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苦悩

 

そして迎えた給料日。

他店人数取りの手当てが付いている事を知らない"葵"に給料袋を手渡した"小鳥"は、明細書を眺め出した"葵"がどんな喜びを見せるのか期待してその時を待った。

「 "リー(小鳥)"ちゃん・・」

「 はいよっ 」

( ドキドキ・・)

「 はい、今月分・・」

"葵"は、いつも通りに五千円の小遣いを渡すだけだった。

「 えっ?」

思わず、その反応の無さに驚く。

「 えっ?どうかした?」

「 んっ? ううん別に・・ あ、ありがとう・・」
 
( ぜんぜん喜んでくれねぇし・・ 小遣いも増えねぇし・・)

密かな憤慨が、

( 畜生・・ もっともっとがんばってやる!)

やや投げやりながらも前向きに変わる。
 
"葵"がこれを狙っていたとすれば、手の平で上手くコントロールしていた事にもなるのだろう。

しかし、

「 "イー(葵)"ちゃん・・」

「 ちょっ、やめて・・」

「 いいじゃん・・」

「 ホントマジでやめて・・ 疲れてるだから・・」

「 すぐ済むから・・」

「 しつこい!」

「・・・」

若気の盛りである夜の営みに対しても厳しく拒絶を示した事は、"小鳥"の心に隙間を作る事になった。
 
 

決別

 

切り付ければ流れ出る赤い血液の様に、がんばればすぐにでも出て来る結果ならば、二人の暮らしもきっと、これ程までに落ち込む事も無かったかもしれない。
 
暮らしの質というものはやはりその稼ぎなりで、一人の頃よりも減った稼ぎで二人が暮らすとなれば、今までの当然事も、見事に贅沢に化した。

ぶらっと出掛けようかと"葵"を誘っても、

「 ガソリン代がもったいないじゃん・・」

と言われ、

「 じゃぁ、歩いてどっかに行くけ?」

と言ってみても、

「 どこに行くで?」

「・・・」

沈黙となって話が終わる。
 
故に休日は、

「 はい、ご飯出来たよぉ・・」

"葵"が作る朝昼を合わせた食事を済ませてしまうと、"小鳥"は肘を付いて横になるしかなかった。

ぼんやりとテレビを眺めていると、金を持たなくても無邪気に遊び回れていた日々が懐かしく蘇り、

( もう戻れねぇ・・)

今の二人の暮らしを充実させるには何より金が必要で、その難しさに悩む様になった。
 
そんなある日の事、

" プシュッ "

缶ビールを飲みながら何かしらの家事をこなす"葵"の姿をぼんやりと眺めていると、"小鳥"の携帯が、

" ピピピ・・ ピピピ・・ "

( ん?)

珍しく鳴り出した。

「 よぉ、もしぃ~・・ 俺だけどわかるかぁ?」

「 ええっ! "イズミ"さんっすよねぇ?」

事故を起こしたと聞いて以来、初となる"イズミ"本人からの連絡。

「 おぉ、元気してたかぁ?」

「 はい!俺は大丈夫っすけど・・ "イズミ"さんこそ大丈夫だったすか?」

「 おぉ、何とかなぁ・・」

不意に"小鳥"の心は明るくなった。
 
 

事実の側面

 

つっかけを履いて外へ出た"小鳥"は、出掛けに掴んだタバコに火をつけて、

「 フゥ~~」

音を伝えぬ様に煙をひとつ吐き出した。
 
そして、

「 "イズミ"さん・・ とにかく良かったっす 」

「 おぉ、心配掛けたなぁ・・ ところでよぉ、"とんぼのおやじ"とは連絡取ってんのか?」

「 いや今はまったく・・」

「 そっかぁ・・」

「・・・」
 
「 なぁ・・」

「 はい・・」

「 俺と一緒に商売しねぇかぁ?」

「 えっ?」

「 今、宇都宮にいんだけどよ・・ "小鳥"もこっちに来ねぇかと思ってよ・・」

「・・・」

「 お前だって、いつまでも山梨にいるって訳じゃねぇだろ? 俺も"もぐら"もトラック降りちまったし、栃木に戻るって話もたぶんねぇぞ?」

「 えっ・・ "もぐら"さんも辞めちまったっすか?」

「 何だ、お前何も聞いてねぇのか?」

「 は、はい・・」

「 実はなぁ、俺が事故を起こすちょっと前辺りから、俺ら給料が貰えなくてなぁ・・」

働いて給料が貰えないなどという経験の無い"小鳥"は、"イズミ"の話を急には飲み込めなかった。

「 寝る間も惜しんで飛び回って金が貰えねぇじゃ支払いも出来ねぇし・・ 何回か催促はしたんだけどよぉ・・」

最初の未払い分を手にする頃には、次の給料が未払いとなっていて、それでもしばらくは借金をしながらなんとか走り続けたと語る"イズミ"。

「 俺は独身だがらいいけどよぉ・・ "もぐら"は家庭があったべ?」

「 はい、一度泊めて貰った事がありました・・ 」

「 それで"もぐら"は集金のバイトをやり出してなぁ・・」

「 集金?」

「 おぉ、飲み屋の集金だけどよ・・ 割と貰えるらしくてなぁ・・」

「 そうっすかぁ・・」

「 だけどなぁ・・ 集金の金を持ったまま、バックレちまってよぉ・・」

「 えぇっ?」

「 おまけに通ってた風俗の女も連れてっちまってよぉ・・」

「 はっ?」

「 しかもソイツが、又別の組のお偉いさんの女だったってんで、二つの組織から追われてんだ・・」

" ズコッ!"

「 まぁ、どっちにしたって無事じゃ済まねぇだろうなぁ・・」

「・・・」

それは、"もぐら"が家庭を守る為に必死でがんばっている話では無く、必死で逃げている話だった。

「 まっ、話戻すけどよ・・ どうだ?こっちに来ねぇか?」

「 あぁ!あの・・ 実は俺・・ 好きなヒトが出来ちまって、カカシ(商運)を辞めたっす・・」

「 おぉ!それで?」

「 はい、今は一緒に暮らしてて、つい最近パチンコ屋の正社員になれまして・・」

「 ははっ、そっかそっかぁ、そいつは良かったじゃねぇかぁ・・ 俺はてっきり、まだお前が小汚ねぇ格好で苦労してんじゃねぇかと思ってたからよぉ・・ だったら今の話は無しだ・・ 幸せになんだぞ!」

「 あ、ありがとうございます・・ でも"イズミ"さん、せっかく誘って貰ったのに、すいません・・」

「 ばぁか、気にすんなぁ・・ 俺は気ままに生きっから大丈夫だぁ、ははっ・・」

「 すいません・・」

「 また電話すっからよぉ・・ お前は真面目にがんばんだぞ・・」

「 はい・・」

最終的に"イズミ"は、まるで祝福をする為だったかの様にして電話を切った。
 
 

無口が繋いだ新たな境地

 

"小鳥"は茶の間に戻ると、不思議と"もぐら"に意識は向かず、改めて"葵"との日常を振り返っていた。

( ありゃぁ、今日生理だな・・)

( 便秘だな・・)

無口に振舞う"葵"にアレコレと理由を宛がっていた今までが、結局の所、思い込みでしかなかった事に気付く。
 
目を凝らしても耳を澄ましても、本人以外にその明確な心理はわからない訳で、本人の心は本人に聞くのが一番早い。
 
"小鳥"は、

「 ねぇ、俺の事好き?」

と"葵"に尋ねてみた。

すると"葵"は、

「 何言ってるでぇww 」

と返すだけ。

「 だから俺の事好き?」

と再び尋ねても、

「 何で急に?」

とやはり好きだとは言わず、

「 いや、別に理由はねぇけどさ・・」

「 つうかさ・・ そんなこん、わざわざ言わんきゃわからんだけぇ!馬鹿じゃん!」

しまいには不機嫌になった。

「 はっ?今何つった? 好きなら好きって言えるらぁ!」

「 だからさぁ!もしも嫌いだったら一緒にいっかないじゃん!ほんなこんもわからんだけぇ!」

「 ごめん・・」

引き下がる"小鳥"。

・・・

しかし、気になるものはやはり気になるもので、

「 ねぇ・・」

「 何?」

「 俺の事、好きって事だよね?」

「 またけぇ?」

「 いや、昔は言ってくれたし・・」

「 だからさぁ、10代じゃあるまいし、いい歳こいて好き好き言ってりゃ良いってこんけ?」

「 わかったよ、ごめん・・」

・・・

「 ねぇ・・」

「 何でぇ?」

「 いや、ごめん・・」

・・・

「 ね 「 しつこい!」

「 いや、まだなんも言ってねぇし・・」

・・・

何かと"葵"からの拒絶が続いていた"小鳥"は、この一件で完全に今までの根拠無き自信を失い、

( はぁ・・)

いきなりにも弱気になった。
 
 

疑心の思い出1

 

今回の様に何かが気になって仕方が無い症状は、"小鳥"が小学生の低学年だった頃に、すでに一度現れていた。

「 ねぇねぇ~」

「 何だい"クロキン( 小鳥 )"~」

「 ちっと見てほしいんだけど・・」

「 いいよぉ、どこ?」

親切に答えてくれた同級生に、

" クルッ!"
 
と向きを変えて屈んだ"小鳥"は、ケツを突き出してこう尋ねた。

「 俺のケツやぶっちねぇ( 破れてない )?」

「 やぶっちねぇよ・・」

「 いや、もっとよく見でよぉ・・」

「 ん?だって、どこもやぶっちねえって・・」

「 もっかい見でよ・・」

" ぐりぐり・・ "

これでもかという程にケツを押し付けられたその同級生は、

「 うわっ!ちょっと"クロキン(小鳥)"・・ マジでやぶっちねえがら・・」

「 んがい( そうかい )・・」

あからさまに嫌悪感を示した。
 
しかし、制服のズボンの股下には継ぎ目があり、例えば何かしらの力が集中的に掛かった場合、

" ブリッ・・ "

それに沿って裂けてしまう事は確かにある。

普通に下半身を動かしている限り、そう簡単に破れる様な事は無いのだが、何故に"小鳥"がこんな質問をしつこく同級生にしたのか、それには理由があった。
 
ある時、"小鳥"が一人で下校していると、

" テクテク・・ "

気付いた時には、すぐ前方におしゃべりをしながらタラタラと歩いている同じ小学校の女生徒の一団が見えた。

このままでは追い付くに違いない状況で、急に歩くスピードを緩める事もわざとらしい。
 
"小鳥"は、

" テクテクテクテク・・"

明らかな早歩きでその横を通り過ぎた。

すると、

「 ヒソヒソヒソ・・」

「 ぎゃははははは・・」

(?)

気のせいには出来ぬタイミングで、女生徒達の甲高い笑い声が聞こえた。

それが何故なのか気軽に尋ねる事が出来ず、そのまま帰宅して制服を脱いだ時、

(!)

女生徒達の笑いが、やはり自分に向けられていたと確信する事になった。
 
 


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