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パンダ日記1

 

"小鳥"が勤める"ハクサイ8931ハクサイ"というパチンコ店は、真っ直ぐな島が1コースから5コースまでと、5コースの隣に通路を挟んでアーチと呼ばれる円形のエリアがあり、5コースとアーチにはスロット台が設置されている。

「 1番台はもとより、2番台3番台と上がり目に上がりまして、最終は310番台に至りますまでぇ~」

などと言ってはいても、実際は4と9を抜かした台番なので設置してあるのは200台である。

他の島が36台構成なのに対して、アーチには20台しか無いのだが、スタッフが揃っている時は一島に対してスタッフ一人の配置が基本となっていて、

「 "黒井(小鳥)"さん、アーチをお願いします 」

連日の2時出勤が考慮されていたのかどうか、"小鳥"は早番の時間帯ではアーチに配置される事が多い。

" 不信な行動を確認したら即報告をする事 "

に重点が置かれる役割の元で、

( これは毎日来ている常連さん・・)

( コイツはよく台を叩く常連さん・・)

( ん?これは初めて見るぞ・・)

自然にも人間観察をする様になっていた。

そんなある日の事、

( おっ?)

いつもはアーチの真ん中に設置された外向きに座れる円形のソファに座って彼氏を待っているだけの女の子が、突然ひとりでやって来たかと思うと、

" ちょこんっ "

スロット台に座り、

( 打てんのか?)

これまで実際に遊戯する姿を見た事が無かった"小鳥"は、変な心配をしながら見守る事になった。

この女の子は目の周りをダークに化粧していた為、

「 "パンダ"ちゃん 」

スタッフの間ではこんなあだ名が付けられている。
 
大概スパンコールの散りばめられたキラキラのミニスカートで来店しては色気をさらけ出しているだけで、目押しが出来るとは思い難い。目押しとは、ぐるぐると回転するリールの絵柄を狙った所で止める事である。

しかし、"パンダ"はそんな心配を見事に裏切り、無難に初当たりを点けると連ちゃんまでしてメダルを箱に貯め、止め時も適度にしっかりと景品に交換して帰って行った。

( やるなぁ・・)

色気よりも化粧よりも、その立ち回りの見事さに感心する。

彼氏に内緒だったかどうか、この日を境に"パンダ"はちょくちょく一人で来店するようになり、しかも初回をまぐれでは無かったと証明する様に順調に勝ちを重ねた。
 
注目を寄せていた"小鳥"は、

「 よく出しますけど、プロですか?」

「 フフ・・」

ジェットカウンターで対応している内に冗談を交わす様になっていた。

「 ねぇ、何時に終わるの?」

「 えっ?」

「 仕事は何時に終わるの?」

「 あぁ、11時にはだいたい・・」

「 今度会って・・」

「 はっ?」

"パンダ"の急な誘いを、

( 冗談だよな・・)

と受け流す。
 
その後。
 
"パンダ"は、"小鳥"の2時出勤を狙う様に連日一人で来店する様になった。

「 今日待ってるから・・」

「 んん? は、はい・・」

思わず返事をしてしまった"小鳥"。

「 どこがいい?」

更なる"パンダ"の押しを交わし切れず、

「 あ、あぁ・・ そしたら市場で11時10分・・」

帰り道の途中に見える甲府市場を口に出していた。

「 はい、コレ・・」

"パンダ"は、他のスタッフを欺くかの様に、流したメダルのレシートを受け取りながら"小鳥"に紙切れを手渡して、涼しい顔で退店した。

" カサカサ・・"

"小鳥"が人目を避けて紙切れを広げると、そこに記されていたのは携帯の番号。
 
 

パンダ日記2

 

( 最近になって、急に一人でやって来て・・)

( でも彼氏ともちょくちょく来てるしなぁ・・)

( 仕事はたぶん水商売だろうなぁ・・)

冷静に考えてみると"パンダ"の誘いには不可思議な点もあり、

( もしかして何かの罠か・・)

そんな可能性も感じる。

しかし、場所を指定しておきながらバックレてしまうのは気が引ける。

( よし!)

"小鳥"は何が起こるかわからぬ待ち合わせ場所に、単身出向く決意を固めた。
 
閉店作業を終えるといつも通りに、

「 お先に失礼します・・」

こんな時こそ、至って普通に振る舞おうとするのが人間なのかもしれない。

他のスタッフが着替え前のいっぷくをかましているのを横目に階段をゆっくりと降りた。

帰り道である国道20号バイパス沿いにある市場ならば、立ち寄ったとしても帰宅までのロスはほとんど無い。いつもよりソワソワしていても、心はどこかに余裕を残している。

先日の"葵"の姿が脳裏をよぎる。

( 俺に間違いは起きないさ・・)

仮に"パンダ"からの誘いがハニートラップであれば、

( そん時は懲らしめてやる・・)

無傷で生還する自信を、根拠も曖昧に抱えて車を走らせる。
 
立体交差を一つ越えて、

" 甲府市場入り口 "

表札付きの信号機を確認して、そこを左に曲がる。

目の前に見える市場入り口の正門は閉まっているが、カカシ商運時代に失踪した"ネズミ"の代行で福川運輸に入った際に、この辺をしきりに配達して回った事がある。正門前を走る通りが市場の外周道路になっているのは知っている。
 
何と無くウインカーを右に上げ、外灯も消えて静まり返った道をやや進んだ所で車を停めた。

" ガサゴソ・・"

"パンダ"に手渡された紙切れを取り出し、そこに書かれた番号に電話を掛ける。

" トゥルル・・"

「 ハイ・・」

すぐに聞こえたのは女の声。

( うぉっ!)

十中八九"パンダ"の声だろう。

「 もしもし、パチンコ屋の者だけど・・」

「 うん・・」

「 今、市場の外周にいるだけど・・」

「 アタシも・・」

「 ほぅかぁ、車で来てんのか?」

「 うん・・」

「 そしたら、どのへん?」

「 バイパスから入って、正門前を左に曲がってすぐのとこ・・ 黒の軽・・」

「 あぁ、ほいだらすぐ行くよ・・」

"小鳥"はすぐにアクセルを踏み込んで、正門へと急いだ。

外周道路を一周して最後の左折を済ませる。
 
スピードを落として目を凝らし、

( あれだな・・)

対向する形で停まっている黒の軽の周辺に不審な気配は無い。それをやや通り越した辺りで車を寄せてエンジンを切った。

車外へ出て、

" スタスタスタ・・"

後ろから透けて見えるシルエットは運転席に座る一人だけ。

" コンコン "

運転席側の窓を軽く叩く。

「 遅いし・・」

下がった窓の中から見えたのは間違いなく"パンダ"。

「 隣に乗ってもいいけ?」

" コクリ "

"パンダ"が静かに頷くのを確認して、夜の闇に隠れた車内へと乗り込む。

「 大丈夫け?」

「 何が?」

「 彼氏はこの事知ってるのかい?」

"パンダ"はそれには答えない。

「 ねぇ・・」

「 何だい?」

「 好きになっちゃったの・・」

「 そうかぁ・・」

" 影がある "

とはこういう事なのだろう。

"小鳥"は不意に、とてつもなく引き寄せられていた。
 
 

パンダ日記3

 

「 彼氏と何かあったのかい?」

「 別に・・」

ガヤガヤとうるさいホールでさりげなく交わしていた会話とは違って、静かな暗がりでしっかりと届く"パンダ"の声音は少し尖っていながらもどこかが弱弱しく、果たしてこの状態が常なのか稀なのか。

( 投げやりか?)

そんな印象が強い。

「 どうでもいいけどさぁ、俺は結婚してて嫁がいるさぁ・・」

「 知ってる・・」

「 えっ?」

「 指輪してるじゃん・・」

「 あ、ほぉかぁ・・」

最初こそ違和感を大きく感じていた指輪も、今では体の一部の様になっている。そこには敢えて見せ付ける意識も無ければ見られている意識すらも無い。左手の薬指にはめた指輪を眺める。これは"葵"の母親が買ってくれたものである。
 
「 "リー(葵)"ちゃんが出世したら、何倍にもして返して貰うから・・」
 
そんなシーンが蘇る。

「 お前さん、仕事は何をしてるで?」

「 芸者・・」

「 石和か?」

「 うん 」

「 そっかぁ・・」

かつて芸者をやっていた"葵"に夢中になり、髪型をオールバックにして、

「 いいじゃん、いいじゃん!」

そう言われれば喜んで続けたし、

「 ちょっとぉ~、そのゴン太眉毛はキモイってぇ~、アタシが剃ってあげるから来ぉし~」

などと言われれば尻尾を振って顔を差し出し、"葵"にもっと振り向いて欲しくて、"小鳥"は自分を変えて来たが、そんないちいちの取り組みは"葵"以外の誰を狙ったものでも無い。
 
なのに今、目の前にいる現役の芸者は、自分にほの字をほのめかしている。

「 じゃぁ何かい? お前さんは俺にとって都合の良い女になってくれるって事かい?」

「 うん、それでもいい・・」

( クゥ~~~)

普段の"葵"から、こんなアプローチは受けた事が無い。

「 酒とタバコより、"リー(小鳥)"ちゃんが好き・・」

こんな言葉を望んでも、一度として叶っていない"小鳥"。

( 俺に間違いは起きないさ・・)

ついさっきまで決意は、いきなりにも大きく揺れていた。
 
 

パンダ日記4

 

" お湯掛けられると食べたくなる "

のはカップ麺だが、

" 追い掛けられると逃げたくなる "

のはこの場面。
 
"小鳥"はかつて、こんな心理を学び終えていたはずである。
 
迫る"つぼみ"を嫌悪したではないか。

なのにそうならないのは、

( 人による・・)

" ズコッ "

この世はやはりワンパターンでは無い。
 
連絡先を書いた紙切れを渡され、待ち合わせまでして、

「 ハニートラップだったら懲らしめてやろうと思って・・」

なんて事が信じて貰えるかどうか、市場の暗がりで長くを共にすれば、

「 やったね・・ 車でやったね・・」

そう言われても仕方無い。
 
一刻も早くこの場を離れる事が賢明なのだが、それをさせない何かが"パンダ"にはあった。

「 あのさぁ・・」

「 なに?」

「 本当に俺の事が好きなのかい?」

「 うん・・」

「 ほぉかぁ・・ そしたら彼氏は悲しむわなぁ・・」

「 アイツは他に女がいるから・・」

「 ほぁかぁ・・」

"パンダ"がうつむいたのを"小鳥"は見逃さなかった。

「 おい、俺は訳あって三日風呂に入ってねえし、今日も汗だくになって働いて来てパンツまでぐっしょりだけどよ・・」

「 うん・・」

「 ここでしゃぶってくれよ・・」

「 えっ 」

「 えっ じゃねぇよ・・ 早く舐めろよコノヤロー!」

「 ヤダ!」

「 ヤダじゃねぇだろ!てめえで呼び出しといてなぁ!今になって四の五の言ってんじゃねぇぞコノヤロー!」

「・・・」

それまでが嘘の様な"小鳥"の豹変に、"パンダ"がうつむいて固まる。
 
それを見た"小鳥"は、

" バタンッ "

"パンダ"を置き去りにして市場を後にした。

彼氏の浮気に対してやけを起こし、最寄の男に身を任せてしまいたくなっただけの"パンダ"に、

( 自分を大切にしろよ・・)

( 良い男を見つけろよ・・)

( お前は大丈夫だ・・)

こんなメッセージを送る。
 
 

それから間も無く

 

一つのアプローチに区切りをつけ、

( 俺には、愛する妻がいる・・)

妻帯者であるという自覚を更に強くした"小鳥"。
 
"パンダ"は、来店を続けているが、あからさまに"小鳥"を避ける様になった。"小鳥"も又、ただの店員に戻ってシンプルな接客を貫いている。それでいい。
 
"葵"との幸せの為には、

( もっともっと・・)

" ローマは一日にして成らず "

という教訓の如く、一日一日、業務をしっかりとこなし、今の暮らしの困窮から抜け出さなければならない。
 
不意に、

( あぁ、なんか良い事ねぇかなぁ・・)

" 棚からぼたもち "

そんな奇跡をついつい期待してしまうが、そんな事がある訳が無い。
 
" ぷるぷるっ "
 
頭を振り、邪念を振り払う。
 
 


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