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バベルの塔が倒れる前に

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バベルの塔が倒れる前に1

 その日、私は学校の階段から落ちた。雑巾を置きっぱなしにした人、名乗りでなさい。

 体がふわっと浮く。

 それはやけにゆっくりとした時間だった。誰かの悲鳴が聞こえる。

 ぱぁっと産まれてから十六年、ここまでの出来事が蘇る。これが噂の走馬灯……。

 ああ、短いけれども、辛いこともあったけれども、楽しい人生でした。お父さん、お母さん、いままでありがとう。ごめんなさい。お兄ちゃん、昨日シュークリーム食べたこと、絶対に許さない。

 そうして体が地面に叩き付けられた。

 

 はずだった。

「起きたかえ?」

 声がしてゆっくりと目を開ける。意外と体が痛くない。

「ひぃっ」

 但し、目の前に白塗り厚化粧の小さな婆様がいた。なにこれ。あ、もしかしてこれ、地獄? 地獄なの?

 辺りを見回す。質素な山小屋、といった印象の部屋だ。

「ローラン」

 婆様が言うと、

「あ、おはようございます」

 奥の方から褐色の肌の青年がやって来た。素朴、という一言に尽きる温和な笑みを浮かべて、

「どうも、こんにちは、救世主様」

 意味不明なことを言った。

「はぁ?」

 

 白塗りの婆様は巫女様と呼ばれているらしい。名前はないそうだ。

 褐色の青年はローラン。

 彼らの話をまとめるとこうだ。この世界は私がいた日本とは全く別の世界だ。俗に異世界とか呼ばれるものらしい。

 この場所は、ランドー国のヴィラゴ村。ただし話を聞いている限り、村という名称でも都道府県ぐらいの扱いのようだ。

 この世界では、異世界の存在は当たり前のように認識されている。お告げがあったとき、巫女に伝わる秘技を使って、異世界から救世主様を召喚するそうだ。そうすることにより、今後ふりかかる災いから身を守るらしい。

「……魔王を倒すとか?」

「いやだなぁ、魔王なんてそんなお伽噺みたいなもの、いるわけないじゃないですか」

 十分、お伽噺のようなことを言ったあとでローランはそうやって愉快そうに笑った。

「こちらにはなくて、そちらの世界にはある知識などで助けてもらうんです。かつては海を渡る術を救世主様に頂きました」

 ローランがにこにこ微笑んで言う。

 彼らにとってみたら、異世界からの救世主様は、外国からのエンジニアぐらいの意味合いでしかないようだ。

 それから、異世界なのになんで言語が通じているかというと、それもまた巫女様のパワーらしい。まあたしかに、わざわざ救世主を呼んでも言葉が通じないと意味ないもんな。

 そして、現状、私がなんの為に呼び出されたのかは定かではない。何も困ったことは起きていないが、お告げがあったから呼び出したそうだ。なんて迷惑な。さらには、救世主としての役割を果たさないと帰れないらしい。どこまでも迷惑な!

「……ゲームみたいねー」

 かろうじて呟いた。今日日、異世界召喚型なんて流行らないと思うけど。

「よろしくお願いしますね」

 ローランがにこにこ笑う。

 彼はとても優しそうだ、とは思う。彼を救世主の世話係に任命した、巫女様の判断は間違っていないとも思う。

 しかし、しかしだ。こういうときは普通、王子様が迎えにきてくれるもんじゃないだろうか。なんでこんな普通の青年なんだろうか。


バベルの塔が倒れる前に2

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