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1話:蒼の機関車、秘められた謎

 JR東日本・田端運転所では、EF510の501号・502号・503号が勢ぞろいしていた。
「まったく、501のアレには久々に嫌な汗かいたな」
「ああ。仙ココ(小牛田)がD51 498の溶栓溶かしたのにつづき、また恥をかいちまった」
 機関士たちが口々にそうぼやきながら、なにかをくわえて吸っている。
「場内禁煙!」
 そこに入って先輩たちを咎めたのは雪井零子(ゆきい・れいこ)機関士だ。
 この機関区の紅一点、女性機関士で、機関区ではみなから「イインチョ(委員長)」と密かにあだ名されている。
「ざんねーん。これは電気タバコ。火に見えるのはLEDランプで、煙はカートリッジの揮発性ハーブオイル」
「もうっ、どうしてそこまでして吸いたいんですか!
 やめればみんなお小遣い増えて、カンパすれば社宅のまわりに庭園鉄道ひけちゃうじゃないんですか。
 管理組合で社宅の大規模修繕のついでにNやHOだけじゃなくて、庭園鉄道で子どもたちを乗せて楽しませようって計画しても、結局資金不足で頓挫してるのに」
「まあそうだよなあ」
 機関士たちは苦笑した。
 だが、その一人が言った。
「雪井くん、君もわかるよ。こうして吸いたくなる気分」
「なんですかそれ」
 そこに構内放送がかかった。
「雪井機関士、所長がお呼びです」




 雪井が所長室に入ると、所長は二人の鉄道の制服の男性を紹介した。
「北急系列の米田車輌と、尼崎の奇車会社で、北斗星・カシオペア仕業EF81後継機を試作していたのは知っているな。
 米田車輌のH級のEH510、奇車会社のEF510の500号機。
 ともにオーバースペックのため、我がJRでは制式採用せず、代わりに501・502・503を導入した。その経緯は君も知っていると思う」
「はい」と答えたものの、雪井は見当もつかない話であった。
「実は、501号以下の制式「青星罐」に、不安がある」
「本当ですか!」
「ああ。501号の事故は交直切替装置の故障だったが、実は501号を調べたところ、溶断した主回路とは別に、運行制御システムの一部に我がJRの検車が気づいたんだが」
 所長は言葉を選ぶ一瞬、胸ポケットのタバコを探したが、所内は全面禁煙である。
 どうしてこうもみなタバコが断ちがたいのかと思う雪井だったが、その次の言葉に耳を疑った。
「内密な話だが、「青星罐」501・502・503の運行制御システム、とくに主回路制御装置の補助システムに「ブラックボックス」があるらしい。現在 JRシステムで解析しているが、メーカーはなにかを偽装した。しかも」
 雪井ははっとした。
「わかっているな。1ヶ月後の特別仕業。上野発札幌行のBCE充当によるお忍びの国賓お召。
 すでにEF81牽引でカシオペアE26や北斗星24系25形で何回か実施している。
 カシオペアや北斗星編成の個室には、どの部屋かは秘密だが、防弾装備を設けている。
 これは全国の鉄道に警察庁警備局が密かに通達した条項で、お召専用車輌の利用不可能な場合に備えてA個室あるいはグリーン席相当の車輌に防弾装備をもたせるものだ。
 そこで」
 所長は所長室の液晶テレビをディスプレイモードにした。
「奇車会社の江崎(えざき)と申します。本来なら警察庁警備部が説明するべき事項ですが、我々に託された事項となりました」
「まさか」
 雪井は口にした。
「ああ。1ヶ月後、その国賓は皇居を訪問したあと、上野から札幌に移動するが、それには新幹線やE655、新1 号編成が使えない。虫が見つかった」
「虫、ですか」
「ああ。まったく、JRも恥ずかしいこと続きだ。警備部は公安部情報で、JRの貴賓仕業セクションに裏切り者がいることを察知した。貴賓仕業に充当される新幹線、お召車輌は使えない。
 これでわかっただろう」
 雪井はちょっと考えたあと、言葉にした。
「1ヶ月後のその国賓の御一行の秘密のお召を、カシオペアE26と下り北斗星、そしてブラウンコーストエクスプレスの3列車で同時に運転する。
 しかも、ブラックボックスのある501・502・503では不安があるため、牽引機に0号機とEHとEFハイフンを充当する」
「さすが我がJRの機関士養成所貴賓運転特修科首席卒業だな。全くそのとおりだ」
 所長は、言葉を区切り、命令した。
「1ヶ月後のその3列車の運転計画を、この来嶋(くるしま)くんと江崎くんと検討し、なんとしても国賓を札幌まで無事にお連れするんだ。
 これはJRの業務命令というだけではない。日本国の国家としての命運がかかっていることでもある。厳命だそうだ」
 雪井は背中に汗を少し感じた。
「運行計画について、本社企画部が特別チームを作った。EH、ハイフン、0号を充当した輸送計画を急いでくれ」
「でも、EHも0号も、まだ我々と途中運転所の貴賓運転資格を持たない機関士は運転について未体験です。彼らに任せるには性能確認が必要ですが、その試運転はいつ?」
「時間に余裕が無い。それは、今夜だ」

 そのとき、運転所の表で汽笛が鳴った。
 相模大川からEH510とハイフン、そして尼崎から0号の3機を無動力回送で牽引してきたEH500の汽笛だった。

2話:出発の上野駅

 性能確認のための訓練・試験走行が行われた。
 EH(EH510)、ハイフン(EF-Y500)、0号(EF-510 500)ともに高性能を発揮し、ハンドル訓練でJRが臨時運用用に保有している24系客車を易々と牽引する。




EF510-HOKUTOSEI
EF510-HOKUTOSEI posted by (C)YONEDEN

 0号の試運転の時だった。
「やはりP形としては十分な性能です。
 動輪粘着力も起動電流も、ショックアブソーバーの粘性も理想的な数字です.
 501・502・503もこういう性能曲線だったらさらに良かったでしょうね」
「せっかくだからこのまま東京から出雲市まで行きたいですね」
 江崎が冗談を言う。
「往年の寝台列車『出雲』の再現ですね」
「ええ。あの赤いヘッドマークつけて」
「でもその気持ち、わかります。
 私も往年の特急色塗り、大好きでしたから」
 という雪井の言葉に、0号のマスコンを操作する来島の顔も明るい。
「伝統の継承も大事ですよ。この0号、幻のままにしておくのは惜しい。本当に」

 夏を過ぎ、夕焼けが早く訪れるようになった季節の田町運転所で、機関車たちが並ぶ。
 とくに0号機のデザインの元になったEF65・1000番台PF形の並びは、機関士たちもつい私物のカメラに納めてしまうほどの美しさである。
 同じデザインながら、0号機はEF65の遺伝子を継いだ強力機としての風格をすでに見せている。
 その隣で純白のハイフンとEHが陽光を反射している。
 他の機関車も、夜行や臨時列車の運転がほとんどのここでは、のんびりと昼休みである。
 のどかながら、一瞬間違えたら事故につながりかねない鉄道の現場、緊張は保たれたまま、ベテラン機関士たちはそれでも休息をとっている。
 田端運転所は電気機関車のみの車両基地である。当然所属する機関士はみな、電気機関車に精通している。所属する機関車は新鋭EF510の500番台、 EF81、EF65であり、隣接する尾久車輌センターでは北斗星やカシオペア、そしてブラウンコーストエクスプレスが整備を受けている。
 その入れ替え用のDE10・DE11機関車は宇都宮運転所所属であり、田端所属は電気機関車だけである。

 検討は続いている。3列車の経由路線はあえて分散させることと本社企画部プロジェクトチームで決定されている。
 所定の性能を出すと給電システムに過負荷となるため、3機はそれぞれにリミッターを組み込んだ状態での牽引である。




「これが終わったら、離ればなれですね」
 江崎が惜しむ。
「私はまた、尼崎に戻らなくてはならない」
「でも、鉄道とはそういうものだと思います」
 雪井は無常を感じざるを得なかった。
「やってきても、いつかは帰って行く。しかもその風景は、常に二度と戻ってこない」
「そうかもしれません」
「行く水はとどまることを知らないように、行く列車もとどまらない。どの列車も走り出し、どこかに向かい、そして最後には永遠の向こうへ行く」
「そうですね」
「鉄路の向こうは、永遠の世界に続いている。人々の記憶という名の永遠の世界に。
 いくら撮影しても、その一瞬の存在はとどめられない。
 期待されて入線し、日々走り続け、そして思い出の向こうへ去っていく。
 すべての列車は、それにのり、それを愛する人々の、『のぞみ』なのでしょう。
 そして、『のぞみはいつかかなう』けれど、そしてかなった後には、酷薄な現実が待っている」
「寂しいものです」
 といいながら、来島はノッチを戻し、定速ボタンを押して定速維持性能を確認する。
 そしてホイッスルを短く鳴らす。線路脇から撮影をしている子供がいたのだ。
 キャブに入った3人で、みな手を振り返す。
 一瞬、一期一会。

 そんな日々が、終わろうとしている。
 田端運転所の所長は相変わらず忙しくあちこちに外出している。
 運転所の仕事かどうかはわからないが、思えばほかにも何人もの機関士が不自然な休暇をとったりと、物々しさが少しずつ増してきた.

 そんななか、本社企画部PT(プロジェクトチーム)の作ったダイヤが届いた。
 雪井、来島、江崎の3人は3列車の牽引機のキャブに、函館まで添乗して確認をすることともなった。
 EFハイフンとEH、0号機は青森信号所で付け替えることなく青函トンネルを通しで運転する。特に0号機はこのために青函ATCを搭載しているのだ.

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IMG_0270 posted by (C)YONEDEN


 ついに、その日がきた。

 尾久に北斗星、カシオペア、ブラウンコーストエクスプレスの3列車が並んだ。
 ブラウンコーストエクスプレスはクルーズが終わり、尾久の北急トレインサービスの基地で整備を終え、JRの運転士の運転するEHに接続された。
 これから推進回送で上野駅13番線に向かうのだ。

「では、ご安全に!」
 運転所の当直台で助役に出発点呼を受ける。

 13番線は頭端式ホーム、行き止まりホームで、しかも機回し線という平行する線路がなく、機関車で牽引して上野に入ると機関車が戻れなくなるため、推進運転といって、客車を先頭にして上野駅に入線する。
 そのために客車の先頭、下り列車の最後尾の車両では、ラッパ吹きという俗称の、簡易警笛とブレーキ弁を持った機関士が乗り込む。

 最初の列車はブラウンコーストエクスプレスである。
 最後尾サロン・オハフ25の車内から無線で牽引機・EHの本務機関士に連絡しながらの尾久から上野への回送である。

 何気なく脇を見ると、警官が数百メートルおきに立っている。
 物々しい、まさしく御乗用列車の警備だ。

 後ろではカシオペア、北斗星が同じように推進運転を待っている。

 13番線への入換信号機が進行を示している。

 青森信号所までの、絶対に打ちきれない運転が、ついに始まった。




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0rimage080 posted by (C)YONEDEN



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0rimage054 posted by (C)YONEDEN



3話:消えた機関車

 ブラウンコーストエクスプレス、カシオペア、そして北斗星の順で、上野を発車することになっている。
『なお、本日運行の都合上運転経路が若干変更となっておりますが、運賃・特急料金に変更はございませんのでご安心ください』
 EF-Y500以来、EH510に受け継がれた車内放送モニタから流れる車掌の車内放送を聴きながら、EH510はインバータの音も力強く北へ向かう。
 そのマスコンを田端運転所の機関士・鳥飼が握る。
「なんですって!」
 かかってきた携帯電話の話に、雪井は思わず声を上げた。
「青星罐が、消えた!? そんな事ありえないはず!」
 電話の向こうでは運転所の助役が声を震わせている。
『ほんの一瞬だった。入れ替えの作業があったと思ったら、3両とも忽然と姿を消した。
 現在うちの田端運転所の何名かの機関士とも連絡が取れない』
「雪井くん」
 鳥飼がなだめる。
「昔、戦争中にD51が1両、大宮で見失われ、九州で見つかったことがある。
 列車に次位無動力回送でつないでぶらさげて走ってしまえば、後でなら判明しても、リアルタイムには現在のCTCシステムでは察知出来ない。JR貨物のコンテナだって、だからこそ厳密に管理するためにGPSを使って位置を確認している」
「そうですけど」
「鉄路の、罠だな」
 鳥飼はそういうと、大宮、本線進行! と指差喚呼した。
「しかし、誰がこんなことを仕掛けたのか」
 雪井がひとりで言葉にしたとき、鳥飼が咎(とが)めた。
「雪井くん、間違うなよ。
 君は肝心なことを忘れかけている」
 雪井ははっとした。
 君の仕事はこの列車を無事札幌まで添乗してつれていくことだ。
 君は感がいいからいろいろ考えてしまうだろうが、目の前のことにまず集中するんだ」 雪井は頷いた。
「とはいえ、やっぱり新車はいいねえ。
 ホコリっぽい匂いに慣れて、いつもそれで心やすらぐが、こんなピカピカの新車にも良さがある。
 501・502・503も綺麗なキャブだった。
 世代交代というのはこういう事をいうんだな」
「鳥飼さん」
「雪井くんももうすぐベテランになる。
 まだまだいろいろと知りたいこともあるだろうが、そもそも我々にとって、秘密というものは、墓場まで背負っていく荷物だ。
 あまり知りすぎると、重たすぎて辛くなる。
 それと」
 鳥飼は諭すように、ゆっくりと話した。
「おれたち機関士にとって、愛する罐たちだろう。すべての機関車は。
 501・502・503だって、俺たちでずいぶん慣熟運転して、なじんだじゃないか。
 ブラックボックスがあっても、あいつらは俺らがミスさえしなければ、立派に引いてくれてきたじゃないか。
 作るやつ、整備するやつ、使うやつ。
 この三者がしっかりしていれば、罐は常に正直だ。
 そして、作るメーカーだって、そこまで浅はかではない。
 機関士の第一の心得だ。

 罐を、信じろ。

 思い込みに惑わされるな」
 雪井は、その力強い言葉に胸を打たれた。
「そうですね」
「それに、俺にはあの3機が消えた理由、薄々わかってな。
 口にはしないが、まあ、これもまた機関士魂の関わることだろう」
 そのとき、雪井の携帯に入電した。
「北斗星も上野を発車しました。このブラウンコーストエクスプレス、カシオペア、北斗星、すべて出発しました。順調な滑り出しです」
「そうか。大丈夫だ。
 信じろ。それだけだ」

 田端運転所の受け持ちが終わり、運転士が交代する。
 陽は沈み、粒子の細かい夜の風の中を3列車が駆け抜ける。
 後方の客車内では食堂車のパブタイムが始まろうとしている。
 ますます運転に気を使う。
 しかし、その気を使うところに、機関士という仕事の果てなき妙味があるのだ。




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0rimage119 posted by (C)YONEDEN



 夜は始まり、ますます暗くなる。
 ヘッドライトにホイッスルの短声一閃、機関車たちは十二分に走っている。

 さきにどんな過酷な運命が待っていようとも、機関車たちはつねに正直に立ち向かう。
 雨も、雪も、勾配も曲線も。
 何が待っていても、機関車はつねにその表情ゆたかに走る。

 雪井は、一瞬、小指の爪の先ほどでさえも、青星罐を悪く思ったことを、自らの心から恥じた。

 機関士として、恥じた。

 それでも、謎であることは変わらない。

4話:閉ざされた北への旅路

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EF510-HOKUTOSEI2 posted by (C)YONEDEN


 それは、北斗星牽引の0号機がちょうど黒磯を過ぎてしばらくのことだった。
 0号機のリバイバルのような塗装、かつてのEF65特急色には北斗星編成の青も良く似合っている。

「何だ!」
 事業用携帯電話が鳴った。
「経路変更で日本海周りで青森を目指していたハイフン牽引のカシオペアが、新潟で抑止されました。原因は不明です!」
 そしてすぐに携帯にキャッチが入った。
「EH牽引のブラウンコーストエクスプレスも抑止です。線路内公衆立入を発見し停車中です!」
「なんてこった、2列車同時に抑止か!」
 そのときだった。

 おかしい!

 ぱっと火花が散り、キャブ内の電気が非常灯に切り替わった。

「架線電圧ゼロ!」
 緊急事態にパンタグラフを下げ、ブレーキ弁を操作して停車しようとする。
「くそ、変電所がやられた!」

 ディスプレイに表示される。

 =制御用電源を主蓄電池に切り替えます=
 =非常停止シーケンス、作動=

 しかし、0号機は止まらない。

「主回路の迷走電流を食って、まだ走るつもりのか! この罐は!」

 ブレーキをするのも忘れた。
 0号は、あえぎながら、さらに前に行こうとする。
 目的地へ、終点へ。


「もういい! 0号、止まるんだ!」
 でも、機関士はブレーキをかけなかった。

 かけるにはあまりにも忍びない、0号の熱い魂を感じたのだ。


 そして、主蓄電池残量が、ゼロになった。

 =予備電池に切り替わりました=

 もうモニタもすべて消灯し、小さな非常用LEDランプだけが、小さくキャブ内で灯っていた。

 あとは、静寂だけだった。


 0号機は、力尽きた。



 そこに輸送指令からの連絡があった。
『救援機がまもなく到着する。列車防護とともに注意せよ。以上輸送指令』

「救援機って、まさか」

 電気が生きている反対方向の架線の下に、「彼女」が現れた。
 力強い音を放ちながら、6軸の動輪でレールを噛み、勇ましくシングルアームパンタを振りかざし、3灯のヘッドライトを煌々と輝かせてやってくる、青い機 関車。
 EF510 501だった。
「御乗用列車に露払いはつきものだろ」
 無線で笑う501の機関士だった。
「正義の味方、ヒーローは、こうやって登場しないとな。
 こんなことだろうと、先に露払いで走って、救援の準備をしていたんだ。
 パンタ下げのまま、次位無動にして、このまま青星罐で引いていく。
 その間に復旧してくれ。

 要するに、罐を、信じろ、ってことだ。

 罐を疑うのは、下の下だ。

 そんなことでは、務まらない。機関士というものは」

 携帯電話でわかったことだったが、EHやY500の前にも502、503が現れ、それぞれの前に連結し、牽引するとのことだった。

 これからの旅は、青星罐先頭での重連運転になる。

「JRシステムによるブラックボックスの解析は終わったんですか?」
 雪井が思わず聞く。
「ああ。ブラックボックスはEF510の3機だけでなく、こいつらEH510やハイフン、この0号機にも搭載されているらしい」
「それでは信頼性は」
「もともと、信頼って、そういうもんだろ。
 こっちが疑い始めれば、疑惑は疑惑を呼び、雪だるま式に増えていく。
 疑いは疑いしか呼ばない。
 まずこっちから信頼に踏み出すしかない。

 真相はどうか分からないが、
 俺は、この罐を信じる。
 車輌センターや検車係が力いっぱい整備してくれているんだ。
 命を託し、運命を託し、お客さんの生命を託す。

 その魂で、機関士をやっているんだ。
 俺たちは決して単なるオペレーターじゃない。
 機関士って、そういうものだ。

 今のところ、悪いヤツらの影に怯えて、公安や警備部や自衛隊が動いているようだが、俺たちはそんなものはどうでもいい。
 俺たちの戦う相手はそんなもんじゃない。
 俺たちは、時間と、安全の確保のために戦うんだ。
 罐と機関士が一体であってこその機関士甲組だ。
 罐をかんたんに疑うやつに、機関士は務まらない。

 それより車掌に連絡して、発車合図を出させろ。
 なんとか制限速度内で急行して青森信号所までにマルに戻す。
 まかせておけ!」

 雪井は深く胸をうたれた。

「お願いします!」

 まさに救いだった。

 大柄な青星罐が、さらに力強く、雄々しく、頼もしく見えた。

 下り線架線への給電再開のためにJRのみなが大活躍した。
 保線センターや信号保安センターもすぐに駆けつけていて、他に妨害がないかをしっかり点検してくれた。
 さすが皆、鉄路の安全を守る志のもと集まり、喜怒哀楽を鉄路と共に過ごしている。
 だからこそ、こんな卑劣な妨害には皆、口々に強く憤っていた。
 彼らに警察のような武器はない。あくまでも安全運行を守るための工具しかない。
 だから妨害を排除するのは難しいかもしれない。
 しかし、保線・架線掛のみなは、いざとなったらバール一本ででも戦ってやる!と息巻いていた。
 俺達の線路を何だと思っているんだ!とみな意気は高い。
 雪井はそんな彼らを危険に晒すことが心配だったが、みんな明るく、大丈夫と笑っていた。

 どうせ陽の下を歩けないでこんな夜中に卑劣な妨害するやつらだ。
 俺達は24時間を交代で保守し、誇りを持ってやっている。
 妨害犯なんて物の数じゃない!

 心底、嬉しかった。
 鉄道一家と言うが、まさにそうだ。

 係が合図し、給電も信号保安も復旧した。
 困難な復旧と思ったが、まあ災害には備えて慣れてますから、とみな平気そうにやっていた。
 平気そうに見えて、短時間の復旧がどれだけ大変か、雪井も知っている。
 それを見せないのが、まさにプロの仕事だった。
 機関士・運転士に安心して走れる線路を整備し、列車の安全を守る。
 輸送の使命は安全である。
 このことは何よりも強い原則であり、そしてそれを職責を超えて一致して協力している。
 そして皆が規定を厳正に守り努め、普段の修練をしている。
 安全綱領の精神は、JRになっても、変わることなく受け継がれているのだ。
 雪井は深々と一礼したが、「普通ですよ」と彼らは少し照れていた。

 発車合図のホイッスルが鳴った。

 力強いブロアとインバータの音もたからかに、EF510 501と、EF510 500号による重連列車が、発車した。






 *


「まったく、所長職というのも難儀だな」
 同じ時、JR東日本運行指令室に田端運転所の所長がいた。
「防衛省筋ですが、東北方面の陸上自衛隊各駐屯地との連絡が取れないとの情報です。
 駐屯地前では自衛隊と各県警の機動隊とにらみ合っているとも」
「おい、こっちは民間の、非武装の旅客列車だぞ!」
「でも、北部方面隊は連絡を取れて、青函トンネルの安全は確保しました。
 このまま3列車とも、501・502・503の救援で青森まで運行を再開出来ます。
 北海道に渡れれば、問題ありません」
「ということは、夜中に決着がつくな」
 運行指令がうなずいた。
「じゃあ、ちょっといろいろ頭を下げにいかなきゃ」
 所長は微笑んだ。
「機関車の無断回送、そして国賓輸送への支障。早めにたっぷり怒られておいておくさ。あとでグチグチ言われるのは嫌だからな。今のうちに済ませておく」
「いつもご苦労様です」
 所長は笑った。
「こんなの苦労のうちに入らないさ。
 それより、3列車はまだ青森についていない。
 そのほうが気がかりだ」

5話:その箱が開かれるとき

「ブラックボックスの正体、そろそろ話しても、いいんじゃないかな。
 JR(うち)の上の方、このこと知ったら、たぶん沸騰して係争になるよ。
 大体想像はつくけどさ、運転してて気持ち悪いってのはわかってもらえないかな」
 運転所長はメーカーの人間と会っていた。
「もう言い繕っても、あなたには知られてしまう。
 お話しましょう。
 ブラックボックスの中身は」


 3列車は青森信号所についた。
 夜の闇の中、銀白色の構内灯の輝く、ただでさえ忙しい青森信号所は、さらに仕事が増えて、みなカリカリしていた。
 そのなかで、深夜となるために各列車のゴミの回収と、サービスの新聞積み込みが行われる。
 牽引機関車は北斗星がEF510 0とEF510 1、ブラウンコーストエクスプレスがEH510 1とEF510 2、そしてカシオペアがEF-Y500とEF510 3のペアである。
 全機青函ATC装備であり、なおかつ付け替えの時間も惜しんで、重連で津軽海峡線に向かうことになる。

「何事もないといいのですが」
 寸時の間で、雪井・来嶋・江崎の3人が集まる。
「何事かある。このままで終わるはずがない」
 雪井は頭を働かせた。

 国賓がなぜこの列車に?
 そして、誰がこんな妨害を?
 そして、国賓とは誰か。
 さらに、国賓はこの3列車のどれに乗っているのか。
 分からない事だらけだった。

「ここから函館まで、重連で行きましょう」
「そうですね」と来嶋も江崎も了解した。
 そのとき、雪井は気づいた。

「ブラックボックスって、もしかすると!?」



 JRの応接室で、メーカーの人間が所長たちに説明をしていた。
「ご賢察です。
 そのとおり、ブラックボックスは、機関車版TIMSとも言うべき、高度情報処理システムです。しかも、その最大の目的は、連結可能な車輌すべてに対してのブレーキ空走時間を管理する、究極の協調運転装置なのです。
 E655やMUE-TRAINでも牽引可能にする、画期的な電磁ブレーキ制御や力行制御を司るものです。
 特にディーゼル車との協調運転を計画して取り付けられています。
 重連総括制御ともまた一線を画します。
 救援運転時に双頭連結器を介して、他の電車・気動車・機関車のチェックを行い、退避運転を行い得るためです」
「じゃあ、P形のEF510はすべて、事業用車なみに使えるように計算されて」
「ええ。それを可能にする、プログラマブルフレームなのです」
「でも、なぜ秘密に。それが良くわからないんですが」
「所長、この話は内密にお願いします」
 メーカーの男は、声を小さくした。
「現在、わが社はパテントトロールとの戦いをしています」
「なんですかそれ」
「特許をかき集め、その特許でものを作らないのに権利を主張し、単に大企業を脅して金をせびる、特許ゴロとも言うべきもの、それがパテントトロールです。
 彼らはこの動力協調システムの一部にすでに取得した特許を使われていると訴えているのです。もちろんJRでも九州や北海道は気動車と電車の併結協調運転をしていますが、彼はそれも訴えると」
「むちゃくちゃです。だいたいあれは開発開始からかなり昔の技術ですよ」
「でも、今の世界は彼らにとって有利に動いています。
 しかし、御社JRの要求には、事業用救援機としての機能がありました。
 今のところ、ブラックボックスは封印してあります。
 パテントトロールとの戦いが決着したら、その封印はなくなります。
 ただ」
 所長は不審を抱いた。
「ブラックボックスには、もうひとつの機能があるんです。
 『Bモード』と呼ばれる主回路制御モードを覚醒させる、キーにもなっているんです」
「Bモード?」


 津軽海峡線に、3列車が入った。


「いや、それ困るんだけどさ」
 所長はメーカーの人間にすっかり話させたあと、JR本社で携帯電話で通話していた。
 電話に表示されている電話番号は、防衛省のものだった。
『いくら大学の同窓と言っても、自分は下っ端で、こうして状況を話すしかない』
 相手は、自衛隊情報本部のとある人物だった。


 防衛省市ヶ谷指揮所では、混乱が最高潮に達していた。
「三沢から2機のF-2戦闘機が離陸しています。
 搭載武器は迎撃戦闘機装備、20ミリ機銃弾、4発の赤外線誘導ミサイルAAM-5です」
「津軽海峡には陸自の87式自走高射砲の高射特科と空自の高射ミサイル、パトリオット中隊が準備を終えています。津軽海峡には他に海自のイージス艦も待機中です」
「その2機との通話は」
「応答なしです」
「確認の機は」
「千歳からF-15をスクランブルさせました」
「危機レベルをあげるしかない。千歳管制に連絡、不審機に警戒するように。大臣と総理とダイレクトラインを結んでくれ」
 統合幕僚長が命令した。
「冗談じゃないぜ、全く」
 思わず指揮所の信務員、オペレーターがつぶやく。
「青函トンネルを出てから、函館までが一番の難所だな」

 雪井は、青函トンネルの照明をキャブから見ていた。
 トンネルに突入した瞬間、いつものように窓が白く曇る。
 青函トンネル特有の強い湿気だ。



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 列車の進む線路の隣では北海道新幹線の線路を敷く工事が夜を徹して行われている。
 その照明で照らされるなか、列車は北海道へ海底を進む。



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