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A Rock & Roll Fable

 俺がロックンロールをはじめてから長い時が流れた。欲しいものなんて分からない。それでもどうして手に入れるかは知っていた。おまえたちを揺さぶってやる。敗者にくれる時間なんてないんだ。その長く曲がりくねった道の先で、たった一日だけのヒーローになった。

 俺たちの世代の話をしようか。空白の時代に生きているんだ。すべての若き野郎ども、いい知らせを頼むよ。混血、アルビノ、蚊、俺のリビドー。赤い扉を見ると、黒く塗りつぶしたくなるんだ。

 俺が見える?

 俺が聞こえる?

 俺を感じるかい?

 そして、いつしかロックンロールは定着した。彼女がヒッチハイクで大陸を横断してきたのはその頃だ。途中で眉を整え、すね毛を剃って「彼」から「彼女」になった。

 さぁ、手を差し出して、君は素晴らしい。手を伸ばすんだ。君は一人じゃない。俺は完全にやられちまった。ほったらかしはないだろう。錆びついてしまうより、燃え尽きてしまいたいんだ。


飲み水ではありません。~Do Not drink.

 北大阪急行のシートで項垂れる。

「どうしたんすか。なんか、らしくなかったっすね」

 重要な競合案件で凡ミスを繰り返した。いい回答なんて得られないだろう。こいつと東京まで帰るのも気が重い。

「俺、こっちで泊まってくわ」

「具合悪そうっすね」

「今日は悪かったな」

 朝の新幹線で気まぐれを起こしたのだ。手洗いには決まって書いてある「飲み水ではありません。Do Not drink.」一体どんな水なんだ?俺は手に救って口へと運んだ。味は普通だった。

「朝は平気そうでしたけどね」

 まだ飲む前だからな。

「昼飯が悪かったんすかね」

 おまえと同じ牛丼+生卵だろ。

「面会前はスゲー気合い入ってたのに」

 実は力を与える水なのではと愚考したのだ。

「プレゼンの鬼が噛み噛みでしたもんね」

 下痢するんじゃないかと思うのが普通だろ。

「全部、気のせいなんだろ」

「は?」

 そんなことは分かっていたさ。


尻の根

 いい風だ。猛暑が続いたが盆休み最終日に多少は落ち着いた。河原でランチなんて彼女の提案に乗り気になれなかったが、風の流れる木陰は思いのほか過ごしやすかった。

 唐揚げを摘まんでおにぎりを齧る。冷たい烏龍茶で一息。河辺には人工池で釣りをする少年。ミニチュアダックスにボールを投げるスキンヘッドの巨漢。多くのヒトが思い思いに過ごす。俺は陸橋を渡る列車を指差し、今年の春から運行された新型だなんて蘊蓄を垂れた。

 明日からまた仕事だが、二日もすればすぐ休み。連休明けはこんなスローテンポが丁度いい。

「お尻に根っこが生えちゃったんじゃない」

「かもね」と鼻で笑う。

 少年がミニチュアダックスを抱えあげた。彼らは親子だったのか。

「そろそろ行くわ」

 彼女は立ち上がり巨漢と少年に手を振った。驚いて立ち上がろうとするが、尻にはびっしりと張られた根。彼女は振り向き微笑んだ。

「たまには水をあげにくるからね」


冷やしたぬき

 それが俺。あだなだとかそんなことではない。実際、俺は冷えた汁に浸り、頭から天かすが散らされている。茹でられ冷水でしめられたばかりの俺は、その短い存在と時間を了解する。割り箸と一緒にお盆の上に差し出されたならば、一本一本が誰かの口の中へと啜り上げられていく。そして、うどんと一緒に飛び出した天かすがコリコリと音を立てるだろう。冷やしたぬきの醍醐味は歯ごたえのある天かすにあると思うよ。だから、なるべく早く平らげたほうがいい。音も気にせずズリズリと啜り上げればいい。欧米人は行儀が悪いと言うけれど、そもそも麺を啜るテクニックを持ち合わせていないのだ。啜り食いをして来なかったのだから仕方ない。冷やしたぬきを啜れる人生と啜れない人生のどちらが豊かであるか。その答えはお盆を持った君の瞳の輝きが物語っている。さあ、召し上がれ。そして、最後の天かすまでが君を満たした時、俺は冷やしたぬきを全うするのだ。


こそどろ

 家族構成は調査済み。この時間、マンションには小僧が一人だと知っていた。

「簡単にドアを開けちゃ駄目じゃないか」

 こそどろは嫌らしい笑みを浮かべながらも、眉間に力を込める。

「ママは?」

 小僧は凍てついて阿呆面を晒す。

「口が聞けないのか?そんなことはないだろう。パパは?」

 すると、激しく首を振った。

「そこは大きく否定するんだな」

 こそどろは一安心。顔が弛緩すると鼻の下で結わいた唐草模様の手拭いが緩む。

 こんなに分かりやすい格好をしてやったのに、スコープも覗かずにドアを開けたな。

「ママは一体どんな教育してんだ?」

「ママはね、もうママって呼ぶなって言う癖に、自分のことをママって言うよ。パパもだね」

 こそどろは目をしばたたく。すると、階下から響く男達の靴音。

 気づけば小僧の手には携帯端末。

「おまえが呼んだのか?」

 こそどろは目を丸めた。

「またいつか一緒に暮らそうよ」



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