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算命学余話 #R34 (page 1)

 認知症の原因は怠惰にあり、とする意見があります。私は医学者ではないので医学的見地からこの意見が正しいものかどうかは知りませんが、仮にこの説が科学的に正しいものだと証明されたとしても、世の中はこの説を大々的に広めることはしないでしょう。なぜなら認知症に罹る人は全員怠け者だという見立てになって、社会全体が罹患者や死者、その家族を鞭打つ事態になりかねないからです。病気による差別というわけです。

 ですが社会全体の健康にとっては、この真実(仮に真実とした場合ですが)を万人に知らしめた方がいいに決まっています。予防に役立つわけですから。しかしその場合は、認知症の罹患者やその家族が社会から「怠け者」とバッシングを受けることで犠牲になってもらわなければなりません。

 仮定の話にしては残酷ではありますが、こういう思考は算命学の十八番です。怠け者とは、算命学に云わせれば、持って生まれた星を輝かせる努力をしない人のことです。こういう人は自然が「この世に必要なし」と見做してきれいに淘汰してくれるものなのですが、手法としては、その人の寿命を前倒しにしたり、前倒しにできない場合は介護で近親者を苦しめたりするのが自然の習わしです。

 なぜ近親者を苦しめるのか? 本人が星を消化できないなら、近親者に肩代わりさせるしかないからです。近代の法律は親の罪や借金を子が引き継ぐ必要はないとしているので、現代人は勘違いしやすいのですが、宿命の未消化分はその人の子供や配偶者といった近親者が肩代わりするものなのです。そうしないと自然の調和が保てませんので。そうと知っていれば、人はいやでも奮起して自分の宿命消化に勤しみ、そうそう怠けようなどという気は起きなくなるのではないでしょうか。

 古今東西、怠け者はどうして非難されてきたのでしょう。もしかしたら人類が、算命学以前にその蓄積した世間知によって、怠惰が家族の不幸につながることを明確に知っていたからかもしれません。

 

 認知症の原因が怠惰であるとする説が面白いと思ったのは、それが世間一般に肯定されている世間知から類推されて出てきた見解だからです。長く使っていない道具が錆びて使えなくなることを我々は知っていますが、同じように筋肉は使っていなければ落ちていくし、顎や歯は柔らかいものばかり食べていると弱くなるし、骨は重いものを持つなど負荷をかけないと脆くなる。骨折した骨は、リハビリという負荷を与えることによって回復を早めるのですし、適度に運動をしないと心肺も血行も悪くなって健康を損ねます。みんな知られていることです。これがどうして脳みそに当てはまらないと言えるでしょう。

 その説によれば、現代人は生活が豊かになりすぎたことで、脳みそを使う機会が減ってしまったということです。脳みそを使わないということは、頭を使わないという意味だけでなく、運動もしなくなったということ、即ち怠惰になったということです。

 昔は水を飲むにも遠くへ水汲みに行ったり井戸でぎこぎこやったりし、火を起こすのも知恵やコツが必要で、現在のようにボタン一つ押せばすぐにというものではありませんでした。荷物は肩に担いで徒歩で運んでいたし、早く移動するには動物を乗りこなす技能が必要でした。電気がないから夜は暗く、仕事は明るいうちに段取りよく済ませる手際が必要でしたし、農作業には季節や天候を読み解く知恵や感覚が必要でした。つまり昔は不便だったお蔭で日常生活で脳みそが休むヒマはなく、頭も体も怠けているヒマはなかった。

 しかし現代社会は便利を追求した結果、一日中座ったままボタンをクリックするだけで生存に必要な物がすべて手に入る生活を手に入れ、極端な話、指一本あれば快適に生きていけるようになってしまいました。その結果、現代人は運動不足による肥満や糖尿病を患い、脳の運動不足により認知症を発症した、というわけです。手足を動かさなくなった人類は脳みそをいくらも使わなくなったので、使わない道具と同様に脳は錆びた。それが認知症発症の仕組みだというわけです。

 

 算命学は自然現象に則した類推を重視する学問なので、このような論の組み立てには好意的です。使わない道具が錆びるのと、使わない脳が委縮するのと、運動不足の体がなまるのと、消化していない星がくすむのは、自然現象としてどれも同じ理屈なのです。

 ところで私はダイエットというものを一度もしたこともなければする必要性も感じておりませんが、世の女性がダイエットに明け暮れながらちっとも成果を上げられないことがいつも不思議です。成果が上がらないということは手法が間違っているということなのだから、早く気付いてやめればいいのにと思うのですが、次から次へと湧いて出るダイエット方法に皆さんが飛びつき、あえなく撃沈を繰り返しているのが不思議でなりません。だって痩せたいなら方法はたった一つで済むはずです。食べなければいいのです。

 太るのは体が必要とする以上に食べているからなので、量を減らせば済むことです。そして皆さん「それができれば苦労しない」と反論するのですが、私に言わせればどうしてそれができないのかが不思議です。それができないということは、つまり脳みそがイカレているということに他なりません。満腹中枢が機能不全に陥っている、つまり脳に障害があるということです。そんな脳みそを抱えていては、小手先のダイエット方法をあれこれ変えたところで効果がなくて当然です。

 

 はっきり言いましょう。ダイエットできない人は頭が悪いのです。あまりに長いこと使わないできた脳みそが錆びて、満腹を知らせるセンサーが壊れたから、食欲を抑えられないのです。「そんなことはない、自分は毎日職場に通って働いているし、ストレスも受けているし、毎日疲れて帰ってきて、楽しみといえば食事くらいだ。」そんな反論の声が聞こえてきそうですが、その日常生活の活動量は、今のように便利でなかった時代の人類の日常生活の活動量に勝るものだと思いますか。

 野山を駆け巡って猪を追っていた原始人と比べても、血流はどう考えても現代人の方が劣ります。血流が少ないということは、取り入れる酸素も栄養素も少なくていいということです。現代人は、せっかくアスリート並みのスペックの肉体を持って生まれているのに、実際はいくらも運動していない。運動しないから脳みそも錆びる。その結果の肥満であり糖尿病であり認知症なのだ、というのが算命学の見解です。

 

 尤も、かく言う私もたまに生菓子にはまることがあります。菓子に含まれる砂糖や油脂が健康に悪いことは知っているのでなるべく食べないようにはしているのですが、砂糖や油脂には中毒性があるので一度食べ始めると暫く食べ続けてしまう。体に悪いと判っていてもつい買ってしまう。そこでこう思いました。

「砂糖や油脂の中毒性に屈するように人間の体が作られているということは、これもまた自然の理なのだ。もし人類が洩れなく健康で、いつまでも死なず寿命が延びに延びて百歳が当たり前となった場合、スーパー高齢化社会のため国家は破綻するであろう。高齢者を支えるために中年層がこき使われ、子づくりする余裕もなく、子供の数は更に減るであろう。人類の過度な健康は、人類全体の存続を危ぶませるものなのだ。だから自然は人類にイカレやすい脳みそを与え、必要以上のカロリー摂取がやめられないロークオリティな頭を授け、人類自ら個々の死期を早めることによって人類社会全体の寿命を延ばそうとしているに違いない。」

 皆さんはこの算命学的仮説に賛成ですか。

 

 今回のテーマは人間の悩みについてです。ダイエットに係る悩みについてはぶった切ってしまいましたが、もう少し真面目に、人はなぜ悩むのか、悩みとはそもそも何なのか、算命学の立場から考察してみます。

 当ブログの機能として検索ワードのランキングが見られるようになっているのですが、その中で一番多いのが「干合」と「律音・納音」です。意外と「天中殺」が少ないのは、もう世に知られているワードだからかもしれません。今回はこのうちの納音(なっちん)についても少し触れます。


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最終更新日 : 2017-06-09 18:09:46

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