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退屈の行き着く先に窮屈あり

 

気付けば通勤の車中が安らぎの空間になっている。

「 何でこんなになっちまったかなぁ・・」

愛車を投げ打ってまで結婚生活を繋いでくれた"葵"に感謝して止まなかったはずなのに、喧嘩ばかりしている。

「 喧嘩しない様にしないとな・・」

せめてもの決意を抱く。
 
喧嘩というものは、どちらが正しくとも間違っていようとも、心は痛み、そして疲れるものである。

( もう嫌だ・・)
 
そう思う。
 
しかし、そこに具体的な策は無い。似た様な喧嘩を又繰り返してしまうのだろう。

「 はぁ・・」

溜息が出る。
 
 

予兆

 

「 一生守って行くからね・・」

と誓ったはずなのに、我慢ばかりが増えてしまった"小鳥"は、"葵"を束縛するばかりか、
 
( 何で俺がこんなに我慢しなきゃならんで・・)
 
その感情をついつい"葵"にぶつける様になった。
 
喧嘩をしない様にと思っているのに、まるで行動が逆に向かう。
 
そんな事を繰り返していると、"葵"が体の不調を訴えた。
 
「 あのさぁ、背中の辺りが何だか痛むんだよね・・」

「 ん? 揉んでやろうか?」

「 うん・・」

「 どれ、ほいだらここに横になれし・・」

妙に素直な"葵"。

" モミモミ "

調子に乗って柔肌の女体にアプローチを掛けてみる。

「 あのさぁ、マジでえらいだっちことぉ・・」

「 ほ、ほうけ、ごめん・・」

拒絶に勢いは無い。

「 どうで?」

「 うん、少し楽になった。ありがとう・・」

表情が重い"葵"を見つめる"小鳥"は、急に心配が込み上げて来た。

「 ビール飲むけ?」

咎めて来たはずのビールを勧める。

「 いいの?」

この一言に、"葵"なりに気を使っていたのだと気付く。

「 ちっと待ってろし、今持って来るわ・・」

" ドタドタ・・"

「 ほぃっ 」

「 ありがと・・」

「 好きなだけ飲んで寝ちまえし・・」

「 ううん、大丈夫、それより・・」

「 ん?」

「 何だか今日は優しいね・・」

「 ほうけ?」

「 うん、アタシね、"リー(小鳥)"ちゃんの優しさが好きだったから・・」

「・・・」

わざとらしさの無い静かな物腰。

「 悪かった・・」

とても素直に言葉が出ていた。

五感を頼りに生きる人間として、その五感が些細も取り逃すまいとして集中を高める時、それはつまり、何処と無く嫌な予感が漂う時で、まさにこの時、"小鳥"は何かが迫って来る様な妙な不安を感じずにはいられなかった。
 
 

ちくしょう

 

翌朝。
 
"小鳥"が目を覚ますと"葵"はすでに台所に立っていた。

( ほっ・・)

いつも通りである事に安心して起き出す。

「 おはよう・・」

「 おはよう・・」

「 どうで? 具合は良くなったけ?」

「 う、うん・・」

少し躊躇した"葵"の顔色は良いとは言えず、しかも、いつも通りを裏切るかの様に、家事をこなす動きは何かをかばう様に重々しい。

「 痛むけ?」

「 うん、背中の辺りがだるいっていうか何か鈍く痛むっていうか・・」

「 ほいじゃぁ病院に行ったほうがいいら、顔色もあんま良くねぇし・・」

「 ううん大丈夫、夕べ眠れなかったから、ちっと疲れてるだけ・・」

「・・・」

表情を少し歪めて動く"葵"の痛々しさに、それを解消してやれぬもどかしさに、ただ無言で佇んでいると、

「 "リー(小鳥)"ちゃんが出掛けたら日中横になってるから大丈夫だっちことぉ・・」

"葵"は苦く笑った。

「 あぁ・・」

取り敢えず、いつも通りに出社に向けて支度に取り掛かる。

夜のバイトをしていた頃、

「 "リー(小鳥)"ちゃんが働いてくれてるのに、アタシが寝て待ってる訳にはいかない・・」

そう言っていた"葵"を思い出す。
 
自ら寝て待つと口に出すという事は、よっぽどの事態なのだ。

( 俺は何をいい気になっていたんだ・・)

"葵"の健気な部分を完全に見失い、粗探しばかりをしていた事を悔やむ。

「 "イー(葵)"ちゃん、もしもひどくなるようだったらすぐに電話よこせし・・」

「 えっ 」

「 早退して病院に連れてくから・・」

「 う、うん・・」

いつもより弱弱しくとも、"葵"は確かな微笑みを見せた。

「 じゃぁ、行ってきます 」

「 うん、気を付けてね 」

「 あぁ・・」

最初の二人に戻っていた。

( ちくしょう・・ こんな事にならんきゃ気付かないなんて・・)

"小鳥"は深い所から自分を責めた。
 
 

健康の崩れ

 

"葵"からの連絡は無い。
 
仕事を終えた"小鳥"は、"葵"の容態が改善した事を予感して帰宅した。

「 ただいまぁ・・」

「 おかえりぃ・・」

「 具合はどうでぇ?」

「 うん、大丈夫だよ・・」

"葵"の様子は、言葉とは合致していない。

「 "イー(葵)"ちゃん、何で連絡よこさんかったでぇ! 具合悪いズラァ?」

「 大丈夫だっちことぉ、昨日より全然楽だからぁ・・」

そう言って夕飯の仕度をする"葵"の動きは、やはり辛そうである。

「 "イー(葵)"ちゃん・・」

「 ん?」

「 ごめんねぇ・・」

「 何が?」

「 病院代を気にして、俺に迷惑掛けないようにしてるだよね?」

「 ちがうちがう、本当に、えっ?」

"小鳥"は、瞬間に"葵"を抱きしめていた。

「 "イー(葵)"ちゃん、頼むから病院に行ってくれんけ? 金がいくらあったって、"イー(葵)"ちゃんに何かあったら何の意味もねぇだよ?」

「・・・」

具合の悪い"葵"を残して仕事に出た"小鳥"も又、家計を気にして稼ぎを減らすまいとしてだったが、隠そうとしても隠し切れない痛みを引きずる"葵"を目の前にしては、金の当てが無くとも何より"葵"の健康を望んで止まない。

そんな"小鳥"をどう感じたか。

「 わかった、一回ちゃんと診てもらうよ・・ 心配掛けてごめんね?」

"葵"は病院に行く事を約束した。
 
 

はじまり


「 "イー(葵)"ちゃん、俺のせいでごめん・・」

喧嘩はしていない。ただ、こんな言葉が素直に出る。

「 何なにぃ~、"リー(小鳥)"ちゃんは関係無いって・・ アタシがババァなだけ・・」

「 いや、俺が色々とちっせぇ事を言って苦しめたからだよ・・」

「 "リー(小鳥)"ちゃんは悪くないよ・・ いっつも喧嘩になっちゃうけど、アタシの事を心配してくれてるって事はわかってたし・・」

"葵"の反応も、喧嘩とは程遠い。

 
押さえ付けようとすれば反発して来たのに、それをしなければ寄り付く不思議。

" 押して駄目なら引いてみな "

そんな言葉が身に染みる。

( なるほどな・・)

アレコレともがいた末のこんな場面。

「 きっと大した事じゃないから、病院に行って薬をもらえば大丈夫だよ・・」

「 うん 」

"小鳥"は何の根拠も無い励ましを、まるで自分に言い聞かせる様に口にしていた。
 
 


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