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王宮舞踏会




 タニアはその舞踏会で、いつも見かける面々を見つけ、少しほっとした。

17歳の誕生日を迎えて以来。
毎度母やら叔母やらが、名家の青年のミニチュアの肖像画を見せたり、年頃の青年をお茶に招いたりで、そろそろ適齢期。
を嫌でも意識しなきゃならない。

金髪の一族。
「右の王家」の御姫様。

アースルーリンドの国内でも、一番高い位に就く一族に属していたから、お婿さん選びは周囲の意見を無視出来ない。

身分の低い、金目当ての男と一緒になって、一族を追放された女性だっている。
大抵はそんな男とは結婚せず、愛人として囲えばいい。
と、年配の利口な一族の女性達は思ってる。

女性でもそんなだから。
男性達は、もっと奔放。

金髪の一族は皆、良くも悪くも、自分の良しとする事に突っ走る傾向がある。

年配の一族の男達が競うのは、愛人の数と質。
けれど妻と子供達には、愛情あふれた表情を向ける…。

でもそれだからこそ適齢期の一族の男女は、結婚の相手に、長く愛せる相手を選ぶ…。

いつの間にか隣にやってきた叔母が話しかけて来てるのに、タニアはぼんやり気づく。
「…だから、一族の年頃の男性か…。
ああ、ダメね。
今現在あなたにとって、血のかなり近い双子の…私の息子達か。
もしくは離婚したばかりの…かなーり年上の男性しかいないわね…。
って事は身分を考えると、「左の王家」の男性が好ましいわ!
そうそう、あなたの年頃にあった「左の王家」の御曹司が一人居るわ。
ディングレーって言う…近衛に入隊したてなんだけど、とても男っぽくて素敵な方よ?
確かに「左の王家」の黒髪の一族は一途で…乱暴ごとが、かなり好きで、血なまぐさいのが嫌いなあなたには、ちょっと…かもだけど………」

叔母はそう言って…余所を見てるタニアにようやく、気づく。
が、かまわず声をかけ続けた。
「ああ今日もお声がかかって、第一舞踊の踊り手に選ばれたのね。
今更緊張も無いでしょう?
けどディングレー様は舞踏会嫌いで、今日はお姿を見せないかもしれないわね。
ショナ家のアレッサンナもロッテ家のナスターシャも…他の一族の年頃の女性達も揃って、狙ってるから。
肖像画を見てもし、お気に召したのなら。
早い内にお声をかけないとダメよ」

そして、声を潜め囁く。
「…ベットではそれは…とても激しくて。
けれどたしなもみあって。
体験した女性はもう、彼にメロメロなんですって!
お姿が素敵でも、そっちがダメだと…続かないでしょ?結婚は」

そしてまた、声を張り上げる。
「…ああもし舞踏会にいらっしゃっていれば…。
あなたの踊る姿を見たら、一発でディングレー様をあなたの虜に、出来るのにねぇ…」

けれどタニアは、視線の先でじっ…と見つめ来る青い瞳に気づく。
横でしゃべってる叔母の娘、16になったアナフラティシアが、豪華に着飾ってそこにいた。

タニアはようやく、叔母に口を開く。
「…アナフラティシアにそのお話を持って行かれたら?
私よりたった二つ、年下なだけだし」

それを聞くと、叔母はため息をこぼす。
「…そう…したい所なんだけど。
あなたのように、第一舞踊が踊りたくて。
願いが叶うまで、恋愛には興味無いらしいのよ…」

タニアは笑った。
「それで私を結婚させようと思ってらしたの?
未婚女性の、第一舞踊手の座が空いて、アナフラティシアが選ばれれば。
彼女も願いが叶ってやっと、男性に目が向くから?」

叔母はまた、ため息を吐く。
「…幼馴染みのアリストリア家のサースティンが。
ずっとアナフラティシアを思っているのよ。
とても似合いで…サースティンはそりゃ、「右の王家」じゃないけれど…。
家は古くからある名家だし。
大貴族で位も高いし、誠実で申し分無い性格だし。
何しろ、あの気難しいアナフラティシアを上手に、たしなめてくれてるのよ?
早く『あなたに勝って第一舞踊手の座に座りたい』だなんて夢は忘れて、サースティンと恋仲になってくれればいいのに」

タニアはくすくす笑った。
「ごめんなさい叔母様。
私、六歳の時選ばれて以来、もうこの舞台に夢中なの」

軽やかで優雅にタニアはドレスを翻し、開けられた広間中央に滑り出す姿を見つめながら、叔母は曲の演奏が始まった事に気づいた。

踊り手がいれば、多ければ10組の男女が、舞踏会での踊り始めに踊る。
けれど今日は、たったの一組。

第一舞踊は舞踏会の質を決めると言っても、過言では無い。
優れた踊り手が最初に華麗に踊ることで、招待客の気分を高揚させ…舞踏会の成功へと導くから。

そしてタニアは招待された舞踏会で、必ずその大切な第一舞踊手に選ばれ続けていた。

タニアは主催者が選んだ、男性第一舞踊手の差し出す手に、その手をすべ込ませ、一気にドレスを翻して踊り始める。

あちこちから、その優雅さと華麗さ。
そして可憐さと見事さに、ため息が漏れる………。

叔母は自分の娘、アナフラティシアを見つめた。
広々とした広間の真ん中で全ての視線を集め、軽やかに踊るタニアを、もどかしそうに。
少し辛そうに。
拳を握り、真剣に見つめている。

横にサースティンが。
文句の無い好青年ぶりで、アナフラティシアを暖かい鳶色の瞳で見守っている。

“彼の手を取るのよ!
タニアの事も、第一舞踊手の事も忘れて!”

けれどアナフラティシアには母の言葉など聞こえず、タニアが踊り終わって優雅にお辞儀しながら、舞踏会招待客、ほぼ全員から万雷の拍手を受ける晴れ姿をチラと見た後、きっ!とした表情でサースティンの手を握り、見つめ来る瞳を避け、タニアが引いて行く中央へと進み出る。

第二舞踏は大抵が、踊りが大好きで…けれど第一舞踊手程は踊れない人々が、広間に出て行くのが決まり。

大勢の踊り手達に交じりながらも、タニア以上に上手に踊ってみせる。
そんな決意こもる瞳で、アナフラティシアは曲が始まるのを待っていた。

タニアはそんな年下のいとこの気概を背後に感じたものの、広間中央から引いて行く。

広間の真ん中を空け、周囲で踊りを見守る人々の中で一際目立つ、この舞踏会の主催者婦人が、タニアを感謝こもる眼差しで見つめ、両手を広げて迎え入れ、自分の舞踏会に素晴らしい華を添えてくれた感謝を、心からの言葉で告げるのを、タニアは少し息を切らして聞いていた。

体中が、興奮で熱かった。
会場中の視線を浴び、憧憬の眼差しに包まれてステップを踏むのは、毎度の事だけど、本当に最高の気分。

もちろん、結婚すれば独身者の第一舞踊手には選ばれなくなるだろう…。

けれどたった一組を踊り始めの見せ舞踏として選ぶ時。
必ず自分が毎度、選ばれる自信はあった。

中央で多くのカップルが踊ってる。
同じ「右の王家」。
二つ年下のいとこ、アナフラティシアが、自分と同じ金髪を翻して可愛らしくくるりくるりと華麗に回ってる。

“…アナフラティシアは確かに、上手。
けれど、自分のような品格は無い。
いえ。貫禄かしら…。

私のように六歳の時から、いつも一番始めに舞踏会中の視線を浴びて踊ってきた、経験が足りないのかしら…。

可愛らしくてなよやか。
少女らしくて、初々しい。
踊りは少しも間違えない。
素晴らしい輝きを放つ蝶のように、確かに人目を惹き付けはする。

けれど大輪の華には、敵わない…”

タニアはくるり。と背を向けた。

“アナフラティシアは、大好き。
けれど踊りは、それとは違う。
年下だからと譲ったりしないし、アナフラティシアもそんな気遣いは嫌うだろう。
…彼女は実力で選ばれたいのだから”

主催者婦人の感謝から解放されたタニアは、次に進む先を見回す。
婦人の周囲にはびっしり。
王家の御姫様をエスコートしたがる、身分がそこそこいい青年が隙無く取り巻いて、彼女を見つめてる。

踊った後の高揚感を台無しにする、このハゲタカ達をタニアは嫌っていた。

舞踏会で一番注目を集める自分をエスコートして、どの男性よりも目立とうとする男ばかり。

彼らは地位が高くて有名な美女に群がっては、他の男より優位に立とうとする、虚栄心の塊。
そんな上っ面に引き寄せられてチヤホチされても、虚しいだけ。

けれど今日は違っていた。
近衛隊服を着た赤毛の大男が、婦人の背後に一際大きな背と体格で両端の男らをたじろかせ、その体格の迫力で、取り囲もうとする大勢の男らを威嚇していたから。

みんな、その男が怖いのか。
タニアが進んでも、誰も寄っては来ない。

結局タニアは大男の巨体に進路を阻まれ、差し出された大きな手を見る羽目になった。

「(…近衛の隊服だから…もしかして、この手で大勢を、切り刻んだりしたのかしら…?
それにしても…ゴツい手なのに、やたら金ぴかで優雅な指輪を幾つも付けて…。
あんまり趣味は、よろしくないわね)」

頭上から振って来る声は、彼の上官に会って欲しい。
と言っていた。

「…どうして私がその方とお会いしなければならないの?」
タニアは心の中で囁くつもりだったのに、気づくと声に出していた。

「…私の主はノルンディル准将。
高名なお方で大層な美男子で、その上…近衛の歴代准将らより、最も若く、とても勇敢なお方だからです」

「(…意味不明だわ。
この方、会話ってのを分っていらっしゃるのかしら?)」
タニアはそう思って、チラ。と視線を上げる。
けれどまだ、胸で。
大男の顔を見るためには、もう少し顔を上げなければならなかった。

顔をうんと上げると、幅広の大きな肩の上に、さほど整ってない顔が乗っかってる。
「(…ええと…あんまり、お利口そうじゃ無いわ…。
ああそう…会話が出来なくても、体格で威嚇して、全て自分のいいなりにして来たのね。きっと)」

タニアはできるだけ穏やかに、断った。
「ごめんなさい。
あなたの上官にお会いするには、私には時間が無いの」

…普通ならここで
『別のお約束が?』
と、返されるはず。

けれど大男は目の前に立ったまま、言葉なんて聞こえないように言う。
「ご案内する。
こちらだ」

タニアは憤慨して、顔をきっ!と上げた。
「だから、お会いできないとお断りしたでしょう?!
そこを、どいてくださらない?!」

けれど大男はどくどころか、大きな手でタニアの華奢な手を掴もうとする。
タニアはぎょっ!として、周囲を見回す。
いつも自分の取り巻きを競ってる青年らは、二人の周りから一歩引いて、黙して見てるだけ。

大男に手を掴まれかけて、タニアは必死で振り払うものの、大男はまた掴もうと、大きな手を開く。
この時タニアは本当に、ぞっとした。

「(野獣だわ…!
この男に言葉なんて、通じないどころか…こんな大きな手でぎゅっ!と握られたりしたら…。
私の手なんて簡単に、骨が折れてしまうかも…)」

タニアはとっさに逃げようと、背を向けかけた。
けれど腕を、ぎゅっ!と掴まれて引き戻されてしまう。
とても、乱暴だったし掴まれた腕は凄く、痛い。

タニアは真っ青になって、顔をしかめた。
「(…この人にとって私の腕を折るなんて…簡単な事なんだわ…!)」

けれど突然。
本当に突然。
掴んでいた大きな手が開かれ、腕を放される。

びっくりして顔を上げる。
大男は拳を握り、背後に向かって腕を振ろうとした。
つまり、殴ろうとしてる…!

“でも私にじゃ無い。
後ろの…きっと私を助けてくれたお方なんだわ…”

タニアは赤毛の大男が殴ろうとした、その相手を見たかった。
けど、大男の巨体で隠れて見えない。

大男は思いっきり拳を振り回したけど、相手は身を沈めて屈んだらしく、振った拳は轟音立てて空ぶってる。

タニアは両手を口元に当てた。
例え空振りでも、こんな凄い威力の、拳で殴られたりしたら…!

簡単に顔の骨も、折れてしまいそう………。

そんな勇敢な男はどんな姿をしてるのか。
興味を引かれて、タニアは顔を横に寄せ、大男の背後をのぞき込む。

少し身を横にずらし、初めて。
拳を避けて屈む助け手が、濃紺の近衛隊服を身に纏った、金髪の青年だと分かった。

「(一族の誰かかしら…?
近衛の右将軍をされてる、アルファロイスおじさま…?!)」

けれど金髪の助け手は、顔をさっ!と上げざま拳を思い切り後ろに引くと、振り切ってた。

どっすん!

拳は大男の胸に当たって、そして…。
大男は屈んで、咽せ始め…。
そして、咽せて止まらなくなった。

「っほん。けほんけほん…。けっほん」

大男が反撃どころじゃないのを見て、やっと…金髪の青年は真っ直ぐ身を起こす。
乱れた前髪を、片手で梳き上げながら。

一族の者じゃない…。
きらりと光る紫の瞳に、はっ!として彼の顔を、タニアは凝視した。

切れ長の、金の長い睫けぶる、強い印象の珍しい紫の瞳。
綺麗な面長の顔の輪郭。
すっと真っ直ぐな鼻筋。
少し薄めの唇の…素晴らしい美貌の麗人。

けれど雰囲気は軍人らしく、喧嘩慣れしてるみたいな迫力があって………。

でもその時、大男の咽せは止まって…。
そして………。
大声で、がなり立ててた。

「ギュンター貴様!
配属は違うとは言え新兵のくせに、隊長の俺様に向かって、こ…拳を振るとは…!!!」

野獣のすさまじい怒りの咆哮が聞こえ…そしてその後、大男は怒鳴り続けた。
「すぐさま処分してやる!
幾ら左将軍ディアヴォロスでもこの暴挙は!
どうにも誤魔化せないぞ!!!」

「(新…兵……)」
タニアは、ギュンターと呼ばれた美貌の麗人を見た。
彼も、とても背が高かったけど、赤毛の大男は、もっと大きい………。

けれどギュンターは表情一つ変えないまま、素晴らしい美貌のすまし顔で、ぼそり…とつぶやく。
「上官気取るのも分かるが、先に拳振ったのはそちらだ。
何か?
俺が新兵だから。
上官に拳振られたら、黙って顔腫らせ。
ってのか?
悪いが、聞けない」
「そうだろうな」
間髪入れず、ギュンターと呼ばれた青年の背後からの、返し言葉。

そこに立っていたのは…。
堂たる体格の、野獣位背の高い、濃紺近衛の隊服の男。
そして…高い背に、くねる長い赤毛を垂らしてる。

「(…ま…た、赤毛の…大男………?。
野獣の親類かしら?
でもこの方…………)」

下卑て言葉の通じない野獣とは全然違い、ギュンターの背後に立つ赤毛の大男は、朗らかな微笑をたたえてタニアを見つめてる。

が、振り向くギュンターに顔を向けて言い放つ。
「…つまりフォルデモルドが、「右の王家」の御姫様に暴挙を働こうとしたのか?」

ギュンターは憮然。と背後に立つ赤毛の大男に振り向くと、言った。
「当然そうだから、俺は言いがかりを付けられてる」

タニアはのそり…。
とギュンターの背後から出てきて、乱暴な赤毛の野獣の前に立つ、もう一人の赤毛の大男を見た。

身長は同じ位…。
けれど…二人目の赤毛の大男の顔は野獣とは違って、小顔で整っていて利口そうで…。
そしてとても…優しい感じの顔に見えた。

彼は、体格で威嚇しようとする野獣の大男にひけを取らない体格で立ち塞がって、言ったのだ。

「ギュンターに殴られたことを公にすると、あんたが「右の王家」の姫君に乱暴したと、右将軍に告げ口するぞ」

その言葉に、タニアは目を、ぱちくりさせた。

けど赤毛の野獣も、やっぱり目をぱちくりさせ…けれど次第に、目の前にある顔を睨み付けてる。

「(…やっぱり野獣だから。
会話が出来ないんだわ。
けど意味は、通じてるみたい…)」

凄まじい目で、もう一人の赤毛の大男を、睨み付けてたから。

野獣の瞳は空色に近い青の瞳。
でもとても軽薄で残酷で、相手を卑下する侮蔑がうかがえた。

もう一人の…助け手の赤毛の大男の瞳は…。
目前で凄まじい空色の瞳で睨まれても、ひるむどころか迫力を増して見つめ返す、鳶色の瞳…。

一瞬、黄金に光ってすら、見えた。

“…獅子…?
静かなのに凄い迫力だわ…”

タニアだけでなく、今だ周囲を取り巻いてる青年達ですら…。
近衛の大男同士の凄まじい迫力の殴り合いが、いつ始まるのかと固唾をのんで待った。

けど…空色の瞳の赤毛の野獣は、動かない。

下に下げた、握った拳はぶるぶる震えているのに。
野獣は目前の、自分同様背が高くて体格のいい赤毛の大男を、最後にきっ!と睨み付けた後、やっと、タニアの前から去って行った。

周囲を取り巻く青年の一人を乱暴に押し退け、強引に進路を開け、去って行く野獣の大きな背を。
タニアは、心からほっとして見つめた。

周囲の青年達からも、緊張の解かれたため息があちこちから聞こえる。

そしてタニアは、ようやく助けてくれた二人の男に視線を送る。
感謝を述べようとして。

けれど最初に助けてくれた金髪で紫の瞳の、「右の王家」とは全く系統の違う麗人と、そして…。
さっきとはうって変わってお茶目な感じすらする、もう一人の利口な赤毛の大男の二人は、何か言い合ってた。

年上に見える赤毛の男の方が、ギュンターに言い含めてる。
「…俺は事後処理がある。
御姫様はお前に任せる」
が、ギュンターは表情を変えないまま言い返してた。
「…お前が助けたんだ。
お前がすれば?」
「何言ってる。助けたのはお前だ」
「結果論で考えれば、お前だ。
お前がご登場されなかったら、あの後、派手な殴り合いになってたからな」

赤毛の大男は額に手を当てて暫く沈黙した後、小声でつぶやいた。
「…王家も混じる舞踏会くらい、大人しく事を納められないのか?
いつまで俺は、お前のお守りして見張ってればいい?
ディングレーはどうした。
なんでヤツにひっついていない?」

「ディングレー…って、「左の王家」の?」
タニアはまた、心の中で思うつもりだったのに、口に出してた事に気づく。

だって突然二人は会話を止めて、揃って自分に振り向いたから。
赤毛の大男はほっとしたように、微笑んでタニアに告げる。
「ディングレーと知り合いなんですか?
丁度良い。
彼を探して呼んできます。
…さっきの男はフォルデモルドと言って、近衛の隊長なんですが…。
簡単に、諦める男じゃない。
お一人になられないほうがいい。
隙を見計らって、きっとまたやって来ます」

タニアはそれを聞いた途端、ぞっとした。
そして問うた。
「…ノルンディル准将って…どなた?」

二人は揃って、舞踏会広間の出口近くに居る、背が高くていかにも身分高そうな軍人っぽい、栗毛の長髪男を指で差す。
濃紺の近衛隊服だったけど、どの近衛隊員より煌びやかな刺繍と、高価な宝石をたくさん付けていた。

タニアは遠目でノルンディル准将を見て思った。
“確かに…整った美男には見える。
だけどその横顔の、グレーの瞳は冷酷そう…”
そして、声に出してつぶやいた。

「さっきの、フォルデモルド…?ですか?
彼はノルンディル准将が、とっても好ましい美男だって。
でも…」
タニアは思わず、美貌のギュンターを見た。
とても優美な美貌で、凄く綺麗な顔立ち。
けれど背も高くて、頼もしそう…。

「さ程、美男だと思えないわ。あのお方」

突然赤毛の男がくっ!と笑い、そのまま笑い続ける。
「ギュンターと比べたら大抵の男は、不細工です」

言われてギュンターはタニアを見る。
タニアはうっとりするような、微笑を浮かべてた。
「本当に、そうですわ」

けれど赤毛の男はタニアに見つめられ、気づいたように突然名乗る。
「近衛所属の、オーガスタスと言います。
左将軍補佐をしている」

ギュンターはタニアが、目をまん丸にするのを見た。
素晴らしいドレスで着飾った、気位の高い、すましたご令嬢かと思ったのに。
明け透けに感情を表してる。

「あの…!
いえとても…お若く見えますわ?
ギュンター様も…新兵っておっしゃってたけど…。
王立騎士養成学校はもしかして、五年ぐらい留年とか…され…てたの?」

タニアは二人の男の頭の中が、疑問符だらけになったのを、その時知った。
言葉を足そうと思った時。
オーガスタスが、言った。

「私は全うに卒業して入隊二年目なので、今現在二十歳です。
ギュンターは一つ年下」

タニアは勘違いに気づいて、真っ赤になった。
「…ごめんなさい…!
近衛で右将軍をされてるアルファロイスおじさまの補佐はその…。
とても経験豊富で30歳を超えていらっしゃるから、てっきり…。
せめて、28くらいなのかと……………」

タニアは沈黙する二人に、慌てて付け足す。

「いえその…凄くお若く見えて!
近衛のお方は栄養食のお陰であんまり老けない。
って聞いたんですけど、それにしても凄くお若く見えるって、疑問には思いましたわ!
ちゃんと!」

ギュンターは初めて感情を顔に出し、目を見開いてたけど、オーガスタスはタニアのその言い訳に、くすくすと笑った。

「ディアヴォロス殿は最年少で左将軍職に就任したものの、補佐のなり手がいなくて。
一級下で顔見知りだった俺に、お声がかかった。
それだけです」

タニアはまだ、何か言いかけた。
だって将軍補佐っていったら近衛軍の中でもとても高位で、将軍に次ぐ地位で。
入隊二年目の若者に、簡単に務まる職務じゃないと、知っていたから。

“将軍が執務出来ない時、将軍に成り代わり命令出来る程の、威厳や…兵らに尊敬される経験豊富な人物が成られるのだと…。
そう確か、アルファロイスおじ様に聞かされた覚えがあったし…。

それを、ちょっとした景品を受け取るように、なんでもないように言われるだなんて…”

でもその時ようやく、野獣フォルデモルドが握った拳を彼に振らない理由が分かった。

“自分よりも年下なのに、隊長の自分よりもっと上官に当たるから…。
喧嘩、したくても出来なかったのね…”

下げて握った拳が、ぶるぶる震ってた理由も。
“きっと野獣なのに、なけなしの渾身の理性で、踏みとどまっていたのね…”

けどオーガスタスは、まだ朗らかにくすくす笑いながら
「それではディングレーを探してきます」
そう言って…肩を揺らし(笑い)ながら背を向け、去って行った。

タニアがまだそこにいるギュンターに振り向いた時。
彼は憮然とつぶやいた。
「…そんな、年上だと思ってたのか?
あんた、俺の事」

顔の割にぶっきら棒な口の利き方。
しなやかな体躯だけど…肩幅も広くて、胸も厚い…。

タニアはその時初めて、ギュンターを男性だと意識した。

「…その………顔が赤い」
ギュンターにそう告げられても、タニアは顔が、上げられなかった。
「…あの…」
「…フォルデモルドに乱暴に掴まれて、どこか痛めてないか?」
「どこも…。
ご心配、ありがとう…」

まだ顔を上げないタニアに、ギュンターは短いため息交じりに囁く。
「ちなみにあいつ(フォルデモルド)こそが、あんたがさっき思ってた、俺やオーガスタスの年齢だ」
タニアがそれを聞いて、顔を上げた時。
屈んで顔をのぞき込んでいたギュンターの顔がすごく間近に見え、そのあまりの美しい男らしさに、更にぼっ!と、タニアの頬は熱くなった。

「…もしかして、俺の顔のせいでそうなる?」
「そうなる…って?」
「赤くなるのか?」
「…多分、そう…」
「俺の顔が、卑猥だから?」

タニアはぎょっ!として、もう屈めた背を伸ばしてる、美貌の男を見上げた。

「……………………………」
言葉が見つからず、ただ沈黙してると、横に黒髪の…気品ある男前がやって来て、言う。

「この男、君をからかって無いから。
真面目に聞いてる。
だがどう聞いても、ふざけてるようにしか、聞こえない」
ギュンターが言い返そうと口を開いたが、ディングレーは口を挟ませず喋り続ける。
「ところで俺の所に君のミニチュア肖像画が届いてる。
こんな所で親密に話したりすると、一週間後には婚儀の話合いが持ち上がりそうで、俺は心底怖い」

立て続けに早口でそう言われ、タニアはおずおずと彼を見上げる。

 

けれど黒髪のディングレーはまだ、喋り続けてる。

「この男は多少通訳が要るし喧嘩っぱやいから、身分の高い男と喧嘩しないよう見張りが要るが。
君に頼んでいいか?」

タニアは確かに、年頃の一族の女のコ達が騒ぐ理由が分かって、真っ直ぐの黒髪を背に垂らす、男らしさ全開の青い目をした、長身で素晴らしい体躯の男前を見つめた。

ギュンターはまず、顔に目が行く。
綺麗すぎて。
その後、顔の割にかなり男らしいと気づくけど。
ディングレーは…全身から男らしさが醸し出され、けれど品格もあって、くらくらしそうなくらい格好いい………。

“青の瞳の真っ直ぐな眼差しで見つめられると、体が火照るの”
と言った、アレッサンナの気持ちが分かる気がした。

けれどギュンターがようやく、憮然と口を挟む。
「どうして彼女に俺を頼む。
逆じゃ無いのか?」

ディングレーは…「左の王家」の王族の筈なのに、問われたギュンターと同等に話す。
凄く、庶民的な感じで。

「…ここじゃ喧嘩はマズいから、相手を引かせるのは身分。
それで俺が呼ばれたんだろう?
彼女を誰だと思ってる。
「右の王家」一番の、適齢期の美女だ」
「…適齢期?なんの?」
「…結婚の。
俺の所に見合いの話が来てる。
こんな目立つ場所で親しげに話なんてしてたら、直ぐ双方の両親に火がついて、あっという間に婚約で結婚だ」
「だから?」
「俺はこの場から消える」
「おい!」

けれどディングレーはさっさと背を向け、小走りで離れて行った。

タニアはまた、二人きりになったギュンターを見上げる。
やっぱり、顔立ちはどきどきする位綺麗なのに。
背は高いし、逞しくて頼もしく感じる。

それに、本当に困ってた時、助けてくれた………。

「いいのか?
俺のお守りを頼まれたんだぞ?」
タニアはギュンターのぼやきに、笑顔で応えた。
「野獣が乱暴を働こうとしたら、あなたが止めてくれるし。
オーガスタスがしたように私も
『アルファロイスおじさまに告げ口するから』
って、脅すわ」

ギュンターはため息を吐くと、肘を曲げて横に突き出した。
タニアは腕を通して絡ませ、ギュンターを見上げる。

その腕からの温もりを感じ、逞しさも…。
取り巻き青年らがこぞって避けた、赤毛の野獣に立ち向かう勇敢さを感じさせる、しなやかで締まった、長身の体躯。
けれど優美な美貌のせいか…どこか、華奢でスマートな印象は拭えない…。

「よろしければ、踊って?」
「冗談だろう?
舞踏会で一番の、踊りの名手なんかと踊ったら。
俺の下手さが際立つ」

その返答に、タニアはくすくすと笑う。
「苦手でいらっしゃるの?」
「…複雑なのはな。
出来れば簡単なのにしてくれ」

タニアはまた笑うと…腕に顔を寄せて、ギュンターにすり添った。

口を開くと、ぶっきら棒で素っ気無いのに…凄く、親しみを感じる。
側にいると、守り包まれてるみたいに、安心出来る。
顔を見つめられると、あまりの男らしい美しさに、どきどきが止まらなくて、頬が熱くなる………。

オーガスタスも、ディングレーも確かに素敵。
けれどもっと素敵なのは…。

タニアはふっと思った事をつぶやいてみた。
「私の肖像画が、あなたの所に届くといいのに」
「俺みたいな馬の骨の、身分低い男の元に、王家の御姫様の肖像画が届くわけ無いだろう?」

タニアはそれを聞いて、少し悲しくなった。

「…もし私が別の人と結婚したら…浮気相手になってくれる?」
「…俺に惚れたりせず、慰め相手なら。
ご要望に添えるかもな」

“何を聞いても、はっきり答えてくれる。
きっと、とても自分に誠実で…人を裏切るつもりも騙すつもりも、無いのね…”

けれどそれは残酷でもあった。

“恋する余裕も与えず、失恋させるだなんて”

けれど腹を立てるより、やっぱりタニアは、悲しくなった。

二人で広間を、歩いてると分かる。
若い女性は全てギュンターに振り向く。

“とても素敵な男性”
そんな、熱い眼差しで。

けれど彼を自分の物に出来ない。

“…不可能なの?
少しも可能性は、無いの?”

…曲が始まり、ギュンターとステップを踏む。
とても長身に感じるのに無骨さは少しも無く、手を取る感触はとてもソフト…。
抱き寄せられてもふわっ…とした感じで、あの野獣に立ち向かう力強さは少しも、感じさせない…。

“女性をきっと、とても扱いなれていらっしゃるんだわ…”

少し離れた時、彼の動きを見る。
その動作はとてもしなやかで…そう、野生の優美な豹のよう…。

「…ダンスはとてもお上手だわ?」
「簡単なのくらいはな」
「難しいダンスは嫌い?」
「教えてくれれば、その内踊れるかも。
但し、もっと下手な相手と。
君相手だと、俺はまるで案山子(かかし)だ」

タニアはまた、くすくすと笑った。
けれど心の中で反復し続けた。

“不可能なの?
少しも可能性は、無いの?”

その言葉を彼(ギュンター)に向けながら、ずっと………。






王宮舞踏会 2

 

 

 



 ずっとギュンターと踊っていたかったけれど…少し難しいステップの曲が流れ始めると、ギュンターは手を取って広間中央から去ろうと促す…。

タニアは夢の時間が終わってがっかりしたけれど、周囲の視線が…男性でさえも、ギュンターに注がれてるのに気づく。

横に並び歩くギュンターを見上げる。
彼はタニアを見ず、自分に痛いほどの視線を向ける青年の一人を、見つめ返しながら囁く。
「…流石、独身女では一番の大物と評判の美女だな。
あんたと三曲も踊ったから。
会場中の独身男が、俺を睨み付けてる」

タニアは興味なさげに囁く。
「たった三曲?
もっと、踊りたかったわ…」

ギュンターが、振り向く。
タニアはその男らしい美貌とそして、宝石のように美しい、紫の瞳が自分に注がれてるのに心躍ったけど。
ギュンターは真剣な表情で、早口で告げた。
「もっと踊ってたら腕に覚えの無い坊ちゃん集団はきっと、個別で刺客を雇い、揃って俺を殺せと命じるぞ?」

タニアは笑いかけたけど、ギュンターは真顔で言った。
「冗談、言ってないからな」

タニアはその言葉で、ギュンターに視線を送る青年らを見回した。
皆、不満げで敵意あふれる視線を、ギュンターに向けている。

「…ごめんなさい…」

タニアの素直な言葉に、ギュンターは態度を和らげて囁く。
「…あんたとは到底結婚なんて出来ない身分の俺だし、俺の方もそのつもりが全然無いから、対策を考えないと」

その言葉でタニアの心にぶっとい短剣が、ぐさっ!と突き刺さったのに、ギュンターは構わず続ける。
「…ああ丁度良い。
俺よりもっと、男に嫉妬される男が居る。
しかも王族だから、簡単に暗殺される心配も無い」

タニアは誰の事を言ってるのか。
と見回した。
真っ直ぐの黒髪を背に流す、男の後ろ姿が目にとまり、ギュンターがそちらに行こうとするのに気づく。

「さっきはとっとと、逃げたな」
突然背後からギュンターに声かけられた…超絶格好いい「左の王家」のディングレーは…。

その声に、口に運んだ飲み物を一気に前屈みで、ぶっ!と吐いた。

犯人のギュンターもタニアもが、自分の吹いた酒で胸を汚す、格好いいはずの王族の男を、無言で見つめる。
「…………………」

けどディングレーの横にいた、普通なら長身に思えるのにもっと背の高いディングレーとギュンターが寄ると小柄に見える、栗毛の柔らかい雰囲気の青年だけが。
慌ててハンケチで、ディングレーの胸に零れた酒を拭き始める。

「…王族のくせに、舞踏会なんかでこんな目立つとこ汚して帰ったら。
お前んとこの執事が、卒倒するぞ!」
ディングレーは親切に拭かれてると言うのに、怒鳴り返してた。
「絶対!チクるな!
あいつには威厳あふれる態度で通したと。
そう言っとけ!」

栗毛の青年はディングレーの胸をそれでもハンケチで拭いていたけど、とうとう怒って長身で迫力の体躯の王族、ディングレーに怒鳴り返す。
「じゃあみっともなく、こんなとこに酒吹くな!」
けどディングレーは、背後から声かけたギュンターに腕を突き出して指さし、怒鳴り返す。
「こいつが突然声かけたせいだ!!!」

ギュンターもだけど。
タニアもギュンターの横で、ギュンターの顔に突き刺さらんばかりのディングレーの揺れる、人指し指を見つめ続けた。

タニアがギュンターを見上げると。
ギュンターは素晴らしい美貌の無表情で囁く。
「…だってあんたの、結婚第一候補を俺に押しつけ、逃げたと自覚があって後ろめたいから。
吹いたんだろう?」

タニアは今度は、ディングレーを見る。
どうやら図星らしく、ディングレーはわなわな震いながらも、言葉が詰まって言い返せない。

ギュンターは直ぐ、やっと拭き終わって顔を上げかけた、栗毛の青年に話しかける。
「知恵を貸してくれ。ローフィス。
「右の王家」の御姫様でフォルデモルドが絡んで困ってたんで助けたんだが。
ディングレーに押しつけられて、一緒に三曲踊っただけで、会場中の独身男を敵に回した」

タニアは簡潔すぎる説明に、意味が通じるのかしら。
と栗毛の青年を見つめた。
青い瞳の、凄く爽やかな好男子で、態度も柔らかそう。

けれど彼はギュンターに話しかけられた途端、周囲を見回して、意見を述べる。
「…お前の顔、ただでさえ目立つしな。
きっと、軟弱な色男が御姫様をたぶらかしたと思われてる」

今度、タニアはギュンターを見た。
ギュンターは真顔でつぶやいた。
「…やっぱ遠慮せず、フォルデモルドの顔に拳を一発思い切り、叩き込んどくべきだったかな?
あの巨体を殴り倒したとあらば、軟弱にもう、絶対見られない」

ディングレーはローフィスと呼ばれた栗毛の青年の手から、ハンケチをひったくって胸に残る染みを拭き取りながら、低い声で告げた。
「それしたら幾ら左将軍のディアヴォロスでも。
お前の処罰を検討しなきゃ成らない。
間違いなく、過剰防衛だ」

タニアはギュンターが処罰される事を思って、心配げに見つめたというのに。
ギュンターときたら相変わらずの無表情で、素っ気無く言い返す。
「だが、会場中の身分高い金持ち坊ちゃんに揃って、刺客を差し向けられずに済む」

タニアが見てると。
ギュンターの返答に、ディングレーもローフィスも、ため息吐いていた。

タニアは言えたはずだった。
“ご迷惑、おかけしてるようですから。
護衛は王族の親戚達に頼んで、あなた方にこれ以上のお手間は取らせませんわ”

でも…。
横に並び立ってくれてる、ギュンターから離れたくなかった。

けど。
ローフィスは言った。
「次にお前(ディングレー)と踊れば?
奴に向いた殺気は拡散される」

言われた途端、ディングレーは沸騰したように怒鳴り返す。
「…だから俺のとこに彼女との見合い話が来てるんだ!
こんなとこで踊ったら、親達は万歳して一気に結婚話を進める!
どう見たってタニアは俺に惚れてないし!
俺だってもっと、遊びたい!」

場は一気に静まり返り、沈黙に包まれた。

が、ディングレーはギュンターに押しつけたと、自覚があったのか。
沈黙の中唯一、口を開く。

「…分かった。
踊る。
が、その前(ローフィス)にお前にキスさせてくれ」

タニアは目を見開いた。
話の流れからいって、どうしても真剣に聞こえたけど。
やっぱり冗談かしら?
と隣のギュンターを見上げた。
が、ギュンターは取り澄ました美貌のままの、無表情。

それでタニアは仕方無く、言われたローフィスに視線を向ける。

ローフィスも、無表情だったけど声にだけは怒りを滲ませて、言い返してた。
「…俺じゃなく、ギュンターにすればもっと効果的だ。
お前が惚れてるギュンターに彼女を託されて、仕方無く引き受けて踊ってる風に見える」

タニアはそれでようやく、ディングレーの意図が分かった。
意に沿わない結婚話を水に流すために。
女には興味無く、男に夢中になってる事に、したいらしい…。

“けどムダじゃないかしら?
一族のアレッサンナが他のお年頃の、ディングレー様に焦がれてる女性らを牽制するために、彼とベットインした事、一族中に言いふらしてるのに”

でもその時。
タニアは心配になってギュンターをまた、見上げた。

“まさか本当に…ギュンター、ディングレー様とキスなさるのかしら?”

見つめるものの…でもやっぱり、ギュンターってば取り澄ました美貌で、無表情………。

表情から感情が読み取れず、タニアがため息を吐きかけた矢先、ギュンターがぼそり。と声を発する。

「キスしてもいいが。
俺に出来るのか?お前が?
…この場でどうしても必要なら、俺の方から襲ってやってもいいぞ?」

タニアはその返答にぎょっ!としたし。
ディングレーに至っては、総毛立って怒鳴ってる。
「…どうしてそう簡単に、俺を襲えるとか言える!
お前絶対、頭おかしいぞ!」

けどギュンターは取り澄ました美貌のまま、素っ気無く答える。
「だって暗殺される事考えたら、お前とキスなんて罰ゲームの範疇で、何千倍もマシだ」

栗毛の爽やかな好青年、ローフィスのため息が聞こえて、タニアはそちらに振り向く。

「…罰ゲーム程度の感情移入で。
お前に殺気送ってる男らが納得するか?
せいぜい熱烈に口づけないと」

タニアが見てると、ディングレーは尚一層青ざめていて。
ギュンターはため息を吐く。
「…男とキスなんて別に平気だが。
ディングレーに惚れたふりは…難しすぎる」

ディングレーはそれを聞いて、頷きながら声を発する。
「………当然だ。
どうして吐き気がしないのかが唯一、疑問だ」

ギュンターは少し目を見開く。
「あんた、酔っ払って正体無いと平気で男とキス出来るのに、それを言うのか?」

タニアはディングレーが、もっと青ざめるのを見た。

「…俺…酔ってるとそんな事平気でしてるのか?」

小声で、震えていて。
普段だったらこんな立派で男らしくて格好いい王族の男が…。
って、笑える場面だったけど。

タニアはギュンターとローフィスが揃って無言で頷いてるのを見て、笑うのを控えた。

けどいきなり静かになったので。
タニアが視線を向けると…。
ディングレーは横の、ローフィスを抱き寄せてキスしていた。

あんまりびっくりし過ぎて、表情が強ばる。
それで…ギュンターがいつも無表情なのは、びっくりし過ぎて逆に表情が無くなるのかしら?
と彼を見上げた。

けどギュンターは、ため息を吐いていた…。

ディングレーがローフィスの顔から唇を離した時。
ローフィスの拳は握り込まれて、ぶるぶると震ってた。

「…どうして俺にする!
ギュンターじゃないと、効果無いと言ったろう?!」

けどタニアは、ディングレーに熱い視線を送っていた女性全員が、青ざめて肩を落とすのを見た。

“好ましい殿方ってどうして一瞬で、女性の恋心を瞬殺してしまうのかしら…”

ディングレーはローフィスの言葉をもう聞く気が無いのか。
突然ギュンターの横にいたタニアの腕を取って、広間中央へと足を運ぶ。
握りかたはやんわりなんだけど、結構強引にタニアは引っ張られ、ディングレーと共に踊りの輪へと向かって行く。

背後でギュンターの
「説明が必要か?
あいつがシラフで熱烈に口づけられる演技が出来るのが唯一、あんただけだから。
…それに俺に万が一襲われでもしたら。
幾ら俺の方が顔が軟弱でも。
数センチだけだが、俺の方が背も高いし。
あいつの方が、もしかして女役やってんのか。
って余計な勘ぐりされて、王族の威信に傷がついてもマズいと思ったからじゃ無いのか?」
…と、だんだん小さくなる声で、タニアの耳に聞こえた。

「ローフィス様が、お好きなの?」
そうタニアが訪ねると、ディングレーはぶすっ!として、手を取り踊り出す。
とても自然で…男らしくリードされてタニアはやっぱり
“彼って格好いいわ”
とは思ったけれど…。

ディングレーが視線を周囲に振るので見回して見ると、アレッサンナが切なげにディングレーを、喰い入るように見つめてるのに気づく。
“ローフィス様とキスされた後、私と踊ってる姿なんて…。
ダブル・パンチよね…”

けどディングレーを見ると
“そっちじゃない”と首を振られ…。
さっきギュンターを睨んでた男達全員が、今度は切なげに、ディングレーと踊る自分に、視線を向けてるのに気づく。

「…馬の骨の軟弱な背が高いだけの色男じゃなく、王族の俺と踊ると、周囲の反応はああなる」

ディングレーは始終、むすっ!とした表情で、扱いは丁寧だけど、不機嫌そうだった。

「…本当に、ご機嫌が悪いの?」
「いや?演技だ。
君と楽しそうに踊ると、お互い不本意な結婚になだれ込むからな」

と、チラ…と彼の威厳あふれる黒髪の彼の父親や…タニアの美しい母が成り行きを喰い入るように見つめてる様に視線を振る。

「…そうよね…。
あなただったら私、結婚してもいいけど…。
それで、お互い愛人を持つのはどう?」

ディングレーはその提案に目を見開いた。
が即答した。

「却下だ。
正直君みたいな美人で気ままな妻を持ったら、振り回されて愛人囲ってる暇も余裕も無くなる」

「…じゃもっと…楽な相手がいいの?」

ディングレーは少し考えた後、言った。
「…儚げで…俺が側で守ってないと、死んでしまいそうなくらいの子なら…。
べったり側に居て、浮気もしない。

…多分」

タニアは最後の言葉を聞いて…ちょっとがっくりして囁いた。
「…自信無いのね。
そうよね。
もっと遊びたい人だものね」

イヤミだったのに、ディングレーは真顔で頷く。
「王族やってるとやたら肩がこるし体面保つのに苦労する。
だから下品な女達と思い切り身分忘れて遊びたい」

タニアはその正直な感想に、目を見開いた。
「素直におっしゃるのね」
「ギュンターが…」

タニアはその名前が出て、一気に彼の言葉に耳を傾けた。
「…あいつ、何でも…良いも悪いもひっくるめて、全て正直に話す。
自分の感情を誤魔化さず。
つまり俺相手にも、それをするから…。
一緒に居ると、俺の全てをバラされる。
それは…困る事も多いが、腹の内がもやもやしたりせず…。
なかなか、爽快だ」

ディングレーはその時、少し、微笑んだ。
それでタニアにも…ディングレーがギュンターの事を、好きなんだと分かった。

さっきの拒絶反応で分かりすぎる位分かったから、勿論、友人として。

けどタニアは踊ってる間中、立て続けにギュンターについての質問をディングレーに投げかけた。

それで…分かった。

ギュンターには片思いの相手が居て…。
その人だけには忠実で。
けど振り向いてくれないから…他のたくさんの女性に誘われても、断らないんだと。

けれど必ず、誘われた女性達に告げる。
“真剣な恋愛は出来ないから、遊びでいいなら”
そして大抵の女性は自分の思いをきっと飲み込んで、一時、彼欲しさに告げる。
“それでも、いいわ…”

タニアには、そう答えるしか無い女性達の気持ちが嫌と言う程、分かった。

タニアがディングレーと踊り終えて、ローフィスとギュンターの元に戻ってきた時。
タニアのその表情はとても沈んでいて、ギュンターに視線を送らず。
それで気づいたギュンターは、少し微笑んで問う。

「俺なんかより、ディングレーの方がよほど、いいだろう?」

けどディングレーは憤慨して言い返す。
「焚きつけるな!
第一ずっと話してたのは、お前のことだ」

ギュンターが直ぐ、真顔になるのを、横のローフィスは見守った。
「…どこまでバラした?」

「お前が西領地(シュテインザイン)の地方の貧乏領主の三男坊で…。
ええと、真剣に惚れてる相手は身分の高い、いっぱしの剣士の、男で…。
お情け程度しか付き合ってもらえず、それでつまり“相手しきれないから他と寝ろ”
と惚れた相手に言われて、女性に誘われても断らない事と。
あ、ちゃんと相手には誠実に
“惚れないから、遊びなら寝てもいい”
と毎度告げてると、付け足しておいたから」

ローフィスはチラ…と、焦りながらそう説明するディングレーを、呆れ混じりに見つめた。

「…つまりそれで…?」
と、ギュンターは俯くタニアに視線を促すと、ディングレーは頷く。

ローフィスはいたたまれず、タニアの横に来ると優しく囁く。
「…惚れたくない。
と思っても、惚れてしまうのが恋だと、俺だって分かってる。
けどあなたの幸せを思うなら、ギュンターとディングレーだけは、絶対止めた方がいい」

タニアは顔を上げる。
「…あなたなら、いいの?」
けどローフィスは少し苦笑いして囁く。
「俺にはもう、相手がいるから無理だ」

タニアは落ち着いた雰囲気の…よく知るとギュンターやディングレーより年上らしいローフィスを、改めて見つめた。

「けど愛人なら…お付き合いしてくれるって。
ギュンターが」
「けど…条件付きだろう?
君はそれで辛くならない?」

ぽろっと。
いきなり涙が滴って、タニアもびっくりしたけど、ディングレーとギュンターが揃って慌てふためいてるのが、視界に入った。

「きっと、とても辛いわ…」

その言葉に、ディングレーも慌てて言う。
「…それにこいつと、迂闊に寝るのも良くない。
それは…床上手で忘れられないと。
こいつと寝た全ての女が言うぐらいだから。
惚れてると最悪に思い切れず、辛いぞ?」

それを聞いて、タニアはまた、ぽろっ…と頬に、涙を滴らす。
ローフィスがすかさず
「傷口に塩塗ってどうする!」
と、ディングレーを叱ってくれたけど。

タニアはこんな短時間なのに、一気に恋して燃え上がって、何も無いのに失恋して大きな壁にブチ当たって、正直どうしていいのか、分からなくて泣き続けた。

「じゃ…じゃ、愛人もだめ?」

ローフィスが、目前でこっくり…と頷いてる。

それでちょっと、落ち着いたのか。
ついタニアは聞いてしまった。

「さっき…ディングレー様ってあなたとキスして、男好きをアピールしたかったみたいなんだけど…。
アレッサンナがディングレー様と寝て、最高に素敵だった。
ってそこら中でしゃべってるから。
もう「右の王家」で知らない人はいないわ」

タニアはローフィスの差し出すハンケチを受け取ったけど。
言われたディングレーは、真っ青になってタニアの正面に飛んで来て、屈み込んで訪ねる。

「どうしてそれを、踊ってる間に教えてくれないんだ!」

「…だって…そう言ったらあなた、ショックで固まって、踊りどころじゃなくなるじゃ無い?」

タニアが瞳をハンケチで拭って顔を上げた時。
ディングレーは確かに、真っ青になって固まっていた。

タニアはギュンターを、やっと見た。
やっぱり…やっぱりとても素敵で、彼を振り向かせられないかとまた、考え始めてしまう。

「…どうしてもその人が好きなの?」
ギュンターは無言で…頷く。
「…男の人が、好きなんじゃ無くて…彼だけが好きなの?」
「ディングレーとキス出来るとは言ったが…。
しなくて済むなら、したくないくらい、特に男が好きなわけじゃ無い」

「だからそれは!
もう忘れろ!
頭の中から拭い去れ!」

ディングレーが激しく拒絶して怒鳴っているけど、ギュンターは静かにタニアを見つめて囁く。
「泣かせて、すまない。
君が望むなら、君の前に今後一切、姿を見せない」

けど。
タニアはまた、ぽろっ。と涙を頬に零す。

「…好きに、なったばかりなのに…」
「俺をもっと見ると、辛いだろう?」

けどその時、肘に触れる柔らかい感触。
いとこのアナフラティシアが…そこにいて。
泣いてるタニアを、気遣う表情で見つめていた。

「…ギュンターが、好きなの?
けど彼は絶対、止めた方がいいわ…。
私、もっと少女の頃、ギュンターに踊って貰ったけど…。
今よりうんと軟弱な感じだったのに、舞踏会中の女性が彼を焦がれるように、見つめていたし…。
それに彼と踊っただけで、色々な女性に彼の事聞かれたわ…」
「あなたはその時…彼に、惹かれなかったの?」
「…ギュンターはてんで踊れなかったし。
私は踊りきる事に夢中で…でも頼もしい、お兄さんって感じは、したわ」

タニアは涙が止まって、年下の人形のように可愛らしいいとこを見つめた。
「…そうなの…」

「だがあの頃から男ぶりは、パワーアップしてるぞ?」
ディングレーの言葉に、アナフラティシアは改めて、ギュンターを見上げる。
けどタニアが見てると、ギュンターはアナフラティシアに見つめられ、たじろいでるように見えた。

「あれから、あの難しい踊りは踊れるようになった?」
アナフラティシアに問われ、ギュンターはたじろいだまま、ぼそりと答える。
「あんな踊りはなかなか踊る機会も少ない。
頼まれても断る。
だから…」
「踊れないのね」

ギュンターは、そう言われて顔を背けた。

「………ギュンターには強気なのね」
タニアがアナフラティシアに尋ねると、アナフラティシアは素っ気無く囁く。
「だって、彼がもっとひょろひょろで背が高いだけの少年の頃を知ってるもの。
ティリア婦人になんて
“どうしたら彼をツバメにして囲えるかしら”
って真剣に聞かれたわ。
けど外見の割に意外に男っぽいから、大人しく囲われたりしないと言ったら、諦めたけど」

ティリア婦人が、年若く人形のように綺麗で華奢な少年ばかりを相手にし、囲っているのを思い出すと、タニアはくすくす笑った。

アナフラティシアは笑ういとこに笑顔で答える。
「そうよ?
ティリア婦人の目に止まるような、てんでゴツくない、凄い美少年だったの。
タニアの、タイプなんかじゃないでしょう?
紳士的で機転が利いて。
軽やかなのに、強くて。
けれど、血なまぐさくない素敵なお方が、タイプだったじゃない。

ギュンターは、喧嘩をすると凄く血が飛び散るって。
それに女性に手が早くて、更に凄く上手だから、とろかされた女性はみんな、彼の虜になるのに。
振り向いてはくれない、超遊び人だって評判よ?」

「…アナフラティシア…それ、どこで出回ってる評判なんだ?」
ギュンターの低い声に、アナフラティシアは振り向く。

「あんまり、一度踊っただけなのに貴方の事聞かれるから。
使いを出して、あなたの評判を聞きまくって。
私に貴方の事を聞きに来る女性全部に、そう言ったわ。
けど、彼女たち誰も、信じないの。
あなたに気があって、ライバルになって欲しく無い女性に、彼女達、散々もっと悪口を上乗せして、あなたの事告げてると思う。
けどタニアみたいに、あなたに夢中で誰も信じないけど」

ギュンターも絶句していたけど、ローフィスとディングレーは互いを見合い、やれやれとため息を吐いていた。

タニアには、分かってた。
アナフラティシアの背後には、彼女の双子の兄達が控えていて。
護衛をしてくれるんだと。

だからもう…この場は退場………。

「あなたを呼んだのは…誰?」
「あのお方。
ええと…ローフィス様…でしたわよね?」

そして、こっそり耳打ちする。
「どうしてあの方にしないの?
機転が利いて軽やかで。
態度が柔らかで、凄く素敵で。
そして、ダンスもとてもお上手なのよ?
すっごく、あなたのタイプじゃない?」

「ローフィス様はもう、お相手がいらっしゃるのよ」
それに…タニアが視線を、再度切なげにギュンターに投げるのを、その場にいた全員が、見た。

「…もしまた会えるのなら…」
タニアが言いかけると、ギュンターは遮る。
「止めた方がいい。
あなたを思って真剣に言ってる皆の言葉を。
聞いた方が身の為だ」

ギュンターの言葉に、アナフラティシアが言い返す。
「それって凄い遊び人。って評判を、肯定するの?」

ギュンターは、ぐっ…と言葉を詰まらせ、アナフラティシアはつん。として、タニアに言った。

「…ほら。
私いると、結構ギュンターのみっともないとこ、見られて幻滅するわ?」

それで恋心が覚めたらいいのに…。
そんな、年下のアナフラティシアの気遣いが感じられて…タニアはアナフラティシアに促されるまま、その場を後にした。

けれどどうしても、振り返ってしまう。

背の高い…金の髪の…今では立派な体躯の、美貌の紫の瞳が切なげに注がれてるのを見つめ、タニアは胸が張り裂けそうに感じた。

けれどその視線の、意味を感じ取った時…。
“すまないと…思っていらっしゃる…”
そう分かると、今度は胸が潰れそうに感じた。

ギュンターから…それしか自分は引き出せないのかと。



アナフラティシアは一晩泣き続ける、タニアに付き合った。
あんまり目が腫れて、次の日タニアはどこにも出られず…。
それでも、アナフラティシアは付き合った。

ずっと二人でギュンターの話をし続け…タニアはとうとう、その虚しさに気づいた。

彼の心がここに無いのに。
どれだけ焦がれても、届きはしない人の、まるで幻のような人の事を思い続けるだなんて。

そして目の腫れが引いた時。
タニアは出かけた。
園遊会や舞踏会に。

華やかに踊る彼女に誰もが視線を惹き付けられ、多くの男性が彼女と踊る光栄を待ち望む、その場へと。

けれどいつも、視界の隅で探してしまう。
金の髪の背の高い…。
野生の豹のような、美貌の麗人の姿を……………。


                                                                                 END


この本の内容は以上です。


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