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                    Junichi YONETA 米田淳一

 それは1960年代のことだった。

 白茶けた木造の長い渡り廊下で国鉄と他社線がつながっていた、当時の新宿駅。
 張り巡らされた架線柱の梁の下、国電のくすんだような茶色の電車が釣り掛けモーターの唸りをあげながら国電ホームに発着し、行き交う。
 その端の北急ホームで鮮やかなヴァーミリオンカラーの列車が発車を待っていた。
 それがSE車、SuperExpress 3000形。流線型の形状を持つ軽量モノコック構造によって作られた、北急の最新鋭特急電車である。同時に国鉄線での速度試験で狭軌世界最高速度をマークした当時最速の電車だ。
 到着したその列車は、折り返し運転のために係員の手によって「第1みやがせ」という列車名の小さな愛称表示板を付けられている。
 定められたその運転士は谷山真司。彼は当時の北急甲組筆頭運転士、最優秀の運転士である。

 その彼が、運転前点呼で激怒していた。
 北急全線が、前夜の強烈な台風で、吹き上げられた塩分を含む海水を浴びた信号・送電系統があちこちで不調を起こしていた。
 とくに湘南島線はひどく配電系統の絶縁体に塩が付き、それにより回路の絶縁が乱れ、正常な給電ができない。
 しかし、なんと、こんな悪条件でも、特急を運休できないという。
 谷山は、それで運転士詰所の出発点呼をする机で、怒り狂っていた。
「安全が確保できないのに特急列車を走らせるんですか!」
「言えない理由がある」
 助役どころか、運転部長まで出てきて、なんどもその言葉を繰り返した。
「言えない理由で運転など出来ないです!」
 谷山は埒があかないので、そう吐き捨てて、新宿駅の乗務員詰所を飛びでた。
 いらだちと怒りで、詰所の引き戸を閉めるとき、大きな音を立ててしまった。
 それほど谷山は荒れていた。
 輸送の使命、安全を何だと思っているんだ!
『死ねば殉職生きれば逮捕、やっと食ってる安月給』どころの話ではない。
 それ以上に安全は最優先のはず!

 秋の小雨がまだぱらつく新宿駅の構内放送は、乗客のための、寸断された台風通過後の鉄道網の振替輸送案内を繰り返している。
 人々はため息をつきながら、それでも目的地を目指して歩き、行列を作り、またある者は呆然と立ち尽くしている。
 駅員も案内に忙殺され、まだ朝だというのに、すっかりくたびれているものもいる。
 馴染みの駅員たちは、それでも谷山のただならぬ様子に、思わず振り向いてしまう。
 だが、彼はそれどころではない。
「谷山くんじゃない!」
 彼がようやくその声に振り返ると、その新宿駅のホームにいたのは、地味とはいえ清楚なブラウス姿の、高校時代の同期生・宮浦佳子だった。
 宮浦は外務省に奉職し、谷山は北急に就職し、運転士となったのだ。
 久々の再会だった。
 しかし、それを祝う気には、ちっともなれなかった。
 それは、宮浦が、谷山の特急運転士の腕章のついた制服に気づいて、打ち明けたからだった。
「今日の列車の無理、私たちのせいなの。
 相手はとある国。地球の真裏から来る人々。
 今夜から宮ヶ瀬湯本の旅館で会議をしなくちゃいけないの。
 そのために、貴方の運転する列車に乗る。
 ここでキャンセルすると、日本の運命が変わってしまう」
「個人の運命はどうなるんだ。その個人が何百人、何千人と関わるんだぞ!
 俺達はその安全を守るためにどれだけ努力していると思っているんだ!」
 谷山は怒気を浴びせた。
「そんな大事な仕事なら、もっと予備の策を用意すべきだ。
 用意不足にもほどがある!」
 気圧されながらも、宮浦は、さすが交渉のプロらしく、切り返すように背を正して頷いた。
「まったく、おっしゃるとおりよ。ごもっとも。本当に。
 でも、今の日本には、その余裕が無いの。
 おねがい、運転して。
 あなたの運転ならなんとかなるはず」
 谷山はまだ怒り狂っていた。
「鉄道員としては、完全にノーだ。ありえない。
 絶対に運転出来ない。どう頼まれても」
 そのとき、臼倉機関士がやってきた。
 彼も甲組で、谷山のライバルの運転士だった。
「よくわからんが、おい、谷山、無理を聞いてやろうじゃないか。
 俺達の仕事は安全第一だが、安全を理由に人間の未来が追い詰められては本末転倒だ。
 それに、そのためにさまざまな運転扱いの規則があるだろう?
 俺達もこういうことのためにも勉強しているんだ。
 助けてやろうよ。同期なんだろ?」
 それで谷山は、しぶしぶ同意した。

 先をゆく半原行きの急行に臼倉が乗務する。
 そのテールランプの赤色を見送り、しばらくのちに、谷山の運転する「第1みやがせ」の出発となる。

 谷山は運転室のドアを開け、中に収まるとドアを閉め、丸椅子に座った。SE車の運転席は丸椅子なのだ。ドアは前頭部のほうの肩が傾いている。流線型にあわせて小さくなっているのだ。
 電気系統のスイッチの試験、ATSなどの安全装置の確認と、手早く、しかし確実に安全な運行のための準備を、指差喚呼と共に整えていく。
 そしてマスターキーを確認し、ブレーキ弁ハンドルを動かし、ブレーキの試験をする。
 メーターが、元ダメと直通管、ブレーキシリンダーと、それぞれに適正な動きをする。
 電流計は+とーの両翼の真ん中に針がある形になっていて、加速時にはモーター駆動電流を、減速時には電気ブレーキの発電電流を示してぐるんぐるんと左右に振れる。発電した電気ブレーキの電流は抵抗器に流れ、排熱として消費する。
 機械的なブレーキよりも容量の大きいブレーキである。在来線特急電車の場合は特に、加速力よりも高速性能、そしてそれよりも減速力が大事なのだ。
 用意万端整え、当時日本最高速のコックピットに緊張が高まっていく。
 すぐ後ろの窓ガラス一枚向こうは、見晴らしのいい客席で、子供たちが興奮に騒いでいる。
 窓ガラスは3分割で、真ん中が乗務員室扉になっている。それも左右どちらにも開ける構造になっていて、なんともプレミアムな作りである。
 そんななか、谷山は出発の時機を待つ。

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image016 posted by (C)YONEDEN


 当時の新宿駅は木造屋根で、そこから出発信号機がぶら下がっている。
 雨の中、その赤灯が消え、青灯が光った。
「新宿1番出発進行!」
 谷山は、そう白手袋の手で信号を指さし、喚呼し、そしてノッチを入れた。
 当時狭軌最高速を誇ったSE車の駆動源、TDK806/1-Aモーターが、唸りを上げた。
 新鋭の中空軸平行カルダン駆動システムがその駆動力を車輪に伝え、車体を押し進める。
 流線型の前頭部、谷山にとっては目の前の窓のワイパーが、雨粒をなんども拭くが、それでも雨で視界が悪い。

 列車はその持ち前の快速を発揮したいがごとくに進むが、それを強風雨にそなえて抑速しながら運転する。その唸りは、まさに不本意な走りを強いられるサラブレッドのように苦しそうだ。
 しかし予想通り、北急線のあちこちの送電系統と信号に異常がおきている。
 社員総出での回復作業をしているわきを、関係制限の徐行で通過する。
 途中、大きな川の鉄橋をわたるが、その川はまだ増水し、木々を押し流しながら褐色に荒れ狂っている。

 やはりだった。
 緑の木々が散在する相模野をゆく北急本線で、慎重に進んできた列車の前の閉塞信号機が黄色、そしてついに赤を表示した。
 状況を列車無線で聞くと、前方で退避するはずの各駅停車が、送電系統の故障に巻き込まれ、パンタグラフ故障で停車して動けなくなっているという。

 整備中の列車集中監視システムを含むHM-CTCの代わりに、駅長が運転規則を確認しながら非常扱いの手順を踏んだ。
 待避線がない以上、非常扱いで上り線を使って、故障した下りの各停を下り特急「第1みやがせ」が追いぬくのだ。
 危険な方法だったが、駅長もまた圧力を受ける身だった。
 そして、このころの駅長は、そういった運転に関わる重要な作業も行っていた。
 機器の整った平成の時代でもそういう方法はあるが、危険極まりないので、運休させるほうが第一選択となるのだが、それはこの昭和のこの時ではそれが出来ないのだ。

 駅長の手旗の誘導をうけながら、谷山の運転で、SE車は最徐行で進みだした。
 他の駅員が列車防護をするなか、別の駅員が手動で操作した分岐器をわたり、上り線へうつる。
 微速、25km/hでそろそろと進む。

 そしてしばらく先で下り線へ戻るために進んでいる、そのときだった。

 あっ!

 小雨に煙る雑木林をまわっていくカーブの向こうの影から、電車がすうっと現れ、滑り出てきたのだ。

 上り列車だ!
 正面衝突!

 谷山はすぐに非常ブレーキ位置にブレーキハンドルを叩き込んだ。
 あらわれた上り列車も警笛を鳴らしながら急ブレーキをかけている。
 しかし、上り列車が速過ぎる!
 だめだ!

 しかし、止まりきった。
 連結寸前に近いほどの直前で止まりきった上り急行から降りてきたのは、臼倉運転士だった。
「ダイヤで予測していたよ。列車無線も傍受していたし。これでも速度抑えめだったんだぜ」
 臼倉はそう言って、笑った。
「ちょっとビビったけどな」

 手旗信号の合図で車輌を入れ替えて、「第1みやがせ」はそのまま宮ヶ瀬湯本へ向かうことになった。



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image009_2 posted by (C)YONEDEN


 宮ヶ瀬湯本で、谷山は運転室を降りた。
 宮浦が降りて来た。
「死ぬところだったんだぞ! それもお客さんもまきこんで!
 こんなことして、何が外交だ、外務省だ!
 話にならん!」
 掴みかからんばかりの勢いに、賓客の西ドイツ人も驚いている。
「何だ! 運転士風情が何を!」
「運転士風情だと! 何だこの木っ端役人!」
 外務官僚が口にするのに駅員も皆集まって張り合い、騒然とした。
「君が何を守ろうとしているのか、それは知らない。
 だが、こんな無茶、危険と引換にするものは、負のものに決まっている。
 負のものは何をかけても、負にしかならない。
 血塗られた道だ。俺は鉄道をそんな道にしたくない」
 みんな沈黙した。
「わかったわ」
 宮浦が答える。
「いろいろ政治とかあるけど、あなたの言うことは正論だわ。
 上司にはなんとか言っておくけど、
 あなたの言葉で、迷いがなくなった。
 ありがとう」
 谷山はまだ震えている。
「おうっ!」
 臼倉がまたやってくる。折り返し列車に乗ってきたのだ。
「よくわからんが、よくわかった」
 臼倉は相変わらずの調子で、谷山と宮浦の背を叩いた。
「思い、信じることは、なによりもの力だ。
 どんな立場であっても。
 迷うな。信じたものを守れ。
 そしてそれが信じられなければ、原点に戻る。
 そうすれば、次のふみ出す一歩は絶対に負の方向にはならない。
 な!」
 臼倉が豪快に笑った。
 駅員や職員も、皆その言葉を受け止めようとしているが、その間に一行を迎えに黒塗りの公用車がやってきた。
 ここから山の上の旅館での会議らしい。

 それからも内務省時代からの高圧的な警察や、運輸関係だけでなく、不審な見知らぬ背広の官吏までが、あちこちで北急の職員とぶつかり合っていた。

 が、釣瓶落としの秋の日が落ち、夜の闇がやってきた。

 北急最悪の一日が、そうして終わった。



 そして、21世紀、平成の世。
 秋の夜闇がおりた北急電鉄相模大川運転区では、運転仕業を始め、終え、そしてそのために待機する運転士たちが思い思いに過ごしていた。
 安楽椅子で休むものもいれば、臨時業務研修と称して鉄道趣味の話に興じているものもいる。
 早めの夕食も終わり、みなくつろいだ雰囲気である。
 その時だった。
『MHKのスクープです。1960年代後半、日本政府が、核兵器の保有について極秘裏に研究を進めていたことが、MHKの入手した資料から分かりました。
 MHKの入手したのはドイツに残っていた西ドイツ外務省の機密資料です。それによりますと、西ドイツとの秘密の外交協議の予備会合は1961年9月から、宮ケ瀬の旅館などで極秘裏に行われました』
 まだ続く流しっぱなしのニュース番組に、休んでいた来嶋が気づいた。
「あれ、この年って、うち(北急電鉄)の「最悪の一日」の年だったんじゃないんですか」
「そうですよ。確か台風であちこち施設がやられて、無理な運転で正面衝突寸前になって」
 運転士仲間が言い出す。
「その列車って、SEでしたよね。「第1みやがせ」で、運転はたしか」
 谷山は、歳と共に刻んだシワの奥の目を細め、鼻毛を抜きながら答えた。
「まあ、誰かすごい運転士が運転したから回避できたんだろうな。人間CTCみたいな」
 谷山はとぼけて答えた。
「でもあのときCTCは北急で構築中で、まだ」
 その時、谷山が椅子から身を起こした。
 ギシっという事務椅子のきしみが、谷山の声へ皆を集中させる。
「俺達の使命は安全だ。それ以上でも以下でもない。
 運転士は、列車を安全に運転することに尽きる。
 北急最悪のあのことは繰り返してはならない。そのために教えているが、同時に」
 谷山は言い切った。
「知らなくてもいいことを、知ってどうする。
 墓場に持っていく重荷が増えていくだけだ。
 運転士の背負える荷は、お客さんだけで十分なんだ。
 勝手に荷を増やすな。めんどくさいからな」
 その時、失礼します、と運転区の大部屋に女性が現れた。
「あなた、着替え持ってきたわ。それにしても酷い嵐だったわね」
 その女性は、あの宮浦佳子だった。
 今は、谷山佳子なのだ。
 ニュースの流れる中、二人はアイコンタクトした。
「嵐も秋晴れも、永遠じゃない。
 ともあれありがとう。
 永遠は、他にあるからな」
 皆がそれを見て、すっと納得した。

 北急の最悪の一日。
 来島は、「その日」の、真剣でひたむきな運転士の谷山の姿を、今の年老いた運転区長となった彼に、はっきりと見ていた。

 そしてその鉄路は、今につづいているのだ。

<EndText>

hokkyu
hokkyu posted by (C)YONEDEN

この本の内容は以上です。


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