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洗礼

 

終了予定の11時をやや過ぎて、

" ジ~ガチャッ・・ "

初日の就労時間を刻み終えた"小鳥"は、

( あっ、"イー(葵)"ちゃんが迎えに来てるはず・・)

"葵"に11時までと伝えていた事を思い出し、急いで自動ドアを飛び出て駐車場を眺めた。
 
" ボフボフボフボフ・・・ "

"葵"の乗ったY-31はすぐの所でマフラーの音を響かせている。

( 待たせたらかわいそうだ・・)

"小鳥"は階段を駆け上り、棚の上に置いたままのタバコを取る為に休憩室のドアを開いた。

" ガチャッ "

中では先に上がっていた面々が揃ってたばこをふかしている。

「 お疲れ様です・・」

そう言ってから、

「 すいません・・」

「 すいません・・」

遅番スタッフの間を申し訳無さそうにして進み入る。

とその時、

「 "黒井(小鳥)"さん!私物を置く場所は決まってますから、明日からは他の人の場所には置かないでください 」

"大友"が固い表情から言葉を発した。
 
それと同時に、幾つかの鋭い視線が自分にむけられている事に気付く。

よく見ると、"小鳥"がタバコを置いた棚板のそこには、

"西村"、"大友"、

二人の名前と、それをひとつに囲むハートの様な線が描かれている。

「 すいませんでした・・ そしたらどこに置けばいいですかねぇ・・」

「 どっか空いてるトコを自分で見つけてください・・」

(・・・)

「 あぁ、わかりました・・ じゃぁ、お先に失礼します・・」

( ムカムカムカムカ・・)

ドアを閉める間際、"小鳥"の視界が捉えたのは"西村"のニタッと笑う意地悪そうな面。

( 洗礼ってヤツかい?)

事務所やホール、上司や客の前とは違う姿を見せたスタッフの数名によって、

( あんな奴等と働くのか・・)

職場の印象が初日の最後で覆る。

階段を駆け下りて"葵"の元へと急ぐ"小鳥"の心模様は、駆け上がった時とは全くの別物になっていた。
 
 

駆け出し

 

" コンコン・・"

運転席の窓を軽くノックする。

" ウィ~~ン・・"

「 お疲れ様ぁ・・」

「 遅くなってゴメンね、"イー(葵)"ちゃん、帰りは俺が運転するよ・・」

「 大丈夫だっちことぉ、疲れてるだから、ささっ、乗った乗ったぁ~」

「 フフッ・・」
 
素直に従った"小鳥"が助手席へと乗り込む。

「 "リー(小鳥)"ちゃん、初仕事はどうだったでぇ・・」
 
"葵"は待ちくたびれた素振りも見せない。

「 主任が教育に就いてくれたから、取り敢えずは大丈夫だったよ・・」

「 へぇ~ ちゃんと面倒見てくれるだねぇ・・」

「 あぁ、マネージャーも声を掛けてくれてさぁ、「 主任目指してがんばってください 」 だって・・」

「 てっ、まだ社員にもなっちゃいんにねぇ・・」

「 まぁ一日でも早く仕事を覚えてさ、たくさん稼げるようにがんばるわ・・」

11時を過ぎた20号バイパスは渋滞も無くスムーズで、職場の話が尽きるよりも早くに二人は自宅に辿り着いた。

遅めの晩飯を用意し始めた"葵"。

「 遅番ってさぁ、4時からなんだけど、ホールに出てから最初の休憩が30分貰えるんだよね・・ 食事休憩って言って、みんなそこで晩飯を食うみたいなんだ・・」

「 えっ?そしたら"リー(小鳥)"ちゃん、今日はどうしたで?」

「 ん?ジュース飲んでたばこ吸ってたよ・・」

「 っていうか、ホールで動き回るだから腹も減るらぁ?」

「 うん、確かに・・」

「 ほいだら明日は取り敢えずおにぎりでも持ってけしぃ・・ そいで明日"リー(小鳥)"ちゃんが仕事に行ってる間にアタシはお弁当箱を買いに行って、明後日からは毎日お弁当を作ってあげるから・・」

どこと無く嬉しそうな"葵"の後姿に、

「 だけど、そしたら"イー(葵)"ちゃんと一緒に食えんくなるから俺いいよ、我慢出来るし・・」
 
と声を掛ける。

「 ほいだらアレじゃん・・ 帰って来たら軽い夜食を一緒に食べるようにしてさ・・ "リー(小鳥)"ちゃんは働いてるだから・・」

「 う、うん・・ "イー(葵)"ちゃんが大変じゃなきゃ良いけど・・」

「 大丈夫大丈夫・・」

新たなライフスタイル。直面する事態に順応しようとする"葵"の姿は、気のせいか何となく明るい。
 
 

遅番業務

 

数日間のピッタリ指導を経て、いよいよ一人でホールに立つ様になった"小鳥"。
 
"西村"や"天野"が行う休憩回しに従い、指示された島で、ドル箱を上げたり下げたり、島を出たり入ったり、慌ただしく点灯するコールランプを汗だくになって追い掛ける。

休憩回しとは、就労の中で一人に付き、30分、15分、15分の計3回の休憩を与える事と、誰がどの島を見るかの配置を指示する、いわゆるホールメーカー、かつタイムキーパー的な役割である。本来は主任がすべき業務となっているのだが、"竹本"主任はマネージャー業務の代行に当たる為、主要なスタッフがいずれ来る昇進に備えて少し背伸びをする形でそれを務める。
 
店内は、1コースから4コースまでがパチンコ台で、5コースとアーチと呼ばれる島がスロット台になっている。
 
1コースから5コースまでは片側18台ずつが平行に並ぶまっすぐな島だが、アーチだけは、その名の通りアーチ型の壁にスロット台が設置されていて、出入り口は一箇所、真ん中には外向きに座る360度作りのソファが置かれている。

基本各島に1人ずつ、それとカウンターに1人のスタッフ配置。どの島にも着かないフリーの休憩回しが程良い間隔でそれぞれに休憩を与えながら進む営業中は、ワイヤレスマイクを使って大当たり情報などを連呼するアオリや、ドリンクメニューを持って各席を訪ね歩くワゴンサービスも行われ、何にせよスタッフがアレコレ立ち回る。

6時30分頃になると、スタッフの1人は1時間半程いなくなり、その一人が戻って来た所で、"竹本"主任はホール業務から離れる。そして、マネージャー業務代行としてホールスタッフの中からボディガードを一人宛がい、布の袋を持って券売機から万札と五千円札を掻き集め、それと同時に千円札の束を補充する。

ホールスタッフの行ったり来たりが落ち着く頃にラストの休憩が廻され、その後にようやくスタッフ全員がホールに揃う。

22:00で遊戯終了となる案内放送の後は、確変中で打ち止めとなる客には出玉の補償として強制的に大当たり一回分の出玉をその台から払い出す作業がある為、アタッカーに注ぎ込む140発前後の玉をカップに入れてイスの後ろに用意する。これは、"甘党"マネージャーか"竹本"主任の役目である。

「 多数様、大勢様、本日も当ホール、ハクサイ8931ハクサイへとご来店頂きまして誠にありがとうございます・・ 只今御遊戯中のお客様へ営業時間のご案内を申し上げます・・ 大変残念ではございますが、この後間も無くの時間を持ちまして本日の営業は終了となります・・ 尚、確立変動中のお客様に付きましては、当店スタッフによりまして出玉の補償をさせて頂きますので、ハンドルより手を離しまして、お席にてお待ちくださいませ・・ また、明日も優秀機優秀台を多数取り揃えましてのお出迎えとなっておりますので、ご近所ご家族お誘い合わせの上、当ホールハクサイ8931ハクサイへとお足をお運び下さいますよう、スタッフ一同心よりお待ち申し上げております・・ それでは残り少々のお時間ではございますが、最終最後ラストの声が掛かりますまで、どうぞごゆっくりとお楽しみ下さいませ・・ 本日のご来店、誠にありがとうございます・・」

緩く静かなBGMが流れ出し、それが、

" ブチッ "

と止まったら打ち止めの合図。

遊戯中の客に駆け寄り、

「 すいません、ここで終わりになりますので・・」

取り敢えずハンドルから手を離す様にお願いして廻った後に確変の補償を行う。全ての補償に対してスタッフが行き渡ると、手の空いたスタッフから出口の両サイドに八の字で並び、

「 ありがとうございましたぁ~」

帰って行く客を見送る。
 
 

閉店作業

 

それも終盤になると、


「「「 ありがとうございましたぁ~ 」」」
 

7人も8人ものスタッフが待ち構えている訳だから、客としても緊張を伴う様でリアクションは少ない。

"竹本"主任若しくは"甘党"マネージャーが付き添う最後の客が出終わった所で、

「 では皆さん、一列にお願いします・・」

横一列に並びを変え、その一歩前に立った"竹本"主任が、

「 ありがとうございましたぁ~」

と声を出す。

 

それに続いて、

「「「 ありがとうございましたぁ~ 」」」

残りのスタッフが頭を下げ、2,3秒程の静止の後に、

「 はい、では閉店作業をお願いします・・」

"竹本"主任はベストのポケットから小さな紙切れのメモを取り出し、そこにしたためた作業分担を発表する。

「 "天野"さんはポリ、"西村"さんはメンテ、"大友"主任はカウンターの閉め、"黒井"さんはスロット、"高橋"さんはメニュー、"黒川"さんは景品清掃とカウンターのフォロー、僕は現金回収の後にスロットに合流します・・ では皆さん、台開けをしてから・・ よろしくお願いします・・」

「「「 はい・・」」」

 
閉店作業とはその名の如く閉店後に行う作業で、それは要するに明日の営業の準備でもあり、翌日のお客様を迎える為に、各所朝一状態にリセットする事である。
 
"天野"や"西村"がまるで得意気に行う作業が一体何なのか、時々ヘラヘラとおしゃべりをしながら涼しげに振舞う姿は、力仕事だらけのスロットコーナーのメダル調整に大汗を流す"小鳥"には何とも羨ましく、まるでハズレを掴まされている様な割り振りに洗礼を受けた時の感情も手伝うと、

( 畜生・・ こっちはこんなに、こんななのによ~)

全てが敵に見える様な疎外感が付きまとう。

それでも、

「 お疲れ様ぁ~ これから僕も手伝いますから・・」

現金回収を終えて爽やかな笑顔で登場し、一緒に汗を流す"竹本"主任の姿には、

( 主任なのに下っ端の俺と同じ作業をするなんて、楽をしようとすればいくらでも出来るはずなのに・・)

尊敬か信頼か安心か、何にせよ、プラスの感情を抱いていた。
 
 

報告

 

「 マネージャー!すいませんが、ちょっとお話出来ますか?」

「 いいですよ、どうしましたぁ?」

入社から一週間程経ち、一通りの流れもそれなりに把握した"小鳥"は、終礼が終わった後を狙って"甘党"マネージャーに、こんな報告をした。

「 彼女と籍を入れる事になったので・・ その報告をしておこうと思って・・」

「 あらぁ~ 良かったじゃない・・ おめでとう・・」

「 ありがとうございます・・」

「 ん~あっ、それでは~ 式はいつ挙げるんですかぁ?」

「 あ、式はちょっと挙げられないので、籍だけ・・」

「 んまぁ、それじゃ奥さんはかわいそうね~」

「 はい、本人はいいって言ってますけど、僕も本当はウェディングドレスを着せてあげたいんです・・ ただ今は金も無いし・・ だから社員になって生活が安定したらって事で・・」

「 そう、そうね、そうよね・・ ん~あっ、二人でしっかり力を合わせてがんばれば、きっと大丈夫ですよ・・」

「 はい、ありがとうございます 」

「 で?籍はいつ?」

「 えぇと・・ 今月の11日にしようってなりまして・・」

「 んまぁ素敵、それじゃぁ一日も早く社員になってがんばってくださいね・・」

「 はい、では失礼します・・」

「 お疲れ様~ んあっ、"黒井(小鳥)"さん・・」

「 はい?」

「 おめでとう 」

「 はは、ありがとうございます 」
 
平成11年11月11日。

"黒井小鳥"と"三田葵"は、一宮村役場にて婚姻届を提出し、めでたく夫婦となった。

「 "イー(葵)"ちゃん・・ 指輪も買ってあげられないけど、これからは俺の妻として改めてよろしくね・・」

「 うん、"リー(小鳥)"ちゃん、アタシこれからは"黒井葵"になるんだね?」

「 あぁ・・」

「 何だかさぁ、"クロイアオイ"って、"ヤブレカブレ"みたいだね・・」

「 ぎゃはは・・ どうも、ヤブレカブレです!」

「 ぎゃはは・・ どうも、ヤブレカブレです!」

「 ぎゃはは・・」

・・・

ツボに入ったらしい"葵"はしばらくの間、何かにつけてこの台詞を吐き出してはケラケラと笑っていた。

紙切れ一枚届けたかどうか、それを区切りに他人どうしが夫婦になり、

( これからは、大黒柱となって"イー(葵)"ちゃんを守るんだ・・)

そんな決意が生まれるのには不思議な感じもしたが、

「 じゃぁお仕事がんばってね、旦那様! キャハハ・・」

"葵"から旦那様などと呼ばれると、

" メラメラ "

内にみなぎるヤル気とでも言おうか、独身時代がセピアになってしまう様な心地で、

「 じゃぁ行ってくるよ、奥さん・・」

「 ギャハハ・・ケラケラ・・」

初めての夫婦を、指先で摘んで振り回す様にはしゃいでいた。
 
 


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