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僕は期待と希望に胸を膨らませ、海底から地上に上がってきた。期間は年間。長い夢のような毎日が過ぎて行き、もうあと週間を残すのみとなった。僕は夢を終わらせようとしていた。

 

「お先に失礼します。堂本店長、お疲れ様でした」

 

「ああ、お疲れ様。この後空いているなら、皆でご飯食べに行くけど。たまには付き合ってもいいだろう」

 

コンコン

事務室の扉が開く。松葉主任が事務室に入って来た。

 

「松葉主任ちょうどいい処に。今日みんなで夕ご飯を食べに行きますが、主任も一緒にどうですか」

 

「ああ、人数に入れておいてくれ」

 

「主任が参加と。店に電話を入れておかないと。で、春風も行くだろ」

 

「あ、あの」

 

「春風も一緒か」

 

松葉主任が僕に笑いかけてくる。

 

「はい…」

 

「じゃあ、あとでな。急いで仕事を済ませないと」

 

そのまま主任は出て行ってしまい、僕はタイムカードを押す。

 

「春風、店分からないだろ。あと30分で俺も上がるし、主任も今の勢いだとそう遅くならない。一緒に行こう」

 

「はい」

 

松葉主任も一緒だなんて。でも僕はあと週間でここから居なくなる。その前に一度ぐらいご飯を食べても。

 

僕が働いている大型総合施設。海岸沿いに建つショッピングモールで目の前には砂浜、隣には水族館までが並んでいる。モールには洋服店に僕が働くペット店にレストランの数々、スポーツセンターに映画館まで設備されている。

 

松葉主任は総括本部に身を置き、いつ役職に付き東京にある本社に行くことになるかというエリート。背も僕よりも頭つ分は高くきっちりスーツに身を固め、常に笑顔を絶やさない。かく言う僕は、モール階に位置するペットコーナーでTシャツにジーンズで日々金魚を始め魚の世話に追われている。

主任は必ず日に度はすべての店に顔を出し、従業員全員に声をかけてくれる。僕も店に来た初日に名前を聞かれ、業務以外でも店の前を通りかかるたびに声をかけてくれる。

 

今日これから食事に行くのならば、その前に用意しておかないとならない。僕は見せ掛けだけは人間の食べ物を口にしていたが、主食は別にあった。自分の売り場に戻り、棚から箱をつ取り、レジに並んだ。

 

「春風、買い物をしていくのか」

 

「松葉主任」

 

松葉主任。まだ仕事があるって言っていたはず。買い物かごをもった松葉主任が僕の後ろに並んできた。

 

「主任、もうお仕事は終わったのですか」

 

「仕事は超特急で済ませてきた。春風も買い物をしてから飯か」

 

「はい」

 

真後ろに並ばれたまま、僕のレジの順番が来てしまう。

 

298円になります」

 

「あの、社員カードを」

 

主任の視線を感じる。自分の会計が終わった後も主任を待ち、一緒に店まで行くことになってしまった。本当はここでトイレに寄って行くつもりだったが、そうもいかないだろう。このまま店まで行って、そこでトイレに行こう。

 

「春風は熱帯魚でも飼っているのか」

 

「えっ、いえ別に。あっそうでした。小さなのを飼いはじめまして」

 

「そうなんだ。俺の家でも飼っているよ」

 

「本当ですか。可愛いですよね。あの種類は」

 

思わず反応してしまった僕に主任が笑いかけてくる。

 

「そうだな。それじゃあ今度、俺の家まで来てもらって水槽の様子とかチェックしてもらおうかな」

 

顔が赤くなってきてしまった。今、僕がバッグに入れた魚の餌は僕が食べる分。僕は人間の食事をしても何の意味もなさない。

実は僕は深海に住む古代魚の一族。人間ではなかった。地上に憧れ僕は年間の地上留学をしていた。海の底にある高校で学んでいた僕は周りが大学や仕事などそれぞれの道を進んで行く中で、12人枠の地上留学を申請した。

 

数年に一度不定期に募集が行われる地上の留学。当然、先生だけでなく友人らも皆が驚いた。

主に申請するのは人魚と呼ばれる種族。身体の下半分が魚であり上半身は地上の人間と同じ。完全に魚である僕とは雲泥の差で。さらに成績優秀で地上にある人間の大学に進んだり、人間の仕事を勉強し海に戻った後は役職が期待されているエリートたち。僕が申請書を出した時、先生は度も読み返した。

 

「君は仕事が決まっていただろう。宮殿の中の配達係だったな」

 

「はい、でもこのまま仕事に就いたら僕は一生海の外に出ることはないと考えたんです。一度でいいから地上を見てみたい」

 

「地上に出るには訓練がある。それにその体型ではきついんじゃないのか。身体の構造をかなり変えないとならない」

 

「お願いします。肺呼吸だって歩行だって頑張りますから」

 

一応申請を出してみるかと言ってくれた先生は僕が却下されるものだとばかり思っていた。合格の通知が届き、訓練センターまで付いて来た先生はそこで本当に僕の名前があるのか事務員にしがみ付く様に確認し、名前を指でなぞりながら僕に頑張って来いと大きな声で激励してくれた。

 

訓練は僕が考えていた以上にきつく、身体の構造を変える調合薬は苦く酷い匂いで毎日飲まなければならないときていた。それでも肺呼吸を覚え、走れはしないけれど歩くことが出来るようになった。

僕を含めた12人は最終面接を経てそれぞれ希望の大学や会社、またはセンターで紹介された場所に旅立つことになった。僕は紹介先のつであったペット用品売り場に履歴書を持ち面接に向かい、やはりセンターで用意してもらったアパートにリュックサックつで辿り着いた。

 

訓練センターで何度も繰り返された注意事項の中につ決してしてはいけない事項があった。僕達は人間と恋に落ちてはいけない。もし人間に恋をし成就しないと分かった時、人魚は泡となって消えてしまう。

僕に至っては泡になって消える前に薬の効き目は解け魚に戻り、料理され皿に盛り付けられてしまうぞと脅された。







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最終更新日 : 2017-04-21 16:43:05

この本の内容は以上です。


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