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第一部 イエスとディオニュソス

 

序 現実の中に神話が浮かび上がる

 

 この第五福音書のタイトルは「ヘイマルメネー」である。


 ヘイマルメネーとは、ギリシア語で「運命」とか「宿命」を言い表す言葉で、ときには「星辰的宿命」とも訳される。たしかに占星術が盛んであった昔ならば「人の運命や宿命の出処が、星たちの配置にある」と考えられたとしても、何の不思議もない。


 私が辿ってきた"悟りの過程"については、第四福音書『太陽をまとった女』で述べたとおりだが、そのストーリーの主人公としての私は、我が身に降りかかってきた事に関して、常々"運命的な力"を感じずにはいられなかった。まさに私は、ヘイマルメネーを感じながら、その当時の日々を過ごしていたのである。


 では、どうして私は、自分の人生に、そんな"運命的な力"を感じずにはいられなかったのだろう。本書こそが、まさに、それについての解答である。


 基本的に、私の人生は層構造をなしている。表層は私の実人生だが、B1(地下一階)には『ヨハネの黙示録』の地下水脈があり、B2には、古代ギリシアの『ディオニュソス神話』の地下水脈がある。


 私は自分の人生を歩んでいるだけのつもりなのだが、ふとした時に、湧水のように地下水脈の内容が噴出してくる。すなわち、この湧水が「運命的な事象」であり、これで表層が濡れると、そこには、まさに神話的な景色が現出するのだ。


 そんな夢想的な事があり得るのか? と問う方もあろう。しかし、これについてユングは、次のように言う。

 

 神話は人間の身の上に起こるものであり、人間はギリシアの英雄と同じ神話的な運命を持っているのである。それゆえキリストの一生が高度な意味で神話であったということは、それが事実として存在したということと何ら矛盾するものではない。

 

 ある元型(=神話的内容)がある人を完全に捕らえ、彼の運命を細部にいたるまで決定するということは、心理学的には十分にありうることである。そういう場合には、その元型の表れでもある客観的な・すなわち心的でない・〔現実的な〕平行現象が現れることがある。

 

 元型(=神話的内容)が個人の中で心的に現れるばかりでなく、個人の外で〔現実として〕客観的にも現れるということは、そう見えるというだけでなく、事実そうなのである。私はキリストがこの種の人間であったと推測している。


  ユング『ヨブへの答え』より

 

 要するに、私の人生のようなケースは「十分にあり得る」ということだ。


 本書では、一体いかなる神話が、私を揺り動かしていたかが解明される。だから、対象となる"人生"は、第四福音書と同一である。ただ、その対象を眺めるアングルが異なるのである。そして、眺めるアングルが異なれば、叙述する内容もまた、おのずと異なってくる。


 とどのつまり、第五福音書の執筆目的とは、現実的な自叙伝であった『太陽をまとった女』を、神話的、神学的に解釈し直すこと、と言えるかもしれない。


第1章 イエスの影


ディオニュソスという神

 

『太陽をまとった女』について、それを神話的に解釈しようとすれば、どうしても「ディオニュソス」という、ギリシア神話の神さまに触れない訳にはいかない。


 ディオニュソス――「二度生まれた者」の意だ。別称バッコス、ローマ神話では、バッカス、リベルと呼ばれるこの神は、オリュンポスの12神に属する重要な神である。


 ただしディオニュソスは、オリュンポス12神の中では、かなり後発の神、あるいは新興の神として扱われる。実際の歴史では、新興どころの話ではなく、メソポタミアのギルガメッシュ神話に淵源を持つという説すらある(佐々木理)。が、ギリシア神話上の扱いとしては、あくまでも"新興"なのだ。


 なにしろディオニュソスは、もともとはオリュンポス12神に含まれていなかったのである。元来その座にあったのは、竈の神であるヘスティアだった。この慎み深い女神は、ディオニュソスのために、自分の席を譲ったのだという。


 かかる新興の神、ディオニュソスが担当するのは、ぶどう作り、ぶどう酒作り、予言、演劇、舞踏などである。劇場の緞帳にブドウの模様があしらわれたりするのは、まさに演劇とブドウとが、同一の神によって司られているからなのである。


 そして、そんなディオニュソスの風体は、かなり異様なものだ。いわゆるギリシア的な風貌では、まったくない。


 手には、木蔦が絡まる杖(テュルソス)を持ち、背中には、小鹿の皮を巻いている。長い黒髪は縮れていて、ブドウの蔓か、木蔦で出来た冠をかぶっている。ギリシア的というよりは、よほどオリエンタルな異国情緒を醸し出していると言えるだろう。

 


影の役割について

 

 人によっては、どうしてこのような神を、キリスト教の完成と終末について語る『福音書シリーズ』で扱うのか分からない、と言うかもしれない。


 しかし、このディオニュソスという神は、実は、イエスの影みたいな存在なのである。


 そもそも、影の役割とは何だろう。影は、つねに光の反対側にあって、ある存在に立体感を与える役割を果たしている。


 ユングは次のように言っている。


「影とは、そうなりたいと願望を抱くことのないもの」であると。


 しかし「もし劣等な部分(影)が意識されれば、人はそれを修正する機会をつねにもつ」「〔逆に〕もし劣等な部分(影)が抑圧され〔無視され〕、意識から離れて孤立するなら、決して修正されることなく、気づかぬうちに表に〔思わぬ障害として〕突然現れやすい」。


 そして「われわれはみな影を持つこと、実体あるものは必ず影をもつこと、自我と影は、光とその影に対応すること、影こそがわれわれを人間らしくすることなど、ユングは繰り返し強調した」のだという。

 

 サミュエルズ『ユング心理学辞典』から抄出


 事実、教義上罪を持たないイエスには、心の影が存在しないことになり、その意味で人間性や実体性に乏しいところがある。そう、第一福音書で触れたが、彼の人間化(神の人間化)は、まだ未完遂なのである。


 そうであれば「イエスという神」の「人間化」は、影を持つことによって完遂されると言っても過言ではない。端的に言えば「イエスは影を持たなければならない」。あるいは「影と合一しなければならない」のだ。

 


イエスの影としてのディオニュソス

 

 そうでなくとも、アルベド(光そのもの)と、ニグレド(闇)の統合であるルベド(闇からの光の創造)の教えを求めるのであれば、闇の仲間である影もまた不可欠であろう。


 実際、ルベドの教えは立体的だ。
 そこでは、影の色濃いところから薄いところ、光の弱いところから強烈に輝くところへと、グラデーション的に教えが説かれることになる。私が「『ヘルメスの杖』全体がルベドの悟りなのだ」と言ったのも、こうした意味においてである。


 つまり影の役割には本当に重大なものがあり、その存在感は、光の存在感におさおさ劣るものではないのである。


 ところで、影にも個性というか、特徴がある。ソクラテスの影はソクラテスに似ているし、プラトンの影はプラトンに似ているだろう。


 イエスの場合も――影があったとすれば――当然そうであるはずなのだ。しかし、私見によると、その影は、イエスに似ているのと同時に、おそらく、異様なまでに、ディオニュソスの姿にも似ているのである。


 第二章では、このイエスとディオニュソスの――反転的ではあるが――相似性について検証していってみよう。

 


第2章 イエスとディオニュソスの相似点


ぶどう酒の神としてのイエス

 

 すでに述べたように、ディオニュソスはブドウ酒の神さまであるが、イエスのことを「ぶどう酒の神さま」と呼んだら、クリスチャンは怒るだろう。


 しかし、イエスほど、ぶどう酒の生産量、消費量を増大させた立役者はいない。そこには明らかに、ぶどう酒の伝道、伝播といった働きがある。この点では、本家の「ぶどう酒の神」であるディオニュソスをも凌ぐものがあるだろう。


 ことの起こりは「最後の晩餐」である。このときに飲まれたのが、他でもないぶどう酒だったのだ。そして、この「最後の晩餐」を再現する形で執り行われる、後世のミサ(聖餐式)では、ぶどう酒がどうしても欠かせないものとなった。


 こうして、イエスが没してから二千年の時が経った。この間、幾百億とも知れないクリスチャンがミサに参列し、そこで、ぶどう酒を飲んだ。そして、そのぶどう酒を供給するためには、長期間にわたる、大規模なぶどうの栽培が不可欠だった。


 この結果として、以下のようなことが起こった。

 

 宗教が社会や自然を規制し、造成するばあいもある。キリスト教の伝播によって、聖餐式にブドウ酒が必要とされるところから、ライン川・セーヌ川沿いはブドウの大生産地となった。 

 

  生野善應『教科書宗教学』

 

 ぶどう酒(ぶどうの栽培)に関して、これほどの貢献と影響を与えた者を、どうして「ぶどう酒の神」と呼んではならないのだろう。

 


つねにぶどう酒と共に

 

 しかも『ヨハネによる福音書』によれば、イエスが起こした数多の奇跡のなかで、その最初のものとされるのは、なんと「水をぶどう酒に変えたこと」なのである。ここにも、イエスとぶどう酒との、強い結びつきを見ることが出来る。


 あるいは、もっと直接的に、イエスはこうも言っている。「私はまことのブドウの木」と(『ヨハネによる福音書』)。いや、そればかりではない。最後の晩餐では、


「神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい」とすら言っている。これは『マルコによる福音書』からの引用だ。


 つまりイエスは「神の国にぶどう酒があること」を明言しているのである。これは、言わばぶどう酒の神聖化である。それほどにも、イエスはぶどう酒を重要視した。


 もちろんイエスは、ぶどう酒の神であるばかりではない。ならば、せめてこう言わせてもらおうではないか、
「イエスは、ぶどう酒の神でもある」と。

 


カニバリズム嫌疑を受けたキリスト教

 

 キリスト教にカニバリズム(食人主義)の要素が見いだされる。これもクリスチャンには、絶対に承服できない主張だろう。


 しかし、ローマ帝国に伝わってから国教化されるまでの間、キリスト教は、しばしばカニバリズムの嫌疑によって迫害を受けていたのである。イギリス人の歴史家であるギボンは、次のようにキリスト教の風評を伝えている。

 

 嬰児をすっぽり小麦粉で包んで、あたかもそれが入信密儀の象徴ででもあるかのごとく、新改宗者のナイフの前に差し出すのだった。改宗者の方はなんにも知らず、この誤った無心の犠牲に無数の致命傷を負わせる。そしてこの残忍な行為が実行されるやいなや、信徒どもはその鮮血を飲み干し、まるで餓鬼のように、まだ震えている四肢を引き裂き合う。


 『ローマ帝国衰亡史』中野好夫訳

 

 もちろん、これが誤認であり、中傷であることは間違いない。しかしながら「このような誤認を受けるのも致し方ない」という要因が、キリスト教には確かにある。


 それは前節でも触れた「最後の晩餐」のエピソードである。


 その晩餐のさいにイエスは、手で裂いたパンを「これは私の肉である」と言い、杯に注いだぶどう酒を「これは私の血である」と言った。そしてイエスは、そのパンとぶどう酒を、弟子たちに飲食せよと求めたのである。


 これが聖餐式として、クリスチャンたちの重要な儀式となった内容の原風景である。前述の"ローマ帝国で暮らしていた初期キリスト教徒"たちも、当然これに類する儀式を行っていたことだろう。

 


聖餐の気味悪さ

 

 だからこそ、当時のクリスチャンたちはカニバリズムの嫌疑をかけられた訳だが、しかし実際問題、イエスが弟子たちに求めたことも、結局は、擬似的なカニバリズムではないのか。


「そんな馬鹿なことがあるものか」という声が聞こえてきそうだ。


「物質としての人間を食べているのではない。聖なる霊体としてのイエスを食べているのだから、これは食人主義にはあたらない」
 と答える人もあるかも分からない。


 だが、この聖餐の儀式が、あまり趣味のよくない、誤解を生みやすい種類の儀式であることは間違いないだろう。私自身、聖書の中で、このくだりを読んだときには、
「なんかコレは気持ちが悪いな」と思ったものである。


 率直に言って悪趣味だし、第一、私にはどうして、このような儀式がキリスト教に必要なのかが分からない。唯一「ディオニュソスを想起させる」という効果以外には。

 


神々のカニバリズム

 

 ディオニュソスは、その前世にあたる「ザグレウス」の時代に、巨神たちに八つ裂きにされて、その体を喰われている。まさに神々のカニバリズムである。そうして体をむさぼり食われて、最後に残ったのは心臓だけだった。


 ゼウスは、この心臓を呑み込んでから、セメレーという人間の女と交わった。そして、彼女の子宮を通して、ディオニュソスを再生させるのである。


 ところで私は、ザグレウスの心臓を「裂かれ、食われ、骨肉を削ぎ落とされきった先に現れる"虚無"」と解釈している。心臓とは、その存在の核の部分であり、ディオニュソスの核こそは、まさしく虚無であろうと思われるからだ。この「ディオニュソスと虚無との関係」については後段で触れることになる。


 さて、イエスもまた、何百億もの信徒たちに、自分の体を裂かせ、それを食べさせた。擬似的なもの、ではあるにせよ、だ。そうやって彼は、骨肉という存在を削ぎ落とさせ、ついには信徒たちに「虚無」を見つけ出させようとしていたのだろうか。


 事実、ディオニュソスの祭儀では、神事を捧げるという意味合いで、たしかに八つ裂きやカバリズム、また動物の生肉を食べたりする(オーモファギア)実例があるのだが。

 


人間の母親を持つ半神

 

 ディオニュソスとイエスは、ともに「神である父」と「人間である母」を持っている。


 もっとも、ディオニュソスの場合、前世ザグレウスとしては、ゼウスとペルセフォネーを父母に持つ、純粋種の神であった。それが、ディオニュソスとして、二度目の生を受けたときに、父にゼウス、母にセメレー(人間)を持つ"半神"となったのである。


 オリュンポス十二神の中では、唯一、このディオニュソスだけが半神である。


 そしてイエスもまた、聖霊(神の第三の位相)によって精を受けるも、母親には、マリアという人間の女が、その役割を割りふられている。教義的に眺めれば、父ヨセフは、単なる義父に過ぎない。


 つまりイエスは、神(聖霊)と人間女性との間に生まれた"半神"ということになる。


 もちろん、キリスト教では「半神」などという不敬な言葉は、決して使われない。が、それでも三位一体の教義が、イエスの中間的な立場を明確に謳っている。すなわち、神の第二の位相として、イエスは「神にして人間」なのである。


 厳密に言えば、これは総合的表現である。つまりイエスは「100パーセント神でありつつ、100パーセント人間」である。


 それに対して、半神という言葉は、混在的表現と言えるだろう。すなわち、その意味するところは「彼の中の50パーセントは神で、残り50パーセントは人間である。これらを合わせると100パーセントになる」ということなのである。


 そのような違いはあるけれども、イエスとディオニュソスが、ともに「神と人間の両要素を併せ持っている存在」である点は、たしかに共通していると考えられるだろう。

 


二柱の神の、女性的な容姿

 

 ディオニュソスとイエスの相似点に関して、また両者が「女性的な容姿」を持っていることも挙げておきたい。


 まずディオニュソスだが、ここでは、彼について書かれた最も有名な文学作品である『バッカイ』を見てみたい。悲劇詩人エウリピデスの最高傑作である。そこではディオニュソスの姿が、次のように描かれている。

 

 髪の毛はこんなに長く伸びて、色気たっぷりに頬までかかっている。レスリングができないからだ(=体=華奢ということだろう)。肌は白い。さぞかし着る物に気を遣って、太陽の光を浴びず、日蔭の中をこそこそと、その美しさにものをいわせ、アフロディーテー狩り(ナンパとセックスか)にいそしんでいるのだろう。(逸見喜一訳)

 
 イエスに関しては、数多くの絵画が残されている。そして、そのほとんどが女性的な描写をしているように見える。ミケランジェロの『最後の審判』あたりが例外で、あとは華奢で色白、長髪のイエスが目白押しだ。


 ことにパオロ・ヴェロネーゼに至っては、脇に配置した女性よりも、イエスのほうが余程女性的に描かれているという逆転現象が起こっている。『イエスとサマリアの女』と呼ばれている絵画だ。


 むろん、イエスもディオニュソスも肖像写真が残っている訳ではない。だから、結局は後世の創作家が思い描いた"想像図"になってしまうのは当然だ。


 それでも確かなのは、人々のイメージとして「イエスとディオニュソスは、ともに女性的に描いたほうがシックリくる」ということなのである。とくに「頬にかかる長髪、華奢、白い肌」などは、両者の固定イメージとすら言えるのではないか。

 


ヘレニズム圏内にあった二神

 

イエスとディオニュソスを、文化的に並べれば、ヘブライズム(ユダヤ文化)とヘレニズム(ギリシア文化)の並置図式になる。二つの文化は交わることなく、イエスにとってみれば、ディオニュソスは、文化的な埒外にあったということだ。


 しかし、ディオニュソスが、ヘレニズムの神であることは動かないとしても、イエスをヘブライズムの枠内に押し込むことには、ここに一考の余地がある。


 もちろん、新約聖書は旧約聖書に続くものであり、流れ的に見れば、イエスの教えは、旧約の預言者たちの教えの、直系の子孫である。それはエルサレムを中心にした、ヘブライズムの宗教である。それは間違いない。


 だがよく見れば、イエスが育ったガリラヤは、ユダヤ人から余所者扱いされているサマリヤよりも、さらにエルサレムから離れているのだ。しかも、そのガリラヤは、イエスが生まれた頃には、すでに相当な「文化のヘレニズム化」が進んでいたという。


 いや、もしかしたら、エルサレムだって変わらなかったのかもしれない。新約聖書を読んでいるだけでは、さして感じないが、旧約と新約をつなぐ『旧約聖書続編』には、エルサレムの様子として、次のようなことが書かれているからだ。

 

〔当時の支配者だったセレウコス王朝によって〕ディオニュソスの祭りが来ると、つたの冠をかぶり、ディオニュソスのための行列に参加することを強制された。 

 

 『マカバイ記二』より


 ここには、はっきりとディオニュソスの名前が出てくる。


 だから私は、イエスが知識として、ディオニュソスの名を知っていた可能性がると思う。また、その「ディオニュソス神話」に対しても、もしかしたらイエスは、幾ばくかの興味と共感を持っていたかもしれない、とも思っている。


 そう考えるのが自然と思われるほど、イエスは度々ディオニュソス的である。

 


死と再生の神

 

 イエスとディオニュソスの相似点について考えるとき、しかし最も意味深いのは、この二柱の神が、ともに「死と再生」を体現したことだろう。十字架上で死に、三日後に復活したイエスに関しては説明するまでもない。しかしディオニュソスに関しては、その「死と再生」について、若干の説明が必要と思われる。


 というのも、ディオニュソスのような非合理的な神は、つねに理性的であろうとした西洋文明(結果はどうあれ)では重要視されることがなく、いわばギリシア神話の中でも、脇役のスタンスしか与えられなかったからだ。それゆえ私たちは、ディオニュソスについて、あまり多くのことを知らされていないのである。


 だが、ディオニュソスについて知ることは重要である。

 

 ギリシア神話の中でただ一柱、死を体験した神がディオニュソスだ。古代ギリシア人が、神々と人間とを区別するのに用いた決定的な言葉"不死なる神々、死すべきさだめの人間"の規範からはずれ、死の苦悶を経て甦りを得た例外的な神であった。


  楠見千鶴子『酒の神ディオニュソス』より

 

 ここには、イエスを想起させる文言が連なっているではないか。


 そこで、ここで少し詳しく、ディオニュソスの「死と再生」の神話を眺めてみたいと思う。カバリズムのところでも少し触れたが、それを、より詳しく述べるものである。

 


二つの「死と再生」

 

 そもそもディオニュソスという名は「二度生まれた者」という意味である。つまり、その名前自体が、一度死んで、もう一度生まれ直した、という「死と再生」の意味合いを持っているのである。


 かかるディオニュソスの「死と再生」については、二つの神話が残されている。


 そのうち人口に膾炙しているのは、ディオニュソスの母、セメレーを主人公としたものだろう。すなわち、


「母セメレーが、ディオニュソスを妊娠している時に、雷電に打たれて死亡。その死体の中から、月足らずのディオニュソスが取り出され、ゼウスの太腿に縫い込まれた。そして、その太腿の中で月が満ち、この世に現れることになった」
 というものだ。


 しかし、この場合、死んだのがディオニュソスであるかどうかは、ハッキリしない。むしろ確実に死んでいるのは、母親のほうだろう。


 これに対して、ディオニュソスには「ザグレウス」という、彼の前世における「死と再生」の神話が残されている。そこでは、より明確にディオニュソスが死んでいる。

 


ザグレウスの死と再生

 

 その神話とはこうだ。


 ゼウスとペルセフォネーの間に生まれたザグレウスは、アテナに守られながら、洞窟で暮らしていた。それを、オリュンポス神族と敵対していた、ティターン(巨神)たちが見つけるところから悲劇が始まる。


 ザグレウスは、様々なものに変身しながら、ティターンたちの魔手から逃れようとする。しかし、牡牛に変身したときに、八つ裂きにされて食べられてしまう(=カ二バリズム)。
 残ったのは心臓だけだった。


 この心臓を、アテナがゼウスのもとに届け、ゼウスはこれを呑み込む。やがて夜風に化けたゼウスはセメレーと交わり、セメレーはディオニュソスを妊娠する。あとは前節で紹介したいきさつを経て、ディオニュソスは、ついにこの世に再生するのである。


 やや話が込み入っているが、これはイエスの、
「神が死を味わった。死んだ神は復活して、蘇りの神となった」
 という「死と再生」のストーリーと、軌を一にしていると言えるだろう。


 事実キリスト教は「ディオニュソス教の"死と再生"と習合した宗教である」と言われることもある。ディオニュソス以外にも、ヘレニズム世界には、アドニス、アッティス、オシリスといった「死と再生」を体現している存在が散見される。


 少なくとも、元来死後の世界について、思い巡らすことが少なかったユダヤの宗教に、ヘレニズム的な「死と再生」の要素を加味したのが、キリスト教であることには、間違いがないのである。

 


⑦ エリ・エリ・レマ・サバクタニ

 

 イエスは、十字架上で絶命する直前に「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」と言ったという。その言葉の意味するところは「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」という、神への絶望的な問いかけである。


 この言葉は、キリスト教の疵とも言える。なぜ神への信仰が不動となるべき時に、このような「神への不信表明」のような台詞が出てくるのか。クリスチャンもそうでない者も、どうしても違和感を覚えざるを得ない場面だと思う。


 この言葉を、詩篇第22番に結びつける解釈もあるが、私には、どうもしっくりこないものがある。どう考えても、死ぬ間際のイエスに、そんな悠長なことをする余裕はないと思うのだ。たしか芥川龍之介も、この言葉のゆえに、キリスト教に価値なしと、小説の登場人物に語らせていたと思う。しかし、


「かの十字架の死は、罪人たる全人類に対する"絶対的な許し"を象徴するための場面である。それは、アルベドの"救済"が現実化したものである」


 というのが『ヘルメスの杖』で表明した、私の解釈だ。というより、これは多くの神秘主義者の解釈であると言ってもよい。実際にそういうものとして、この場面は、宗教的に機能してきたのだから。


 そして、これがアルベドの救済の顕れであるならば、十字架上のイエスの心には「無限にして永遠なる神」の像が満ち満ちていたはずだ。なぜなら、救済とはアルベドの倫理観であり、その倫理観を支えるのは、無限にして永遠なる時空の把握だからである。

 


存在そのもの、との齟齬

 

 そして「無限にして永遠なる時空」とは、実に「存在そのもの」である。無限に含まれない空間はなく、永遠に含まれない時間はないからである。これを哲学的に捉えると「存在の原理」となり、神の像として見ると「汎神論的神」、つまり「汎神」となる。


 この汎神は、存在すべてを司っている訳だから、この神に見捨てられる存在などは、あり得るべくもない。すなわち、いかなる存在も、十字架上で体現された神性から、除外されることはないのだ。むろん、イエスという存在もまた然りである。いや、それどころか、このことを一番分っていたはずなのが、イエスなのである。


 だから、十字架上のイエスが体現しているものと、そのイエスが言ったとされる台詞――わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか――の間には、本当に猛烈な齟齬(ズレ)がある。そして私たち聖書の読者は、その齟齬に、何とも言いがたい違和感を持ってしまうのである。


「イエスだって存在だろう。しかもイエスは、そのとき存在のすべてを司る神に合一してるんだろう。なのに、どうして"まさにそのとき"自分を『存在の神』の枠外(神に見捨てられた場)に置くことが出来るんだ? 矛盾してはいないか?」


 もちろん、このような問題意識を顕在化できた人は、今までいなかった。けれども、意識下においては、多くの人々が、このような問題意識を共有していたのである。

 


虚無という「存在の枠外」に成立するもの

 

 しかし、マタイとマルコによれば、イエスは言ったのだという、
「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と。


 それは、福音書記家の聞き間違いだったかもしれない。たしかに、その可能性もあるだろ
う。なにせルカやヨハネは、それとは別の言葉を伝えているのだから。


 しかし、その可能性を差し置いても、「存在の神から見捨てられることが叶うもの」が、
たった一つだけある。それは存在に含まれないもの、つまり非存在であるところの「虚無」
である。


 そして――次の章から、本格的に触れることになるが――この虚無を象徴する神こそが
ディオニュソスなのだ。

 


影との合一、という完成

 

 これまでも見てきたように、キリスト教の不気味なところ、暗いところ、矛盾したところには、決まって、このディオニュソスという神が顔を覗かせる。


 そういえば、初期キリスト教にとって、ディオニュソスの顔は、イエスの顔のモデルでもあった。聖骸布モデルに取って代わられるまでは、イエスの顔はディオニュソスに似せて描かれたのである。


 それはさておき、イエスの影の部分にディオニュソスが垣間見えたとしても、それを否定的に捉える必要はない。むしろ、この神はキリスト教の完成者なのだ。


 たとえば『ゲド戦記』でも、主人公と主人公の影が合一するときに、物語のクライマックスが訪れる。ユング派の臨床でも、影(シャドー)の意識化が、クライアントの心を安定させることになる。安定すれば診療は終わり(完了)である。


 イエスとディオニュソスの場合もそうである。十字架上のイエスによって「存在の神」が体現され、そのイエスが同時に「虚無の象徴(エリ・エリ...)」を口にしたとすれば、それは「存在と虚無の合成」が執り行われた、ということである。


 それはすなわち「虚無からの存在の創造」「無からの創造」たる「創造神」が合成されたということである。


 と同時に、それはイエスが、真実の意味において「人間=神」の図式を満たしたということでもあろう。すなわち「神であるイエスが、影を持つ実在的な人間になる」、あるいは「影をもつ実在的なイエスが、神の位に高まる」という意味において。


 そして、この至って分かりづらい「隠された真理」を、もっと分かりやすくストーリー化したものこそが、イエスの死(虚無)と、それから三日後の復活(虚無からの甦り=再創造)なのである。


第3章 ディオニュソスの発見者


ニーチェという慧眼

 

 前章で見てきたように、ディオニュソスという神は、まさにイエスの影のような存在である。この、イエスの足元に佇む暗い神を、誰よりもハッキリと見て取っていたのが、哲学者にして心理学者のニーチェ(1844~1900)であった。


 はじめのうち、ニーチェは、古代ギリシアにおける二極的な神性という意味で「アポロンとディオニュソス」という対概念を呈示した。しかし彼は、だんだんアポロンからは遠ざかり、ディオニュソスに関しては、この神と自分を同一視するまでにも、のめり込んだ。


 そんなニーチェは、ディオニュソスの本質、ディオニュソスの心臓であるところの「虚無」に関しても、確実にその匂いを嗅ぎ取っていた。すでに一般的にも、ニーチェはニヒリスト(虚無主義者)と呼ばれているが、その称号に相応しく、彼は著作の中で、シレノス(ディオニュソスの従者である森の神)をして、次のように語らせている。

 

〔人間よ、〕みじめな一日だけの種族よ、偶然と労苦の子らよ。聞かないほうが一番ためになることを、どうしておまえは私に言わせようとするのか?
 一番よいことは、お前には、とうていかなわぬこと。生まれなかったこと、存在しないこと、無であることだ。              

 

  秋山英夫訳『悲劇の誕生』より

 

 じつに見事なまでの虚無主義である。


 ここには確かに「虚無」がある。アルベドの「存在の原理」「存在そのもの」を、ルベドの「創造の原理」「無からの創造」に高めるために必要な「虚無の原理」が確かにある。テーゼをジンテーゼに高めるために必要な、アンチテーゼが確かにある。ある措定を総合的高位に押し上げるために必要な反定立が確かにある。

 


テーゼとしてのキリスト、

アンチテーゼとしてのディオニュソス

 

 ニーチェ自身、十字架上のイエス(存在の原理)と、ディオニュソス(虚無の原理)を、テーゼとアンチテーゼとして並置するような事をしている。


 すなわちニーチェは、彼の創造的人生を締めくくるように、遺作となった自伝『この人を見よ』の末尾において、次のような事を書いているのだ。

 

 ――私の言うことがおわかりだろうか? ――十字架にかけられた者 対 ディオニュソス...... 

 

    手塚富雄訳『この人を見よ』より

 

 これはまた、前掲『悲劇の誕生』で語られている、

 

 アンティクリスト(イエスのアンチテーゼ)のほんとうの名前を誰が知るだろうか? ――それにギリシアのある神の名を借って洗礼名をつけたのである。私はそれをディオニュソス的な教えと呼んだのだ。

 

 という文章と軌を一にするものである。

 


抱えきれぬ問題を突きつけられた者の末路

 

 しかし、ニーチェ自身は、自分が呈示したはずの"テーゼとアンチテーゼ"を総合する力を、持ってはいなかった。それはニーチェが、純粋に、徹底してキリスト教を憎んでいたことからも分かる。


 というのも、総合すべき相手をただ憎み、ただ否定するだけならば、そこに総合という昇華作用は決して働かないのである。総合が起こるためには、反定立を抱え込むだけの力量が、あるいは敵を許すだけの度量が、絶対に不可欠なのである。


 その著書『悲劇の誕生』におけるアポロンとディオニュソスの二項対立も、その調停状態としてニーチェが語ったのは、結局のところ、弁証的総合ではなく、妥協的融合の産物に過ぎなかった。彼は言う、


「アポロン的でありながら、ディオニュソス的でもあるような、アッティカ悲劇」と。じつに陳腐な"結論"である。対立物を混ぜて一つにしただけではないか。白と黒を混ぜて、灰色を作っただけではないか。


 そして、このような答えしか出せないニーチェにとって、


「十字架にかけられた者 対 ディオニュソス」
 という対立は、本腰を据えて対峙すれば、あまりにも大きな"抱えきれない"ほどの問題だったのだろう。


 実際、この言葉を遺言にして、かれは狂気の世界へと堕ちていってしまう。

 

 ニーチェのこの自伝『この人を見よ』が書かれたのは、1888年の秋、彼が44歳のときである。この年が彼の正常な精神活動の最後の一年であった(中略)以後、1900年に没するまでの11年余を精神の闇の中にすごすのである。 


  手塚富雄訳『この人を見よ』解説より
                      
 とはいえ、ニーチェが、イエスの影として、アンチテーゼとして、誰よりもハッキリとディオニュソスを意識していたことは確かだ。私も多くのことを、彼ニーチェから学ばせてもらったのである。

 


開拓者が理解者とは限らない

 

 私がニーチェから学んだことは本当に多い。これから、それについて述べていくことにしよう。


 すでに述べたように、ニーチェの『悲劇の誕生』の主題は、アポロン的なものとディオニュソス的なものとの二項対立である。


 そして、誰がなんと言っても、この二項対立についての最初の、問題提唱者としての着想を得たのはニーチェだった。だから、この問題に関する開拓者としての賞賛は、絶対にニーチェに帰せられるべきである。


 しかし私には「ニーチェの理解と思索は、この問題の初歩的深みにすら、達していなかったのではないか」という気がしてしまう。たとえばニーチェは、芸術というフィ―ルドの中で、この二項対立を語るのであるが、その際に語られる、彼の、


「造形家の芸術であるアポロ的芸術と、音楽という非造形的芸術、すなわちディオニュソスの芸術」


 という言葉からして、私は躓いてしまう。ここには、ほとんど皮相とか浅薄と言わざるを得ないぐらい「低次の推察力」が感じられるのである。


 造形芸術と言えば彫刻や絵画であり、それらはアポロン的である。他方、音楽というものは形がないものなので、こちらはディオニュソス的なものである。そうニーチェは言う。


 しかし私には、彫刻や絵画の中にも、ディオニュソス的なものがあるし、音楽の中にもアポロン的なものがあるように思えて仕方がないのだ。

 


絵画の中にも、音楽の中にも

 

 絵画で言うと、たとえば画家ムンクの後期作品などは、フォルムの均整の追及(造形性)などよりは、ずっと衝動的な勢いの表現になっている。これは絵画といっても、むしろ著しくディオニュソス的なものとして感じられる。岡本太郎やデュフィなども同様だ。


 また、ニーチェが「ディオニュソス的なものである」と断定した、音楽芸術の中にもアポロン的なものは存在している。それについて書かれた見事な文章がある。指揮者カール・シューリヒトの芸術について説明したものだ。以下に、それを紹介したい。

 

 シューリヒトの演奏は直接人の情に訴えるのではなく、自分の一番美しいと考えるフォルムを高く掲げ、聴くものの美意識に訴える、というきわめて高等な芸術だということが分かってくる。となれば、聴き手にも相当の「知」が求められるわけだ。しかし、人はそんなに簡単に理屈で感動するものではない。シューリヒトが本当に素晴らしいのは、その感動が魂の浄化と高揚にも深く結びついている点にあるだろう。


  福島章恭 新版『クラシックCDの名盤・演奏家篇』より

 

 ニーチェの「音楽は非造形的でディオニュソス的なもの」という断定と、この文章に見られる「音楽の中に見られるアポロン的なもの」の説明では、果たしてどちらに、より説得力があるだろう。私には、後者としか思えないのであるが。


 そもそも、何かしらの"分野"によって、アポロン的なものと、ディオニュソス的なものを、色分けすること自体に無理がある。むしろ現実を見るかぎり、


「どんな分野であっても、アポロン的なものと、ディオニュソス的なものを、それぞれ見出すことが出来る」
 と割り切ってしまったほうが適切なのではないだろうか。


 なぜなら、アポロン的なものと、ディオニュソス的なものは、人間の心の深いところにある、かなり根源的な二極性に関わる問題だからだ。そのため、人の心が生み出すものには、総じて、これらの要素を見出すことが出来るのである。


 このことを前提にして、私は、出来うるかぎり自由な態度でもって、アポロン的なものとディオニュソス的なものを見ていきたい。


 むろん、それはニーチェの思想を逸脱することである。しかし、私にとってニーチェは、彼の思想の枠に留まることを、義理立てしなければならないような思想家ではない。
 
 


第4章 アポロン的なものについて


アポロン的なものとは何か

 

 アポロンはギリシア神話の太陽神である。ただし、それは飽くまでも「真昼の世界」を司っているという事に過ぎない。


 彼の隣には、双子の妹であるアルテミスが控えている。夜になれば、アポロンは、そのアルテミスに、この世界の支配権を、そっくり明け渡さなければならない。彼女は、夜空に浮かぶ月の女神であり、夜の世界の司なのである。


 そればかりではない。夜明けの時間帯さえも、太陽神アポロンは、その支配権を奪われてしまう。そこに太陽があるのにも関わらずだ。なぜなら、夜明けの時間帯の支配者は、暁の女神オーロラであるからだ。


 アポロンに残されたのは、本当に昼間の時間帯だけであり、この光に満ちている時間帯だけが、彼の職掌ということになる。


 私たちは、太陽神というと"至高の神"というイメージを持ってしまう。が、とどのつまりアポロンは、その治めている世界(時間)に、かなり制限を課せられている神なのである。


 その証拠に、アポロンは、至高の神であるゼウスの息子に過ぎない。加えて、アポロンがゼウスの王座を、下剋上的に奪取するとは、誰も思っていない。いわば彼は、永遠の中間管理職なのである。

 


遍照する光を崇める者たち

 

 しかし、そんな中間管理職であるアポロン(=真昼の太陽)を、人間の心にとって最高の境涯だと考える人たちもいる。


 たとえば、アポロンは役割的に、大乗仏教の大日如来に同通する。大日如来は、世界を遍く照らす無辺光の象徴であり、光に満ちた、暗さの要素のない、まさに昼間の太陽を人格化した仏である。


 そして大日如来は、真言密教の行者にとっては、まさしく"至高の存在"である。だから曼荼羅(真理を図像化したもの)においても、仏教の教祖であるはずの釈迦如来を押しのけて、その図の中心に鎮座しているのだ。


 この状態は、ギリシア神話に焼き直せば、最高神ゼウスを押しのけて、アポロンを中心にすえた教義を作ったようなものであろう。


 また、真言密教では、その曼荼羅の一つを「胎蔵界曼荼羅」と呼んでいる。ということは、真理を母体、そこに超入することを、子宮内の胎児と見立てている訳である。胎児を収蔵するのは子宮であるから、そういう事になるだろう。


 つまり、真言密教は母性的な宗教であり、その点、女性原理のマックス状態であるアルベドに等しいと言える。座標で言えば、真言密教の真理とアルベドは、まったく同じ高さにあるということだ。


 そして、ルベドを知らないアルベディアンにとって、アルベドを体現している大日如来やアポロンは、たしかに至高の神たりえる。


 ルベドでは闇の要素も不可欠なので、ルベディアン的には、ただ光に満ちているだけの大日如来やアポロンでは、至高神として物足りない。だが、アルベディアンは、そんな事には、まるで関知していないのである。


 まとめると「アルベディアンにとって、アポロンとは至高の神である」ということであり、そこから「アポロン=アルベド」という単純化も可能だということである。

 


アポロン的夢幻とは、アルベド侵入

 

 アルベドの神が、自我を確立した人間に与えたもう恵みが「アルベド侵入」である。それが真言密教では「加持」という言葉で表現されており、ニーチェの著書では「夢」とか「夢幻」と称されている。


 ニーチェの用語は、本当に、ごく僅かのアルベド侵入を体験した者が、その本質が分からないまま――でも何か貴重なこととは感じられるので――その表現形式を探しあぐねて、ようやく名前を付けたもの、という感じがする。


 たしかにアルベド侵入は、夢のお告げのように現出することもあるが、やはり、それを呼び名にしてしまうと、話が分かりづらくなる。ニーチェの本を読むかぎり、彼が「アポロン的夢幻」と言っているのは、アルベド侵入のことであり、読者にあっては、そのように理解しておけば、まず間違いはない。


 さて、このアルベド侵入が恵まれたとき、芸術作品は、その造形に「古典性」を付け加えられることになる。


 この古典性というのは、空間的に見れば「地域性を超えて理解される普遍性を持つ」ということであり、時間的に見れば「飽きにくく、その新鮮さが続く」「時代を超えて存在価値を発する」ということである。


 だからクラシック(古典)と呼ばれる作品や文化は、総じてそのような特徴を持っていると言ってよい。クラシック音楽、古典ギリシア・ローマの文化などは、まさしく、そういったものである。


 逆に、この古典性を持たないかぎり、ある一つの造形は、あっという間に地域的拡がりを止め、時間的には、飽きられ、忘れられ、ついには消滅する。つまりは、ある造形の命を長らえさせるためには、どうしても古典性が必要なのである。


 それだから、この「古典性を付加するアルベド侵入」の授与者である「アルベドの神アポロン」は、それによって「造形の神」と呼ばれることになるのである。あるいは「造形性の守護神」と呼んだほうが適切かもしれないが。

 


十字架の古典性

 

 ところで、アルベドとは「無限、永遠、救済」のセットだった。というより、アルベドという真理を、三つのフェーズ(位相)から眺めると、空間的には無限、時間的には永遠、倫理的には救済、という風に見える訳である。


 そして、十字架にかけられたイエスが表現したものは、まさに「救済」であった。つまりそれは、アルベドの座標にある「絶対の許し」を、象徴的に地上世界に降ろしたものだったのである。


 そして、アルベドの座標において、その「救済」を支えているのが、他のフェーズであるところの「無限、永遠」である。


 無限は空間的な地域性を超越する力となり、永遠は時間的な消滅性を超越する力となる。ということは、無限と永遠は「古典性」の淵源と言える。


 もし、この無限や永遠からの支えがなかったら、イエスの「救済」は、間違いなく、その説得力と魅力とを、獲得できずにいただろう。すなわち、世界伝道されるほどの普遍性を持ちえず、二千年語り継がれるほどの永続性を持ちえなかったことだろう。要するに「宗教的古典」には、なり得なかっただろう、ということである。

 


十字架=アルベド=アポロン

 

 それは、もちろん別のフェーズを前面に立てた場合にも、同様にして言えることだ。


 もしも「無限」が、そこに現れているのであれば、その無限は、背景に「永遠」や「救済」を引き連れている。また前面に「永遠」が現れているならば、その背景には「無限」と「救済」が見え隠れしていることだろう。


 結局それらは、不可分のものに他ならないのである。


 となれば、一つのフェーズが、アルベドの全き姿を成立させているならば、他のフェーズもまた、同等のレベルでアルベドを成立させているとも言えるだろう。


 そうであれば、イエスが「救済」を、あれだけの完成度で実現しているならば、それは端的に「イエスはアルベドの体現者である」と言い換えられる。


 そしてまた、これは「アルベドの体現者であるイエスは、古典性の淵源としての働きをも賄っている」とも言い換えられるのである。


 そして、造形の守護神アポロンは、まさに古典性の授与者であり、古典性の淵源に立つ者であった。ということは、結局「十字架にかけられた者(イエス)」と「アポロン」は、同じものの異称と解しても構わないのである。二つの名前は、アルベドの概念によって、一つに結ばれているからである。


 そして最終的には、それは、ニーチェが晩年に言い残した、


「十字架にかけられた者 対 ディオニュソス」という言葉は、若かりし頃の著作(『悲劇の誕生』)において、すでに、


「アポロン 対 ディオニュソス」という形で、先行的に語られていた、ということを意味している。

 



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