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ハンマーとイエローサブマリン

 これは釘を打つ道具ですか。

 いいえ、これはネズミを潰す道具です。多くの場合、うまくヒットすれば身動きがとれなくなり、あとは頭蓋骨を砕くだけでおしまいです。ところでこれと言うのは金属片に木材の突き刺さったこれのことで間違いないですね。

 いいえ、こちらの黄色いアーモンド状の形をしたモノのことです。

 失礼しました。こちらはイエローサブマリンです。みんなで楽しい旅をする潜水艦です。バンド演奏も加わって何不自由なく楽しく暮らせる潜水艦です。

 それはあまり魅力的ではないですね。

 そうですか。なぜでしょう。

 私は今三本の釘が打ちたいのです。それならば金属片に木材の突き刺さったこれのほうが向いているかと思いますよ。

 でも、これはネズミを潰す道具ですよね。

 イエローサブマリンよりはるかに釘が打ちやすいかと思います。

 ほかに何か釘を打つのに適当な道具はありませんか。

 うちにはネズミを潰す道具とイエローサブマリンしかありません。

 それではほかのお店にあたるとしましょうか。

 おそらくどこのお店に行っても釘を打つための道具なんてありませんよ。

 大抵のニンゲンはネズミを潰す道具で釘を打つものです。

 しかし、ネズミを潰す道具で釘を打つなんてあまり気持ちのいいものではないですね。

 ところで、おたくは今までどのようにして釘を打っていたのですか。

 私の右手は釘を打つのにとても良い形状をしていたのですが、先日事故を起こしまして。ほらこのように手首からポッキリ。

 これはこれは大変なことです。

 ネズミを潰す道具というよりはイエローサブマリンに似た形状をしていました。

 はてさて、そちらの左手は実にネズミを潰す道具と似た形状をしているではありませんか。

 私はネズミなど潰しません。

 いえいえ、左手で釘を打ってみてはいかがでしょうか。

 なるほど、確かにそうかも知れません。実は長いこと右手で釘を打つことに疑問を感じておりました。

 あなたの右手はイエローサブマリンだったのかも知れませんよ。みんなで楽しい旅をする潜水艦です。バンド演奏も加わって何不自由なく楽しく暮らせる潜水艦です。

 それはとても魅力的ですね。

 あなたの右手をこちらを新調してはいかがでしょう。

 確かにポッキリ折れてしまった右手よりもにぎやかそうです。

 今なら取り付けるための釘三本もサービスしますよ。


転校生

「俺ならばそうは描かない」

 筆を握って首を振る。青とか、赤とか、黒とか、山吹とかさ。もっともっと色を散らすよ。窓からはカバが顔を出して、枝にはタコなんか頭足類がぶら下がっていても悪くない。

「オトナはさ、そういうのを求めているのだから」

 クリムトは眉を顰めた。

「そうだよ。オトナはそんな俺たちの絵が好きなんだ」

 そうすれば、いつまでも眺めていたい絵ですなんて、絵画としては最大級の誉め言葉が添えられる。クリムトは器用なんだけど、どうも要領が悪い。

「この前なんてさ、リレーの練習で前のヤツが転けたから、俺、その場で立ち止まったんだ。なんでか分かるか?」

 クリムトは首をかしげた。

「あれはちょっと露骨だったかな」

 俺は転校生のクリムトに小学生としての立ち振る舞いを教える。きっと俺たちは仲良くなる。こういう誰が見てもいい感じの絵を描いてしまう奴、ちょっと羨ましくもあるけれど、嫌いではないんだ。

 

お題:クリムト作「北オーストリアの農家」


穏やかな生活

 幸せかと聞くあなたは何を期待したのか。家畜らとボロ小屋で暮らしている。あいつらはブーブー、そいつはモー。こいつのタマゴを茹で、そいつの乳を吸う。そして、一九〇〇年頃だったろうか、キャンバスに筆を入れた。この穏やかな生活を描いておくのも悪くないと思ったのだ。マゼンタはそいつの健康的な血、シアンはあいつを絞めたチアノーゼ、イエローはこいつのタマゴ。私は幾度も色を重ねた。絞めたなら勿論いただく。肉は代謝を活発にし、皮は身体を温めた。臓器は冷凍保管しよう。いずれ役立つと直感したのだ。長生きを望んだことはないが、死を急ぐ必要もなかった。春は春の色、秋は秋の色、キャンバスは生命体のように表情を変えた。気づけば、色を重ねはじめてから一世紀を越えた。孤独を感じたことはない。実際、孤独ではないのだ。臓器のほとんどはあいつらのものと入れ替えた。そして、皮だって同じものを羽織っているのだ。

 

お題:クリムト作「北オーストリアの農家」


名画

 すごいね。名画だね。これは真似できないね。で、いくらするの。そんなにするの。俺の家より高いじゃないないの。宝くじが当たったって変えないよ。一般人の生涯年収っていくらか知ってんの。こんな絵が家に飾ってあったらいいね。でも、ウチに飾ったら名画に箱かぶせたみたいになっちゃうね。そりゃそうだよ。ウチ中古マンションだもん。駅ちかでもないしさ。ヘタすればこの金額で一棟買えちゃうんじゃないの。こんなウチにはとても飾れない。貰ったってヤフオクに出しちゃうよ。金額の上限ってあるんだっけ。昔タイムマシンが一〇兆円だか一〇〇兆円だかで出品されてたよね。入札したヒトがいるんでしょ。阿呆だね。でも、欲しいよね。タイムマシン。きっと引き出しかデロリアンだよね。未来に行ってさ、スポーツ年鑑買って帰るの。そんでボロ儲けしたら名画買えるよ。そういえば、ビフってトランプがモデルだって知ってた。ねぇ、そろそろ次の名画行く?

 

お題:クリムト作「北オーストリアの農家」


A Rock & Roll Fable

 俺がロックンロールをはじめてから長い時が流れた。欲しいものなんて分からない。それでもどうして手に入れるかは知っていた。おまえたちを揺さぶってやる。敗者にくれる時間なんてないんだ。その長く曲がりくねった道の先で、たった一日だけのヒーローになった。

 俺たちの世代の話をしようか。空白の時代に生きているんだ。すべての若き野郎ども、いい知らせを頼むよ。混血、アルビノ、蚊、俺のリビドー。赤い扉を見ると、黒く塗りつぶしたくなるんだ。

 俺が見える?

 俺が聞こえる?

 俺を感じるかい?

 そして、いつしかロックンロールは定着した。彼女がヒッチハイクで大陸を横断してきたのはその頃だ。途中で眉を整え、すね毛を剃って「彼」から「彼女」になった。

 さぁ、手を差し出して、君は素晴らしい。手を伸ばすんだ。君は一人じゃない。俺は完全にやられちまった。ほったらかしはないだろう。錆びついてしまうより、燃え尽きてしまいたいんだ。



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