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穏やかな生活

 幸せかと聞くあなたは何を期待したのか。家畜らとボロ小屋で暮らしている。あいつらはブーブー、そいつはモー。こいつのタマゴを茹で、そいつの乳を吸う。そして、一九〇〇年頃だったろうか、キャンバスに筆を入れた。この穏やかな生活を描いておくのも悪くないと思ったのだ。マゼンタはそいつの健康的な血、シアンはあいつを絞めたチアノーゼ、イエローはこいつのタマゴ。私は幾度も色を重ねた。絞めたなら勿論いただく。肉は代謝を活発にし、皮は身体を温めた。臓器は冷凍保管しよう。いずれ役立つと直感したのだ。長生きを望んだことはないが、死を急ぐ必要もなかった。春は春の色、秋は秋の色、キャンバスは生命体のように表情を変えた。気づけば、色を重ねはじめてから一世紀を越えた。孤独を感じたことはない。実際、孤独ではないのだ。臓器のほとんどはあいつらのものと入れ替えた。そして、皮だって同じものを羽織っているのだ。

 

お題:クリムト作「北オーストリアの農家」


名画

 すごいね。名画だね。これは真似できないね。で、いくらするの。そんなにするの。俺の家より高いじゃないないの。宝くじが当たったって変えないよ。一般人の生涯年収っていくらか知ってんの。こんな絵が家に飾ってあったらいいね。でも、ウチに飾ったら名画に箱かぶせたみたいになっちゃうね。そりゃそうだよ。ウチ中古マンションだもん。駅ちかでもないしさ。ヘタすればこの金額で一棟買えちゃうんじゃないの。こんなウチにはとても飾れない。貰ったってヤフオクに出しちゃうよ。金額の上限ってあるんだっけ。昔タイムマシンが一〇兆円だか一〇〇兆円だかで出品されてたよね。入札したヒトがいるんでしょ。阿呆だね。でも、欲しいよね。タイムマシン。きっと引き出しかデロリアンだよね。未来に行ってさ、スポーツ年鑑買って帰るの。そんでボロ儲けしたら名画買えるよ。そういえば、ビフってトランプがモデルだって知ってた。ねぇ、そろそろ次の名画行く?

 

お題:クリムト作「北オーストリアの農家」


A Rock & Roll Fable

 俺がロックンロールをはじめてから長い時が流れた。欲しいものなんて分からない。それでもどうして手に入れるかは知っていた。おまえたちを揺さぶってやる。敗者にくれる時間なんてないんだ。その長く曲がりくねった道の先で、たった一日だけのヒーローになった。

 俺たちの世代の話をしようか。空白の時代に生きているんだ。すべての若き野郎ども、いい知らせを頼むよ。混血、アルビノ、蚊、俺のリビドー。赤い扉を見ると、黒く塗りつぶしたくなるんだ。

 俺が見える?

 俺が聞こえる?

 俺を感じるかい?

 そして、いつしかロックンロールは定着した。彼女がヒッチハイクで大陸を横断してきたのはその頃だ。途中で眉を整え、すね毛を剃って「彼」から「彼女」になった。

 さぁ、手を差し出して、君は素晴らしい。手を伸ばすんだ。君は一人じゃない。俺は完全にやられちまった。ほったらかしはないだろう。錆びついてしまうより、燃え尽きてしまいたいんだ。


飲み水ではありません。~Do Not drink.

 北大阪急行のシートで項垂れる。

「どうしたんすか。なんか、らしくなかったっすね」

 重要な競合案件で凡ミスを繰り返した。いい回答なんて得られないだろう。こいつと東京まで帰るのも気が重い。

「俺、こっちで泊まってくわ」

「具合悪そうっすね」

「今日は悪かったな」

 朝の新幹線で気まぐれを起こしたのだ。手洗いには決まって書いてある「飲み水ではありません。Do Not drink.」一体どんな水なんだ?俺は手に救って口へと運んだ。味は普通だった。

「朝は平気そうでしたけどね」

 まだ飲む前だからな。

「昼飯が悪かったんすかね」

 おまえと同じ牛丼+生卵だろ。

「面会前はスゲー気合い入ってたのに」

 実は力を与える水なのではと愚考したのだ。

「プレゼンの鬼が噛み噛みでしたもんね」

 下痢するんじゃないかと思うのが普通だろ。

「全部、気のせいなんだろ」

「は?」

 そんなことは分かっていたさ。


尻の根

 いい風だ。猛暑が続いたが盆休み最終日に多少は落ち着いた。河原でランチなんて彼女の提案に乗り気になれなかったが、風の流れる木陰は思いのほか過ごしやすかった。

 唐揚げを摘まんでおにぎりを齧る。冷たい烏龍茶で一息。河辺には人工池で釣りをする少年。ミニチュアダックスにボールを投げるスキンヘッドの巨漢。多くのヒトが思い思いに過ごす。俺は陸橋を渡る列車を指差し、今年の春から運行された新型だなんて蘊蓄を垂れた。

 明日からまた仕事だが、二日もすればすぐ休み。連休明けはこんなスローテンポが丁度いい。

「お尻に根っこが生えちゃったんじゃない」

「かもね」と鼻で笑う。

 少年がミニチュアダックスを抱えあげた。彼らは親子だったのか。

「そろそろ行くわ」

 彼女は立ち上がり巨漢と少年に手を振った。驚いて立ち上がろうとするが、尻にはびっしりと張られた根。彼女は振り向き微笑んだ。

「たまには水をあげにくるからね」



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