔を見上げながら真剣に見つめる。ただし、内容は上から目線だ。 

「ほっといてくれ。俺にはこれまで鍛えた天狗魂があるんだ。これから一発逆転だ」 

「天狗魂はいいけど、くれぐれも変なテングにならないでね」 

四人が賑やかにしゃべっていると、知らないうちに何事かと、新入生たちが集まって来た。 

「どうだ。やっぱり、俺の天狗魂のおかげだ」 

荒木先輩が胸を叩くゴリラのように吠える。 

「だから、テングにならないでしょう、って言っているでしょう」中山先輩が釘を差す。四人は大笑いをする。 

「あたしたちもあんな先輩になりたいね。そのためにも、新入部員を獲得しなくちゃ」 

京子ちゃんが直人に微笑む。 

「うん。そうだね」と直人は頷きながらも、中山先輩と荒木先輩の関係のように、自分も京子ちゃんの尻に敷かれるのだろうかと、ぼんやりと自分の未来を予想する。 

「まあ、それもいいか。それがこの部の伝統なんだ」と気を取り直す。「風になりませんか」と声を掛ける京子ちゃんの横で、「君よ風になれ!いざ、来たれ、クロススポーツ部へ」の勧誘のチラシを直人は元気よく配り始めた。

 太陽が二人を照らし、その影はやがて一つになった。

 


この本の内容は以上です。


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