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飲み水ではありません。~Do Not drink.

 北大阪急行のシートで項垂れる。

「どうしたんすか。なんか、らしくなかったっすね」

 重要な競合案件で凡ミスを繰り返した。いい回答なんて得られないだろう。こいつと東京まで帰るのも気が重い。

「俺、こっちで泊まってくわ」

「具合悪そうっすね」

「今日は悪かったな」

 朝の新幹線で気まぐれを起こしたのだ。手洗いには決まって書いてある「飲み水ではありません。Do Not drink.」一体どんな水なんだ?俺は手に救って口へと運んだ。味は普通だった。

「朝は平気そうでしたけどね」

 まだ飲む前だからな。

「昼飯が悪かったんすかね」

 おまえと同じ牛丼+生卵だろ。

「面会前はスゲー気合い入ってたのに」

 実は力を与える水なのではと愚考したのだ。

「プレゼンの鬼が噛み噛みでしたもんね」

 下痢するんじゃないかと思うのが普通だろ。

「全部、気のせいなんだろ」

「は?」

 そんなことは分かっていたさ。


尻の根

 いい風だ。猛暑が続いたが盆休み最終日に多少は落ち着いた。河原でランチなんて彼女の提案に乗り気になれなかったが、風の流れる木陰は思いのほか過ごしやすかった。

 唐揚げを摘まんでおにぎりを齧る。冷たい烏龍茶で一息。河辺には人工池で釣りをする少年。ミニチュアダックスにボールを投げるスキンヘッドの巨漢。多くのヒトが思い思いに過ごす。俺は陸橋を渡る列車を指差し、今年の春から運行された新型だなんて蘊蓄を垂れた。

 明日からまた仕事だが、二日もすればすぐ休み。連休明けはこんなスローテンポが丁度いい。

「お尻に根っこが生えちゃったんじゃない」

「かもね」と鼻で笑う。

 少年がミニチュアダックスを抱えあげた。彼らは親子だったのか。

「そろそろ行くわ」

 彼女は立ち上がり巨漢と少年に手を振った。驚いて立ち上がろうとするが、尻にはびっしりと張られた根。彼女は振り向き微笑んだ。

「たまには水をあげにくるからね」


冷やしたぬき

 それが俺。あだなだとかそんなことではない。実際、俺は冷えた汁に浸り、頭から天かすが散らされている。茹でられ冷水でしめられたばかりの俺は、その短い存在と時間を了解する。割り箸と一緒にお盆の上に差し出されたならば、一本一本が誰かの口の中へと啜り上げられていく。そして、うどんと一緒に飛び出した天かすがコリコリと音を立てるだろう。冷やしたぬきの醍醐味は歯ごたえのある天かすにあると思うよ。だから、なるべく早く平らげたほうがいい。音も気にせずズリズリと啜り上げればいい。欧米人は行儀が悪いと言うけれど、そもそも麺を啜るテクニックを持ち合わせていないのだ。啜り食いをして来なかったのだから仕方ない。冷やしたぬきを啜れる人生と啜れない人生のどちらが豊かであるか。その答えはお盆を持った君の瞳の輝きが物語っている。さあ、召し上がれ。そして、最後の天かすまでが君を満たした時、俺は冷やしたぬきを全うするのだ。


こそどろ

 家族構成は調査済み。この時間、マンションには小僧が一人だと知っていた。

「簡単にドアを開けちゃ駄目じゃないか」

 こそどろは嫌らしい笑みを浮かべながらも、眉間に力を込める。

「ママは?」

 小僧は凍てついて阿呆面を晒す。

「口が聞けないのか?そんなことはないだろう。パパは?」

 すると、激しく首を振った。

「そこは大きく否定するんだな」

 こそどろは一安心。顔が弛緩すると鼻の下で結わいた唐草模様の手拭いが緩む。

 こんなに分かりやすい格好をしてやったのに、スコープも覗かずにドアを開けたな。

「ママは一体どんな教育してんだ?」

「ママはね、もうママって呼ぶなって言う癖に、自分のことをママって言うよ。パパもだね」

 こそどろは目をしばたたく。すると、階下から響く男達の靴音。

 気づけば小僧の手には携帯端末。

「おまえが呼んだのか?」

 こそどろは目を丸めた。

「またいつか一緒に暮らそうよ」


吊り革

 車に揺られながら、シートで酔いつぶれたサラリーマンを見下ろしていた。湯気のたつ饅頭のような男。吊り革に掴まって疲れた身体をぶら下げていると、湯気が目に入り酷くしみた。思わず手を滑らせ、その醜い腹に頭からめり込む。跳ね返る。バカな。あまりの勢いで跳ね返ったものだから、爪先立ちになってバレリーナのように反転。反対側の吊り革を掴んだ。

 驚いた。反対側のシートにも同じような饅頭男がだらしなく眠っていた。双子のように瓜二つ。反転したと思ったが一回転だったのか。いや、饅頭男のとなりに座る不機嫌な女が違う。こんな真っ赤な女ではなかった。唖然としていれば、再び手を滑らせ、その醜い腹にめり込む。跳ね返る。爪先で立ちあがり反転。元の吊り革に戻った。

 驚いた。男は血を噴いてのびていた。となりの不機嫌な女は血を浴びて真っ赤に染まっている。俺は目を丸める。そして、また手を滑らせた。



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