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目次

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 (1)夢まぼろしの人生を悟った千年の哲学

 

 (2)ただ「親切」であることだけで偉大なのです

 

 (3)朝日を浴びて

 

 (4)私は怒っているのです

 

 (5)女は賢くなり、男たちはただ老け込むだけだった

 

 


(1)夢まぼろしの人生を悟った千年の哲学

 誠実であって、物事の本質を探求する人こそ心ばえが素晴らしいと悟った一人の日本女性がいました。

 彼女が生きた時代は、平安の文化華やかし頃でした。

 

 大方の雅な平安女性と異なって、この女性は、長い黒髪を耳に挟むことを好みました。

 今時の若い女性のするようなヘアースタイルを好むのですから、平安の昔では、きっと誰ぞやに、耳だし女などと陰口を叩かれたことでしょう。

 

 その上、恐ろしいことに眉を抜かなかったというのです。

 

 平安女性は、年頃になる、と言っても12歳頃には夫を持つ身ですから、それ以前に眉を抜いて、おでこのあたりに薄墨でまゆを描くという算段をしていましたので、ゲジゲジ眉毛とは言わないまでも、それはきっと平安的常識からすれば、あってはならないことであった、のです。

 

 加えて、酢酸に鉄を溶かした酸っぱい液を歯に塗って黒くする「お歯黒」が当時の高貴な女性の常識です。

 それをせず、白い歯をあらわに見せていたというのですから、やはり、変わっています。

 当時の美的感覚からすれば、白い歯こそ健康的であるなどという概念は一切ありません。

 白い歯は、顔に塗った白粉と相まって、平安の美意識からはちょっといただけないありようだったのです。

 

 この女性、日本で最も古い短編小説集と言われている『堤中納言物語』の中にある『蝶愛づる姫君』に登場するちょっと変わり者の姫さまなのです。

 

 行く末を心配する親は、この有様では世間体も悪いし、第一、人というのは見かけのいいものを好むものだと説得しますが、それに対して、理詰めで親に対して反論したりもします。

 

 部屋に毛虫を飼っているその娘は、その一匹を手のひらに乗せて、こう言うのです。

 

 気持ち悪いと毛嫌いされるこの毛虫は、やがて、皆が褒め称える美しい「てふてふ」となります。

 私たちが着ているこの絹の衣も、あの気味悪いと皆が言う「蚕」が、幼虫の時に作り出した繭から作られています。

 ですから、物事の本質をたずねて、そのありようを観察すれば、そこにこそ必ず大切にしなくてはいけないものがあるのです。

 

 つまり、皆が気持ちわるがるそのものに美しいものを作り出す力が宿っているという、確かに一理ある答弁ではあります。

 

 これを教材に授業をする時、国語教師としては、幅の広い指導が可能なので、結構面白い教材であったことを思い出すのです。

 その眼目のひとつは、価値観の捉え方というものです。

 それを、現代にも応用して、国や地域、政治体制の相違などにも言及し、生徒たちに、多様性を受け入れることの大切さを教えることもできるのです。

 

 さて、この平安の一風変わった女性の千年の哲学から刺激を受けたわけではないのですが、私たちは、この世に生を受けた時のことを、当初は覚えているという話を思い出しました。

 しかし、年月がたつにつれて、人間はそれを忘れていくと言います。

 ですから、この世に顔を出した時、きっと、私たちは、これがこれからしばらく生きるという世の中かなどと思っていたりしたのかもしれません。

 この世の中で、持って生まれたこの体を少しづつ大きくし、歩けるようになり、走れるようになり、頭を使えるようになり、そして、やがては朽ちていくのだなと思っていたりもしたのかもしれません。

 

 その達観する「知性」というか、人間がすべからく持っている「天性」というものが、そのまま脳のどこかに残っていれば、人間は人とぶつかったり、恨んだり、愛したり、憎らしく思ったりせずにいくのでしょうが、残念ながら、人間世(じんかんよ)というのは、そうでもないようです。

 むしろ、そうであるからこそ愉快であり、人間的(にんげんてき)であるのかもしてません。

 

 春先、土を掘り起こしていると、土中から虫が出てきます。一体、この虫は長じて、どのような成虫になるのかしらと思いながら土の中に戻してやります。

 

 土の中で、丸まって生きている虫が、ある日、何やらむくむくと体の異変を感じ、それまでとはまったく違った形で、生まれ変わるのです。脱皮を果たし終えた昆虫は、それまで自分が暮らしていたその抜け殻を見てなんと思っているのだろうかと考えます。

 

 人間と同じく、生まれ出てきた時のことなどすっかりと忘れて、今は新しい体で新しい生を生きていくと思っているのかもしれません。

 

 学校では、この短編の後半部分は教材としてはほとんど取り上げません。

 また、これと言ったことも書いてあるわけではありませんが、少し、これを機会に再度読み進めてみました。

 

 妙な姫がいるということで、右馬介という貴公子が姫にいたずらを仕掛けたり、姫に会いにいったりします。

 姫を垣間見た右馬介は、世間なみの立居振舞をして、化粧をして取り繕えば、美しいとされるものを、惜しいなあと思うのです。

 

 そのことを女房から聞いた姫は、「人というのは夢まぼろしのような世の中を生きているのです。そんな中で物事の良し悪しなどどうでもいいことです」と達観した言葉を吐くのです。

 

 人間というのは、夢まぼろしの人生を疾風の如く、あれやこれやもわからず生きているのです。

 そんなことに考えが達すると、平安の怪しげな姫君が随分と我が身に近くあると思うようになるから不思議なことです。

 


(2)ただ「親切」であることだけで偉大なのです

 今や、誰もその名を口にしなくなりました。

 

 私は、マスコミというものがいかに利に聡いかをよく知っています。

   彼らは、新聞や週刊誌が売れること、視聴率が高くなることだけを念頭に置いて、ニュースを取り上げ、大々的に報道するのです。

 事件の当事者となった人物は、いっ時、アレヨアレヨと祭り上げられ、時代の寵児のごとき扱いを受けるも、賞味期限が切れれば、一気にその存在さえも失うという「憂き目」を見ることになるのです。

 

 どうやら、それはマスコミ人ばかりでなく、国会議員の先生方でも同様だということが、あの一件でわかりました。

 事件の当事者の自宅まで出向いていったあの議員たちは、今や、その名を誰も口にしなくなった男の借金を肩代わりしてやったのでしょうか。それができなくても、激励の言葉一つでもかけてやったのでしょうか。

 

 本来、教育に従事する者は、相手に対して「親切」でなくてはなりません。

 面倒だと頰被りする教育においては、悲惨な結果だけしかでてきません。

 金銭的な欲、それを学校経営という美名で飾り、本質は金儲けを意図する輩が今の日本の学校教育の現場には、残念ながらいるのです。

 

 その代表が、かの今は名も口にしなくなった自称教育者と叫ぶ男なのです。

 

 しかも、自称教育者は、教育に従事する者がついてはいけない嘘をついてしまいました。

 嘘というのは、それを突き通すことで真実になると信じ、彼はひときわ大きい嘘、さまざまな欲につられた嘘をついたのです。

 

 政治の世界でも、欲の皮の突っ張った輩が、政治の本質を忘れて、自己防御に取り組んでいます。

 シリアの大統領も北朝鮮の独裁者も表面上は、国民の畏敬を集めているかのように振舞っています。しかし、そこに、国民に対する「親切」は見られません。

 国民が飢えようが一向にお構い無しです。

 時には、その国民の振る舞いが気に入らないと毒ガスや銃弾を浴びせます。

 そんな独裁者に一国を支配させるようなことは、人類の名において認めてはいけないのです。

 

 日本にも、最も大きい地方行政府に、公金を用いて、自分の好きな美術品を購入し、別荘に行くにあたり公用車を使ったケチな知事がいましたが、日本国民は彼を許しませんでした。

 政治家でありながら、政治をせずに、自分の楽しみを公金を使ってするあの知事を追放したのです。

 日本にはまだ「良い力の作用」がありますが、シリアや北朝鮮ではそれすらもできないのです。

 だから、人類の名において、何らかの手当てをしなくてはならないのです。

 

 いじめで命を失う子供が出てこないようにするために教師はいます。

 しかし、そういう事例が出た学校というのをよく見ると、校長の指導力、最前線に立つ教師の熱意がないことがよく分かります。

 彼らには、教育現場における「親切」に対処するということが欠如しているのです。

 

 県の教育部会で、ある私学の校長さんと同席しました。

 一泊二日の会議です。

 その夜の懇親会で、その校長さんは酒を一滴も口にはしませんでした。

 宿泊なのだから、車の心配もなく、他校の方々と一献傾けて、教育について語るべきであると思ったのですが、頑として、それを断ります。

 そして、理由を一言も言いません。

 

 あとでわかったことですが、その日、その校長さんの学校では、一年生の宿泊学習がなされており、その校長さんは、この会議に出席するため、部下に全権を委任し、校外学習をさせていたのです。

 万が一、そういう時に生徒の事故があったら、校長不在だけではなく、別の場所で酒を食らっていたとなれば、生徒と保護者に申し訳ないという気持ちであったということを知りました。

 

 それこそが「親切」ということなのです。

 自分の置かれた立場を知り、その行動を制御し、一歩も二歩も先を見て、己を律するのです。

 「親切」というのは、己を律することで相手に「誠」を届けることができるという意味なのです。

 

 あの知事も、あれらの国の指導者たちも、そこが欠けているのです。

 

 文科省の天下りで、東大を出た優秀な官僚たちが、著名な大学の教授として再雇用されていました。これも、その違法性を知りつつも、欲得と名誉のためだけに動いた結果の何とも寂しい行為です。

 

 知識人とか、エリートとか言われる人のおぞましさがそこにあります。

 

 学歴はなくても、一流の企業に勤めていなくても、人生が思い通りにいかなかった人にも、それなりの苦悶や反省の弁はあるでしょうが、少なくても、ズルをせずに、真正面から立ち向かった誇りがあるはずです。

 それは、彼らが持つおぞましさに比べれば、どれほど高貴なものであるかを知るべきなのです。

 

 マスコミは、冷酷なまでに人を祭り上げて、面白おかしく書きたてますが、そこに「義なるもの」はひとかけらもありません。

 政治利用した野党の政治家先生にもそれはありません。

 国家を私する独裁者にもそれはありません。

 生徒をほったらかして酒を飲む教師にもそれはありません。

 

 人は、ものごとに対して「親切」であること、たったそれだけのことをすることができる人が偉大なのです。

 


(3)朝日を浴びて

  随分と世界各地を訪問させてもらいました。

  私学の教員をしていて、良かったことの一つが実はそのことでした。

 

 取手の学校にいるときは、「海外修学旅行」の走りの時期でした。

 公立にはない、私学としての特色を出し、受験生の興味関心を引く、入試活動の一環でもありました。

 ある年度などは、担当する学年の在籍が、驚くなかれ、千人を超えていたのです。今では想像もできない数の子供たちがいたのです。

 その千人を五つのグループに分けて、時間差でカナダへ送り込むのです。

 TBSニュースの取材があったりと大騒ぎでした。

 

 土浦の学校に移ると、今度は「海外長期研修」が私学教育の目玉となっていました。

 取手の学校は、かなり早くに、オーストラリアでの長期研修を行った学校として知られていると思いますが、土浦の学校では、イギリスでの名門大学での長期研修を一大特色としていました。

 また、海外にある日本人学校の生徒を対象にした「海外入試」も、国際化の波の中で、極めて普通になされるようになり、そのために、アメリカはもちろん、アジア、ヨーロッパへと渡航する機会に、幸運なことにめぐり合ったのです。

 

 散髪屋さんで、何かの拍子にカナダの話になり、もう4回も行っているんですよと言うと、随分と羨ましがられました。

 4回も行ったと言っても、ホテルのロビーで待機の連続、研修地(観光地とも言います)では、生徒の安全確保と、皆さんが考えている海外旅行とは違うんですよと言うのですが、それでも、羨ましがれたことを思い出します。

 

 実際、生徒を引率して行くと、悠長な気持ちではいられないと言うのが私の実感でした。

 

 そんな中、唯一、自分の時間を持てるのがまだ夜が明けきらない早朝でした。

 私は、早起きして、宿泊するホテルや寮の周囲をよく歩き回りました。

 あの薄暗い街中を歩いていると、ジョギングをしている現地の人や道路を掃き清める清掃員、新聞配達や朝食販売の準備をする人たちと出会い、一言二言会話を交わすのです。

 挨拶程度の会話でも、現地の素の生活を垣間見た感じがして、私には豪勢な観光旅行よりも素晴らしい体験であったと思っているのです。

 そして、生徒たちが起きて来る時間には、ホテルや寮のロビーに陣取って、あれこれと仕事を始めるのです。

 

 先だって、イギリスの「ECAインターナショナル」と言う人材派遣会社が、「ビジネスマンにとって住みやすい都市」ランキングと言うのを公表しました。

 

 上位15位以内に、第5位の大阪を先頭に、名古屋・東京・横浜の順で4つの日本の都市が入っていました。

 

 確かに、日本の都市は便利で、清潔です。

 あれだけ街角に自動販売機が置いてある都市は世界のどこにもありません。

 どこの国だったか忘れてしまいましたが、物が入っていて、そこにお金もあるとなれば、レッカー車を使って、一晩の間に、すべての自動販売機が盗難にあうと言っていましたし、あるいは、自動販売機の仕組みがわからず、あれだけの箱がいたるところに設置されていて、雇われる学生アルバイトの数も相当なものだと冗談ともつかぬ発言もあったことを思い出します。

 

 さらに、公衆トイレの綺麗さは、これは群を抜いています。

 欧米では、だいたいが有料トイレですが、無料であって、しかも、温水シャワーのついたトイレを誰もが綺麗に使う国は、世界中どこを探しても日本だけであると思っています。

 

 この調査で、やはりそうかと思えることがありました。

 それは、中国本土の都市が一つも入っていないということです。

 一番順位が高かった上海でさえ107位なのです。

 上海には、プライベートでも仕事でも出かけましたし、好きな街の一つですが、ビジネスマンにとっては好ましくない印象だったようです。

 空気汚染ばかりではなく、下手にぶらぶらしていたりしたらスパイ容疑をかけられるおそれがあることもその一因ではないかと推測しています。

 

 街の素晴らしさは、どんな時間でも、どんな場所でも、自由に歩けることなのですから。

 

 そして、この調査では、すごいことを発見したのです。

 それは、シンガポールを第1位にして、第2位にアデレイド、ブリスベーン、シドニーというオーストラリアの街が同列で入っていたことでした。

 いずれの都市も、私が訪問し、それも長期滞在している街です。

 

 極端に豊かではありませんが、街の中に自然が溢れていると言う点、人々が穏やかで誰彼なく好意的に接してくれる点、それに、日本人に対する友好的な雰囲気が満ちている点で、ビジネスマンならずとも、この調査の結果には同感するのです。

 

 私の知っているオージーたちはみな素晴らしい人々です。

 アデレイドのオパール販売会社の社長は、私が長期滞在した学校の保護者のひとりでした。私たちが主催した焼き鳥パーティでジュースで「カンペイ」をしただけの仲ですが、以来、途切れることなく、クリスマスカードのやり取りを続けているのです。

 アデレイドからメルボルンに転居したオーストラリア在住の頑固なイギリス人は、娘さんの結婚式に私を友人の一人として招待してくれました。

 残念ながら、仕事で参加はできませんでしたが、ゴールドコーストに暮らす娘に行ってもらい、今では、その娘さんともFBで交流をしているのです。

 

 利害ではなく、友情でのみ付き合える関係構築の才能が、オージーにはあると私は思っているのです。

 それもまた、オーストラリアの街を好ましく思わせる一大要因ではないかと考えているのです。

 

 春の穏やかな日曜日の朝、そんなことを思いながら朝日を浴びているのです。

 


(4)私は怒っているのです

  私は<The British Museum>まで、徒歩1分のところにあるホテルに宿泊することを常としていました。

 

 ホテルの玄関を出ると、道を挟んだ向こうに<The British Museum>の正門が見えるのです。

 大都会の静寂に包まれた早朝の風景の中をゆったり散歩するのは気持ちのいいものです。時間の余裕に加えて、興が乗れば、交通博物館があるコヴェント・ガーデンまで歩きます。

 

 もちろん、<The British Museum>にもちょっとしたあき時間に出かけます。

 入場料はかかりませんが、私は常に幾ばくかの小銭を寄付箱に投げ入れます。それは、素晴らしい文物の保管に対する感謝の意を示すためです。

 そして、小一時間ほど、今回はあそこだけを見ると決めて入るのです。

 

 そんな<The British Museum>が、学芸員を辞めさせて成功させたと、日本政府の大臣がのたまわったと言うので、そんことがあったのかしらとネットで調べましたら、私と同じような人がいるもので、すでに、「まとめ」記事として立ち上がっていました。

 

 どうやら、2002年に就任したニール・マクレガー館長の改革を言っているらしいと言うことに落ち着きました。

 落ち着いたと言うのは、その大臣がのたもうたこととは若干様相が異なるからなのです。

 

 まぁ、それはともかく、日本の大臣というのは、大臣になると、自分が大人物にでもなったような気になるようです。

 あの震災の時も、被害にあった県を訪問した大臣が県知事に対して横柄な言葉を使って、国民から批判を浴び、辞任となりましたが、今回もまた、勘違いをしている軽率な大臣の発言であったようです。

 

 中野京子さんが日経に書いていたことですが、多くのヨーロッパの美術品というのは、結構ぞんざいに扱われてきたというのです。

 

 例えば、「最後の晩餐」です。

 教科書にも乗り、多くの人たちがその絵を思い浮かべることができる有名な絵です。

 そのダ・ヴィンチの壁画も、設置されていた修道院の台所と食堂との通路確保のために、絵の下を壊されて、そこに扉が設置されたというのです。

 また、ナポレオン戦争の折には、そこが軍馬を休ませる馬小屋にされたし、第二次大戦では連合軍の爆撃で屋根が壊れ、3年も雨ざらしであったというのですから驚きです。

 

 それぞれの時代に、文化財を保護する学芸員がいれば、人の便利のために歴史的価値のある作品を壊すことに異議を唱えたでしょうし、戦火から守るために八方手を尽くしたことでしょう。

 

 先日も、棟方志功の版画が貸出先で盗難にあい、盗んだ人間は、本物をカラーコピーと差し替えていたために、盗難の事実が久しくわからなかったと言います。

 私が読んだ記事では、専門家としか書いていませんでしたが、その方が、その版画を見て、これはレプリカではないかと疑義を申し出て、判明したというのですから、専門知識を持った方が、人類の芸術作品のそばにいなくてはいけないのは当然のことであるのです。

 そのために、学芸員や美術専門家は、膨大な時間と労力をかけているのです。

 たまたま大臣になった人物とは、おおよそ努力のあり方が異なるのです。

 

 こんなニュースもありました。

 警視庁捜査1課が、40代の中国人女性2人に逮捕状を取り、全国指名手配をしたというのです。

 上海から那覇を経て、空路関西に入り、新幹線で関東へ移動したこの二人の中国女は日本観光を楽しんだようですが、楽しむだけではなく、那覇の首里城で、京都の下鴨神社で、奈良の金峯山寺で、そして、東京の明治神宮、増上寺で、門や壁に油のようなものを撒いて、文化財に被害を与えたというのです。

 

 なぜ、そんなことをするのだろうかと不思議に思いました。

 早稲田で中国文学を曲がりなりにも学び、中国の歴史や文学、いや、中国そのものが好きな私ですが、今の共産党政権のありようには辟易しているのです。

 辟易しているからといって、中国へ出かけて行って、紫禁城や天壇、蘇州の運河で悪さをしようなどとは思いもしません。

 しかし、二人の中国女が、それをするということは、今の中国が間違った教育、独りよがりな政策を推進している証拠だと思うのです。

 そして、それは東アジアの平和を維持するためには非常に危険なあり方であるとも思うのです。

 

 朝鮮情勢が緊迫している最中、中国はアメリカと日本に対し、過激な言動を慎むよう、まるで、自分が子供をなだめる大人のような振る舞いに及びますが、その一方で、尖閣に公船を送り込み、領海侵入を行っているのです。

 もちろん、我が国の文化財を中国人が傷つけたことに対して一切の謝罪も同様の事件の再発を防ぐ手立ても表明はしていません。

 

 我が国の大臣も、犯罪者を野放しにする隣国もあてにはなりません。

 我が国の文化財は、教育を受けた専門家と国民が守るしかないのです。

 

 今月13日、1人の中国人が中部国際空港で逮捕されました。

 2年前に、中国で偽造された旧一万円札100枚を密輸した疑いで指名手配をされていたのです。

 日本の警察を甘く見ていたようです。中国では、抜け穴がたくさんあるようですが、日本ではそうではないのです。

 ですから、何の目的で、日本の文化財に損傷を与えたのか、犯人から直接話を聞けるのもそう遠くない時期に来るのではないかと思っているのです。

 

 文化財を軽々に論じる大臣は謝罪で済むかもしれませんが、危害を加えたこの2人の中国人は謝罪ではすまないと思います。

 

 そう、日本国民は、いや、私は怒っているのです。

 



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