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空想

 

( あぁ・・ もっとお金があればなぁ・・)

"マダム"がくれた二千円札が、"葵"との夜を和やかにしたのは確かだった。

( どうやったら毎日昼間っからパチンコ打って暮らせる様になるズラかぁ・・)

涼しげな表情でほぼ毎日訪れる"マダム"が羨ましくなる。

( 俺も毎日遊んで暮らしてぇよ・・)

今の所、汗を流しながら心に無理をして笑顔で働いている"小鳥"はそちら側では無い。どうしたらそちら側になれるのか。

ホールで誰より動いてみた所で、それに応じて手当てが付く事は無い。しかも副業が禁止である以上、それ以外の仕事をこなす訳にもいかない。早出や残業による手当てを期待しても、一日は漏れなく24時間で、そこに全人類の平等が敷かれている以上、どんなに我武者羅にがんばってみようとしても、睡眠や通勤、食事や脱糞に費やすマストタイムを差し引けば、働ける時間にはやはり限りがある。

( 俺だけ48時間にしてくれねぇかなぁ・・)
 
などと願ってみた所で、それが不可能である事は容易く理解している。

( はぁ・・)

行き着く所は溜め息。やはり地道にこつこつと今在る道を進むしか無いと思い直す。
 
しかし、

" ヒョィッ!"

( いかんいかん・・)

" ヒョィッ!"

( いかんいかん・・)

ふとした時の空想は、大金を掴んで"葵"と笑顔で過ごしている自分。その度に今という現実に自分を引き戻しては目の前の業務に身を注ぐ。
 
 

葛藤

 

毎月の給料は封を切らずに持ち帰る。
 
月に一度のこの日には、労いの言葉を添えて給料袋を両手でやや仰々しくも受け取ってくれる"葵"の姿をずっと期待し続けている。今まで一度も無いが諦めてはいない。
 
心無しか急ぎ足で帰路に着く。

「 ただいまぁ・・」

「 おかえりぃ 」

「 はい、これ 」

「 ん?はいはい 」

( 片手ってか・・)

何度目の事だろう。遂に"小鳥"の不満は爆発した。

「 あのさぁ、両手で受け取るとかさぁ、ありがとうとかさぁ・・」

「 あぁ、"リー(小鳥)"ちゃん、あ・り・が・と・う・ね!」

嫌味な振る舞いに見えた。

「 なんでぇその言い方は!」

「 そんな帰って来るなり、小っさい事でいちいち怒らんくたっていいじゃん!こっちだって毎日毎日安売りの広告見てさぁ、お母さんに援助してもらって何とかやり繰りしてて、考える事はいっぱいあるだってことぉ!、"リー(小鳥)"ちゃんにはいつも感謝してるし、毎日ろくなもん食わしてやれんくて申し訳無いって思いながら、それでも何とかやって行こうって思ってんのにさぁ、それを"リー(小鳥)"ちゃんが思ってる様な形で伝えなきゃならんだけぇ!」

"葵"は、真っ向勝負と言わんばかりに真剣な顔で睨み付けている。

「・・・」

"小鳥"は思わず黙り込んでいた。

" ドンッ、タンッ、ガチャンッ・・"

"葵"は荒々しく冷蔵庫を開けてビールを取り出すと、

" プシュッ、ゴクゴクゴク・・"

喉を鳴らして一気に飲み始めた。

( 分厚い札束を渡してる訳じゃねぇしなぁ・・)

苦しい生活を覆す様な期待を持てなければ、それが毎月の当然となってしまえば、"葵"の態度も仕方の無い事なのだと思い直す。

「 ごめんね・・」

「 アタシもごめんね・・」
 
"葵"も何かを汲み取っている様だ。

犬も食わないとされる夫婦喧嘩の後、

( おかぁちゃんにも迷惑掛けちまってんだなぁ・・)

反省という形で沈静化した"小鳥"は、

( 早く出世して、基本給を増やして・・)

今日の願いが今日には叶わぬ事を少し受け入れて、

( いつか必ず・・)

独り静かに、更なる闘志を燃やしていた。
 
 

土俵際の攻防

 

"マダム"は、

「 ちょっとぉ~」

「 ねぇ・・」

"小鳥"が通りすがるのを見つければ、カード購入やドリンクサービス、箱の上げ下ろしなどを実に気安く頼む。

「 出 ・ な ・ い!」

「 出 ・ し ・ て!」

" ニカッ "

とっても余裕の表情で負けをアピールして話し掛けて来るし、

" ツンツン・・"

他のお客との対応中にも"小鳥"のおしりをつついて来たりする。

( このままだと・・)

何かが何処かに向かって確実に進行している手応えに、

( もっと小遣い貰えるかも・・)

"小鳥"は低俗な期待をしてしまう。
 
( 金さえあれば・・)

苦しい生活を送り続ける事は、それはサウナに入り続ける事と似ている。

" 慣れればいつまでも "

というよりは、

" いつかは音を上げる "

という予感が強い。

( あのマダムとなら・・)

"小鳥"とて大人の一員であり、昼のドラマを見た経験だってあれば、金持ちのおばはんを抱いて報酬を貰う想像は容易く出来る。

しかしそんな時、決まって"葵"の顔がよぎり、

( 何を馬鹿な事を・・)

金が欲しくとも、"葵"が悲しむやり方では意味が無いと踏み止まる事を繰り返している。

 

隙間

 

ガソリン代を気にして引きこもる休日は、それを誤魔化す様に家事に没頭する"葵"を見ているのが辛くなる。
 
「 ちっと散歩に行ってくるわ・・」

"小鳥"は、よくアパートの周りをうろついては時間を潰す。

「 はぁ・・」

( 何とかならんかなぁ・・)

と空を見上げても、金が雨の様に降って来る事は無い。

「 俺が"イー(葵)"ちゃんを幸せにするからさ・・」

二人の沈黙を埋めようと無理に明るく振舞っても、

「 "リー(小鳥)"ちゃんは口ばっかじゃんけぇ 」

「 もうそういう話は聞きたくないっちことぉ 」

それは"葵"の感情を逆撫でし、

「 うるせぇよ!」

「 てめえは何様でぇ!」

ついつい言い返してしまえば、二人の空気はとても重くなるばかり。

研修期間を経て正社員となり、掲げた目標を一つずつ形にして歩んでいるはずなのに、
 
「 はぁ・・」
 
溜息が出る。
 
 

隙間産業

 

そんな状態に悩む"小鳥"を知ってか知らずか、

「 ねぇねぇ、今度飲みに付き合いなさいよぉ 」

"マダム"は、いよいよこんな誘いを掛けて来た。

「 えっ?」

「 ワタシとアナタで飲みに出掛けるのぉ・・ いや?」

「 お、おお、俺なんかでいいんすか?」

「 ふふ、いいに決まってるじゃない 」

"マダム"との絡みが心地の良いものになっていた"小鳥"には気後れがあった。

「 了解っすぅ 」

思わずこんな返事をしてしまう。
 
とは言え、"マダム"から具体的な場所や日時が告げられる事は無く、

( 冗談だろう・・)

という解釈に落ち着くと、邪念の一つとして振り払った。
 
 


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