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神帝暗殺とザイラスの死

 何かの異変に気づいたらしいザイラスを、物陰で眺める人影があった。

「なんとも、頭の回る男ですな」

 ザイラスと神官のやりとりを聞いていた最高神官ロゲルスゲラの一人ガークトが、僧兵部隊を率いるトロイアスに囁くように言った。トロイアスもニヤリと笑って答えた。

「しかし、奥にある物を見れば驚くでしょうな」

 奥にある物というのは、もちろん、先日から彼らが幽閉していた神帝スーインの事である。先ほど地下牢に幽閉していた神帝スーインを謁見室に移して閉じこめてある。神官がザイラスを導くのはその部屋である。

「それでは、直接にお話を」

 ザイラスを導いていた神官は、目の前のきらびやかな扉を手で指し示して、逃げるようにその場を立ち去った。ザイラスは何かおかしいと考えるように周囲を見渡したが人影はなく、この場を立ち去る理由を見つけることも出来ない。彼は決意するようにこくりと唾を飲み込んでドアを開けて中に入った。

「誰か? 儂を殺しに参ったのか」

 奥の玉座の眼光と声の威圧感で、ザイラスは初対面ながらその人物を理解した。彼は腰の剣帯を解き、武器を身辺から離して、片膝をついて忠誠を捧げる姿勢を取った。言うまでもなく神帝スーインである。ただ、どうしたことか、縄をかけられて自由を奪われた姿である。

最高神官ロゲルスゲラ、謀反か)

 勘の良いザイラスはその状況を理解した。私腹を肥やしている最高神官ロゲルスゲラの者どもがそれを除こうとする神帝スーインと対立していることは噂で知っていた。

 

 神帝スーインも人物を見る目を持っていた。自分の前に片膝をついて忠誠を示す謙虚な姿と、この青年の澄んだ目は疑いを抱かせなかった。神帝スーインは声の調子を和らげて聞いた。

「そなたは、誰か?」

「リダル王の配下で、留守居役の補佐を務めるザイラスと申します」

 ザイラスはそう言い終わる間もなく、床に置いた剣帯を身につけ、玉座に駆け寄って言った。

「お助け申します。我が王の邸宅までお越しを」

 ザイラスは神帝スーインを護衛してここから連れ出すというのである。ザイラスが短剣の鞘を払って、神帝スーインを縛る縄を切ろうとしたとき、謁見室の入り口から僧兵たちが姿を現した。神帝スーインが警告を発した。

「ザイラスとやら、背後に気をつけよ!」

 謁見室に踏み込んできたのは、その白い僧服から判断すると僧兵の一団である。本来は神帝スーインを警護する者どもだった。本来は携えることさえ許されない場に、抜き身の刃を手にし、放つ殺意はザイラスのみならず神帝スーインにも向けられている。

「何ゆえの謀反か」

 ザイラスがそう言い終わる間もなく、僧兵の一人が無言のまま斬りかかってきた。ザイラスは短剣を手にしたまま身を翻して、その僧兵の背後に回りこみ左腕で僧兵の首を抱え込みながら右手の短剣の切っ先を、僧兵の首筋に押し当てた。玉座の神帝スーインを守る位置で、ザイラスはその捕らえた僧兵を楯にするように、他の僧兵に向き合った。別の僧兵が楯にされた仲間ごと剣でザイラスを刺し貫くべく突進してきたので、ザイラスは楯にしていた僧兵を前に突き飛ばすようにして、突進してくる男の勢いを止めた。突き飛ばされた僧兵は、その男の剣に貫かれて床に転がった。男が仲間を刺し貫いた剣を抜こうとする隙をついて、ザイラスは飛びかかり短剣で男ののど元を切り裂いた。その身のこなしは素早く無駄がない。返り血を浴びることもなく身を翻して次の敵に短剣を向けていた。

 

「どけっ。儂がやる」

 僧兵たちの背後から進み出てきたのはマレヌスである。部下の腕ではこの若い使者を殺すことは出来ないと判断したのである。部下の命など取るに足らないが、無駄に失ってはこの後の仕事に差し支える。そう考えたのである。

「お前が謀反人の長か?」

 そう叫ぶザイラスに、マレヌスがにやりと笑って答えた。

「私は僧兵長のマレヌス。神帝スーインを殺害した賊を誅罰するのだ」

 要するにザイラスが神帝スーイン殺害の犯人だというのである。

(計られた)

 ザイラスはそう思い、彼らの企みに気づいた。彼らは謀反を起こして神帝スーインを殺害する。ここへ呼び寄せたザイラスを殺してその犯人に仕立て上げる算段である。マレヌスは剣を振り上げ、ザイラスは防戦のために短刀を構えた。ただ、マレヌスは大きく踏み込んできてザイラスとの距離を縮めた。マレヌスが振り下ろす長剣の勢いを短剣で受けることは出来ず、ザイラスは身をかわそうとした。この時、彼一人なら避けることが出来たかも知れない。しかし、彼が身を避ければ、敵の刃の先に神帝スーインの身があった。マレヌスはそれを狙ってザイラスにも神帝スーインにも届く距離で剣を振り下ろしたのである。神帝スーインの身を守るためにはザイラス自身の体を避けるわけに行かず、彼は神帝スーインをかばうように正面からマレヌスの剣を受けた。彼は声も上げずに絶命した。

 

「お前はこのような忠義の若者まで無為に殺しおるか」

 玉座に縛られたままの神帝スーインはそんな言葉で彼の死を惜しんだ。

「いいえ、この者は神帝スーインを殺害する謀反人にて」

 ニヤリと笑ったトロイアスは、ザイラスの死体から短剣を手にして、神帝スーインの胸に突き立てた。神帝スーインは言葉を発する間もなく、口から血のしぶきを吐いて絶命した。アトランティスが戦乱の世を神帝スーインの元にまとめ上げられて十数年。初代神帝スーインの治世はここで終わり、新たな戦乱の世を迎えるのである。

 

「では、後は手はず通りに」

 トロイアスはロゲルスゲラの者どもを眺め回すように言い、彼らもそれに応じるように薄笑いを浮かべて頷いた。

 トロイアスは僧兵部隊を三つに分かち、ルージ国公邸、リダルに賛同して同時に兵を挙げるヴェスター国とグラト国公邸を襲って、留守居役の者ともから、使用人の男女に至まで神帝スーイン殺害の謀反関係者として皆殺しにする。  ロゲルスゲラの者たちは、反逆者アトラス王子の直属の将が神帝スーインを殺害したというルージ国謀反の報と、彼らを討伐せよとの使者を、シュレーブ国とフローイ国に送るのである。その点、あらかじめ詳細に計画されていて齟齬はなかった。  リダル王が将来は息子アトラスを支えると信じ、アトラスは密かな兄に対する敬意を感じていたザイラスはここで命を終えた。もちろん、ザイラスの運命をアトラスは知らない。


もたらされた悲報

 ルードン河を下ったアトラスと反対に、エリュティアは喫水の浅い川船でルードン河をさかのぼって帰国の途についていた。シリャードの辺りでは大河にも見えたルードン河も、シュレーブ国の都パトローサの辺りまでさかのぼると水量も減り、流れが緩やかになり川幅が狭くなって浅瀬や入り江になった川岸の葦が茂る光景が広がる。芦原をすみかにする小鳥たちの鳴き声が響き渡っていた。

 エリュティアたちが乗る川船を岸で曳いていた馬や人足も姿を消し、今は船の船尾と船首で竿を操る船頭が船を操っているのみである。雰囲気は穏やかで、エリュティアが河を下ってシリャードに向かったときと違うのは、彼女の父親のシュレーブ国王とその側近が共に乗船していることである。

 

 都に近い岸辺の桟橋で船から下りたエリュティアたちを、シリャードから陸路、早馬で都に届いた意外な連絡が待っていた。

「ルージ国、謀反。謀反人どもを討つために兵を挙げよ」というのである。  それを聞いたシュレーブ王は、一瞬、驚きの様子も見せたが、ほとんど間をおかずに即答した。

「話は承った。急ぎ戻って、最高神官ロゲルスゲラの者たちに、そう伝えられよ」

 国王はそう短く言って使者を追い返すように去らせた。その後ろ姿を見送りながら、国王は怒りや悲しみや焦燥の感情を織り交ぜた表情を浮かべた。神帝スーインは彼の実の兄である。その兄がを殺害した者への怒り、兄が亡くなったという悲しみ、そして国王としての決断を下した。

「千載一遇の好機ぞ」

 国王ジソーは傍らに控えていた謀臣ドリクスにそう言った。兄の死によって、この大地は再び戦乱に巻き込まれる。王としては兄の死を悲しむより、この機に乗じて勢力拡大を図るべきだと考えるのである。心の底に怒りもわいていたが、避けられない不条理な運命に対する感情で、リダル王やアトラスに向けられたものではなかった。

 その心を読むようにドリクスが言った。

「この機を逃してはなりません。ただ、この詔が我がシュレーブとフローイにのみ布告されたというのは、不可思議な話です」

最高神官ロゲルスゲラの者どもの仕業か?」

 神帝スーイン殺害の本当の犯人は、詔に記されたルージ国の者ではなく、神帝スーインの側近の謀反を見抜いているのである。ドリクスは無言のまま頷いた。ただ、国王と謀臣の腹づもりは決まっていた。ここは、精兵を率いてシリャードに向かい、兵を背景にロゲルスゲラどもに事の次第を追求し、不正があれば暴いて、ロゲルスゲラを排除しつつ、その功績を持って、次の神帝スーインの座を狙う。

 

 もう一つは、詔に従ってフローイと共にルージとルージに与する国を討ち、領土拡大をする。二人はアトランティスに覇を唱えるために、六神司院ロゲルスリンの者どもを除くことより、まずルージ国を潰す事を選んだのである。

 エリュティアは状況はよく分からないものの、突然に漂った殺気や怒気のこもった雰囲気に怯えて侍女に身を寄せながらも、男たちの言葉の中からこの状況を読み取って呟いた。

神帝スーインがお亡くなりに? 殺させたのは、あの方?」

 この時、彼女の心はまだ幼く、どろどろとした権力争いなど理解できていない。ただ、不安に涙ぐんで震えていただけである。

 その同じ知らせは数日の時を経てフローイ国にももたらされるはずだった。


ロユラス

 エリュティアが叔父の死を知って数日後、フローイ国の都カイーキでは、早くも帰国していたリーミルが庶民に混じって市に姿を見せていた。

「リーミル様。今朝とれたばかりです」

「ありがと」

 物売りから赤いトフリの実を受け取ったリーミルは、礼を言う間もなくその熟した実にかぶりついて、笑顔の口元からあふれた果汁を手の甲でぬぐった。彼女は町娘の質素な衣装だが、彼女の顔立ちは都の庶民にまで広く知られていて、身分を隠すことが出来ない。

 

 そんな彼女が、突然に、どきりとしたように胸に手を当てて思った。

(あれは、ちょうどこんなふうに腰掛けている時だった)

 彼女は市をうろつく一人の青年を見つけたのである。そして、彼女はその青年の横顔を見た彼女の心にわき上がってきた、恋や愛といった男女の感情を否定した。

(この私が……、まさか)

 シリャードで手玉に取っていたつもりのアトラスに対して、そんな感情のかけらでもあったのかと考えたのである。ただ、彼女は冷静に状況を眺めてもいる。彼女自身が帰国を見送ったアトラスが、フローイ国の都にいるはずもない。また、通り過ぎていったその青年の後ろ姿は、アトラスよりやや長身で肩幅も広いようだ。ただ、男の後ろ姿は、リーミルの好奇心を刺激しすぎた。見過ごすことも出来ず、リーミルはしなやかな動きで立ち上がり、青年に気づかれないように、静かにその跡を追った

 

 市場は物売りの声が響き、商品を買い求める客の往来で活気がある。青年を追うリーミルの気配を消すのに丁度良い。リーミルはその人混みを利用した。青年の傍らを背後から早足で追い越しながら、向こうからやって来てすれ違った野菜売りの女を避けきれずに足がもつれたというふりを装って、青年の胸にもたれかかったのである。

 突然に倒れかかってきたリーミルの体を支える男の腕に筋肉の張りがあり、突然のことだが、女性を受け止める腕や指先の動きが優しかった。

「あら、ごめんなさい」

 リーミルは笑顔でわびながら、青年の胸に手を当てて体を引き離したが、その手の平に青年の胸板の感触があった。胸の筋肉が厚いだけではなく弾力性を秘めていて、一定の作業を繰り返す肉体労働者の筋肉ではなく、剣士のように臨機応変に激しい動きをする男の体だった。

(やはり、ただ者じゃない)

 リーミルは心の中で頷いたが、次の瞬間に青年からかけられた言葉に驚いた。

「お嬢さん。先ほどから跡をつけて居られたようですが、何かご用でも?」

(気づかれていた)

 リーミルはそんな驚きを表情に出さず、笑顔のままで、青年を眺めた。アトラスと面立ちは似ているが、漂わせる雰囲気が違う。純粋な心を虚勢で包むアトラスと違って、自然体で人の良さそうな笑顔を浮かべながら、その本心は固く閉じられて明かすことがないという感じである。

「不思議なお方、あなたはどなた?」

「私は商人のロユラスと申します。お見知りおきを」

 青年はそう言ったが、商人風の衣服のから露出する肌は日に焼けていて、筋骨もたくましい。本物の商人では無かろう。

「何をしに来たの」

 リーミルは笑顔で意地の悪い質問をした。商人で無ければ、密偵か何かに違いない。強国のフローイの動静を探るために、各国が放った密偵がこのカイーキにも暗躍しているという。この青年はフローイとは別の言葉の訛りがあり、フローイ国の住人では無かろう。

「フローイの銀製品を買い求めに」

 ロユラスの言葉にリーミルはすぐにその嘘を看破した。銀細工と言えばもっともらしいが、この若者のような年齢で扱うには高額すぎる商品である。

「う・そっ。この国のことが知りたいんじゃなくて?」

「滅相もない。私はただの商人です」

「ルージの人で、あなたによく似た人を知っているわ」

「それはどんな?」 「リダル王のご子息のアトラス王子」

 リーミルは包み隠さずその名を明かした。彼女の想像通り、ロユラスは眉をぴくりと動かしてアトラスの名に反応した。

「ほぉ。それは、私のような一介の商人には身に余る光栄」

 青年は笑顔で事実を隠すようにそう言った。アトラスの素直な物言いも良いが、包み隠す内心を探りあうような会話もリーミルの趣味に合う。ただ、その会話に邪魔者が入った。さりげない仕草の中で油断無く周囲を伺っていた青年の目に緊張感が走った。部下を連れて足早に近づいてくる将軍と兵士の姿を見つけたのである。しかし、将軍に用があるのはリーミルの方だった。やや非難の口調でリーミルの背後から声をかけた。

「姫様。行く先も告げず勝手に出歩かれては困ります」

「あら、シングレス将軍。何の用なの?」

「国王が火急の用でお呼びです。さあ、参りましょう」

 シングレス将軍と呼ばれた男は、リーミルを逃がさぬように敬意と責任感を込めて彼女の肩を抱いて、引き立てて行った。ちらりと背後を振り返るリーミルの目に、笑顔で別れの挨拶の手を振る青年の姿が見えた。

 

 その場に取り残されたロユラスは、この国にリーミルというなの男勝りの姫が居ることは知っていた。

「あの女か」

 ロユラスはリーミルを見送りながらそう呟いて、不遜な事を考えた。

(フローイというのは、攻め滅ぼし難い国のようだ)

 配下の者が姫を叱りつける様子が自然だった。姫はそんな配下の言葉を素直に受け入れていた。ただ、配下の者は敬意も忘れては居ない。姫や兵士を眺める民の目に恐れや警戒心はなかった。フローイ国の王家は、忠義心のある家来と、王家を敬愛する民に支持されていると言うことである。攻め滅ぼしにくい、そんな事を考える辺り、ロユラスは牙狼王リダルの血を引いていた。

(それにしても、火急の用とは?)

 何の用かと問われた将軍が、口ごもって、ただ「火急の用」と称した。この国に、この場では口に出来ない出来事が突然に起きたと言うことではあるまいか。ロユラスはそう考えた。


六神司院の命令

 リーミルが宮殿に呼び戻されたのは、六神司院ロゲルスリンが発した詔のせいである。シュレーブから二日遅れて到着した。その内容はシュレーブ国に当てた物と同じく、「フローイ国はシュレーブと共に、反乱国のルージとルージに荷担する二カ国を討て」という詔である。

 

 国王ボルススは国の主だった者を館の会議室に招集した。王は普段は男ばかりの会議に、孫娘リーミルを加えたのである。

「いかがしたものか」

 ボルススは居並ぶ諸侯に意見を問う素振りを見せたが、その心の底では既に次の行動を決めているのかも知れない。

神帝スーインを殺害したのは、あのザイラスという男なの?」

 リーミルはそう尋ねた。父親がルージ王リダルに殺された復讐にフローイに内通していた男という記憶があった。ただ、あの男は妙に冷静で律儀で、復讐の動機になる怒りを外に出さない男だった。その男が、リダル王、或いはアトラスの手先として神帝スーインを殺害するというのは想像がつかない。リダルにたいしてあれほどの敵意を持った男なら、暗殺計画を知れば、その手先として荷担するどころか、リダルを反逆者として六神司院ロゲルスリンに告発し彼を破滅に追い込むことを選ぶだろう。  そして、リーミルは虚飾のない素直なアトラスと接していた。ひょっとしたら、この時期の本当のアトラスの姿を知っているのは、彼女だけかも知れない。素のアトラスもまた神帝スーイン殺害を企む人物ではないと思った。

「その詔、信じられない」

 リーミルの言葉に、某臣マッドケウスは頷いた。

「確かに、ここは腰を据えて考える必要があります」

「さすればどうする?」

「シリャードには弔問の使者を差し遣わして、様子を探らせましょう」

「弔問とな」

「左様です。我らは、シュレーブから迎えた大事な姫子と、グライス様との婚礼の儀がございます」

「なるほど。しかし、この詔を無視することになりはすまいか」

神帝スーイン崩御の後は、各国国王がシリャードに参集するのが決めごとのはず。その決まりを破って我らに密使を出すなど、後ろめたいことでもあるのでしょう」

「さすれば、グライスと姫子の婚礼を盛大に執り行うとするか」

「御意」

 マッドケウスはボルススの言葉に頷いた。リーミルの弟のグライスは、自分の婚礼の事ながら、いつものように、王の命令には全て従うとでも言うように、王の言葉に無言で耳を傾けていただけである。

 グライスが未だ出会ったこともない将来の妻フェミナは、侍女団を連れて行列を仕立てて王都カイーキにやってくる。次の王の婚礼ということで数日にわたる壮麗な結婚式をする準備は出来ているが、男たちの時間稼ぎのために式典の基幹は更に長く伸びるだろう。

 

 グライスがちらりと姉のリーミルを眺める視線に、婚礼ではなく、戦への決意がこもっていた。ここにおいて、アテナイ軍ではなく、アトランティス人同士が争う状況が整ったのである。


エピローグ

「ロユラス。船はフェイルムの港に。ここの山の中は早く抜けねば」

 市場を気ままにうろついていて好奇心を満たして帰途についていたロユラスに、そんな声をかける者があった。ロユラスは幼なじみの言葉に笑った。

「お前と俺が居る。それで何が物騒なのだ」

 腕の立つ二人がいれば、どんな敵が襲ってこようと撃退してみせるというのである。確かに、フローイ国の都カイーキから北に延びてフェイルムの港に至る道は両側を切り立った崖に挟まれて大勢の兵を動かせる場所ではない。少数の敵なら二人で何とかなるだろう。

「ここいらは、反乱を起こした半蛮族ジェタレヴォーどもの巣窟だ。いつ山賊に襲われるか」

 そう言いかけたミドルが口ごもったので、ロユラスが脣を歪めて苦笑いをした。ミドルが口ごもったのは、ロユラスの前でジェ・タレヴォーという差別的な呼称を使ったことである。タレヴォーとはアトランティナ(アトランティス人)以外の異邦人を意味する蔑称である。このフローイには銀鉱山や良質な石切場が数多くあり、過去の遠征で連れてこられた数多くの捕虜たちが奴隷として長年働いている。その奴隷とアトランティナ(アトランティス人)との間に出来た子どもを半蛮族ジェタレヴォーと呼んで蔑視しているのである。ただ、異邦人との混血という意味では、ロユラスも半蛮族ジェタレヴォーに違いない。ミドルはそれに気づいて口ごもったのである。

「しかし、興味深い。ずいぶん蛮族タレヴォー半蛮族ジェタレヴォーの多い土地だ」

 彼はその理由を見抜いている。フローイは奴隷や半蛮族ジェタレヴォーの安価な労働力があれば、鉱山から価値のある鉱物を採掘することが出来、労働力が多いほど産出量も増えて、鉱山の持ち主や国は富む。対照的なのは彼が生まれたルージ国で、資源と言えば南部のザイガル山で産出する硫黄ぐらいのもので、人々は漁業と農業で身を立てている。奴隷がいたとしても、奴隷を養ってあまりある収穫が得られるわけではないから、ルージでは誰かに所有される奴隷身分の者などほとんど存在しないのである。

 

 ロユラスという青年の面白さは、この時代に軍事や経済の仕組みに興味を持って居ると言うことである。彼はアトランティス各地を旅しながら、人や土地に接して好奇心を満たしていたのである。

「ふぅーん。この地で半蛮族ジェタレヴォーどもをまとめあげて、乱を起こすのも面白いかもしれぬ」

 この辺りの地形は、攻め込んできた大軍を防ぐのに防ぐのに丁度良く、その故に、いくつかの砦に少数の兵が配備されているだけである。この少数の兵が守る砦を3つばかり破りさえすれば、フローイの都に直接攻め込めるのではないかと考えたのである。

「一度、半蛮族ジェタレヴォーどもの首領と会ってみたいものだ」

「何をいうか、危険にもほどがある」

 幸いにも山賊の襲撃にも遭わず、二人は港町フェイルムにたどり着いた。海を眺める二人の目が輝いていた。海に生活の場を求める二人に、陸地は狭すぎる。五日の航海で彼らは故郷のルージに帰る。

 

 ミドルの脳裏に浮かぶのは、ロユラスに思いを寄せる妹のタリアの顔である。ただ、親友でありながらどこか本心を隠しているロユラスの横顔を眺めたときに首をかしげざるを得ないのである。ロユラスが思い描いているもの何だろう。ロユラスは口元に笑みを浮かべていた。

 実のところ、ロユラス自身は具体的な展望やイメージがあるわけではない。ただ、アトランティス各地で眺めた光景が混じり合って、自らの運命が大きく動き出しそうな興味がわき上がってきている。

 この時、このロユラスがアトランティスの命運を最も感じ取っていたかも知れない。人々の運命は急激に動き始めていた。

 

                           第一部 了

 

 

以下、まだ連載途中ですが、よろしければ続きをお楽しみください。

「反逆児アトラス 第二部 戦乱の大地」

 

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