目次
犯罪の可能性
「幻想に浸れる狂王(きょうおう)の英国(くに)~ジャックを語るのに足るものは「実在説」か、それとも「陰謀説」か?~」
「幻想に浸れる狂王(きょうおう)の英国(くに)~ジャックを語るのに足るものは「実在説」か、それとも「陰謀説」か?~」
~切り裂きジャック事件について~
~壁の落書きについて~
~被疑者として挙げられた人物から仮説まで~
~切り裂きジャック事件について―現代まで~
「幻想に浸れる狂王(きょうおう)の英国(くに)~ジャックを語るのに足るものは「実在説」か、それとも「陰謀説」か?~」
「幻想に浸れる狂王(きょうおう)の英国(くに)~ジャックを語るのに足るものは「実在説」か、それとも「陰謀説」か?~」
「幻想に浸れる狂王(きょうおう)の英国(くに)~ジャックを語るのに足るものは「実在説」か、それとも「陰謀説」か?~」
「幻想に浸れる狂王(きょうおう)の英国(くに)~ジャックを語るのに足るものは「実在説」か、それとも「陰謀説」か?~」
「幻想に浸れる狂王(きょうおう)の英国(くに)~ジャックを語るのに足るものは「実在説」か、それとも「陰謀説」か?~」
「幻想に浸れる狂王(きょうおう)の英国(くに)~ジャックを語るのに足るものは「実在説」か、それとも「陰謀説」か?~」
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あとがき

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犯罪の可能性

 確かに犯罪の可能性を想像して論じるならば、実際、現実に於いて論拠を掲げるようにも見える「U13(アンダティン)」(勝谷誠彦著)のようにもなるだろう。

 しかし、空想の中で出来上がる犯罪も又、やはり確実に存在すると思えるのである。現実では、感情に任せて犯罪を為す連中がわんさかいる。愉快犯や衝動犯等がその例として挙げられて、それらをみても、私が言う事は一理在るように思う。

 

 感情とは人の内から生じるものであり、他人と触れあう前に、他人を理解する前に、自分勝手に振る舞って相手を傷付けたり殺したりするのだから、人は皆、他人との関わり合いに於いてどのような場合をみてもやはり、「自分勝手に振る舞っている」と言わ去るを得ない。

 とすると、犯罪を為すその瞬間、犯罪者と成る個人を突き動かしているものは紛れもなく、空想(盲想と呼ぶに相応しいかも知れないが)から生れた衝動という事になる。

 もっと言えば、人にとって他人の気持ちや心等は見える対象ではなく、正確には感じ取れないものであり、未知のテリトリだと言って良い。

 

 詰り、この世に生れた時点から人は個人であり、独りである。

 独り故に、想像の内で生きるしかなく、何故自分が今を生きているのかさえ解らない。自分について解らないのに、他人を理解出来る訳がない。そのような基準(レベル)の事柄(はなし)である。

 

 コミュニケションに於いても、人は常に相手の気持ちを模索または模造しながら、一つのルルに沿って成り立たせている。聖書の十戒。法律。その土地柄に於いて群れが良しとする他人との付き合い方、それに伴い、生み出される雰囲気。予測するしかないのだ。

 

 人は常に、個人の空想の内から外界を観ている。となれば、一つの案として、自ず犯罪は空想の内から起こるものだと言えるように思う。歴史的根拠がなくても史実がなくても、人は衝動的に(突拍子もなく)犯罪を起こすものである。「切り裂きジャック事件」を覚えて言えば、念を押す形になるが、「この一連のような事件は、私を境に、今後の、新たなる犯罪史の幕開けとなるだろう」という(恐らく切り裂きジャック)本人の言葉も、本人の内の感情から生れた憎悪が(自ず)本人を犯罪に駆り立てたのなら、まんざら出鱈目ではないという事になる。

 

 私でもこのような事を考えられるのであるから、親身になってそういう事を考える輩は、とっくにその境地に辿り着いていることであろう。


 現在の女子高生諸君、自粛せよ。その内、切り裂きジャックにやられるぞ。切り裂きジャックは堕落したような女が嫌いだった。今の女子高生諸君、「私は殺されない」と自信を以て言えるかい


 


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「幻想に浸れる狂王(きょうおう)の英国(くに)~ジャックを語るのに足るものは「実在説」か、それとも「陰謀説」か?~」

〈序章〉

俺には、十九世紀イギリスの風景と人の情景を見て、落ち着く癖がある。特に切り裂きジャックの「独りの空間」は、殊にロマンスと冷静をくれた。だから「しよう」と思っていた事が、それを思い出し装備するたび、出来た。あのせせこましい、イギリスの町と人間の風景・情景を見ていると、「古き良き時代」を思い出し、自分独りの世界に静かな活気を灯す事が出来たのだ。これは、奇跡に近い。静かな活気はロマンスをくれ、そのロマンは俺の体力を失わせない。常に体力・気力を温存させ、いざという時、俺の歩力を確存(かくぞん)してゆく。洋画の観過ぎだろうか?けれど、俺がこの姿勢により、活気と活路を少なからず得たのは事実である。

 

俺は、自分の活気を人の間に余り見なかった。たいてい自分独りの時に、その活気は来てくれた。その経験を以て、未来も同じであると信じるのである。グリーン・スリーブス、とても好いではないか。俺はこのグリーン・スリーブスを、イギリスの静かな町並みに見て、その延長を「小学校時代のあの夕日」に見ている。父母と友達が居たあの夕日。その夕日には、俺の幼少が全て詰められている。

 


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「幻想に浸れる狂王(きょうおう)の英国(くに)~ジャックを語るのに足るものは「実在説」か、それとも「陰謀説」か?~」

〈本編〉

 「八月も末になると、ロンドンはもう秋で、朝晩はかなり涼しかった。夜の明けるのが早いとはいえ、午前三時はまだ暗い。このイストエンドでも、ジンに酔ったホムレスは軒端や空き地でねむり、労働者たちも簡易宿泊所(ロッジングハウス)や、貸間長屋(テネメントハウス)に引き揚げている。もう少したつと早出の労働者たちが出勤してくる。ちょうどひとけの絶えた時間で、あたりはひっそりと静まり返っていた。
 ここはホワイトチャペル。十七世紀中期、清教徒革命(ピュリタン)の指導者オリヴァクロムウェルがユダヤ人のゲットとして認めた場所で、セイントメアリマトフェロンの教会区である。名建築家クリストファレンの愛弟子ニコラスクスムアが造りあげた美しい「白い礼拝堂」からこの名前が付いた。ロンドン郊外の静かな住宅地にはじまり、産業革命後は綿糸工場や女工の寄宿舎が多かったが、それも近代化で廃れてしまい、この十九世紀末にはすっかりスラム街化してしまった。先年開通したばかりの地下鉄ホワイトチャペル駅裏に、バックスロウと呼ばれる通りがある。六メトルほどの幅の石畳みの路地で、左右の北側がエセックス埠頭倉庫、南側にニュコテイジと呼ばれる煉瓦作りのテラスハウスが並んでいた。住宅のはずれには厩舎があり、その先は寄宿学校になっている。ふだんはスラム街とは一線を画した静かな通りである。」
      *

 このように書き出し、「切り裂きジャック」の犯行について、又、正体について、それ等を暴こうとしたのは、日本のリッパロロジストと称される仁賀克雄氏である(『切り裂きジャック―闇に消えた殺人鬼の新事実』《講談社、二〇〇四年八月》参照)。「ドラキュラ誕生」(講談社現代新書)、「新ロンドンの恐怖/切り裂きジャックの犯行と新事実」(原書房)、「図説切り裂きジャック」(河出書房新社)、「(ドラキュラ)殺人事件」(ともに講談社)、「暗黒の秘儀」(創土社、ソノラマ文庫)、等の奇怪事件を扱った著書がわんさかと在り、私の蔵書としても幾冊かある。

 

 彼のこれ等の書物に於いて念頭とするものとは、やはり、現在を以て知られていない「ジャックの正体を暴く」事にあり、その為の資料の検索、考察(又は憶測づくめの真実を究明する為の要素の創作手段)については労を厭わず、

 

 あらゆる観点から、真実の手前に在る暗雲とした「霧」の中で「意図する直線」を模索し、それでも着実に、真実に向けての一歩を踏んでいる。私が「切り裂きジャック事件」を知ったのは、幾年か以前の事であり、その内容を知った瞬間に瞼を閉じられ、見た事もないような斬新なスリルと洋画の華やかな光景が溢れるシンを思わせるスピリッツに魅せられて、虜になったものである。

 

 


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~切り裂きジャック事件について~

 先ず、ジャックリッパインこと「切り裂きジャック事件」について説明する。

以下、「■」から「■」までの箇所にある文面は、「切り裂きジャック」で検索されるウィキペディアの情報を主に参照している。少し手を加えてみたが、熟読すると中々信用に足りる箇所があり、またこれから書こうとする記事に都合も良いので、大方の内容を引用することにした。


 切り裂きジャック(きりさきジャック、英Jack the Ripper、ジャックリッパ)は、一八八八年にイギリスで連続発生した猟奇殺人事件の犯人の通称。この事件は未解決事件である。
 一八八八年八月三一日から一一月九日の約二ヶ月間にロンドンのイストエンド、ホワイトチャペルで少なくとも売春婦五人をバラバラにしたが、犯人の逮捕には至らなかった。署名入りの犯行予告を新聞社に送りつけるなど、劇場型犯罪の元祖とされる。神経症患者から王室関係者まで、その正体については現在まで繰り返し論議がなされているが、一世紀以上経った現在も犯人は不明。
 切り裂きジャックは売春婦を殺人の対象に選んだ。犯行は常に公共の場もしくはそれに近い場所で行われ、被害者はメスのような鋭利な刃物で喉を掻き切られ、その後、特定の臓器を摘出されるなどした。そのような事実から解剖学的知識があるとされ、ジャックの職業は医師だという説が有力視されている。
 ただ、このような事件が起きていた間に、被害者の女性たちが警戒心もなく犯人を迎え入れている形跡がある事から、実は女性による犯行とする説もあり、「切り裂きジル」と呼ばれた時期もあった。また、犯行は一年以上続いたという説もある。
 「ジャック」とはこの場合特定の人物の名前を示すわけではなく、日本でいう「名無しの権兵衛」のように英語圏で呼び方の定まっていない男性を指す名前である。
 切り裂きジャックの被害者については、八人や一三人、二〇人とする説もあるが、確実に彼の犯行とされているのは以下の五名。

一八八八年八月三一日(金)メアリアンニコルズ(四二歳)
一八八八年九月八日(土)チャップマン(四七歳)子宮と膀胱を犯人により持ち去られる。
一八八八年九月三〇日(日)エリザベスストライド(四四歳)犯人が目撃されている唯一の事件。
一八八八年九月三〇日(日)キャサリンエドウッズ(四三歳)左の腎臓と子宮を犯人に持ち去られる。
一八八八年一一月九日(金)メアリジェインケリ(二五歳)皮膚や内臓を含めほぼ完全にバラバラという最も残忍な殺され方をした。
 犯行は夜、人目に付かない隔離されたような場所で行われ、週末月末もしくはそのすぐ後に実行されている点が共通しているが、相違点もある。キャサリンエドウッズはただ一人、シティオブロンドンで殺害された。メアリアンニコルズはただ一人、開けた通りで発見された。アチャップマンは他の被害者とは違い、夜明け後に殺害されたと見られている。
 他に被害者として考えられている人物は以下の通り。
フェアリフェイ一八八七年一二月二六日に殺害。腹部を杭で一突きされていた。
アニミルウッド一八八八年二月二五日に下腹部足を何度も刺された。彼女は一命を取り留めたが、退院後の三月に死亡した。
エイダウィルソン一八八八年三月二八日に首を二度刺されるが一命を取り留めた。
エマエリザベススミス一八八八年四月三日に襲われる。局部に鈍器を入れられて重傷を負うが、家まで歩いて帰った。警察には二、三人のギャング(一人はティンエイジャ)に襲われたと話したという。二日後に病院で死亡。
タブラム一八八八年八月七日に殺害。三九箇所を刺されていた。動機の欠如、犯行の残忍さ、地理的時期的な点からも切り裂きジャックの被害者である可能性が高いと見られている。ただ、喉を掻き切るのではなく刺されている点が他の被害者と違う。
ホワイトホミステリ〟:一八八八年一〇月二日、頭部のない女性の胴体がホワイトホルで発見された。片方の腕はピムリコの近くのテムズ川から発見された。片方の足は遺体が見つかった近くに埋められていたが、他の部分は発見されなかった。
アニファ一八八八年一一月二一日に首を切られるも、傷は深くなく命に別状はなかった。警察は自傷行為を疑い、捜査は中断された。
ミレット一八八八年一二月二二日に死亡。首に絞められた跡があり窒息死であったが、彼女が酔って人事不省の時に、自分のドレスの襟で誤って窒息したのではないかという説もある。
エリザベスジャクソン一八八九年五月三一日から六月二五日までの間に、遺体の各部がテムズ川で見つかった。
アリスマッケンジ一八八九年七月一七日に殺害。頚動脈を切断されていた。
ピンチン通りの殺人〟:一八八九年九月一〇日、ホワイトホミステリとよく似た状況で女性の胴体(腕は切断されていなかった)が発見された。この遺体はリディアトという売春婦ではないかと見られている。ホワイトホミステリー〟とこのケスは連続殺人と見なされ、犯人にはトルソキラトルソというニックネムが付けられた。切り裂きジャックがトルソキラなのか、他の人物なのかは分かっていない。前述のエリザベスジャクソンもトルソキラの被害者ではないかという説がある。
フランシスルズ一八九一年一月三一日に喉を掻き切られて殺害された。
キャリブラウン一八九一年四月二四日に殺害。しかし、彼女が殺害されたのはニュクのマンハッタンである。彼女は最初に首を絞められ、次にナイフによって切断されていた。鼠径部に大きな傷があり、足や背中も刺されていた。彼女の卵巣がベッドの上で見つかったものの、持ち去られた部分はなかった。このケスは切り裂きジャックのケスとよく似ているものの、ロンドン警察は二つの事件の間につながりはないと結論づけた。

 


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~壁の落書きについて~

 二件の殺人が犯された九月三〇日の早朝、アルフレッドロング巡査が犯行現場を捜索中、ルストン通りで血の付いた布を発見した。後にこの布はキャサリンエドウッズのエプロンの一部という事が分かった。
 その近くの壁には白いチョクで書かれた文書があった。その文書は「The Jews are the men That Will not be Blamed for nothing.」もしくは「The Jews are not The men That Will be Blamed for nothing.(ユダヤ人は理由もなく責められる人たちなのではない)」というものであった。
 この文を見たトマスノルド警視は、夜が明けて人々がそれを目にする事を恐れた。彼はその文章が一般大衆の反ユダヤ主義的感情を煽るのではないかと思ったのである。事実、メアリアンニコルズの殺害以降、ユダヤ人の犯行ではないかという噂がイストエンドで流れていた。そのため、アノルド警視はこの文書を消すように指示した。
 この文章はスコットランドヤドの区域で見つかり、犯行場所はロンドン市警察の管轄内であったため、二つの異なった警察部隊に分かたれる事になった。
 特にロンドン市警察の警察官達はアノルドに反対であった。この文章は証拠かもしれず、せめてその前に写真を撮るべきだと主張したがアノルドは賛成せず、結局明け方に消されてしまう。
(ジャックからの手紙)
 一八八八年九月二五日、切り裂きジャックを名乗る手紙が、新聞社セントラル
ニュエイジェンシに届いた。Dear Bossの書き出しで始まるこの手紙の内容は、切り裂きジャックは売春婦を毛嫌いしており、警察には決して捕まらない、犯行はまだまだ続くと予告する挑発的なものであった。
 この件が新聞で伝えられると、一日平均二〇通の同様の手紙が届いた。ただ、この手紙が切り裂きジャック本人のものであるかどうか確証はなく、単なるいたずらなのか犯行声明なのかは謎である。

 



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