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2.それが『世界』の共通事項

02


 ぴしぃん!

「お前達ぃ、何を先生に煩わしい事をしているのぉ?」

 音は一つだけだった筈なのに、足元には無数のひび割れととりわけ大きな「裂け目」が出来ているのを誰が見て取ったと言うのだろう?
 内心で、ゴスロリ服の人物に「先生」と呼ばれた人物は嘆息した。
 こんなつまらない事で貸しにされたんじゃたまったものではない……言えば彼女? 彼? は自前で直せるだけの財力を持っているだろうが、そんな「はした金」で笑みを浮かべられるのは心情的に面白くないと言うのもある。

「サニワ、とっとと連れて行かないお前が悪い」
「先生ぇ……本当にごめんなさいねぇ? 私のぉ、しつけが行き届いてなくってぇっ!」
「身をくねらせるな……とっとと連れて行きな、縛り付けようが引きずろうが構わないけど引きずるなら足にしな」

 平然とのたまう「先生」の言葉に、化粧っ気がなく着の身着のままらしい彼女達は元より。先に行った人々の顔も青くなったのが何となく見て取れた……別に怖い事を言っているつもりがないのだが。

「あらぁん? どうして足限定? 先生ったらぁ、足フェチだったかしらぁ?」
「違う、首を締めたら死んじゃうだろう?」

 世界を沈黙が支配した。

「……あまりにも意外な回答に脳みそ停止したじゃねえか」
「素が出てるぞ?」
「……気のせいよぉっ! この私が、こ・の・わ・た・し、がぁっ!
 自分を忘れるなんて、あり得ないわぁぁぁぁぁっ!」

 とか言いながら、ばっちり塗りたくった化粧の端っこを冷や汗が流れているのを「先生」と呼ばれた存在だけは見て取れた。が、あえて口にしなかった。
 足がすくんでいるだろう女性達は恐怖心から細かい所は見ていないだろうし、ただでさえ薄暗い待合室の中だ。少し距離が離れている残りの人々には「サニワ」と呼ばれた人物の表情など判別はつかないだろう。余程近い距離か見極めが出来るのならば、話は別だろうけれど。

「アンタ達もぉ、あんまり先生を困らせちゃぁ駄目よぉ?」
「そもそも論として、『蛹』についての説明はしてあるわけ?」
「……あらん? そう言えばしたかしらぁ?」
「おい……」

 蛹。
 それは、「生きている迷宮」にとっての「非常食」である。
 言い方は悪いかも知れないが、迷宮が迷宮として存在した際に「起こしてしまう」本能の一つだ。
 生物の中には非常食として保存しておくべき「モノ」として生まれた際に勝手に作ってしまうらしい。そうして、仮に迷宮に入り込む存在が無かったとしても最後の手段として栄養とするのだ。更に、最後の手段と言いながら「蛹」を吸収しつくしたとしても問題はない。
 何故なら、その時には休眠状態となり「次の客」が至るまで深く眠っていれば死に絶えると言うものでもない。

 迷宮。
 自然に発生するものであり、同時に意志ある存在……生物と言えなくもない。その発生原因や理由はよく判っていないが、世界が「上書きされた」状態である現在においては大体の計算で20階以上の建築的には中層から高層の建築物の内部が問答無用で書き換えられている。
 迷宮の内部には「迷宮核」か「迷宮主」と言うべきか不明だが、いずれか又は両方が存在するともしないとも言われている。
 細かい事は不確定な事が多く、その最大の理由は迷宮が「生きている」からだと言われており。どれほどの力でもってしても内部からの破壊はおろか、外側からの破壊をする事も出来ない。
 内部からの攻撃に関しては、恐らくは建物の中と外で別の空間と言う扱いになっているのだろうと思われる。と言うのも、建物の大きさは迷宮の大きさや迷宮で生まれた魔物の強さや数と比例しない。かと言って、反比例もしない。
 一説によると、迷宮は生まれた瞬間に完成しているのではなく。勿論、迷宮にもよるだろうが中身によっては成長しているのではないかとも言われている為に研究対象として立ち入り禁止となっている迷宮もある。

「だからねぇえ? お前達はある意味で助かってしまったのよぉ? ざぁんねんだったわよねえ。
 良い事を教えてあげるわぁ、『蛹』て言うのはねぇ、必ずしも羽化するって訳じゃぁないのよお?」

 結局、人々は少し広い部屋に沢山あった椅子を出して座っている。
 何故だろうか、彼らは「椅子を出して座りなさい」と言われるときっちりと縦横斜めが綺麗になる様に並べている……誰か、空間把握に優れた人物があるのか。それとも、そう言う社風だったのかも知れないが関係ないだろう。

「迷宮の非常食として食べられる事もあるしぃ、ついでに迷宮産の魔物として生まれ変わるって可能性もあるのよお。倒されてドロップ……ええと、魔物が落とした物? まあ、なぁんでも良いんだけどぉ、その中にどう見ても前文明のものとしか思えない物が出たりしているのよねえ、しかもぉ。笑っちゃう事に魔物は息絶えるその瞬間まで、その品物を奪おうとしてきたそおよぉ」
「とは言ってるけど、一応はまだ研究段階だけどな」

 一応、と付け加える程度には僅かな希望なのだろう。
 ただし、僅かに声を発しただけなので聞こえた者がどれだけいただろうか……。
 サニワの説明に顔を青くする者、理解出来ないらしい者と色々とあるのは確かではあるが。必ずしもサニワの説明が「正しいだけではない」と言う事を理解出来ればそれで良いと「先生」は思うが、かと言って蛹の中から現れた彼ら彼女らの味方になると言うわけでもないと言う事実にどれだけの人物が気づいていただろうか。

「想像の果ての未来に先、現実が追いつくなんて事はよくある話だ。
 これから先、蛹だった者が突然変異で『どうにか』なったとしてもおかしな話では無かろう」
 まあ、サニワの言う通りに『生き残ってしまった』事が良いか悪いかは自分達で判断して貰うから。
 何と言っても、もう『君達の知っている世界』なんて夢の向こう側より更に遠い所へ行ってしまったからね。
 もう、帰ってこない」
「そうなのよねぇ、何しろ……ええといつだったかしら?
 随分前に世界は変わってしまったから、政府もそのままではいられなくなってねえ。
 とりあえずぅ、天皇は『神官として』国で最高の地位に就いた……返り咲いた? 元からそうだったけどぉ、それが表立って出る様になった。ただしぃ、行政府としての機能はそのまま生きていてぇ外交とか実務は相変わらず政治家が担っているわねえ。でもぉ、やっぱり世界が変わっただけあって神官職や巫女の家系の血を引いている人の方がぁ、やっぱり権力は握りやすいのかしらねえ? その彼らだってぇ、神様達の目があるから好き勝手なんて出来ないんだけどねぇ」

 きゃは★

 いっそ面白そうに語る姿は、190センチのゴスロリ服の大男だ。
 繰り返すが、ゴスロリ服の大男だ。
 ミニスカートで無かったのは、流石に己の姿を客観的に見られた数少ない事実なのだろうが。どうせならゴスロリ服を着る前に思い至って欲しかったと言う意見多数あったりする。
 しかし、やはり中には何故か需要がある不思議である。

「神様……?」

 誰かがぽつりと零した言葉を、ネモ先生と呼ばれた人物とサニワと呼ばれた人物は確実に耳で捉えていた。
 二人は「そう」と同時に頷いたものの、どこか複雑そうな表情を浮かべた。

「世界が上書きされた事で、流石に地球の神々も黙っていられなくなったというか。日本をはじめとした各国各宗教の神々が顕現されたりしているわけだ。
 しかも、この世界では『まかり通る』と言う限定で『新しい魔術』も『新しい神様』も『造る』事が出来るってわけ」
「とは言ってもぉ、それが出来ちゃった理由の一つとしては。元々日本にだって『守護霊』だの『背後霊』だのいたしぃ? そう言うのを『いる』って認定していたわけだしぃ? 信仰の力って言うのぉ? とは言っても、でたらめに作ればいいってもんでもないのよねぇ?」

 魔法、と誰かが戸惑った声を上げるが仕方がない。
 彼ら彼女らのいた世界の、いた時間軸では「魔法」なんてものは画面の向こう側か夢物語でしかなかったのだ。決して「実現してはならない不思議な力」でなければならなかったものを、今は人口の何割かは着実に使う事が出来ると言われ、しかも血の因子による家系によっては更に強い力とて得る事が出来ると言う。
 ここで、旧世界にあったならば大抵の人は微笑みながら「良かったねえ」と小ばかにした笑みを浮かべて流したのだろうが。残念ながら、否定する要素も肯定する理由もない。
 あるのは単なる、戸惑いだけ。

「アンタ達みたいなぽっと出の蛹がぁ、これまでの生活とか人生とかぜぇぇぇんぶ無くなっちゃったから。少しの間は『こっち』で面倒見ても良いけどぉ、それだって無料ってわけにはいかないしぃ。
 あとあと、補助金申請とかしても良いけどぉ。少なくとも旧日本国民だったって言う証明をする所から始めないといけないからぁ、死ぬ気で頑張らないと死んじゃうからねぇ。
 ま、これまでのアンタ達の生きて来た時間の中で。どれだけ今の時間に通用するかはぁ、知らないけどぉ。
 でもでも、無駄なプライドさえ捨てれば生きられないわけでもないから安心しなさいよねえ。私がぁ、最悪でも死なない程度にはしつけてあげるからぁ」
「や、そこは生きられる程度じゃないの?」
「やん、違うってぇ。
 ネモ先生ぇ、判ってて言ってるでしょぉ?
 こんな旧時代からぽっと出て来た奴らなんてぇ、ほっとんど『外』に出て魔物にやられるか犯られるか食われるかのどれかだってぇ。9割は固いと思うのぉ」
「うん? やられるで、やられる?」
「あぁ、そこは気にしないでぇ?」

 ネモ先生と何割かの人は首を傾げて頭に「?」を浮かべていた様だが、集団の何割かは意味が判ったらしい。
 座っていた椅子が「ガタッ」と音を立てる程度には動揺した様だが、目前の……恐らく教卓の様になっているらしい前方の二人は気づいているのかいないのか、目を向ける事は無かった。

「ま、待ってくれ……」
「あらん、貴方何かいいたい事でもあるのぉ?
 ……おバカな質問したらオシオキしちゃうけど良いわよねえ?」
「おいおい、怖がらせてどうするよ……」
「我々が『日本人だと言う証明』とは、どう言う事だ?」

 その時、サニワの目が半分閉じたのを知ったのは近距離に居る者だけだった。
 基準が不明だが、どうやらサニワにとっては「おバカな質問」だった様だ。
 ちなみに、唯一止められそうな存在は見ていなかったりする。

「さっきも言っただろう? 旧世紀って言うのかな? もう何年もたっている現在では、元の時間軸とはズレていた関係で色々なものがズレたり失われたりしている。もちろん、政治家は大喜びで年金とか色々の情報もほとんどがすっからかんになってしまって……逆に自分の情報も全て無くなった関係で一から自分を持ち上げて貰う為に半分以上が『消え失せた』けど。
 コンピュータや、コンピュータのネットワーク『にも』色々とあって、その情報を『元の形』で取り出す事を新日本政府って言うの? は諦めたわけだ。
 理由の一つとしては、その際に諸外国の人達が無駄に流入してきた事なんかもあるんだけど……」

 日本から始まったのは、日本に「新しい異世界から力を貰った神様」が存在したからだ。
 この事務所に連行されてきた当初、親切な人……サニワではない、蛹から助けてくれた人達が教えてくれたのだが。当初、その変化は緩やかに、確実に、そして速度を上げて変わって行ったと言う。
 東京湾と呼ばれるそこに、対角線上にのみうっすら見える謎の建造物……当初、それは蜃気楼だと言われるほどのぼんやりとしたものではあったが。神の影響を濃く受ける様になると、それは形をくっきりと表すようになって行った『城門』と呼ばれる「この世界最初の迷宮」を新世界と各国は喜び勇んで突入を果たしたと言う。
 その内情については関係者しか詳しい事は知られていないが、そこには今でも数多くの「当時少年少女だった人達」や、今でも新たにちょこちょこと人々が流入していると言う噂もある。

「そうやって入り込んできた人達がぁ、データを壊しちゃったりしたのよねえ。ゲームのやりすぎぃ。
 だからぁ、今から『自分は日本人ですぅ!』って主張しても、あんまり信用して貰うのに時間がかかるってぇ訳。何しろ、今じゃコンピュータには守護神がついてるんだから。下手な事なんて無理なのよぉ」
「あ、ちなみに日本からのネットワーク管理守護神は出雲神族の『建御雷』様だから」

 誰もが思った。
 頭ショートしたので修理してくれない?


奥付



神様の誘惑~重なり合う世界で


http://p.booklog.jp/book/114681


著者 : 源三津樹
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/inquest/profile


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