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図 36_36

 

我が名は、



 時空潮汐力特等突破戦闘艦『シファリアス』



 さあ――、



 惑星よ、幾億の太陽よ、母なる無よ。



 応えて!



 全ての子たる、我らに。

 


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図 2_2





 「ただいま当新関西空港では、世界水泳2141開催地の神戸スーパーアイランドへの交通およびおすすめスポットのご案内を配信しております。

   ご案内は携帯端末のロケーションインフォメーションタグでご覧になれます。

   携帯端末サービスのカウンターは各フロア待合い広場の噴水脇にございます。

   どうぞご利用ください」

  

   放送が優しく、遙か遠くで歌のように聞こえる。

   空港での出会いと別れをテーマにした歌は、22世紀の今は、昔より増えたようだ。

   たしかによく考えれば、航空機を去っていく列車のようにゆっくりと目で追いかけることはできない。

   しかし、搭乗ゲートをくぐり、いくつも重なった窓の向こうで、セキュリティチェックを受け、搭乗時間まである時間の別れを惜しむ気持ちは独特だ。

   空港ではすぐに搭乗にならないのが、新たな叙情かもしれない。

   搭乗時刻が迫る中、荷物を預けたあとの別れを惜しむ会話。

   列車よりも遙か彼方へ旅立つ友。

   列車も、今では高速鉄道で対馬海峡架橋をへて欧州まで行けるのに、時間を考えて飛行機に乗るほうが格安チケットのために安く、多い。

   その友とは、ウェブを使えばいつでも連絡が取れる。

   仮想の都市もいくつもある。

   官公庁街を仮想化したSAISネットワークに、グローバルグリッドといった世界は、もはや仮想の地球を作っている。

  

   だが、それでも人は会い、別れる。

   人の進歩は、たしかにある。

   しかし、感じる心は、変わらない。

   空港ロビーのざわめきの中で、シファはそんなことを思いながら、透明素材で造られたドーム状の天井を透かし見た。

   空港と隣接する青空を突いてそびえ立つ巨大な新淡路立体都市。

   影を長くして太陽は落ちつつある。しかし、それにしても日の光が眩しい。

   熱遮蔽材をサンドイッチした透明プラスティックの外壁が、強い西日を弱めてはいる。

   だが、歩きながら袖口のボタンスイッチをしきりに操作し、着ている高機能性衣服の設定温度を更に下げて涼しくしようとする人々の姿が目につく。

   高機能性衣服には、着る人間の体温を下げる機能があるのだ。

   その上で空港内は空調が効いているはずなのだが、足早に行き来する人々の活気まで冷ますことは出来ない。

   巨大なホールの吹き抜けには『2141・神戸世界水泳』の巨大ホログラフィモニュメントが浮かんでいる。

   ここ新関西空港は大阪湾の西側に位置し、淡路島と22世紀日本の首都である超立体都市・新淡路市に隣接した、海に浮かぶ空港である。

   泉州沖の旧関西空港とはリニア鉄道で結び一体化されていて、新淡路市を中心とする大阪新首都圏への玄関としての機能を果たしている。

  

   二一四一年、夏の強い日差しが色濃く残る晩夏。

   シファとミスフィは、新関西空港のVIPルームに、ルプセム公国の王女を出迎えに来ている。

   これから1週間、日本に滞在する王女を守るよう、命令されたのである。

  

   シファたちは新関西空港の人混みに溶け込んでいた。

   そのスカイブルーのスーツ姿は、一見、人間の女性と殆ど変わりはない。

   ロシア・バイカル系の神秘さを湛えた美貌、やや高い背丈、光線の加減によっては金色に輝く微妙な色調の長い髪。

   瞳は二人とも大きく、かといって幼げでもなく。

   二十代半ばのココロと意志を秘めて、この屋内栽飾の緑が鮮やかな空港内をとらえている。

   シファの胸に輝く『スターティアー』と呼ばれる、大きな緑水晶のペンダント。

   ミスフィの首元で、『プラネットアイ』と呼ばれる水色の水晶球を取りまく金のリング。

   それぞれが、陽の光を反射して、ひときわ鮮やかな輝きを放っている。

   その姿を少し注意して見れば、肩の広いキャリアスタイルのスーツの下には、人間のモデル並みの引き締まった身体が納まっていることが察せられる。

   そして小さな宝石のような球体が14個、彼女たちの身体の回りに浮いていることにも気づくだろう。

   その球体がシファたちが人間ではなく特殊なロボットである唯一の目に見える証なのだが、誰もかれも忙しいせいか、それには全く気づかず、彼女たちの脇を通り抜けていく。

  

   振り向くミスフィに、シファは同意した。

  「時間ね」

   2人は『業務用・関係者以外立入禁止』と書かれたドアを開け、曲がりくねる通路を抜けてVIPルームに入る。

   VIPルーム正面の巨大な防弾透明プラスティック窓の向こうに、到着したばかりのHST、極超音速旅客機が鋭い機首を見せていた。

   部屋には、すでに空港の警備責任者が待機している。

   シファはさりげなく部屋を見渡した。

   桃山様式を取り入れたのか、擬古調に飾られた内装。格子天井に金屏風を模した壁のパネル。

   金色がセンス良く使われていて、豪華ではあるが華美に走らず落ち着きのあるインテリアだ。

   HST(極超音速旅客機)のハッチから、繰り出し式のガラスのトンネルのようなボーディングブリッジを渡って、王女と侍従たちがVIPルームに向かってくるのが見える。

   その一行に先立って、小走りで部屋に入ってきた者がいた。

  「王女の専従護衛官のジブスです」

   カジュアルな身なりの、小柄な女はそう言ってさっと一礼した。

   彼女のスーツの下の脇には、巧妙に隠されているが銃が備えられている。

   体格は満点とは行かないまでも良く訓練されているな、と立ち居振る舞い、身体のキレからシファは感じた。

  「内閣調査庁のシファ、こちらはミスフィです」

   彼女たち3人は自己紹介しあった。

  「これからはこの4人で行動することになります」

   専用の超音速機に乗ってきた王女には、ジプスの他に護衛官がもう一人付いていたが、彼はシファたちと交代することになった。

   シファは、わりにラフな服装をした王女の顔に不安を見て取った。

   王女は13歳。しかし、年齢よりも大人びた感じを漂わせていた。

   服装がそうなのか、それとも雰囲気がそうなのか。

   王室関係の人間はその激務のせいか、早くから独特の雰囲気を持つようになる。

   事ある毎に絶滅の危機に瀕する王室は、無責任な国民のおもちゃにされやすい。

   国民からの批判を避けるために公務を増やし、分刻みのスケジュールをこなさざるを得なくなる。

   そうした結果、国民や国家、そして自分の運命についてシニカルになりがちだ。

   ―この王女もそうだろうか―。

   シファはそんなことを思った。

  「では、お願いします」

   空港の警備責任者のその言葉に、シファはうなづいた。

   今回は『極秘』の来訪である。

   テロを避けるためにはVIP用のエントランス、正面出口を使うことは出来ないのだ。

   警備責任者はその点をシファたちに確認したのである。

  

   シファはこの擬古調で飾られたVIPルームの金色の壁を押した。

   壁は音もなく動き、無機質で無彩色の薄暗い通路が口を開けた。

   隠し扉だ。

   シファが先に入り、ジプス、王女、ミスフィと続く。

   通路は空港の建物の中を複雑に折れ曲がって延びている。

   この空港のウリであるいくつもの多彩な料理を提供するレストラン厨房のあわただしさを横目に通過する。

   そして厳重に警備された荷物仕分けセンターと検疫所の脇を抜ける。

   巨大な通風ダクトを横切る釣り橋のような通路を渡る。

   ダクトの向こうではファンが回っている。

   静音ファンだが、しかしその大きさはこの空港に万が一ガス状の異物がまき散らされたとき、速やかに除染装置にその異物を送り込んで除去できる設計に作られている。

   さらに道はいったん地下へ潜り、上下水道と高圧線の収容された共同溝に合流する。

   この迷路のような通路は、さっきの警備責任者に紹介された秘密のものである。

   空港にはこういった秘密の通り道が、テロ対策のためにいくつも作られているのだ。

   航空管制センターへの通路などもその一例である。

   途中の扉も壁のパネルと同じデザインで、ドアノブさえなく、事前に知らされていなければ絶対にその存在は分からない。

   30メートル歩いて右、その次は15メートル歩いて左、そして10メートルで右。階段を上がって……。

   シファは打ち合わせていた経路を辿りながら、後ろの王女を気遣った。

   王女は硬い表情を変えていなかった。

   もうすこしマシな出迎えかたはなかったのだろうか、とシファは思った。

   非公式でなければ、たとえ相手が人口わずか703万人の中東の小国の王女とはいえ出迎えに皇族や上級外交官が出ても良いだろうし、晴れやかなセレモニーもあっただろう。

   しかし、王女はわずか3人に守られてメンテナンス通路を歩いている。

   絵的にあまりにも寂しすぎる。

   荷物仕分けセンターでは作業員にさえ邪魔者扱いされそうだったのだ。

   シファはその作業員を強い視線で制したが、しかし、どことなく漂う重苦しい悲哀は消えやらない。

   延々と続くグレーの壁、薄暗い蛍光灯、表舞台から溢れだした荷物の山の作り出す陰鬱な風景。

   その中を一行は歩き続ける。

   その感覚はシファに、かつて第2次世界大戦時に、ナチスの空爆やUボートから逃げるイギリスの豪華客船クイーン・エリザベス号の航海を思い起こさせた。

  

   暗く細長い通路を抜け、最後のドアが開いた。

   その向こうにはハッとするほど鮮やかにカラーコーディネートされた空港ロビーが広がっていた。

   リムジンバスやリニア地下鉄へ通じるコンコース、旅立ちと到着の交錯する22世紀日本の玄関。

   陽はすっかり落ちていたが、天井の陽光色の間接照明がそれを感じさせなかった。

   後ろでドアが閉じられる。

   このドアも壁のパネルと全く同じデザインで、周りの壁と一体化して消えた。

図 1_1





   4人の前を人々が行き交う。

   そのなかに、閉じられてその存在を自身でかき消すドアと、周囲を警戒するシファたちに気を止める人間はいない。

   人々はそれぞれ忙しそうに通り過ぎていく。

   上には広告と到着便・出発便の案内が、光輝くサイネージホログラフィで浮かんでいる。

   その広告でも、間近に迫った神戸の世界水泳よりも大きく『ハノイオリンピックまであと何日』とカウントダウンする表示である。

   宇宙時代、この新関西空港からもシャトル便がハノイに向かうばかりでない。

   宇宙からの往還機も、ハノイ新空港の容量不足がおきている。

   そのため、直行便以外は新関西空港にも割り当てられている。

   アジア共同体の発足から数少ない全ての加盟国が総力を挙げるイベントで、その盛り上げかたも力が入っている。

   しかし、ざわめきは低い。案内放送も控えめだ。

   ほとんどのアナウンスが指向性スピーカーであるだけでなく、音波干渉によって騒音を減らす設計も為されている。

   20世紀頃の空港のざわめきとはまた違った、喧噪の中にも落ちついた雰囲気が醸し出されている。

   そして空港独特の匂い。様々な国から帰ってきた人々の運ぶ香りのカクテルが一行を包んだ。

   シファは息を吐いた。

   ようやく旅の始まりらしい気持ちがやってきたのだった。

   彼女は振り返り、ジプスと王女、ミスフィを見た。

  「では、参りましょう」

 そう言うシファに、3人は頷いた。

図 4_4

 


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  すぐに新淡路市のホテルに向かう。

   シファたちはロボットのため眠らなくても構わなかったが、王女やジブスは旅の疲れが顔に出ていた。

   それに時差ボケも少しあるようにシファは見た。

   HSTで世界中のどこへでも1時間以内で着くように世界が狭くなったとはいえ、移動したことによる疲労はなくならないものだ。

   むしろ20世紀と同じ疲労が凝縮されてやってくるようなものかもしれない。

   ホテルは最高級ではなく、高級とランクされる程度の目立たないホテルを選ぶ。

   外務省や警察とは、ほとんど連絡を取らない。行動を秘密にしておくためだ。

   部屋はプレジデンシャルスイート、チェックインして部屋に入る。

   シファとミスフィ、ジブスは王女のベッドの両脇に椅子を置いて座った。

  「私たちはこうしています。今の内にお休みください」

   シファがそう言った。

   王女はベッドに入りながら聞く。

  「あなたたちはロボットなんでしょ」

  「ええ。でも、この身体の構造は殆どあなたと変わりません。同じように赤い血が流れています」

   シファは微笑みかけた。そのあいだにもミスフィは油断なく窓の外に注意を払っている。街はもう闇の中に沈んでいる。

  「では何故ロボットなの」

   王女はなおも聞いた。

  「ワームホールをご存じですか」

  「いえ」

   王女は首を振った。

  「この普通の空間には小さな、原子を構成する粒子よりも小さなブラックホールのようなものが非常に短い時間の間に、常に生まれたり消えたりしています。

   そのマイクロブラックホール、つまりワームホールの向こう側には巨大な空間が広がっています。

   私たちはワームホールを身体に接続し、その巨大な空間に人工臓器や武器、弾薬の生産設備を持っていて、いろいろな事が出来るようになっているのです。

   言うなればワームホールを利用したロボットというわけです」

  「良く分からないわ」

   シファは頭を抱えた。

   ―簡潔にわかりやすく説明するのには自分たちの持っているワームホールシステムは複雑かつ斬新すぎる。いったいどう言ったら―。

  

   その時。

   3つの黒い影、襲撃者がドアを蹴破って部屋に飛び込み、シファたちに向けて銃を連射した。

   シファの目の前で火花がパパパッと散る。銃弾が彼女の持つ透明なシールド(彼女を包む球形の防護盾)によって跳ね返されているのだ。当然シファの後ろにいる王女には一発の銃弾も届かない。

   ジブスも銃を構えるのが見えたが、シファはそれより先に襲撃者を視線に捉えた。

   シファの装備するワームホール内の銃の照準が合い、彼女の前の、空中5カ所から5筋の青白い炎が走った。

   銃弾が猛烈な勢いで吐き出される。

   襲撃者たちはそのタングステン弾の奔流によって、飛び込んできた勢いよりも激しく廊下へ放り出され、壁に叩きつけられた。

   数秒の内に、襲撃とそれに対するすばやい反撃が行われた。

   ジブスは銃を構えたまま王女を見やった。

   シファはしばらく間をおいて振り返って王女に聞く。

  「大丈夫ですか!」

   王女は震えながら首を縦にした。

   ミスフィは扉の外を見据えている。

   シファの激しい反撃でバラバラになった襲撃者たちの身体が鮮血と共に散っていた。

  「何故ここがばれたの! まさか……空港からつけられていたの?」

   シファは自分の状態を戦闘体勢から通常の体勢に切り替えた。

   ジブスはなおも銃を構えて警戒している。

   ―それにしてもすばやい襲撃だった―。

   もしシファのシールドがなければ王女は殺されていただろう。

  「きわどかった」

  「こんなに手早いなんて。どの組織のものか調査の必要がありそうね」

   シファとミスフィは、ジブスと王女を連れてその部屋をあとにした。

   シファは暗号化した無線を使って内閣調査庁の早瀬に『場所を変える』旨を連絡する。

   襲撃者の死骸、ホテル側への対応など後の始末は内閣調査庁がする手筈となった。

  

   4人は尾行を防ぐために、新淡路市の立体区画を縦横無尽に走る列車を利用した。

   何度か乗り換え、人混みの中を敢えて歩く。

   深夜だったが、新淡路市は眠らない街だ。

   こんな夜中でも人混みは探せばあるものだ。

   特に第12区付近、鈴壺町は風俗産業が多いせいか、深夜でも酔っぱらいたちが群をなして歩いている。

   シファとミスフィ、ジブスはがっちりと王女を守るように隊形を組んで歩きながら、人混みを利用して尾行者を探す。

   シファたちは人間と同じ2つの瞳の他に、身体の側に浮かぶ小さな宝石、すなわち14個の機械の目を持っているので、尾行者を見つけるのは得意中の得意だった。

   背後の2つの目は高速で旋回する画像認識センサーになっていて、画像を合成しながら自動的に人混みの中から尾行者を選別する。

   ジブスも注意深く尾行者を探していたが、シファはそのジプスの行動をやめさせた。

   無駄なことだったからである。

  「機械万能という訳ね」

   そう言うジブスにシファは同意した。

   さっそく数人の尾行者を発見したが、無視する。

   この段階で現れるのは小物ばかりだからだ。

   シファはネックレスについた涙型の水晶粒の一つをもぎ取り、王女に渡した。

  「これを持っていれば肉体的疲労は回復できます」

  「なんなの?」

   王女は小声で聞き返した。

  「あなたの内分泌系に作用する、ワームホールを凝縮したものです。乳酸の代謝を高めて疲労を回復させます」

  「えっ、どういうこと?」

  「疲れを吸い取ってくれるんです、この水晶粒が」

   シファが説明する。

  「まるで魔法ね」

   王女はその水晶粒を受け取って胸のポケットに入れた。

  「ええ、魔法と思ってください。22世紀の最先端技術ですから」

   シファは背中についた目で尾行者を監視しながらそう応える。

  「ベッド17を使う」

   シファは声に出さないでミスフィに言った。

   二人の間はダークマター回線という傍受不可能な通信線によって結ばれている。

   それを彼女は使ったのだ。

   ミスフィは同意の意志を電子音で応えた。

   怪訝な顔でジブスは二人を見つめるのだった。

  

   4人は新淡路市の第11区、最も北側のブロックにあるマンションに向かう。

   シファは警察用無線で警察へ連絡し、尾行者たちを警官の職務質問で足止めして尾行をいったん振り切った。

   そして『ベッド17』と呼ばれている、ある小綺麗なマンションの一室に落ちついた。

   内閣調査庁はいろいろな街に、このような任務に備えて架空会社名義でいくつかの部屋を所有している。『ベッド17』もその内の一つだった。

  「尾行者は4人。バックアップを含めれば18人はいたでしょうね」

   ミスフィがマンションのスチールのドアを閉め、シファが落ち着いた声で確認する。

  「少なくともこの部屋は彼らに知られていない筈よ。休めるわ」

   その言葉に王女は安堵の溜息をもらした。

  「内装は見ての通り安っぽいけど、安全です」

   王女はうなずきベッドに入る。

   シファは窓の側に立ち、ミスフィは入り口の側に椅子を置いて座った。

   もちろんブラインドは閉じている。

   シファとジブスはこれからの7日間について話し合った。すでに外交ルートを通じて日程の調整は行われているのだが、改めて確認する。

  「この新淡路市と東京、大阪、京都を訪問する予定になっています」

  「中央リニアを使えば安全でしょう」

   そう言うジブスはシファに同意した。

  「そういえば、さっき襲われたとき、いったい何をしたんです?

   ものすごい音と、テロリストがはねとばされたということしか理解できないんですが」

  「私のワームホールに内装されている、5連装の5銃身砲を使ったんです。

   GAU-678、液体装薬を電気アークで点火させて発射するCAP(Conbustion Augmented Plasma)砲で、5つの開口部、25の銃身から毎秒174発の銃弾を目標に叩き込めます。

   弾丸の初速は毎秒2800メートル。プラズマの熱で溶けないように、銃弾はタングステン弾を使います」

   ジブスは深く頷いた。

  「たしかに凄い音でした。今まで知っているどんな火器にも似ていない轟音でしたから」

  「毎秒174発では音は完全に連続音になってしまいます」

  「あの破壊力の前では、敵は苦痛を感じる暇もなかったでしょうね」

   ジブスはそう微笑んだ。二人がただの木偶ではないこと、史上最強のボディーガード、そして『戦艦』であることに満足したのだった。

   シファたちは火力があまりにも大きいので、ロボットではなく、最新鋭の戦艦(BN-X)として書類上処理されているのだ。

   ジプスにもそのことは事前に知らされている。

  

   あと6日。ジブスはそう思っていた。

  「ジブスさんも眠って下さい。明日がありますから」

   と言うシファに従って、ジブスは眠りについた。

  

   シファとミスフィはツインのベッドに眠る王女とジブスの脇に座って夜を過ごしていた。

   ロボットである二人は、疲労を知らない。

   それが最大の利点だった。

   どんな人間でも、人間である限り疲労する。

   そして過ちを犯す。

   しかし、シファたちにはそれがない。

   24時間、ワームホールの向こうから人工臓器たちが彼女たちに無尽蔵のエネルギーを与えてくれる。

   シファは眠りについたジブスと王女を見つめていた。

   この任務に向けての事前説明が彼女の頭脳の隅に浮かび上がる。

  

 

図 37_37



  「ルプセム公国はイスラム共同体の中でも、我々日本、アジア共同体にとって特に重要な国家だ。

   ルアンヌ王女はイスラムと連携を深めようとしている我がアジア共同体の窓口となっているそのルプセム公国からの賓客だ。

   しかも今回はお忍びでの来日である。

   シファ、ミスフィ、君たちだけで7日間王女を守って欲しい。

   これはわが国の首相からの命令と、同時に依頼でもある。

   首相は君たちに多大な期待を寄せておられる。

   また、わかっていると思うが、君たちは防衛予算法の規定で作られた秘密兵器で、まだ公式には存在しないことになっている。

   存在しないものに公式の『命令』は出せないから、今回も私的な『依頼』と言うことだ。

   君たちの行動は『依頼』を受けてのものなので、法解釈の上で微妙だが、ここは柔軟な運用で対応して欲しい」

   内閣調査庁・作戦局長の早瀬の説明にシファは頷いた。

   早瀬はそのシファの凛とした表情にたのもしさを感じた。

   隣のミスフィも同じような表情だが、彼女はシファにはない神秘さがさらにある。

   『アフリカの新興の小国・ルプセム公国の王女の護衛』、シファとミスフィにとっては初めての対外的な任務だった。

   ルプセム公国の世界地図上の位置がホログラフィに表示される。

   21世紀中葉までサハラ砂漠だったところに出来た緑地帯、それがルプセム公国だ。

   核融合による大規模な海水淡水化施設により土壌改善が進み、22世紀の今では砂漠は地球規模で急激に減り、そしてその砂漠の跡地にさまざまな国が作られている。

   ルプセム公国もその中の一つだった。

   イスラム諸国間の和平とアジアとの橋渡しの役割を演じているルプセム公国。

   そのルプセム公国王家の一人娘である王女には度々暗殺や誘拐の予告が為されていた。

   アジアとの和平を快く思わないテロリスト、ルプセム公国の情報資産を狙う金目当ての誘拐団。

   王女は常に彼らに狙われているのだ。

   シファたちの母艦である特設巡洋艦ちよだのブリーフィングルームで早瀬は説明する。

   シファたちの『上司』にあたる第99任務群司令官・宮山1等空佐も同席している。『1等空佐』は旧日本軍や米軍など普通の軍隊で言う『大佐』に当たる階級である。

   第2次世界大戦での敗戦と自衛隊への改組以来、日本ではずっとこの呼び名が使われている。

  「すでにイスラムとアジアの連携に危機感を持った某国の情報機関や秘密結社が、行動を開始している。

   目立った警備を行えば彼らもそれ相応の行動で対応してくるだろう。

   とにかく今回の来訪は内密にということだ。

   内閣調査庁、警察公安、艦隊情報本部で対応が協議されたが、隠密性を優先するために君たちの出番となった」

  「しかし、なぜルプセム公国の王女がこんな時に」

  「ルプセム公国との関係を深めるためだ。

   ルプセム公国首脳部は我がアジア共同体との連携を深めることによって、テロリズムの標的となることを恐れている面がある。

   今回の来訪はその危惧を解消するためのものだ。

   7日間守り切れれば、彼らは我々の能力を信頼し、これからルプセム公国を通じてイスラム連合国との関係が修復されて行くだろう。

   それに、これを機会にルプセム公国との関係を絶つべく行動している組織総てを把握し、せん滅したい。

   言うなれば王女はそのための囮になるというわけだ」

  「重要な任務ですね」

   シファは答えると同時に思っていた。

   ―囮のために娘を差し出す……まして一人娘を。

   そんな非情な親がいるものだろうか。

   きっと何か別の理由が―。

   しかし、その推測を口には出さなかった。

  「今回の任務は荒事になる。すでにいくつかのグループが王女暗殺に向けて動き出している」

  「穏便にクリアするというのは」

  「まず無理だ。きっと血を見ることになる。彼らも我々も必死だ」

   ミスフィは溜息をもらした。

  「使用できる火器は」

  「対人用については無制限だ。王女を守る為には何をしても良い。

   これは閣議で決定されている。

   状況は猶予を許さない。

   艦隊司令部は西ロシア・インドでの軍の動きと不正規戦兵力の投入を察している。

   危険だ」

  「分かりました」

  「支援は?」

図 38_38

   

 宮山は早瀬に聞く。

  「出来るだけしない方針で行く。

   シファたちの存在はまだ公にしたくない。

   この支援艦ちよだを使うとか、グランドクルー(地上整備要員)が持っている支援車両などは使わない方がいい。

   極力目立たないようにして欲しい」

   宮山は同意した。

  「必要事項等はもうルプセム側に連絡してある」

   早瀬はファイルをしまいながらつけ加える。

  「では、私たちがロボットだと言うことも?」

   シファのその問いに早瀬は同意した。

  「まあ、そういうことだ。どうだい?」

  「正直言って楽ですよ。人間の真似は疲れますからね」

   シファのその返事に早瀬は笑っていた。

 



  

   ―人間……難しい概念。

   19世紀に発見された『人間』という概念。

   では、私たち、ロボットはどのように『発見』されるのだろうか。

   『人間』が発見されてヒューマニズムが生まれたように、『ロボット』の発見によって新たな思想が生まれるのではないか―。

   シファはそんなことを考えながらも、警戒を続けている。

   ミスフィは夜を見上げていた。エメラルドの瞳が燐光を放つ。

  「また……殺してしまった」

   シファの思いが深く沈んでいく。そして、『殺す=血』と言うキーワードで様々な記憶が、蔓で繋がれたように浮かび上がってくる。

   ―血……。出来れば見たくない―。

   ミスフィは夜を眺めたまま、動かなかった。

   シファも椅子に座ったままだった。

   2人とも警戒は怠っていない。

   しかし、思いは巡っていた。

  

   来日1日目がこうして過ぎようとしていた。



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