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 北急相模大川工場の皆が、その日午前最後の仕事をしていた。
「今日の昼飯どうする」などといいながら、皆汗を流している。

 隣の米田重工の研究室で、新型車両の開発作業を行っているという告知があった。
「何やっているんだろうね」
 ちょっと皆が噂する。
「ああ、あれか。新車だって。BCE(ブラウンコーストエクスプレス)の後継車になるかも知れない車輌の開発らしい」
「ちょっとのぞきたいなあ」
「駄目だ、仕事! だいたいお前たちはまだ半人前。好奇心で他人の仕事を引っ掻き回すんじゃない」
 その時、重工側の実験室で、すーっと何かが動いた。
「あれ、新車のモックアップですかね」
「衝突安全性を図るのかな」

 工場の職長が叱ったとき、突然女性の悲鳴が上がった。

「どうしたっ!」
 皆がわっと集まる。

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 すると、女子職員が、工場の隣、ラボと呼ばれている米田重工の実験室を指差し、歯をカタカタ震わせ、全身をこわばらせてへたりこんでいた。
 見ると、そこには謎の車両の前頭部モックアップが壊れていて、そこに自動車などの衝突試験に使うダミー人形が横たわっていた。
 そして、その人形が赤黒いものをドロリと緑色の床にあふれさせていた。
「血だ」
「動くな! 現場保全と救急と警察に通報!」
 職長が指示したとおりに、みな走り出した。




「検死に回ってる。どうやらすでに死んでいたらしいんだが、監察医の見立てでは、このダミー人形の中で、すこし実験前に体が生きていたんじゃないかという 話だ」
「まさか、重工さんが生きた人間の入ったダミー人形で衝突実験を?」
 皆がわいわい言い出す。
「こら! お前ら、仕事! 推理ごっこじゃないんだぞ!」
 職長は再びしかる。
「ヤスリがけですらまともに出来ないのに推理どころじゃないだろ」
「でも職長、私たちもちょっと気がかりですよ」
「我々もショックです」
「何をいうんだ。車掌や運転士は皆、こういう血を見ることを覚悟して職務に当たっているんだ。飛び込みや触車、鉄とFRPの塊の列車が100キロで走るん だ。生身が当たれば血を見るんだ。
 俺たちの仕事は、その列車が無事誰も傷つけずに帰ってこられるように整備することだ。
 事件は事件、仕事は仕事だ。のぼせるな! 部署に戻れ!」
「でも職長」
 女性の声が遮った。
 工場電機部の職長は女性で、田中佳織という。
「五感をすべて使って整備に当たるところで、ここまで皆が浮き足立っていたら、絶対に整備にミスりますよ。警察が捜査するにしても、我々にも説明はあるべ きじゃないですか」
「そんなことでは務まらないと思うがな」
「でも、いまは時代が違うんです」
「そうだな」
 工場の皆は一様に若々しく、純朴な顔でみな不安がっている。
「そうだな」
 職長も厳正な執務を信条としていたが、皆の不安の顔を無視するほど愚かではなかった。


 というわけで、工場の脇の事務室の応接セットに、臨時に「北急相模大川工場不審死体事件対策本部」が作られた。現実には看板も何もなく、ただ不安がった 工員たちの集まりでしかなかったが、皆が震えていた。



「いやあ、ご苦労様です」
 そこに見慣れない男が入ってきた。
「私、相模大川署の捜査課の鳩山と申します」
 と彼は警察手帳のバッジを見せた。
「えっ、鳩山?」
「ええ。総理と同じ苗字なんです。これでいつもみなさんのツカミをやるんですが、最近はどうにも」
 なんだかこんな芸人ノリの刑事に、皆はちょっと気抜けした。
「あの発見者の女性職員さんは大事をとって病院に搬送しました」
 皆が溜息をつく。
「ダミー人形の入手ルートはどうなっているんですか」
 工員の一人が聞く。
「なんか、皆さん今流行の刑事ドラマのせいか、聞き方が上司に似てますよ。やだなあ」
 鳩山刑事は笑ったが、周りは驚きの余韻で純朴な顔をなおもこわばらせている。
「ダミー人形の納入は昨日夜、専門業者が行いました。この線でいま調べを進めているんですが、あの人形の中に人間を埋め込むのは簡単ではありません。まし てそれに業者も重工も気づかないとは思えない。明らかに不審ですから」
「じゃあ、誰かがすり替えた?」
「この工場ではBC-Xという名の新車の開発をしていました。
 その開発部の資材置き場に梱包されたまま一晩をあの人形は過ごしています。
 その間、防犯システムに異常はありませんでした。
 この線は難しいですね。
 特に生きていたら、センサーにバレるはずです。センサーは人体の熱を精密に感知します。
 そして死亡推定時刻は今朝6時です。それから工場があくのが8時、仕事が9時からですよね」
「ええ」と職長はうなる。
「その間、誰も不審に思わなかった」
「そうですね」
 鳩山刑事はみなの言葉を聞いて、それから話しだした。
「でも部品などの配送の車輌は入っていましたね」
「ええ。でも小さな部品だけです。一番大きいものでもHM-ATSのコントロールボックスが限界です。あの中に身体は入りませんよ」
「そうですね。HM-ATSは40センチ四方のボックスと伺ってます」
 如才なく鳩山刑事は続けた。
「でもその時、誰か気づきませんでしたか?」
「いえ、普通の配送便業者ですから、馴染みだし、特に不審もなかったし」
 その時、鳩山刑事が深く頷くと、言った。
「まず一つ。今、ご遺体の検証をしていますが、切断痕は真新しいものでした」
 皆が首をかしげた。
「そして、その配送便にはクール配送便のクールボックスがある」
 職長は気づいたようだが、首をふった。
「しかも、それの受け取りは発見者の女性職員の方が行いました」
「ちょっと待ってください、彼女は私たちの大事な仲間ですよ!」
 佳織はとどめた。
「だから、残す筋は一つ」
 その佳織も気づいたが、同時に震えた。
 その時、一人の工員が口を開いた。
「これをいうかどうか、迷ったんですが」
 皆がその口に注目した。
「昨日、当直の時、男の子を見たんです」

「その子は、『運転士になりたいけど、お父さんとお母さんが許してくれないんだ』と泣いていました。
『昔はお父さんもお母さんも優しくて、ボクと一緒に電車でお出かけした。
 あのころは楽しかったけど、僕が悪いからお父さんとお母さんは怒るんだ』
 そこで、君は悪くないさ、じゃあ、電車の運転室でも見るかい? と案内したんです」
「まさかお前!」
 鳩山刑事は職長のそれを「落ち着いて最後まで聞いてください」と、とどめた。
「で、保存中のSE車の運転席に入れてやったんです。
 ひとしきりマスコンとブレーキを触らせてやって、『いいかい、これで』と聞いたら、その子は、いなくなっていました。
 日報にも書けることじゃないので黙っていたんですが」
「その子はこの」
 鳩山刑事が写真を見せた。
「この子です!」
 工員はさけんだ。
「その子がいた時間は何時頃でした?」
「午前3時頃だったと思います。当直室のテレビで格闘技の録画番組が終わった頃ですから」
 鳩山刑事は頷き、助手のように従うもう一人の刑事になにか指示し、彼は走っていった。



 みな、打ちひしがれていた。
 鳩山刑事がそこで、話し始めた。
「時系列で話しましょう。
 その子は、この相模大川工場に部品を納入する配送業者の人間のお子さんでした。
 かわいそうに、長い間虐待を受けていたと言うことで、今朝、児童相談所がようやく保護に向かうところでした。
 しかし、その子の親はその前に彼を殺してしまい、その亡骸を慌てた親が切断したんです。
 慌てていても、今はテレビで平気で殺人が毎週放送され、報道も毎日あります。
 そこで悪知恵を働かせたんでしょう。
 なんとも痛ましいことですが。
 そしてその亡骸を切断し、冷凍し、積荷の」
「ダミー人形」
「ええ。それに埋め込んで、そして何事もなかったように運び込んだ」
「でも死亡推定時刻は」
「ご存知のとおり、冷却することで死亡推定は狂います。
 死亡推定時刻はご遺体の状況の変化で割り出しますが、その変化は心停止で血流がなくなることによる劣化です。
 冷蔵されることで、その変化を遅らせ、死亡推定時刻をかえることはよく知られています。
 その親たちは、配送便のクールボックスに入れてきたんです
 で、実験中に自然解凍され、血が」
 一人がうっと戻しそうになり、トイレに駆け込んだ。
「死亡時刻は、冷却の具合で修正すると、午前3時です。
 一致しました。
 親はわれわれ警察で身柄を確保、現在取調べ中です」


「俺たちにできることは、これだけだ。
 子供は親を選べない。だからこそ、親は責任を持たなくちゃな」
 職長が言った。
「心が痛いです」
 皆がいう。
「誰かが児童相談所に相談すべきだったんだ。
 親がそうでも、今は他人でも子供の虐待をちゃんと通報する義務がある。
 虐待は、決して家庭内の問題じゃないんだ。
 どんなに体面があろうとも、虐待は許してはいけない」
「ああ」


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 その日、工場を出場する、全検明けのVSEの、一人しか乗れない狭い2階運転席に、もう一人の運転士が乗った。
 それは、あまりにも悲惨な短い命ながら、鉄道員に憧れたあの子の写真と、それにかかった子供用のミニチュアの帽子だった。

 工場を出場するとき、構内運転士がミュージックホーンを鳴らした。
 それは、あまりにも哀しい、別れの音色だった。
「大丈夫だ、あの子はきっと、いい運転士の子にまた生まれるさ。
 あの小さな体は失われても、魂は不滅なんだ。
 哀しいけど、でもあの子は俺たちに、そのうえで大切なことを教えてくれたんだ。
 俺たちの仕事に憧れる多くの子どもたちがいるってことを。
 がんばらなきゃな。
 本当はああいうものを運転室に入れるのは規則違反だが、いいじゃないか。
 規則も、人のものなんだ」

 皆が、敬礼で出場試運転のVSEを見送った。
 その列車が通過する駅でも、駅員たちが皆、ホームに出て敬礼していた。
 その中には、北急の社長である樋田もいた。

 その列車は、聖上義塾駅まで緩行線を走り、そして戻ってくる出場試運転列車だった。
 だが、それと同時に、あまりにも短かかった、不運で可憐な命を、天国に届ける列車でもあった。

<了>
(この物語はフィクションで、実在する人物・組織・固有名称とは何の関係もありません)

この本の内容は以上です。


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