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登場人物と舞台設定

 

 

【キャラクター紹介】

 

 

 

◆平山能士(ひらやまたかし/30歳)

 

 

漫才コンビ、ハッピーターンの一人。やよい荘203号室の住人。きれい好きで細かいことにこだわるタイプ。優柔不断だが、打算的な一面もある。ベランダ菜園が趣味。もともと就職が決まっていたが、我孫子に半ば強引に誘われてこの道に入る。芸歴7年。

 

 

 

 

 

 

 

◆我孫子祐基(あびこゆうき/31歳)

 

 

漫才コンビ、ハッピーターンの一人。やよい荘204号室の住人。がさつで荒っぽい性格。歌謡曲とスナック菓子をこよなく愛する。笑いに対する情熱は人一倍あるが、現実的なことは苦手。舞台では台詞が飛ぶこともしばしば。芸歴9年。

 

 

 

 

 

 

 

◆喜多見まい子(きたみまいこ/28歳)

 

 

平山の恋人。こう見えても「女を武器にして」キャッチセールスの仕事をしている。押しが強く、計算高い。興味関心のままによく喋るが、人の話はあまり聞かない。結婚願望が強い。お笑いを見ても一人だけ違うところで笑うので、我孫子を苛立たせている。

 

 

 

 

 

 

 

◆林田陸(はやしだりく/25歳)

 

 

芸歴2年の後輩。歯科医一族の末っ子で、本人も歯科大に通っていたという異色の経歴の持ち主。手っ取り早く有名になりたくてお笑いの道を選んだ。お金に不自由したことがなく、わがままで自分勝手な性格。上下関係を理解できないところがある。

 

 

 

 

 

 

 

◆ナナ・ウォーターズ(23歳)

 

 

日系アメリカ人の旅行者。やよい荘202号室ではじまった民泊の初めての客。日本の漫画やアニメが好きで、コミケでコスプレをすることが目的で来日。ノリがよくてテンション高め。日本文化についての知識には偏りがある。本国ではモテるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

◆宇田川茂男(うだがわしげお/64歳)

 

 

やよい荘の大家で守銭奴。土地持ちで畑とアパートを持つ兼業農家。採れたて野菜と生活雑貨を販売する宇田川商店も営んでいる(その宇田川商店が物語の舞台となる)。金に対する執着心が強く、アパートの住民に対してもどこか封建的な考えを捨てきれない。現金を触るのが好き。

 

 

 

 

【舞台設定】

 

ここは宇田川茂男の自宅の一画にある、ガレージを改築した小屋。裏の畑で採れた野菜や生活雑貨を販売する "宇田川商店" である。この場所は、月末になると家賃の収集場所にもなる。現金に触れることに至上の喜びを感じる宇田川は、アパートの住人たちに手渡しで家賃を収めることを義務付けているのだ。

 

内装はデザイン性に乏しい簡素な設え。舞台奥の壁は陳列棚になっていて、野菜や生活雑貨が並んでいる。野菜はそれなりに新鮮そうだが、雑貨はほこりをかぶっているように見える。また、天井の隅には建物には不釣り合いな警報機が取り付けられている。

 

上手側の端が一段高くなっており、座卓がある。座卓の後ろにドアがあり、母屋に通じている。宇田川は普段、この座卓で会計をしたり家賃を受け取ったりする。卓上には帳簿、電卓、契約書類などが置かれている。座布団の横には宇田川愛用の小型金庫。一見無造作に置かれているが、これは床にがっちりと固定されている。

 

下手側、店の入り口はガレージの名残りがあるシャッターである。営業中は開け放しになっていて、アパートの住民たちもここから出入りする。

 

やよい荘の家賃の支払い期限は、28日午後3時まで。今日はその28日、時計は午後3時を回った。宇田川が集金額を数えているところへ、203号室の平山が申し訳なさそうに姿を現す。

 

 

▼やよい荘

 

宇田川が経営するやよい荘は、宇田川商店から目と鼻の先にある築40年のぼろアパート。漫才コンビハッピーターンの平山が203号室を、我孫子が204号室を借りている。しばらく空き家だった202号室は、民泊に利用するためにリフォームが済んだばかり。

 

*やよい荘は舞台とはなりませんが、すぐ近くにあるという設定です。

 

 

 

 


「金欠ボーイズ 笑いごとじゃない」#1

【金欠ボーイズ 笑いごとじゃない】

 

   

   幕があがる。

 

 

   宇田川茂男が、頬を緩ませて座卓でお札を数えている。

   ふと、集金額が足りないことに気づいて表情が曇り、

   帳簿をチェックする。

 

宇田川 来月分の家賃が未納なのは、203と204。(忌々しげ)またあの二人か。

 

   そこへ203号室の平山能士が、申し訳なさそうにやって来る。

 

宇田川 (腕時計を見て咎めるように)三時二分三十五秒。(座卓脇の小型金庫にしまって)家賃の支払期限は前月二十八日の午後三時、ジャスト。厳守のこと。

 

平山 すいません。

 

宇田川 来月分、五万五千円。

 

平山 ……それが(持ち合わせがない)。

 

宇田川 平山さん。あなた、先月もその前の月も支払いが遅れてるんだ。

 

平山 ちょっとだけ待ってください。こないだやったバイトの振り込みがまだで。

 

宇田川 (疑わしげに)今度は何?

 

平山 化粧品のピッキングを。繁忙期だけの短期で十日間。

 

宇田川 また短期か。先月はデパートの催事、その前はイベント警備員。

 

平山 三十過ぎて芸人とかいうと、なかなか雇ってもらえなくて……。

 

宇田川 売れない芸人の末路だな。203と204、コンビで入居させるなんて私がどうかしてた。

 

平山 一気に二件も契約成立したって喜んでたじゃないですか。

 

宇田川 (睨んで)柿の種なんてふざけたコンビ名で売れるわけないんだ。

 

平山 ハッピーターン。

 

宇田川 なに?

 

平山 コンビ名。ハッピーターンです。

 

宇田川 ふん。ばかうけにしとくんだったな。

 

平山 月末締め十日払いなんです。だから十日には必ず。

 

宇田川 それまでただで住む気だ。

 

平山 そんな。

 

宇田川 今月末までの分しかもらってないんだ。払えないなら出て行ってもらう。

 

平山 二万だったら今何とか(と慌ててポケットを探る)。

 

宇田川 うちはただでさえ安めに設定してるんだ。臓器売ってでも払ってもらうぞ。腎臓なんて二個もいらないんだから。

 

平山 (冗談に受け流して)はは、そんな。

 

宇田川 (本気)よかったらその筋の人、紹介するよ。

 

平山 ……(ぞっとして)。残りは必ず十日に払いますから(とお札を差し出す)。

 

宇田川 (じっと見て、結局受け取る)残金は十日の午後三時まで。一分一秒も遅れずに。

 

平山 必ず。

 

宇田川 (おもむろに下におりて)あとは? 宇田川商店に何かご用は? 電球は? トイレットペーパー、石鹸、洗剤、ハンガーもありますよ。

 

平山 そのハンガー、クリーニング屋で「ご自由にどうぞ」って出てたやつじゃないですか。(驚いて)一本百円?

 

宇田川 住人割引もありますよ。消費税はなんと5パーセントでいい。(ほこりを払いながら)品質保証。備えあれば憂いなし。いらない? それじゃ採れたて野菜は? キュウリ一本180円。

 

平山 ちょっと高くないですか。

 

宇田川 うちは完全無農薬なんでね。手間暇を考えると安いくらいだ。

 

平山 無農薬と言えば、前から聞きたいと思ってたんですが……、裏の畑に肥溜めがありますよね。

 

宇田川 (誇らしげ)うちは代々農家でね。あれも私が作った。もう四十年前だ。

 

平山 それはすごい。あれにはつまり、大家さんご一家の、その、ウン……。

 

宇田川 もちろんだ。他に何が入ってると思う。

 

平山 いつも思うんですが、他の部屋の人とかこの野菜買います?

 

宇田川 (忌々しげ)貧乏人どもには無農薬野菜を買う余裕はないんだろうな。

 

平山 というより、イメージ的にあまりよくないかなって。

 

宇田川 無農薬のどこが。

 

平山 いや、そっちじゃなくて。

 

宇田川 何が言いたいんだ。いるの、いらないの?

 

平山 結論から言うと、今日のところは間に合ってます。

 

宇田川 (やれやれと頭をふって)最近の連中はこれだ。昔の入居者は大家の勧めるものだったら何だって買ったもんだ。うちが取ってるのと同じ新聞を取ったし、私が投票するのと同じ政治家に投票した。

 

平山 すいません、ちょっとリアルすぎて……。でも、もう時代が違うかなって。

 

宇田川 私が時代から取り残されていると言いたいのか?

 

平山 そういうわけじゃ……。

 

宇田川 (鼻で笑って)大間違いだ。その証拠というわけじゃないがね、今度から民泊をはじめる。

 

平山 え?

 

宇田川 しばらく空き部屋だった202、遊ばせとくのはもったいないんでね。

 

平山 なんかリフォームしてると思ったけど……。

 

宇田川 というわけで、今日初めてのお客さんが来るんで、どうかよろしく。

 

平山 今日? 今日? だって今度はじめるって。

 

宇田川 貸主は他の住人に通告することなしに建物を増改築することができる。貸主は他の住人に通告することなしに空き部屋の使用目的を変更することができる。

 

平山 契約書に書いてある……。

 

宇田川 その通り。

 

平山 でも、隣がいきなり宿泊施設になるっていうのはちょっと……。

 

宇田川 (無視して)ネットに載せたら思った以上に反響があってね。あなたも次家賃が遅れたら問答無用で出て行ってもらいますよ。203も民泊で使いたいんでね。

 

平山 そんな。

 

宇田川 外国人旅行者は爆発的に増えてるんだ。二〇二〇年にはオリンピックもあるし、うまくすれば賃貸しするよりずっと儲かる。

 

平山 でも、あの……。実は、もしかしたら部屋を出ることになるかもしれなくて。

 

宇田川 ほう?

 

平山 彼女から一緒に暮らさないかと言われていて。悩むところではあるんですが……。

 

宇田川 背に腹は代えられない。

 

平山 えぇ、まぁ。

 

宇田川 試してみればいい。どうせ売れない芸人の末路なんて決まってるんだから。

 

平山 いや、売れない芸人売れない芸人って……。

 

宇田川 売れてるのか?

 

平山 あの、それは……。

 

宇田川 そら見ろ。あとは204だ。我孫子さんは?

 

平山 え?

 

宇田川 彼はどこです?

 

平山 (急に頑なな態度になって)知りませんよ。あいつの顔など見たくもない。

 

宇田川 私は見たいんだ。あの人も三か月連続で家賃が遅れてるんでね。強制退去になったっておかしくない。(考えて)204も出て行ってもらって民泊にするか。それがいいな。善は急げだ。ちょっとあの人呼んで。

 

平山 どこにいるか知らないんで。

 

宇田川 連絡先くらい分かるでしょうが。

 

平山 音信不通なんで。

 

宇田川 お笑いコンビでしょ、あんたたちは。

 

平山 誰があんな奴と。

 

宇田川 コンビじゃないのか?

 

平山 今や怪しいですね。

 

宇田川 (目を細めて)どっちなんだ?

 

平山 さぁ。

 

宇田川 売れないわけだ。

 

   そこへ204号室の我孫子が、身体をぼりぼり掻きながら登場。

 

宇田川 いるじゃないか。我孫子さん、あなたもね、こう毎月支払いが遅れてもらっちゃ困る……(異変に気がついて)なに?

 

我孫子 (ぼりぼり掻いて)ちょっとバイトで。

 

宇田川 まさか来月振り込み……。

 

我孫子 即金です、即金。

 

宇田川 それならいい。

 

我孫子 治験って、新しい薬の実験するやつなんスけど、副作用でちょっと湿疹が。(平山に)なんでお前がいる。

 

平山 (顔も見ないで)おれだって家賃払わなきゃいけないだろうが。

 

宇田川 とにかく、家賃は払えるってことだな(と催促)。

 

   我孫子がお札を差し出す。宇田川が受取ろうとすると、我孫子は
   
また身をよじって全身をぼりぼり掻く。
   
宇田川はうつりはしないかと指先でお札を掴む。
   菌を飛ばすように札に息を吹きかけ、いくらあるか数える。

 

宇田川 (大いに不満)二万二千円。

 

我孫子 残りは近いうちに。

 

宇田川 我孫子さんにも出て行ってもらうしかないようだ。

 

我孫子 え、ちょ、なんすかそれ?

 

宇田川 こっちも商売なんでね。家賃払わない人にいつまでも貸してられない。

 

我孫子 払ったでしょ!

 

宇田川 足りないだろうが!

 

我孫子 そんな、いきなりすぎるでしょ!

 

宇田川 三か月連続で遅れといていきなりなんてよく言えるな!

 

平山 おれたちを追い出して民泊をやりたいんだと。

 

我孫子 民泊?

 

宇田川 売れない芸人より、外国人旅行者の方が金を持ってる。あいつらは金を使いに来るんだからな。来月十日までに残りを払えなければ出て行ってもらう。203と同じ。

 

我孫子 ちょちょちょ! しかも、なんでこいつと同じ期限。

 

宇田川 支払いは我孫子さんの方が二千円多いがね。

 

我孫子 (競り合って)そりゃ、こんな稼ぎの悪い奴と一緒にされても。

 

宇田川 私に言わせれば目くそ鼻くそだ。

 

平山 ちょっと待った。(我孫子に)三千円貸してたよな。

 

我孫子 は?

 

平山 あれ、返してもらおうか。

 

我孫子 (ぎくりとするがトボけて)何のことだよ。

 

平山 名古屋でライブやったとき。晩飯とネットカフェ代、出してやっただろうが。

 

我孫子 三年も前の話だぞ。

 

平山 五年前だ。

 

我孫子 そんな昔のこといちいち覚えてねぇ。

 

平山 覚えてるって反応しただろ、今。貸しは貸しだ。お前はおれに三千円借りがある。それとも、ずっとおれに借りを作ったままにしておくつもりか。

 

我孫子 なんだと。

 

平山 三千円。

 

我孫子 (忌々しげに)こういうときのためにとっといたな。

 

   我孫子、しぶしぶポケットから金を取り出す。

 

宇田川 金があるならこっちが先だろう。

 

平山 今渡しますよ(と金を取るが、よく見ると何かおかしい)。……なんだこれ?

 

我孫子 人生ゲームの金。三千ドル。通貨単位は気にするな。

 

平山 ふざけるなよ。

 

宇田川 お前らバカか。三千ドルといったら、一ドル110円計算で三十三万だぞ。

 

平山 こんなもんいるか!(と投げ捨てる)。

 

宇田川 バカ野郎!(と言って紙切れに飛びつく)

 

平山 大家さん、先に収めた分から三千円、おれの方に移してもらっていいですか。来月分の家賃は、おれが二万三千円収めてて、こいつは一万九千円。おれの方が四千円多く収めてることに……。

 

宇田川 (ようやくそれが人生ゲームの金と気がつく)なんだこりゃ! ニセ札だ!

 

我孫子 いや、だから、人生ゲームの金って。

 

宇田川 こんなのが面白いと思ったら大間違いだ!(と投げ捨てる) 私は民泊の方の準備があるんだ。失礼する!

 

   宇田川、不愉快そうに下手から出て行く。

 

平山 返せよ、三千円。

 

我孫子 そのうちな。

 

平山 ……(不愉快)。だいたい、こうなったのもお前のせいなんだ。

 

我孫子 またその話か。

 

平山 またその話だ。あれ以来、ツキがなくなったんだよ。お前が単独公演の予約日を間違えたせいだ。

 

我孫子 何年前の話だよ。

 

平山 三か月前だよ! たった三か月前! 初めての単独公演だったんだ。チケットも完売してた。それが本番当日、会場行ったらどうなってた。フラダンスの発表会やってただろうが。

 

我孫子 おれだってパニクったさ。

 

平山 お前はその前の日を予約してたんだ。7月25日にやることに決めたのに、予約したのは7月24日。向こうは本番一か月前にも、一週間前にも確認の連絡をしたと言ってたぞ。それでもお前は自分の間違いに気がつかなかった。チケットの日付も一日ずれてやっちまった。おかげで全部パーだ!

 

我孫子 だから謝っただろ。

 

平山 ハコ代は全額負担。チケットは全額払い戻し。(途中から我孫子も一緒になって言う)チラシもDMも全部無駄。なにもかも全部!

 

我孫子 何回も言うから暗記しちまったぞ。

 

平山 ふざけるな! それで二人とも貯金がなくなったんだぞ。確かにお前は謝った。一回だけ、一言だけな。それでどうなった。何もなしだ。何もなし!

 

我孫子 フラダンスが入場無料だったのがせめてもの救いだったな。

 

平山 お笑い見に来て、あれ、フラダンスじゃないか、まぁこれでもいいか。そんな奴がいるか!

 

我孫子 一人いた。お前の女だ。

 

平山 彼女は関係ない。おれは今でもハワイアンがバックに流れてくるのを聴きながら頭を下げて払い戻ししてる夢を見るんだぞ。

 

我孫子 おれは会場に行ったら誰もいなくて、一人で腰巻つけてフラダンスをする夢を見る。やりたくないのに、絶対にやめられないんだ(といって強張った顔でフラダンスをしてみせる)。つっこめよ。起きたら汗びっしょりだぞ。

 

平山 (しょんぼりして)自信はあった。ウケるはずだったんだ。

 

我孫子 お前が突っ込むタイミングをミスらなきゃな。

 

平山 なに?

 

我孫子 あれでいつも流れが悪くなる。

 

平山 お前が噛むせいだ。それでリズムが崩れる。セリフも飛ばすしな。

 

我孫子 漫才は生き物なんだよ。臨機応変にやれ。

 

平山 それはセリフを覚えてから言え。あー、こんな奴の隣に住んでるなんてうんざりだ!

 

我孫子 じゃあ出てけ。

 

平山 お前が出てくのが筋だろうが。

 

我孫子 なんでそうなるんだ。おれだってお前が毎朝掃除機かける音で起こされるなんてうんざりだね。一人暮らしのくせに掃除しすぎなんだよ。

 

平山 お前なんか一日中大声で歌ってるだろうが。

 

我孫子 歌うのが好きなんだ。

 

平山 松田聖子の歌をな。知らなかったら教えてやるが、お前は音痴だぞ。

 

我孫子 (意外で)ウソつけ。

 

平山 お前の音痴は苦情もんだよ。

 

我孫子 認めないね。

 

平山 歌ってみろよ。

 

我孫子 (歌う)あー、私の恋はー♪

 

平山 ……。

 

我孫子 南のー、風に乗って♪

 

平山 もういい。

 

我孫子 洗濯物干すときにいつも歌ってるやつだぞ。

 

平山 自分じゃ分からなくても音痴なんだよ。おまけにお前はうちのベランダのミニトマトを盗み食いしてる。

 

我孫子 なんのことだ?

 

平山 気づいてないと思ってるのか。

 

我孫子 鳥だろ。

 

平山 鳥が靴の跡を残すかよ。

 

我孫子 デカい鳥だな。

 

平山 それにお前はおれの傘も勝手に使ってる。

 

我孫子 ビニール傘はみんなのもんだろうが。

 

平山 なんだその言い草は。お前が触ると全部脂っぽくなるんだよ。スナック菓子とかジャンクフードばっかり食ってるから。

 

我孫子 今まで黙ってたがな、おれが触ったものを片っ端からウェットティッシュで拭くの、やめた方がいいぞ。お笑いファンの女の子たちからお前がなんて言われてるか知ってるか? 妖怪ふきふきだぞ。

 

平山 妖怪ふきふき?

 

   宇田川が戻ってきて、二人の話を立ち聞きする。

 

平山 じゃあスナック菓子を食べたらまず手を拭け。それからおれの部屋のものを勝手に持ち出すな。

 

我孫子 壁に穴が開いてればくぐり抜けもするだろうが。お前の部屋に必要なものがあれば借りていくだろうが。

 

平山 当たり前みたいに言うな。あの穴は塞ぐべきだ。

 

我孫子 塞げばいいだろ。

 

平山 お前が塞げ。

 

我孫子 なんでおれが。

 

平山 お前が開けたからだ。これでコンビの結束が高まるとか何とか言って。

 

我孫子 広げたのはお前だ。

 

平山 お前は貫通させただけ。通れなきゃ意味ないだろうが。

 

宇田川 (我慢できずに飛び出す)お前ら、壁に穴を開けたのか!

 

平山 (動揺)お、大家さん、いつから!

 

宇田川 塞いでもらうぞ! 絶対塞いでもらうぞ!

 

平山 (とぼけて)な、なんのことですか?

 

宇田川 全部聞いてたんだ! 壁に穴を開けた? 冗談じゃない!

 

我孫子 (開き直って)いいじゃないか! 穴ぐらい開けたって。

 

宇田川 何だと?

 

我孫子 出て行くときに元通りにすればいい。そういう契約だ。

 

平山 (我孫子に)そうなのか?

 

我孫子 いや、分からん。

 

平山 分からんって。

 

宇田川 (苦々しく)それは……、そうだが。

 

我孫子 ほら! 穴を開けようと借主の自由だ。出て行くときに直せばいい。

 

平山 そうだ!

 

宇田川 ……完璧にだ。穴が開いてたなんて分からないように、完璧に元通りにしろ。どっちみち支払いが遅れたら出て行ってもらうんだ。そのときにやってもらうぞ。

 

我孫子 いいだろう。

 

平山 (我孫子に)いいだろうって、何勝手に……。

 

宇田川 ちょっと傷を直すだけでも二万、三万かかかるんだ。穴を塞ぐとなったら三十万はかかるだろうな。

 

平山 そんなに!

 

我孫子 分かった。

 

平山 おい!

 

我孫子 部屋を借りたままなら直さなくていいんだ。遅れずに払えばいい。

 

平山 でも、おれは……(言い出しかねる)。

 

我孫子 何だよ。

 

平山 ……いや。

 

宇田川 (不気味に笑って)くっくっく。

 

我孫子 なんだ?

 

宇田川 忘れてもらっちゃ困るが、二人とも来月末は契約更新だからな。

 

我孫子 あ!

 

宇田川 更新料は家賃の二倍。もちろん家賃は家賃で別にいただく。つまり、このまま続けて住むつもりなら、来月末には一人十六万五千円、私に払わなければならない。

 

我孫子 ……(膝をついて)無理だ。

 

平山 諦めるの早いな!

 

我孫子 十六万五千円だぞ! 一生かかっても稼げねぇ。

 

平山 そこまでじゃないだろ!

 

宇田川 更新料も払ってこのまま住み続けるか。それとも高い修繕費を払って穴を完璧に塞いで出て行くか。(勝ち誇って笑う)万事休すだな。

 

我孫子 こいつ、これでも大家か。

 

平山 金のことしか頭にない。

 

宇田川 私は金が好きだ。床にお札を敷き詰めて裸で転げまわるのが子供の頃からの夢だった。この夢は叶えたよ。千円札でだけどな。

 

平山 (想像して)グロテスクだな。

 

宇田川 そうそう、これを取りに来たんだ。(商品棚からノートを取る)宿泊客用にらくがき帳を用意しておこうと思ってね。気が利くだろ? あとお茶菓子(とお菓子を取って一人でノッて)。お・も・て・な・し。ちょっと古いギャグだったかな。

 

我孫子 (覇気のないツッコミ)そもそもギャグじゃないから。

 

   宇田川は気分良さげに笑いながら下手に去っていく。

   平山と我孫子は困り果てる。相手を見るが、目が合うとすぐに

   そっぽを向く。

 

 

 


「金欠ボーイズ 笑いごとじゃない」#2

 

平山 どうするつもりだ。

 

我孫子 関係ないだろ。お前はあのバカ女にでも頼ってろ。

 

平山 だから彼女は関係ない。

 

我孫子 大ありだ。あの女がライブに来ると調子が狂うんだよ。一人だけズレたところでぶひぶひ、ブタみたいに笑いやがって。

 

平山 彼女には彼女のセンスがあるんだ。

 

我孫子 お前に12万もする安眠枕を売りつけた女だろうが。新宿の路上で。

 

平山 それがおれたちの出会いだ。

 

我孫子 キャッチセールスっていうんだよ。しかも、12万もして全然効き目がない。

 

平山 ……どこにやったかと思ってたが、お前のところか。

 

我孫子 あんなものによく12万も払ったな。

 

平山 払ってない。

 

我孫子 むしろ寝心地……、払ってない?

 

平山 定価は12万だけど、お茶に付き合ってくれたら11万でいいって。

 

我孫子 お茶に付き合ったら?

 

平山 ご飯に付き合ってくれたら10万でいいって。デートしてくれたら8万。それから○○(もごもご)してくれたら4万って。

 

我孫子 何?

 

平山 ○○(むにゃむにゃ)してくれたら4万……。

 

我孫子 お前……。

 

平山 誤解するなよ。

 

我孫子 しようがないだろうが! まさか、そのままずるずる……。

 

平山 ……二万円の条件も聞くか?

 

我孫子 聞きたくない! お前、もう一度あの女をよく見た方がいいぞ。ありゃ人の皮をかぶったゾウアザラシだぞ……。

 

平山 見てない。

 

我孫子 昔、江ノ島水族館であの女とそっくりの……、見てない?

 

平山 おれ、想像の世界に住んでるから。

 

我孫子 住むな! 現実に住め! お前がどうなろうと知ったこっちゃないがな。とにかく、部屋を借り続けるなら壁の穴のことは考えなくてもいい。家賃のことはお互い自分で切り抜ける。いいな?

 

   そこへ喜多見まい子が登場。

 

まい子 いたいたいた。タカちゃん、探したー。

 

平山 まい子。

 

我孫子 噂をすればか。

 

まい子 (平山のつま先から頭頂部までをぞぞーっと撫で上げて)会いたかったぞ。

 

平山 お、おれも。

 

まい子 (耳元に囁いて)あ、い、た、かっ、た、ぞ。

 

我孫子 (ぶるっとして)鳥肌立つ。

 

まい子 (シラけて)なんだ、あび子、いたの。

 

我孫子 何度も言うがあび子じゃねぇ。イントネーション。苗字なんだよ。我孫子。我らの我、孫、子供の子。

 

まい子 読めないし。

 

我孫子 千代田線に我孫子行きとかあるだろうが。

 

まい子 それ、駅名だから。

 

我孫子 人の名前でもあるんだよ!

 

   まい子が突然けたたましく笑う。その笑い声にぶひぶひが混ざる。

 

我孫子 (無言で平山に「ほらこれだ」と指し示す)自分だって「喜多見に住んでる喜多見まい子でーす」とか言ってるだろうが。

 

まい子 私、あんた嫌い。

 

我孫子 こっちのセリフだ!

 

まい子 (くるっと背を向けて)タカちゃん、それより例のマンションのことなんだけど。

 

平山 まい子、その話はあとで……。

 

まい子 ダメダメ、急がなきゃ。今週中に契約しないと他の人に回しちゃうって言われてるんだから。

 

我孫子 マンション?

 

平山 (まい子を連れて行こうとする)向こうで話そう。

 

まい子 (鞄から書類を取り出し)書類持ってきてるから。あとはタカちゃんにサインしてもらうだけ。今日中に書いちゃお? まい子、家電も新しくしたい。

 

我孫子 おい、何だよマンションって。

 

平山 いや、その……。

 

まい子 あび子には関係ないでしょ。

 

我孫子 平山。

 

まい子 私たち、一緒に暮らすの。

 

我孫子 は?

 

まい子 同棲しちゃおうかな、みたいな。

 

我孫子 お前、早まるなよ。

 

まい子 私たち、愛し合ってるの。

 

我孫子 は?

 

まい子 (強引に迫る)ね?

 

平山 (答えかねて)えっと……。

 

我孫子 平山、おれたちは現実に住んでるんだぞ。

 

平山 おれももう30だし、人間、うっかりしてると選択肢が狭まるというか……。

 

まい子 何恥ずかしがってんの?(と笑いながら加減知らずのツッコミ、から見せつけるように抱きつく)。愛し合ってるの。タカちゃんってば私にメロメロ。かわいー、舐めちゃお。どこ? どこ? どこ舐めてほしい?

 

平山 (押しのけるようにして)まい子。

 

我孫子 お前……。

 

まい子 こないだ二人で下見に行ったのよね。祖師ヶ谷大蔵。駅から徒歩四分。商店街の裏手にある築五年のマンション。二階の角部屋、2DKの真っ白な部屋。二人の愛の巣。

 

我孫子 どうでもいいが修繕費は払えるんだろうな。出てくんなら、お前が全部払えよ。

 

平山 それは……。

 

まい子 何?

 

平山 (ごまかして)いや、引っ越しって思ってるよりお金かかるから大変だなって。

 

まい子 平気平気、私出すし。

 

平山 ホントに?

 

まい子 ま、とりあえず?

 

平山 思ってるより何十万か余計にかかるかもしれないけど。

 

まい子 (加減知らずに叩いて)任せとけって。

 

平山 (我孫子に)持ってるんだ(と親指と人差し指でお金マークを作ってみせる)

 

我孫子 めちゃくちゃ現実の世界じゃねぇか!

 

まい子 あび子、ちょっとなに、嫉妬?

 

我孫子 違うわ!

 

まい子 タカちゃん、こんなのとさ、もう解散しちゃえば?

 

平山 え?

 

まい子 (我孫子に)それがあんたたちにできる一番面白いことなんじゃない?(自分で言ってぶひぶひ笑う)ウケる! それウケる!

 

我孫子 こんな女に言われて平気なのか。

 

平山 おれは……。

 

まい子 タカちゃんだってもう解散してるも同然だって言ってたもん。ねー?

 

我孫子 平山……。

 

平山 いや……。

 

我孫子 解散だ!

 

平山 我孫子。

 

我孫子 勝手に出てけ! 解散! ハッピーターン、終了!

 

   我孫子、そう息巻いて下手から立ち去る。

   平山は追いきれずに立ち尽くす。

 

まい子 やーねー、これだから売れない芸人は。

 

平山 おれも同じ売れない芸人だけど。

 

まい子 (切り替えが早い)まい子、早く同棲生活スタートさせたい。同棲ってなんかエロいよね。エロくない?

 

平山 まぁ、ちょっと。

 

まい子 やだー、毎晩寝かさないつもり? もたない、私もたない。

 

平山 (押され気味)はは。

 

まい子、私、前から祖師ヶ谷大蔵に住みたいと思ってたの。小田急線の喜多見から成城学園、祖師ヶ谷大蔵。たった二駅だけど天と地の差だし。

 

平山 そうかな。

 

まい子 絶対そう! 喜多見なんてどう考えたって世田谷区じゃない。駅前にミスドがあるだけであと何にもなし。ミスドは毎日通うけど、あとホント何もなしだから。

 

平山 まい子、ドーナツ好きだね。

 

まい子 当たり前。それ当たり前。100円じゃない日も行くし。まい子からドーナツ取ったら何が残ると思ってるわけ?

 

平山 さぁ。

 

まい子 何にも。何にも。私・イコール・ドーナツだから。

 

平山 すごいことみたいに言うね。

 

まい子 はい、問題! 祖師ヶ谷大蔵にミスドはあるでしょうか?

 

平山 え? えっと……。

 

まい子 ありま、てーん! でも大丈夫! なぜなら、代わりにフロレスタがあるから。フロレスタの塩キャラメルドーナツが毎日食べられると思ったら、死んでもいい。

 

平山 よ、よかったね。

 

まい子 死なない死なない(と加減知らずに突っ込む)。死なないで毎日ドーナツ食うから。……ちょっとなにこれ、ドーナツの話してる場合じゃなくない?

 

平山 いや、まい子がはじめたんだし……。

 

まい子 どうする? 不動産屋は来月十日には入れるって。

 

平山 来月十日。なんかちょうどいい話だな。でも、ちょっと早すぎない?

 

まい子 平気平気。

 

平山 荷造りとか手続きとか、けっこう大変だよ。他にいい物件があるかもしれないし。

 

まい子 まい子、あれ以上の部屋があるとは思えない。駅近だし、一歩出れば商店街だし、オシャレなバーとかカフェとかあるし、おいしいケーキ屋あるし。なにより銭湯あるし。そしがや温泉21。私、銭湯とか温泉、ちょー好き!

 

平山 おれはそういうとこってあんまり。人前で裸になったりとか、他人が入ったお湯とかダメなんだよね。芸人的にどうなのかとも思うけど……。

 

まい子 (全然聞いてない)私は好きー。好き好き大好き超愛してる。言っちゃうと、私イコール温泉だから。

 

平山 ドーナツは? まぁいいけど。なんか、まい子の意見ばかり採用されてない?

 

まい子 そーお?

 

平山 おれの考えも聞いてもらえるかな?

 

まい子 だって、タカちゃんは今ろくにバイトもしてないわけだし。そんな人に発言権があるわけないでしょ?

 

平山 確かに。確かにね。

 

まい子 引っ越しするのは誰のお金? 契約料は誰が払うの?

 

平山 そうだよね。

 

まい子 当面私が何とかするけど、タカちゃんには二ヶ月あげるから。

 

平山 え?

 

まい子 その間に仕事探して。できるだけ社員で、昇進の見込みもあるやつ。

 

平山 おれなんか雇ってくれるところあるかな。

 

まい子 稼がなきゃ飢え死にだよ。

 

平山 え?

 

まい子 したい? 飢え死に。飢え死にって、フロレスタの塩キャラメルドーナツが毎日食べられなくなること。死ぬよ。

 

平山 いや、死なないと思うけど。でも、芸人としての活動もあるから……。

 

まい子 ゆくゆくはお笑いも辞めなきゃね。

 

平山 え?

 

まい子 だって、お金にならないでしょ。長く続けられる仕事でもないし。

 

平山 そりゃお金にはならないかもしれないけど、そればっかりじゃないから……。

 

まい子 ちゃんと働かないと、まい子のこと養えないんだぞ。

 

平山 養う?

 

まい子 贅沢は言わないけど、月三十万くらいは稼いでもらわないと。

 

平山 月三十……。いや、リアルな数字だと思うよ。すごいリアルだと思うよ。それを贅沢とは言わない基準も世の中にはあると思うけど……。

 

まい子 タカちゃんだって、まい子には路上に立つ仕事、やめてほしいでしょ。

 

平山 路上に立つって言い方はどうかな。

 

まい子 明治通りと靖国通りの交差点。

 

平山 あそこね。

 

まい子 路上に立って、女を武器にバカな男を捕まえて、ガラクタを売りつけて金を巻き上げるような仕事、いつまでもしてほしくないでしょ?

 

平山 自分で言っちゃう……。

 

まい子 そしたら、やっぱりタカちゃんが稼ぐ以外にないじゃない。

 

平山 ちょっとおれの話も聞いてもらって……。

 

まい子 (口を挟ませない)私だっていつかは結婚とかしたいし、子供とかほしいし。自分の家だってほしいんだから。

 

平山 まい子。

 

まい子 私って案外古い女なの。男と女が一緒に暮らすってそういうことでしょ?

 

平山 まい子。

 

まい子 タカちゃんのせいでこんなこと考えるようになったんだぞ。こんな女にした責任、取ってよね?

 

平山 まい子!

 

まい子 (今気がついたみたいに)何? さっきから。

 

平山 おれは……、お笑い、やめるつもりはない。

 

まい子 つもりはなくてもやめなきゃ。月三十万稼ぐって簡単じゃないんだから。

 

平山 ごめん。

 

まい子 私たち、一緒に暮らすんだよ。私、タカちゃんが妖怪ふきふきでも気にしない。

 

平山 それ知ってるんだ。でもゴメン。おれには無理だ。

 

まい子 ちょっと! え、何? 何言ってるの?

 

平山 ゴメン。おれ、やっぱり無理だ。

 

まい子 どういうこと?

 

平山 いや、だから……。

 

まい子 今更何言ってんの。もう契約しちゃったんだよ!

 

平山 それはまだしてないから。

 

まい子 え?

 

平山 してないから。まだ。

 

まい子 じゃあして。

 

平山 それは、できない。

 

まい子 サインしなさいよ(平山の手を掴み、無理やりサインさせようとする)。しなさいよ! しろ、この野郎!

 

平山 ちょ、やめ。やめろって!(勢い余ってまい子を突き飛ばす)

 

まい子 (尻もちをついて)……何これ、OMG。

 

平山 OMG?

 

まい子 オー、マイ、ガッ!

 

平山 ごめん。

 

まい子 DV! これDV!

 

平山 そんなつもりじゃ……。

 

まい子 (よろよろと立ち上がる)私とお笑い、どっちが大事?

 

平山 え?

 

まい子 はっきりして。私とお笑い、どっち取るの?

 

平山 そんな……。

 

まい子 どっちだ!

 

平山 おれは……、お笑い。

 

まい子 ……何それ。ウケ狙い?

 

平山 ……ごめん。

 

まい子 何それ。

 

平山 本当にゴメン、でもおれ……。

 

   まい子、平山を思い切りビンタする。

   そこへ、ちょうど我孫子がナナを連れて下手から顔を出す。

 

まい子 このDV野郎!

 

平山 いや、それちょっとおかしい……。

 

まい子 死ね!

 

   まい子、「死ね! 死ね!」と言いながら、我孫子たちの横を抜け去
   る。

 

平山 (ひとり呟く)死ねって……(我孫子たちに気づいてはっとする)。

 

我孫子 ……(ナナに)ゾウアザラシのまい子ちゃんでした。次のショーは五時からです。

 

ナナ (拍手)よく分からないけど感動した。

 

平山 いや、ショーじゃないし。

 

我孫子 こちら、民泊のお客さん。

 

ナナ ハイ、ナナです。

 

我孫子 アテが外れたみたいだな。

 

平山 ……芸人やめろって言うから、無理だって言ったんだ。

 

我孫子 ……ハッピーターンはもう解散した。お前ひとりで何ができる?

 

平山 ……。

 

   平山、黙って下手より去る。

 

 

 


「金欠ボーイズ 笑いごとじゃない」#3

 

我孫子 (ナナに)それにしても、外国人旅行者っていうからてっきり。

 

ナナ ブロンド期待した?

 

我孫子 そういうわけじゃ、……まぁね。

 

ナナ あんたバカぁ?(笑いながらぶつ)

 

我孫子 いてっ。

 

ナナ 私日系。グランパが日本出身。

 

我孫子 それで日本語も話せるのか。

 

ナナ あと漫画で覚えた。ゴルゴとかね。

 

我孫子 ゴルゴ?

 

ナナ 「その正義とやらはお前たちだけの正義じゃないのか?」

 

我孫子 は?

 

ナナ (背後をさっと警戒して)「おれのうしろに音もたてずに立つような真似をするな」

 

我孫子 ああ、ゴルゴに出てくるセリフ。

 

ナナ 当たり前だろー。『ゴルゴ』と『こち亀』と『おいしんぼ』は全巻揃ってたから。

 

我孫子 ラーメン屋か! 自慢げに言うラインナップじゃないから、それ。

 

ナナ 私が何しに日本来たか分かる?

 

我孫子 いや。

 

ナナ コミケコミケ。

 

我孫子 コミケ?

 

ナナ コスプレコスプレ。

 

我孫子 コスプレ?

 

ナナ 誰のコスプレやるか知りたい?

 

我孫子 いや、別に。

 

ナナ 教えろ、この野郎。

 

我孫子 日本語変だから。お前が教えろよ。

 

ナナ ゴルゴゴルゴ。

 

我孫子 二回言うのやめろよ。

 

ナナ デューク東郷。

 

我孫子 コミケでゴルゴのコスプレやる奴なんていねーだろ。

 

   ナナはゴルゴ風の太眉毛を取り出して装着、ゴルゴ風の表情を作る。

 

ナナ 「おれのうしろに音もたてずに立つような真似をするな」。痺れる!

 

我孫子 民泊ってこういう奴が来るのか。

 

ナナ 写真撮られまくっちゃうな。あとこれ(と拳銃を取り出す)。本物よ。(我孫子に向けて)「おれのうしろに……。

 

我孫子 (焦って)バカ、よせ! しまえよ!

 

ナナ なんてなー。ニセモノニセモノ。

 

我孫子 ふざけんなよ!

 

ナナ なわけないだろー。(我孫子を指さして笑う)見た今の顔。本物持ってたら保安検査で捕まりますー。

 

我孫子 なんかムカつく。

 

ナナ (眉毛をはずす)言っとくけど、向こうじゃめちゃモテるから。

 

我孫子 聞いてねぇよ。

 

ナナ バイザウェイ、ミスタ宇田川は?

 

我孫子 宇田川? 大家? 初めての客だからって色々準備してるよ。(考えて)初めての客か。初めての客で痛い思いをすれば、これ以上手を広げようなんて思わなくなるかも。そうすればおれたちを追い出そうとも考えなくなる……。(ナナに)日本初めてだって?

 

ナナ イエス。

 

我孫子 民泊を利用するのに不安は?

 

ナナ (あっけらかんと)全然。

 

我孫子 あるだろ。そこはあるだろ。初めて日本来て、おんぼろアパートに泊まるんだぞ。女なんだし尚更あるだろ。盗撮されてないかとか、合鍵使って襲われないかとか。

 

ナナ んー、まぁ、安ければオッケー?

 

我孫子 デュークだったら絶対警戒するぞ。

 

ナナ これね(とデューク更家のウォーキングをやる)。

 

我孫子 更家! それ更家だから。相当古いぞ。ホントにアメリカ人かよ。よし、じゃあおれがいいこと教えてやる。

 

ナナ なに?

 

我孫子 うちの大家のミスター宇田川な。あいつ、外人が大嫌いなんだ。

 

ナナ リアリィ?

 

我孫子 (反応を見ながら)特にアメリカ人。

 

ナナ リアリィ。どうして。

 

我孫子 戦争で負けた恨みだな。

 

ナナ ……戦争?

 

我孫子 第二次大戦に決まってるだろ! ワールドウォー2!

 

ナナ あー、それ。

 

我孫子 アメリカの若い奴ってそんな? (効果がないと見て)あいつ、漫画とかアニメとかも大っ嫌いだから。

 

ナナ (激しく動揺)どどどどど、どうして?

 

我孫子 こっちは効くのか。オタクとか、理解不能で気持ち悪いって。

 

ナナ ファック!

 

我孫子 コミケのあととか、毎回裏の畑で同人誌燃やしてるし。

 

ナナ OMG!

 

我孫子 OMG?

 

ナナ オーマイガッ!

 

我孫子 そのときのあいつの顔、見せてやりたいよ。(指で角を作ってみせて)薄ら笑いでこんな角が生えて。

 

ナナ デビルか! 悪魔くんか!

 

我孫子 悪魔! ただの悪魔な! くん付けしたら水木しげるだから。とにかく、この世であいつが信じるものはただ一つ。

 

ナナ 何?

 

我孫子 金。

 

ナナ シット! シットって言っても焼きもちじゃないから。

 

我孫子 分かってるよ!

 

   そこへ宇田川が下手から登場。

 

宇田川 これはこれは、ナナ・ウォーターズさんですね。

 

ナナ ……(警戒して)。

 

宇田川 ウダガワドットコムでご予約承っております。オーナーの宇田川です。

 

我孫子 ウダガワドットコムって。

 

   宇田川は握手しようと右手を差し出すが、ナナは応じない。

 

ナナ (眉毛を装着)「利き腕を人にあずけるほどおれは自信家じゃない。だから、握手という習慣もおれにはない」。

 

宇田川 は?

 

我孫子 ゴルゴです。

 

宇田川 ゴルゴ? アメリカの方には握手と聞いてたんだが……。眉毛に何かついてますよ(と取ろうとする)。

 

ナナ (慌てて身を引いて)ドントタッチミー!

 

宇田川 (当惑)失礼。取ってあげようとしただけなんですが。(気を取り直して)日本語は大丈夫なんですよね。

 

ナナ (自分で眉毛をはずす)ヤ。

 

宇田川 よかった。英語はまだ勉強中で。

 

我孫子 金のこととなると頑張りますね。

 

宇田川 余計なことは言わないように。(ナナに)もう聞いてるかもしれませんが、こちらはアパートの住人の我孫子さんです。ああ、でも、大きな音出したら迷惑なんじゃないかとか、夜遅くまで起きてたら迷惑なんじゃないかとか、気にしなくていいですから。この人と、あともう一人いるんですが、こいつらの方がよっぽど迷惑ですから。それではさっそくお部屋にご案内しますが、まずは(急に英語で)ペイ・ファースト。

 

我孫子 金がらみの言葉だけは覚えが早い。

 

ナナ オーケー(どこかけんか腰で財布からお金を取り出す)。

 

宇田川 (しっかり数えてにっこり)確かに。一泊たったの五千円。お安いと思いますよ。家具家電、調理器具なんかも一通り揃ってるし、電波も良好です。必要なものはここ宇田川商店で全部揃う。これで五千円なんて安すぎる!、って思わずネットで呟きたくなりませんか、はっはっは!

 

我孫子 (ナナにこっそり)オタクが大嫌いなんだ。

 

   宇田川、警戒心むき出しのナナを伴って下手から退場。

   入れ替わりに、下手から林田が軽い足取りで登場。

 

林田 おつかれーッス。

 

我孫子 お前か。

 

林田 林田っす。部屋にいなかったんでこっち来てみました。

 

我孫子 あ、そう。

 

林田 あれ、お呼びじゃないみたいな。

 

我孫子 ちょっとごたごたしてるもんで。

 

林田 ちょっとちょっと、新コンビ結成の祝賀会じゃないすか。アゲていきましょうよ。

 

我孫子 祝賀会じゃないから。ネタ合わせして相性とか見るんだよ。

 

林田 どっちでもいいけど。

 

我孫子 どっちでもいいけどって、それが先輩に対する……。

 

林田 大丈夫大丈夫大丈夫。そういうの気にしない方なんで。

 

我孫子 ……そういや、お前って親が歯医者って言ってたっけ。

 

林田 なんすか、いきなり。

 

我孫子 だよな?

 

林田 まぁ。両親ともみたいな。あと二人いる兄貴も。死んだじいちゃんも歯医者っていうね。

 

我孫子 一族で。

 

林田 おれも一応歯科大行ったんすけど、お笑いの方が面白そうで。モテそうだし、手っ取り早く有名になれるかなって。だいたい、毎日毎日人の口の中見るなんて頭おかしいでしょ?

 

我孫子 歯科医の一族だったりすると、金に困ったこととかないだろ。

 

林田 ま、ぶっちゃけ?

 

我孫子 お前の財布は金でパンパンに膨れてる。

 

林田 カードっす。現金もあるけど。

 

我孫子 いきなりだが、金貸してくれ。

 

林田 金? 金の話?

 

我孫子 少し融通してくれ。頼む。

 

林田 (警戒するような目つきで)親の金? おれの金?

 

我孫子 どっちの金でも。すぐ返すから。……まぁコンビ組むんだから、いつとかはっきり決めなくてもいいだろうけど。

 

林田 どれくらい?

 

我孫子 とりあえず十万。いや、二十。

 

林田 二十。え? それけっこう言っちゃってない?

 

我孫子 林田、お前を見込んでのことだ。

 

林田 それ、ちょっとマジ光栄。……ま、いいすよ。

 

我孫子 マジか! よし。よしよし。

 

林田 手持ちあったかな(とポケットを探ると札束が出てくる)。

 

我孫子 出たな出たな出たな!

 

林田 はい、手出して。(羽振りよさげに渡して)これでどうだっ!

 

我孫子 うおーっ(と歓喜するが、まもなく何か変だと気がつく)……なんだこれ?

 

林田 何って?

 

我孫子 (一枚透かして)金じゃない。

 

林田 金、金。モノポリーの金。

 

我孫子 は?

 

林田 二千ドル。一ドル110円計算で22万円。ちょっとあげすぎかな。

 

我孫子 ふざけろよ、この野郎!(とお札を床に叩きつける)

 

林田 ちょっと何?

 

我孫子 こんなもんいるか!

 

林田 いや、ギャグだし。ギャグ。

 

我孫子 全然面白くねぇよ!

 

林田 あれ? 本物のお金が欲しいわけ?

 

我孫子 当たり前だろうが!

 

林田 そういうこと?

 

我孫子 そうだよ。

 

林田 ただで?

 

我孫子 (言葉に詰まって)……そりゃまぁ、はっきり言っちゃうと。

 

林田 それはちょっとあげられないなぁ。え? ただで? 無理無理。ちょっと無理。だって、お金はトラブルのもとだから。

 

我孫子 そのトラブルを解決するために必要なんだ。

 

林田 めっちゃ分かる。でも、そのやり方だとまた新しいトラブルが生まれて、いつまで経っても解決しないから。トラブルがあっちからこっちに移るだけ。

 

我孫子 そんなまともな回答、期待してないから。

 

林田 それなら消費者金融で借りても同じでしょ。

 

我孫子 そしたら返さなきゃいけないだろうが。

 

林田 確かに。それデカいよねー。

 

我孫子 だろ? だからお前に頼んでるわけよ。

 

林田 ……あれ? なんかおれ、カモられそうになってる?

 

我孫子 そんなわけないだろ。頼む、一生のお願い!

 

林田 それじゃあちょっと無理だなー。

 

我孫子 ……土下座?

 

林田 やってくれてもいいけど、やっぱ貸せないな。

 

我孫子 お前、そういう奴か。

 

林田 それおかしくない? ただで二十万よこせって脅されて、言うこと聞かないと「そういう奴」呼ばわり? 業界の不条理出たー。先輩後輩あるある。

 

我孫子 (打ち切って)分かった分かった分かった。脅したりとかしてないから。この話は終わり。終わり、もうしない。お前はおれに金を貸したくない。

 

林田 そう。

 

我孫子 二十万が手に入らなくておれがどうなろうと、どうでもいい。

 

林田 その通り。おれもそれが言いたかった。

 

我孫子 ……あっそ。

 

林田 この話は終わり。

 

我孫子 おしまい。完全に終わり。

 

林田 ザ・エンド。

 

我孫子 ジな。ジ・エンド。

 

林田 (自分でウケて)それそれ。やばい。めちゃウケ。

 

我孫子 ……で、何の話だっけ?

 

林田 おれたち二人で新しいコンビを組む。

 

我孫子 そうだ。すっかり忘れてた。すっかり忘れてた。すっかり忘れた(わざと何度も繰り返す)。

 

林田 我孫子さんが誘ったんすよ。

 

我孫子 よく覚えてない。

 

林田 「誰にしようかな天の神様の言う通り」って楽屋でやったじゃないすか。相方見つかってないヤツ集めて。

 

我孫子 それでお前に当たったわけか。おれもツキに見離されたな。

 

林田 (聞いてない)コンビの最初の仕事っていったら、やっぱりあれでしょ。

 

我孫子 あれ?

 

林田 (宣言)はい、コンビ名決めます!

 

我孫子 それね。

 

林田 前に組んでたコンビ、なんて名前でしたっけ?

 

我孫子 なんで。

 

林田 いや、かぶったら困るんで。

 

我孫子 ハッピーターン。なかなか悪くない……。

 

林田 ダサッ! ハッピーターン? マジで?

 

我孫子 いい名前だろうが。

 

林田 えー? ハッピーターン、確かにうまいけど。でも、えー?

 

我孫子 (不愉快で)名前はいい。おれが考えとく。

 

林田 ちょちょっ、なんで?

 

我孫子 何だよ。

 

林田 不安だなー、それ不安だなー。またハッピーターンみたいな感じになったら、おれちょっとノレないなー。

 

我孫子 ハッピーターンのどこが……。

 

林田 じゃこれどうすか。いいと思った名前を交互に挙げていく。ブレストと同じで相手の言ったことにケチつけない。よし、それでいこう! よっしゃ!

 

我孫子 (渋々)いいと思った名前を言うんだな。順番に。

 

林田 (わざとらしく)飲み込み早っ! じゃ、さっそくおれから。

 

我孫子 おれから言う。

 

林田 いや、おれのアイデアなんで。いきます。最初は……。

 

我孫子 おれが言うから。最初はおれ。

 

林田 変なとこで主張するなぁ。別にいいけど。

 

  以下、我孫子はひとつひとつ考えながら、林田は一つ言うたびに

  テンションを変えたりそれっぽいポーズを取りながら、

  それぞれ名前を挙げていく。

 

我孫子 (少し考えて)ポリンキー。

 

林田 サイドカー。

 

我孫子 カラムーチョ。

 

林田 マスチゲン。

 

我孫子 あたりめ。

 

林田 チョコ乳首。

 

我孫子 蒟蒻畑。

 

林田 もやしライス。

 

我孫子 ミックスナッツ。

 

   途中から平山が下手に顔をのぞかせてこのやり取りを聞く。

 

林田 横断歩道。

 

我孫子 トッポ。

 

林田 明日のお昼。

 

我孫子 バームロール。

 

林田 (ジョジョ立ちで)ジョジョ。ポーズもジョジョ立ちで。ジョジョ。

 

我孫子 ブランチュール。

 

林田 有頂天。

 

我孫子 シルベーヌ。

 

林田 ちょっと!

 

我孫子 え?

 

林田 全部お菓子の名前でしょそれ!

 

我孫子 ケチつけないんだろうが。

 

林田 そうだけど、バリエーションなさすぎだから。

 

我孫子 (不満げに)え?

 

林田 さすがに。

 

我孫子 最後の三つなんか全部ブルボンだぞ。

 

林田 考えて。もっと考えて。

 

我孫子 好きなんだよ、ブルボン。ブルボンは?

 

林田 もっと幅広く!

 

我孫子 お前、アルフォートだってブルボンだぞ。プチシリーズもブルボンだぞ。

 

林田 知らないから。

 

我孫子 え?

 

林田 ブルボンから離れて。

 

我孫子 え?

 

林田 さすがに。

 

平山 何やってんだ?

 

我孫子 (動揺して)平山。お前こそなんだよ。

 

平山 202の台所の電球が切れてたから取ってきてくれって。

 

林田 新しいコンビ名考えてたんすよ。

 

我孫子 余計なこと言うな。

 

平山 新しいコンビ?

 

林田 元相方の平山さんでしょ。一回舞台で見たっす。

 

平山 元相方?

 

林田 おれと我孫子さんで新しい……。

 

我孫子 (林田を叩いて)黙ってろ。つまりだな……。

 

平山 つまり、そういうことか。ハッピーターン、終了。

 

我孫子 いや……。

 

林田 あれ、何この空気?

 

平山 亀田製菓だしな、ハッピーターン。

 

林田 そうなんだ。……え、なに? お菓子の話?

 

我孫子 舞台から遠ざかりたくないだけだ。

 

平山 よく分かった。

 

我孫子 いや、分かってない。

 

平山 こんな頭悪そうなやつでもおれよりマシってわけだ。

 

我孫子 客前でやらないと勘が鈍るんだよ。

 

平山 ライブ当日に会場押さえることもできないくせによく言うよ。

 

我孫子 またそれを蒸し返す気か。

 

平山 忘れられない出来事だからな。

 

林田 やっぱりお菓子の話じゃねぇ。

 

我孫子 いつまでもぐじぐじ言いやがって。

 

平山 もういい!

 

我孫子 こっちのセリフだ!

 

平山 解散!

 

我孫子 なに?

 

平山 解散! ハッピーターン解散!

 

我孫子 さっきおれが宣言しただろうが!

 

平山 じゃあ再結成して、それから解散だ! 解散!

 

我孫子 勝手にしろ!

 

   平山、商品棚から電球を取って行こうとする。

   と、突然警報が鳴り、ランプが点滅。

   同時に宇田川の声でアナウンスが入る。

 

アナウンス 万引きは犯罪。万引きは犯罪。今すぐ金を払え。

 

平山 なんだ、これ!

 

アナウンス この小屋はすでに警察に包囲されている。繰り返す。万引きは犯罪……。

 

   平山、怒りと焦りで棚を叩いたり揺さぶったりするが、

   どうにも止められない。仕方なくポケットから小銭を出して、

   料金箱に入れる。

 

アナウンス (警報がやむ)お買い上げありがとうございます。あなたの暮らしを豊かに。今後とも宇田川商店をよろしくお願いいたします。

 

平山 何なんだよ!

 

林田 分かった。電球泥棒!

 

平山 (睨んで)大家に頼まれたんだよ!

 

林田 いや、だから、コンビ名。(我孫子に)電球泥棒でどうすか?

 

我孫子 ま、インパクトあるかな。

 

林田 うわっ、売れそう!

 

平山 勝手にしろ!

 

   平山、怒った足取りで下手から出て行く。

 

 

 


「金欠ボーイズ 笑いごとじゃない」#4

 

林田 (軽くポーズを入れて)どーもー、電球泥棒です。みたいな。白熱灯でしょ?

 

我孫子 (平山に気を取られていて)え?

 

林田 LEDじゃなくて。

 

我孫子 そんなのどっちでも……。

 

林田 どーもー、電球泥棒です。ほら一緒に。おれが電球で、我孫子さんが泥棒。

 

我孫子 なんでおれが泥棒……(と言う間もなく)。

 

林田 (二人で)どーもー、電球泥棒です。まぁまぁまぁ。まぁ、いいんじゃない。いいんじゃないすか? ちょっと思ったんだけど、もう一人入れてコントやんないスか?

 

我孫子 は?

 

林田 若い子には絶対コントのがウケるし。三人いれば色々分担もできるから。

 

我孫子 は?

 

林田 最初は、知り合いとか使って笑い誘った方がいいスよね。雰囲気づくり? 認知度っていうか、やっぱ最初のハードルはさくさくっと行っちゃいたし。ある程度波に乗れば自然とうまくいくようになるかなって。

 

我孫子 お前、何言ってんだ?

 

林田 何って、電球泥棒のブレイク七週間計画。

 

我孫子 突然計画するなよ! ていうか、七週間で売れる気か!

 

林田 だって、売れなきゃ意味ないし。

 

我孫子 売れなきゃって……、おれは漫才一筋なんだよ。

 

林田 ニーズ、ニーズ。コントのが受け入れられやすいって。

 

我孫子 おれたちは漫才をやるんだ。もう一人入れたりなんて絶対しないぞ。それから決定権はおれにある。それを忘れるな。

 

林田 それじゃ売れないと思うんだよなぁ。

 

我孫子 サクラ使って笑い取るとか、お前、笑いをナメてるのか?

 

林田 だって売れたいでしょ?

 

我孫子 売れれば何でもいいってわけじゃないんだよ。

 

林田 売れてから考えればいいじゃん、そんなの。

 

我孫子 そんなの? ……色々考えてみたんだが、おれたちはうまくいきそうにない。

 

林田 なんスか、急に。

 

我孫子 世代とか価値観とか、笑いに対する考え方とか、違いすぎる。

 

林田 (軽々と)そんくらい合わせるって。

 

我孫子 無理して合わせてもらいたくない。

 

林田 じゃ、それを踏まえてのー、意見のすり合わせ、しますか。

 

我孫子 いや、すり合わせられないから。

 

林田 そお?

 

我孫子 絶対ムリ。というわけだから、行ってくれ。

 

林田 行くってどこへ?

 

我孫子 どこへでも。

 

林田 もう少し詳しく。

 

我孫子 行きたいところならどこへでも。ここではないどこかへ。

 

林田 ……ポエム?

 

我孫子 ポエムじゃねぇよ!

 

林田 もしかして、解散ってこと?

 

我孫子 そう取ってくれて結構。

 

林田 マジ? 結成五分で?

 

我孫子 記録を作ったな。

 

林田 ……オーケー、分かった。(去り際に捨て台詞)見とけよ、天下取ってやるからな!

 

   林田、下手から出て行く。

 

我孫子 よく言えるな、あんな恥ずかしいセリフ。

 

   そこへ宇田川とナナがいがみ合いながら戻ってくる。

 

宇田川 そんなに気に入らないならキャンセルすればいい。当日だと返金できませんがね。

 

ナナ 部屋に文句はない。あなたに文句がある。

 

宇田川 何がいけないんだ。私はただお客をもてなそうとしてるだけだ。

 

ナナ 「オタクはツイッターできる?」「オタクは日本食たべられる?」「オタクはバスの乗り方分かる?」。オタクに対する当てつけか!

 

宇田川 言ってる意味が全然分からん。そっちこそ最初からケンカ腰じゃないか。アメリカ人ってのはみんなこうなのか?

 

ナナ ホワット? レイシスト!

 

宇田川 は?

 

ナナ 差別主義者ってこと! 外国人に対する偏見、捨てた方がいいよ。オタク文化に対する偏見も!

 

宇田川 そんな話、誰もしてないぞ!

 

ナナ とにかく、部屋には泊まる。ただし、もうあなたの顔は見たくない。

 

宇田川 けっこう。やり取りはネット上だけ。

 

ナナ ファイン。

 

宇田川 それこそ現代社会だ。では、宿泊後はツイッターやフェイスブックで「とっても快適だった。みんなも日本に来たら絶対ここに泊まって!」と呟いてもらうということで。

 

ナナ ファイン。……待て待て待て! 誰が呟くか!

 

我孫子 アメリカ人にしとくにはもったいないツッコミだな。

 

宇田川 頭のおかしいヤンキー娘が。

 

ナナ ホワット!

 

我孫子 ちょっと落ち着いて。ね、ほら。(宇田川を脇に連れて行き)やっぱり日本に来る外人なんてろくでもない連中ばかりなんすよ。

 

宇田川 日系でこれじゃ黒人だのヒスパニックだのなんて考えられんぞ。

 

我孫子 (合わせて)まぁ、中国人や韓国人も無理でしょうね。

 

宇田川 論外だ、論外!

 

我孫子 今からでも遅くない。民泊なんてやめたらどうです?

 

宇田川 ふん、ガイジンがくそったれのすっとこどっこいだというのと、商売になるかどうかは別の話だ。

 

我孫子 ……あんたもよっぽどだな。(切り替えて)それなら、ネットでいい評判をアップしてもらうにこしたことはないわけだ。

 

宇田川 いくらか握らせてでもな。

 

我孫子 おれにいいアイデアがあります。

 

宇田川 え?

 

我孫子 ここには、他にはない観光スポットがある。

 

宇田川 観光スポット?

 

我孫子 裏の畑に。

 

宇田川 なんのことだ。

 

ナナ こそこそ話さない!

 

我孫子 (ナナに)ナナ、ユーノウジャパニーズ肥溜め?

 

ナナ ホワット? コエダメ? 何それ。

 

宇田川 肥溜め?

 

我孫子 肥溜めイズ肥溜め。ジャパニーズ、伝統的な、ベリベリフェイマス、トラディショナルカルチャー。農業の、アグリ……(単語が出ない)。JAイズベリビューティフル。日本に来たらこれ見とくべきってやつ。ていうか、普通まず見れない、超貴重なやつ。

 

ナナ マジ?

 

我孫子 イエスイエス! 今日は特別に見られるかも。ねぇ大家さん?

 

宇田川 肥溜めを?

 

我孫子 見れますよね?

 

宇田川 そりゃまぁ……。

 

我孫子 民泊利用のお客さんは、オプションで無料です。(宇田川に)ね?

 

宇田川 いくら私でも、あれを見せて金を取るというのは……。

 

我孫子 (ナナに)オッケー出ました!

 

ナナ ワオ!

 

我孫子 じゃ、その前にちょっと注意点を。(ナナを脇に連れて行き)肥溜めっていうのは、一種の、なんていうか、体験型イベントで。

 

ナナ 体験型。

 

我孫子 見るだけじゃなくて参加するってこと。肥溜めっていうのは、これくらいの穴があって、そこに野菜を育てるための、まぁ企業秘密の色々な肥料が溜まってるんだけど。

 

ナナ アーハー。

 

我孫子 そこに誰かを突き落として、みんなでわーっと盛り上がる。

 

ナナ (やや微妙な顔)わお。リアリィ?

 

我孫子 マジマジ。背中どーんと押して、突き落としちゃうの。思いっきり。

 

ナナ (いい気がしてくる)サウンズグッド。いいかも。

 

我孫子 大家が肥溜め見せるでしょ。で、「絶対押すなよ!」って言うから。そしたら?

 

ナナ 押さない?

 

我孫子 最初は。でも「絶対押すなよ!」って三回言ったら、それは押せって意味だから。

 

ナナ 押すなって言ってても、押す?

 

我孫子 イグザクトリ。その通り。三回押すなは、押せの意味。絶対押すなよ、絶対押すなよ、絶対押すなよ。(そしたら)押す。

 

ナナ 日本語、そういうとこ難しいからな。絶対押すなよ、絶対押すなよ、絶対押すなよ。押す。

 

我孫子 ザッツイット! それが日本の肥溜め文化。

 

ナナ アイガリ(I got it)。

 

我孫子 よし。(今度は宇田川を隅に連れて行き)彼女にはふざけて押したりしないようよく言っておきました。肥溜めに落ちたりしたら危ないですから。

 

宇田川 あんなところに落ちたら大変だよ!

 

我孫子 ええ。でも彼女はあっぱらぱーの外人娘です。肥溜めがどれくらい危険なのか分かってない。

 

宇田川 分かるわけがない。

 

我孫子 肥溜めのところに行ったら改めて注意してください。

 

宇田川 注意?

 

我孫子 「絶対押すなよ!」って言わないとダメです。

 

宇田川 絶対押すなよ?

 

我孫子 もし後ろから押されたらどうします。落ちますよ。

 

宇田川 ダメダメ、絶対ダメ!。

 

我孫子 それなら言ってください。「絶対押すよなよ!」

 

宇田川 (復唱して)「絶対押すなよ!」。でも、本当にあんなものが見たいか?

 

我孫子 もちろん! 日本独自の文化だ。うまくすれば、それ目当ての民泊客が殺到するかもしれない。

 

宇田川 ……やって損はないか。

 

我孫子 いいすか、相手は何も知らない外人だ。念を押して言ってください。「絶対押すなよ!」最低でも三回。

 

宇田川 最低でも三回。絶対押すなよ、絶対押すなよ、絶対……。ちょっと待った。どこかで聞いたことがあるような。

 

我孫子 気のせいです。さ、案内してあげてください。

 

宇田川 あぁ。(ナナに、なるべく愛想よくして)では、気を取り直しまして。ナナさん、こちらへどうぞ。アイウィルショウユー肥溜め。

 

ナナ オーケー。

 

我孫子 (ナナに)「絶対押すなよ!」

 

ナナ (我孫子に)スリータイムズ(と指を三本出してウィンク)。

 

   宇田川はナナを伴って下手より出て行く。

   入れ違いに、平山が古い電球を持って戻ってくる。

 

平山 (二人を見送り)どうなってんだ? さっきはケンカしてたのに。

 

我孫子 ま、見てろ。

 

平山 (古い電球を処理して)何したのか知らないが、家賃が払えなかったら出てかなきゃいけないことには変わらないんだからな。

 

我孫子 分かってるよ。

 

   我孫子、ふと座卓脇の小型金庫に目を留める。
   おもむろに近寄って
持ち上げようとするが、
   それは床にくっついて離れない。

   引きはがそうとして悪戦苦闘するが、まったくダメである。

 

平山 ムリだ。大家の金庫は大地震が来ても絶対壊れない。大津波が来ても絶対に流されない。本人がいつも自慢してる。

 

我孫子 (あきらめて)あいつを原子力安全保安院に派遣してやるべきだな。

 

平山 お前の新しい相方はどうしたんだ?

 

我孫子 ……もう一人入れてコントやりたいなんて言いやがる。

 

平山 コント?

 

我孫子 おれは漫才一筋なんだよ。

 

平山 それで?

 

我孫子 別に。

 

平山 別に?

 

我孫子 どっかに消えた。

 

平山 ……。

 

我孫子 なんだよ?

 

平山 別に。

 

我孫子 ……。

 

平山 ……二人とも計画が白紙になったわけだ。

 

我孫子 らしいな。

 

平山 ……それで?

 

我孫子 それでって。

 

平山 ……別に。

 

我孫子 いい加減、また一緒にやりたいと言ったらどうなんだ?

 

平山 なに?

 

我孫子 そう思ってるんだろうが。お見通しなんだよ。

 

平山 ふざけるな。そう思ってるのはお前だ。

 

我孫子 おれが? ふざけろ。お前が思ってるんだ。顔にそう書いてあるんだよ。

 

平山 考えてることが顔に出るのはお前だろうが。認めろ。また一緒にやりたいってお前が思ってるんだ。

 

我孫子 誰が!

 

平山 一緒にやりたいならそう頼め。そしたら考えてやる。

 

我孫子 考えてやる? エラそうに。

 

平山 言っとくが、お前のために彼女と別れたわけじゃないからな。

 

我孫子 おれだってお前のために新しいコンビをやめにしたんじゃない。

 

平山 これが最後のチャンスだ。一緒にやりたいならそう言え。

 

我孫子 バカ言え! お前と縁切るチャンスができて喜んでるんだよ。

 

平山 じゃ壁の修繕費払って出てけばいいだろ。

 

我孫子 だからなんでおれが。お前が払え!

 

平山 お前が空けたんだろうが。お前が払え!

 

我孫子 そんな金があるわけないだろうが!

 

平山 おれだってないね!

 

我孫子 最後のチャンスをやる。正直にもう一回一緒にやりたいですって言え。そしたらこれまでのことは水に流してやる。

 

平山 お前が水に流すものなんてないだろうが!

 

我孫子 最後のチャンスだぞ!

 

平山 お前こそ、これが最後のチャンスだぞ!

 

我孫子 十秒待ってやる。

 

平山 こっちだって十秒待ってやる。

 

我孫子 ……。

 

平山 ……。

 

   たっぷり間があったあと。

 

我孫子 ……6! ……5!

 

平山 ……。

 

我孫子 ……4! ……。

 

平山 ……3! ……2!

 

我孫子 ……。

 

平山 ……。

 

   二人が牽制しあってるところへ、下半身がうんこまみれに

   なった宇田川が登場。

   宇田川は、何も言うなと威圧するように二人を睨みつける。

 

宇田川 ……(場が凍りつく)。

 

我孫子 ……。

 

平山 ……。

 

宇田川 ……十日までに払えよ!

 

   宇田川、そのまま上手のドアから自宅に戻っていく。

   そこへナナが笑いながら下手から登場。

 

ナナ オウサム! めっちゃよかった! (宇田川を真似て)「絶対押すなよ! 絶対押すなよ!」。超ウケるー! (スマホを見せて)動画、youtubeにアップしよ。

 

   ナナは手を振って部屋に戻っていく。

   また平山と我孫子の二人きりになって、急に静かになる。

 

平山 ……うんこ宇田川、バズるぞ。

 

   我孫子は、思わず笑う。

   二人で一緒に笑うが、それもすぐに収束して、
   気まずい沈黙となる。

 

我孫子 ……とっくに十秒経ったぞ。

 

平山 お前こそ。

 

我孫子 ふん。

 

平山 ……。

 

我孫子 ……。

 

平山 ……(渋々)条件がある。

 

我孫子 ……なんだよ。

 

平山 今度はおれが予約する。

 

我孫子 ……。

 

平山 いいな?

 

我孫子 ……そうしろよ。

 

平山 (頷く)

 

我孫子 ……決まりか?

 

平山 ああ。……家賃は?

 

我孫子 バイトしろ。

 

平山 お前もな。

 

我孫子 決まりだ。

 

   我孫子と平山、ためらいがちに目を合わせる。

   我孫子、照れ隠しに「あーあ」と頭を掻きながら
   部屋に戻ろうとする。

 

平山 (呼び止めて)おい。

 

我孫子 ん?

 

平山 ……。

 

我孫子 なんだよ。

 

平山 三千円も忘れるなよ。

 

我孫子 ……(苦々しい顔)分かってるよ。

 

 

 

 

―― 幕 ――

 

 



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