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信じた節目

 

それからの日々は、雨の日も風邪の日もめげる事無くひたむきに、

「 すいません、ちょっとトイレに・・」

「 えっ?またですか?」

なんてやり取りは人並み以上にありながらも、無遅刻無欠勤を守り抜き、いよいよ約束の1ヶ月目を迎える事となった。
 
いつも通りの出勤を済ませ、

「 おはようございます 」

"甘党"マネージャーに挨拶をする。

「 はぁ~ぃ、おはようございます・・ ん~あっ、それでは~・・」

いつもと変わらぬ指示が出る。

( いったい何時・・)

そんな疑問が浮かんだものの、どこか遠慮した"小鳥"は、

「 "黒井(小鳥)"さん、ん~あっ、明日から~ 正社員としてがんばってください・・」

こんな言葉が掛かる時を、浮き足立ちながら待った。

出社から一時間が過ぎる。しかし、何ら動きは無い。
 
スロットコーナーを任されていた"小鳥"は、

( 4時になってしまえばマネージャーは休憩に行くしなぁ・・)

焦りを覚え始めていた。

「 おちかれぇ~」
 
つい数日前に他のグループ店から移動して来た"砂糖"サブマネージャーが横に立つ。

「 あっ、お疲れ様っす・・」

「 "黒井(小鳥)"さん、何だか顔色が悪いけど大丈夫?」

サブマネージャーとは本来マネージャーの代行を務める役職である。今まで"8931ハクサイ"にその役職者がいなかった理由は不明だが、そのシフトは2時からラストまでとなっていて、奇しくも"小鳥"とはドン被りだった為、連日顔を合わせている内にホールでしばしば雑談を交わす様になっていた。

「 いや実は・・ 一ヶ月無遅刻無欠勤を続ければ社員になれるって言われてまして・・」

「 あぁ、僕も最初はそうでしたぁ・・」

「 それでですね、今日がその一ヶ月目なんですけどマネージャーからはまだ何も言われてなくて・・」

「 へぇ・・」

「 もしかして社員にはなれないって事ですかね?」
 
「 う~ん、そうだなぁ・・ 一回社員にしちゃうとなかなかクビに出来ないからねぇ・・」

「 えっ?」

一瞬ではあるが、"砂糖"サブマネージャーの表情に意地悪そうな笑みが見えた気がした。

「 ちょっと離れても良いですか?」

"小鳥"は、"砂糖"サブマネージャーの返事も待たず、咄嗟に"甘党"マネージャーを探して走り出していた。
 
 

切れ目


1コースを覗き、

( 居ない・・)

2コースを覗き、

( 居ない・・)

3コースを覗き、

( 居ない・・)

4コースを覗き、

( 居ない・・)

「 すいません、マネージャーはどこにいますか?」

カウンターに尋ねる。

「 あぁ、たぶん事務所に行ったと思いますけど・・」

" スタスタスタスタ・・"

迷いも無く一目散に事務所を目指して走っていた。

 
" ガチャッ "

一枚目の扉を開けて、

" スタスタスタ・・"

そして、

" トントンッ "

二枚目の扉をノックする。

「 はぁ~ぃ、どうぞぉ 」

中から聞こえたのは、間違い無く"甘党"マネージャーの声。

" ガチャッ "

「 失礼します・・」

「 あらぁ~"黒井(小鳥)"さん、どうしましたかぁ~」

「 あの、すいません・・ 今日で約束の一ヶ月ですが、社員になれるのでしょうか?」

「・・・」

"甘党"マネージャーから出た言葉は、

「 あらっ、そうでしたっけ・・」

その瞬間、これから冬も本格的になろうかというのに、"小鳥"の額には汗が滲み出ていた。

「 ではこれで、辞めさせて頂きます 」

事務所を飛び出し、

" スタスタスタ・・"

出口に向かって足早に歩く。
 
 

社員起用

 

「 "黒井(小鳥)"さん!待ってぇ~」

後方で聞こえる"甘党"マネージャーの声。

「・・・」

"小鳥"が立ち止まる事は無かった。
 
一枚目の自動扉を抜け、風除室を出ようとしたその時、

「 待ちなさい!」

今までに無い声を出した"甘党"マネージャーが、

「 悪気は無かったの・・」

その手で強く"小鳥"の肩を掴む。

「 俺を社員にする気は無いって事ですよね?」

「 いいえ・・ ん~あっ、そんな事は決してありません!」

「 俺は言われた通り、一ヶ月間無遅刻無欠勤で・・ 早出もがんばって、社員になれると信じてやって来ました・・」

「 えぇ、それは十分にわかっていますよ・・」

「 やれるだけの事はやったんで、ここで社員になれなければ、かみさんにも申し訳ねぇし、自分には向いてなかったって事ですから・・ すいません、失礼します 」

「 ごめんなさい、ホントにアタクシ、忘れてただけなの・・」

「 えっ?」

「 アナタを社員にする事は間違い無いのよ・・ ですから帰るなんて言わないでホールへ戻って・・」

「 いや、そんな気遣いはいいっす 」

「 ん~あっ、ですからぁ~ 明日から社員です、さっ戻りましょう・・」

何をどの様にすればこうなるのか詳しい事は何もわからなかったが、取り敢えず"小鳥"は思い留まった。

「 えぇ皆さん、"黒井(小鳥)"さんが明日から社員さんになります・・」

その日の終礼で、全員に告げられた"小鳥"の社員登用。
 
 

獲得の後に

 

「 おめでとう!」

「 あぁ、ありがとう 」

"葵"は社員になった"小鳥"に喜び、"小鳥"は喜ぶ"葵"に喜んだ。

社員になると給料は時給制から月給制に変わり、基本給にプラスする形で残業代、皆勤手当て、食事代、交通費といった手当てが付き、毎週の定休に加えて通称"月一"と呼ばれる月に一回好きな日に取れる休みが与えられ、そして行く行くは、有給休暇が年間最大で七日貰えるとの事だった。

「 夏と冬にはボーナスがあるんだよ・・」

そんな情報も飛び込み、これからに対して期待は膨らんだ。
 
「 はい、"黒井(小鳥)"さん、これが保険証です 」

社員になってしばらく経った頃、"小鳥"は"甘党"マネージャーから保険証を渡された。

「 あれっ、かみさんの分もあるんすか?」

「 だって奥さんだもの・・ 専業主婦なんでしょ?」

「 は、はい・・」

「 結婚して扶養しているんですもの、当然じゃない~」

「 は、はぁ・・」

扶養家族という言葉を初めて知る。

学校の授業で学ぶ機会が無かった事が何とも腑に落ちない。
 
しかし、

( まっ、いいか・・)

若さか馬鹿さか曖昧に、これからの未来に期待する"小鳥"の心はどこかで広かった。

「 "イー(葵)"ちゃん、保険証だよ・・」

「 わぁ、ありがとう・・ これで病院にも行けるね・・」

「 う、うん・・」

「 この前手術した時は国民保険だったからさぁ・・」

「 ふ、ふ~ん・・」

物心付いてからこれまで、

( 病院に行こう・・)

などと思ったためしが無かった"小鳥"は、社会保険の保険証がどれ程のものか、その価値をジャストに感じるには至っていない。

「 "リー(小鳥)"ちゃんはまだ若いから・・」

そんな台詞を"葵"が何度と無く口にしていても、

( 歳の差を気にしている・・)

と思うばかり。

" 世間知らず "

というメッセージがほんわりと投げ掛けられている事に気付く事は無い。 
 

給料日とは

 

「 はい、"イー(葵)"ちゃん・・」

「 あっ!お給料日だっただねぇ 」

「 うん!開けてみてよ・・」

初めての社員給を封を切らずに持ち帰り、中身を確認する"葵"を見守る。

「 ジャンッ!」

・・・
 
ハイテンションで明細書を取り出した"葵"から、

「 "リー(小鳥)"ちゃん、すごぉ~い!毎日長時間労働で、本当にご苦労様でしたぁ!」

こんな言葉が掛かるのかと思いきや、

「 えっ?・・ 社員ってこれだけなの?」

返って来たのは予想外な言葉。

「 あのさぁ、俺だって一生懸命やってるんだからさぁ・・」

思わず苛立つ。

"小鳥"一人に頼らざるを得ない一月の収入がトラック屋だった頃に及んでいないとなれば、家計を預かる"葵"にとっては上辺のお世辞所では無い。

「 "リー(小鳥)"ちゃんはまだ若いから・・」

とよく口にしているのは、"小鳥"の甘さと言うか、まぁこういう所である。

それ以来、その後の給料日が二人のテンションを持ち上げる事は無かった。

「 はい、給料・・」

「 はぁい、おつかれさまぁ・・」

封を切らずに持ち帰る給料袋を片手で受け取る"葵"に、

(・・・)

"小鳥"は不満を募らせる様になる。

とは言っても、水準を下げた暮らしの中で、"葵"が実家の広告から切り抜いて来たスーパーのポイント券を財布に詰め込んで何とかやり繰りをしている姿を見れば、

( 申し訳無い・・)

不自由を掛けている事を認めない訳にはいかず、その不満は何と無く沈静化されていた。
 
 


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